光応答性組成物、光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システム、光応答性組成物の使用
【課題】光照射による粘弾性変化率がより大きく、構成成分が少なくコストが低減できるなどの利点を有する光応答性組成物、これを用いた光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システムを提供する。
【解決手段】桂皮酸と桂皮酸塩のうち少なくとも一方と、第4級アンモニウム塩とを含む光応答性組成物を提供する。また光応答性組成物に対して桂皮酸または桂皮酸塩の光応答を起こさせる波長光を含んで照射する光照射工程を含む光粘弾性制御方法および光粘弾性制御システムを提供する。
【解決手段】桂皮酸と桂皮酸塩のうち少なくとも一方と、第4級アンモニウム塩とを含む光応答性組成物を提供する。また光応答性組成物に対して桂皮酸または桂皮酸塩の光応答を起こさせる波長光を含んで照射する光照射工程を含む光粘弾性制御方法および光粘弾性制御システムを提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光応答性組成物、これを用いた光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システム、光応答性組成物の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
界面活性剤は水中において濃度、温度、塩添加等の条件でミセル、ベシクル等の様々な分子集合体を形成する。その中でも特に紐状ミセルの形成が起きると、紐状ミセル同士の三次元的な絡み合いにより高い粘弾性を示すことが知られている。紐状ミセルの形成・崩壊を外部刺激により可逆的に制御することにより、溶液粘弾性を制御することができれば香料、薬剤等の放出制御への応用が期待される。
【0003】
例えば、カチオン系界面活性剤であるセチルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)の水溶液にサリチル酸ナトリウムを添加すると、溶液の粘度が上昇し、粘弾性挙動を示す水溶液となることが知られている。これは、水溶液中でCTABとサリチル酸ナトリウムとが紐状ミセルを形成し、この紐状ミセルが粘弾性を有するためである。
【0004】
この紐状ミセル構造の形成については、その構造解析や溶液物性についての検討が進められ、多数の報告がなされてきた。その性質を生かした実用的な検討については、その配管抵抗減少性を利用した地域冷暖房システムの熱流体があるものの、その用途を除いてはほとんど報告されていない程度である。その原因としては、粘度が上昇した水溶液は取り扱いにくく、使い途が限定されてしまう場合が多いためであった。その一方で、紐状ミセル構造の破壊や再形成を自由に制御することができれば、該水溶液を利用した種々の用途展開が期待できるとされていた。
【0005】
該溶液内の紐状ミセル構造を制御する方法としては、溶液系に新たな物質を添加することにより制御する方法や、溶液に熱を加えることにより制御する方法、電気化学反応による酸化・還元反応により制御する方法(下記特許文献2)等が知られている。
【0006】
しかしながら、溶液に新たな物質を加える方法は、溶液の粘弾性以外の特性に影響を及ぼす場合もあり好ましいものではない場合や、その変化は可逆的でないという問題もある場合があった。また、溶液に熱を加える方法は、溶液系に熱に弱い物質が存在する場合には、該物質や溶液全体の特性に影響を及ぼすこととなってしまう場合がある。また、熱を加えることにより溶液の温度を高温としなければならないなど特定されてしまうため、その用途も限定されるものとなってしまう場合がある。さらに、宇宙空間での試験、深海での試験など、その使用される環境によっては、溶液に熱を加えることが困難な場合などもある。電気化学反応による酸化・還元反応により制御する方法では、宇宙空間での試験、深海での試験など、その使用される環境によっては、電気化学反応により酸化還元させることが困難である場合がある。また溶液系に酸化還元反応しやすい物質が存在する場合には、該物質や溶液全体の特性に影響を及ぼすこととなってしまう場合がある。また、電気化学反応を起こさせるための条件としなければならないなど特定されてしまうため、その用途も限定されるものとなってしまう場合がある。
【0007】
下記特許文献1には、このような紐状ミセル構造が形成された水溶液の粘弾性挙動を、第三成分の添加や加熱、電気化学反応による酸化還元といった手段よりも簡便にかつ可逆的に制御することができる技術として、光を照射することにより、溶液中に形成されている紐状ミセル構造の解体や再形成を自由に制御することを可能とする技術とこれに対応する光応答性水溶液について報告されている。
【0008】
下記特許文献1では、光を照射することにより、溶液中に形成されている紐状ミセル構造の解体や再形成を自由に制御する技術およびこれに対応する光応答性組成物が開示されている。
