説明

ワンウェイクラッチのエンドベアリング

【課題】 高周速領域においても優れた摺動特性を有するワンウェイクラッチのエンドベアリングを提供する。
【解決手段】 鉄又は鉄基合金を基材5に合成樹脂層6を被覆したエンドベアリングにおいて、合成樹脂層6を基材との体積比率を1.8%以下とすることにより、放熱しやすい。即ち、摺動摩擦熱は、合成樹脂摺動面で発生するが、合成樹脂層6の体積比率を低くしたため熱を鉄又は鉄合金基材側へ熱伝導させ易くしたので合成樹脂層6の温度上昇を緩和し流動、溶融を防ぐことができるようになるので耐焼付性、耐摩耗性を高められる。また、鉄又は鉄合金基材へ熱伝導した熱は、合成樹脂の蓄熱量が少なくなる結果、鉄又は鉄合金基材を介して潤滑油や他の金属構造物への熱伝導で十分に放熱できるのでエンドベアリングの温度上昇も防げるようになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワンウェイクラッチのエンドベアリングに関し、例えばオートマチックトランスミッションに適用して高周速領域でもすぐれる摺動特性を有するワンウェイクラッチのエンドベアリングに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の鉄又は鉄基合金を基材に合成樹脂層を被覆したワンウェイクラッチのエンドベアリングには、例えば、特許第3501181号公報に示されるように、耐焼付性や耐久性を高めるために鉄系基材に固体潤滑剤とカーボン繊維と耐摩耗性添加剤を含む合成樹脂を被覆したものや、特開平10−82434号公報に示される耐久性を高めるために固体潤滑剤を含む合成樹脂を15μm以上の厚さに被覆するものが提案されている。
【特許文献1】特許第3501181号公報
【特許文献2】特開平10−82434号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
近年の内燃機関の高回転化に伴いワンウェイクラッチのエンドベアリングの摺動速度も高速化しており、従来に比べ高周速領域においても優れる摺動特性を有するエンドベアリングが求められているが、上記した特許文献1,2に開示されるエンドベアリングでは、高周速領域において摺動特性、耐久性が十分に得られないという問題が発生してきた。
【0004】
即ち、ワンウェイクラッチのエンドベアリングは、ワンウェイクラッチを構成する環状の内レースと外レースとの間に隙間を設け介装されるため、摺動摩擦熱がワンウェイクラッチを構成する他の金属構造物へ熱伝導により逃げにくく、エンドベアリングが蓄熱しやすい構造となっていた。また、エンドベアリングの摺動速度は、40m/s程度と内燃機関用のすべり軸受の摺動速度の2倍以上のものも多くあり、発生する摺動摩擦熱が多いことに加えて、合成樹脂の熱伝導性が極めて悪いため、特許文献1,2に開示される発明のように合成樹脂層厚を厚く(特許文献1では「25μm」、特許文献2では「15μm以上」)して摩滅させないことにより耐久性を高めたエンドベアリングであると、鉄または鉄基合金基材に対する合成樹脂層の体積比率が大きくなるために合成樹脂層の蓄熱量が多くなり軟化や溶融し摺動性能が悪くなるという問題があった。これは、合成樹脂が軟化すると摺動面にかかる負荷を支えきれず合成樹脂層と摺動相手である外、内レースとの接触面積が増えさらに摺動摩擦熱が高くなり、合成樹脂が溶融するような状態となると急激に摩擦係数が高くなることによると推定される。
【0005】
本発明は、上記した問題点に鑑みなされたもので、その目的とするところは、高周速領域においても優れた摺動特性を有するワンウェイクラッチのエンドベアリングを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記した目的を達成するために、請求項1に係る発明は、鉄又は鉄基合金を基材に合成樹脂層を被覆したエンドベアリングにおいて、前記合成樹脂層の基材に対する体積比率が1.8%以下であることを特徴とする.
