説明

作物の交雑抑制栽培方法及び栽培施設

【課題】同じ作物の複数品種を栽培する際に、複数品種のそれぞれの栽培区を遠くに離隔しなくても、交雑率を低減させることを可能とした作物の交雑抑制栽培方法及びその栽培施設を提供すること。
【解決手段】同じ作物の異なる品種同士1、2を、離間した少なくとも2つの栽培区Y、Wのそれぞれで別々に栽培する際に、前記作物の開花期間中、前記2つの栽培区Y、Wの間を横断する全長にわたり前記作物の雄花5、6の形成位置よりも高い位置から霧状にかつカーテン状に散水することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、同じ作物の複数品種を近接した栽培区のそれぞれにおいて栽培する際に、品種間の交雑を抑制する栽培方法及びその栽培施設に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、作物の安全性が社会的に重要視されるようになり、特に遺伝仕組み換え技術を用いて作成された作物の安全性や環境への影響が問題視されるようになっている。近接した栽培区において、同じ作物の異なる品種同士を栽培する場合、花粉の飛散によって交雑が生じるが、遺伝子組み換え体植物が環境に与える影響の一つとして花粉の飛散による交雑が引き起こす遺伝子フローがある。これは、人為的に組み換えられた遺伝子が、近縁種や同種の非組み換え体植物中に入り、環境中に広がる問題である。特に風媒花であるトウモロコシの場合には、気象条件しだいでかなり広範囲に遺伝子組み換え体の花粉が拡散し、周辺に生育している非組み換え体トウモロコシに交雑を発生させる可能性がある。
【0003】
また、例えばトウモロコシには、黄色粒トウモロコシであるハニーバンタム種、白色粒トウモロコシであるシルバーハニーバンタム種を始めとしてフリントコーン種、デントコーン種、ピーターコーン種、ウッディーコーン種等の種々の品種が存在している。このような同種の作物は、播種時期、手入れ時期や取り入れ時期がほぼ同じであるため、複数の品種が同時に近隣で栽培されることになる。
【0004】
このような栽培形態においては、作物の開花時期に一方の品種の花粉が飛散して他方の品種への交雑が生じるため、目的の純粋な品種を得ることができない問題が生じる。例えば、ハニーバンタム種とシルバーハニーバンタム種とをそれぞれ近接する栽培区で栽培すると、ハニーバンタム種が遺伝的に優性であるため、その花粉がシルバーハニーバンタム種の雌花に受粉、すなわち交雑すると、その交雑部分では白色粒とならずに黄色粒となって白色粒中に黄色粒が混在し、これにより作物の品位が劣化する。
【0005】
なお、下記非特許文献1には、「気象条件が花粉飛散によるトウモロコシの交雑率に与える影響」について研究した結果が報告されている。この研究は、黄色粒のハニーバンタム種と白色粒のシルバーハニーバンタム種とを対象とし、その開花時期における交雑率を観察したものである。観察の結果、日平均気温が高いときや日平均風速が強いときには、花粉の飛散数が多く、その分、交雑率が多くなっていることが示されている。一方、観察時期中の降雨量が少なかったことから降雨と交雑との関係については不明であるとされている。
【0006】
さらに、下記非特許文献1には、ハニーバンタム種の栽培区とシルバーハニーバンタム種の栽培区との間の離間距離に対する交雑率との関係についても開示されている。その結果、栽培区間の距離が0.3mでの交雑率が極めて高くなっており、距離が10m以内では2%以上であり、距離が50mとなったときに0.1%程度となったと報告されている。従って、ハニーバンタム種とシルバーハニーバンタム種との間では、これらの栽培区を50m以上離隔することにより交雑率を大幅に低減させることが可能となるものである。これは、栽培区の離間距離が大きいと、相手側の栽培区に到達する花粉濃度が減少することに基づくものであり、トウモロコシ以外の他の風媒花形成作物にも同様に適用できる。
【0007】
【非特許文献1】「農業気象(J. Agric. Meteorol.)」60 (2),p. 151-159 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記非特許文献1に開示されている交雑の防止法によれば、例えばトウモロコシの場合、交雑率を0.1%以下とするためには、栽培区を50m以上も離隔する必要があるために栽培に使用する農地を広く必要とする問題点があり、また、それぞれの栽培区が離れているため、農作業のための移動距離が長くなり、作業性が極めて低下する問題も有している。
【0009】