【0009】
特許文献1に記載される光応答性組成物は、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質およびアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩を水中で混合することにより調製される光応答性組成物である。具体例として、紐状ミセル形成により、高い粘弾性を示すことが知られているカチオン性界面活性剤:cetyltrimethylammonium bromide(CTAB)/sodium salicylate(NaSal)水溶液に光応答性物質(trans/cis光異性化反応性物質)としてアゾベンゼン修飾界面活性剤(4−alkylbenzene−4’−(oxyethyl)trimethylammonium bromide:AZTMA)を添加した溶液の光による可逆的な粘性制御などが開示されている。
【0010】
特許文献1に記載の技術によれば、従来のような第三成分の添加や加熱、電気化学反応による酸化還元というような手段をとることなく、光照射という極めて簡単な操作により、溶液の粘弾性挙動等を自由に制御することができることが報告されている。
【0011】
【特許文献1】特開2003−147330号公報
【特許文献2】特開2005−290203号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1では、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質を含む紐状ミセルを形成する系に、光応答性物質(trans/cis光異性化反応性物質)としてアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩を加えることで光応答性組成物を構成し、この光応答性組成物に光照射をすることで光応答性物質のtrans/cis光異性化反応を利用して、紐状ミセルを形成させて粘性を増大させ、また、崩壊させることにより粘弾性を低下させることにより粘性制御を行っているものであるが、光応答性物質のアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩は通常高価であり、市場流通性もそれほど大きいとは言えないのが現状である。また、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質として光応答性物質を採用していないため、粘性変化は小さい場合が多い。
【0013】
本発明は、上記課題等を解決することに鑑みてなされたものであり、光照射による粘弾性変化率がより大きく、構成成分が少なくコストが低減できるなどの利点を有する光応答性組成物、これを用いた光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システム、光応答性組成物の使用を提供することをその主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、桂皮酸と桂皮酸塩のうち少なくとも一方と、第4級アンモニウム塩とを含む光応答性組成物であることを特徴とする。
【0015】
前記光応答性組成物であって、前記第4級アンモニウム塩は、セチルトリメチルアンモニウムブロミド、セチルトリメチルアンモニウムクロライド、セチルピリジニウムクロライド、オクタデシルトリメチルアンモニウムブロマイド、オクタデシルトリメチルアンモニウムクロライドおよびオクタデシルピリジニウムクロライドよりなる群から少なくとも1種以上選ばれたものであると好適である。
【0016】
前記光応答性組成物であって、前記桂皮酸塩は、桂皮酸ナトリウムを含むものであると好適である。
【0017】
前記光応答性組成物であって、さらにアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩を含むものであってもよい。
【0018】
前記光応答性組成物であって、光応答による粘弾性低下で放出する放出物を含むと好適である。
【0019】
また、本発明は、光粘弾性制御方法であって、上記光応答性組成物に対して桂皮酸または桂皮酸塩の光応答を起こさせる波長光を含んで照射する光照射工程を含むことを特徴とする。
【0020】
前記光粘弾性制御方法であって、前記光応答を起こさせる波長光が光異性化反応に対応する波長光であると好適である。
【0021】
前記光粘弾性制御方法であって、前記光照射工程は、光照射により粘弾性を低下させる光粘弾性低下工程とを含むと好適である。また、さらには前記粘弾性低下後に光照射により粘弾性を増大させる光粘弾性増大工程とを含むと好適である。
【0022】
前記光粘弾性制御方法であって、前記光粘弾性増大工程により外部物質を取り込むと好適である。
【0023】
前記光粘弾性制御方法であって、前記外部物質は有害物質であると好適である。
