説明

人工皮革用基材およびその製造方法

【課題】
風合いが良好で、耐ピリング性に優れ、かつ発色性に優れた人工皮革用基材を提供する。
【解決手段】
0.01デシテックスから0.3デシテックスの極細繊維が10本から250本集束した極細繊維束からなる絡合不織布に高分子弾性体が含有された人工皮革用基材内部の高分子弾性体と極細繊維束の少なくとも一部分以上が接着している状態において、接着している極細繊維束の最外周に配置された極細繊維は高分子弾性体と接着しているが、最外周以外の極細繊維は高分子弾性体と接着していないことを特徴とする人工皮革用基材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外観が良好で、かつ発色性、風合いおよび耐ピリング性に優れたスエード調人工皮革とすることのできる人工皮革用基材およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、繊維束と高分子弾性体とからなる基体の表面に該繊維束からなる立毛を存在させたスエード調人工皮革は公知である。そしてこのようなスエード調人工皮革の分野では、高品質化が要求され、外観(スエード感)、風合い(柔軟な手触り)、発色性(色の鮮明さ、濃度感)等の感性面での要求と、耐ピリング性等の物性面での要求をすべて高いレベルで満足するような高品質のものが求められており、これを解決すべく種々の提案がなされてきた。
例えば、外観や風合いが優れたスエード調人工皮革を得るために、人工皮革を構成している繊維を極細化する方法が一般に用いられているが、繊維を単に極細化していくと、細くなるにつれてよりくすんだ白っぽい色にしか染色できないので、外観や風合いがいくら優れていても発色性の点で劣るという欠点を有している。また、人工皮革の風合いや手触りを極めて柔軟な良好なものとするために、人工皮革を構成している繊維を極細繊維束とし、その繊維束の内部に繊維を拘束する高分子弾性体が実質的に存在させないようにすることが行われているが、繊維束の内部のみならず外周部にも実質的に繊維を拘束する高分子弾性体が存在しないので、風合いがいくら優れていても立毛面が摩擦されると立毛繊維が繊維束ごと容易に引き抜かれてしまい、いわゆる耐ピリング性の点で劣るという欠点を有している。
【0003】
このようなスエード調人工皮革における立毛繊維の耐ピリング性の改良については、0.8デニール以下の極細繊維が複数本より集まった極細繊維束を発生する繊維からなるニードルパンチ不織布をポリビニルアルコール(以下、PVAと略すこともある。)水溶液へ浸漬、乾燥することで不織布形態を仮固定した後に、海島型繊維の海成分を溶解する有機溶剤中で海成分を抽出除去し、次いでポリウレタンのジメチルホルムアミド(以下、DMFと略すこともある。)溶液を含浸した後に水中で凝固してさらに表面を起毛することで得られるスエード調人工皮革において、該極細繊維中に繊維径の4分の1より大なる径を有し、かつ繊維に対して不活性な粗大粒子を添加することが提案されている(特許文献1参照)。
また、海島型繊維からなるニードルパンチ絡合不織布に、ポリウレタンのDMF溶液を含浸し水中で凝固した後に、海島型繊維の海成分を抽出除去して得られた皮革様基材を起毛して得られるスエード調人工皮革において、該基材を構成している繊維束が、0.02〜0.2デニールの細繊維(A)と、細繊維(A)の平均繊度の1/5以下でかつ0.02デニール未満の繊度の極細繊維(B)とからなり、その本数の比(A/B)が2/1〜2/3であり、かつ繊維束内部には実質的に高分子弾性体が含有されておらず、さらに該立毛を構成している繊維中のAの本数とBの本数との比(A/B)が3/1以上であることを特徴とするスエード調人工皮革が提案されている(特許文献2参照)。
また、スエ―ド調人工皮革の耐ピリング性改良については、高分子弾性体の溶剤で立毛の根元に存在する高分子弾性体の一部を溶解し、表面の立毛繊維の根元を固定する方法が提案されている(特許文献3参照)。
【0004】
このようなスエ―ド調人工皮革の発色性改良については、スエード調人工皮革の立毛表面に易染性樹脂を付与して染色することが提案されており(特許文献4参照)、またアルカリの存在下で還元されて水溶性となる染料で染色し、酸化して染料を固着する染色法も提案されている(特許文献5,6参照)。
