説明

低分子チオ―ル化合物を用いた牛胚の培養法および輸送法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、牛胚の移植を行う際の胚の効果的な培養法および輸送法に関する。
【0002】
【従来の技術】牛胚の培養法としては、体外受精後ないし生体より採取後の胚を兎あるいは羊の卵管内に移植し、数日間培養を行い、再び回収する方法や、卵管上皮細胞,卵丘細胞の単層細胞との共培養をする方法があり、これらの手法を用いることによって、胚の発育を維持させることが可能である。また、体外培養によって得られた胚を移植の目的で遠隔地域に長距離輸送をする際の手法としては、ごく一部でグリセロールやショ糖などの耐凍剤を用いて凍結し、液体窒素と共に輸送することが試みられているにすぎない。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】牛胚は体外で培養した場合、発生初期の段階で発育停止が起こることが知られている。このような問題を解消するために、これまでは胚を生体内で培養したり、他の培養細胞と共培養する方法が行われている。しかし、生体内培養法は動物の開腹手術を移植時と回収時の2回行うため、その労力および胚の回収率の低下が問題になる。また、共培養を行う方法は共培養細胞の調製および培養や維持に要する労力や費用の他に増殖した共培養細胞の被覆により胚が変形する等の問題点がある。そこで、より簡易で効果的な牛胚の培養法の開発が強く要望されている。
【0004】また、牛胚を輸送する際に、凍結した状態で輸送する手法では、胚の凍結および融解の過程における胚の損失が大きく、さらに凍結胚を融解後、移植を行うまでの処理設備および胚の生存性判定技術が必要である。そこで、優良な胚を確実に輸送する簡易な手法の開発が求められている。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、牛胚の培養および長距離輸送する際に、細胞内環境を還元状態に維持することが有効であることを見出し、かかる目的には低分子チオール化合物が適していることを知見して本発明を完成するに至った。
【0006】すなわち、本発明は牛胚を培養するにあたり、低分子チオール化合物を含む培地にて培養することを特徴とする牛胚の培養法並びに牛胚を輸送するにあたり、低分子チオール化合物を含む輸送用液を用いることを特徴とする牛胚の輸送法を提供するものである。
【0007】本発明において、低分子チオール化合物とはチオール基を有する低分子化合物を意味し、具体的にはβ−メルカプトエタノール(以下、β−MEと略記することがある。),β−メルカプトエチルアミン(以下、システアミンと略記することがある。),グルタチオン(以下、GSHと略記することがある。),ジチオスレイトール(以下、DTTと略記することがある。),α−チオグリセロールなどを挙げることができる。
【0008】牛胚(牛体外授精胚など)を培養して胚盤胞にまで発育させるにあたり、上記低分子チオール化合物を培地に添加するが、その添加量は10〜100μM、好ましくは10〜50μMが適当である。ここで、培養液として通常用いられるものは、TCM(Tissue Culture Medium)−199液,CMRL1066液,DMEM液,MEM液,NCTC109液などの液に10%の濃度で牛胎児血清(FCS)を添加した培地や子牛血清(CS),ウシ血清アルブミン(BSA),ポリビニルアルコール(PVA),ポリビニルピロリドン(PVP)などを適宜添加した培地などである。
【0009】また、牛胚を輸送する場合は、通常の輸送液に対し上記低分子チオール化合物を10〜150μM、好ましくは100〜150μMの割合で添加することが適当である。ここで、輸送液として通常用いられるものは、修正TCM−199液に20%の濃度で子牛血清(CS)を添加した輸送液や上記培地などである。
【0010】
【実施例】次に、本発明を実施例により詳しく説明する。
実施例1屠場より採取した牛卵巣の直径2〜6mmの卵胞から18Gの注射針を付けた5mlシリンジを用いて卵胞卵を吸引採取した後、TCM−199液に10%のFCS,黄体形成ホルモン(LH),卵胞刺激ホルモン(FSH)を添加した培地で24時間成熟培養を行った。成熟培養終了後に、カフェイン,ヘパリンを含むBrackett & Oliphant (BO)液中で凍結融解精子を用いて1×107 /mlの濃度で体外受精を行った。受精後、10%FCSを含むTCM−199液中で40時間発生培養を行うことにより得られた6〜8細胞期胚を卵丘細胞除去後、培養試験に供した。
【0011】一方、対照区として、一般的に用いられている培養液であるTCM−199液に10%の濃度でFCSを添加した区(TCM−199+FCS)を設定し、試験区としてβ−MEまたはシステアミンを10μMおよび50μMの濃度で添加した区を設定し、共培養のための単層細胞なしに培養を行った。培養7日目に観察を行い、胚の発育ステージを調べた。結果を第1表に示す。表から明らかなように、牛体外培養胚の発生において、β−MEの10μMおよび50μM添加区における胚盤胞形成率は24.3%および34.5%であり、システアミンの場合は、10μM添加区で18.9%、50μM添加区で29.4%である。いずれも対照区に比べで有意に高い発生率が得られた。
【0012】
【表1】


