説明

五酸化バナジウムゲルの製造方法

【課題】 製造時において最終生成物に不純物が混入する心配がなく、また製造を怪我なく安全に行うことができ、しかも、製造効率にも優れた五酸化バナジウムゲルの製造方法を提供すること。
【解決手段】 五酸化バナジウムの光化学作用(光吸収で生成された電子−正孔対による化学反応)を利用して、五酸化バナジウム結晶を水中に分散させた懸濁液に、五酸化バナジウムが光を吸収する吸収端よりも波長が短い560nm以下の波長成分を含む光を照射して、光化学反応により五酸化バナジウムゲルの合成を行った。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、五酸化バナジウムゲルの製造方法の改良、詳しくは、製造中に不純物が混入する心配がなく、また製造を安全に行うことができ、しかも、製造効率にも優れた五酸化バナジウムゲルの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、高分子でありながら五酸化バナジウム結晶に匹敵する導電性を持つ五酸化バナジウムゲルが電極材料として注目されている。ちなみに、「五酸化バナジウムゲル」とは、バナジウムと酸素からなる層の間に水分子を挿入した構造を持つ無機高分子であり(図4及び非特許文献1参照)、工業生産も従来から行われている。
【0003】
また、上記五酸化バナジウムゲルの合成に関しては、五酸化バナジウム結晶と水を乳鉢に入れ、室温で摩砕する簡単な方法が知られているが(図5[a]参照)、この方法では、五酸化バナジウムが乳鉢と乳棒の間で長時間こすられるため、乳鉢や乳棒の成分が五酸化バナジウムゲルに混入する可能性がある。
【0004】
また他にも、イオン交換樹脂にバナジン酸塩(例えば、ナトリウム塩)を通して生成したバナジン酸を放置して、不安定なバナジン酸を自発的に五酸化バナジウムゲルへと重合させる方法も公知となっているが(図5[b]参照)、この方法では、バナジン酸塩中の陽イオン(例えば、Naイオン)がゲル中に不純物として残留する虞れがある。
【0005】
一方、上記バナジン酸を生成する方法としては、バナジウムのアルコキシド(アルコールとの化合物)を加水分解する方法も知られているが(図5[c]参照)、この方法だと、副生成物としてアルコールが常に生成されるため、五酸化バナジウムゲルの合成後にゲルとアルコールを分離する必要がある。
【0006】
また、上記バナジン酸以外にも、五酸化バナジウム結晶を過酸化水素水に溶解して生成した過酸化物を放置して五酸化バナジウムゲルを合成する方法も知られているが(図5[d]参照)、この方法では、上記のような不純物が混入する心配はないものの、過酸化物が分解する際に激しい化学反応を伴うため、合成作業での危険が大きくなる。
【0007】
また更に、既存の合成法としては、非晶質の五酸化バナジウムと水を混ぜた懸濁液を放置して五酸化バナジウムゲルを合成する方法も知られているが、この方法では、非晶質の五酸化バナジウムを得るために、五酸化バナジウム結晶を予め非晶質化しておく必要があるため、合成前の処理に手間がかかる。
【0008】
他方、工業的な製造法としては、五酸化バナジウムを高温で加熱・溶融し、液体状となった五酸化バナジウムを水中に投下して急冷することにより、五酸化バナジウムゲルを合成する方法が採用されているが(特許文献1参照)、高温の融液は危険であるだけでなく、反応性が高いため、融液を入れたるつぼの成分がゲル中に混入する心配がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表平7−502246号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Petkov,V.;Trikalitis,P.N.;Bozin,E.S.;Billinge,S.J.L.;Vogt,T. ;Kanatzdis,M.G.J.Am.Chem.Soc.2002,124,10157.
【非特許文献2】Livage,J.Chem.Mater.1991,3,578.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで本発明は、上記の如き問題に鑑みて為されたものであり、その目的とするところは、製造時において最終生成物に不純物が混入する心配がなく、また製造を怪我なく安全に行うことができ、しかも、製造効率にも優れた五酸化バナジウムゲルの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者が上記課題を解決するために採用した手段は次のとおりである。
【0013】
即ち、本発明者は、五酸化バナジウム結晶を水中に分散させた懸濁液に、五酸化バナジウムが光を吸収する吸収端よりも波長が短い560nm以下の波長成分を含む光を照射して、光化学反応により五酸化バナジウムゲルの合成を行う新規の製造法を開発した。
【0014】
また、上記懸濁液に照射する光を、560nm以下の波長成分のみから光とすれば、五酸化バナジウムゲルの合成反応をより効率化することができ、その際使用する光源には、単色性に優れたレーザ光源やLED光源を使用するのが好ましい。
【0015】
一方、上記懸濁液に照射する光の光源に、点光源や線光源よりも発光面積の大きい有機EL等の面光源を使用すれば、一度の合成で五酸化バナジウムゲルを大量に生成することができるため、工業的な大量生産も行える。
【発明の効果】
【0016】
本発明では、五酸化バナジウムの光化学作用(光吸収で生成された電子−正孔対による化学反応)を利用して、五酸化バナジウム結晶と水との懸濁液に特定波長の光を照射することにより、五酸化バナジウムゲルを非晶質化等の前処理なく効率的に製造することが可能となる。
【0017】