【0024】
また、本発明は、光粘弾性制御システムであって、上記記載の光粘弾性制御方法により光粘弾性制御を行う光制御装置を含むことを特徴とする。すなわち、上記光応答性組成物に対して桂皮酸または桂皮酸塩の光応答を起こさせる波長光を含んで照射する光照射装置を含むことを特徴とする。
【0025】
前記光粘弾性制御システムであって、前記光応答を起こさせる波長光が光異性化反応に対応する波長光であると好適である。
【0026】
前記光粘弾性制御システムであって、前記光照射装置は、光照射により粘弾性を低下させる光粘弾性低下装置と、前記粘弾性低下後に光照射により粘弾性を増大させる光粘弾性増大装置と、を含むと好適である。
【0027】
前記光粘弾性制御システムであって、前記光応答性組成物は光応答による粘弾性低下で放出する放出物を含み、前記光粘弾性低下装置による粘弾性低下により前記放出物を放出し、前記光粘弾性増大装置による粘性増大により放出された前記放出物を再び取り込むと好適である。
【0028】
また、本発明は、光粘弾性制御への桂皮酸と桂皮酸塩のうち少なくとも一方と、第4級アンモニウム塩とを含む光応答性組成物の使用を特徴とする。
【発明の効果】
【0029】
本発明は、光照射による粘弾性変化率がより大きく、構成成分が少なくコストが低減できるなどの利点を有する光応答性組成物、これを用いた光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システム、光応答性組成物の使用を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明者は紐状ミセル形成に必要な添加塩(ミセル形成誘起物質)自体を光異性化するものに変えればさらに大きな粘性変化が期待できるのではないかという知見を得、鋭意検討した。その結果、驚くべきことにNaSalに構造が類似し、ミセル形成誘起物質として機能する上、溶液中で光応答(本明細書においては、ミセルの解体や制御に係る反応であって、cis−trans光異性化反応、光二量化反応を含む)を示す桂皮酸または桂皮酸塩を添加した組成物に光照射による粘性制御を行えば大きな粘弾性変化率を期待でき、さらに、通常高価であり、現時点での市場流通性も大きいとは言えない光応答性物質たるアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩などを用いなくとも粘性変化による制御を行うことができることを見出し、本発明に至った。桂皮酸または桂皮酸塩は基本的に市場流通性が大きく、安価である場合が多く、光応答性組成物の価格を低価格化することができる。
【0031】
以下本実施形態に係る光応答性組成物について説明する。なお、本実施形態は、本発明を実施するための一形態に過ぎず、本発明は本実施形態によって限定されるものではない。
【0032】
「光応答性組成物」
本実施形態に係る光応答性組成物は、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質として桂皮酸または桂皮酸塩を液中で混合することにより調製される。
【0033】
本発明において使用される第4級アンモニウム塩は、カチオン性界面活性剤などミセル形成誘起物質と共に紐状ミセル構造を形成するものであれば特に制約はないが、例えば次の式(I)で表される第4級アンモニウム塩などを挙げることができる。
【0034】
【化1】
【0035】
第4級アンモニウム塩は、好ましいものとしては、アルキル4級アンモニウム塩、長鎖アルキルトリメチルアンモニウムブロミド系の第4級アンモニウム塩が挙げられ、具体的には、セチルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)、セチルトリメチルアンモニウムクロライド、セチルピリジニウムクロライド、オクタデシルトリメチルアンモニウムブロマイド、オクタデシルトリメチルアンモニウムクロライド、オクタデシルピリジニウムクロライド等を挙げることができる。
【0036】
本実施形態で用いるミセル形成誘起物質は、上記の第4級アンモニウム塩と共に水溶液中で、紐状のミセル構造などを形成することができ光応答反応によって粘弾性を少なくとも低下できる桂皮酸または桂皮酸塩であればよく特に限られることがない。形成されるミセルとしては紐状ミセルであると粘弾性制御の観点から好適であり、以下例として挙げて説明するが、特に限られることなく粘弾性の変化を溶液に与えるミセルであればよい。
【0037】
