説明

光変調器

【課題】信頼性が高く、偏向作用の生じない電極構造を有する光変調器を提供する。
【解決手段】電気光学効果を有する電気光学結晶11と、該電気光学結晶を透過する光の光軸に対して垂直に電界を印加するために、互いに平行な前記電気光学結晶の面に対向して形成された電極対12,13とを備え、該電極対は、少なくとも2以上の金属が積層され、前記電気光学結晶に接する金属の仕事関数が前記電気光学結晶の仕事関数より大きい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光変調器に関し、より詳細には、電気光学結晶を用いて電気信号により光の位相を変える光変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電気光学結晶を用いた様々な光機能部品が実用化されている。これら光機能部品は、電気光学結晶に電圧を印加すると、電気光学効果により結晶の屈折率が変化することを利用している。例えば、KTa1-xNbx3(0<x<1、以下、KTNという)結晶では、常誘電体から強誘電体への相転移時の温度領域では、比誘電率が発散して10,000に達し、誘電率の2乗に比例する2次の電気光学効果が極めて大きくなる。
【0003】
電気光学結晶を用いた光位相変調器は、結晶の屈折率の変化により、結晶を通過する光の速度を変化させて、光の位相を変化させる。変調器の構造は、例えば、平行平板型、平行ストリップ型、櫛形電極型、貫通電極型がある。櫛形電極型の電極は、電極の幅が最も狭く、1μm程度である。
【0004】
図1に、従来の多層構造の電極構造を示す。半導体またはガラスからなる基板101に電極を形成する際、多層構造の電極とするのが一般的である。典型的には、基板101に接するTi電極102a,bと、Pt電極103a,bと、Au電極104a,bの3層構造の電極を用いる。Tiは、密着性にすぐれているため、接着剤として用いられる。他に密着性の優れた金属として、Mo、Al、Cr等がある。ただし、Moは耐水性に劣るため信頼性に欠け、Alは耐アルカリ性に劣り、Crは環境問題を有している。
【0005】
Auは、電気抵抗率が低いために、電極材料としては最も優れている。他に電気抵抗率の低い金属として、Ag、Cu等がある。いずれも膜酸化により耐熱変化を起こす点で、Auの方が優れている。Ptは、仕事関数が大きく、Auから電子が半導体に入り込まないようにブロック層として機能する。以上述べたように、Ti/Pt/Au層は、順に接着層/ブロック層/電極本体として機能している。
【0006】
半導体またはガラス基板に接する層にTiを使わない場合、電極がはがれることがある。図2に、Pt/Ti/Au層からなる電極を作製したときの基板表面の写真を示す。図2(a),(c)は、ガラス基板上にパターン化された電極を形成した場合を示す。図2(b),(d)は、シリコン基板上にパターン化された電極を形成した場合を示す。それぞれの基板上に、様々な大きさ、形状のパターンにより電極を形成した。このうち、図2(c)の符号111で示す矢印から右側に形成された電極(白丸囲いの部分)、および図2(d)の符号112で示す矢印から右側に形成された電極(黒丸囲いの部分)は、基板からはがれている部分(図を見ると薄く消えかかっているように見える部分)を示している。この部分のパターンは、幅2μmのパターンであるにもかかわらず、剥離が生じている。従って、基板に接する層にTiを使わない場合、幅1μmの櫛形電極を形成することは、困難である。
【0007】
【特許文献1】国際公開第06/137408号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一方、KTN結晶を用いた光変調器において、KTN結晶からなる基板に接する層にTiを用いると、電子がKTN結晶に注入され、偏向作用を生ずるという問題があった(例えば、特許文献1参照)。偏向作用は、偏向器として用いる場合には有効であるが、変調器として用いる場合には不要であり、光変調器を透過する光ビームの位置は変動しないことが好ましい。
