説明

光合成の予測方法

【課題】精度の高い芝草群落の光合成の予測方法を提供する。
【解決手段】芝草群落における光合成の予測方法であって、芝草群落周辺の気象データを取得する気象データ取得ステップと、芝草群落の形状、葉の特性、及び土壌の特性に関する各データを定める芝草群落環境設定ステップと、芝草群落の地面以上の部分を鉛直方向に複数の層に分け、気象データ取得ステップ及び芝草群落環境設定ステップの各データに基づいて、芝草群落の各層の光の放射環境を算出する放射環境算出ステップと、各層の葉温及び地面温度が放射環境に応じた温度になるときの葉の気孔コンダクタンス、葉面境界層コンダクタンス、顕熱フラックス、潜熱フラックスを層毎に算出する層要素算出ステップと、放射環境算出ステップの算出結果、及び、層要素算出ステップの算出結果に基づいて、各層の光合成量を算出する光合成量算出ステップと、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芝草群落における光合成の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
弱光や高温等の特殊環境下で芝草を育成させる計画を行う場合、得られる光の日積算量や気温・地温の日平均,日最高,日最低などのデータを用いて、過去の断片的な研究結果を参考にして光合成量を推測し、芝草の育成が可能であるかを判断していた。
また、特許文献1では、太陽光の照射時間が少なく且つ弱い冬場において、光合成を促進させ、芝草の緑化状態を維持する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−3722号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように特殊環境下において芝草を育成する場合、あるいは芝草の生育不良を改善する場合や芝草管理の計画を立てる場合では、芝草群落における光合成についての評価(予測)を行う必要がある。しかしながら、従来、生物学的、科学的な知見に基づいた芝草群落の光合成の評価手法は皆無であった。このため、芝草群落の光合成の予測を高い精度で行うことができなかった。
【0005】
本発明は、上記のような課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、精度の高い芝草群落の光合成の予測方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的を達成するため、本発明の光合成の予測方法は、芝草群落における光合成の予測方法であって、前記芝草群落周辺の気象データを取得する気象データ取得ステップと、前記芝草群落の形状、葉の特性、及び土壌の特性に関する各データを定める芝草群落環境設定ステップと、前記芝草群落の地面以上の部分を鉛直方向に複数の層に分け、前記気象データ取得ステップ及び芝草群落環境設定ステップの各データに基づいて、前記芝草群落の各層の光の放射環境を算出する放射環境算出ステップと、各層の葉温及び地面温度が前記放射環境に応じた温度になるときの葉の気孔コンダクタンス、葉面境界層コンダクタンス、顕熱フラックス、潜熱フラックスを層毎に算出する層要素算出ステップと、前記放射環境算出ステップの算出結果、及び、前記層要素算出ステップの算出結果に基づいて、各層の光合成量を算出する光合成量算出ステップと、を有することを特徴とする。
このような光合成の予測方法によれば、芝草群落における光合成量を高い精度で予測することが可能である。
【0007】
かかる光合成の予測方法であって、前記放射環境算出ステップでは、各層の前記光の放射環境のうちの所定成分が日向と日陰に分けて算出されることが望ましい。
このような光合成の予測方法によれば、光合成量をより正確に求めることが可能である。
【0008】
かかる光合成の予測方法であって、前記光合成量算出ステップでは、二酸化炭素の量で決定される前記光合成量と、光の量で決定される前記光合成量のうちの小さい方が算出されることが望ましい。
このような光合成の予測方法によれば、光合成を行うときに律速される成分で光合成量を算出するので、さらに精度を高めることが可能である。
【0009】
かかる光合成の予測方法であって、前記顕熱フラックス及び前記潜熱フラックスは、各層の乾いた葉と濡れた葉について算出されることが望ましい。
このような光合成の予測方法によれば、葉の状態を考慮した予測を行うことが可能である。
【0010】
かかる光合成の予測方法であって、前記光合成量、前記顕熱フラックス、及び前記潜熱フラックスに基づいて、乾いた葉と濡れた葉の二酸化炭素フラックスがそれぞれ算出されることが望ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、芝草群落における光合成量を高い精度で予測することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】芝草群落光合成モデルの概要についての説明図である。
【図2】短波放射量の伝達についての説明図である。
【図3】直達光透過確率についての説明図である。
【図4】葉群集中度についての説明図である。
【図5】投影面積についての説明図である。
【図6】長波放射量の伝達についての説明図である。
【図7】日向と日陰に分けた光合成の計算についての説明図である。
【図8】エネルギー収支についての説明図である。
【図9】蒸発時および凝結時の水蒸気ガスフラックスの説明図である。
【図10】遮断蒸発モデルの説明図である。
【図11】光合成量とCO2フラックスを除く要素の計算手順を示すフロー図である。
【図12】光合成量とCO2フラックスの計算手順を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態について図面を参照しつつ説明する。
【0014】
===芝群落光合成モデルの概要について===
図1は、芝群落光合成モデルの概要についての説明図である。
本実施形態の芝群落光合成モデルは、図1の群落高 hの芝草群落を鉛直方向に厚さdzの複数の層に分ける多層モデルである。この光合成モデルでは、芝草群落の構造、個葉の特性、地面の特性が明らかである芝草群落について、その群落周辺で観測される気象要素(太陽高度,直達・散乱日射量,長波日射量,気温,湿度,風速,大気CO2濃度)を入力することで、群落内の光合成呼吸速度,CO2交換速度,潜熱(あるいはH2O)交換速度,顕熱(あるいは温度)交換速度,及び気象要素の鉛直分布を求めることができる。
【0015】
表1は、図1に使用されている記号の詳細を示したものである。
【表1】