ミセル形成誘起物質の具体例としては、桂皮酸、桂皮酸ナトリウム、桂皮酸カリウム、トランス−桂皮酸(trans−cinnamic acid)、α−メチル桂皮酸(alpha−methylcinnamic acid)、2−メチル桂皮酸(2−methylcinnamic acid)、2−フルオロ桂皮酸(2−fluorocinnamic acid)、2−(トリフルオロメチル)桂皮酸(2−(trifluoromethyl)cinnamic acid)、2−クロロ桂皮酸(2−chlorocinnamic acid)、2−メトキシ桂皮酸(2−methoxycinnamic acid)、2−ヒドロキシ桂皮酸(2−hydroxycinnamic acid)、2−ニトロ桂皮酸(2−nitrocinnamic acid)、2−カルボキシ桂皮酸(2−carboxycinnamic acid)、トランス−3−フルオロ桂皮酸(trans−3−fluorocinnamic acid)、3−(トリフルオロメチル)桂皮酸(3−(trifluoromethyl)cinnamic acid)、3−クロロ桂皮酸(3−chlorocinnamic acid)、3−ブロモ桂皮酸(3−bromocinnamic acid)、3−メトキシ桂皮酸(3−methoxycinnamic acid)、3−ヒドロキシ桂皮酸(3−hydroxycinnamic acid)、3−ニトロ桂皮酸(3−nitrocinnamic acid)、4−メチル桂皮酸(4−methylcinnamic acid)、4−フルオロ桂皮酸(4−fluorocinnamic acid)、トランス−4−(トリフルオロメチル)−桂皮酸(trans−4−(trifluoromethyl)−cinnamic acid)、4−クロロ桂皮酸(4−chlorocinnamic acid)、4−ブロモ桂皮酸(4−bromocinnamic acid)、4−メトキシ桂皮酸(4−methoxycinnamic acid)、4−ヒドロキシ桂皮酸(4−hydroxycinnamic acid)、4−ニトロ桂皮酸(4−nitrocinnamic acid)、3,3−ジメトキシ桂皮酸(3,3−dimethoxycinnamic acid)、パラメトキシ桂皮酸エチル,パラメトキシ桂皮酸イソプロピル,パラメトキシ桂皮酸オクチル,パラメトキシ桂皮酸−2−エトキシエチル,パラメトキシ桂皮酸ナトリウム,パラメトキシ桂皮酸カリウム,パラメトキシ桂皮酸モノ−2−エチルヘキサン酸グリセリル等のメトキシ桂皮酸誘導体などを挙げることができる。
【0038】
本実施形態に係る光応答性組成物は、上記第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩を使用し、これらを例えば水溶液などの光応答性組成物が存在可能な液中で混合することにより調製される。
【0039】
調製に用いられる液としては、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩によって紐状ミセルを少しでも形成できるものであれば特に限られることなく用いることができるが、以下水溶液を例示して説明する。
【0040】
本実施形態に係る光応答組成物の調製に当たっての各成分の水溶液中での濃度は、目的とする粘弾性挙動や光照射に対する応答性等によって相違するが、第4級アンモニウム塩としては、10mmol/l〜100mmol/l程度、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩は、第4級アンモニウム塩に対して50%程度であると好適である場合が多い。
【0041】
これら各成分を配合した水溶液は、紐状ミセルなどを形成する光応答性組成物を含むため、粘弾性挙動を示す。
【0042】
この粘弾性挙動は、光応答性組成物が光異性化反応を示す寄与度が大きい場合については、まず、紐状ミセルが解体することに対応する波長光の照射を受けるまで維持される。一方、紐状ミセルが解体することに対応する波長光の照射を受けると、紐状ミセルを形成する成分のうち、ミセル形成誘起物質が後述するようなトランス型からシス型への変形を起こし、紐状ミセルが解体し、粘弾性の低下を示すようになる。その後、紐状ミセルが解体することに対応する波長光の照射をやめ、更に紐状ミセルが形成することに対応する波長光の照射を行うと、ミセル形成誘起物質がシス体からトランス体へと戻り、紐状ミセルを再形成するため、粘弾性が再増大する可逆反応となる。
【0043】
この粘弾性挙動は、光応答性組成物が光二量化反応を示す寄与度が大きい場合については、光二量化反応によって、紐状ミセルが解体することに対応する波長光の照射を受けるまで維持される。一方、紐状ミセルが解体することに対応する波長光の照射を受けると、紐状ミセルを形成する成分のうち、ミセル形成誘起物質が光二量化反応を起こし、紐状ミセルが解体し、粘弾性の低下を示すようになる。この場合は光二量化反応によって元のミセル有機物質に戻れない場合が多く不可逆反応となりやすい。
【0044】