【0009】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、信頼性が高く、偏向作用の生じない電極構造を有する光変調器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、このような目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、電気光学効果を有する電気光学結晶と、該電気光学結晶を透過する光の光軸に対して垂直に電界を印加するために、互いに平行な前記電気光学結晶の面に対向して形成された電極対とを備え、該電極対は、少なくとも2以上の金属が積層され、前記電気光学結晶に接する金属の仕事関数が前記電気光学結晶の仕事関数より大きいことを特徴とする。
【0011】
前記電気光学結晶は、KTa1-xNbx3(0<x<1)またはK1-yLiyTa1-xNbx3(0<x<1、0<y<1)が好適であり、このとき、前記電極対の前記電気光学結晶に接する金属は、Ptが好ましい。また、前記電極対は、前記電気光学結晶に接する面から順にPtおよびAuを積層してもよいし、前記電気光学結晶に接する面から順にPt、TiおよびAuを積層してもよい。さらに、前記電極対の前記電気光学結晶に接する金属は、Co、Ge、Pd、Ni、Ir、Pt、Seのいずれかとすることができる。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように、本発明によれば、電極対は、少なくとも2以上の金属が積層され、電気光学結晶に接する金属の仕事関数が電気光学結晶の仕事関数より大きいので、キャリアの注入効率が低くなり、偏向作用が小さくなる。また、電極対と電気光学結晶との密着性がよいので、信頼性の高い変調器を構成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳細に説明する。特許文献1によれば、KTN結晶からなる基板に接する層にTiを用いると、理想的なオーミック接触が実現され、注入効率が最大となる。電極材料の仕事関数が大きくなるにつれて、ショットキー接触に近づき、キャリアの注入効率は減少する。すなわち、伝導電子の注入が抑えられ、偏向作用が小さくなる。KTN結晶の仕事関数が5.0eVであることから、電気光学結晶の電気伝導に寄与するキャリアが電子の場合には、基板に接する層の電極材料の仕事関数は、5.0eV以上であることが好ましい。
【0014】
仕事関数が5.0eV以上の電極材料として、Co(5.0)、Ge(5.0)、Au(5.1)、Pd(5.12)、Ni(5.15)、Ir(5.27)、Pt(5.65)、Se(5.9)を用いることができる。ただし、Auは、接着層として用いる場合に加工性が悪いので、これ以外の材料がより好ましい。また、上記材料を複数用いた合金であってもよいし、複数の材料を積層してもよい。
【0015】
また、2次の電気光学定数が大きい電気光学結晶として、K1-yLiyTa1-xNbx3(0<x<1、0<y<1、以下、KLTNという)を用いることもできる。KLTN結晶の仕事関数も5.0eVであり、上記材料を基板に接する層に用いることにより、伝導電子の注入が抑えられ、偏向作用が小さくなる。
【0016】
図3に、本発明の一実施形態にかかる光強度変調器を示す。光位相変調器と偏光子および検光子とを組み合わせた光強度変調器である。図3(a)に示すように、KTN結晶からなる基板1には、対向する面に正極2と負極3とが形成されている。基板1の入射側に偏光子4を配置し、出射側に検光子5を配置する。偏光子4を通過した光の電界成分のうち、x軸に平行な成分をEx、y軸に平行な成分をEyとする。偏光子4の偏光角が、基板1のx軸に対して45度の場合には、Ex=Eyである。
【0017】
正極2と負極3との間に電圧Vを印加したときのExおよびEyの位相の変化は、それぞれ式(1),(2)で与えられる。検光子5の偏光角が、基板1のx軸に対して45度の場合、検光子5を通過した出射光の強度は、次式で与えられる。
【0018】
【数1】