【0007】
また、請求項2に係る発明は、請求項1記載のワンウェイクラッチのエンドベアリングにおいて、前記合成樹脂層は、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエーテルイミド、フェノール、ポリエーテルエーテルケトンの一種又は二種以上を混合した樹脂をベースとする樹脂であることを特徴とする。
【0008】
更に、請求項3に係る発明は、請求項1又は請求項2記載のワンウェイクラッチのエンドベアリングにおいて、前記合成樹脂層は、固体潤滑剤を5〜30vol%含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
請求項1に係る発明は、合成樹脂層の基材に対する体積比率を1.8%以下とすることにより、放熱し易い。即ち、摺動摩擦熱は、合成樹脂摺動面で発生するが、合成樹脂層の体積比率を低くして、熱を鉄又は鉄基合金の基材側へ熱伝導させ易くしたので合成樹脂層の温度上昇を緩和し流動、溶融を防ぐことができるようになるため、耐焼付性、耐摩耗性を高められることを発明者らは見出した。なお、鉄又は鉄基合金の基材へ熱伝導した熱は、合成樹脂の蓄熱量が少なくなる結果、鉄又は鉄基合金の基材を介して潤滑油や他の金属構造物への熱伝導で十分に放熱できるのでエンドベアリングの温度上昇も防げるようになる。
【0010】
さらに、合成樹脂層の軟化、溶融を防いだため、従来のように固体潤滑剤や繊維強化添加剤、耐摩耗性添加剤を含有させることなく合成樹脂自身の潤滑特性のみで耐焼付性や耐摩耗性を高められることを発明者らは見出した。合成樹脂層の体積比率が1.8%を超えると摺動摩擦熱を鉄又は鉄基合金側へ熱伝導させにくく合成樹脂層の温度上昇を防ぐ効果が不十分になる。
【0011】
また、請求項2に係る発明においては、前記合成樹脂層は、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエーテルイミド、フェノール、ポリエーテルエーテルケトンの一種又は二種以上を混合した樹脂をベースとする樹脂とすることにより、これらの樹脂は、熱たわみ温度(荷重たわみ温度)が140℃以上の樹脂であるため、ワンウェイクラッチの常用運転におけるエンドベアリング使用温度域(一般的には120℃前後)では変形しにくく、また、軟化や溶融せず摺動負荷を支えることができるものである。
【0012】
なお、上記熱たわみ温度(荷重たわみ温度)はJIS7207A法によるもので、加熱温度を上昇させながら、樹脂が軟化し所定のたわみ変形量となる温度を測定するものであり耐熱強度を示すものである。合成樹脂の耐熱性を示す指標としては高温に加熱した状態で樹脂を破断させる引張強度が一般的に用いられているが、エンドベアリングの合成樹脂層のような摺動層には、破断強度よりも、合成樹脂が破断する以前の軟化温度に着目し樹脂を選定する場合に合成樹脂層の摺動特性が高められることも発明者らは見出した。
【0013】
ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエーテルイミド、フェノール、ポリエーテルエーテルケトン樹脂の耐熱強度に影響を与えない範囲で、他の熱可塑性や熱硬化性樹脂を添加することは可能である。なお、摺動層として広く一般的に用いられているポリテトラフルオロエチレンやポリアミド等は、熱たわみ温度(荷重たわみ温度)は100℃未満であり、ワンウェイクラッチの常用運転時のエンドベアリング使用温度域(120℃前後)では、合成樹脂層の軟化により摺動負荷を支えることが困難であるため、本発明のエンドベアリングとして使用することは適当ではない。
【0014】
更に、請求項3に係る発明においては、前記合成樹脂層は、固体潤滑剤を5〜30vol%含むことにより、エンドベアリングの摺動面に局部的に鉄又は鉄基合金が露出するようなワンウェイクラッチの場合に、局部的に露出した鉄又は鉄基合金の基材面とレースとの焼付を防ぐため固体潤滑剤を添加することが好ましい。即ち、ワンウェイクラッチのエンドベアリングは、内レースと外レースとの間に介装されるが、相手材となる外レースおよび内レースとのクリアランスが大きくなるように設計されたワンウェイクラッチでは、レースとエンドベアリングとが均一な接触とならず、局部的にエンドベアリングの摺動面とレースとが強く当たり合成樹脂層が摩耗して鉄又は鉄基合金の基材面が露出する場合があるため、局部的に露出した鉄又は鉄基合金の基材面とレースとの焼付を防ぐため固体潤滑剤を添加することが好ましい。5vol%未満では固体潤滑剤添加効果は顕著に現れず、30vol%を超えて添加すると合成樹脂層の強度が低くなり摩耗量が多くなる。より好ましくは、5vol%〜20vol%である。
【0015】
