説明

光学スタビライザ及び光学薄膜

【課題】 光学薄膜の環境特性を安定化させること。
【解決手段】SiO2層の少なくとも片面にSiOx(xは、0以上2未満)を積層した2層または3層の光学薄膜構造を光学スタビライザ(St2、St3)として、最終的に得ようとする光学薄膜の構成要素として組み込むと、最終的に得られた光学薄膜の耐環境特性が安定する。例えば、チタンの低級酸化物による層の間に、この光学スタビライザとして介在させ、NDフィルタとして構成すると、チタンの低級酸化物による層の酸化が防止され、当該フィルタの分光特性の平坦性などの経時変化等が安定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学薄膜の特性を安定化させる光学スタビライザ及びそれを用いた光学薄膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、スチルカメラやビデオカメラの光量調整用に、ND(Neutral Density)フィルタをレンズ群で構成される工学系の光路に配置することが行われている。特許文献1、特許文献2を参照。
【0003】
このようなNDフィルタは、光学薄膜と言われる光学部品であるが、近年のスチルカメラでのビデオ撮像機能の追加に伴い、従来のスチルカメラ搭載のNDフィルタに比較して、より高性能なNDフィルタが要望されるようになってきた。ビデオ撮影では、明るい場所から暗い場所まで明るさのダイナミックレンジの大きい使用環境での撮影が要求されるからである。また、高性能を実現したとしても、その特性が環境変化、経時変化により劣化せず、維持されることが要求される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−91694
【特許文献2】特開2007−058184
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記した背景の下になされたもので、光学薄膜の設計にあたり、とくにその特性の安定化を図ることを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、誘電体層(SiO2層)の片面側あるいは両面側に酸化防止層(SiOx)をそれぞれ有する光学薄膜構造を光学スタビライザという概念で創作し、これを光学薄膜の構成要素として、最終的に得ようとする光学薄膜中に組み込むと、最終的に得られた光学薄膜の耐環境特性が安定することを見いだした。
【0007】
ここで、酸化防止層がSiOxである場合におけるxは、0以上2未満である。この範囲であれば、酸素を補足できるので、酸化防止層として機能する。換言すると、Siまたは、SiOx(xは、0より大きく2未満の値)ということができる。
【0008】
そして、誘電体層(SiO2層)は、最終的に得ようとする光学薄膜の光学特性を調整する機能を有するが、この誘電体層と酸化防止層とからなる光学スタビライザは、設計上一層の光学薄膜に等価なものとして扱うことができる。光学スタビライザを酸化防止膜のみで構成すると、屈折率が高くなり、設計上扱いにくいので、誘電体層と併用することは、設計を容易なものとする。
【0009】
また、SiO2層(誘電体層)の片面側あるいは両面側にSiOx(酸化防止層)をそれぞれ有する、ということの意味は、SiO2層(誘電体層)の片面あるいは両面にSiOx(酸化防止層)をそれぞれ積層すること(段階的、ステップ的積層)、または、誘電体の表面に当該結合すべき酸素イオン量を徐々に傾斜的に減じて一体的に酸化防止膜を形成すること(連続的積層)の双方を含むものである。
【0010】
換言すると、SiO2層(誘電体層)に境界面がわかるようにSiO(酸化防止層)を積層する場合と、SiO2層(誘電体層)を形成後、その陰イオンの原子数を徐々に減じて(xを2から徐々に0へと減じて)、誘電体層(SiO2層)から酸化防止層(SiOx層)へ移行する境界面が明瞭でないように形成する場合があるということである。
【0011】
このように、誘電体が陰イオンとして酸素を有する場合、その陰イオンの原子数を徐々に減じていくことで、酸化防止膜を構成することができる。本発明では、このような光学薄膜構造を光学スタビライザという概念でとらえたものである。
【0012】
本発明は、SiOx(酸化防止層):SiO2(誘電体層)の2層あるいはSiOx(酸化防止層):SiO2(誘電体層):SiOx(酸化防止層)の3層からなる光学スタビライザという概念を光学薄膜の設計技術として提案するものであり、この概念を光学薄膜として、例えばNDフィルタの設計に用いるのである。
【0013】
光学薄膜として、例えばNDフィルタでは、Tiなどの金属材料を用いた薄膜層が光吸収膜として基本的な光学特性を決定するが、経時変化により、金属が酸化してしまい初期の特性が劣化してしまう。そこで前記光学スタビライザを積層するとSiOx層がその酸素バリヤ性及び防水性を発揮して、金層の酸化を防止する。