【0013】実施例2この例では、実施例1で得た培養7日目に胚盤胞に発育した胚(形態学的な観察により正常と判定されたもの)を輸送試験に供した。まず、対照区として修正TCM−199液に20%の濃度で子牛血清(CS)を添加した輸送液を用い、試験区として20%子牛血清添加修正TCM−199液にβ−MEを10,50,100および150μMの各濃度で添加した輸送液を用いた。胚を0.25mlの移植用ストローに封入し、生体温に近い37℃の保温輸送箱で長距離輸送(東京−札幌間)を行い、輸送後の胚の生存率並びに移植可能胚を判定した。さらに、移植可能と判定された胚を発情周期を合わせた受卵牛に非外科的に移植し、受胎性を検討した。結果を第2表に示す。
【0014】表から明らかなように、輸送後の優良胚の割合は、対照区で53.6%であったのに対し、β−ME添加区では80%以上と有意に高く、特に100および150μM添加区では輸送胚のすべてが優良胚と判定され、高い生存率を示した。
【0015】
【表2】


【0016】また、β−MEを添加した輸送液を用いて輸送した後、移植を行い、受胎率を調べた。結果を第3表に示す。表から明らかなように、受胎が確認されたことより、β−MEの胚に対する悪影響は認められなかった。
【0017】
【表3】


【0018】
【発明の効果】本発明によれば、牛胚の培養において、低分子チオール化合物を培養液に添加することにより、従来行われていた生体内培養法や培養細胞との共培養法を用いることなく、胚を効率的に胚盤胞にまで発育させることが可能である。また、低分子チオール化合物を輸送用培地に添加することにより、輸送後の胚をほぼ100%の生存性を維持した状態で移植に用いることが可能である。この方法によれば、従来の胚の凍結輸送を行う際に必要であった融解処理施設および生存性判定技術を用いることなく、輸送後直ちに移植が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 牛胚を培養するにあたり、低分子チオール化合物を含む培地にて培養することを特徴とする牛胚の培養法。
【請求項2】 低分子チオール化合物が、β−メルカプトエタノール,β−メルカプトエチルアミン,グルタチオン,ジチオスレイトールおよびα−チオグリセロールのいずれかである請求項1記載の牛胚の培養法。
【請求項3】 牛胚を輸送するにあたり、低分子チオール化合物を含む輸送用液を用いることを特徴とする牛胚の輸送法。
【請求項4】 低分子チオール化合物が、β−メルカプトエタノール,β−メルカプトエチルアミン,グルタチオン,ジチオスレイトールおよびα−チオグリセロールのいずれかである請求項3記載の牛胚の輸送法。

【特許番号】第2525713号
【登録日】平成8年(1996)5月31日
【発行日】平成8年(1996)8月21日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−23230
【出願日】平成5年(1993)1月19日
【公開番号】特開平6−209676
【公開日】平成6年(1994)8月2日
【出願人】(390026169)農林水産省畜産試験場長 (1)
【出願人】(593028562)社団法人 家畜改良事業団理事長 (7)