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の方法は、海島型繊維の海成分を抽出除去した後にポリウレタンのDMF溶液を含浸凝固する製造方法であり、極細繊維束の内部へポリウレタンが存在するため、風合いの硬化が避けられず、また、繊維中に不活性な粗大粒子が添加されていることから、柔軟な風合いや手触りを得ることができない。また、特許文献2に記載の方法は、海島型繊維の海成分を抽出除去する前にポリウレタンのDMF溶液を含浸凝固する製造方法であるため極細繊維束の外周部および内部にはポリウレタンが実質的に存在せず柔軟な風合いや手触りを得ることが可能であるが、極細繊維束にポリウレタンで固定されている部分が存在せず、耐ピリング性は不十分であった。
さらに、特許文献3に記載の方法は、皮革様基材の最表面に存在する高分子弾性体の一部を溶解して立毛繊維の根元を固定するのみで、皮革様基材の内部での繊維の固定効果に乏しく、繊維に対する高分子弾性体の把持能力が低い為、0.01デシテックス以上の繊維に対しては、良好な耐ピリング性の改良効果が得られない。
また、上記の特許文献4、特許文献5および特許文献6に記載されているような発色性の改良方法は、発色性自体は改良できるものの、繊維立毛面の外観や触感、風合いを低下させるものであった。
【0006】
【特許文献1】特開昭53− 34903号公報(第3〜4頁)
【特許文献2】特開平 7−173778号公報(第1〜2頁)
【特許文献3】特開昭57−154468号公報(第1〜2頁)
【特許文献4】特公昭55− 506号公報(第1〜2頁)
【特許文献5】特公昭61− 25834号公報(第1〜2頁)
【特許文献6】特公昭61− 46592号公報(第1〜2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、風合い、外観が良好で、かつ発色性と耐ピリング性に優れており、衣料用、靴用、袋物用、家具用、カーシート用、ゴルフ手袋等の各種スポーツ手袋用に好適に使用できるスエード調人工皮革とすることのできる人工皮革用基材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、前記の目的を達成するために鋭意研究を行った結果、高分子弾性体に接触した極細繊維束の最外周に配置された極細繊維は高分子弾性体に接着しているが、極細繊維束の内部および高分子弾性体に接触していない極細繊維束の最外周の極細繊維は高分子弾性体に接着していない構造を実現することで、風合い、外観が良好で、かつ発色性と耐ピリング性に優れた、衣料用、靴用、袋物用、家具用、カーシート用、ゴルフ手袋等の各種スポーツ手袋用に好適に使用できるスエード調人工皮革、およびその製造方法を提供できることを見出し、本発明を完成したものである。
すなわち、本発明は、
(1)0.01デシテックスから0.3デシテックスの極細繊維が10本から250本集束した極細繊維束からなる絡合不織布に高分子弾性体が含有された人工皮革用基材内部の高分子弾性体と極細繊維束の少なくとも一部分以上が接着している状態において、接着している極細繊維束の最外周に配置された極細繊維は高分子弾性体と接着しているが、最外周以外の極細繊維は高分子弾性体と接着していないことを特徴とする人工皮革用基材である。
また、(2)0.01デシテックスから0.3デシテックスの極細繊維が10本から250本集束した極細繊維束からなる絡合不織布に高分子弾性体が含有された人工皮革用基材を製造するに際し、
(I)海島型繊維の横断面において、海島型繊維の外周に配置された島成分の外周長の5%から30%が、海島型繊維の外周表面に露出している海島型繊維からなる絡合不織布を製造する工程、
(II)該絡合不織布の内部に高分子弾性体を付与する工程、
(III)海島型繊維を極細繊維束に変性する工程
を順次行うことを特徴とする人工皮革用基材の製造方法である。
そして、(3)(1)記載の人工皮革用基材の少なくとも片面に極細繊維からなる立毛が形成されたスエード調人工皮革である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の人工皮革用基材は、風合い、外観が良好で、かつ発色性と耐ピリング性に優れたスエード調人工皮革用の人工皮革用基材である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の人工皮革用基材は、例えば、以下の工程(a)〜(d)、