【0016】
なお、本実施形態の光合成モデルは、図1に示すように以下のa)〜f)のサブモデルを有している。
a) 葉面および地面のレイノルズ応力・CO2・H2O・顕熱フラックスモデル
b) 個葉の光合成および気孔コンダクタンスモデル
c) 群落内の放射伝達モデル
d) 葉面および地面のエネルギー収支モデル
e) 個葉の降雨・凝結遮断および蒸散・蒸発モデル
f) 土壌呼吸モデル
【0017】
===サブモデルの詳細について===
まず、芝群落光合成モデルで用いるサブモデルの詳細について説明する。
【0018】
≪a.葉面および地面のレイノルズ応力・CO2・H2O・顕熱フラックスモデル≫
このモデルは、葉周辺における光以外の応力・フラックスについて算定するものである。
【0019】
高度z+dzとzの間におけるレイノルズ応力,顕熱フラックス,H2Oガスフラックス,CO2ガスフラックスの差はそれぞれ以下の通りとなる。

【0020】
(1)〜(4)式においてCdは葉面抵抗係数(葉両面),Chは温度に対する葉面交換係数(葉両面),CeはH2Oガスに対する葉面交換係数(葉片面)である。また、uは水平風速 (m s-1),wは鉛直風速 (m s-1),Tは気温 (K),qは比湿 (g kg-1),cは大気中のCO2濃度 (μmol mol -1),Tcは葉温 (K),qSAT (Tc)は葉温における飽和比湿(g kg-1),Aは単位葉面積あたりの純光合成量 (μmol m-2s-1),dfは一層内の葉面積指数 (m2 m-2)である。また、添字sl,shはそれぞれ日向部分,日陰部分を示している。(3)式,(4)式ではともに葉面積を日向・日陰部分に分けており、それぞれの部分に与えられる光合成有効放射量(以下、PARともいう)によって生じる(3)式中のH2Oに対する葉面交換係数の違いを考慮している。本実施形態では気孔開口に主導的な役割を担っているPAR(Zeiger 1983)について日向・日陰部分で区別したが、その他の葉温,風速,気温,比湿とCO2濃度については水平方向で均一とした。なお、日向・日陰の葉面積指数(dfsl,dfsh)と、それぞれの部分に与えられるPAR(SPARsl,SPARsh)の算出方法は後述する。
【0021】
一層内の葉面積指数は、葉面積密度関数(a(z))(m2 m-3)を用いて次のように表す。

【0022】
(5)式を上記(1)〜(4)式に代入すると、(1)〜(4)式は、z方向についての微分方程式になる。
【0023】
(3)式中のH2Oガスに関する交換係数(Ce)は、気孔コンダクタンス(gs)に左右される。また、温度の交換が葉の両側(Jarvis and Mcnaughton 1986)で行われる一方で、主に葉面の片側に気孔を持つ植物が多いことから、H2Oガス交換がもっぱら葉面の片側で行われていること(Leuning et al. 1995)を考慮して、交換係数Ceを次式のように葉面境界層コンダクタンス(gb)(mol m-2 s-1) と気孔コンダクタンス(gs)(mol m-2 s-1) から求めた。

