説明

光学素子の成形方法

【課題】本発明は、プレス成形において、曇りのない光学素子を得られ、歩留まりの向上、生産性の向上に寄与する光学素子の成形方法を提供する。
【解決手段】対向面が光学素子の成形面とされた一対の上型及び下型を互いに接近させて下型上に置かれた加熱軟化した光学素材を加圧して光学素子を成形する光学素子用成形型に、ビスマス系の光学素材を収容し、加熱して光学素材を軟化させる加熱工程と、軟化した光学素材を、プレス手段を用いて光学素子用成形型により加圧して光学素子形状を付与するプレス工程と、プレス工程後、冷却し、光学素子形状を付与した光学素材を固化させる冷却工程と、を有する光学素子の成形方法であって、プレス成形に先立って、加熱処理装置1により、光学素材50の粘度が1×107 dPa・s超1×1010dPa・s以下の範囲となる温度でヒータ3により加熱処理する光学素子の成形方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素子の成形方法に係り、特に、光学素材としてビスマス系光学素材を用いる光学素子のプレス成形において、光学素子の曇りの発生を抑制する光学素子の成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ガラス材料からなる光学素材を加熱により軟化させた後、得ようとする光学素子の形状をもとに精密加工された上型と下型の間でプレス成形して光学素子形状を付与し、これを冷却固化させて製造する光学素子のプレス成形方法が一般に使用されている。
【0003】
このようにして得られる光学素子は、その用途等に応じて光学定数をはじめとする特性を所望の値にするために、さまざまな元素が含まれた光学硝子(光学素材)から適したものを選択して成形される。このとき、高屈折率の光学素子を成形する場合には、ビスマス系ガラスからなる光学素材の使用が多い。ところが、ビスマス系ガラスのプレス成形は、光学素子に曇りが生じ易く、歩留まりが低下することがあった。
【0004】
この曇りは、高温環境下でのプレス成形により、酸化ビスマス(Bi2 3 )が還元され、水蒸気又は酸素ガスが生じ、このガスが光学硝子(光学素材)の外部に放出されることに起因すると考えられる。すなわち、ここで生じたガスは、プレス成形時に、成形型と光学素材の間に閉じ込められ、これが光学素子の表面に微小な孔を多数形成することで光学素子に曇りが生じ、歩留まりが低下すると考えられる。
【0005】
このような曇りの発生を抑制するために、成形に際して、光学素材を加熱する部分と、押圧成形する部分とを分離し、加熱時に、表面部の酸化ビスマスを十分に揮発させておき、その後成形することで曇りを抑制する方法が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−7221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1記載の方法のように、光学素材の粘度ηを10dPa・s未満となるまで加熱してしまうと、光学素材の表面に存在する高屈折率成分(ビスマス)が揮発し、屈折率の低い熱変質層が生成される。そして、この変質層が、成形時に部分的に層厚が異なる部分を発生させる原因となってしまう問題があった。
【0008】
また、このような粘度となるまで加熱すると、光学素材の流動、反応が活発になり、組成によっては分相や失透が発生してしまう。この分相や失透の発生により、外観的にも不良となり、求める光学性能も発揮し得ない、形状不良の光学素子となってしまうという問題があった。
【0009】
そこで、本発明は、上記の事情に対処したもので、従来と同じプレス成形操作で曇りの発生のない光学素子が得られ、さらに形状不良の発生を抑制し、歩留まりの向上、生産性の向上に寄与する光学素子の成形方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の光学素子の成形方法は、成形型の上型及び下型間にビスマス系の光学素材を収容し、前記光学素子を加熱して軟化させる加熱工程と、軟化した前記光学素材を、加圧して光学素子形状を付与するプレス工程と、プレス工程後、前記成形型を冷却して光学素子形状を付与した光学素材を固化させる冷却工程と、を有する光学素子の成形方法であって、前記加熱工程に先立って、前記光学素材を、粘度ηが1×107 dPa・s超1×1010dPa・s以下の範囲となる温度で加熱処理する加熱処理工程を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の光学素子の成形方法によれば、プレス成形に先立って加熱処理工程を行うことでビスマス濃度の低減された光学素材を用いるため、プレス成形においてビスマスに起因すると考えられる光学素子の曇りを効果的に抑制できる。さらに、この光学素子の成形方法によれば、光学素材の表面における熱変性層の生成を抑制することで、プレス成形による形状不良の発生を低減させて、製品の歩留まりを向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の加熱処理工程を説明する図である。
