説明

光学活性含フッ素オキセタンの製造方法

【課題】重要な医農薬中間体に成り得る光学活性含フッ素オキセタンの実用的な製造方法を提供する。
【解決手段】含フッ素α−ケトエステルとアシルアルケニルエーテルを「光学活性な配位子を有する遷移金属錯体」の存在下に反応させることによる光学活性含フッ素オキセタンの製造。製造方法は触媒的な不斉合成法であり、量論量の不斉源を必要とせず、特に、高い基質濃度で(反応溶媒の少ない使用量で)、または反応溶媒の非存在下(ニート)で反応を行うことにより、不斉触媒の使用量を劇的に低減することができる。さらに、目的とする光学活性含フッ素オキセタンが収率良く極めて高い光学純度で得られ、分離の難しい不純物が殆ど含まれず、化学純度の高い生成物が得られるため、その有用性は明らかである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重要な医農薬中間体に成り得る光学活性含フッ素オキセタンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明で対象とする光学活性含フッ素オキセタンは新規化合物であり、重要な医農薬中間体に成り得るが、該製造方法は未だ報告されていない。光学活性含フッ素オキセタンはスキーム1に示す様に、不斉炭素上にトリフルオロメチル基とヒドロキシル基を有する合成等価体と考えられ、酸化レベルの異なるホルミルメチル基とアルコキシカルボニル基の選択的な官能基変換により、所望のα,α−2置換−光学活性β,β,β−トリフルオロエタノール類に誘導することができる。
【0003】
【化1】

【0004】
本発明で対象とする光学活性含フッ素オキセタンとは構造が異なるが、関連する化合物の製造方法として非特許文献1、非特許文献2および非特許文献3が報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Zhurnal Organicheskoi Khimii(ロシア),1989年,第25号,p.2523−2527
【非特許文献2】Journal of Fluorine Chemistry(オランダ),2004年,第125巻,p.1543−1552
【非特許文献3】Journal of Fluorine Chemistry(オランダ),2004年,第125巻,p.1735−1743
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、重要な医農薬中間体に成り得る光学活性含フッ素オキセタンの実用的な製造方法を提供することにある。関連する化合物の製造方法ではあるが、非特許文献1および非特許文献2はラセミ体の製造方法であり、本発明で対象とする光学活性体を製造することはできない。また、非特許文献3は光学活性体を対象としているが、不斉補助基を量論的に用いて多工程を必要とする製造方法である。
【0007】
この様に、重要な医農薬中間体に成り得る新規化合物の光学活性含フッ素オキセタンの実用的な製造方法が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、一般式[1]で示される含フッ素α−ケトエステルと、一般式[2]で示されるアシルアルケニルエーテルを「光学活性な配位子を有する遷移金属錯体」の存在下に反応させることにより、一般式[3]で示される光学活性含フッ素オキセタンが製造できることを見出した。
【0009】
一般式[1]で示される含フッ素α−ケトエステルとしては、パーフルオロアルキル基がトリフルオロメチル基であり、エステル部位のアルキル基がメチル基またはエチル基であるものが好ましく、大量規模での入手が容易である。一般式[2]で示されるアシルアルケニルエーテルとしては、アシル部位の置換基が水素原子またはアルキル基であり、アルケニル部位の3つの置換基が全て水素原子であるものが好ましく、大量規模での入手が安価である。「光学活性な配位子を有する遷移金属錯体」としては、「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体」が好ましく、「光学活性な配位子を有する2価カチオン性のパラジウム錯体」が特に好ましく、所望の反応が良好に進行する。
【0010】
本発明の製造方法で得られる一般式[3]で示される光学活性含フッ素オキセタンは新規化合物であり、重要な医農薬中間体に成り得る。該オキセタンの中でもパーフルオロアルキル基がトリフルオロメチル基であり、エステル部位のアルキル基がメチル基またはエチル基であり、アシル部位の置換基が水素原子またはアルキル基であり、オキセタン環上の他の3つの置換基が全て水素原子であるものが好ましく、大量規模での製造が可能で、特に重要な医農薬中間体に成り得る。
【0011】
この様に、新規化合物である光学活性含フッ素オキセタンの有用な製造方法を見出し、本発明に到達した。
【0012】
すなわち、本発明は[発明1]から[発明5]を含み、重要な医農薬中間体に成り得る光学活性含フッ素オキセタンの実用的な製造方法を提供する。
【0013】
[発明1]
一般式[1]
【0014】
【化2】