本実施形態に係る光応答性組成物を含む液の粘弾性挙動の変化は、もっぱらミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩の変形に依存するので、この化合物が変化する波長の光で粘弾性を制御することが可能となる。すなわち、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩についてそれぞれの変形波長の光を選択することにより、紫外部の光で粘弾性挙動が変化する水溶液でも、また紫外部以外の可視光などで粘弾性挙動が変化する水溶液でも調製することができる。対応する波長は適宜ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩の光応答する波長を公知文献等から選択し、採用することができる。例えば桂皮酸ナトリウムの場合は、紫外光を紐状ミセルが解体することに対応する波長光は260〜400nm程度(後述のシステム100では第一紫外光に対応)、更に紐状ミセルが形成することに対応する波長光は230〜255nm程度(後述のシステム100では第二紫外光に対応)である。
【0045】
水溶液中で調製された本実施形態に係る光応答性組成物は、紐状ミセルの解体により粘弾性低下、再生により粘弾性増大と、粘弾性等の物性が大きく変化する。同時にその構成成分として含まれる第4級アンモニウム塩は通常界面活性剤として作用する化合物であるため、これを利用した使用に用いることができる。例えば、第4級アンモニウム塩は、カチオン性界面活性剤として、また、化粧品の防腐剤、殺菌剤として用いられているものであり、これを含む本実施形態に係る光応答性組成物は、化粧品の防腐剤、殺菌剤などの用途に用いることができる。また、桂皮酸および桂皮酸塩の紫外線吸収作用を利用した日焼け止め剤などとしても用いることができ、化粧品としても有用である。
【0046】
本実施形態に係る光応答性組成物の用途としては、香料、薬物、顔料や、それ以外の疎水性物質等の成分、特に油系成分を含有し、光照射によりこれらを放出する光応答放出組成物として有利に使用することができる。この光応答放出組成物は、例えば次の方法により製造される。香料、薬剤等に限られずこれら放出物をミセル中に包含し、放出制御により溶液中に放出させることができる。
【0047】
すなわち、まず本実施形態に係る光応答性組成物に紐状ミセルが解体する光応答に対応する波長の光を照射し、紐状ミセルを解体させた状態で十分に攪拌し、これに油系成分を加える。次いで、紐状ミセルが解体する光応答に対応する波長の光の照射を停止させた後、紐状ミセルが形成する光応答に対応する波長の光照射をすることで紐状ミセルを再形成させると、この紐状ミセルに上記成分が保持ないし吸着した状態となり、光応答放出組成物が得られる。
【0048】
そして、このようにして得られた光応答放出組成物は、紐状ミセルが解体する光応答に対応する波長の光照射を受けることにより、紐状ミセルが再度解体し、これに保持ないし吸着していた成分などが水溶液中に放出される。また、紐状ミセルが解体する光応答に対応する波長の光の照射を停止させるなど、紐状ミセルが形成する光応答に対応する波長の光照射をすることで紐状ミセルを再形成させると、この紐状ミセルに上記成分が保持ないし吸着した状態となり、光応答放出組成物が得られる。
【0049】
このようにして、外部物質を保持ないし吸着したり、放出したりする制御が可能となる。
【0050】
本実施形態に係る光応答性組成物を含む液が、光の照射により粘弾性挙動を代える理由として、一例として考察するに次のようにも考えられる。図17にはその粘弾性挙動に係る紐状ミセルの解体と形成を示す模式図が示される。
【0051】
紐状ミセル中のミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩は、自然光や人工光などの紫外光等の紐状ミセルの解体に対応する波長光の光照射で、トランス体からシス体に変化させることができる性質を有するものである。さらには、逆に光照射をやめて自然光や人工光の紫外光など紐状ミセルの形成に対応する波長の光照射でシス体からトランス体に変化させ、シス体からトランス体に変化することを促進するという性質を有することができる場合もある。
【0052】
そして、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質を液中で混合させると、これらの成分は整列し、紐状ミセルを形成すると考えられるが、ここに紫外光など対応する波長光が照射されると、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩が上記反応を起こしてシス型となる結果、紐状ミセルが維持できなくなり、解体する。
【0053】
一方、対応する波長光を照射すると、再度ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩がトランス型となって整列が可能となる結果、もとの紐状ミセルを形成することになる。
【0054】
このように、紫外光などの照射により、紐状ミセルが解体するなど、再形成されるので溶液の粘弾性挙動も大きく変化させることができるものと考えられる。
【0055】