【0024】
(6)式においてgsはH2Oガスに関する片側の気孔コンダクタンスである。なお、日向・日陰部分のCeは日向・日陰部分のPARを考慮したgsの値によりそれぞれ求められる。
【0025】
なお、植物群落の地面(z=0)のレイノルズ応力,温度・H2Oフラックスは、高度dzでの風速(u)(m s-1),気温(T)(K),比湿(q)(g kg-1) を用いて次式とした。

【0026】
(7)〜(9)式において、Cdsはレイノルズ応力,Chsは温度フラックスについてのバルク係数,Tsは地面温度 (K),qSAT(T)はTsでの飽和比湿 (g kg-1),βsoilは地面の蒸発効率である。レイノルズ応力と温度フラックスのバルク係数とが同値であるとして以下の数値に固定した。

【0027】
地面(地面)のCO2フラックスについては、土壌呼吸速度(Fsoil)(μmol m-2 s-1) を代わりに用いた。
【0028】
≪b.個葉の光合成モデルおよび気孔コンダクタンスモデル≫
<b-1.光合成モデルについて>
光合成モデルは、光と湿度で決まる気孔開度から二酸化炭素吸収量を算出し、個葉の光合成速度を算出するものである。
各層における個葉の光合成速度は、生化学に基づく光合成モデル (Farquhar et al., 1980)によって決定されている。

【0029】
(11)、(12)式においてAは純光合成速度 (μmol m-2 s-1),Vcは光合成回路における炭酸同化速度 (μmol m-2 s-1),Rdは暗呼吸速度 (μmol m-2 s-1),p(Γ)は光呼吸量を除いたCO2補償点 (Pa),τはRubiscoの定数,p(Cc)とp(O)はそれぞれ葉緑体におけるCO2分圧 (Pa) とO2分圧 (21,000 Pa) である。電子伝達速度が律速している時の炭酸同化速度(Wj)(μmol m-2 s-1) とRuBPが律速している時の炭酸同化速度(WC)(μmol m-2 s-1) の内の低い方の値を炭酸同化速度(Vc)に使用することとして、次式のようにした。

【0030】
WCとWjの小さい方を用いることにより、光合成の際に律速される成分に応じた光合成量を算出することができる。
【0031】
(13)、(14)式において、Vcmaxは最大炭酸同化速度 (μmol m-2 s-1),KcとKoはそれぞれRubiscoのCO2とO2に対するミカエリス定数,Jは電子伝達速度 (μmol m-2 s-1) である。Jは吸収した光合成有効放射束密度 (PAR) との関係を以下の非直角双曲線の平方根の小さい方の数字で表す(Farquhar and Wong, 1984)。

【0032】
(15)式においてQは入射するPAR (μmol m-2 s-1),εは葉のPARの吸収率,fはクロロプラストのラメラにおいて光合成に使用されなかった光のロスの比率,Jmaxは最大電子伝達速度,θは曲率を示す。θと1−fの値は、電子伝達速度のライトカーブの測定結果を使用して算定した。εの値は葉の光吸収率の測定結果を使用して算定した(Wullschleger., 1993)。JmaxはVcmaxと以下のような関係にある。

【0033】
以下のようにアレニウスの式を使用して、パラメータKc,Ko,τ,Rnleafの温度依存度を求めた。

【0034】
Vcmaxの温度依存度については、以下の簡易式(Sharpe and DeMichele., 1977)を使用した。

【0035】
ここで、f(Tl.k)は葉温Tl.k(K)でパラメータに与えられる値,f(298)は標準値で25℃でのパラメータ (Kc25,Ko25,Rdleaf25,τ25, Vcmax25),ΔHaは活性化エネルギー (J mol-1),ΔHdは不活性化エネルギー (J mol-1),ΔSはエントロピーターム (J K-1 mol-1) である。Rd25とVcmax25との関係は以下とする。