【0015】
[式中、Rfはパーフルオロアルキル基を表し、R1はアルキル基を表す]で示される含フッ素α−ケトエステルと、一般式[2]
【0016】
【化3】

【0017】
[式中、R2、R3、R4およびR5はそれぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表す]で示されるアシルアルケニルエーテルを「光学活性な配位子を有する遷移金属錯体」の存在下に反応させることにより、一般式[3]
【0018】
【化4】

【0019】
[式中、Rf、R1、R2、R3、R4およびR5は上記と同じ置換基を表し、*は不斉炭素を表し(但し、R4とR5が同一の置換基の場合、これらが結合する炭素原子は不斉炭素でない)、波線は、アシルオキシ(R2CO2)基およびR4基の立体化学がRf基に対してそれぞれ独立にシン、アンチ、またはシンとアンチの混合物であることを表す]で示される光学活性含フッ素オキセタンを製造する方法。
【0020】
[発明2]
一般式[4]
【0021】
【化5】

【0022】
[式中、R6はメチル基またはエチル基を表す]で示される含フッ素α−ケトエステルと、一般式[5]
【0023】
【化6】

【0024】
[式中、R7は水素原子またはアルキル基を表す]で示されるアシルアルケニルエーテルを「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体」の存在下に反応させることにより、一般式[6]
【0025】
【化7】

【0026】
[式中、R6およびR7は上記と同じ置換基を表し、*は不斉炭素を表し、波線は、アシルオキシ(R7CO2)基の立体化学がCF3基に対してシン、アンチ、またはシンとアンチの混合物であることを表す]で示される光学活性含フッ素オキセタンを製造する方法。
【0027】
[発明3]
発明2において、「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体」が「光学活性な配位子を有する2価カチオン性のパラジウム錯体」であることを特徴とする、発明2に記載の光学活性含フッ素オキセタンの製造方法。
【0028】
[発明4]
一般式[3]
【0029】
【化8】

【0030】
[式中、Rfはパーフルオロアルキル基を表し、R1はアルキル基を表し、R2、R3、R4およびR5はそれぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表し、*は不斉炭素を表し(但し、R4とR5が同一の置換基の場合、これらが結合する炭素原子は不斉炭素でない)、波線は、アシルオキシ(R2CO2)基およびR4基の立体化学がRf基に対してそれぞれ独立にシン、アンチ、またはシンとアンチの混合物であることを表す]で示される光学活性含フッ素オキセタン。
【0031】
[発明5]
一般式[6]
【0032】
【化9】

