説明

三酸化モリブデンの製造方法

【課題】リンを含有するモリブデン含有水溶液から効率よく三酸化モリブデンを製造できる三酸化モリブデンの製造方法を提供する。
【解決手段】モリブデン含有液からリンおよびバナジウムを除去する除去工程と、リンおよびバナジウムが除去された処理液に酸を添加してモリブデン酸塩を沈殿分離するモリブデン酸塩回収工程と、モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を焼成する焼成工程と、を順に行う製造する方法であって、除去工程において、モリブデン含有液に鉄塩とマグネシウム塩とを添加する。不純物の少ない三酸化モリブデンを製造することができる。そして、一工程でバナジウムとリンを除去できるので、作業工程を少なくでき処理効率を向上させることができる。しかも、同一設備で処理できるので、モリブデン含有液から低下する三酸化モリブデンを製造する設備が大型化することを防ぐことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三酸化モリブデンの製造方法に関する。さらに詳しくは、モリブデン含有水溶液からモリブデンを回収し、三酸化モリブデンを製造する三酸化モリブデンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油精製所における脱硫塔では、脱硫触媒によって各種石油留分の水素化脱硫が行われるが、かかる脱硫触媒は、水素化脱硫作業を行うにつれその触媒活性が低下するので、触媒活性を失った脱硫触媒(廃触媒)は新しい脱硫触媒と交換される。
【0003】
ここで、脱硫触媒はモリブデンを含有しているので、廃触媒からモリブデンを回収して再利用することが行われている。
廃触媒からバナジウムやモリブデンを回収する方法として、有価金属を水に溶解する可溶性塩としてから回収することが行われている(例えば、特許文献1)。
具体的には、廃触媒と、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩(以下、両者を含めてソーダ灰という)とを、酸素が存在する雰囲気においてロータリーキルンによって焙焼する。すると、廃触媒中のモリブデンは、酸化しかつソーダ灰と反応(ソーダ化反応)して可溶性塩(水溶性化合物)となる。この可溶性塩となった有価金属を含む焙焼物を水浸出すると、モリブデンおよびバナジウムを含有する水溶液が得られるので、この水溶液について溶媒抽出を行えば、バナジウムとモリブデンを分離できる。そして、モリブデンを含有する水相について、塩析・酸沈法などを適用すればモリブデン酸アンモニウムの沈殿を生じさせることができ、このモリブデン酸アンモニウムの沈殿を焼成することによって、三酸化モリブデン(MoO)の製品(固形物)を得ることができる。
【0004】
ここで、モリブデンを含有する水相(モリブデン始液)には、溶媒抽出などでモリブデンと分離あるいは除去されなかったバナジウムや、リンなどが混入しており、バナジウムやリンなどの不純物が存在している状態で塩析・酸沈法などを適用すれば、モリブデン酸アンモニウムの沈殿にバナジウムやリンなどが混入してしまう。バナジウムやリンなどが混入したモリブデン酸アンモニウムを焼成した場合には、製品となる三酸化モリブデンの純度が低くなるし、不純物の規格を外れた製品となるという問題が生じる。このため、純度の高いモリブデン酸アンモニウムの沈殿を得るためには、モリブデンを含有する水相について、塩析・酸沈法などを適用する前に、バナジウムやリンを除去することが必要である。
【0005】
上記のごときモリブデン始液からバナジウムやリンを除去する技術として、モリブデン始液に塩化マグネシウムを添加して、リンをリン酸マグネシウムアンモニウムとして沈殿させて除去したのち、バナジウムをイオン交換法で除去する技術が開示されている(非特許文献1)。
【0006】
しかるに、特許文献2の技術では、バナジウムとリンを別々の工程で除去しているため、作業工程が多くなり処理効率が低下するという問題が生じる。
しかも、リンは沈殿として除去する一方、バナジウムはイオン交換法で除去するので、バナジウムの除去とリンの除去を同じ設備で行うことができない。したがって、バナジウムの除去とリンの除去を行うため設備を設けなければならず、設備が大型化するという問題も生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−262181号公報
【非特許文献1】吉永英雄、“使用済み触媒からのモリブデンとバナジウムの回収”、Journal ofMMIJ VOl.123(2007) No.12