本実施形態では、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩が光応答性物質としてtrans/cis光異性化反応するので光応答性物質として紐状ミセルを形成することに関与する以外の第三の物を加えた場合よりも粘弾性挙動も大きく変化させることができる。
【0056】
本実施形態に係る光応答性組成物は第三成分の添加や加熱、電気化学反応による酸化還元といった手段を用いることなく粘弾性挙動を変化させることができ、好適である。しかしながら第三成分の添加や加熱、電気化学反応による酸化還元といった手段を用いることが可能と適宜判断された場合には、これら手段を本実施形態の光制御方法に加えて用いることを妨げるものではない。
【0057】
本実施形態ではアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩は、構成成分が増える上、コスト高くなるので使用しないことが好ましいが、粘弾性変化率をさらに向上させるなどの観点から好適な場合には使用してもよい。使用するアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩は、アゾベンゼン骨格を有する化合物の一部に第4級アンモニウム塩を結合させたものであり、例えば次の式(II)で表される化合物を挙げることができる。
【0058】
【化2】
【0059】
アゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩の具体例としては、4−ブチルアゾベンゼン−4'−オキシエチルトリメチルアンモニウムブロミド(AZTAB)、4−ヘキシルアゾベンゼン−4'−オキシエチルトリメチルアンモニウムブロミド、4−オクチルアゾベンゼン−4'−オキシエチルトリメチルアンモニウムブロミドおよびこれらの塩化物等を挙げることができる。
【0060】
また、水溶液から光応答性組成物を取り出してもよい。この場合、光応答性組成物以外の水溶液液などの液を除去すればよい。液を取り除かれた光応答性組成物は、液を取り除かれた後再び水などの液体を加えることで光応答性組成物として加えられた液の粘弾性を変化させることができる。
【0061】
「光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システム」
以下本実施形態に係る光応答性組成物を用いた光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システムについて説明する。
【0062】
本実施形態に係る光粘弾性制御方法について光応答性組成物に対して桂皮酸または桂皮酸塩の光応答を起こさせる波長光を含んで照射する(光照射工程)ものである。図18には、本実施形態に係る光粘弾性制御方法を用いた光粘弾性制御システム100が示される。ここで光粘弾性制御システム100は光異性化反応に対する光応答性組成物の可逆粘弾性制御方法の実施形態を例示して説明している。
【0063】
光粘弾性制御システム100は、光応答性組成物を含む溶液10、溶液10が収容される容器20、溶液10に光40を照射する光源30、光源30の光照射を制御するコンピュータ50とを含む光粘弾性制御システムである。
【0064】
光応答組成物としては一例としてCTABと桂皮酸ナトリウム溶液を用いている。
【0065】
光源30は、桂皮酸ナトリウムの桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の紫外光、シスからトランス異性化する波長の可視光のいずれも選択して照射できる光源である。光源30は、コンピュータ50と接続されており、コンピュータ50からの指示に基づいて光40の波長を変化させたり、光40を照射したり、照射を停止したりする。波長を変化させるには適宜選択した方法を採用することができるが、例えば光源30に紫外光フィルタなどのフィルタを取り付けこれで選択的に波長を通過させることで光40の波長の変化させる方法などを挙げることができる。
【0066】
コンピュータ50には、記憶装置と演算装置(CPU)(図示せず)が構成物として含まれている。記憶装置は、桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の第一紫外光の波長、シスからトランス異性化する波長の第二紫外光の波長が記憶されている。記憶装置は特に限られることがないが読み取り専用の記憶装置(ROM等)、読み書き可能な記憶装置(RAM等)など波長が記憶できる装置であれば特に限られることがない。CPUは光源30を制御する際に記憶装置から所望の波長を読み出し、これに基づいて光源30の照射光40の制御を指示する。
【0067】
図19には光粘弾性制御システム100の処理フロー例が示される。
【0068】