【0033】
[式中、R6はメチル基またはエチル基を表し、R7は水素原子またはアルキル基を表し、*は不斉炭素を表し、波線は、アシルオキシ(R7CO2)基の立体化学がCF3基に対してシン、アンチ、またはシンとアンチの混合物であることを表す]で示される光学活性含フッ素オキセタン。
【発明の効果】
【0034】
本発明の製造方法は触媒的な不斉合成法であり、量論量の不斉源を必要とせず、特に、高い基質濃度で(反応溶媒の少ない使用量で)、または反応溶媒の非存在下(ニート)で反応を行うことにより、不斉触媒の使用量を劇的に低減することができる。さらに、目的とする光学活性含フッ素オキセタンが収率良く極めて高い光学純度で得られ、分離の難しい不純物が殆ど含まれず、化学純度の高い生成物が得られるため、その有用性は明らかである。
【0035】
この様に、本発明は、重要な医農薬中間体に成り得る光学活性含フッ素オキセタンの実用的な製造方法を提供するものである。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明の光学活性含フッ素オキセタンの製造方法について詳細に説明する。
【0037】
一般式[1]で示される含フッ素α−ケトエステルのRfはパーフルオロアルキル基を表し、炭素数が1から12のものが挙げられ、炭素数が3以上のものは直鎖、分枝または環式を採ることができる。一般式[1]で示される含フッ素α−ケトエステルのR1はアルキル基を表し、炭素数が1から12のものが挙げられ、炭素数が3以上のものは直鎖、分枝または環式を採ることができる。含フッ素α−ケトエステルの中でも容易に製造でき工業的な利用も可能な、Rfがトリフルオロメチル基で、且つR1がメチル基またはエチル基のものが好ましく、光学活性含フッ素オキセタンの製造に好適である。
【0038】
一般式[1]で示される含フッ素α−ケトエステルの使用量は、一般式[2]で示されるアシルアルケニルエーテル1モルに対して0.2モル以上を用いれば良く、0.3から7モルが好ましく、0.4から5モルが特に好ましい。
【0039】
一般式[2]で示されるアシルアルケニルエーテルのR2、R3、R4およびR5は、それぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表す。アルキル基は、炭素数が1から12のものが挙げられ、炭素数が3以上のものは直鎖、分枝または環式を採ることができる。芳香環基は、炭素数が1から18の、フェニル基、ナフチル基、アントリル基等の芳香族炭化水素基、またはピロリル基、フリル基、チエニル基、インドリル基、ベンゾフリル基、ベンゾチエニル基等の窒素原子、酸素原子または硫黄原子等のヘテロ原子を含む芳香族複素環基を採ることができる。置換アルキル基および置換芳香環基は、アルキル基または芳香環基の任意の炭素原子上に、任意の数でさらに任意の組み合わせで、置換基を有することができる。係る置換基としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素のハロゲン原子、アジド基、ニトロ基、メチル基、エチル基、プロピル基等の低級アルキル基、フルオロメチル基、クロロメチル基、ブロモメチル基等の低級ハロアルキル基、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基等の低級アルコキシ基、フルオロメトキシ基、クロロメトキシ基、ブロモメトキシ基等の低級ハロアルコキシ基、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、ジプロピルアミノ基等の低級アルキルアミノ基、メチルチオ基、エチルチオ基、プロピルチオ基等の低級アルキルチオ基、シアノ基、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、プロポキシカルボニル基等の低級アルコキシカルボニル基、アミノカルボニル基、ジメチルアミノカルボニル基、ジエチルアミノカルボニル基、ジプロピルアミノカルボニル基等の低級アルキルアミノカルボニル基、低級アルケニル基、低級アルキニル基等の不飽和基、フェニル基、ナフチル基、ピロリル基、フリル基、チエニル基等の芳香環基、フェノキシ基、ナフトキシ基、ピロリルオキシ基、フリルオキシ基、チエニルオキシ基等の芳香環オキシ基、ピペリジル基、ピペリジノ基、モルホリニル基等の脂肪族複素環基、ヒドロキシル基、ヒドロキシル基の保護体、アミノ基(アミノ酸またはペプチド残基も含む)、アミノ基の保護体、チオール基、チオール基の保護体、アルデヒド基、アルデヒド基の保護体、カルボキシル基、カルボキシル基の保護体等が挙げられる。なお、本明細書において、次の各用語は、それぞれ次に掲げる意味で用いられる。“低級”とは、炭素数が1から6の、直鎖または枝分れの鎖式、または環式(炭素数が3以上の場合)を意味する。“不飽和基”が二重結合の場合(アルケニル基)は、E体またはZ体の両方の幾何異性を採ることができる。“ヒドロキシル基、アミノ基、チオール基、アルデヒド基およびカルボキシル基の保護基”としては、Protective Groups in Organic Synthesis,Third Edition,1999,John Wiley & Sons,Inc.に記載された保護基等を用いることができる(2つ以上の官能基を1つの保護基で同時に保護することもできる)。また、“不飽和基”、“芳香環基”、“芳香環オキシ基”および“脂肪族複素環基”には、ハロゲン原子、アジド基、ニトロ基、低級アルキル基、低級ハロアルキル基、低級アルコキシ基、低級ハロアルコキシ基、低級アルキルアミノ基、低級アルキルチオ基、シアノ基、低級アルコキシカルボニル基、アミノカルボニル基、低級アルキルアミノカルボニル基、ヒドロキシル基、ヒドロキシル基の保護体、アミノ基、アミノ基の保護体、チオール基、チオール基の保護体、アルデヒド基、アルデヒド基の保護体、カルボキシル基、カルボキシル基の保護体等が置換することもできる。これらの置換基の中には、副反応に関与するものもあるが、好適な反応条件を採用することにより所望の反応を良好に行うことができる。アシルアルケニルエーテルの中でも安価に製造でき工業的な利用も可能な、R2が水素原子またはアルキル基で、R3、R4およびR5が全て水素原子のものが好ましく、光学活性含フッ素オキセタンの製造に好適である。アシルアルケニルエーテルは、反応に供する直前に蒸留精製することで好結果が得られる場合がある。
【0040】
アシルアルケニルエーテルに類似のアルキルアルケニルエーテルやシリルアルケニルエーテルは、ルイス酸に対して不安定で容易に重合する。よって、ルイス酸性の弱い不斉触媒を用いる必要があり(ルイス酸性の強い不斉触媒を用いることができず)、不斉触媒の使用量を劇的に低減することができない。また、アルキルアルケニルエーテルでは、所望のオキセタン骨格が反応を通して生成しない。シリルアルケニルエーテルでは、オキセタン骨格を生成させるにはトリイソプロピルシリルアルケニルエーテルの様な立体的に嵩高いシリル基を有する基質を用いる必要があり、原料基質として高価である。
【0041】
「光学活性な配位子を有する遷移金属錯体」としては、一般式[7]
【0042】
【化10】