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記事情に鑑み、リンおよびバナジウムを含有するモリブデン含有水溶液から効率よく三酸化モリブデンを製造できる三酸化モリブデンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1発明の三酸化モリブデンの製造方法は、モリブデン含有液からリンおよびバナジウムを除去する除去工程と、リンおよびバナジウムが除去された処理液に酸を添加してモリブデン酸塩を沈殿分離するモリブデン酸塩回収工程と、モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を焼成する焼成工程と、を順に行う製造方法であって、除去工程において、モリブデン含有液に鉄塩とマグネシウム塩とを添加することを特徴とする。
第2発明の三酸化モリブデンの製造方法は、第1発明において、前記除去工程において、モリブデン含有液に対して、鉄塩を添加した後、マグネシウム塩を添加することを特徴とする。
第3発明の三酸化モリブデンの製造方法は、第1または第2発明において、前記除去工程では、モリブデン含有液のpHを7.5以上、かつ、温度を30℃以下、に維持することを特徴とする。
第4発明の三酸化モリブデンの製造方法は、第1、第2または第3発明において、前記モリブデン酸塩回収工程では、処理液のpHを0.5以上2.8以下、かつ、温度を60℃以上、に維持することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
第1発明によれば、除去工程において、モリブデン含有液に鉄塩とマグネシウム塩とを添加するので、モリブデン含有液中のリンおよびバナジウムを、リン酸塩およびバナジウム塩として沈殿させて、モリブデン含有液から除去することができる。このため、不純物の少ない三酸化モリブデンを製造することができる。そして、一工程でバナジウムとリンを除去できるので、作業工程を少なくでき処理効率を向上させることができる。しかも、同一設備で処理できるので、モリブデン含有液から三酸化モリブデンを製造する設備を小型化できる。
第2発明によれば、モリブデン含有液に対して、鉄塩を添加した後、マグネシウム塩を添加するので、バナジウムおよびリンをより効率よく除去することができる。
第3発明によれば、pHが高いので、鉄塩を添加したことによるバナジウム除去効果を高くすることができる。また、温度を常温程度に保つので、バナジウム塩およびリン酸塩の溶解度を抑えることができる。すると、鉄塩とマグネシウム塩を添加することによって形成されたバナジウム塩およびリン酸塩を、より析出させやすくすることができる。
第4発明によれば、モリブデン酸塩回収工程におけるモリブデン酸塩の沈殿を促進することができるので、モリブデン酸塩の回収効率を高くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の三酸化モリブデンの製造方法の概略フローチャートである。
【図2】本発明の三酸化モリブデンの製造方法における、除去工程およびモリブデン酸塩回収工程の詳細なフローチャートである。
【図3】実施例1および実施例2の実験結果を示した図である。
【図4】実施例3の実験結果を示した図である。
【図5】実施例2の実験結果を示した表である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
本発明の三酸化モリブデンの製造方法は、モリブデンが溶存しているモリブデン含有液を処理して、モリブデン含有液中に溶存するモリブデンから三酸化モリブデンを製造する方法であり、モリブデン含有液中にリンおよびバナジウムが含有されていても、高純度の三酸化モリブデンを製造できるようにしたことに特徴を有している。
【0013】
なお、本発明の三酸化モリブデンの製造方法において、原料となるモリブデン含有液は、例えば、石油精製に用いる水素化脱硫触媒からモリブデンをソーダ化し水浸出してモリブデン酸ナトリウムの液とし、この溶液を溶媒抽出などの方法で処理してモリブデン酸アンモニウムとした溶液などを挙げることができるが、これらに限定されないのは、いうまでもない。
【0014】
(製造工程の説明)
まず、本発明の三酸化モリブデンの製造方法において、モリブデン含有液から三酸化モリブデンを製造する工程を、図1に基づいて簡単に説明する。
【0015】
(除去工程)