【0036】
クロロプラストにおけるCO2濃度は、細胞間隙のCO2濃度と同じだとする推論のもとで、以下のように計算される。

【0037】
(20)、(21)式においてCaは大気のCO2濃度 (μmol mol -1),Ciは細胞間隙のCO2濃度 (μmol mol -1),Eは蒸散速度 (mol m-2 s-1),gtcはCO2に対する全コンダクタンス (mol CO2 m-2 s-1) である。gbcはCO2に対する葉面境界層コンダクタンス (mol CO2 m-2 s-1) で、gbc=gbw /1.62/3から求まる。gscはCO2に対する気孔コンダクタンス (mol CO2 m-2 s-1) で、gsc=gsw/1.6から求まる。また、gbwはH2Oに対する葉面境界層コンダクタンス (mol H2O m-2 s-1) であり、gswはH2Oに対する気孔コンダクタンス (mol H2O m-2 s-1) である。
(20)式は気孔の通過における運搬への影響を計算するために、Jarman (1974)とCaemmerer and Farquhar (1981) が発表したものを一つにして使用した。AとCcの両方に合った値は,(11)式で示されている「需要の関数」と(20)式で示されている「供給の関数」の交点で決定される。
【0038】
<b-2.気孔コンダクタンスモデルについて>
気孔コンダクタンス(gs)はPAR,気温,飽差,葉内水分,大気CO2などに影響を受ける(Jarvis 1976)。このうちPARと飽差に依存する気孔コンダクタンスモデルを使用した。ここでの飽差とは葉温における飽和水蒸気圧と大気水上気圧の差をいう。このモデルでは気孔コンダクタンスを次式として表す。

【0039】
(22)式においてgswmaxは最大気孔コンダクタンス (mol H2O m-2 s-1),gswminは最小気孔コンダクタンス (mol H2O m-2 s-1),f(Q)とf(D)はPAR (μmol m-2 s-1) と飽差 (hPa) についての関数であり、それぞれ0から1までの値をとる。それぞれの関数は次式で表される(Lohammar et al., 1980)。

【0040】
(23)、(24)式においてaはQ=0の時の初期勾配,D (hPa) は飽差,D0 (hPa) は飽差に対する反応でgsが半減する時の飽差の値を示す。葉面の片側における葉面境界層コンダクタンスと風速との関係は以下のように示す。

【0041】
(25)式においてgbwは葉面境界層コンダクタンス (mol H2O m-2 s-1) ,Chは葉の両面からの顕熱の交換係数,uは水平風速 (m s-1),Pは大気圧 (Pa),Rは気体定数 (8.31 J mol-1 K-1),Tは気温 (K)である。
【0042】
≪c.群落内部の放射伝達モデル≫
放射伝達モデルは、光の各成分(短波、長波、PAR)が葉を通過・反射・透過する確率をもとに、各層に到達する放射量を算定するものである。言い換えると、放射伝達モデルは、各層の放射環境を算出している。
本実施形態の群落光合成モデルでは群落内部の放射伝達において日射量(短波全域)と PARの直達成分,日射量とPARの散乱成分,及び長波放射量とに分けている。以下に示す PARの伝達式は日射量の直達・散乱成分の伝達式と同じである。しかしながら、PARは短波全域である日射量に比べ葉に吸収されやすいので、PARの散乱成分を見積もる場合には PARに対する葉の反射・透過率(地面については地面の反射率)と、日射量に対する葉の反射・透過率(地面については地面の反射率)と区別しなければならない。
【0043】
<c-1.日射量とPARの直達成分の伝達について>
図2は、短波放射量の伝達についての説明図である。なお、PARの伝達は、短波放射の場合と同様に算出することができる。
【0044】
群落内部の日射量の直達成分(Sb↓)(W m-2)の伝達式は以下のように表せる。

【0045】
(26)式においてIbはz+dzからzまでの層を日射量とPARの直達成分が通過する確率,Hは太陽高度(rad) である。PARの直達成分(SPARb↓)(μmol m-2 s-1) における伝達の場合も(26)式で表現できる。
【0046】
図3は、直達光透過確率についての説明図である。日射の直達成分が一層を通過する確率(I)は次式となる。