【0043】
[式中、X−*−Xは光学活性SEGPHOS誘導体(図A)、光学活性BINAP誘導体(図B)、光学活性BIPHEP誘導体(図C)、光学活性P−Phos誘導体(図D)、光学活性PhanePhos誘導体(図E)、光学活性1,4−Et2−cyclo−C68−NUPHOS(図F)または光学活性BOX誘導体(図G)等を表し、YはNi、Pd、PtまたはCuを表し、ZはSbF6、ClO4、BF4、OTf(Tf;CF3SO2)、AsF6、PF6またはB(3,5−(CF32634を表す]で示される「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体」
【0044】
【化11】

【0045】
【化12】

【0046】
【化13】

【0047】
【化14】

【0048】
【化15】

【0049】
【化16】

【0050】
【化17】

【0051】
または、一般式[8]
【0052】
【化18】

【0053】
[式中、Rは水素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子またはトリフルオロメチル基を表し、Meはメチル基を表す]で示されるBINOL−Ti錯体等が挙げられる。
【0054】
その中でも「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体」が好ましく、「光学活性な配位子を有する2価カチオン性のパラジウム錯体」が特に好ましい(光学活性な配位子としては代表的なものを挙げており、CATALYTIC ASYMMETRIC SYNTHESIS,Second Edition,2000,Wiley−VCH,Inc.に記載されたものを適宜使用することができる。また、Zとしては、SbF6、BF4、OTfおよびB(3,5−(CF32634が好ましく、SbF6、OTfおよびB(3,5−(CF32634が特に好ましい)。
【0055】
これらの錯体は公知の方法により調製することができ(例えば、Tetrahedron Letters(英国),2004年,第45巻,p.183−185、Tetrahedron:Asymmetry(英国),2004年,第15巻,p.3885−3889、Angew.Chem.Int.Ed.(ドイツ国),2005年,第44巻,p.7257−7260、J.Org.Chem.(米国),2006年,第71巻,p.9751−9764、J.Am.Chem.Soc.(米国),1999年,第121巻,p.686−699、nature(英国),1997年,第385巻,p.613−615等)、単離した錯体は当然、それ以外に、反応系中で予め調製し単離せずに用いることもできる。これらの錯体には水やアセトニトリル等の有機溶媒が配位(溶媒和)したものを用いることもできる。
【0056】
また、一般式[9]
【0057】
【化19】