【図2】本発明のプレス工程の動作を説明する図である。
【図3】実施例で使用した光学素材の粘度曲線を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0014】
本発明の光学素子の成形方法は、加熱、プレス、冷却の一連のプレス成形操作に先立って、光学素子を製造する際に用いる光学素材(プリフォーム)を、予め、その粘度ηが1×107 dPa・s超1×1010dPa・s以下となる温度にまで加熱処理する。ここで用いられる光学素材は、プレス成形時にガス発生等により問題があるとされるビスマス系の光学素材である。
【0015】
本発明で用いる光学素材は、光学素材を高屈折率化でき、それに加えてガラスを軟化させる効果があるBi2 3 が必須の成分である。このBi2 3 は、光学素材中に10モル%以上、好ましくは20モル%以上含有する場合に、本発明が好適に作用する。また、光学素材中のその他の成分としては、光学素材に用いられる公知の成分が挙げられ、例えば、P2 5 、B2 3 ,Na2 O,K2 O,Nb2 5 ,WO3 ,Al2 3 ,GeO2 ,Ga2 3 ,ZrO2 ,Gd2 3 ,La2 3 ,Y2 3 ,Ta2 5 ,MgO,CaO,SrO等が挙げられる。
【0016】
本発明においては、まず、この光学素材を加熱処理することで、光学素材の表面に存在するビスマスを揮発させ、表面層のビスマス濃度を低減させる。これにより、プレス成形時に光学素材と光学素子成形型との間にガスが発生するのを防止し、形状の良好な光学素子を歩留まり良く成形できる。
【0017】
本発明においては、この加熱処理時に、光学素材の粘度ηを1×107 dPa・s超1×1010dPa・s以下の範囲とする点が特徴である。従来、公知の技術としては、光学素材の粘度ηを107 dPa・s未満とするものが知られているが、このように低粘度としてしまうと、光学素材が自重により変形してしまい、その後のプレス成形において形状不良が生じ易くなってしまう。なお、この粘度ηは1×107 dPa・s超1×107.5dPa・s以下の範囲がビスマスを効率的に蒸発させ、なおかつ自重による変形や、ビスマス表面濃度が低下しすぎることによる屈折率の変化・割れ等の外観異常がでない点から好ましい。
【0018】
このときの粘度ηの測定方法は、たとえば伸長法・ビームベンディング法・貫入法・回転円筒法・平行平板法などがある。測定方法は特に限定されるものではないが、ここでは平行平板法で測定した値を用いる。また、上記のようなビスマス系の光学素材を上記の粘度範囲とするには、その加熱温度を500〜580℃とすればよく、このような温度範囲が光学素材への熱的影響を抑制できる点で好ましい。
【0019】
すなわち、従来のように107 dPa・s未満となる粘度まで加熱処理してしまうと、熱的影響により光学素材の表面に存在する高屈折率成分(ビスマス)が揮発した箇所で、屈折率の低い熱変質層が生成され、この変質層により成形した際に部分的に層厚が異なる部分が生じる場合がある。この層厚の違いによって、得られる光学素子の表面形状が所望の形状とならなかったり、変質層がひび割れする等により外観不良を生じたり、光学素子として求められる特性を有しないことが多かった。
【0020】
本発明は、従来と同様に光学素材の表面からビスマスが除去されるため、本発明の光学素子の成形方法は、光学素材をプレス成形する際に光学素材からのガスの発生が抑制され、得られる光学素子が曇るのを防止できる。さらに、光学素材が上記粘度範囲となるようにして加熱処理する本発明は、上記の通り光学素材の変形や変質を抑制できるため、プレス工程で得られる光学素子の形状不良を防止して、光学素子の製造歩留まりを向上させる。
【0021】
この加熱処理工程は、具体的には、図1に例示したような加熱処理装置1を用いる。
【0022】
加熱処理装置1は、光学素子を成形するための光学素材50の粘度ηを1×107 dPa・s超1×1010dPa・s以下の範囲となる温度に加熱するための加熱手段であり、光学素材50の支持部2aを有し、加熱空間を囲む壁体2と、その上下に加熱空間を昇温させるヒータ3が設けられている。
【0023】
