説明

ロボット装置及びその制御方法、並びにコンピューター・プログラム

【課題】対象物があったときに、複数のアームのいずれを用いて操作するかを、より多様な状況下で適切に判断する。
【解決手段】各々の腕部で対象物を把持するときの把持容易性の指標に基づいて、実際にいずれの腕部を用いて把持するかを決定することで、無理のない腕部姿勢で物体の把持を行なう。腕部で把持するときに把持点を決定すると、その把持点で対象物を把持するときの手先の位置姿勢に対し、逆運動学を用いて腕部の姿勢を決定し、腕部がその姿勢をとる容易性を定量評価した値を腕部の把持容易性の指標として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書で開示する技術は、複数の腕部を備えたロボット装置及びその制御方法、並びにコンピューター・プログラムに係り、特に、時々刻々、動的に変化する周囲環境下において、その状況に応じていずれの腕部を用いて作業を遂行するロボット装置及びその制御方法、並びにコンピューター・プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
工場内では多数のアームが同時に稼働している。一般に、各アームがなすべきタスクは事前に分かっており、どのアームがどのタスクを遂行するかは、固定的に設計されている。
【0003】
これに対し、生活支援ロボットは、われわれの身の回りで活動することが想定されるが、ロボットが活動する周囲環境は時々刻々、動的に変化し、その状況に応じていずれのアームを用いて作業を遂行するのかを決定しなければならない。すなわち、生活支援ロボットの各アームがなすべきタスクは事前には分からず、各アームが遂行するタスクを固定的に設計することはできない。
【0004】
例えば、双腕アームで対象物を操作する際に、対象物に近い方のアームを用いる双腕ロボットについて提案がなされている(例えば、特許文献1を参照のこと)。しかしながら、把持対象物の姿勢や、その周囲の環境物との位置関係によっては、近い方のアームよりも、遠い方のアームで把持した方が、無理なく把持できるケースもある。把持対象物に近い方のアームを用いるという戦略は、把持対象物の姿勢が定まっている、障害物がないなど、限定的な状況にしか用いることができないと思料される。
【0005】
医療分野などでは、3以上のアームを備えたロボットも導入されている(例えば、特許文献2を参照のこと)。より多様な状況下で対象物があったときに、複数のアームのいずれを用いて操作するべきかという問題は、アームの本数が増えるとますます重要になるであろう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−167902号公報
【特許文献2】特表2008−541990号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本明細書で開示する技術の目的は、複数の腕部を備え、時々刻々、動的に変化する周囲環境下において、その状況に応じていずれかの腕部を用いて好適に作業を遂行することができる、優れたロボット装置及びその制御方法、並びにコンピューター・プログラムを提供することにある。
【0008】
本明細書で開示する技術のさらなる目的は、対象物があったときに、複数の腕部のいずれを用いて操作するかを、より多様な状況下で適切に判断することができる、優れたロボット装置及びその制御方法、並びにコンピューター・プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願は、上記課題を参酌してなされたものであり、請求項1に記載の技術は、
複数の腕部と、
前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢をとる容易性を定量評価した把持容易性の指標を算出する把持容易性算出部と、
各腕部について算出された把持容易性の指標の値に基づいて、実際に前記対象物を把持するのに用いる腕部を選定する腕部選定部と、
を具備するロボット装置である。
【0010】
本願の請求項2に記載の技術によれば、請求項1に記載のロボット装置は、各腕部について、前記対象物を腕部で把持するときに把持点及びその把持点で対象物を把持するときの手先の位置姿勢を決定する把持計画部と、前記の決定された手先の位置姿勢に対する腕部の姿勢を決定する腕部姿勢決定部をさらに備えている。そして、前記把持容易性算出部は、各腕部について、前記腕部姿勢決定部が決定した姿勢をとる容易性を定量評価するように構成されている。
【0011】
本願の請求項3に記載の技術によれば、請求項1に記載のロボット装置の把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における腕部の可操作度に基づいて、把持容易性の指標を算出するように構成されている。