本願の発明者等は、互いの栽培区間の距離を大きくしなくても交雑率を低下させることができる方法につき種々検討を重ねた結果、降雨があるときには花粉の飛散がほとんどないことを知見し、この知見に基づいて花粉の飛散時期に互いの栽培区の間に降雨時と類似の現象を形成させることよって互いの栽培区間の距離を大きくしなくても容易に交雑率を低下させることができることを見出し、本発明を完成するに至ったのである。
【0010】
すなわち、本発明は、同じ作物の異なる品種同士を栽培する際に、それぞれの栽培区を遠くに離隔しなくても、交雑率を低減させることが可能な作物の交雑抑制栽培方法及び栽培施設を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、請求項1に係る作物の交雑抑制栽培方法の発明は、同じ作物の異なる品種同士を、離間した少なくとも2つの栽培区のそれぞれで栽培する方法において、
前記作物の開花期間中、前記2つの栽培区の間を区切るように前記作物の雄花形成位置よりも高い位置から霧状にかつカーテン状に散水することを特徴とする。
【0012】
また、請求項2に係る発明は、請求項1に記載の作物の交雑抑制栽培方法において、前記散水を降雨時及び夜間には停止することを特徴とする。
【0013】
また、請求項3に係る発明は、請求項1又は2に記載の作物の交雑抑制栽培方法において、前記作物は風媒花形成作物であることを特徴とする。
【0014】
また、請求項4に係る発明は、請求項3に記載の作物の交雑抑制栽培方法において、前記風媒花形成作物はイネ科作物であることを特徴とする。なお、この発明におけるイネ科作物にはトウモロコシ、稲及び麦が含まれる。
【0015】
更に、請求項5に係る作物の交雑抑制栽培施設の発明は、同じ作物の複数品種をそれぞれ栽培する離隔された少なくとも2つの栽培区と、前記2つの栽培区の間に設けられ、前記2つの栽培区を区切るように前記作物の雄花形成位置よりも高い位置から霧状の散水を行う散水手段とを備えていることを特徴とする。
【0016】
また、請求項6に係る発明は、請求項5に記載の作物の交雑抑制栽培施設において、前記散水手段は、前記2つの栽培区を横断する方向に霧状にかつカーテン状に散水する手段であることを特徴とする。
【0017】
また、請求項7に係る発明は、請求項5又は6に記載の作物の交雑抑制栽培施設において、前記散水手段は、降雨時及び夜間に散水を停止するように制御する制御手段を備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明は以上のような構成を備えることにより、以下に述べるような優れた効果を奏する。すなわち、請求項1に係る発明によれば、作物の開花期間中に2つの栽培区の間を区切るように前記作物の雄花形成位置よりも高い位置から霧状の散水を継続しているので、飛散した雄花は、隣接する栽培区に移行する間に散水された水で濡れて重くなり、飛距離が低下する。そのため、2つの栽培区間距離が従来例と同じであれば交雑率は劇的に低下し、また、交雑率を従来例と同じようにするためには、栽培区を遠く離隔することなく近接した場所に設けることができ、広い農地を要する必要がないばかりでなく、農作業の移動量も少なくなり農作業を効率的に行うことができるようになる。
【0019】
また、請求項2に係る発明によれば、降雨時及び夜間にはほとんど花粉が飛散しないので、降雨時及び夜間に散水を停止しても交雑率が上昇することはなく、至って経済的になる。
【0020】
また、請求項3に係る発明によれば、本発明は花粉が水に濡れると飛距離が短くなることを利用したものであるため、作物が風媒花の場合に適用して優れた効果を奏する。
【0021】
また、請求項4に係る発明によれば、風媒花形成作物であるトウモロコシ、稲、麦は世界中で広く栽培されており、しかも、遺伝仕組み換えトウモロコシやF1トウモロコシ等、あるいは我が国における各種品種の稲等、特に交雑防止が要求される品種の栽培も多く行われているため、本発明を適用すると効果が顕著に表れる。
【0022】
更に、請求項5に係る発明によれば、請求項1に係る発明の効果を良好に奏することができる交雑抑制栽培施設が得られる。
【0023】
また、請求項6に係る発明によれば、少ない散水手段で効率的に2つの栽培区間の全体にわたり散水することができ、また、散水量が少なくても良好に飛散してきた花粉を濡らして落下させることができ、交雑率を良好に抑制することができる交雑抑制栽培施設が得られる。
【0024】
