説明

光学素子製造用ガラスブランク及びこれを用いた光学素子の製造方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明はレンズ等の光学素子のプレス成形において成形用素材として用いられるガラスブランクに関し、特にプレス時の型部材との反応を防止し且つ密着力及び摩擦力を低下させ冷却過程での融着及びワレ発生を防止して良好な光学素子を得るためのガラスブランク及びそれを用いた光学素子の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】従来、ガラスのリヒートプレスにおいて良好な成形品を得るためには、成形用素材ガラスと成形用型部材との間の融着を防止することが大きな課題であった。このため、従来、型部材を改良する各種の技術が提案されており、また近年では更に上記融着防止のため、成形用素材の改良が提案されはじめている。この様な成形用素材の改良に関する提案としては、例えば、特公平2−1778号公報、特公平2−1779号公報、特公平2−1780号公報及び特公昭61−29890号公報に、ガラス基体の表面に該ガラス基体よりもガラス転移点温度の高いガラスの被覆、酸化ケイ素被覆または炭素被覆を付与することが開示されている。特開平1−264937号公報には、ガラス基体の表面に有機物の薄層を配置することが開示されている。また、特開昭62−207728号公報には、表面の易蒸発成分を酸により除去することが開示されている。
【0003】以上の様な改良により、型部材との融着防止の効果はあるが、しかし上記公報に開示の方法には、以下の様な問題点がある。
(イ)ガラス基体の表面に該ガラス基体よりもガラス転移点温度の高いガラスの被覆を付与した場合には、プレス圧で被覆ガラス層がヒビワレを生じここから基体ガラスがにじみ出て表面に部分的なくもりが発生したり部分的に型部材との融着を生じたり、あるいは冷却過程でガラスブランクと型部材との密着力及び摩擦力が大きくなりガラスにワレが発生することがある。
(ロ)ガラス基体の表面に酸化ケイ素被覆を付与した場合には、上記(イ)と同様であり、特に酸化ケイ素は型部材とのなじみがよいために冷却過程でワレが発生しやすく、また酸化ケイ素は熱膨張係数がガラス基体を構成する通常の光学ガラスに比べて著しく低いために加熱時に被覆がヒビワレを生じやすい。
(ハ)ガラス基体の表面に炭素被覆を必要以上に厚く付与した場合には、炭素は還元剤であるためにガラス中の酸素とも反応してガラス成分を還元し、ガラスを茶色に着色させる。特に、ガラス基体として鉛含有ガラスを用いる場合には、該ガラス中のPbOが還元されて、着色が著しく、透過率が低下する。
(ニ)ガラス基体の表面に有機物薄層を配置する場合には、該有機物薄層が加熱時に分解し、場合によっては腐食性のガス(例えば、塩素ガスやフッ素ガス)を発生して、プレス成形装置を汚染し型部材を含む装置の耐久性を損ないやすいという問題がある。また、上記分解は部分的にランダムに発生するため、表面精度が低下することがある。
(ホ)光学ガラスの中には、酸に漬けると易蒸発成分のみならず、ガラス自体が溶けるものがあり、その場合には酸処理は使用できない。
【0004】上記問題点を解決する手段として、ガラス基体上に炭化水素被覆が形成されたガラスブランクが提案されている(特願平2−187148号明細書)。この提案によれば、炭化水素被覆層は、炭素被覆層に比較して、同一膜厚では膜中にCH2 が多量に含まれているため、ガラスブランクの透過率をあまり低下させることがなく、しかも融着及びワレを防止する効果に優れる。
【0005】しかしながら、上記提案においてもガラスブランク中の易反応成分、特にアルカリ金属酸化物及びホウ酸と炭化水素被覆層が反応し、成形品に微小ながら曇りが生ずるという欠点があった。
【0006】従って、本発明の目的は、ガラスブランクと型部材との反応を防止して成形品の着色及びくもりを著しく防止することに加えて、成形品と型部材との融着を阻止するとともに、ワレ及び着色を防止することである。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明によれば、上記目的を達成するものとして、プレス成形により光学素子を製造する際に成形用素材として用いられるガラスブランクにおいて、該ガラスブランクのガラス基体の表面層は該ガラス基体の芯部より水溶性成分含有量が少なく、かつ該ガラス基体上に炭化水素被覆層が形成されていることを特徴とする光学素子製造用ガラスブランク、並びにそれを用いた光学素子の製造方法が提供される。