なお、固体潤滑剤としては、一般的であるMoS2、WS2、グラファイト、PTFE、BNや低融点金属であるPb、Sn、Biやこれらの合金等を用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を図1乃至図3を参照して説明する。図1は、ワンウェイクラッチにおいてエンドベアリングが使用されている構造の簡易図であり、図2及び図3は、エンドベアリングに樹脂層を被覆する場合の被覆箇所を示す概略図である。
【0017】
図1において、ワンウェイクラッチは、環状の軌道面1aを有する内レース1と、環状の軌道面2aを有する外レース2と、両レース1,2の軌道面1a,2a間に配置されて両軌道面1a,2aと係合してトルクを伝達する複数のスプラグ3と、これらスプラグ3を円周方向等間隔位置に保持する内外一対の断面コ字状の環状部材であるエンドベアリング4と、からなる。なお、エンドベアリング4の間には、図示しないが、スプラグ3と軌道面1a,2aとの係合方向(噛合い方向)にモーメントを与えるリボンスプリングが設けられている。
【0018】
エンドベアリング4は、鉄又は鉄基合金からなりコ字状の断面を有する環状部材5の表面(内レース1及び外レース2の軌道面1a,2aと対面する面)に合成樹脂層6を設けた構成である。本実施形態において、合成樹脂層6は、基材に対する体積比率を1.8%以下とする。但し、合成樹脂層の厚さが3μm未満であると合成樹脂層が摩滅してしまう場合があるので合成樹脂層の厚さは3μm以上とすることが好ましい。合成樹脂層6を構成する樹脂は、ポリアミドイミド(PAI)、ポリイミド(PI)、ポリエーテルイミド(PEI)、フェノール、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)の一種又は二種以上を混合した樹脂をベースとする樹脂を用いることができ、これら樹脂の強度に影響を与えない範囲でこれらに他の熱可塑性や熱硬化性樹脂を添加することも可能である。なお、合成樹脂層6を被覆する環状部材5の表面は、図1においては、コ字状の環状部材5の外側上下面の端部からコ字状の屈曲部のR部分の形状に沿うように被覆しても良いし、図2に示すように、コ字状の環状部材5の外側全面に被覆しても良いし、図3に示すように、コ字状の環状部材5の外側上下面の端部からコ字状の屈曲部の直前位置まで被覆しても良い。
【0019】
また、合成樹脂層6に固体潤滑剤を5〜30vol%含有させ用いることもできる。固体潤滑剤としては、MoS2、WS2、グラファイト、PTFE、BN、や低融点金属であるPb、Sn、Biやこれら合金等を用いることができる。合成樹脂層6の熱伝導性を高めたり、耐摩耗性を高めるために金属、合金、金属間化合物、無機材料の粒子を添加させることも可能である。
【0020】
また、鉄又は鉄基合金からなる基材と合成樹脂層6との接合強度を高めるために鉄又は鉄基合金からなる基材の表面をブラスト加工やエッチング処理などにより粗面化した後に合成樹脂層6を被覆することも可能である。
【0021】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例については、表1に示すように11種類の試料を作成し、その11種類の実施例について表2の条件で耐摩耗性試験を行い、表3の条件で耐焼付性評価試験を行った。
【0022】
即ち、実施例1〜11は、鉄基合金板をプレス機で絞り加工を行ない、コ字状の断面を有する環状部材を作成する。次に、環状部材の表面をブラスト加工により粗面化し、次に洗浄、脱脂したのち、表1に示す組成の合成樹脂層を実施例1〜3、5〜6、8〜11は10μmの厚さ、実施例4は20μm、実施例7は15μmの厚さに被覆し、表1に示す樹脂層の体積比率(すべて1.8%以下)の耐摩耗性試験用の試料を得た。なお、体積比率は鉄合金板の厚さにより調整した。被覆方法は、エアースプレー法を用い、有機溶剤と表1に示す合成樹脂組成からなる樹脂組成物を塗布した後、有機溶剤を乾燥除去し、150〜250℃で30分間焼成した。実施例1〜6、8〜11は図2の形態、実施例7は図3の形態になるようマスキングを行い試料を作製した。
【0023】
一方、比較例1〜7は、実施例と同じ方法で表1に示す組成の合成樹脂層を比較例1、4は10μmの厚さ、比較例2、3、5〜7は20μmの厚さに被覆し、表1に示す樹脂層の体積比率の耐摩耗性試験用の試料を得た。比較例1〜7は全て図2の形態になるように試料を作製した。耐摩耗性試験は、ワンウェイクラッチの実機に試料を組み付けた後、表2に示す条件で試験を行なったのちの摩耗量を測定した。その結果を表1に示す。
【0024】