【0012】
本願の請求項4に記載の技術によれば、請求項1に記載のロボット装置の把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における腕部の関節の関節可動域限界からの関節距離に基づいて、把持容易性の指標を算出するように構成されている。
【0013】
本願の請求項5に記載の技術によれば、請求項1に記載のロボット装置の把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における腕部と周囲環境並びに自己身体との最短距離に基づいて、把持容易性の指標を算出するように構成されている。
【0014】
本願の請求項6に記載の技術によれば、請求項1に記載のロボット装置の把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における、腕部の可操作度、腕部の関節の関節可動域限界からの関節距離、腕部と周囲環境並びに自己身体との最短距離のうち少なくとも2つの組合せに基づいて、把持容易性の指標を算出するように構成されている。
【0015】
また、本願の請求項7に記載の技術は、
複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢をとる容易性を定量評価した把持容易性の指標を算出する把持容易性算出ステップと、
各腕部について算出された把持容易性の指標の値に基づいて、実際に前記対象物を把持するのに用いる腕部を選定する腕部選定ステップと、
を有するロボット装置の制御方法である。
【0016】
また、本願の請求項8に記載の技術は、
複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢をとる容易性を定量評価した把持容易性の指標を算出する把持容易性算出部、
各腕部について算出された把持容易性の指標の値に基づいて、実際に前記対象物を把持するのに用いる腕部を選定する腕部選定部、
としてコンピューターを機能させるようにコンピューター可読形式で記述されたコンピューター・プログラムである。
【0017】
本願の請求項8に係るコンピューター・プログラムは、コンピューター上で所定の処理を実現するようにコンピューター可読形式で記述されたコンピューター・プログラムを定義したものである。換言すれば、本願の請求項8に係るコンピューター・プログラムをコンピューターにインストールすることによって、コンピューター上では協働的作用が発揮され、本願の請求項1に係るロボット装置と同様の作用効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本明細書で開示する技術によれば、対象物があったときに、複数の腕部のいずれを用いて操作するかを、より多様な状況下で適切に判断することができる、優れたロボット装置及びその制御方法、並びにコンピューター・プログラムを提供することができる。
【0019】
本明細書で開示する技術によれば、環境の状況や、自らの身体状況に応じて、複数の腕部の中から対象物の把持に最も無理のない腕部を選択することができ、より多様な環境下で安定した把持タスクを遂行することができる、優れたロボット装置及びその制御方法、並びにコンピューター・プログラムを提供することができる。
【0020】
本明細書で開示する技術によれば、各々の腕部で対象物を把持するときの把持容易性の指標に基づいて、実際にいずれの腕部を用いて把持するかを決定することで、無理のない腕部姿勢で物体の把持を行なうことができる。
【0021】
また、本明細書で開示する技術によれば、腕部で把持するときに把持点を決定すると、その把持点で対象物を把持するときの手先の位置姿勢に対し、逆運動学を用いて腕部の姿勢を決定し、腕部がその姿勢をとる容易性を定量評価した値を腕部の把持容易性の指標として用いることができる。具体的には、決定した腕部姿勢をとる際の可操作度や、腕部の関節の関節可動域からの関節距離、腕部と周囲環境や自己身体との最短距離に基づいて、把持容易性を定量評価することができる。
【0022】
本明細書で開示する技術のさらに他の目的、特徴や利点は、後述する実施形態や添付する図面に基づくより詳細な説明によって明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、本明細書で開示する技術を適用可能なロボット装置100の外観を示した図である。
【図2】図2は、本明細書で開示する技術を適用可能なロボット装置100の関節自由度構成を模式的に示した図である。
【図3】図3は、図1に示したロボット装置100を制御するための機能的構成を模式的に示した図である。
【図4】図4は、左右の腕部を用いて対象物を把持するための計画処理システム400の構成例を示した図である。