コンピュータ50のCPUは、外部から入力された要望などに基づいて溶液10の粘弾性を低下させる旨を判断する(S1)。CPUは、粘弾性を低下させる旨を判断すると、記憶装置から桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の第一紫外光の波長を読み出す。次にCPUは、読み出した第一紫外光の波長を光40として照射することを光源30に指示する。光源30はこの指示を受け桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の第一紫外光の波長を光40として溶液10に照射する(S2)。
【0069】
コンピュータ50のCPUは、紐状ミセルが解体され所望の状態とするまで粘弾性が低下させられたと判断した場合であっても紐状ミセルが解体された状態を維持するために第一紫外光を光40として照射し続けるように光源30に指示し続ける(S3)。
【0070】
外部から入力された要望に基づいて溶液10の粘弾性を増大させる旨を判断する(S4)。CPUは、粘弾性を増大させる旨を判断すると、光40として照射し続けるように光源30に指示し続けた第一紫外光の照射を停止させる(S5)。
【0071】
次にコンピュータ50のCPUは、記憶装置から桂皮酸イオンがシスからトランス異性化する波長の第二紫外光の波長を読み出す。次にCPUは、読み出した紫外光の波長を光40として照射することを光源30に指示する。光源30はこの指示を受け桂皮酸イオンがシスからトランス異性化する波長の紫外光の波長を光40として溶液10に照射する(S6)。
【0072】
コンピュータ50のCPUは、紐状ミセルが形成され所望の状態とされるまで粘弾性が増大するまで光40として第二紫外光を照射し続けるように光源30に指示し続ける(S7)。
【0073】
以上のようにして光粘弾性制御システム100によれば、光応答組成物を含む溶液10の粘弾性の低下と増大の制御を紐状ミセルの解体と形成により行うことができる。
【0074】
光粘弾性制御システム100は光源30とコンピュータ50による制御により光照射により粘弾性を低下させる光粘弾性低下工程と、前記粘弾性低下後に光照射により粘弾性を増大させる光粘弾性増大工程とを両方実施しており、可逆制御を可能としている。しかしながら、所望に応じて光粘弾性制御システム100で光粘弾性低下工程、光粘弾性増大工程の一方だけを実施することとしてもよい。
【0075】
光粘弾性制御システム100は、溶液10中に外部物質を入れ、光粘弾性増大工程により前記外部物質を保持又は吸着するなどして取り込ませる方法を実施することもできる。
【0076】
外部物質としては特に限られることがないが有害物質(特に有機系有害物質)などを用いてこれを光粘弾性制御システム100で回収させるようにすると好適である。すなわち、光粘弾性制御システム100を有害物質の回収システムとして利用する利用方法である。
【0077】
光粘弾性制御システム100を有害物質の回収システムとしての利用方法を説明する。コンピュータ50のCPUは、溶液10の粘弾性を低下させる旨を判断する(S1)。CPUは、粘弾性を低下させる旨を判断すると、記憶装置から桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の第一紫外光の波長を読み出す。次にCPUは、読み出した第一紫外光の波長を光40として照射することを光源30に指示する。光源30はこの指示を受け桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の第一紫外光の波長を光40として溶液10に照射する(S2)。
【0078】
コンピュータ50のCPUは、紐状ミセルが解体され所望の状態とするまで粘弾性が低下させられたと判断した場合であっても紐状ミセルが解体された状態を維持するために第一紫外光を光40として照射し続けるように光源30に指示し続ける(S3)。
【0079】
次に外部物質として有害物質を含む有害物質含有液を溶液10に加える。有害物質含有液が溶液10に加えられると溶液10の粘弾性を増大させる旨を判断する(S4)。CPUは、粘弾性を増大させる旨を判断すると、光40として照射し続けるように光源30に指示し続けた第一紫外光の照射を停止させる(S5)。
【0080】
次にコンピュータ50のCPUは、記憶装置から桂皮酸イオンがシスからトランス異性化する波長の第二紫外光の波長を読み出す。次にCPUは、読み出した第二紫外光の波長を光40として照射することを光源30に指示する。光源30はこの指示を受け桂皮酸イオンがシスからトランス異性化する波長の第二紫外光の波長を光40として溶液10に照射する(S6)。
【0081】
コンピュータ50のCPUは、紐状ミセルが形成され所望の状態とするまで粘弾性が増大するまで光40として紫外光を照射し続けるように光源30に指示し続ける(S7)。有害物質は紐状ミセルが形成される過程で保持ないし吸着されることで溶液10中から除去される。このようにして有害物質などの外部物質を除去することができる。
【0082】
