説明

低VDK産生セルフクローニング酵母の造成

【課題】VDKの産生量が低下した酵母を提供する。
【解決手段】本発明は、ジアセチル、2,3-ペンタンジオン等の前駆体であるα-アセト乳酸、α-アセト-ヒドロキシ酪酸を代謝するアセトヒドロキシ酸レダクトイソメラーゼをコードする酵母のILV5遺伝子の発現が増強されたセルフクローニング酵母。特に、本発明は、ILV5遺伝子のコピー数が増大したセルフクローニング酵母である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はビシナルジケトン(VDK)、特にジアセチルおよび2,3-ペンタンジオンの産生が低減した酵母およびその作製方法に関する。特に、本発明はジアセチルおよび2,3-ペンタンジオンの産生が低減したビール酵母およびそのようなビール酵母の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジアセチルおよび2,3-ペンタンジオンは、酵母によって産生される前駆体であるα-アセト乳酸、α-アセト-ヒドロキシ酪酸が菌体外に放出され、これらから非酵素的に生じることが知られている。
VDKであるジアセチルおよび2,3-ペンタンジオンのそれぞれの前駆体であるα-アセト乳酸およびα-アセト-ヒドロキシ酪酸を代謝するアセトヒドロキシ酸レダクトイソメラーゼをコードするILV5遺伝子を増幅させることにより酵母のVDK産生量が低下することが報告されている(非特許文献1、2、3)が、宿主である酵母以外の配列を含む形質転換体、すなわち遺伝子組換え体である。また、造成された酵母はいずれもプラスミドによる形質転換体であるので得られた酵母におけるジアセチル産生の低下は遺伝的安定性に欠ける。
VDK産生低下を目的としたセルフクローニング酵母株造成の例も報告されているが(非特許文献4)、VDK前駆体であるα−アセト乳酸を合成する酵素をコードするILV2遺伝子を破壊した株であり、かつ、VDK産生低下に関するILV2遺伝子破壊の効果は小さかった(最大で40%程度)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2010−503379
【特許文献2】WO 2007/020993 A1
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Journal of Basic Microbiology Vol.28, p175-183 (1988)
【非特許文献2】Journal of American Society of Brewing Chemists Vol.48, p111-114 (1990)
【非特許文献3】Yeast Vol.11, p311-316 (1995)
【非特許文献4】International Journal of food Science and Technology Vol.43, p989-994 (2008)
【非特許文献5】Proceeding of Natural Academy of Science in USA Vol.83, p4418-4422 (1986)
【非特許文献6】FEMS Microbiology Letters Vol.137, p165-168 (1996)
【非特許文献7】Nucleic Acids Research Vol.30, No.2 e2, p1-5 (2002)
【非特許文献8】IOB Methods of Analysis, Beer 9.22, p1-4 (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、VDK、特にジアセチルおよび2,3-ペンタンジオンの産生量が低下した酵母およびその作製方法を提供する。特に本発明は、発酵工程で産生されるVDK、特にジアセチルおよび2,3-ペンタンジオンの産生量が低下した酵母およびその作製方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、ジアセチルおよび2,3-ペンタンジオンのそれぞれの前駆体であるα-アセト乳酸およびα-アセト-ヒドロキシ酪酸を代謝するアセトヒドロキシ酸レダクトイソメラーゼをコードする酵母のILV5遺伝子の発現が増強されたセルフクローニング酵母およびそのような酵母の作製方法である。特に、本発明はILV5遺伝子のコピー数が増大したセルフクローニング酵母およびそのような酵母の作製方法である。特に、本発明はILV5遺伝子をゲノム上に2コピー以上、好ましくはホモで導入されたセルフクローニング酵母およびそのような酵母の作製方法である。