【図5】図5は、同じ位置にある対象物を、右腕のハンド並びに左腕のハンドでそれぞれ把持した様子を示した図である。
【図6】図6は、腕部や環境、自己身体の幾つかの場所に衝突検出点を設け、干渉可能性を判定する様子を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照しながら本明細書で開示する技術の実施形態について詳細に説明する。
【0025】
図1には、本明細書で開示する技術を適用可能なロボット装置100の外観を示している。ロボット装置100は、複数のリンクを関節で接続されたリンク構造体であり、各関節はアクチュエーターによって動作する。また、図2には、このロボット装置100の関節自由度構成を模式的に示している。図示のロボット装置100は、家庭内など時々刻々、動的に変化する周囲環境に設置され、家事や介護などの生活支援を行なうが、工場などに設置されて固定的なタスクを遂行することも可能である。
【0026】
図示のロボット装置100は、双腕型であり、また、移動手段として、ベース部に対向する2輪の駆動輪101R及び101Lを備えている。各駆動輪101R及び101Lは、それぞれピッチ回りに回転する駆動輪用アクチュエーター102R及び102Lによって駆動する。なお、図2中において、参照番号151、152、153は、実在しない劣駆動関節であり、ロボット装置100の床面に対するX方向(前後方向)の並進自由度、Y方向(左右方向)の並進自由度、並びに、ヨー回りの回転自由度にそれぞれ相当し、ロボット装置100が仮想世界を動き回ることを表現したものである。
【0027】
移動手段は、腰関節を介して上体に接続される。腰関節は、ピッチ回りに回転する腰関節ピッチ軸アクチュエーター103によって駆動する。上体は、左右2肢の腕部と、首関節を介して接続される頭部で構成される。左右の腕部は、それぞれ肩関節3自由度、肘関節2自由度、手首関節2自由度の、計7自由度とする。肩関節3自由度は、肩関節ピッチ軸アクチュエーター104R/L、肩関節ロール軸アクチュエーター105R/L、肩関節ヨー軸アクチュエーター106R/Lによって駆動する。肘関節2自由度は、肘関節ピッチ軸アクチュエーター107R/L、肘関節ヨー軸アクチュエーター108R/Lによって駆動する。手首関節2自由度は、手首関節ロール軸アクチュエーター109R/L、手首関節ピッチ軸アクチュエーター110R/Lによって駆動する。また、首関節2自由度は、首関節ピッチ軸アクチュエーター111、首関節ヨー軸アクチュエーター112によって駆動する。また、手関節1自由度は、手関節ロール軸アクチュエーター113R/Lによって駆動する。
【0028】
なお、図示のロボット装置100は、対向2輪式の移動手段を備えているが、本明細書で開示する技術の要旨は、対向2輪式の移動手段に限定されるものではない。例えば、脚式の移動手段を備えたロボット装置100であっても、同様に本明細書で開示する技術を適用することができる。
【0029】
各軸のアクチュエーターには、関節角を計測するためのエンコーダー、トルクを発生するためのモーター、モーターを駆動するための電流制御型モーター・ドライバーの他、十分な発生力を得るための減速機が取り付けられている。また、アクチュエーターには、アクチュエーターの駆動制御を行なうマイクロコンピューターが併設されている(いずれも図2には図示しない)。
【0030】
ロボット装置100のダイナミクス演算は、ホスト・コンピューター上で実行され、各関節アクチュエーターのトルク又は関節角度の制御目標値を生成する。制御目標値は、アクチュエーターに併設された制御用マイコンに送信され、制御用マイコン上で実行されるアクチュエーターの制御に用いられる。また、各関節アクチュエーターは、力制御方式又は位置制御方式により制御される。
【0031】
図3には、図1に示したロボット装置100を制御するための機能的構成を模式的に示している。ロボット装置100は、全体の動作の統括的制御やその他のデータ処理を行なう制御ユニット310と、入出力部320と、駆動部330とを備えている。以下、各部について説明する。
【0032】
入出力部320は、入力部として、ロボット装置100の目に相当するカメラ321、測域センサー322、ロボット装置100の耳に相当するマイクロフォン323などを備えている。また、入出力部320は、出力部として、ロボット装置100の口に相当するスピーカー324などを備えている。ここで、測域センサー322は、例えば、レーザー・レンジ・ファインダーなどの空間センサーで構成される。カメラ321や測域センサー322を用いて、腕部で把持しようとする対象物の3次元形状、位置、姿勢を計測することができる。また、ロボット装置100は、例えばマイクロフォン323からのユーザーの音声入力により、タスクの指示を受けることができる。但し、ロボット装置100は、有線、無線、あるいは記録メディアなどを介した他のタスクの指示の入力手段(図示しない)を備えていてもよい。