【0047】
(27)式の右辺の第二項は一層内に分布する物体(本モデルでは,葉のみと仮定する)が水平面に作る単位面積当たりの投影面積を意味する。
【0048】
Ωは葉群集中度の係数であり、本モデルでは図4に示すように0から1の範囲とする。なお、図4は、葉群集中度についての説明図である。
【0049】
(27)式においてGlayer(H)は一層内の葉面積と太陽の入射角に対して垂直な面に投影される面積との比(以下,群落のG関数と書く)を表す。群落全体のG関数(Glayer(H))は各々の個葉におけるG関数(Gleaf(α,β,H,Φs),α:葉の傾斜角(rad),β:方位角(rad),H:太陽高度(rad),Φ:太陽の方角(rad))の集まりからなる。
【0050】
図5は、投影面積についての説明図である。図において、αは葉の平均傾斜角であり、βは葉の平均方位角である。群落全体のG関数は、この個葉のG関数と群落内での葉の傾斜角(α),方位角(β)の分布を用いることで表せる。
【0051】
さらに、葉の方位角が均一に分布すると仮定すれば太陽の方角(Φs)について考慮しなくてすみ、群落全体のG関数は以下の式で表せる。

【0052】
(28)式においてg(α)は傾斜角の分布密度関数である。個葉のG関数は次式で表せる。

【0053】
<c-2.日射量とPARの散乱成分の伝達について>
下向きと上向き日射の散乱成分の伝達は、葉による透過や反射による成分を考慮しなければならない。下向き散乱日射量(Sb↓,鉛直下向きを正)(W m-2)は次式で表せる。

【0054】
一方、上向き散乱日射量(Sd↑,鉛直上向きを正)(W m-2)は次式で表せる。

【0055】
(30)、(31)式においてτsは葉の日射量についての透過率,ρsは葉の日射量についての反射率,Idは日射量とPARの散乱成分がzからz+dzまで(あるいはその逆)の層を通過する確率である。PARの散乱成分(SPARd↓,SPARd↑)(μmol m-2 s-1) については、PARのそれぞれの成分とPARに対する反射・透過率(τPAR,ρPAR)を(30),(31)式に代入する。日射量やPARの散乱成分はあらゆる方向から一様に入射すると考えられるので、Idは日射量とPARの直達成分が通過する確率(Ib)に基づいて以下のように積分形で表せる。

【0056】
地面の日射量は以下のように表す。

【0057】
(33)式において、αSsoilは地面の日射に対する反射率(アルベド)である。地面のPARは(33)式にそれぞれのPARの成分と地面のPARに対する反射率(αPARsoil)を代入する。
【0058】
<c-3.長波放射の伝達について>
図6は、長波放射量の伝達についての説明図である。長波放射の伝達式は以下のように表すことができる。

【0059】
(34)、(35)式において、ε0は射出率 (1.0),σはステファン−ボルツマン定数 (5.67*10-8 kg s-3 K-4)である。
【0060】
地面での上向き長波放射は以下のように表せる。

(36)式において、TSは地面温度である。
【0061】
<c-4.日向・日陰の葉面積指数について>
図7は、日向と日陰に分けた光合成の計算についての説明図である。左側の図は、PARと光合成速度との関係を示す図であり、右側の図は日向の葉と日陰の葉とによる光合成の概念図である。なお、左側の図において横軸はPARであり、縦軸は光合成蒸散速度である。
図のように、光合成蒸散速度との光(PAR)との関係は非線形である。これは、日向と日陰での光合成の様子が異なるからである。そこで、本実施形態では日向と日陰に分けて、個葉の光合成、気孔コンダクタンス、CO2濃度などを算出するようにしている。こうすることにより、光合成量をより正確に算出することができる。
【0062】
日向の葉面積指数(dfsl)(m2 m-2) は、直達日射の伝達式を利用して以下のように表せる。

【0063】
(37)式において、hは群落高でSb↓(h,H)は群落上の直達日射量であり、Sb↓(h,H)=0のときはdfsl=0である。日陰の葉面積指数(dfsh)(m2 m-2) は以下のように表せる。

【0064】
<c-5.日向・日陰の葉面に与えられるPARについて>
z+dzからzまでの層の日陰部分に与えられるPARの総量(SPARsh)(μmol m-2 s-1) は、以下のように表せる(Baldocchi and Hutchison, 1986)。