さらに、具体的には、本発明は、配列番号10に記載のアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードする遺伝子を発現させ得る遺伝子構築物または前記ポリペプチドをコードする核酸分子とストリンジェントな条件でハイブリダイズし得る配列を有する遺伝子を発現させ得る遺伝子構築物が導入されたセルフクローニング酵母およびその作製方法である。特に、本発明は、配列番号10に記載のアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードする遺伝子を発現させ得る遺伝子構築物または前記ポリペプチドをコードする核酸分子とストリンジェントな条件でハイブリダイズし得る配列を有する遺伝子を発現させ得る遺伝子構築物が導入され、ILV5遺伝子をゲノム上に2コピー以上、好ましくはホモで導入されたセルフクローニング酵母およびその作製方法である。
本発明の酵母はセルフクローニング酵母であるから酵母に天然に存在しない核酸断片を含まない。
また、特に具体的には、本発明において酵母はビール酵母、特に下面ビール酵母である。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、本発明によって改変されていない酵母と比較して、発酵工程で産生されるVDKの産生量がVDK産生のピーク時においてVDKの産生量が少なくとも50%以下、好ましくは40%以下、特に好ましくは30%以下まで低下したセルフクローニング酵母が提供される。本発明の酵母がビール酵母のようなアルコール醸造に用いられる酵母の場合、本発明により貯酒期間が大幅に短縮されるので、製造コストの低減および実質的な製造能力の拡大等が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】図1は本発明の酵母の例示的な作製方法を模式的に示したものである。
【図2】図2は図1の方法に従って作成した酵母が正しい相同組換えを生じていることを確認するため、異なるプライマー対を用いてPCRを行った結果を示す。意図したとおりの相同組換えが起こった場合の増幅断片が得られたことを示している。
【図3】図3は本発明の酵母および親株酵母におけるビール発酵条件下のエキス濃度を示す。図中、○はFY-2株、△はFY-2/SMR1B-SCILV5 homo株、□はFY-2/SMR1B-SCILV5 hetero株のそれぞれのビール発酵条件下におけるエキス濃度を表す。
【図4】図4は本発明の酵母および親株酵母におけるビール発酵条件下のVDK産生の時間経過を示す。図中、○はFY-2株、△はFY-2/SMR1B-SCILV5 homo株、□はFY-2/SMR1B-SCILV5 hetero株のそれぞれのビール発酵条件下におけるVDK産生の時間経過を表す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
上述したように、発酵工程におけるVDK産生が低下した酵母およびその作製方法はこれまで成功しているとは言えない。特に、異種遺伝子を用いた遺伝子組換え技術によって目的の酵母を作製した場合は、カルタヘナ法等の規制によりそのような酵母および作製方法が実用上実施できるかどうか疑問である。また変異処理によって目的の酵母を作製する方法も考えられるが、実用上有用な酵母、たとえばアルコール発酵に適した酵母株が得られるとは必ずしも限らない。ビール醸造に一般に使用されるビール酵母の場合、特にビール醸造によく用いられる下面ビール酵母の場合は高次倍数体であるので、所望の酵母株を得るには大変な困難が予想される。
本発明は、ジアセチルおよび2,3-ペンタンジオンのそれぞれの前駆体であるα-アセト乳酸およびα-アセト-ヒドロキシ酪酸を代謝するアセトヒドロキシ酸レダクトイソメラーゼをコードする酵母のILV5遺伝子の発現を増強させたセルフクローニング酵母およびその作製方法である。本明細書において、「セルフクローニング」とは同種の核酸のみを用いて遺伝的操作を行うことをいい、たとえばセルフクローニングビール酵母とはビール酵母に天然に存在し得る核酸のみを用いて遺伝的操作を行うことをいう。本発明において「同種」とは遺伝的操作を行う標的生物種と前記遺伝的操作に使用する全ての核酸について、それらが天然に存在し得る生物種が生物学的分類において同じであることを意味する。
本発明のセルフクローニング酵母は好ましくはセルフクローニングビール酵母である。ビール酵母は大きく分けて上面ビール酵母と下面ビール酵母に分類され、上面ビール酵母は主としてサッカロミセス・セレビシアエ(Saccharomyces cerevisiae)(S. cerevisiae)に分類され、下面ビール酵母はサッカロミセス・セレビシアエとサッカロミセス・バヤナス(Saccharomyces bayanus)(S. bayanus)との交雑体であってサッカロミセス・パストリアヌス(Saccharomyces pastorianus)(S. pastorianus)に分類される。したがって、例えば、S.pastorianusに天然に存在し得る核酸のみを用いて遺伝的に改変されてILV5遺伝子を高発現するようになったS.pastorianusは「セルフクローニング下面ビール酵母」である。