【0008】以下、本発明をより詳細に説明する。本発明に用いるガラス基体の材質は、通常、プレス成形の素材として用いられるガラスで水溶性成分(例えばアルカリ、ホウ酸)を含むものであれば特に制限はない。例えば、フリント系ガラス(SF,F)、クラウン系ガラス(SK,BK)、ランタンフリント系ガラス(LaSF,LaF)、ランタンクラウン系ガラス(LaK)等がある。ガラス基体は成形後に光学素子として求められる所定形状に近い形に研削及び研磨工程で仕上げておくことが望ましい。あるいは、ボールレンズ形状、精密ゴブ(研削・研磨を行なわずに作ったプレス用ブランク)でも良い。
【0009】前記の機械加工を行なった後、ガラス基体の表面に水溶性成分を減少させた層(以下、脱水溶性成分層という)を形成する。
【0010】脱易蒸発成分層の効果として特開昭62−207728号公報には、ガラスブランクの成形時においてB23 ,PbO等の成分が蒸発し、型や成形品を汚し、また型と成形品の融着を引き起こすこと等を防止することが開示されている。しかしながら、本発明においては以下の効果を付与するために脱水溶性成分層を必要としている。即ち、ガラス表面に存在する脱水溶性成分あるいは易蒸発成分層には、型と成形品の融着防止及び成形品のワレを防止する効果は無いため、これとは別に型と成形品の密着力を低下させる層(本発明における炭化水素被覆層)が必要となる。この炭化水素被覆層は型汚れあるいは成形品の着色、面転写性の点でなるべく薄い方が望ましく、本発明ではこの脱水溶性成分層との組合わせにより薄膜化を実現している。
【0011】脱水溶性成分層の厚さは好ましくは100〜1000Åである。100Åより薄いと成形時に成形品と炭化水素被覆層が反応し、成形品に着色を生じる。また、それに伴い、型汚れや、レンズのワレ、型と成形品の付着も生じる。一方、1000Åより厚いと成形品の表面にヒビワレを生じる。
【0012】脱水溶性成分層の形成は次の方法により行なう。ガラスブランクを洗浄用治具にセットし、超音波洗浄によりブランク表面の清浄化を行なった後連続して沸騰水浸漬槽中に浸漬する。この水の温度は、形成される脱水溶性成分層の厚さを均一に維持し、短時間の処理とするため、95〜100℃が好適である。もちろん水の温度はこれ以外の温度であってもさしつかえないが、処理時間は長くなる。沸騰水浸漬後のブランクに付着した水溶性成分を除去するため水洗浄を繰り返し、アルコールで置換後、溶剤ベーパー槽にて乾燥し、次工程である炭化水素被覆層の形成に移る。
【0013】上記炭化水素被覆層は、極く微量の反応ガス層を型部材とガラスブランクとの界面に形成することにより、型部材とガラスブランクとの密着力を低下させ、融着及びワレを防止するものである。この目的のために、炭化水素被覆層の厚さは、好ましくは通常5〜50Åであり、より好ましくは5〜20Åである。該炭化水素被覆層の厚さが薄すぎると十分な密着力低下効果が得られず、また該炭化水素被覆層の厚さが厚すぎると成形品の着色が著しくなり透過率低下を生ずるだけでなく面転写性の低下をもたらす。このため、厚さを厚くしすぎると、成形後にガラスブランクの表面に残存する炭化水素被覆層成分及び炭化水素被覆層成分とガラスとの反応物を、後工程例えばアニール処理工程により、除去することが必要となる。
【0014】炭化水素被覆層は、炭素被覆層に比較して、同一膜厚では膜中にCH2 が多量に含まれているため、ガラスブランクの透過率をあまり低下させることがなくしかも融着及びワレを防止する効果は極薄層(5〜50Å厚)でも十分である。
【0015】また、炭化水素被覆層を形成する方法は、炭化水素ガスの高周波放電処理、イオンガン処理あるいは直流放電処理等の、ガラスブランクに対してつき回りの良好な方法を用いることができ、且つ上記方法は低コストの処理方法であるという利点がある。
【0016】
【実施例】以下、図面を参照しながら本発明の具体的実施例を説明する。図1は本発明によるガラスブランクの一実施例を示す断面図である。本実施例は、光学素子が両凸レンズである例を示す。図1において、2はプレス成形の素材たるガラス基体である。該ガラス基体としては、所望の光学的特性のレンズを得るために必要な屈折率値及び分散値をもつ光学ガラスを用いる。上記ガラス基体2は目的とするレンズ形状に近似の形状及び寸法に仕上げられている。ガラス基体2の光学機能面が形成される表面(上下両面)には脱水溶性成分層3及び炭化水素被覆層4がこの順に付されている。