【0065】
日向部分のPARの総量(SPARsl)(μmol m-2 s-1) は、SPARshに群落上のPARの直達成分(SPARb(h,H)↓)(μmol m-2 s-1) を考慮することで求まる(Baldocchi and Hutchison, 1986)。

【0066】
BouguerとBerlageの方程式に従うと、晴天日に群落の表面に到達する直達光と散乱光はそれぞれ以下のように表される。

【0067】
(42)式において、Sは太陽定数,ATは大気透過率,Hは太陽高度 (rad) である。地球上の太陽光の総量は、散乱光と直達光の合計である。
【0068】
≪d. 葉面および地面のエネルギー収支モデル≫
エネルギー収支モデルは、葉面への放射量と、葉面からの顕熱・潜熱とのバランスで葉温を算定するものである。
図8は、エネルギー収支についての説明図である。
葉面でのエネルギー収支は、葉面による貯熱と光合成に使われるエネルギーを無視できるとして、以下の式で表せる。

【0069】
(43)式においてλは水の蒸発潜熱 (J g-1),CPは空気定圧比熱 (J kg-1),ρaは空気の密度 (kg m-3) である。左辺は放射エネルギーの収支を表しており、右辺は吸収した放射エネルギーを

として消費することを表している。
【0070】
また、地面のエネルギー収支は以下で表せる。

(44)式において、Gは地中伝導熱 (W m-2) である。
【0071】
≪e. 個葉の降雨・凝結遮断および蒸散・蒸発モデル≫
図9は、蒸発時および凝結時の水蒸気ガスフラックスの説明図である。
葉温Tc (K) における葉の細胞間隙の水蒸気濃度(qSAT (Tc))(g kg-1) が葉面境界層上の水蒸気濃度(q) (g kg-1) より高い場合には、濡れた葉の表面と裏側から蒸発が起こり、乾いた葉の裏側から蒸散が行われる。細胞間隙の水蒸気濃度が葉面境界層上の水蒸気濃度より低い場合には、凝結(結露)が葉面の裏表全体で起こる。このとき、凝結した水は濡れていた部分では排水され、乾いていた部分では貯められる。群落内の2高低差間の水蒸気ガスフラックス(w’q’)の違いは以下のように表せる。

【0072】
(45)、(46)式において添字のLは葉の裏面,Uは葉の表面,dryは乾燥状態,wetは濡れた状態を示す。葉面境界層抵抗は風速(u)(m s-1) と交換係数(Ch)とで求められる。 CO2ガス交換は葉の裏側の乾いた部分で行われ、以下のように表せる。

【0073】
また、図10は、遮断蒸発モデルの説明図である。このモデルは、降雨等の水分による気孔の遮断状況を算定するものである。降雨時および凝結時には、葉の表面の乾いた部分に水を供給するが、凝結に関しては葉の裏面の乾いた部分にも水を供給する。降雨や凝結時には、濡れた部分に供給された水は排水される。水の貯蔵(W)(mm LAI-1)は以下のように表せる。

【0074】
WLとWUは、葉の裏面と表面にそれぞれ貯蔵された水の量を、葉の表面積あたりの量で示したものである (mm LAI-1)。群落中の降水(Pr)は直達光の透過に類似していて、降雨の進入角を垂直と仮定すると、(ΩGlayerπ/2)/(sinπ/2)=Flayerとなる。WLとWUの量は以下の方程式で決めることができる。

【0075】
ここでEPは葉面積(片面)あたりの蒸発速度もしくは凝結速度 (mm LAI-1 s-1) である。
【0076】
葉の裏表における濡れた部分の面積はそれぞれ以下のように示される。

【0077】
(55)、(56)式においてWLMAX,WUMAXは葉の裏面,表面のそれぞれの水貯蔵能力 (mm LAI-1) である。乾燥した葉の葉面積指数は以下のようになる。

【0078】
≪f. 土壌呼吸モデル≫
土壌呼吸モデルは、地温で決まる根と微生物の呼吸速度を算定するものである。
土壌呼吸は根呼吸,分解呼吸および生長呼吸から以下のように表す。また、根呼吸および分解呼吸の速度は、アレニウスの式を用いて温度依存度を求めた。