【0010】
より具体的には、下面ビール酵母(S.pastorianus)はS.cerevisiaeとS.bayanusの交雑体であり双方のゲノムを保持するから、S.cerevisiaeまたはS.bayanusに天然に存在し得る核酸または両者の雑種核酸のみを用いて遺伝的に改変された下面ビール酵母も「セルフクローニング下面ビール酵母」である。たとえば、S.cerevisiaeまたはS.bayanus由来の核酸配列または両者の雑種核酸配列のみを含む核酸分子がゲノム中に導入された下面ビール酵母は「セルフクローニング下面ビール酵母」である。本発明のセルフクローニングビール酵母は好ましくはセルフクローニング下面ビール酵母である。
ILV5遺伝子の発現増強は遺伝子レベル、翻訳レベル、転写レベルのいずれのレベルでも達成することができる。たとえば、ILV5を発現することのできる核酸構築物を酵母に導入してILV5遺伝子のコピー数を増加させることによってILV5遺伝子の発現増強を行うことができる。特に、内在性プロモーターを含むILV5遺伝子またはプロモーターを含まないILV5構造遺伝子領域の上流にILV5の内在性プロモーター以外の同種高発現プロモーターを接続したDNA断片を含む遺伝子構築物を同種の酵母に導入することによってILV5の発現が増強されたセルフクローニング酵母株を作製することができる。必要に応じてこれらの遺伝子構築物には同種エンハンサー等の転写を増強する同種制御配列を更に接続することもできる。本発明に利用できるILV5をコードする核酸のヌクレオチド配列の例は配列番号9の塩基番号999-2186に示した。配列番号9によってコードされる例示的なILV5タンパク質のアミノ酸配列は配列番号10に示した。
【0011】
本明細書において「遺伝子構築物」とは、何らかの形態で子孫へ遺伝し得る核酸分子をいい、典型的にはポリペプチドまたはRNAをコードする核酸分子を含む。本発明において高発現される遺伝子は配列番号10記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子と同一またはこれと「相同な」遺伝子である。これらの遺伝子を総称してILV5遺伝子と呼ぶ。配列番号10に記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子と「相同な」遺伝子とは、配列番号10に記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子のヌクレオチド配列と配列相同性の高い遺伝子、例えば80%以上、好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の配列相同性を有し、アセトヒドロキシ酸レダクトイソメラーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子である。
相同性は、例えばFASTA等の当業者によく知られたプログラムを標準的なパラメーターと共に用いて計算することができる。配列相同性を計算するためのプログラムは国立遺伝学研究所 生命情報・DDBJ研究センター(DDBJ/CIB)(http://www.ddbj.nig.ac.jp/Welcome-j.html)等の世界各国の公共的機関からFASTA Ver.2.0, 3.0, 3.2, 3.3等が標準的パラメーターと共に提供されている。また、そのような相同性の高い核酸分子には、ストリンジェントな条件下で配列番号10記載のアミノ酸配列をコードする核酸分子とハイブリダイズし得る核酸分子が含まれる。したがって、ストリンジェントな条件下で配列番号10記載のアミノ酸配列をコードする核酸分子とハイブリダイズし得る核酸分子であって、アセトヒドロキシ酸レダクトイソメラーゼ活性を有するポリペプチドをコードする核酸分子もILV5遺伝子として本発明に利用することができる。
【0012】
ここで、「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件を言う。例えば、サザンハイブリダイゼーションにおける洗浄条件が50℃、2xSSC、0.1% SDS、好ましくは1xSSC、0.1% SDS、より好ましくは0.1xSSC、0.1% SDSに相当する条件が挙げられる。このような条件は当業者によく知られたものであり、Sambrook et al., 1989, Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Second Edition (1989) Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York等にも記載されている。