この加熱処理装置1は、後述するプレス成形を行う成形装置と別に設けてもよいし、一体的に設けてもよい。また一体的に設ける場合でも、プレス成形室とは別に設けることが、加熱処理時の熱や発生するガス等が光学素子に影響を与えないようにできる点で好ましい。別室として設けた場合には、加熱処理工程が終わった後に壁体2をそのままアーム等により、加熱処理済の光学素材を成形室内に移動するようにすればよい。
【0024】
次に、上記した加熱処理工程を経て得られた光学素材を、プレス成形用の光学素材とする。なお、本発明の光学素子の成形方法におけるプレス成形は、通常のプレス成形と同様の条件で成形すればよい。
【0025】
以下、図2を参照しながら、加熱処理済の光学素子のプレス成形について説明する。ここで、図2は本発明の一実施形態である光学素子用成形型を用いたプレス工程を説明する図である。
【0026】
まず、本実施形態で用いる光学素子用成形型について説明する。図2に示したように、本実施形態で用いる光学素子用成形型11は、光学素子の上面を成形する上型12、光学素子の下面を成形する下型13、上型12及び下型13を内挿し摺動させて、光学素子の中心軸の位置合わせを行う円筒状の内胴14と、内胴14の外周に嵌合され、上型12及び下型13の上下方向の距離を規制するための円筒状の外胴15と、から構成されている。
【0027】
本実施形態において、上型12及び下型13は、それぞれ円柱状の胴部を基本形状とする部材であり、これらの上型12及び下型13は光学素子を形成するため、上型12には光学素子の上面を形成する上成形面が、下型13には光学素子の下面を形成する下成形面が形成されている。そして、上型12及び下型13は、これら上成形面と下成形面とを対向させてなる一対の成形型として使用される。
【0028】
また、内胴14は、中空円筒形状に形成されており、その中空部分は上記した上型12及び下型13の円柱状の胴部が嵌合可能なようになっている。この内胴14は、上型12及び下型13を嵌合してプレスする際に、これら上型12及び下型13をそれぞれ上下の開口から摺動可能に挿入され、それらの光学中心軸を同軸上に規制するように位置合わせして、形成される光学素子の光学機能面を同軸のものとする。
【0029】
次に、外胴15は、内胴14と同様に中空円筒形状であるが、その中空部分は内胴14が嵌合され、上型12及び下型13間の距離を規制する。具体的には、この外胴15は、プレス成形時において、上型12及び下型13を互いに接近させて下型13上に置かれた光学素材50を加圧するときに、その加圧のためのプレス手段20a、20bの加圧面間の距離を規制することで、上型12及び下型13の距離を規制する。ここで、外胴15は、内胴14と同一の中心軸を有する。
【0030】
この光学素子成形型11は、超硬合金、セラミックス等の素材からなり、上型12及び下型13には、成形する光学素子の面形状を転写するための成形面がそれぞれ対向する面に形成されている。この図2では、成形型として両凸形状の光学素子を製造するものを図示したが、光学素子形状はこれに限定されずに、両凹、平凸、平凹、凸メニスカス、凹メニスカス形状のいずれの形状を成形する成形型であっても使用できる。
【0031】
なお、外胴15は、上記セラミックス以外にも、ステンレス、インコネル(大同スペシャルメタル株式会社製、商品名)等の耐熱性のある金属を使用でき、ステンレス製とすると、加工が容易で、熱膨張量が大きく安価である点で好ましい。また、このとき、室温からプレス成形の成形温度における、外胴の上下方向における熱膨張量を、光学素材の上下方向の熱膨張量よりも大きくすることが好ましい。このような熱膨張量の関係とすることで、成形操作において光学素子に圧力の抜ける時間を生じさせずに、安定に成形できる。
【0032】
次に、この光学素子用成形型11を用いた光学素子の成形方法について説明する。
【0033】
まず、本発明の光学素子の成形方法に用いる成形装置について説明するが、この成形装置は光学素子を成形するための成形室となるチャンバーと、該チャンバーの内部に設けた成形型を加熱して光学素材を軟化させる加熱手段と、加熱軟化した光学素材をプレス成形させるプレス手段と、プレス成形による光学素子形状が付与された光学素材を冷却する冷却手段と、が、この順番に並べられてなる。
【0034】
ここで、成形室であるチャンバーは、その内部において、光学素材50を軟化し、変形を容易にするために高温に加熱されるものであり、成形型11が酸化されないように、チャンバー内雰囲気を窒素等の不活性ガス雰囲気とする。この不活性ガス雰囲気とするには、チャンバーを密閉構造として内部雰囲気を置換すればよいが、半密閉構造として、不活性ガスを常時チャンバー内に供給して、チャンバー内を陽圧にしながら外部の空気が流入しないようにして不活性ガス雰囲気を維持してもよい。