【0033】
駆動部330は、ロボット装置100の各関節における自由度を実現するための機能モジュールであり、それぞれの関節におけるロール、ピッチ、ヨーなど軸毎に設けられた複数の駆動ユニットで構成される。各駆動ユニットは、所定軸回りの回転動作を行なうモーター331と、モーター331の回転位置を検出するエンコーダー332と、エンコーダー332の出力に基づいてモーター331の回転位置や回転速度を適応的に制御するドライバー333の組み合わせで構成される。
【0034】
制御ユニット310は、認識部311と、駆動制御部312と、環境マップ313を備えている。
【0035】
認識部311は、入出力部320のうちカメラ321や測域センサー322といった入力部から得られる情報に基づいて、周囲の環境の認識を行なう。例えば、認識部311は、入力情報に基づいて環境マップ313を事前に構築したり更新したりする。
【0036】
駆動制御部312は、入出力部320のうち出力部や、駆動部330の駆動を制御する。例えば、駆動制御部312は、ロボット装置100がタスクを実現するための、駆動部330の制御を行なう。ここで言う、ロボット装置100が実現するタスクには、ユーザーからの指示に応じた家事や介護や、環境に応じた動作などが含まれる。
【0037】
図1〜図3に示した双腕型のロボット装置100において、多様な状況下で対象物を操作する場合について考察してみる。図4には、左右の腕部を用いて対象物を把持するための計画処理システム400の構成例を示している。図示の計画処理システム400は、物体姿勢計測部410と、左右の腕部毎の計画器420L/Rと、腕部選定部430を備えている。この計画処理システム400は、例えば、ロボット装置100内又はロボット装置100外に設置された計算機上で、所定のプログラム・コードを実行するという形態で実現される。
【0038】
物体姿勢計測部410は、対象物の3次元形状や位置、姿勢を、カメラ321や測域センサー322を用いて計測する。
【0039】
左右の計画器420L/Rは、それぞれ把持点決定部421L/Rと手先位置姿勢決定部422L/Rを備えている。
【0040】
把持点決定部421L/Rは、それぞれの腕部で対象物を把持する場合に、対象物のどこを把持すればよいかを計画する。処理結果として、把持点集合を出力する。
【0041】
手先位置姿勢決定部422L/Rは、対応する把持点決定部421L/Rが決定した把持点集合で各々の腕部が対象物を把持する場合に、対象物に対してハンド(手先)をどのような位置姿勢となるようにアプローチするかを、ハンドの構造を考慮して決定する。
【0042】
なお、図4中の点線で囲った把持点決定と手先位置姿勢決定の処理は、実際は相互に密接な関係がある。図4に示したように、把持点決定と手先位置姿勢決定の処理を独立して行なうのではなく、同時に決定するという構成も考えられる。把持点決定と手先位置姿勢決定の処理の詳細については、例えばAndrew T. Miller,Steffen Knoop,Peter K.Allen,Henrik I.Chrostensen.“Automatic Grasp Planning Using Shape Primitives,”(In Proceedings of IEEE International Conference on Robotics and Automation,pp.1824−1829,2003)を参照されたい。
【0043】
手先位置姿勢決定部422L/Rが決定した位置姿勢へハンドを遷移させる計画を行なう。そして、腕部姿勢決定部423L/Rは、その遷移途中の腕部姿勢すなわち各時刻の腕関節値を、逆運動学(周知)を用いて決定する。
【0044】
このようにして、ハンドで対象物を把持するための腕部の位置姿勢が腕毎に決定される。図1に示したように複数の腕部を有するロボット装置100の場合は、さらにいずれの腕部を対象物の把持に用いるのかを決定する処理が必要となる。
【0045】
本実施形態では、腕部毎の計画器420L/Rにより、各々のハンドで対象物を把持するための腕部の姿勢を決定した後に、把持容易性算出部423L/Rは、決定した腕部姿勢をとる容易性を定量評価し、その値を腕部毎の把持容易性を判別するための指標に用いるようにしている。そして、腕部選定部430は、定量評価された把持容易性の指標に基づいて、実際に対象物を把持する腕部を選定する。
【0046】
把持容易性算出部423L/Rが定量評価指標として算出する把持容易性として、可操作度、関節可動域、環境との干渉可能性を挙げることができる。各定量評価指標に基づく腕部の判定方法について、以下で説明する。
【0047】
(1)可操作度に基づく判定