(a)海島型繊維であって、該海島型横断面の外周に配置された島成分の外周長の5%から30%が、海島型繊維の外周表面に露出し、単繊維繊度0.01デシテックスから0.3デシテックスの極細繊維が10本から250本集束した極細繊維束を発生させ得る海島型繊維を製造する工程、
(b)該海島型繊維からなるウェブをニードルパンチ法により三次元絡合させ絡合不織布を製造する工程、
(c)該絡合不織布に高分子弾性体溶液を含浸し、湿式凝固する工程、
(d)海成分を除去することにより該繊維を極細繊維からなる繊維束に変成する工程、
を順次行なうことにより得ることができる。
また、得られた人工皮革用基材について以下の工程(e)(f)、
(e)少なくとも一面に立毛を形成させる工程、
(f)必要に応じて(e)の前または後で染色、あるいは整毛する工程、
を行なうことにより、本発明の効果を有するスエード調人工皮革を得ることができる。
【0011】
本発明の海島型繊維において、島成分を構成するポリマーは、例えば、ナイロン6、ナイロン66をはじめとする溶融紡糸可能なポリアミド類、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、カチオン可染型変性ポリエチレンテレフタレートをはじめとする溶融紡糸可能なポリエステル類などから選ばれた少なくとも1種類のポリマーである。
【0012】
一方、海成分を構成するポリマーは、島成分を構成するポリマーとは溶剤または分解剤に対する溶解性または分解性を異にし、即ち海成分を構成するポリマーの方が島成分を構成するポリマーよりは特定の溶剤または分解剤に対する溶解性または分解性が大きく、島成分を構成するポリマーとの親和性が小さいポリマーであって、かつ紡糸条件下で島成分の溶融粘度より小さい溶融粘度であるか、あるいは表面張力の小さいポリマーであり、例えば、ポリエチレン、ポリスチレン、変性ポリスチレン、エチレンプロピレン共重合体などの易溶解性のポリマーや、スルホイソフタル酸ナトリウムやポリエチレングリコール等で変性したポリエチレンテレフタレートなどの易分解性のポリマーから選ばれた少なくとも1種類のポリマーである。
【0013】
図1は、本発明の海島型繊維の1態様を示す断面模式図である。図に示されているように、海島型繊維は、溶解または分解除去することのできる海成分ポリマー中に、0.01デシテックスから0.3デシテックスの極細繊維となる島成分が10から250分散配置されている海島型繊維であって、海島型繊維断面において外周部に配置された島成分の外周長の5%から30%が海島型繊維の表面に露出している海島型繊維である。ここで、海島型繊維の表面に露出した島成分の外周長の割合は図2に示す通り、海島型繊維の横断面において、外周に配置された島成分の外周長(X)と島成分の外周において、海島型繊維の海成分より露出した部分の周長(Y)を測定し、任意の20本の海島型繊維において算出した(Y)/(X)の平均値より求めた割合をいう。繊維表面への島成分の露出割合が5%未満だと、得られる人工皮革用基材において極細繊維束を包囲する高分子弾性体と外周の極細繊維との接着力が不足してしまうので、耐ピリング性において本発明が目的とするレベルは得られず、逆に、30%より大きくなると外周部に配置されて高分子弾性体に接着する極細繊維の接着力が強くなり過ぎるので風合いなどにおいて本発明が目的とするレベルが得られなくなる。
このような海島型繊維は、海成分ポリマーと島成分ポリマーとを別の系で溶融し、紡糸頭部で接合−分割を複数回繰り返して両者の混合系を形成して紡糸する方法、あるいは両者を紡糸口金部で繊維形状を規定して合流させ紡糸する方法等により得られる。ここで、より安定して島成分が10本から250本集束した海島型繊維であって、その横断面における外周に配置された島成分の外周長の5%から30%が、海島型繊維の外周表面に露出している海島型繊維を得るための手段としては、海島型繊維の海成分比率を低下させる方法、ノズルパック内の紡糸口金部分の海成分と島成分が接合してから吐出される部分で海成分の圧力上昇を抑制し、かつ島成分の圧力を上昇させる方法、海島型繊維の外周に配置された島成分が、海島型繊維の外周に露出するように流路を規制する方法等があるが、これらの方法に限定される物ではない。
【0014】