【0035】
ここで、加熱手段は、その内部にヒータが埋め込まれた上下一対の加熱プレートから構成され、成形型に収容された光学素材を軟化させる。この加熱プレートは、上下一対の加熱プレートを成形型の上型、下型にそれぞれ接触させることで、上型及び下型を加熱でき、さらに成形型内部に収容されている光学素材も加熱できる。
【0036】
また、プレス手段は、その内部にヒータが埋め込まれた上下一対のプレスプレートから構成され、上下のプレスプレート間の距離を狭めることにより、そのプレートの加圧面を成形型と接触させ上型と下型との距離を狭めて、成形型内に収容された光学素材を軟化状態のまま押圧して変形させ、上型及び下型の光学成形面形状を光学素材に付与することで光学素子を成形する。このプレスプレートを用いたプレスは前段階の加熱温度を維持しながら行われる。
【0037】
最後に、冷却手段は、その内部に、ヒータが埋め込まれた上下一対の冷却プレートから構成され、成形型を冷却することにより光学素子形状が付与された光学素材を冷却、固化する。この冷却プレートは、上下一対の冷却プレートを成形型の上型、下型にそれぞれ接触させることで、上型及び下型を冷却し、さらに成形型内部に収容されている光学素材も冷却できる。
【0038】
そして、光学素子用成形型11は、これら加熱手段、プレス手段、冷却手段の各手段間を順次移動しながら所定の処理が施され、この手段間の移動は図示していないがロボットアーム等により行われる。
【0039】
まず、上記した光学素子の製造装置を用い、光学素子用成形型11の内部に光学素材を収容し、加熱プレートにそれぞれ上型12及び下型13を接触させて光学素子用成形型を加熱して、予め所定の温度まで熱して光学素材を軟化させる。
【0040】
次いで、光学素子用成形型11に収容した光学素材50をプレス成形するために、まず、加熱された光学素子用成形型11をプレス手段であるプレスプレート20b上に移動させ、載置する(図2(a))。
【0041】
その後、プレスプレート20aを押し下げてプレスプレート20a及び20bによりプレス成形するが、プレスプレート20aを下降させると、プレスプレート20aは上型12と接触して上型2を押し下げていく。上型12が押し下げられると、光学素材50はその圧力により変形し、プレス成形される。このプレス成形では、プレスプレート20aが外胴15により規制されるまで下降させて押し切られ、プレスプレート20a,20b間の距離は、外胴15の高さにより決定され、このとき、光学素材50が所定の厚みになる(図2(b))。
【0042】
この加熱及びプレス工程において、光学素材は、変形が容易な屈伏点以上に加熱されるが、一般的には、軟化点まで温度を上げるとレンズ表面が白濁するので屈伏点(At)から軟化点の間の温度に設定する。
【0043】
この加熱温度は、光学素材が加圧変形できる温度であればよく、屈伏点と軟化点との中間付近の温度が好ましい。加熱手段及びプレス手段を所定の温度に設定して、加熱することで、これら加熱手段及びプレス手段に接触した上型12及び下型13は、温度が昇温していき設定温度と同じ温度にまで加熱される。
【0044】
プレス工程では、上記したように成形型の上下から圧力をかけることで光学素材50をプレス成形し、これにより光学素材には上型12及び下型13の光学成形面が転写され、光学素子形状が付与される。
【0045】
このプレス工程におけるプレス時の圧力は、2.5〜37.5N/mmが好ましく、例えば、10〜20N/mmが特に好ましい。ここで言うプレス時の圧力とは、光学素材に加わる圧力を指す。
【0046】
なお、このプレス工程において、光学素材中に含有する酸化ビスマス(Bi2 3 )が加熱状態になるため光学素材表面からO2 ガスを放出し、これが曇りの原因になっていると考えられる。すなわち、光学素材表面から放出されたガスは、光学素材とプレス成形中の成形型との間で他に逃げ場が無くなり、そのままプレス成形されると、そのガスの体積分だけ光学素材表面に微小な孔を形成し、この微小な孔が多数集まることによって曇りが生じると考えられる。
【0047】
本発明においては、プレス成形前に、光学素材を事前に加熱処理することで、光学素材表面からプレス成形中に生じるO2 ガス量を大幅に低減させる。こうすることで、O2 ガスによる光学素子表面への微小な孔の形成を抑制して、曇りを生じさせないようにした。
【0048】
そして、プレス工程で光学素材に光学素子形状を付与した後、光学素子用成形型11を、今度は冷却プレート上に移動させて、冷却プレートと光学素子用成形型11を接触させて、光学素子用成形型11を冷却することによって、光学素材を冷却、固化する。