【0014】
なお、先に述べたが、SiO2層(誘電体層)は積層対象である金層薄膜層と同様に光学特性を決定づけるものとして機能する。すなわち、SiO2(誘電体層)の存在により、積層対象である金層薄膜層と相まって、最終的に得ようとする光学薄膜の光学特性を調整することができる。誘電体層は、その厚さを調整する事で、入射する光の反射量、透過量、偏光、位相などの光学特性を調節する事ができるので、光吸収膜としての金属薄膜層により決定される光学特性を補完して最適化するように調整できる。ここで、SiOx層のSiO2層に対する膜厚比率{(SiO/SiO2)×100}は5〜50%の範囲が好ましい。
【0015】
この光学スタビライザの利用法としては、以下の形態を例示することができる。
まず、金属薄膜層を少なくとも一層有し、この金属薄膜層に前記光学特性スタビライザを積層して光学薄膜を構成する場合がある。ここで前記金属薄膜層を2以上設けるならば各金属薄膜層間に前記スタビライザを介在させることができる。
【0016】
光学薄膜としてはNDフィルタとして設計可能であり、その場合、前記金属薄膜層としてチタンやクロム、ニッケル、ニオブなどの低級酸化物を用いることができる。
【0017】
NDフィルタとして、本発明は、光透過率の分光特性が分光透過率の平坦性((Tmax−Tmin)/Tave)が430nmから650nmで5%以下であり、その環境特性が恒温恒湿試験(摂氏60度90%RH 240時間)において、初期値に比べ430nmから650nmにおける分光透過率変化が20%以下である、NDフィルタを提供でき、NDフィルタとしてこれまでにない高性能フィルタを提供できる。
【0018】
なお本発明は、スパッタリングにより製造することが好適である。また、製造すべき光学薄膜としては、NDフィルタに限らず、酸化防止の必要な材料を使用する光学薄膜にも適用可能である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、誘電体層(SiO2層)の少なくとも片面に酸化防止層(SiOx)を有する光学薄膜構造を光学スタビライザという概念でとらえ、この概念をもって、最終的に得ようとする光学薄膜の構成要素に採用することで、適用された光学薄膜の構成要素の劣化を防止することができ、しかも、誘電体層(SiO2層)の存在により、得ようとする光学特性を調整することができる。
【0020】
すなわち、単に酸化防止膜を挿入するという発想ではなく、これを常に誘電体層とともに使用し、この両者をもって膜構造の設計をする、という思考方法を提供して最終的に得ようとする光学薄膜の光学特性を調整しつつ、その特性を酸化防止層で安定化させるという、従来にない効果を得ることができるのである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の光学スタビライザを示す図
【図2】NDフィルタとして実施した光学薄膜の具体的構造例を示す図
【図3】図2で示した実施例の分光特性を示すグラフ図
【図4】図2で示した実施例の環境特性を示す図
【図5】他の実施例の環境特性を示す図
【図6】他の構造のNDフィルタとの環境特性の比較例を示すグラフ図
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の好的な実施形態を、図面を用いて説明する。
まず、本発明の実施例として、SiOx:SiO2:SiOxの3層からなる光学スタビライザを、図1に示す。
【0023】
SiO層は、酸素バリア性と防水性を有する。SiO2層は、個有の光学特性を有する。このSiO2層にSiOx層を段階的に積層するステップアップ式で光学スタビライザをスパッタリング装置で形成した。そして、この実施例において、SiOxにおけるxは1である。よって、SiO:SiO2:SiOという薄膜構造が構成された。なお、SiOxにおけるxを0から2、2から0へ向けて徐々に変化させる方式で、SiOx:SiO2:SiOxを連続的に形成することも可能である。また、SiO層のSiO2層に対する膜厚比率{(SiOx/SiO2)×100}は5〜50%の範囲が好ましいが、この実施例では、20%である。
【0024】
次にこの光学スタビライザを用いたNDフィルタの構造を図2に示す。この構造のNDフィルタは、所定の大きさに切断された矩形の透明樹脂製フィルム(ここでは、透明なポリエチレンテレフタレート板:PET板)をスパッタリング装置内に配置し、雰囲気ガス中で、ターゲットとしてTiやSiをフィルムに向けて飛ばし、雰囲気ガス中の酸化量を調整しつつPET板上に、図2に示す各層を形成していく。なお、膜設計上、この光学スタビライザは一層のものと等価な層として扱うことができる。