ここで、海島型繊維を構成する島成分の本数は10本から250本であることが重要で、好ましくは15本から100本である。島成分の本数が10本未満の場合は、最外周に配置されて高分子弾性体に接着し得る極細繊維の繊維全体に占める割合が高すぎ、実質的な極細繊維の拘束状態が過剰となるため、本発明が目的とするような良好な風合いの人工皮革用基材は得られない。一方、島成分の本数が250本を超える場合は、高分子弾性体と接着し得る極細繊維の繊維全体に占める割合が小さすぎ、実質的な極細繊維の拘束状態が過小となるため、風合いは十分以上に良好なものは得られるが、本発明が目的とするような耐ピリング性の良好な人工皮革用基材を得ることが出来なくなる。
【0015】
また、極細繊維の繊度は、耐ピリング性と発色性との関係から0.01デシテックスから0.3デシテックスの範囲であることが必須である。極細繊維の繊度が0.01デシテックスに満たない場合は、くすんだ白っぽい色にしか染色できず、鮮やかな色を有するものが得られず、発色性の点で劣るという欠点を有している。また、0.3デシテックスを超える場合は、染色後の色の鮮明さや発色性は良好となるが、繊維強度が増加して耐ピリング性を良好に保つためには、高分子弾性体比率を増加する必要があり、結果として風合いおよびタッチの硬化が起こり、良好なスエード調人工皮革が得られない。
【0016】
海島型繊維は、必要に応じて延伸、捲縮、熱固定、カットなどの処理工程を経て繊度2〜10デシテックスのステープルあるいはフィラメントとする。なお、本発明で言う繊度及び平均繊度は海島型繊維の断面から容易に求められる、すなわち海島型繊維の断面の顕微鏡写真を撮り、島成分(極細繊維)の本数を数え、長さ10000mの繊維を構成している海島型繊維の質量と島成分の比率から島成分の質量を算出し、島成分の本数で割ることで島成分の繊度を求めることが出来る。海島型繊維を極細繊維の繊維束に変成したのちの繊維束については、顕微鏡写真で極細繊維の直径を測定して、島成分を構成するポリマーの比重から長さ10000mの重量を計算することにより極細繊維の繊度が求められる。
【0017】
海島型繊維がステープルの場合、該ステープルをカードで解繊し、ウェバーを通してランダムウェブまたはクロスラップウェブを形成し、得られた繊維ウェブを所望の重さ、厚さに積層する。次いで、ニードルパンチ、高速流体流などの公知の方法で絡合処理を行なって絡合不織布とする。絡合不織布化する際に、本発明の効果を損なわない範囲で、上記海島型繊維以外の繊維を少量添加してもよい。
【0018】
次に絡合不織布に高分子弾性体を含浸し、凝固する。絡合不織布に含浸する高分子弾性体は、人工皮革用基材に用いられる公知のものが用いられる。例えば、ポリエステルジオール、ポリエーテルジオール、ポリエーテルエステルジオール、ポリカーボネートジオールなどから選ばれた少なくとも1種類の平均分子量500〜3000のポリマージオールと、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネートなどの、芳香族系、脂環族系、脂肪族系のジイソシアネートなどから選ばれた少なくとも1種のジイソシアネートと、エチレングリコール、エチレンジアミン等の2個以上の活性水素原子を有する少なくとも1種の低分子化合物とを所定のモル比で反応させて得たポリウレタンであることが得られる人工皮革の風合や力学的物性に優れる点で好ましい。ポリウレタンは、必要に応じて、合成ゴム、ポリエステルエラストマーなどの高分子弾性体を添加した高分子弾性体組成物として使用することもできる。
【0019】
ポリウレタンを主体とした高分子弾性体組成物などの高分子弾性体を溶剤に溶解あるいは分散剤に分散させて高分子弾性体液としたのち、これを絡合不織布に含浸し、高分子弾性体の非溶剤で処理して湿式凝固するか、あるいは感熱ゲル化処理して乾式凝固して繊維質基体とする。高分子弾性体液には必要に応じて着色剤、凝固調節剤、酸化防止剤等の如き添加剤を配合することもできる。繊維質基体に占める高分子弾性体あるいは高分子弾性体組成物の量は、目的とする用途に応じて風合いを調整するために、増減可能であるが、固形分として質量比で10〜50%の範囲が好ましい。固形分で10%に満たない場合は、最終製品である人工皮革用基材あるいはスエード調人工皮革において、極細繊維束に接触して最外周の極細繊維に接着するための高分子弾性体が不十分なため良好な耐ピリング性を得ることが出来ない。