【0058】
[式中、X−*−X、YおよびZは一般式[7]と同じものを表す]で示される「光学活性な配位子を有するカチオン性2核の遷移金属錯体」も、一般式[7]で示される「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体」と同様に用いることができる場合がある。
【0059】
光学活性な配位子の立体化学[(R)、(S)、(R,R)、(S,S)等]としては、目的とする光学活性含フッ素オキセタンの立体化学に応じて適宜使い分けることができる。光学活性な配位子の光学純度としては、目標とする光学活性含フッ素オキセタンの光学純度に応じて適宜設定すれば良く、通常は95%ee(エナンチオマー過剰率)以上を用いれば良く、97%ee以上が好ましく、99%ee以上が特に好ましい。これらの光学活性な配位子の中でも、BINAP誘導体が両エナンチオマーを最も安価に入手することができ、かつ不斉触媒に誘導した時の活性も極めて高いため好適であり、BINAPおよびTol−BINAPが好ましく、BINAPが特に好ましい。
【0060】
「光学活性な配位子を有する遷移金属錯体」の使用量は、一般式[2]で示されるアシルアルケニルエーテル1モルに対して0.4モル以下を用いれば良く、0.3から0.00001モルが好ましく、0.2から0.0001モルが特に好ましい。
【0061】
反応溶媒としては、n−ペンタン、n−ヘキサン、シクロヘキサン、n−ヘプタン等の脂肪族炭化水素系、ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン等の芳香族炭化水素系、塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素系、ジエチルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、1,4−ジオキサン等のエーテル系等が挙げられる。その中でも芳香族炭化水素系、ハロゲン化炭化水素系およびエーテル系が好ましく、芳香族炭化水素系およびハロゲン化炭化水素系が特に好ましい。これらの反応溶媒は単独または組み合わせて用いることができる。また、本発明の製造方法は反応溶媒の非存在下(ニート)で反応を行うこともできる。この場合には「光学活性な配位子を有する遷移金属錯体」の使用量を劇的に低減することができ、本発明の好ましい態様の1つである。
【0062】
反応溶媒を用いる場合、反応溶媒の使用量は、特に制限はないが、一般式[2]で示されるアシルアルケニルエーテル1モルに対して0.01L以上を用いれば良く、0.05から50Lが好ましく、0.1から30Lが特に好ましい。また、本発明の製造方法は高い基質濃度で(反応溶媒の少ない使用量で)反応を行うことにより、「光学活性な配位子を有する遷移金属錯体」の使用量を劇的に低減することができ、本発明の好ましい態様の1つである。係る基質濃度としては、一般式[2]で示されるアシルアルケニルエーテル1モルに対して1L未満を用いれば良く、0.5L以下が好ましく、0.3L以下が特に好ましい。
【0063】
反応温度は、−80から+150℃の範囲で行えば良く、−70から+125℃が好ましく、−60から+100℃が特に好ましい。
【0064】
反応時間は、72時間以内の範囲で行えば良く、原料基質、不斉触媒および反応条件により異なるため、ガスクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴(NMR)等の分析手段により反応の進行状況をモニターし、原料基質が殆ど消失した時点を終点とすることが好ましい。
【0065】
後処理は、反応終了液に対して有機合成における一般的な操作を行うことにより、目的とする一般式[3]で示される光学活性含フッ素オキセタンを得ることができる。粗生成物は必要に応じて活性炭処理、蒸留、再結晶、カラムクロマトグラフィー等の操作により、高い純度に精製することができる。本発明で用いる不斉触媒はルイス酸の一種である。目的生成物が酸に不安定な場合でも、低温で反応を行い、反応終了液にトリエチルアミンの様な有機塩基(触媒毒)を直接加えることにより、目的生成物の分解や副反応を効果的に抑えることができる。反応終了液に有機塩基を加え(反応処理液)、ショートカラムに直接付し、濾洗液を濃縮し、残渣をカラムクロマトグラフィーで精製することにより、比較的簡便な操作で高純度品を得ることができる。
【0066】
また、一般式[2]で示されるアシルアルケニルエーテルのR4またはR5が水素原子の場合には、生成物である一般式[3]で示される光学活性含フッ素オキセタンが開環して、一般式[10]
【0067】
【化20】