【0017】上記脱水溶性成分層3としては、例えば100℃の水により処理・形成された層を用いることができる。該脱水溶性成分層3の厚さは好ましくは100〜1000Åである。
【0018】上記炭化水素被覆層の厚さは、好ましくは5〜50Å、より好ましくは5〜20Åである。該炭化水素被覆層の厚さは薄すぎると型とガラスブランクの密着力低減の効果が十分でなく、また厚すぎると成形品の透過率低下が著しくなり、アニール工程が必要になる。該炭化水素被覆層4は、プラズマ処理やイオンガン処理等の簡単な薄膜堆積技術を用いて形成することができる。該炭化水素被覆層4における炭素:水素の原子比は、例えば10/6〜10/0.5であり、特に10/5〜10/1が好ましい。
【0019】図2は上記実施例のガラスブランクの製造に用いられる薄膜堆積装置の概略構成を示す模式図である。以下、本図を参照しながらブランク製造の例を説明する。
【0020】図2において、12は真空槽であり、14は該真空槽に形成されている排気口である。該排気口は不図示の真空排気源に接続されている。16は上記真空槽12内へガスを導入するためのガス導入口である。該ガス導入口は不図示のガス源に接続されている。上記真空槽12内には、下部に蒸発源18及びシャッタ20が配置されており、上部にガラス基体保持のためのドーム状ホルダ22、ガラス基体を加熱するためのヒータ24及び被覆厚測定のための水晶膜厚モニタ26が配置されている。28は高周波印加用アンテナである。尚、30は上記ホルダ22に保持されているガラス基体である。
【0021】上記ガラス基体30(2)の表面に炭化水素被覆層4を付する際には、上記排気口14から排気を行い、真空槽12内を減圧した後に、ガス導入口16から炭化水素ガスを例えば5×10-2〜5×10-4Torrとなるまで導入し、高周波印加用アンテナ28に例えば100〜500Wの高周波を印加して、炭化水素プラズマを形成する。真空槽12内に導入される炭化水素ガスとしては、例えばメタン、エタン、プロパン、エチレン、プロピレン、アセチレンなどが例示できる。炭化水素被覆層4における炭素:水素の原子比は堆積条件によって変化するので、所望の原子比が得られる様に条件を設定する。
【0022】次に、以上の様な装置を用いて上記実施例のガラスブランクを製造した実例を説明する。ランタンクラウン系光学ガラス((株)住田光学製、VC78、nd =1.66910,νd =55.4)を所定の形状に研摩仕上げしてなるガラス基体30を沸騰水処理用治具にセットし水洗槽(1)100と水洗槽(2)102で洗浄後沸騰水槽104で5分間処理し約400Åの処理層を形成した後、水洗槽(3)106と水洗槽(4)108で洗浄後、アルコール置換槽110で水を置換後、トリエタンベーパー槽112で引上げ乾燥した。その後、このガラス基体30をホルダ22にセットした。ヒータ24で300℃に加熱し、真空槽12内の真空度が1×10-5Torr以下になるまで排気口14から排気した後、ガス導入口16からArガスを5×10-4Torrになるまで導入した。そして、高周波印加用アンテナ28に300Wの高周波を印加して、高周波放電を行い、ガラス基体30のプラズマクリーニングを行った。その後、ガス導入口16からCH4ガスを1×10-3Torrになるまで導入した。そして、高周波印加用アンテナ28に400Wの高周波を印加して高周波放電を行い、約30Å厚の炭化水素被覆層4を形成した。尚、上記炭化水素被覆層4における炭素:水素の原子比は、赤外分光分析による測定の結果、約10/2であった。
【0023】図3は以上の様にして得られたガラスブランクを用いてプレス成形が実施される装置の一例を示す断面図である。図3において、32は真空槽本体であり、34はその蓋である。36,38,40はそれぞれレンズをプレス成形するための上型部材、下型部材及び胴型部材である。42は型ホルダであり、44は上型部材押えである。46はヒータであり、48は上記下型部材を突き上げるための突き上げ棒であり、50は該突き上げ棒を作動させるシリンダである。52は真空排気ポンプであり、54,56,58,60はバルブであり、62は窒素ガス等の非沸騰水化性ガス導入のためのパイプであり、64はリークパイプであり、66はバルブである。68は温度センサであり、70は水冷パイプである。72は真空槽支持部材である。
【0024】上記上型部材36、下型部材38及び胴型部材40としては、例えば、超硬合金、Si34 ,SiC,サイアロン,サーメット,Al23 ,ZrO2 ,Cr23 等からなる母材に必要に応じて表面にSi34 ,TiN,TaN,BN,AlN,SiC,TaC,WC,白金合金等のコーティングを施したものを用いることができる。