図1に示すように、まず、モリブデン含有液(以下、モリブデン始液という)から、リンおよびバナジウムを除去する除去工程を行う。この除去工程では、除去処理槽内に収容されているモリブデン始液に対して、リンおよびバナジウムのイオンと反応する物質を添加する。具体的には、モリブデン始液中のリンおよびバナジウムのイオンと反応して、リンおよびバナジウムの沈殿物を形成する物質を、除去処理槽内に供給する。すると、除去処理槽内にリンおよびバナジウムの沈殿物が形成されるので、リンおよびバナジウムの沈殿物を除去すれば、リンおよびバナジウムをほとんど含まない液(以下、処理液という)が形成される。
【0016】
(モリブデン酸塩回収工程)
つぎに、処理液からモリブデン酸塩を沈殿分離するモリブデン酸塩回収工程を行う。このモリブデン酸塩回収工程では、回収処理槽内に収容されている処理液に対して、酸を添加する。すると、回収処理槽内にモリブデン酸塩の沈殿物が形成されるので、処理液と沈殿物とを分離すれば、モリブデン酸塩が沈殿物として回収される。
【0017】
(焼成工程)
モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩の沈殿物は、焼成炉において焼成される。すると、モリブデン酸塩が分解して、固体の三酸化モリブデンが製造される。
【0018】
以上のごとく、本発明の三酸化モリブデンの製造方法では、モリブデンを含有するモリブデン始液から、固体の三酸化モリブデンを製造することができる。
しかも、モリブデン始液に含まれるリンおよびバナジウムを、除去工程において、リン酸塩およびバナジウム塩として除去できるので、製造された三酸化モリブデンを不純物が少なく、V≦0.007g/L、P≦0.0005g/Lを満たす製品とすることができる。
【0019】
なお、除去処理槽内の沈殿を除去する方法はとくに限定されないが、例えば、モリブデン始液をフィルターに通して濾過するなどの方法で沈殿を除去してもよい。フィルターを通して濾過する場合であれば、除去処理槽と回収処理槽とを配管などで接続しその配管にフィルターを設けておく。すると、除去処理槽から回収処理槽に沈殿物を含むモリブデン始液を流すだけで、モリブデン始液から沈殿物を除去でき、沈殿物を含有しない処理液を回収処理槽に供給することができるので、モリブデン始液の連続処理が可能となる。
【0020】
また、上記例では、除去工程は除去処理槽において行われ、モリブデン酸塩回収工程は回収処理槽において行われる場合、つまり、除去工程とモリブデン酸塩回収工程を別な処理槽で行う場合を説明したが、除去工程およびモリブデン酸塩回収工程は同じ処理槽内で行ってもよい。この場合には、モリブデン始液の連続処理は困難であるが、複数の処理槽を設けなくてもよいので、設備を小型化できる。
【0021】
つぎに、各工程の条件について、詳細に説明する。
【0022】
(除去工程)
本発明の三酸化モリブデンの製造方法では、除去工程において、リンおよびバナジウムを沈殿物として同時に除去することができるという特徴を有する。
【0023】
図2に示すように、本発明では、除去工程において、モリブデン始液に、鉄塩、マグネシウム塩、塩酸およびアンモニアを供給する。すると、リンおよびバナジウムの鉄塩および、リンのマグネシウム塩が形成されて沈殿するので、リンおよびバナジウムをモリブデン始液から除去することができ、処理液を形成することができる。
【0024】
使用する鉄塩およびマグネシウム塩、ならびに両者の組み合わせはとくに限定されない。例えば、鉄塩として、塩化第一鉄、塩化第二鉄などを挙げることができるが、これらに限定されない。また、マグネシウム塩として、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、水酸化マグネシウムなどをあげることができるが、これらに限定されない。そして、使用する鉄塩とマグネシウム塩の組み合わせは、例えば、塩化第二鉄と塩化マグネシウムの組み合わせなどを挙げることができるが、とくに限定されない。塩化物同士の組み合わせであれば、硫酸化合物を使用した場合のように硫黄分が不純物として処理液中に残留することがなく、硫黄分がモリブデン酸塩回収工程で回収されるモリブデン酸塩の沈殿物に混入することがないので、好ましい。ただし、硫酸化合物を使用した場合でも、モリブデン酸塩の沈殿物に混入する硫黄分はモリブデン酸塩に付着した状態で存在する。したがって、回収されたモリブデン酸塩を水などで十分に洗浄すれば、硫黄分はモリブデン酸塩から除去することができる。
【0025】
例えば、鉄塩として塩化第二鉄を使用した場合には、以下の反応により、リンおよびバナジウムの沈殿物が形成される。
4(NH)VO+2FeCl+2NHOH→Fe13↓+6NHCl+H