同様に、実施例1〜11の耐焼付性評価のため鉄合金板をプレス加工し円筒形状としたのち、ブラスト加工により粗面化し、次に洗浄、脱脂したのち、表1に示す組成の合成樹脂層を実施例1〜3、5〜6、8〜11は10μmの厚さ、実施例4は20μm、実施例7は15μmの厚さに被覆し、表1に示す樹脂層の体積比率の耐焼付性試験用の試料を得た。なお、体積比率は鉄合金板の厚さにより調整した。被覆方法は、耐摩耗性評価用試料と同一である。また、比較例1〜7についても、実施例と同じ方法で表1に示す組成の合成樹脂層を比較例1、4は10μmの厚さ、比較例2、3、5〜7は20μmの厚さに被覆し、表1に示す樹脂層の体積比率の耐焼付性評価用の試料を得た。
【0025】
耐焼付性評価は、軸受試験機を用い、円筒形状試料をハウジングに固定した状態で、表3に示す累積荷重負荷方式でおこなった。また、ワンウェイクラッチのエンドベアリングの運転条件に近似させるため、ハウジングは120℃に加熱した状態で試験を行った。試験中にエンドベアリングが220℃の温度に到達した面圧を焼付面圧とした。その結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
【表3】

【0029】
表1において、合成樹脂層基材に対する体積比率を1.8%以下とした実施例1〜11は、基材に対する体積比率が1.8%を超える比較例1〜7に対し耐摩耗性、耐焼付性共に優れる。基材に対する樹脂層の体積比率が1.8%を超える比較例1〜7の場合には、耐摩耗性、耐焼付性が低下する。
【0030】
実施例1〜5と、同実施例1〜5と同じくPAIのみからなる比較例1〜3とを比較すると、比較例1〜3の場合は、樹脂層の体積比率が大きくなるほど耐摩耗性も耐焼付性も低下する。これは、合成樹脂層の体積比率が大きいほど摺動摩擦熱の蓄熱量が多く合成樹脂が軟化、溶融して摺動負荷を支えきれなくなるためと推定される。一方、実施例1〜5の場合には、樹脂層の体積比率が大きくなるほど摩耗量が増加する傾向にはあるが摩耗量の絶対量は比較例1〜3の半分以下であり、耐焼付性については低下していない。これは、合成樹脂層の蓄熱量が少ないため軟化、流動しない事によると考えられる。また、実施例3、4に示すように合成樹脂層の厚さによらず基材に対する樹脂層の体積比率が1.8%以下の場合には耐摩耗性、耐焼付性が向上する。
【0031】
また、実施例6と比較例4は、合成樹脂層の成分をPAI以外の樹脂(表1の場合には、「PI」)をベースとするものであり、この場合、実施例6と比較例4とを比較することにより、他の耐熱強度が高い合成樹脂を用いた場合でもPAIを用いた場合の実施例と比較例と同様な効果があることがわかる。更に、実施例6と実施例7に示すように合成樹脂層の厚さ及び被覆態様にかかわらず、耐摩耗性及び耐焼付性は、ほとんど変わらない。
【0032】
実施例8〜11と比較例5,6の比較より、固体潤滑剤を添加する場合にも上記と同様な効果があることがわかる。但し、比較例7のように固体潤滑剤を30vol%を超えて添加すると合成樹脂層の体積比率が1.8%以下であっても合成樹脂層自身の強度低下により耐摩耗性が低下する結果となる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】ワンウェイクラッチにおいてエンドベアリングが使用されている構造の簡易図である。
【図2】エンドベアリングに合成樹脂層を被覆する場合の被覆箇所を示す概略図である。
【図3】エンドベアリングに合成樹脂層を被覆する場合の他の被覆箇所を示す概略図である。
【符号の説明】
【0034】
1 内レース
1a 軌道面
2 外レース
2a 軌道面
3 スプラグ
4 エンドベアリング
5 環状部材
6 合成樹脂層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄又は鉄基合金を基材に合成樹脂層を被覆したエンドベアリングにおいて、
前記合成樹脂層の基材に対する体積比率が1.8%以下であることを特徴とするワンウェイクラッチのエンドベアリング。
【請求項2】
前記合成樹脂層は、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエーテルイミド、フェノール、ポリエーテルエーテルケトンの一種又は二種以上を混合した樹脂をベースとする樹脂であることを特徴とする請求項1記載のワンウェイクラッチのエンドベアリング。
【請求項3】
前記合成樹脂層は、固体潤滑剤を5〜30vol%含むことを特徴とする請求項1又は請求項2記載のワンウェイクラッチのエンドベアリング。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−185829(P2009−185829A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−23162(P2008−23162)
【出願日】平成20年2月1日(2008.2.1)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)