また、50%を超える場合には、耐ピリング性への悪影響は生じず、むしろ向上する傾向にあるが、その一方で人工皮革用基材あるいはスエード調人工皮革の手触りや風合いが硬化し、ゴム感が増大するので好ましくなく、これを抑えるための対策は、通常であれば高分子弾性体を含浸、凝固する前の絡合不織布へPVA等の溶解除去可能な樹脂を高分子弾性体の付与量に応じて多量に付与して繊維と高分子弾性体との間に介在させ、繊維を極細繊維化した後で、あるいは同時にこれを除去するなどの工程を追加する方法が挙げられるが、本発明において極細繊維束に接触して最外周の極細繊維に高分子弾性体を接着させるのには不向きな対策であり好ましくない。但し、例えば絡合不織布の形態を仮固定して、工程通過性を確保するなどのために、前記のように本発明の目的が阻害されるようなことがない範囲で、少量のPVA等の溶解除去可能な樹脂を付与してもよい。また、高分子弾性体と極細繊維束の最外周に存在する極細繊維の接着状態は、図3に示す様に極細繊維束を高分子弾性体が完全に包み込んで、極細繊維束の最外周の極細繊維と接着し、極細繊維束の最外周以外の極細繊維は接着せずに取り囲んでいる状態、図4に示す様に高分子弾性体が極細繊維束を部分的に包み込んで、極細繊維束の最外周の一部の極細繊維と接着し、極細繊維束の最外周の他の部分と最外周以外の極細繊維は接着せずに取り囲んでいる状態、図5に示す様に高分子弾性体が極細繊維束の最外周の極細繊維に複数箇所接着しておりそれ以外の最外周の極細繊維と最外周以外の極細繊維は接着していない状態、または、それぞれが混在するのが一般的であり、人工皮革用基材における絡合不織布に占める高分子弾性体あるいは高分子弾性体組成物の量が多くなると図3の状態が多く観察され、人工皮革用基材における絡合不織布に占める高分子弾性体の量が少なくなると図5の状態が多く観察される。本発明において、高分子弾性体と極細繊維束の存在する部分においては、高分子弾性体と極細繊維束の最外周に存在する極細繊維の接着が認められ、高分子弾性体の存在する部分において効率的に極細繊維束の最外周に存在する極細繊維と接着することにより高い耐ピリング性とソフト性を両立して発揮することが出来る。
【0020】
高分子弾性体を含浸して凝固させた繊維質基体を、極細繊維成分および高分子弾性体の非溶剤であり、かつ海島型繊維の海成分の溶剤または分解剤である液体で処理して、海島型繊維から極細繊維を発生させる。例えば高分子弾性体がポリウレタンのとき、島成分がナイロンやポリエチレンテレフタレートであり、海成分がポリエチレンである場合には、溶剤としてトルエン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンなどが使用され、また極細繊維成分がナイロンやポリエチレンテレフタレートであり、海成分が易アルカリ分解性の変性ポリエステルである場合には、分解剤として苛性ソーダ水溶液などが使用される。このような処理により、海島型繊維から海成分が除去されて、海島型繊維は極細繊維束に変成され、本発明の人工皮革用基材が得られる。
このようにして得られた人工皮革用基材を構成する極細繊維束の最外周に配置された極細繊維は、変成前の段階で海島型繊維の断面における外周、即ち繊維表面と高分子弾性体とが接着している場合には、変成後でも高分子弾性体との接着状態が実質的に大半が維持されており、これによって外的摩擦力等による極細繊維束自体の抜けが抑制され、また高分子弾性体が極細繊維束のバインダーとしての役割を少量でも効果的に発揮するので、人工皮革用基材あるいは人工皮革用基材を起毛して得たスエード調人工皮革としての手触りや風合いにおいて過剰な硬化を引き起こすような過剰量の高分子弾性体を人工皮革表面等に付与することなく、耐ピリング性に効果を発揮する。また、含浸した高分子弾性体を固化させた後で海島型繊維を極細繊維束に変成させるため、変成後の極細繊維束の内部には高分子弾性体は実質的に存在しないので、極細繊維束の最外周部が高分子弾性体に接着しており見掛け上は極細繊維束が拘束されているように見えても、実際には人工皮革用基材、あるいはスエード調人工皮革としたときの手触りや風合いの過剰な硬化が引き起こされるものではない。
【0021】