【0025】
この図2において、1から7に示す層の内、2、4、6の層は光吸収層でありチタンの低級酸化物(TiOy)からなる層である。そして、この3層の間の3、5の層が図1で示した3層の光学スタビライザである。また、1と7の層は、TiOy側をSiOxとし、外側またはPET板側をSiO2とした2層の光学スタビライザである。SiOxにおけるxは、0以上2未満である。TiOyにおけるyもまた、0以上2未満である。
【0026】
得られたNDフィルタの光学特性を図3に示す。このように、減衰特性が430〜650nmにわたってほぼ平坦な分光特性を得ることができた。
なお、図3では、環境変化後の特性も併記しているが、図から明らかなように、その平坦性にほとんど影響はない。
【0027】
そして、この特性が環境変化でどのように変化するかを環境試験で確認したところ、図4に示すような結果が得られた。
図4において、恒温恒湿試験(摂氏60度、湿度90%RH)での光透過率の変化率は、1000時間経過後で5%程度であり、本実施品について、ほとんど、劣化はみられないと言ってよい。
【0028】
図5は、他の実施例における環境試験結果である。この例の膜構成は、図2における2、4、6の各層をチタン(Ti)としたもので、図2における1、3、5、7の各層は図2の実施例と同様である。ここでは、恒温恒湿試験(摂氏60度、湿度90%RH)での光透過率の変化率は、1000時間経過手前で25%程度であり、使用場面では、実用に耐えうるものであった。
【0029】
図6に、比較例である他の構成のNDフィルタにおける環境試験結果を示す。
図6のものは、図2における2、4、6の各層をTiとし、1、3、5、7の各層をSiO2単層とした場合である。この場合は、図6から明らかなように、恒温恒湿試験(摂氏60度、湿度90%RH)での光透渦率の変化率は、1000時間手前で85%も変化してしまい、全く実用に耐えないことが明らかである。
【0030】
図4、図5、図6の比較から明らかなように、SiO2層とSiOx層との組み合わせによる光学スタビライザを使用した本実施例では、これを用いないものに比較して、環境変化が少なく、安定化する。
【符号の説明】
St2・・・・SiO2層の片面にSiOx層を積層した2層の光学スタビライザ
St3・・・・SiO2層の両面にSiOx層を積層した3層の光学スタビライザ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学薄膜の構成要素中に組み込まれるべき光学スタビライザであり、
誘電体層の少なくとも片面側に酸化防止層を有する光学薄膜用の光学スタビライザ。
【請求項2】
前記酸化防止層は、誘電体層に段階的または連続的に積層形成されていることを特徴とする請求項1記載の光学薄膜用の光学スタビライザ。
【請求項3】
前記誘電体層がSiO2層であり、前記酸化防止層がSiOx層(xは、0以上2未満)である請求項1または2記載の光学スタビライザ。
【請求項4】
金属薄膜層を少なくとも一層有し、この金属薄膜層に前記請求項1から3いずれかに記載の光学スタビライザを積層した光学薄膜。
【請求項5】
前記金属薄膜層が2以上あり、金属薄膜層間に前記請求項1から3いずれかに記載の光学スタビライザを介在させた光学薄膜。
【請求項6】
光吸収膜を構成する金属薄膜層を複数有し、各金属薄膜層間には、誘電体層の両面に酸化防止層を積層してなる第1の光学スタビライザを積層し、外側の金属薄膜層には、誘電体の片面に酸化防止膜を積層してなる第2の光学スタビライザを積層し、その積層にあたっては、酸化防止膜が金属薄膜層に接するように積層したことを特徴とするNDフィルタとしての光学薄膜。
【請求項7】
前記誘電体層がSiO2層であり、前記酸化防止層がSiOx層であり、
前記金属薄膜層がチタンの低級酸化物である請求項6記載のNDフィルタとしての光学薄膜。
【請求項8】
光透過率の分光特性が分光透過率の平坦性((Tmax−Tmin)/Tave)が430nmから650nmで5%以下であり、
その環境特性が恒温恒湿試験(60℃90%RH 240時間)において、初期値に比べ430nmから650nmにおける分光透過率変化が20%以下である、請求項6または7記載のNDフィルタとしての光学薄膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−159815(P2012−159815A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−32583(P2011−32583)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(507200938)株式会社タナカ技研 (8)
【Fターム(参考)】