把持し易いとは、腕部が無理な姿勢にならないこと、ということができる。腕部が無理な姿勢にあるかどうかを定量化する指標として、可操作度(manipulability)を挙げることができる。可操作度の詳細については、例えば吉川恒夫著「ロボットアームの可操作度」(日本ロボット学会誌、Vol.2、No.1、pp.63−67、1984)を参照されたい。
【0048】
ハンドの並進速度及び角速度と、関節速度の間には、下式(1)に示すような線形関係が成立する。
【0049】
【数1】

【0050】
上式(1)において、J(q)はヤコビアンであり、関節角度qの非線形関数である。このヤコビアンJの特異値をσ1、σ2、…σnとすると、可操作度wは、下式(2)で定義される。
【0051】
【数2】

【0052】
可操作度wが大きいほど、その腕部はハンドを操作し易い、楽な姿勢といえる。各腕部の腕部姿勢決定部423L/Rは、対象物を把持した状態の関節値qを得ることができる。把持容易性算出部424L/Rは、その値qに対してヤコビアンJ(q)を算出し、その特異値から可操作度wを算出すれば、wを把持容易性の指標として用いることができる。
【0053】
なお、計算機に余裕があれば、対象物を把持した状態の関節値qだけでなく、ハンドが移動中のすべての姿勢について可操作度wを算出し、その移動の間の最小値を把持容易性の指標として用いることもできる。
【0054】
(2)関節可動域に基づく判定
関節は、可動域限界を有する。限界域に近い腕の姿勢は、楽な姿勢とは言い難い。図5には、同じ位置にある対象物を、右腕のハンド並びに左腕のハンドでそれぞれ把持した様子を示している。同図上に示すように、右腕のハンドで対象物を把持した場合には、肘関節の関節角qiは、可動域限界の最小値qiminからも最大値qimaxからも関節距離が離れている。したがって、右腕のハンドで対象物を把持するのは楽な姿勢ということができる。一方、同図下に示すように、左腕のハンドで対象物を把持した場合には、肘関節の関節角qiは、可動域限界の最小値qiminからは関節距離が離れているものの、最大値qimaxに接近しているの。したがって、左腕のハンドで対象物を把持するのは楽な姿勢とは言い難い。
【0055】
ここで、腕部のi番目の関節の可動域を[qimin,qimax]とすると、関節iの可動域限界までの関節距離diは下式(3)のように表わされる。
【0056】
【数3】

【0057】
すべての腕関節の中で、最も可動域限界に近付いている関節の可動域限界までの関節距離dで系全体の可動域限界余裕を表すと、下式(4)の通りとなる。
【0058】
【数4】

【0059】
各腕部の腕部姿勢決定部423L/Rは、対象物を把持した状態の関節値qを得ることができる。把持容易性算出部424L/Rは、その値qに対して、腕部全体での可動域限界余裕すなわち関節可動域からの関節距離dを算出し、これを把持容易性の指標として用いることができる。
【0060】
なお、計算機に余裕があれば、対象物を把持した状態の関節値qだけでなく、ハンドが移動中のすべての姿勢について関節距離dを算出し、その移動の間の最小値を把持容易性の指標として用いることもできる。
【0061】
(3)環境との干渉可能性に基づく判定
腕部がなるべく環境や自己身体との干渉を起こさない腕部姿勢は、把持戦略として好ましい姿勢といえる。環境の形状を環境マップ313内の地図情報や、測域センサー322から取得することができる。また、ロボット装置100の自己身体モデルを有している場合は、腕部と自己身体(腕部以外の機体部位)や環境との干渉可能性を、把持容易性の指標として用いることができる。
【0062】
例えば、図6に示すように、腕部や周囲環境、自己身体の幾つかの場所に衝突検出点を設けておく。各腕部の腕部姿勢決定部423L/Rは、対象物を把持した状態の関節値qを得ることができる。そして、把持容易性算出部424L/Rは、対象物を把持した状態での腕部立体と周囲環境、自己身体との最短距離を評価し、これを以って、干渉可能性を判定することができる。
【0063】
計算機に余裕があれば、GJK(Gilbert−Johnson−Keerthi)アルゴリズムを用いて、腕部、自己身体、環境を表す立体間の最近傍点対を求め、その距離Dを求めてもよい。
【0064】
【数5】

【0065】
上式(5)において、bodya(i)は腕部を構成する立体i、bodye(j)は環境や自己身体を構成する立体jを表す。例えば、本出願人に既に譲渡されている特許第4311391号公報には、GJKアルゴリズムを用いてロボット装置の腕部、自己身体、環境を表す立体間の接触を検出する方法について開示されている。
【0066】
なお、計算機に余裕があれば、対象物を把持した状態だけでなく、ハンドが移動中のすべての姿勢について距離dを算出し、その移動の間の最小値を把持容易性の指標として用いることもできる。
【0067】