【0049】
この冷却工程においては、成形された光学素材50が、歪点以下になるまで冷却することが好ましい。この冷却工程においても、光学素材50への加圧を継続することが好ましく、上記歪点以下の温度になるまで加圧を続けることがより好ましい。
【0050】
さらに、この冷却中に、光学素材の温度がガラス転移点以下になったところで、光学素材に加圧する圧力を変化させることが好ましい。例えば、光学素材50の温度が、ガラス転移点以上のときにはプレス時の圧力と同じ圧力としておき、ガラス転移点よりも低い温度になってからは圧力を高くする等、段階的に加圧してもよい。
【0051】
ガラス転移点以上の温度において、ガラス転移点以下の温度の圧力より低圧にするのは、肉厚バラツキを抑えるためであり、ガラス転移点以下の温度域では押込み量がほとんど無いので増圧しても問題ない。すなわち、光学素材が硬化状態に近づくガラス転移点(Tg)付近までは低い圧力で保圧し、ガラス転移点(Tg)付近からそれ以下の温度となり光学素材が固化するまで、より高い圧力をかける。このように冷却工程において圧力を継続してかけることにより光学素子の面形状が安定する。
【0052】
なお、ここで、低い圧力とは2.5N/mm以下、高い圧力とは2.5N/mm超である。また、光学素材が歪点以下となり、固化した後は、さらに20N/mm超となるような高い圧力をかけてもよい。このように段階的に圧力を高めることで光学素子の面ワレが生じる等の不具合が生じることを抑制し、形状精度を向上できる。また、固化した後の圧力としては、光学素材にワレが生じる等の不具合が生じない限りはどのような圧力でもよいが、通常、30N/mm程度が上限である。上記では2段階に圧力を増加させていく例を説明したが、それ以上の多段階として増圧してもよい。本明細書において、面ワレとは、光学素子が成形型から離型する際に、一部だけが先に離型し、その後に残りが離型した場合に、曲率が不連続な光学面が形成されて非球面形状精度が悪化する不良が生じる離型異常のことをいう。
【0053】
そして、この冷却工程においては、成形型をさらに冷却させるために、例えば、水冷手段上へ移動させて冷却を行うことが好ましい。この水冷手段による冷却は、冷却工程で冷却された光学素材をさらに急冷し、光学素材を歪点付近の温度から成形型が酸化しない温度の200℃以下まで冷却させる。ここで用いる水冷手段は、上記冷却手段の冷却プレート内部に埋め込まれたヒータに換えて冷却水を循環させる構成が挙げられる。
【0054】
このようにして冷却、固化して得られた光学素子は、必要に応じてアニール工程等に付されて歪み等を除去する等の後処理を施し、さらにその外周部を切削等により所望の径を有する光学素子形状に加工し、反射防止コート等を施して最終的な製品とされる。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0056】
(実施例1)
酸化ビスマスを22.2モル%含有するリン酸ビスマスニオブ系の光学素材を用意し、これを図1に示した加熱処理装置1により、常温より570℃まで10分で加熱し、570℃で2分間保持したあと、常温に戻した。このとき、光学素材の粘度ηは1×107.3dPa・sであった。なお、ここで使用した光学素材の粘度曲線を図3に示した。
【0057】
加熱処理済みの光学素材を使用し、光学素子用成形型を用いて以下の通り光学素子を成形した。
【0058】
なお、ここで用いた光学素子用成形型は、タングステンカーバイドからなる超硬合金製であり、プレス成形により、直径15mm、中心厚さ4mm、周辺厚さ2mmの両凸形状の光学素子が得られる。上型は胴部の直径がφ17mm、フランジの直径がφ23mm、厚みが3mmであり、下型は胴部の直径がφ17mm、フランジの直径がφ23mm、厚みが3mmであり、内胴はその円筒状の内径がφ17mmで上型及び下型とはクリアランスを5μm設け、外径がφ23mm、長さが18mmである。なお、外胴はSUS316L製で、その円筒状の内径がφ23.2mm、外径がφ29mm、長さが24.9mmのものを用いた。
【0059】
まず、光学素子用成形型の内部に、直径φ10.7mmで、厚さが6.7mmの楕円球形状した加熱処理済の光学素材を収容し、成形型を535℃に加熱した。なお、この光学素材のガラス転移点(Tg)は483℃、屈伏点(At)は522℃である。
【0060】
光学素材を収容した成形型を、530℃程度に予備加熱した後、搬送手段により535℃に加熱されたプレスプレート20b上に搬送して載置すると同時に、プレスプレート20bと同じ温度に維持されたプレスプレート20aを、下降させて上型12に接触させ、上型12、下型13及び光学素材50を120秒間十分に加熱し、昇温させて光学素材を軟化状態とした。