しかも、本発明に係る合成方法では、五酸化バナジウムと水以外の材料を使用しないため、最終生成物に不純物が混入する問題も解消される。加えて、合成に危険な化学反応や高温の融液の生成等も伴わないため、五酸化バナジウムゲルの製造を安全に行うことができる。
【0018】
したがって、本発明により、不純物の混入がない純度の高い五酸化バナジウムゲルを生成することができるだけでなく、製造面での効率性や安全性にも優れた五酸化バナジウムゲルの製造方法を提供できることから、本発明の実用的利用価値は頗る高い。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施例1における五酸化バナジウムゲルの合成方法を表わす説明図である。
【図2】本発明の実施例1におけるレーザ光の照射前と照射後の試料の外観を表わす顕微鏡写真である。
【図3】本発明の実施例1に係る合成方法で五酸化バナジウムゲルが生成されたことを示す実験データである。
【図4】五酸化バナジウムゲルの分子構造を表わす説明図である。
【図5】従来における五酸化バナジウムゲルの合成方法を表わす説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
『実施例1』
本発明の実施例1について、以下に説明する。この実施例1では、図1に示すように五酸化バナジウム結晶粉末(560nm付近に吸収端を持つ)と水とを混合して懸濁液を生成した後、この懸濁液に対し、波長532nmのレーザ光を室温下において30W/cm2のエネルギー密度で20時間照射した。
【0021】
その結果、図2の顕微鏡写真に示すように、レーザ光を照射した部分(点線の内側部分)が異なる色に変化した。一方、レーザ光を照射しなかった部分(点線の外側部分)については、外観的な変化は見られなかった。
【0022】
そして、上記試料をラマン分光法による定性分析にかけたところ、図3に示すようにレーザ光を照射して色が変化した部分は、過酸化水素法で生成した五酸化バナジウムゲルと近似するスペクトルを示し、レーザ光を照射しなかった部分は、五酸化バナジウム結晶粉末と略同じスペクトルを示した。
【0023】
これにより、五酸化バナジウム結晶と水の懸濁液に、五酸化バナジウムが吸収する波長域のレーザ光を照射することによって、純度の高い五酸化バナジウムゲルを生成できることが確認できた。また、合成作業に関しては、危険な反応も伴わず安全に作業を行うことができた。
【0024】
本発明は、概ね上記のように構成されるが、記載した実施例にのみ限定されるものではなく、「特許請求の範囲」の記載内において種々の変更が可能であって、例えば、懸濁液に照射する光の光源には、レーザ光源だけでなくキセノンランプやハロゲンランプ、LED光源、有機EL照明などを使用することができる。
【0025】
ちなみに、上記レーザ光源やLED光源については、単色性が優れているため波長成分が560nm以下のみの光(緑や青等)を照射して、合成反応をより効率化することができる。また、有機EL照明などの面光源を使用して照射面積を増やせば、五酸化バナジウムの大量生産も可能となる。
【0026】
そしてまた、五酸化バナジウムゲルの合成に必要な光エネルギーの総量については、照射光の波長域における五酸化バナジウムの光吸収率によって変わってくるが、光吸収率が高い波長域の光を照射すれば、より小さいエネルギー密度で、かつ、短時間で合成を行うことができる。
【0027】
また更に、五酸化バナジウムの光吸収率の波長依存性が分かれば、ある波長成分の光をどの程度照射したとき、どれくらいの光反応生成物(五酸化バナジウムゲル)が得られるかも予測できるため、懸濁液中の五酸化バナジウム結晶の量に応じて照射強度や照射時間を調整することもできる。
【0028】
他方、最終生成物に特定の不純物が混入している状態が逆に好ましい場合には、五酸化バナジウム結晶と水以外の材料が含まれた懸濁液に光を照射して五酸化バナジウムゲルの合成を行ってもよく、何れのものも本発明の技術的範囲に属する。
【産業上の利用可能性】
【0029】
近年、電子部品や電化製品等において、導電性に優れた電極材料が求められており、五酸化バナジウムゲルも高機能材料の一つとして期待されている。一方、製造側では、純度の高い五酸化バナジウムゲルをできるだけ安全に効率良く製造するための技術が求められている。
【0030】
そのような中で、本発明の五酸化バナジウムゲルの製造方法は、純度の高い五酸化バナジウムゲルを安全かつ効率的に製造することができる有用な技術であるため、その産業上の利用価値は非常に高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
五酸化バナジウム結晶を水中に分散させた懸濁液に、560nm以下の波長成分を含む光を照射して、光化学反応により五酸化バナジウムゲルを合成することを特徴とする五酸化バナジウムゲルの製造方法。
【請求項2】
懸濁液に照射する光が、560nm以下の波長成分のみの光であることを特徴とする請求項1記載の五酸化バナジウムゲルの製造方法。
【請求項3】
懸濁液に照射する光の光源に、単色性に優れたレーザ光源或いはLED光源を使用することを特徴とする請求項2記載の五酸化バナジウムゲルの製造方法。
【請求項4】
懸濁液に照射する光の光源に面光源を使用することを特徴とする請求項1〜3の何れか一つに記載の五酸化バナジウムゲルの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−112596(P2013−112596A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−262985(P2011−262985)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(397022885)財団法人若狭湾エネルギー研究センター (36)
【Fターム(参考)】