把持容易性算出部424L/Rは、上述した可操作度、関節可動域、周囲環境との干渉可能性のうちいずれか1つではなく、これらのうち2以上の指標を融合したものを把持容易性の指標とすることもできる。すなわち、下式(6)のように表わすことができる。
【0068】
【数6】

【0069】
上式(6)において、r1、r2、r3は、可操作度w、関節可動域d、環境との干渉可能性Dの各指標に与える重み係数である。
【0070】
そして、腕部選定部430は、左右の腕部の計画器420L/R内の把持容易性算出部424L/Rがそれぞれ算出した把持容易性指標の値を比較して、大きい方を、実際に対象物を把持する腕部に選定する。
【0071】
上述したように、本実施形態によれば、ロボット装置100は、環境の状況や、自らの身体状況に応じて、複数の腕部の中から対象物の把持に最も無理のない腕部を選択することができ、より多様な環境下で安定した把持タスクを遂行することができる。
【0072】
なお、本明細書の開示の技術は、以下のような構成をとることも可能である。
(1)複数の腕部と、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢をとる容易性を定量評価した把持容易性の指標を算出する把持容易性算出部と、各腕部について算出された把持容易性の指標の値に基づいて、実際に前記対象物を把持するのに用いる腕部を選定する腕部選定部と、を具備するロボット装置。
(2)各腕部について、前記対象物を腕部で把持するときに把持点及びその把持点で対象物を把持するときの手先の位置姿勢を決定する把持計画部と、前記の決定された手先の位置姿勢に対する腕部の姿勢を決定する腕部姿勢決定部をさらに備え、前記把持容易性算出部は、各腕部について、前記腕部姿勢決定部が決定した姿勢をとる容易性を定量評価する、上記(1)に記載のロボット装置。
(3)前記把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における腕部の可操作度に基づいて、把持容易性の指標を算出する、上記(1)に記載のロボット装置。
(4)前記把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における腕部の関節の関節可動域限界からの関節距離に基づいて、把持容易性の指標を算出する、上記(1)に記載のロボット装置。
(5)前記把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における腕部と周囲環境並びに自己身体との最短距離に基づいて、把持容易性の指標を算出する、上記(1)に記載のロボット装置。
(6)前記把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における、腕部の可操作度、腕部の関節の関節可動域限界からの関節距離、腕部と周囲環境並びに自己身体との最短距離のうち少なくとも2つの組合せに基づいて、把持容易性の指標を算出する、上記(1)に記載のロボット装置。
(7)複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢をとる容易性を定量評価した把持容易性の指標を算出する把持容易性算出ステップと、各腕部について算出された把持容易性の指標の値に基づいて、実際に前記対象物を把持するのに用いる腕部を選定する腕部選定ステップと、を有するロボット装置の制御方法。
(8)複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢をとる容易性を定量評価した把持容易性の指標を算出する把持容易性算出部、
各腕部について算出された把持容易性の指標の値に基づいて、実際に前記対象物を把持するのに用いる腕部を選定する腕部選定部、
としてコンピューターを機能させるようにコンピューター可読形式で記述されたコンピューター・プログラム。
【産業上の利用可能性】
【0073】
以上、特定の実施形態を参照しながら、本明細書で開示する技術について詳細に説明してきた。しかしながら、本明細書で開示する技術の要旨を逸脱しない範囲で当業者が該実施形態の修正や代用を成し得ることは自明である。
【0074】
本明細書では、時々刻々、動的に変化する生活環境下において活動する生活支援ロボットに適用することを想定した実施形態を中心に説明してきたが、本明細書で開示する技術の要旨はこれに限定されるものではない。勿論、工場内に配置され、各腕部がなすべきタスクが事前に分かっているような産業用ロボットにも、同様に本明細書で開示する技術を適用することができる。
【0075】
また、本明細書では、双腕型のロボット装置に適用した実施形態を中心に説明してきたが、本明細書で開示する技術の要旨は腕部の本数に限定されない。ロボット装置が3本以上の腕部を有する場合には、腕部の本数に応じて計画器を増設していけば、同様に本明細書で開示する技術を実現することができる。