(NHPO+FeCl→FePO↓+3NHCl
【0026】
また、マグネシウム塩として塩化マグネシウムを使用した場合には、以下の反応により、リンの沈殿物が形成される。
(NHPO+MgCl+6HO→NHMgPO・6HO↓+2NHCl
【0027】
マグネシウム塩として硫酸マグネシウムを使用した場合には、以下の反応により、リンの沈殿物が形成される。
(NHPO+MgSO+6HO→NHMgPO・6HO↓+(NHSO
【0028】
そして、本発明の三酸化モリブデンの製造方法では、同じ除去工程において、モリブデン始液に対して鉄塩とマグネシウム塩とを添加するだけで、モリブデン始液中のリンおよびバナジウムの両方を除去できる。つまり、一工程でバナジウムとリンの両方を除去できるので、作業工程を少なくでき処理効率を向上させることができる。
しかも、一つの除去処理槽でバナジウムとリンの両方を除去できるので、モリブデン含有液から三酸化モリブデンを製造する設備が大型化することを防ぐことができる。
また、モリブデン始液に対して薬剤添加して攪拌するだけなので、設備も簡素化できるし、連続処理も容易になる。
【0029】
また、モリブデン始液に対して、鉄塩とマグネシウム塩の両方を同時に投与してもよいが、鉄塩を添加した後、マグネシウム塩を添加するようにすることが好ましい。上述したように、鉄塩は、バナジウムとリンの両方と塩を形成して、両者の沈殿を形成することができるが、リン酸鉄の溶解度の問題上、リンをリン酸鉄として除去できる量には限界がある。一方、マグネシウム塩はバナジウムと反応して沈殿を形成することはできない。
したがって、鉄塩によってバナジウムと一部のリンを除去した後、残留しているリンをマグネシウム塩によって除去するようにすれば、マグネシウム塩の投与量を必要最低限の量に抑えることができるので、バナジウムおよびリンをより効率よく除去することができる。
【0030】
具体的には、モリブデン始液に対して、バナジウムを全て除去できる量だけ鉄塩を添加し、添加した鉄塩の量から推定される残留しているリンを全て沈殿として除去できる最低限の量のモリブデン塩を添加すればよい。例えば、モリブデン始液中のバナジウムおよびリンの量に対して、鉄塩として塩化第二鉄をバナジウムに対する当量比で5〜10倍添加し、マグネシウム塩として硫酸マグネシウムをリンに対する当量比で1.5〜3倍添加すれば、処理液中のモリブデン始液中のバナジウムの量を0.007g/L以下、リンの量を0.0005g/L以下とすることができる。
【0031】
また、除去工程においては、モリブデン始液のpHは、pH7.5以上が好ましく、pH8以上がより好ましく、pH9以上がさらに好ましい。pHが高くなれば、鉄塩を添加したときに形成されるバナジウム塩の溶解度が低くなり、沈殿物として、モリブデン始液からバナジウムを除去する効果を高くすることができる。なお、pHは高いほど上記効果が得られるが、あまりpHが高いと次のモリブデン酸塩回収工程において、pHを下げるコストが高くなるので、pHは10以下が好ましい。
なお、モリブデン始液のpHを調整する方法はとくに限定されないが、モリブデン始液に添加する塩酸およびアンモニアの量を調整することによって調整することができる。
【0032】
また、除去工程においては、モリブデン始液の温度は、常温程度、例えば、30℃以下が好ましく、10〜30℃がより好ましい。温度を常温程度に保つことによって、バナジウム塩およびリン酸塩の溶解度を抑えることができる。つまり、バナジウム塩およびリン酸塩が析出しやすくなり、また、一旦析出した塩が再溶解する割合も低くできるので、形成されたバナジウム塩およびリン酸塩を、より沈殿として除去しやすくなる。
【0033】
なお、除去工程において、モリブデン始液を撹拌しながら反応を進行させるが、反応時間は60分程度が好ましく、30〜120分程度がより好ましい。反応時間が短い場合、バナジウムおよびリンと添加した鉄塩およびマグネシウム塩との反応が十分に進まず、処理液中に残留するバナジウムおよびリンの量が多くなってしまう可能性がある。また、反応時間が長すぎても、形成される沈殿物の量は変化しない。
また、鉄塩を添加した後、マグネシウム塩を添加する場合には、鉄塩を添加してから反応終了までの時間が上記時間となるようにすればよいが、鉄塩を添加してバナジウムおよびリンと反応させる時間は15〜60分程度が好ましく、30程度がより好ましい。そして、マグネシウム塩を添加してリンと反応させる時間は15〜60分程度が好ましく、30程度がより好ましい。
【0034】
(モリブデン酸塩回収工程)