また、請求項7に係る発明によれば、降雨時及び夜間には自動的に散水を停止することができるため、交雑率を向上させることなく無駄な散水をなくすことができる交雑抑制栽培施設が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明を図面を用いて具体的に説明する。ただし、以下に示す実施例は、本発明の技術思想をイネ科作物の一つであるトウモロコシに具体化した例を示すものであり、本発明をトウモロコシに限定することを意図するものではなく、例えば、稲におけるコシヒカリ、ひとめぼれ、ササニシキ、はえぬき等の各品種や、麦の各品種、その他、粟の各品種、松の各品種等の風の媒介によって受粉する作物、すなわち風媒花形成作物に対して等しく適用できるものである。
【0026】
[実験例1]
まず最初に、トウモロコシの開花時期における降雨量と花粉飛散量の関係を調査した。すなわち、観察試料としてトウモロコシの一品種であるハニーバンタム種を用い、このハニーバンタム種を圃場に栽培し、開花時における1週間の花粉数を自動花粉モニターにより計測した。結果を図1に示した。なお、図1において、横軸は観察日及び観察時間を、右縦軸は花粉飛散量を示し、また、左縦軸は降水量を示す。また、図1においては、飛散した花粉量は○印を接続した実線で示し、降水量はハッチングで示してある。
【0027】
図1の記載から明らかなように、花粉の飛散は日中が多く、夜間はほとんど飛散しない。しかも、降雨があるときには花粉の飛散がほとんどゼロとなっている。従って、2つの隣り合う栽培区の間で行う花粉の飛散防止処理は、夜間及び雨天時には停止しても問題はないことがわかる。
【0028】
[実験例2]
実施例として、図2に示すように、左側の栽培区Yと、右側の栽培区Wと、これらの間に位置する散水区Zとが横並び状に設けられた2つの施設において、花粉の飛散距離及び交雑率の測定を行った。左側の栽培区Yにはハニーバンタム種1を散水区都平行な方向(縦)に9株、散水区から離れる方向(横)に3列(なお、図2においては作図の都合上、縦は3株のみ表示した。)に等間隔で播種・栽培し、右側の栽培区Yにはシルバーハニーバンタム種2を同様に縦9株、横3列に等間隔で播種・栽培した。これらの播種・栽培は同日に行った。ここで、ハニーバンタム種1はシルバーハニーバンタム種2よりも遺伝的に種子の色が優性である特性を有している。なお、ハニーバンタム種1及びシルバーハニーバンタム種2においては、茎の上部に雄花3及び4が伸びており、雌花5及び6は茎の中間部分に伸びている。開花時におけるハニーバンタム種1の雄花3の高さはいずれも約180cm、シルバーハニーバンタム種2の雌花6の高さは約100cmとなった。
【0029】
そして、実施例においては、散水区Zに散水手段としてカーテン状の散水パターンを有する散水ノズル10を3個用い、それぞれの散水領域が互いに重複するようにして、ハニーバンタム種1の高さよりも高い195cmの位置に配置した。散水ノズル10は栽培区Y及び栽培区Wを横断方向に沿って所定間隔で複数(例えば3個)配置した。それぞれの散水ノズル10からは、霧状の水がカーテン状に地上に向けて散水される。従って、全ての散水ノズル10に対して給水を行うと、栽培区Y及び栽培区Wを横断するように水をカーテン状にかつ霧状に散水することができ、この散水により栽培区Y及び栽培区Wを横断するカーテン状の霧部分12を生成することができる。係るカーテン状の霧部分12は栽培区Y及びWにおけるいずれのトウモロコシ1、2よりも高い位置から地上に向かって延びている。
【0030】
一方、比較例においては別途、左側の栽培区Yは実施例と同様にハニーバンタム種1を縦9株、横3列に等間隔で播種・栽培し、右側の栽培区Wにおいては、上記非特許文献1に開示されている結果を考慮して、シルバーハニーバンタム種2を縦方向に9株、横方向はY区の境界から60m以上にわたって等間隔で播種・栽培し、散水区Zにおいては一切散水しないで実施例と同様にして栽培を行った。この実施例及び比較例において、ハニーバンタム種1及びシルバーハニーバンタム種2の開花期間では、平均すると栽培区Yから栽培区Wの方向に風が吹いていた。また、この開花期間においては、雨天となることがなかった。なお、実施例においてのみ散水ノズル10から連続的に散水を行うことによりカーテン状の霧12を常に生成した。
【0031】
そして、開花時終了の後、実施例及び比較例のシルバーハニーバンタム種2における交雑率(黄色粒数/全粒数)と距離xの関係を調べた。なお、距離xは、左側の栽培区Yの前列(図面上右端)のトウモロコシの列からの距離を表す。また、交雑率は、距離毎に得られた複数個のシルバーハニーバンタム種サンプルにおいて
(黄色粒数/全粒数)×100(%)
として平均値で求めた。結果をまとめて図3に示す。
【0032】