次に、この人工皮革用基材を必要により厚さ方向に複数枚にスライスし、あるいは裏面となる一面を研削するなどして厚さを調節した後、少なくとも表面となる一面を起毛処理して極細繊維を主体とした繊維立毛面を形成させ、スエード調人工皮革とする。繊維立毛面を形成させる方法は、サンドペーパーや針布などによるバフィング等の公知の方法を用いることができる。起毛処理の前あるいは後に、高分子弾性体を溶解または膨潤させることのできる溶剤、即ち高分子弾性体がポリウレタンであればジメチルホルムアミド(DMF)などを含む処理液を起毛処理する表面に塗布して、高分子弾性体の接着による極細繊維束の拘束状態を微調整することも、本発明の効果を阻害しない範囲で必要に応じて追加することができる。
【0022】
得られたスエード調人工皮革は、必要に応じて染色することができ、採用できる染色方法は、繊維の種類に応じて適宜選択される酸性染料、金属錯塩染料、分散染料などを主体とした染料を用いて、通常使用されるようなパッダー、ジッガー、サーキュラー、ウィンスなどの公知の染色機を使用した、従来公知の染色方法である。また、スエード調人工皮革は、染色以外にも必要に応じて、機械もみ処理、柔軟剤処理、ブラッシング、防燃剤等の機能性添加剤付与処理、着色剤や樹脂などを塗布するなどによる意匠性付与処理などの仕上げ処理を行なうこともできる。
【0023】
本発明で得られたスエード調人工皮革は、外観、風合いが良好で、かつ発色性、耐ピリング性に優れたものである。
【0024】
次に、本発明の実施態様を具体的な実施例で説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、実施例中の部および%は、ことわりのない限り質量に関するものである。
<繊度測定方法>
人工皮革用基材の繊維束の断面を電子顕微鏡で2000倍に拡大して写真に撮り極細繊維の直径を任意3箇所の極細繊維束について測定して、島成分を構成するポリマーの比重から長さ10000mの重量を計算することにより極細繊維の繊度および平均繊度を算出した。
<島成分の露出割合の測定方法>
紡糸時に採取した放流糸の断面を電子顕微鏡で1000倍に拡大して写真に撮り、図2に示す通り、海島型繊維の横断面において、外周に配置された個々の島成分の外周長(X)と、該島成分の外周において海島型繊維の海成分より露出した部分の周長(Y)をそれぞれ測定し、(Y)/(X)の平均値を算出し、さらに任意の20本の海島型繊維において算出した(Y)/(X)の平均値より求めた。
<風合の評価>
得られたスエード調人工皮革にて、ゴルフ手袋を縫製して、5人のパネラーが着用評価して風合い評価を実施した。
○:柔軟な風合い、フィット感が良好
△:やや風合いが硬く、ややフィット感不足
×:風合いが硬く、フィット感不良
【実施例1】
【0025】
島成分としてナイロン6を65部と海成分としてポリエチレンを35部とをそれぞれ別のエクストルーダーで溶融し、両者を紡糸口金部で繊維形状を規定して合流させ紡糸する方法において、海島型繊維の外周に配置された島成分が、海島型繊維の外周に露出するように流路を規制したノズルパックを用いて溶融紡糸して、紡糸後の繊維断面においてポリエチレンからなる海成分中にナイロン6からなる25個の島成分がほぼ均一に配置された繊度10デシテックスの海島型繊維を得た。尚、得られた海島型繊維の横断面において、海島型繊維の外周部に配置された島成分の外周長の約20%が海島型繊維の表面に露出するように、島成分と海成分との紡糸温度における溶融粘度バランスを調整した。
得られた海島型繊維を3.0倍に延伸し、捲縮を付与した後、繊維長51mmに切断してステープルとし、これをカードで解繊した後、クロスラップウェバーでウェブとした。次に、得られたウェブを積層して、バーブのあるニードルを厚さ方向に貫通させるニードルパンチ絡合法によりステープルを厚さ方向に絡合させて、目付650g/mの絡合不織布とした。尚、延伸後からニードルパンチ絡合処理までの工程の間に、繊維は徐々に自発の収縮を生じており、繊維の繊度は約4.5デシテックスになっていた。この絡合不織布に、ポリエーテル系ポリウレタンを主体とするポリウレタン組成物13部、ジメチルホルムアミド(以下DMFと称す。)87部の組成液を含浸し、水中で湿式凝固させ、さらに水洗することでDMFを除去した後、海島型繊維ステープル中のポリエチレンからなる海成分を加熱したトルエン中で抽出除去し、次いで熱水浴中でトルエンを除去し、乾燥して、ナイロン6の極細繊維からなる束状繊維とポリウレタンとからなる厚さ約1.3mmの人工皮革用基材を得た。