モリブデン酸塩回収工程では、除去工程においてバナジウムおよびリンが除去された処理液からモリブデンをモリブデン酸塩として回収するが、モリブデン酸塩回収工程における処理液のpHは、2.8以下が好ましい。pHが2.8よりも高くなると、モリブデン酸塩の粒径が小さくなり、沈殿の固液分離が困難になることおよび、モリブデン酸が沈殿せず液中のモリブデン濃度が高くなりモリブデンのロスが大きくなる。
また、処理液のpHの下限は、とくに限定されないが、pHの下限が低くなりすぎるとモリブデン酸塩の粒径が大きくなり、このモリブデン酸塩を焼成して得られる三酸化モリブデンの粒径も大きくなる。粒径も大きい三酸化モリブデンは、嵩張らないという利点があるので、例えば、pH1程度で製造された三酸化モリブデンは、モリブデンメタルを製造する原料に適している。
一方、粒径の大きい三酸化モリブデンは溶解性が低下するので、三酸化モリブデンを溶かして使用する場合に不具合が生じる。
したがって、モリブデン酸塩回収工程における処理液のpHは、2.8以下が好ましく、0.5〜2.8がより好ましく、0.8〜2.8がさらに好ましい。なお、三酸化モリブデンの溶解性を考えれば、処理液のpHは、1.5〜2.8が好ましい。
【0035】
モリブデン酸塩回収工程における処理液の温度は、60℃以上が好ましく、70℃以上がより好ましい。処理液の温度が60℃よりも低くなると、モリブデン酸塩の粒径が小さくなりすぎるので回収が困難になるからである。
また、処理液の温度の上限はとくに限定されず、処理液が沸騰する沸点以下であれば、モリブデン酸塩回収工程は行うことができる。
【0036】
モリブデン酸塩回収工程に使用される設備はとくに限定されないが、処理液はpHが低いので、モリブデン酸塩回収工程に使用される回収処理槽は、耐薬品性の高い材料で形成しなければならない。また、処理液を高温にしてモリブデン酸塩回収工程を行う場合、回収処理槽の材料には、耐薬品性に加えて高い耐熱性も要求されるので、回収処理槽には耐薬品性に加えて高い耐熱性も要求される。例えば、テフロンであれば高い耐薬品性と高い耐熱性を有しているので、回収処理槽の内面にテフロンコーティングを施しておけば、上述した条件において、モリブデン酸塩回収工程を行うことができる。
【0037】
一方、テフロンコーティングを施した回収処理槽は高価であり、かかる回収処理槽を備えた設備は設備コストが高くなる。したがって、設備コストを抑えるのであれば、耐薬品性の高いFRPなどで形成した回収処理槽や、耐薬品性の高いゴムライニングを内面に施した回収処理槽を使用してもよい。しかし、FRPやゴムは耐熱性が高くないので、かかる回収処理槽を使用する場合には、処理液を80℃より高い温度に維持して処理することは困難である。
【0038】
したがって、モリブデン酸塩回収工程における処理液の温度は60℃以上かつ沸点以下であればよいが、回収効率と設備コストを考慮すれば、60〜80℃が好ましく、70〜80℃がより好ましい。
【0039】
なお、モリブデン酸塩回収工程終了後の処理液から、モリブデン酸塩の沈殿物と液体とを分離する方法はとくに限定されないが、例えば、遠心分離機やフィルタープレスなどによるろ過によって両者を分離することができる。
【0040】
また、モリブデン酸塩回収工程では、処理液を撹拌しながら反応を進行させるが、反応時間はバッチ処理であれば3時間程度が好ましく、連続処理であれば6時間程度が好ましい。反応時間が短い場合、モリブデン酸塩の生成が十分に進まず、処理液中に残留するモリブデンの量が多くなってしまう可能性がある。また、反応時間が長すぎても、形成される沈殿物の量は変化しない。
【0041】
(焼成工程)
焼成工程では、回収されたモリブデン酸塩を、例えば、ロータリーキルンなどの焼成炉に投入して焼成する。焼成する温度は、モリブデン酸塩が分解されモリブデン酸塩に含まれるアンモニアを除去することができる温度であればよい。例えば、焼成炉内の温度を400度以上とし、焼成時間を3時間以上、好ましくは4時間程度とすれば、アンモニアが完全に除去されるので高純度の三酸化モリブデンを確実に製造することができる。
【0042】
本発明の三酸化モリブデンの製造方法の有効性を実験により確認した。
【実施例1】
【0043】
実験は、バナジウムおよびリンを含有するモリブデン含有液に対して、鉄塩およびマグネシウム塩を添加した場合において、モリブデン含有液に残留するバナジウムおよびリンの量を確認した。
実験では、添加する鉄塩およびマグネシウム塩の量を変化させた場合のモリブデン含有液に残留するバナジウムおよびリンの量を確認した。
【0044】
実験に使用したモリブデン含有液は、以下のとおりである。
モリブデン含有液:
Mo含有量35.6g/L、V含有量0.046g/L、P含有量0.039g/L
鉄塩 :塩化第二鉄(FeCl
マグネシウム塩:塩化マグネシウム(MgCl
【0045】
実験条件は、以下のとおりである。
モリブデン含有液の終液pHおよび温度:pH9.0、温度23〜29℃
撹拌時間:60分
【0046】
なお、モリブデン含有液中のバナジウムおよびリンの量は、ICP発光分光分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製:SPS3100)によって測定し、pHは、ガラス電極式水素イオン濃度指示計(東亜電波工業製:HM-20J)、温度は、ガラス棒温度計によって測定した。
また、モリブデン含有液の終液pH(処理終了時における液のpH)は、pHの測定値に基づいて、pH9.0に維持されるように、塩酸またはアンモニアを適宜添加して調整した。
【0047】
実験結果を図3(A)、(B)に示す。なお、バナジウムは、どの実験条件でも、装置の測定下限以下となったので、図には、リンの残留量のみを示している。
図3(A)に示すように、鉄塩を、モリブデン含有液に対して添加すると、鉄塩の添加量が1.25g/Lまでは、添加量を増やすことによってリンの残留量を減少させることができることが確認できる。
しかし、図3(A)示すように、マグネシウム塩を添加していない場合には、鉄塩を1.25g/L以上添加しても、リンの残留量を、不純物基準値であるP≦0.0005以下にすることはできなかったことが確認できる。
【0048】
一方、図3(B)に示すように、鉄塩とともにマグネシウム塩を添加した場合には、マグネシウム塩を0.5g/L以上添加すれば、リンの残留量を不純物基準値であるP≦0.0005以下にできることが確認できる。
【0049】
以上の結果より、バナジウムおよびリンを含有するモリブデン含有液において、バナジウムおよびリンを不純物基準値以下にする上では、鉄塩とともにマグネシウム塩を添加することが有効であることが確認できた。
【実施例2】
【0050】
実験は、バナジウムおよびリンを含有するモリブデン含有液からバナジウムおよびリンを除去する場合において、モリブデン含有液に残留するバナジウムおよびリンの量に、モリブデン含有液のpHおよび温度が与える影響を確認した。
実験では、モリブデン含有液のpHまたは温度のいずれか一方を変化させた場合において、モリブデン含有液に残留するバナジウムおよびリンの量を確認した。
【0051】
実験に使用したモリブデン含有液、鉄塩などは、以下のとおりである。
モリブデン含有液:
Mo含有量35.2g/L、V含有量0.044g/L、P含有量0.035g/L
鉄塩 :塩化第二鉄(FeCl)、555g/L
【0052】
実験条件は、以下のとおりである。
モリブデン含有液の終液pH(温度を変化させる場合):pH9.0
モリブデン含有液の温度(pHを変化させる場合):温度60℃
撹拌時間:60分
【0053】
なお、モリブデン含有液中のバナジウムおよびリンの量は、ICP発光分光分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製:SPS3100)によって測定し、pHは、ガラス電極式水素イオン濃度指示計(東亜電波工業製:HM-20J)、温度は、ガラス棒温度計によって測定した。
また、モリブデン含有液の終液pHは、pHの測定値に基づいて、所定のpHに維持されるように、塩酸またはアンモニアを適宜添加して調整した。
さらに、モリブデン含有液の温度は、ヒータによる加熱を制御して調整した。
【0054】
実験結果を図3(C)、(D)および図5(A)、(B)に示す。
図3(C)および図5(A)に示すように、pHを6.85から増加させると、pHが高くなるに従って、バナジウムの残留量は減少していく。しかも、pHが7.0よりも高くなると、それまでよりもpHの増加に伴う残留量の減少割合が大きくなる。したがって、鉄塩によってモリブデン含有液からバナジウムを除去する上では、モリブデン含有液のpHは高い方が好ましいことが確認できる。
【0055】
一方、pHが高くなるに従ってリンの残留量は増加しているが、pHの増加にともなうリンの残留量の増加割合はpH7.5程度で緩やかになる。このことは、pH7.5以上とすれば、モリブデン含有液に残留するリンの量が推定しやすくなることを意味している。すると、リンの除去に鉄塩以外の薬剤を使用するのであれば、pHを7.5以上とすれば、リンの除去に使用する薬剤の量を見積もり易くなると考えられる。
【0056】