ストリンジェントな条件下で配列番号10記載のアミノ酸配列をコードする核酸分子とハイブリダイズし得る核酸分子には、特に配列番号10記載のアミノ酸配列において、数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加を有するポリペプチドをコードする核酸分子が含まれる。ここで、「数個」とは、通常1〜7個、好ましくは1〜5個、特に好ましくは1〜2個である。特に配列番号10記載のアミノ酸配列において、唯1個のアミノ酸の置換、欠失、挿入または付加を有するポリペプチドをコードする核酸分子は、配列番号10記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドと同等の活性を有する蓋然性が高い。
本発明において発現が増強されるILV5遺伝子、たとえばコピー数が増加されるILV5遺伝子は、導入すべき酵母と同じ種由来である。内在性ILV5プロモーター以外を使用する場合、プロモーターは導入すべき酵母と同じ種由来である。
【0013】
本発明において使用するILV5遺伝子の発現を増強させるための遺伝子構築物、特にILV5遺伝子のコピー数を増大させるための遺伝子構築物は当業者によく知られた方法を用いて作製することができる。そのような遺伝子構築物において使用するプロモーターは酵母細胞内で機能し得るプロモーターであればよく、例えば、ILV5の内在性プロモーターやADH1、GAL1、GAL10等のプロモーターを使用することができる。そのような遺伝子構築物を設計、作製、単離する方法を含む分子生物学的手段については、例えば、前述のSambrook ら、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 第2版 (1989年) およびF.M. Ausubel ら, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, Inc. (1994年)等の文献を参照することができる。また酵母の形質転換方法は当業者によく知られたいずれの方法で行ってもよく、それらには酢酸リチウム法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法などが含まれる。
【0014】
本発明のVDK産生が低下したセルフクローニング酵母は例えば以下の手順で作製することができる。相同組換えを生じさせたいゲノム上の領域の配列を含むDNA断片をILV5遺伝子領域の5'端および3'端に接続させた構築物を作製する。この際、ILV5遺伝子領域の5'端および3'端に接続させたDNA断片中に適切な選抜用マーカーを導入しておくと選抜が容易である。このための選抜用マーカーは特に限定されず、たとえばウラシル要求性(URA3)、ロイシン要求性(LEU2)などの栄養要求性マーカーを使用することもできる。また、何らかの理由で選抜用マーカーが本発明のセルフクローニング酵母に最終的に存在することが好ましくない場合、たとえば、選抜用マーカーが酵母以外に由来する場合、異種酵母に由来する場合、または、栄養要求性等の存在が好ましくない場合は適切な方法によって最終的にそのマーカーを除去してセルフクローニング酵母を作製することができる。この構築物を用いて酵母を形質転換することができる。得られた形質転換体のゲノムへの挿入状態は適切なプライマーを用いたPCRを行い、予想される長さのDNA断片が増幅されることによって確認することができる。使用するプライマーは、ILV5遺伝子の全体または一部を含み組込まれたILV5遺伝子の上流若しくは下流の配列が増幅されるように選ばれる(図2)。また、相同組換えを生じさせる領域の近辺に利用できる適切な遺伝子と既知の変異の組合せが存在する場合、マーカーとしてその遺伝子に前記既知の変異を導入した断片をILV5遺伝子断片に接続して相同組換えに利用することもできる。そのような例にはゲノム上でILV5遺伝子の近傍に存在しているILV2遺伝子およびその変異体SMR1B(非特許文献6)の変異が含まれる(図1参照)。SMR1B変異型遺伝子を有する酵母はスルホメチロンメチル耐性となるので、簡便に形質転換体を選別することができる。
【0015】
このようにして得られた形質転換体のゲノム構成は当業者によく知られた手法によって解析することができ、ILV5遺伝子を発現し得る遺伝子構築物をホモで保持する形質転換体を選択することができる。たとえば、実施例に記載のプライマーGおよびRのような2種のプライマーを用いて形質転換体のゲノムDNAを鋳型としてPCRを行えば、ホモ接合体では1種の増幅断片が得られ、ヘテロ接合体では長さの異なる2種の増幅断片が得られるのでホモ接合体とヘテロ接合体を区別することができる(図1および図2)。このようにして得られた、本発明のセルフクローニング酵母のILV5遺伝子産物(タンパク質)の量、ILV5 mRNAの量、VDK産生量等を常法に従って評価することができる。タンパク質の量は例えば、ウェスタンブロット等により、mRNA量は例えばノーザンブロット、定量的RT-PCR等によって評価することができる。産生されたVDK量はたとえばガスクロマトグラフィーを用いてGC-ECD法(非特許文献8)によって測定することができる。