【0079】
(58)〜(60)式においてFsoilは土壌呼吸速度(μmol m-2 s-1),Rrは根呼吸速度(μmol m-2 s-1),Rdecは分解呼吸速度(μmol m-2 s-1),Gresrootは根の生長呼吸速度(μmol m-2 s-1)である。BrおよびBdecはそれぞれ根のバイオマスとネクロマスの単位面積あたりの重量(kg m-2),Rr25およびRdec25はそれぞれ根呼吸速度と分解呼吸速度の25℃での標準値 (μmol kg-1 s-1),ΔHaは活性化エネルギー (J mol-1) である。
【0080】
===芝群落光合成モデルの計算手順について===
図11及び図12は、本実施形態の芝群落光合成モデルによる光合成量の計算手順を示すフロー図である。なお、図11は、群落の各層の光合成量とCO2フラックスを除く要素の計算手順を示し、図12は、各層の光合成量とCO2フラックスの計算手順を示している。なお、本実施形態では群落高 hが3cmの芝草群落を鉛直方法に12層に分割している。
【0081】
まず、図11に示すように、芝草群落周辺における気象要素(気象データ)の入力を行う(S101)。ここでは気象要素として、太陽高度(H),短波放射の下向き直達成分(Sb↓),短波放射の下向き散乱成分(Sd↓),PARの下向き直達成分(SPARb↓),PARの下向き散乱成分(SPARd↓),長波放射の下向き成分(L↓),気温(T),湿度(q),風速(u)が取得される。
【0082】
また、評価対象となる芝草群落の構造、葉の特性、及び土壌の特性を定める(S102)。例えば、群落の構造としては、図1及び表1に示すように葉面積密度関数 a(z) と葉の傾斜角の分布密度関数 g(α) が定められる。葉の特性、土壌の特性についても図1及び表1に示す各データが定められる。
【0083】
以上のデータから「放射伝達モデル」によって、芝草群落の各層についての日射量とPARの下向き直達・散乱成分と上向き散乱成分,日向・日陰の葉面積指数とそれぞれの部分に与えられるPARを計算する(S103)。すなわち、各層の放射環境を算出する。
【0084】
次に、葉面温度、土壌温度、温度、比湿の暫定値(TcOLD,TsOLD, TOLD, qSOLD)を入力(仮入力)し(S104)、その暫定値と「放射伝達モデル」とによって、長波放射量の上向き・下向き成分(L↓,L↑)と各群落層及び土壌層に吸収される放射量を計算する(S105)。
また、葉面に与えられるPARと「光合成および気孔コンダクタンスモデル」によって各群落層の個葉の気孔コンダクタンスと葉面境界層コンダクタンス(gs, gb)を計算する(S106)。
【0085】
さらに、日向・日陰の葉面積指数とそれぞれの部分に与えられるPAR,気孔コンダクタンスと葉面境界層コンダクタンス,これに「レイノルズ応力・顕熱・H2O・CO2フラックスモデル」と「降雨・凝結遮断および蒸散・蒸発モデル」によって各群落層の乾いた葉と濡れた葉の顕熱・潜熱フラックスを計算する(S107)。
そして、葉面・地面に吸収される放射量および顕熱・潜熱フラックスと「エネルギー収支モデル」で各群落層と土壌層での葉面温度,地面温度(Tc, Ts),顕熱,潜熱を計算する(S108)。
【0086】
次に、ステップS108で算出された葉面温度及び地面温度と、ステップS104で設定した暫定値との差が所定範囲内(例えば1%未満)であるかを判断する(S109)。
ステップS108の算出結果(Tc, Ts)と、暫定値との差が1%以上の場合は(S109でNO)、暫定値の値をステップS108の算出結果に置き換えて(S110)、ステップS105〜ステップS108の処理を再度実行する。この繰り返しにより、葉面温度及び地面温度は放射環境に応じた値に収束していく。なお、ステップS105〜ステップS110のループは、層要素算出ステップに相当する。
そして、ステップS108の算出結果と、暫定値との差が1%未満になると(S109でYES)、そのときの各データを保存し、図12のフローに進む。
【0087】
図12のフローでは、各層の光合成量とCO2フラックスの計算を行う。
まず、ステップS103で算出された群落の各層の放射要素、ステップS106で算出された気孔コンダクタンス及び葉面境界層コンダクタンス(gs, gb)、ステップS107で算出された葉の顕熱・潜熱フラックス、及び、ステップS108で算出された葉面温度,地面温度(Tc, Ts)、及び、大気CO2濃度(c)などのデータを取得する(S201)。
【0088】
次に、図1の個葉の特性の4)の光合成モデルのパラメータ、及び、図1の土壌の特性の4)の土壌呼吸モデルのパラメータを定める(S202)。