【0025】次に、以上の様な装置において上記実施例のガラスブランクを用いてプレス成形した実例を説明する。上型部材36及び下型部材38としてSi34 製のものを用い、これら型部材の光学機能面形成のための表面を面精度ニュートン3本以内且つ中心線平均表面粗さ0.02μm以内とした。型内にガラスブランクを配置し、真空槽内を1×10-2Torr以下になるまで排気し、次いで真空槽内に窒素ガスを導入した。575℃まで加熱した後に、シリンダ50を作動させて100Kg/cm2 の圧力で5分間プレスした。その後、200℃以下まで徐々に冷却した。そして、真空槽内に空気を導入し、型を開いて成形品を取出した。
【0026】以上の様にして100個のレンズを成形した。得られたレンズの機能面を5000倍の走査型電子顕微鏡で観察したところ表面欠陥は認められず、両面とも着色や曇りのないものであった。また、型部材との融着は全く発生せず、成形品ワレは全く生じなかった。更に、レンズ両面の表面精度は良好であった。
【0027】
【発明の効果】以上説明した様に、本発明によれば、ガラス基体の表面に脱水溶性成分層を形成し、その上に炭化水素被覆層を形成することにより、成形品の着色や炭化水素被覆層成分に起因する成形品の曇りを防ぎ、更には、ガラスブランクと型部材との反応を防止するとともに密着力を低減し、融着及びワレを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明によるガラスブランクの一実施例を示す断面図である。
【図2】上記実施例のガラスブランクの製造に用いられる薄膜堆積装置の概略構成を示す模式図である。
【図3】プレス成形が実施される装置の一例を示す断面図である。
【図4】脱水溶性成分層の形成に用いられる沸騰水槽の概略構成を示す模式図である。
【符合の説明】
2:ガラス基体、 3:脱水溶性成分層、4:炭化水素被覆層、 12:真空槽、16:ガス導入口、 18:蒸発源、24:ヒータ、28:高周波印加用アンテナ、30:ガラス基体、 104:沸騰水槽。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 プレス成形により光学素子を製造する際に成形用素材として用いられるガラスブランクにおいて、該ガラスブランクのガラス基体の表面層は該ガラス基体の芯部より水溶性成分含有量が少なく、かつ該ガラス基体上に炭化水素被覆層が形成されていることを特徴とする光学素子製造用ガラスブランク。
【請求項2】 上記炭化水素被覆層の厚さが5〜50Åである、請求項1記載の光学素子製造用ガラスブランク。
【請求項3】 上記表面層の厚さが100〜1000Åである、請求項1記載の光学素子製造用ガラスブランク。
【請求項4】 請求項1記載の光学素子製造用ガラスブランクを用いてプレス成形を行なうことを特徴とする光学素子の製造方法。

【請求項5】 成形用素材として用いられるガラス素材
を沸騰水中に浸漬して該ガラス素材表面に脱水溶性成分層を形成し、前記ガラス素材の脱水溶性成分層の表面に炭化水素皮膜層を形成し、前記脱水溶性成分層と炭化水素皮膜層を形成した前記ガラス素材を所定の光学素子形状を有する型部材にて加圧して光学素子を成形することを特徴とした光学素子の成形方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【特許番号】第2739916号
【登録日】平成10年(1998)1月23日
【発行日】平成10年(1998)4月15日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−60960
【出願日】平成4年(1992)2月18日
【公開番号】特開平5−229836
【公開日】平成5年(1993)9月7日
【審査請求日】平成8年(1996)2月21日
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【参考文献】
【文献】特開 平4−321525(JP,A)
【文献】特開 平4−310527(JP,A)
【文献】特開 平4−77321(JP,A)
【文献】特開 平4−6112(JP,A)
【文献】特開 平4−77322(JP,A)
【文献】特開 平1−264937(JP,A)
【文献】特開 昭62−207728(JP,A)
【文献】特公 平2−1780(JP,B2)
【文献】特公 平2−1779(JP,B2)
【文献】特公 平2−1778(JP,B2)
【文献】特公 昭61−29890(JP,B2)