本発明によって得られたVDK産生、特にジアセチルおよび2,3-ペンタンジオン産生が低下したセルフクローニング酵母(形質転換酵母)は、対応する同種または同株の非転換体酵母と同等の条件下で同様な用途に使用することができる。
【実施例1】
【0016】
(1)セルフクローニング用選択マーカーSMR1Bの造成
酵母のセルフクローニング用選択マーカーとして、α−アセト乳酸合成酵素をコードするILV2遺伝子(配列番号1)の変異型遺伝子SMR1Bを有する酵母が薬剤スルホメチロンメチル耐性になること(非特許文献5、6)を利用した。本実施例ではスルホメチロンメチルに耐性になるSMR1B遺伝子(非特許文献6)をセルフクローニング用選択マーカーとして使用した。この変異SMR1B遺伝子は、配列番号1の塩基番号1646番目の塩基Cが、Tに変異しており、その結果、配列番号2のアミノ酸配列192番目のプロリンがロイシンに変異している。
まず、ILV2遺伝子のクローニングを、下面ビール酵母FY-2株のゲノムDNAを鋳型として、プライマーI(配列番号3)およびプライマーII(配列番号4)を用いてPCRを行い、増幅されたPCR断片をTAクローニングすることによって行なった。使用したプライマーの配列を表1に示した。PCRの条件を表2に示した。FY-2株は酵母株Weihenstephan34/70(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez?Db=genome&Cmd=ShowDetailView&TermToSearch=23950)に微生物学的に類似した下面ビール酵母株である。
【0017】
表1.プライマーの配列

配列番号3:配列番号1の塩基配列番号1-29
配列番号4:配列番号1の塩基配列番号3966-3993の相補鎖
配列番号5:配列番号1の塩基配列番号1625-1662、1646番目塩基のCがTに
配列番号6:配列番号1の塩基配列番号1610-1644の相補鎖
配列番号11:配列番号7の塩基配列番号108-127
配列番号12:配列番号9の塩基配列番号1-20の相補鎖(下線部)と配列番号7の塩基配列番号1321-1340の相補鎖
配列番号13:配列番号7の塩基番号1321-1340と配列番号9の塩基番号1-20(下線部)
配列番号14:配列番号7の塩基番号1374-1393の相補鎖と配列番号9の塩基番号2800-2820の相補鎖(下線部)
配列番号15:配列番号9の塩基番号2800-2820(下線部)と配列番号7の塩基番号1374-1393
配列番号16:配列番号7の塩基番号2686-2705
配列番号17:配列番号7の塩基番号1-20
配列番号18:配列番号7の塩基番号2854-2873の相補鎖
配列番号19:配列番号9の塩基番号1408-1429の相補鎖
配列番号20:配列番号9の塩基番号1109-1130
【0018】
表2.PCR条件

【0019】
PCR後、増幅されたDNA断片を直ちにプラスミドpCR8(インビトロジェン社製)にTAクローニングした。作製されたプラスミドをpCR8-ILV2とした。このプラスミドを基にして、インビトロジェン社製のGeneTailor Site-Directed Mutagenesis Systemを用いて、同社のInstruction Manualに従って、プライマーIII(配列番号5)とプライマーIV(配列番号6)を用いて、SMR1B遺伝子となる変異を導入し、プラスミドpCR8-SMR1Bを作製した。
【0020】
(2)アセトヒドロキシ酸レダクトイソメラーゼをコードする遺伝子(ILV5遺伝子)を増幅させたセルフクローニング酵母の造成
ILV2翻訳開始点上流にILV5遺伝子が入ったDNA断片を、酵母に挿入し、相同的組み換えにより、形質転換体酵母のILV5遺伝子を増幅させることで、低VDK産生セルフクローニング酵母の造成を行なうこととした(図1)。
ILV2翻訳開始点上流にILV5遺伝子が入ったDNA断片は、図1に示したように構成した。対象となるILV2遺伝子領域のDNA塩基配列を配列番号7に、ILV5遺伝子領域のDNA塩基配列を配列番号9で示した。プライマーA(配列番号11、配列番号7の塩基配列番号108-127)とプライマーB(配列番号12、配列番号9の塩基配列番号1-20の相補鎖と配列番号7の塩基配列番号1321-1340の相補鎖)を用いてPCRを行なった。PCRプライマー配列の配列は表1に示したとおりである。PCRの条件は表2の通りである。このPCRの結果、ILV2遺伝子の翻訳開始点上流-1916から-684の領域のDNA塩基配列が増幅された(配列番号7の塩基配列番号108-1340)。このDNA塩基配列にはILV5遺伝子の翻訳開始点上流-998から-979の領域のDNA塩基配列(配列番号9の塩基配列番号1-20)が付加されている(図1)。アガロース電気泳動を行い、このPCR増幅断片を分離した(PCR増幅断片1、図1)。