【0068】
[式中、Rfはパーフルオロアルキル基を表し、R1はアルキル基を表し、R2、R3、R4およびR5はそれぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表し、*は不斉炭素を表し、波線は二重結合の立体化学がE体、Z体、またはE体とZ体の混合物であることを表す]で示される光学活性含フッ素オキセタン開環体として得られることもある。よって、本発明の請求項に記載した一般式[3]で示される光学活性含フッ素オキセタンには、一般式[10]で示される光学活性含フッ素オキセタン開環体も含まれるものとして扱う。
【実施例】
【0069】
実施例により本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0070】
[実施例2]から[実施例8]は[実施例1]と同様に行い、[実施例1]から[実施例9]の結果を表−1に纏めた。基質濃度の表示については、基準となる原料基質1モルに対して反応溶媒を0.5L、1L、2L用いた場合、それぞれ2M、1M、0.5Mと表示した。
[実施例1]
トルエン1.0mLに、下記式
【0071】
【化21】

【0072】
で示される(R)−BINAP−PdCl28.0mg(0.01mmol)とAgSbF67.6mg(0.022mmol)を窒素雰囲気下で加え、室温で30分間攪拌した(一般式[7]で示される「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体(X−*−X;(R)−BINAP、Y;Pd、Z;SbF6)」が反応系中で生成)。下記式
【0073】
【化22】

【0074】
で示される含フッ素α−ケトエステル34.0mg(0.2mmol)と、下記式
【0075】
【化23】

【0076】
で示されるアシルアルケニルエーテル8.6mg(0.1mmol)を−20℃で加え、同温度で15時間攪拌し(反応終了液)、トリエチルアミン218mg(2.2mmol)を加えた。反応処理液をショートカラム(シリカゲル/酢酸エチル:n−ヘキサン=1:1)に直接付し、濾洗液を減圧濃縮した。残渣を1H−NMRにより定量したところ、下記式
【0077】
【化24】

【0078】
で示される光学活性含フッ素オキセタンの+体が22.8mg含まれていた。収率は89%であった。ジアステレオマー比は1H−NMRにより23/77であった。エナンチオマー過剰率はキラルガスクロマトグラフィー(CP−Chirasil−Dex CB)により、それぞれ91%ee、98%eeであった。1H、13Cおよび19F−NMRを下に示す。
1H−NMR(300.1MHz,CDCl3,(CH34Si)δ1.33(t,J=7.2Hz,3H),2.12(s,3H),3.04(ddd,J=0.3Hz,4.2Hz,13.2Hz,2H),3.27(dd,J=5.4Hz,13.2Hz,2H),4.35(q,J=7.2Hz,2H),6.48(dd,J=5.4Hz,4.2Hz,1H).
13C−NMR(75.5MHz,CDCl3,(CH34Si)δ13.7,20.6,33.5,62.9,78.2(q,JC-F=34.0Hz),93.5,122.8(q,JC-F=283.1Hz),165.5,168.8.
19F−NMR(282.4MHz,CDCl3,C65CF3)δ−79.5.
[実施例9]
下記式
【0079】
【化25】

【0080】
で示される含フッ素α−ケトエステル1.70g(10mmol)に、下記式
【0081】
【化26】

【0082】
で示される(R)−BINAP−PdCl24.0mg(0.005mmol)とAgSbF63.8mg(0.011mmol)を窒素雰囲気下で加え、室温で30分間攪拌した(一般式[7]で示される「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体(X−*−X;(R)−BINAP、Y;Pd、Z;SbF6)」、または、下記式
【0083】
【化27】

【0084】
で示される“「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体」と含フッ素α−ケトエステルの錯体”が反応系中で生成)。下記式
【0085】
【化28】