【0019】
ExとEyとが等しい場合には、
【0020】
【数2】

【0021】
として、次式で与えられる。
【0022】
【数3】

【0023】
このようにして、図3(b)に示したように、電圧Vに応じて、検光子5を通過した出射光の強度を0%〜100%の間で変調することができる。
【0024】
図3に示した光強度変調器の電極材料として、Pt、Tiの2種類を用意する。KTN結晶において電気伝導に寄与するキャリアは電子である。図4に、電極材料Tiの光強度変調器の動作特性を示す。印加電圧が増大するのに伴って、出射光の強度は変化するが、オンオフ時の光強度の比(以下、消光比という)が劣化しているのがわかる。これは、電気光学結晶に電圧を印加することにより、電気光学結晶の内部に空間電荷が生じ、電圧の印加方向に電界の傾斜が生じるためにビームが偏向し、垂直偏光と水平偏光との間でずれ角が生じるからである。結晶に印加する電圧の増加に伴って、垂直偏光と水平偏光のずれ角が大きくなり、図4に示したように、消光比が劣化する。
【0025】
図5に、電極材料Ptの光強度変調器の動作特性を示す。Ptは、Tiと比較して電極材料の仕事関数が大きく、KTN結晶の仕事関数より大きいので、電極からKTN結晶へのキャリアの注入効率は減少する。キャリアの注入効率が低くなるほど、電界の傾斜が小さくなるので、偏向作用も小さくなる。正負電極間に58Vの電圧を印加したとき、出射光の偏光方向が入射光の偏光方向に対して、90度回転する。正極2と負極3との間の印加電圧が増大するのに伴って、出射光がオンオフを繰り返す。
【実施例1】
【0026】
図6に、実施例1にかかる電極の多層構造を示す。KTN結晶からなる基板11に接するPt電極12a,bと、Au電極13a,bの2層構造の電極を用いる。Ptは、仕事関数がKTN結晶からなる基板よりも大きく、キャリアの注入効率は減少し、偏向作用を生じない。
【0027】
また、KTN結晶は、半導体基板、ガラス基板と比較すると、基板表面に微小な凹凸があり、そこにPtが入り込むように固着するために密着性がよく、電極の剥離が生じにくい。具体例は、実施例2を参照して説明する。従って、基板に接する層にTiを使う必要がなく、信頼性の高い光変調器を構成することができる。
【実施例2】
【0028】
図7に、実施例2にかかる電極の多層構造を示す。KTN結晶からなる基板21に接するPt電極22a,bと、Ti電極23a,bと、Au電極24a,bの3層構造の電極を用いる。Ptは、金属との密着性がわるいために、Auとの密着性を確保するために、Tiを用いた。また、Ptは、ブロック層としても機能するので、TiおよびAuからの電子がKTN結晶に入り込まないようにする。
【0029】
図8に、実施例2にかかる電極を作製したときの基板表面の写真を示す。Pt/Ti/Au層からなる電極を、EB蒸着により、100/70/200nmの厚さで形成する。符号「.55」は、幅0.55μmの複数のパターンからなる電極を示し、符号「.65」は、幅0.65μmの複数のパターンからなる電極を示している。一部変形しているものの剥離は生じていない。符号「.7」は、幅0.70μmの複数のパターンからなる電極を示し、幅0.7μm以上の電極では、剥離も変形もない。剥離を生じているのは、符号「.5」の幅0.50μmの電極だけである。従って、幅0.7μmを超える電極を形成することができるので、櫛形電極も問題なく形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】従来の多層構造の電極構造を示す断面図である。
【図2】Pt/Ti/Au層からなる電極を作製したときの基板表面を示す図である。
【図3】本発明の一実施形態にかかる光強度変調器を示す図である。
【図4】電極材料Tiの光強度変調器の動作特性を示す図である。
【図5】電極材料Ptの光強度変調器の動作特性を示す図である。
【図6】実施例1にかかる電極の多層構造を示す断面図である。
【図7】実施例2にかかる電極の多層構造を示す断面図である。
【図8】実施例2にかかる電極を作製したときの基板表面を示す図である。
【符号の説明】
【0031】
11,21,101 基板
12,22,103 Pt電極
13,24,104 Au電極
23,102 Ti電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気光学効果を有する電気光学結晶と、
該電気光学結晶を透過する光の光軸に対して垂直に電界を印加するために、互いに平行な前記電気光学結晶の面に対向して形成された電極対とを備え、
該電極対は、少なくとも2以上の金属が積層され、前記電気光学結晶に接する金属の仕事関数が前記電気光学結晶の仕事関数より大きいことを特徴とする光変調器。
【請求項2】
前記電気光学結晶は、KTa1-xNbx3(0<x<1)であることを特徴とする請求項1に記載の光変調器。
【請求項3】
前記電気光学結晶は、K1-yLiyTa1-xNbx3(0<x<1、0<y<1)であることを特徴とする請求項1に記載の光変調器。
【請求項4】
前記電極対の前記電気光学結晶に接する金属は、Ptであることを特徴とする請求項2または3に記載の光変調器。
【請求項5】
前記電極対は、前記電気光学結晶に接する面から順にPtおよびAuが積層されていることを特徴とする請求項4に記載の光変調器。
【請求項6】
前記電極対は、前記電気光学結晶に接する面から順にPt、TiおよびAuが積層されていることを特徴とする請求項4に記載の光変調器。
【請求項7】
前記電極対の前記電気光学結晶に接する金属は、Co、Ge、Pd、Ni、Ir、Pt、Seのいずれかであることを特徴とする請求項2または3に記載の光変調器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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