【0061】
次に、上型12、下型13及び光学素材50が十分に加熱され、プレスプレート20a及び20bと同程度の温度(535℃程度)となったところで、プレスプレート20aをさらに下降させ、上型12及び下型13により光学素材50をプレス成形した。成形時の圧力を22N/mmとし、100秒程度押圧して押切った。
【0062】
次に、光学素子用成形型11を搬送手段により冷却手段上に搬送して載置させ、成形型全体を冷却し、光学素材の歪点以下になるまで冷却した。
【0063】
光学素材が歪点以下の温度となったところで、成形型を冷却手段から水冷手段上に搬送させて載置し、光学素材を室温になるまで冷却した。光学素材が十分に冷却したところで、成形型から取り出し、光学素子を得た。
【0064】
(実施例2)
加熱処理の保持温度を500℃とした以外は、実施例1と同じように処理し、成型を行った。このとき、光学素材の粘度ηは1×1010dPa・sであった。
【0065】
(比較例1)
加熱処理の保持温度を600℃とした以外は、実施例1と同じように処理し、成型を行った。このとき、光学素材の粘度ηは1×106 dPa・sであった。
【0066】
(比較例2)
加熱処理の保持温度を450℃とした以外は、実施例1と同じように処理し、成型を行った。
【0067】
(比較例3)
加熱処理を行わずに成型を行った。成型過程は実施例1と同じ。
【0068】
(試験例)
上記実施例及び比較例で得られた光学素子の表面の外観観察を行った。その結果を表1に示す。
【0069】
【表1】

【0070】
上記実施例及び比較例で得られた光学素子の表面の組成比をXPSで分析した。その結果を表2に示す。
【0071】
【表2】

【0072】
以上のように、本実施例及び比較例においては600℃以上で加熱処理すると、素材の粘度が低くなりすぎて自重により変形してしまい、成型の際に押し切り不良が起こり、表面のBi欠乏が著しいために型と貼り付きやすくなり、割れが発生する。また、450℃以下で処理をすると、素材の粘度が大きすぎてBi欠乏層の効果が少なく、曇りの抑制ができないことがわかった。
【0073】
以上に示したように、本発明の光学素子の成形方法により、ビスマス系の光学素材をプレス成形前に予め加熱処理しておくことで、光学素子の曇りの発生を抑制でき、製品の歩留まり向上に有効であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の光学素材の処理方法及び光学素子の成形方法は、プレス成形による光学素子の製造に好適に使用できる。
【符号の説明】
【0075】
1…加熱処理装置、2…壁体、3…ヒータ、11…光学素子用成形型、12…上型、13…下型、14…内胴、15…外胴、20a,20b…プレスプレート、50…光学素材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
成形型の上型及び下型間にビスマス系の光学素材を収容し、前記光学素材を加熱して軟化させる加熱工程と、軟化した前記光学素材を加圧して光学素子形状を付与するプレス工程と、プレス工程後、前記成形型を冷却して光学素子形状を付与した光学素材を固化させる冷却工程と、を有する光学素子の成形方法であって、
前記プレス工程に先立って、前記光学素材を、粘度ηが1×107 dPa・s超1×1010dPa・s以下の範囲となる温度で加熱処理する加熱処理工程を有することを特徴とする光学素子の成形方法。
【請求項2】
前記光学素材が、Bi2 3 を光学素材中に20モル%以上含有するリン酸ビスマスニオブ系の光学素材であって、前記加熱処理工程における加熱温度が、500〜580℃である請求項1記載の光学素子の成形方法。
【請求項3】
前記光学素材の粘度ηが1×107 dPa・s超1×107.5 dPa・s以下の範囲である請求項1又は2記載の光学素子の成形方法。
【請求項4】
前記加熱処理工程における加熱温度が、540〜580℃である請求項1乃至3のいずれか1項記載の光学素子の成形方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−72031(P2012−72031A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−219267(P2010−219267)
【出願日】平成22年9月29日(2010.9.29)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)