図3において、比較例の結果はX印で示されており、実施例の結果は黒四角印で示されている。また、図3の比較例の近似曲線は、回帰式により求められたものであり、以下の式(I)で表すことができ、回帰の寄与率R=0.921と非常に高い値を示した。
【数1】

【0033】
以上の図3に示した実施例及び比較例の結果から、実施例においては、カーテン状の霧12を生成することにより交雑率を飛躍的に低減させることが可能となっていることが分かる。すなわち実施例においては、栽培区Wにおける最左列(x=約4m)のシルバーハニーバンタム種2では平均3.6%の交雑率であり、栽培区Wにおける中列(x=約4.7m)のシルバーハニーバンタム種2では平均1.1%の交雑率であり、栽培区Wにおける最右列(x=約5.4m)のシルバーハニーバンタム種2では平均0.1%の交雑率であった。これに対し比較例では栽培区Yから約4〜5mの範囲における交雑率は約7%〜4%である。したがって、交雑率1%を達成しようとすると、実施例では栽培区Yから約5m離間すればよいのに対し、比較例では約18mも離間する必要があり、交雑率0.1%を達成しようとすると、実施例では栽培区Yから約6m離間すればよいのに対し、比較例においては50m以上離間させる必要があることが分かる。
【0034】
なお、雨天による降雨がある場合や夜間には散水ノズル10からは散水を行う必要がない。降雨時には雨水によって花粉が濡れて落下し、相手側の栽培区Wに到達しないためであり、また、夜間にはほとんど花粉が飛散しないためである。また、このような散水を行う必要がある期間は開花期だけであって、トウモロコシの場合には約10日程度ですむ。
【0035】
以上のように、本発明によれば、2つの栽培区を横断する全長にわたり作物よりも高い位置から水を霧状にかつカーテン状に散布するため、ハニーバンタム種1から飛散した花粉は、散水された霧状の水に濡れて重くなって地上に落下し、散水区Zを飛び越えたり、通過することが非常に少なくなる。そのため、花粉が相手側の栽培区Wに到達することが少なくなり、シルバーハニーバンタム種2に対する交雑率が飛躍的に低減する。これにより、栽培区Y及びWを遠く離隔することなく近接した場所に設けることができ、広い農地を要する必要がないばかりでなく、農作業の移動量も少なくなり農作業を効率的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】降雨と花粉の飛散量との関係を観察した結果を示すグラフである。
【図2】実施例の全体を示す斜視図である。
【図3】実施例及び比較例の結果を表したグラフである。
【符号の説明】
【0037】
1 ハニーバンタム種
2 シルバーハニーバンタム種
3、4 雄花
5、6 雌花
10 散水ノズル
12 カーテン状の霧部分
Y、W 栽培区
Z 散水区

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同じ作物の異なる品種同士を、離間した少なくとも2つの栽培区のそれぞれで別々に栽培する際に、前記作物の開花期間中、前記2つの栽培区の間を区切るように前記作物の雄花形成位置よりも高い位置から霧状にかつカーテン状に散水することを特徴とする作物の交雑抑制栽培方法。
【請求項2】
前記散水を降雨時及び夜間には停止することを特徴とする請求項1に記載の作物の交雑抑制栽培方法。
【請求項3】
前記作物は風媒花形成作物であることを特徴とする請求項1又は2に記載の作物の交雑抑制栽培方法。
【請求項4】
前記風媒花形成作物はイネ科作物であることを特徴とする請求項3に記載の作物の交雑抑制栽培方法。
【請求項5】
同じ作物の異なる品種同士をそれぞれ別々に栽培する離隔された少なくとも2つの栽培区と、前記2つの栽培区の間に設けられ、前記2つの栽培区を区切るように前記作物の雄花形成位置よりも高い位置から霧状にかつカーテン状に散水を行う散水手段とを備えていることを特徴とする作物の交雑抑制栽培施設。
【請求項6】
前記散水手段は、前記2つの栽培区を横断する方向に平面状に散水する手段であることを特徴とする請求項5に記載の作物の交雑抑制栽培施設。
【請求項7】
前記散水手段は、降雨時及び夜間に散水を停止するように制御する制御手段を備えていることを特徴とする請求項5又は6に記載の作物の交雑抑制栽培施設。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−185158(P2007−185158A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−6934(P2006−6934)
【出願日】平成18年1月16日(2006.1.16)
【出願人】(501245414)独立行政法人農業環境技術研究所 (60)
【Fターム(参考)】