プライマーC(配列番号13、配列番号7の塩基配列番号1321-1340と配列番号9の塩基配列番号1-20)とプライマーD(配列番号14、配列番号7の塩基配列番号1374-1393の相補鎖と配列番号9の塩基配列番号2800-2820の相補鎖)とを用いてPCRを行った。PCRの条件は表2の通りである。PCRの結果、ILV5遺伝子の翻訳開始点から上流-998から下流+1822までの領域のDNA塩基配列(配列番号9、塩基配列番号1-2820)が増幅された。さらにこのDNA塩基配列の両端にはILV2遺伝子の翻訳開始点上流-703から-684(配列番号7、塩基配列番号1321-1340)と、-650から-631の塩基配列(配列番号7、塩基配列番号1374-1393)が付加されている(図1)。アガロース電気泳動を行い、このPCR増幅断片を分離した(PCR増幅断片2、図1)。
【0021】
プライマーE(配列番号15、配列番号9の塩基配列番号2800-2820と配列番号7の塩基配列番号1374-1393)とプライマーF(配列番号16、配列番号7の塩基配列番号2686-2705の相補鎖)を用いたPCRも、前記したPCRと同条件で行なった。但し、鋳型DNAは、プラスミドpCR8-SMR1Bであり、濃度は1μg/mLである。PCRの結果、ILV2遺伝子の翻訳開始点上流-650から、下流+682までの領域(配列番号7、塩基配列番号1374-2705)のDNA塩基配列が増幅された。このDNA塩基配列にはILV5遺伝子の翻訳開始点下流+1802から+1822(配列番号9、塩基番号2800-2820)の塩基配列が付加されている(図1)。アガロース電気泳動を行い、このPCR増幅断片を分離した(図1、PCR増幅断片3)。
次に、PCR増幅断片1、2、3(図1)を鋳型DNAとし、プライマーAとプライマーFを用いたFusion PCR(非特許文献7)を行なった。PCRの条件は表3に示した。
【0022】
表3:Fusion PCRの条件

【0023】
Fusion PCRの結果得られたPCR増幅断片は、ILV2遺伝子翻訳開始点上流-1916から-684のDNA塩基配列(配列番号7、塩基番号108-1340)とILV2遺伝子翻訳開始点上流-650から下流+682のDNA塩基配列(配列番号7、塩基番号1374-2705)との間に、ILV5遺伝子の翻訳開始点上流-998から下流+1822のDNA塩基配列(配列番号9、塩基番号1-2820)が挿入されたDNA断片である(図1、PCR増幅断片4)。このPCR増幅断片は、酵母ゲノムのILV2遺伝子領域と相同的に組換えを起こすことができ、それによって形質転換酵母株を得ることができる(図1)。このPCR断片は、特に下面ビール酵母(S.pastorianus)のS.cerevisiae型ILV2遺伝子領域と相同組換えを起こすことができる。
酵母の形質転換は以下のように行なった。対数増殖期(酵母細胞濃度2〜5×107細胞/mL)の酵母を集菌洗浄し、109細胞/mLになるように懸濁した酵母細胞液0.1mLに、0.2M酢酸リチウム溶液0.1mLを加え、室温で1時間反応させた後、反応液0.1mLに、70%ポリエチレングリコール4000溶液0.1mLを加え、懸濁し、上記PCR増幅断片4(図1)100ng〜1μgを加え、室温で1時間反応させた。その後、42℃の水槽で5分間処理し、集菌洗浄し、SD培地(2% glucose, 0.67% Yeast Nitrogenbase w/o amino acids)1mLに懸濁し、25℃で1昼夜放置した。形質転換株を、薬剤スルホメチロンメチルを10〜60mg/mL含むSD培地(2% glucose, 0.67% Yeast Nitrogenbase w/o amino acids)で選択した。得られた形質転換酵母株において、PCR増幅断片4(図1)が目的とする形態での相同的組換え(図1)によって酵母ゲノムに組み込まれているかどうかは、プライマーG(配列番号17)およびプライマーR(配列番号18)を用いたPCRにより5.7kbpの増幅産物が出現するか、プライマーGおよびプライマーL(配列番号19)を用いたPCRにより2.8kbpの増幅産物が出現するか、プライマーK(配列番号20)およびプライマーRを用いたPCRにより3.2kbpの増幅産物が出現するか、のいずれかによって確認することができる(図2)。