【0076】
要するに、例示という形態により本明細書で開示する技術について説明してきたが、本明細書の記載内容を限定的に解釈するべきではない。本明細書で開示する技術の要旨を判断するためには、特許請求の範囲を参酌すべきである。
【符号の説明】
【0077】
100…ロボット装置
101…駆動輪
102…駆動輪用アクチュエーター
103…腰関節ピッチ軸アクチュエーター
104…肩関節ピッチ軸アクチュエーター
105…肩関節ロール軸アクチュエーター
106…肩関節ヨー軸アクチュエーター
107…肘関節ピッチ軸アクチュエーター
108…肘関節ヨー軸アクチュエーター
109…手首関節ロール軸アクチュエーター
110…首関節ピッチ軸アクチュエーター
111…首関節ピッチ軸アクチュエーター
113…手関節ロール軸アクチュエーター
151、152、153…劣駆動関節
310…制御ユニット
311…認識部
312…駆動制御部
313…環境マップ
320…入出力部
321…カメラ
322…測域センサー
323…マイクロフォン
324…スピーカー
330…駆動部
331…モーター
332…エンコーダー
333…ドライバー
400…計画処理システム
410…物体姿勢計測部
420…計画器
421…把持点決定部、422…手先位置決定部
423…腕部姿勢決定部、424…把持容易性算出部
430…腕部選定部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の腕部と、
前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢をとる容易性を定量評価した把持容易性の指標を算出する把持容易性算出部と、
各腕部について算出された把持容易性の指標の値に基づいて、実際に前記対象物を把持するのに用いる腕部を選定する腕部選定部と、
を具備するロボット装置。
【請求項2】
各腕部について、前記対象物を腕部で把持するときに把持点及びその把持点で対象物を把持するときの手先の位置姿勢を決定する把持計画部と、前記の決定された手先の位置姿勢に対する腕部の姿勢を決定する腕部姿勢決定部をさらに備え、
前記把持容易性算出部は、各腕部について、前記腕部姿勢決定部が決定した姿勢をとる容易性を定量評価する、
請求項1に記載のロボット装置。
【請求項3】
前記把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における腕部の可操作度に基づいて、把持容易性の指標を算出する、
請求項1に記載のロボット装置。
【請求項4】
前記把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における腕部の関節の関節可動域限界からの関節距離に基づいて、把持容易性の指標を算出する、
請求項1に記載のロボット装置。
【請求項5】
前記把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における腕部と周囲環境並びに自己身体との最短距離に基づいて、把持容易性の指標を算出する、
請求項1に記載のロボット装置。
【請求項6】
前記把持容易性算出部は、前記複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢における、腕部の可操作度、腕部の関節の関節可動域限界からの関節距離、腕部と周囲環境並びに自己身体との最短距離のうち少なくとも2つの組合せに基づいて、把持容易性の指標を算出する、
請求項1に記載のロボット装置。
【請求項7】
複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢をとる容易性を定量評価した把持容易性の指標を算出する把持容易性算出ステップと、
各腕部について算出された把持容易性の指標の値に基づいて、実際に前記対象物を把持するのに用いる腕部を選定する腕部選定ステップと、
を有するロボット装置の制御方法。
【請求項8】
複数の腕部の各々について、対象物を把持する把持姿勢若しくは把持姿勢に至るまでの遷移姿勢をとる容易性を定量評価した把持容易性の指標を算出する把持容易性算出部、
各腕部について算出された把持容易性の指標の値に基づいて、実際に前記対象物を把持するのに用いる腕部を選定する腕部選定部、
としてコンピューターを機能させるようにコンピューター可読形式で記述されたコンピューター・プログラム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−111726(P2013−111726A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−262202(P2011−262202)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】