【0026】
この人工皮革用基材の繊維束の断面を電子顕微鏡で2000倍に拡大して写真に撮り観察すると、極細繊維の平均繊度は0.27デシテックスで、かつ繊度のばらつきは殆ど認められなかった。また、人工皮革用基材内部のポリウレタンと極細繊維束の少なくとも一部分以上が接着している部分を観察すると、接着している極細繊維束の最外周に配置された極細繊維は高分子弾性体と接着しているが、最外周以外の極細繊維は高分子弾性体と接着していない状態が認められた。
この人工皮革用基材をスライスにより厚さ方向に二分割して、分割後の面をサンドペーパーでバフィング処理して厚さ0.60mmに厚み合わせを行なった後、他の面をサンドペーパーをセットしたエメリーバフ機で起毛兼整毛の効果のあるバフィング処理を施して極細繊維立毛面を形成し、さらにIrgalan Red 2GL(Chiba Geigy)を用いて、4%owfの濃度で染色した。染色後にブラッシングして整毛仕上げをしてスエード調人工皮革を得た。得られたスエード調人工皮革は、その十数か所の断面を電子顕微鏡で500倍に拡大して写真に撮り観察したところ、観察された極細繊維束のうちで、高分子弾性体が隣接して存在している極細繊維束では、最外周に配置された極細繊維束を4箇所観察した結果、1極細繊維束当り平均11本の極細繊維が高分子弾性体に接着しており、それ以外の極細繊維は高分子弾性体と接着していない状態であり、また、極細繊維束の内部での高分子弾性体の存在は認められなかった。得られたスエード調人工皮革は耐ピリング性に極めて優れたものであり、さらに発色性、外観、手触り、風合い共に極めて良好なものであった。JIS L1076 A法(20時間)にて測定した耐ピリング性と5人のパネラーにて評価した風合いの評価結果を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
比較例1
海島型繊維の外周に配置された島成分が、内部の島成分と同様に海成分に被覆されるように流路を規制したノズルパックを用いて溶融紡糸して、海島型繊維の外周に配置された島成分の海島型繊維の表面への露出が無く、海成分にほぼ均一に覆われている海島型繊維を溶融紡糸して使用し、また、分割面とは別の面をサンドペーパーで起毛した後に、DMF10%、シクロヘキサノン90%よりなる溶液を20g/mとなるようにグラビア塗布し立毛を固定した以外は、実施例1と同様の手順にて、人工皮革用基材を作成し、さらにはスエード調人工皮革を作成した。
得られたスエード調人工皮革は、その十数か所の断面を電子顕微鏡で500倍に拡大して写真に撮り観察したところ、観察された極細繊維束のうちで、表面付近では、わずかに高分子弾性体と極細繊維が接着している部分が認められたが、人工皮革用基材内部の高分子弾性体に包囲された極細繊維束では、最外周に配置された極細繊維と高分子弾性体との接着は認められず、発色性、外観、手触り、風合いは良好であったが、耐ピリング性に劣るものであった。
【0029】
比較例2
島成分としてナイロン6を65部と海成分としてポリスチレンを35部とをそれぞれ別のエクストルーダーで溶融し、両者を比較例1で用いたノズルパックを用いて、紡糸口金部で繊維形状を規定して合流させ紡糸する方法により溶融紡糸して、紡糸後の繊維断面においてポリエチレンからなる海成分中にナイロン6からなる25個の島成分がほぼ均一に配置された繊度10デシテックスの海島型繊維を得た。尚、得られた海島型繊維の外周に配置された島成分の海島型繊維の表面への露出が無く、海成分にほぼ均一に覆われていた。
得られた海島型繊維を3.0倍に延伸し、捲縮を付与した後、繊維長51mmに切断してステープルとし、これをカードで解繊した後、クロスラップウェバーでウェブとした。次に、得られたウェブを積層して、バーブのあるニードルを厚さ方向に貫通させるニードルパンチ絡合法によりステープルを厚さ方向に絡合させて、目付650g/mの絡合不織布とした。尚、延伸後からニードルパンチ絡合処理までの工程の間に、繊維は徐々に自発の収縮を生じており、繊維の繊度は約4.1デシテックスになっていた。この絡合不織布に、20%PVA水溶液を絡合不織布の質量に対して60%程度の割合で含浸した後に乾燥し、さらに海島型繊維ステープル中のポリスチレンからなる海成分を加熱したトルエン中で抽出除去し、次いでトルエンを除去し、乾燥した。その後、ポリエーテル系ポリウレタンを主体とするポリウレタン組成物13部、DMF87部の組成液を含浸し、水中で湿式凝固させ、さらに水洗、乾燥することでDMFを除去した後、乾燥して、ナイロン6の極細繊維からなる束状繊維とポリウレタン組成物とからなる厚さ約1.3mmの人工皮革用基材を得た。