【0086】
で示されるアシルアルケニルエーテル430mg(5mmol)を−20℃で加え、同温度で48時間攪拌し(反応終了液)、トリエチルアミン218mg(2.2mmol)を加えた。反応処理液をショートカラム(シリカゲル/酢酸エチル:n−ヘキサン=1:1)に直接付し、濾洗液を減圧濃縮した。残渣をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル/酢酸エチル:n−ヘキサン=1:4)で精製することにより、下記式
【0087】
【化29】

【0088】
で示される光学活性含フッ素オキセタンの+体を1.10g得た。収率は86%であった。ジアステレオマー比は1H−NMRにより8/92であった。エナンチオマー過剰率はキラルガスクロマトグラフィー(CP−Chirasil−Dex CB)により、それぞれ20%ee、96%eeであった。比旋光度は[α]D24 +48.86(c=1.13 in CHCl3)であった。1H、13Cおよび19F−NMRは[実施例1]と同様であった。
【0089】
【表1】

【0090】
[実施例10]
下記式
【0091】
【化30】

【0092】
で示される含フッ素α−ケトエステル5.00g(29.4mmol)に、下記式
【0093】
【化31】

【0094】
で示される(S)−BINAP−PdCl2120mg(0.150mmol)とAgSbF6113mg(0.329mmol)を窒素雰囲気下で加え、室温で30分間攪拌した(一般式[7]で示される「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体(X−*−X;(S)−BINAP、Y;Pd、Z;SbF6)」、または、下記式
【0095】
【化32】

【0096】
で示される“「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体」と含フッ素α−ケトエステルの錯体”が反応系中で生成)。下記式
【0097】
【化33】

【0098】
で示される含フッ素α−ケトエステル46.0g(270mmol)と、下記式
【0099】
【化34】

【0100】
で示されるアシルアルケニルエーテル12.9g(150mmol)を−20℃で加え、同温度で48時間攪拌し(反応終了液)、トリエチルアミン6.68g(66.0mmol)を加えた。反応処理液をショートカラム(シリカゲル/酢酸エチル:n−ヘキサン=1:1)に直接付し、濾洗液を減圧濃縮した。残渣を19F−NMRにより定量したところ、下記式
【0101】
【化35】

【0102】
で示される光学活性含フッ素オキセタンの−体が20.3g含まれていた。収率は53%であった。粗生成物を分別蒸留(沸点106℃/減圧度0.7kPa)で精製することにより主留17.3gを回収した。回収率は85%であった(トータル収率は45%であった)。主留のジアステレオマー比はガスクロマトグラフィーにより4/96であった。主ジアステレオマーのエナンチオマー過剰率はキラルガスクロマトグラフィー(CP−Chirasil−Dex CB)により98%eeであった。1Hおよび19F−NMRは[実施例1]と同様であった。
【0103】
[実施例11]
下記式
【0104】
【化36】

【0105】
で示される含フッ素α−ケトエステル5.00g(29.4mmol)に、下記式
【0106】
【化37】

【0107】
で示される(S)−BINAP−PdCl2120mg(0.150mmol)とAgSbF6113mg(0.329mmol)を窒素雰囲気下で加え、室温で30分間攪拌した(一般式[7]で示される「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体(X−*−X;(S)−BINAP、Y;Pd、Z;SbF6)」、または、下記式
【0108】
【化38】

【0109】
で示される“「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体」と含フッ素α−ケトエステルの錯体”が反応系中で生成)。下記式
【0110】
【化39】

【0111】
で示される含フッ素α−ケトエステル46.0g(270mmol)と、下記式
【0112】
【化40】

【0113】
で示されるアシルアルケニルエーテル15.0g(150mmol)を−20℃で加え、同温度で48時間攪拌し(反応終了液)、トリエチルアミン6.68g(66.0mmol)を加えた。反応処理液をショートカラム(シリカゲル/酢酸エチル:n−ヘキサン=1:1)に直接付し、濾洗液を減圧濃縮した。残渣を19F−NMRにより定量したところ、下記式
【0114】
【化41】