また、プライマーG(配列番号17)およびプライマーR(配列番号18)を用いたPCRによってホモ型の場合は5.7kbの増幅産物が出現するが、ヘテロ型の場合は同じプライマー対を用いたPCRによって5.7kbの増幅産物に加えて2.9kbの増幅産物も出現する。PCRを行った結果、S. cerevisiae型ILV2遺伝子領域においてホモ(homo)で相同的に組み換わり、ILV5遺伝子が挿入された形質転換酵母と、S. cerevisiae型ILV2遺伝子領域においてへテロ(hetero)で相同的に組み換わりILV5遺伝子が挿入された形質転換酵母のそれぞれが得られたことが確認できた。さらに、これらのPCR増幅産物の塩基配列を決定することで、意図した位置に意図した形態で(図1)PCR増幅断片4が酵母染色体上に挿入されていることが確認できた。得られた2つの形質転換体、すなわち、S. cerevisiae型ILV2遺伝子領域においてホモで挿入されたILV5増幅セルフクローニングビール酵母をFY-2/SMR1B-SCILV5 homoと記載し、S. cerevisiae型ILV2遺伝子領域においてヘテロで挿入されたILV5増幅セルフクローニングビール酵母をFY-2/SMR1B-SCILV5 heteroと記載する。
【0024】
(3)ビール発酵条件におけるILV5増幅セルフクローニングビール酵母のVDK産生抑制効果
麦汁で馴らし培養が終了したILV5増幅セルフクローニングビール酵母FY-2/SMR1B-SCILV5 homo株およびFY-2/SMR1B-SCILV5 hetero株並びに親株である下面ビール酵母S. pastorianus FY-2株を、それぞれ2Lの麦汁に移し、初期細胞濃度1.5×107細胞/mLとなるようにして15℃にて発酵を開始し、ビール発酵条件下でのVDK産生を調べた。VDKはGC-ECD法(非特許文献8)を用いて測定した。エキスは、密度比重計DA-520(京都電子工業製)を用いて測定した。結果を図3、4に示した。
ILV5増幅セルフクローニングビール酵母のうち2コピーのILV5遺伝子がホモで挿入されたFY-2/SMR1B-SCILV5 homo株は、親株である下面ビール酵母S.pastorianus FY-2株に比べてVDK産生が顕著に低下しており、VDK産生のピークである発酵開始67時間後においてFY-2/SMR1B-SCILV5株のVDK産生量はFY-2株のVDK産生量の約20%であり、発酵終了時においてもFY-2/SMR1B-SCILV5 homo株のVDK産生量はFY-2株のVDK産生量の約40%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号10に記載のアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードする遺伝子を発現させ得る遺伝子構築物が導入され、前記遺伝子が2コピー以上導入されたセルフクローニング酵母、または、配列番号10に記載のアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードする核酸分子とストリンジェントな条件でハイブリダイズし得る配列を有する遺伝子を発現させ得る遺伝子を発現させ得る遺伝子構築物が導入され、配列番号10に記載のアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードする核酸分子とストリンジェントな条件でハイブリダイズし得る配列を有する遺伝子が2コピー以上導入されたセルフクローニング酵母、または、前記両遺伝子の組合せが導入されたセルフクローニング酵母。
【請求項2】
配列番号10記載のアミノ酸配列を有するポリペプチドをコードする遺伝子を発現させ得る遺伝子構築物が導入され、2コピー以上の前記遺伝子が導入された請求項1記載のセルフクローニング酵母。
【請求項3】
導入された遺伝子がホモで導入されている、請求項1または2記載のセルフクローニング酵母。
【請求項4】
遺伝子構築物が導入されていない対応する同種の非形質転換体酵母に対してビシナルジケトン産生量が50%以下に低下した請求項1〜3のいずれか1項記載のセルフクローニング酵母。
【請求項5】
ビシナルジケトンがジアセチルまたは2,3-ペンタンジオンである、請求項4記載のセルフクローニング酵母。
【請求項6】
酵母がビール酵母である、請求項1〜5のいずれか1項記載のセルフクローニング酵母。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−217430(P2012−217430A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−89140(P2011−89140)
【出願日】平成23年4月13日(2011.4.13)
【出願人】(311007202)アサヒビール株式会社 (36)
【Fターム(参考)】