【0030】
この人工皮革用基材の繊維束の断面を電子顕微鏡で2000倍に拡大して写真に撮り観察すると、極細繊維の平均繊度は0.25デシテックスで、かつ繊度のばらつきは殆ど認められなかった。
この人工皮革用基材をスライスにより厚さ方向に二分割して、分割後の面をサンドペーパーでバフィング処理して厚さ0.60mmに厚み合わせを行なった後、他の面をサンドペーパーをセットしたエメリーバフ機で起毛兼整毛の効果のあるバフィング処理を施して極細繊維立毛面を形成し、さらにIrgalan Red 2GL(Chiba Geigy)を用いて、4%owfの濃度で染色した。染色後にブラッシングして整毛仕上げをしてスエード調人工皮革を得た。得られたスエード調人工皮革は、その十数か所の断面を電子顕微鏡で500倍に拡大して写真に撮り観察したところ、観察された極細繊維束のうちで、高分子弾性体に包囲された極細繊維束では、最外周に配置された極細繊維のみならず、極細繊維束の内部においても多くの極細繊維と高分子弾性体との間に接着が認められる状態であり、耐ピリング性に極めて優れたものであったが、ざらざらとした触感を有し、硬めの風合いであり、良好なスエードは得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明で得られたスエード調人工皮革は、外観、風合いが良好で、かつ発色性と耐ピリング性に優れたものであり、衣料用、靴用、袋物用、家具用、カーシート用、ゴルフ手袋等の各種スポーツ手袋用として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明における海島型繊維を示す断面模式図である。
【図2】本発明の海島型繊維の横断面において、外周に配置された島成分が海島型繊維の海成分より露出した状態を示す断面模式図である。
【図3】本発明で得られる人工皮革用基材における高分子弾性体と極細繊維束の接着状態の模式図である。
【図4】本発明で得られる人工皮革用基材における高分子弾性体と極細繊維束の接着状態の模式図である。
【図5】本発明で得られる人工皮革用基材における高分子弾性体と極細繊維束の接着状態の模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.01デシテックスから0.3デシテックスの極細繊維が10本から250本集束した極細繊維束からなる絡合不織布に高分子弾性体が含有された人工皮革用基材内部の高分子弾性体と極細繊維束の少なくとも一部分以上が接着している状態において、接着している極細繊維束の最外周に配置された極細繊維は高分子弾性体と接着しているが、最外周以外の極細繊維は高分子弾性体と接着していないことを特徴とする人工皮革用基材。
【請求項2】
0.01デシテックスから0.3デシテックスの極細繊維が10本から250本集束した極細繊維束からなる絡合不織布に高分子弾性体が含有された人工皮革用基材を製造するに際し、
(I)海島型繊維の横断面において、海島型繊維の外周に配置された島成分の外周長の5%から30%が、海島型繊維の外周表面に露出している海島型繊維からなる絡合不織布を製造する工程、
(II)該絡合不織布の内部に高分子弾性体を付与する工程、
(III)海島型繊維を極細繊維束に変性する工程
を順次行うことを特徴とする人工皮革用基材の製造方法。
【請求項3】
請求項1記載の人工皮革用基材の少なくとも片面に極細繊維からなる立毛が形成されたスエード調人工皮革。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−77378(P2006−77378A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−265454(P2004−265454)
【出願日】平成16年9月13日(2004.9.13)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】