また、図3(D)および図5(B)に示すように、モリブデン含有液の温度が高くなるにしたがって、急激にモリブデン含有液に残留するバナジウムおよびリンの量が増加する。
したがって、モリブデン含有液からバナジウムおよびリンを除去する上では、モリブデン含有液の温度は低い方が好ましいことが確認できる。

【実施例3】
【0057】
実験は、バナジウムおよびリンが除去されたモリブデン含有液から、酸沈法によってモリブデンをモリブデン酸塩として回収する場合に、回収率にモリブデン含有液のpHが与える影響を確認した。
実験では、モリブデン含有液のpHを変化させた場合において、モリブデン含有液に残留するモリブデンの量を確認した。
【0058】
実験に使用したモリブデン含有液および添加した酸は、以下のとおりである。
モリブデン含有液:
Mo含有量42.4g/L、V含有量0.0003g/L、P含有量0.0006g/L
【0059】
実験条件は、以下のとおりである。
モリブデン含有液の温度:70℃、80℃
撹拌時間:180分
【0060】
なお、モリブデン含有液中のバナジウムおよびリンの量は、ICP発光分光分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製:SPS3100)によって測定し、pHは、ガラス電極式水素イオン濃度指示計(東亜電波工業製:HM-20J)、温度は、ガラス棒温度計によって測定した。
また、モリブデン含有液の終液pHは、pHの測定値に基づいて、所定のpHに維持されるように、塩酸またはアンモニアを適宜添加して調整した。
さらに、モリブデン含有液の温度は、ヒータによる加熱を制御して調整した。
【0061】
実験結果を図4に示す。
図4に示すように、モリブデン含有液の温度に係わらず、pHが1.0〜3.0の間、より詳しく見ると、1.5〜2.8の間では、モリブデン含有液(母液)に残留するモリブデンの量が0.1g/Lよりも少なくなっており、モリブデンを99%以上回収できていることが確認できる。
一方、pHが3.0よりも高くなると、モリブデン含有液に残留するモリブデンの量が急激に多くなり、回収効率が大幅に低下していることが確認できる。
【0062】
以上の結果より、モリブデン含有液から酸沈法によってモリブデンを回収する場合、pHは1.0〜3.0程度が好ましく、pH1.0〜2.8程度がよ好ましいことが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の三酸化モリブデンの製造方法は、石油精製に用いる水素化脱硫触媒を処理して得られるモリブデン酸アンモニウム溶液やモリブデン含有触媒を製造する際に生じる廃液などのようにバナジウムおよびリンを含有するモリブデン含有液からモリブデンを回収する方法として適している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン含有液からリンおよびバナジウムを除去する除去工程と、
リンおよびバナジウムが除去された処理液に酸を添加してモリブデン酸塩を沈殿分離するモリブデン酸塩回収工程と、
モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を焼成する焼成工程と、を順に行う製造方法であって、
除去工程において、モリブデン含有液に鉄塩とマグネシウム塩とを添加する
ことを特徴とする三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項2】
前記除去工程において、モリブデン含有液に対して、鉄塩を添加した後、マグネシウム塩を添加する
ことを特徴とする請求項1記載の三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項3】
前記除去工程では、
モリブデン含有液のpHを7.5以上、かつ、温度を30℃以下、に維持する
ことを特徴とする請求項1または2記載の三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項4】
前記モリブデン酸塩回収工程では、
処理液のpHを0.5以上2.8以下、かつ、温度を60℃以上、に維持する
ことを特徴とする請求項1、2または3記載の三酸化モリブデンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−206867(P2012−206867A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−71578(P2011−71578)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】