これらの値に基づいて、「光合成および気孔コンダクタンスモデル」によって群落の各層の個葉の純光合成量(A)を計算する(S203)。
さらに、「レイノルズ応力・顕熱・H2O・CO2フラックスモデル」と「降雨・凝結遮断および蒸散・蒸発モデル」によって、群落の各層の乾いた葉と濡れた葉のCO2フラックスを計算する(S204)。
以上説明したように、本実施形態では、群落高 hの芝草群落を鉛直方向に厚さdzの層に分け、気象要素と、芝草群落の構造、葉の特性、及び土壌の特性に関する各データから、「放射伝達モデル」で各層についての光の放射要素(放射環境)を算出している。
【0089】
その後、葉温と地面温度の暫定値を入力し、「光合成および気孔コンダクタンスモデル」によって気孔コンダクタンス、葉面境界層コンダクタンスを計算している。また、「レイノルズ応力・CO2・H2O・顕熱フラックスモデル」及び「降雨・凝結遮断および蒸散・蒸発モデル」によって顕熱フラックス・潜熱フラックスを算出し、さらに、「エネルギー収支モデル」によって、葉温と地面温度を算出している。そして、算出された葉温と地面温度が暫定値とほぼ同じでなければ、その算出結果を用いて上記のフローを再度実行する。このようにして、各層の葉温と地面温度が、各層の放射要素に応じた値に収束するまで計算を繰り返す。
そして、これらの算出結果と、気象要素の大気CO2濃度に基づいて、各層の光合成量を算出している。
これにより、各層についての光合成量を高い精度で算出することができる。
【0090】
上記実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。本発明は、その趣旨を逸脱することなく、変更、改良され得ると共に、本発明にはその等価物が含まれることはいうまでもない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芝草群落における光合成の予測方法であって、
前記芝草群落周辺の気象データを取得する気象データ取得ステップと、
前記芝草群落の形状、葉の特性、及び土壌の特性に関する各データを定める芝草群落環境設定ステップと、
前記芝草群落の地面以上の部分を鉛直方向に複数の層に分け、前記気象データ取得ステップ及び前記芝草群落環境設定ステップの各データに基づいて、前記芝草群落の各層の光の放射環境を算出する放射環境算出ステップと、
各層の葉温及び地面温度が前記放射環境に応じた温度になるときの葉の気孔コンダクタンス、葉面境界層コンダクタンス、顕熱フラックス、潜熱フラックスを層毎に算出する層要素算出ステップと、
前記放射環境算出ステップの算出結果、及び、前記層要素算出ステップの算出結果に基づいて、各層の光合成量を算出する光合成量算出ステップと、
を有することを特徴とする光合成の予測方法。
【請求項2】
請求項1に記載の光合成の予測方法であって、
前記放射環境算出ステップでは、各層の前記光の放射環境のうちの所定成分が日向と日陰に分けて算出されることを特徴とする光合成の予測方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の光合成の予測方法であって、
前記光合成量算出ステップでは、二酸化炭素の量で決定される前記光合成量と、光の量で決定される前記光合成量のうちの小さい方が算出されることを特徴とする光合成の予測方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3の何れかに記載の光合成の予測方法であって、
前記顕熱フラックス及び前記潜熱フラックスは、各層の乾いた葉と濡れた葉について算出されることを特徴とする光合成の予測方法。
【請求項5】
請求項4に記載の光合成の予測方法であって、
前記光合成量、前記顕熱フラックス、及び前記潜熱フラックスに基づいて、乾いた葉と濡れた葉の二酸化炭素フラックスがそれぞれ算出されることを特徴とする光合成の予測方法。

【図11】
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【図12】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−200208(P2011−200208A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−73449(P2010−73449)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(000000549)株式会社大林組 (1,758)
【Fターム(参考)】