【0115】
で示される光学活性含フッ素オキセタンの−体が22.0g含まれていた。収率は54%であった。粗生成物を分別蒸留で精製することにより主留18.6gを回収した。回収率は85%であった(トータル収率は46%であった)。主留のジアステレオマー比はガスクロマトグラフィーにより4/96であった。主ジアステレオマーのエナンチオマー過剰率はキラルガスクロマトグラフィー(CP−Chirasil−Dex CB)により97%eeであった。1Hおよび19F−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si,重溶媒;CDCl3];δ ppm/1.16(t,3H),1.35(t,3H),2.42(m,2H),3.08(m,1H),3.29(m,1H),4.38(q,2H),6.52(m,1H).
19F−NMR(基準物質;C66,重溶媒;CDCl3);δ ppm/+82.33(s,3F).

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]
【化1】

[式中、Rfはパーフルオロアルキル基を表し、R1はアルキル基を表す]で示される含フッ素α−ケトエステルと、一般式[2]
【化2】

[式中、R2、R3、R4およびR5はそれぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表す]で示されるアシルアルケニルエーテルを「光学活性な配位子を有する遷移金属錯体」の存在下に反応させることにより、一般式[3]
【化3】

[式中、Rf、R1、R2、R3、R4およびR5は上記と同じ置換基を表し、*は不斉炭素を表し(但し、R4とR5が同一の置換基の場合、これらが結合する炭素原子は不斉炭素でない)、波線は、アシルオキシ(R2CO2)基およびR4基の立体化学がRf基に対してそれぞれ独立にシン、アンチ、またはシンとアンチの混合物であることを表す]で示される光学活性含フッ素オキセタンを製造する方法。
【請求項2】
一般式[4]
【化4】

[式中、R6はメチル基またはエチル基を表す]で示される含フッ素α−ケトエステルと、一般式[5]
【化5】

[式中、R7は水素原子またはアルキル基を表す]で示されるアシルアルケニルエーテルを「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体」の存在下に反応させることにより、一般式[6]
【化6】

[式中、R6およびR7は上記と同じ置換基を表し、*は不斉炭素を表し、波線は、アシルオキシ(R7CO2)基の立体化学がCF3基に対してシン、アンチ、またはシンとアンチの混合物であることを表す]で示される光学活性含フッ素オキセタンを製造する方法。
【請求項3】
請求項2において、「光学活性な配位子を有する2価カチオン性の遷移金属錯体」が「光学活性な配位子を有する2価カチオン性のパラジウム錯体」であることを特徴とする、請求項2に記載の光学活性含フッ素オキセタンの製造方法。
【請求項4】
一般式[3]
【化7】

[式中、Rfはパーフルオロアルキル基を表し、R1はアルキル基を表し、R2、R3、R4およびR5はそれぞれ独立に水素原子、アルキル基、置換アルキル基、芳香環基または置換芳香環基を表し、*は不斉炭素を表し(但し、R4とR5が同一の置換基の場合、これらが結合する炭素原子は不斉炭素でない)、波線は、アシルオキシ(R2CO2)基およびR4基の立体化学がRf基に対してそれぞれ独立にシン、アンチ、またはシンとアンチの混合物であることを表す]で示される光学活性含フッ素オキセタン。
【請求項5】
一般式[6]
【化8】

[式中、R6はメチル基またはエチル基を表し、R7は水素原子またはアルキル基を表し、*は不斉炭素を表し、波線は、アシルオキシ(R7CO2)基の立体化学がCF3基に対してシン、アンチ、またはシンとアンチの混合物であることを表す]で示される光学活性含フッ素オキセタン。

【公開番号】特開2010−222345(P2010−222345A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−34169(P2010−34169)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人科学技術振興機構、産学共同シーズイノベーション化事業、育成ステージにおける「東京工業大学大学院理工学研究科教授 三上幸一」を研究リーダーとする研究課題「光学活性含フッ素化合物の工業的製造法の開発」の委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】