なお、本実施形態に係る光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システムの利用方法について、光応答を起こさせる波長光が桂皮酸または桂皮酸塩の光異性化反応に対応する波長光であると可逆的に粘弾性を制御できるので好適であるが、これに限られず、桂皮酸または桂皮酸塩の光二量化反応によってミセルが崩壊し、粘弾性が低下するのみの不可逆反応であってもよく、不可逆反応による安定性を重視する用途などによっては好適である場合もある。
【実施例】
【0083】
以下、本実施形態を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されることはない。
【0084】
「試薬」
カチオン界面活性剤としてcetyltrimethylammonium bromide(CTAB) (Aldrich Chemical Company, Inc. 製)を用いた。また、水溶液中で光照射により可逆的なtrans/cis光応答性化反応を示す桂皮酸(HCin)(和光純薬工業(株)製)およびHCinを5mol/l水酸化ナトリウム水溶液(和光純薬工業(株)製)により桂皮酸塩たるNa塩にした桂皮酸ナトリウム(NaCin)を紐状ミセル形成の誘発物質として用いた。
【0085】
CTABに対してHCinおよびNaCinを添加して粘度が発現するかどうかの目視観察をし、両者の系を比較する最適条件を検討した。最適条件は最も粘性が高くなったものとし、これを用いた。
【0086】
サンプルは50mMCTAB水溶液にtrans体のHCinおよびNaCinを20,40,50mMとなるように添加し、その後十分に撹拌し、25℃恒温下で2日以上静置した後のものを用い、最適条件のサンプルに光照射し、その粘度変化等を測定した。
【0087】
「実験方法」
<光異性化方法>
NaCinの光異性化は、光源として、200W水銀・キセノンランプ(SAN−EISUPERCURE−203S)を用いた。紫外光照射時には紫外光フィルタ(Kenko製U−340, 透過波長領域260−390nm)を装着して、室温下で光照射を行った。なお、光照射の際の光の強度は10mW/cm2とした。
【0088】
<紫外/可視吸収スペクトル測定法>
CTAB水溶液に添加したHCin、NaCinのUV照射によるtrans/cis光異性化の確認は、紫外/可視吸収スペクトル測定により行った。測定には紫外/可視分光光度計(日立製作所製:U−3310)を用い、測定波長範囲は190〜550nmとした。測定セルには光路長1cmの石英セルを用いた。
【0089】
<レオロジー測定>
ストレス制御式レオメーターCSL100(Carri−Med Ltd製)を用いて25℃で行い、流動曲線の測定は共軸二重円筒型を、動的粘弾性測定はコーンプレート型ジオメトリーを用いて行った。
【0090】
「実施例1」
<最適濃度比の検討>
CTAB濃度を50mMに固定し、種々の濃度のHCin、NaCinをそれぞれ添加した溶液の目視観察を行った。HCin/CTAB水溶液の目視観察を図1に、NaCin/CTAB水溶液の目視観察を図2にそれぞれ示す。
【0091】
その結果、HCin/CTAB、NaCin/CTABの両者の系ともにHCinおよびNaCinを添加するにつれて図1、図2では液面の傾きが大きくなったことが観察されたことから溶液粘度が増加することが分かった。特にNaCinを添加した溶液ではHCin/CTABよりも液面の傾きが大であることが観察されたことから著しい粘度の向上が見られた。
【0092】
なお、HCin添加溶液では、HCinの濃度が40mMを超えると沈殿形成が見られた。したがって、以下の実施例ではHCinおよびNaCinの濃度を40mMとした混合水溶液について検討を行った。
【0093】
「実施例2」
<HCin/CTAB水溶液の流動曲線測定>
HCin/CTAB水溶液のレオロジー評価を流動曲線測定および粘度曲線測定より行った。得られた流動曲線、粘度曲線をそれぞれ図3、図4に示す。流動曲線測定では、シアーストレスを増加させる過程と、減少させる過程の二種類を測定した。
【0094】
なお、以下シアーストレスを増加させる過程で得られる曲線をアップカーブ、シアーストレスを減少させる過程で得られる曲線をダウンカーブと呼ぶこととする。
【0095】
図3はアップカーブとダウンカーブは一致せず、ヒステリシスカーブを描いた。したがって、ニュートン流体の挙動ではなく、非ニュートン流体であり、粘度(流動曲線の傾きに相当)はシアーレートの変化に伴って変化することが分かった。
【0096】
断定的に粘度を数値化することはできなかったが図4から粘度は9.0×10-1〜1.5×10-1Pa・sの範囲であり、低い値であった。このことから、小さな分子集合体が形成されていると考えられる。
【0097】
「実施例3」
<NaCin/CTAB水溶液の動的粘弾性測定>
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液は粘性が高く、流動曲線から粘度評価をすることが難しかったため、動的粘弾性測定を試みた。動的粘弾性測定は線形粘弾性領域で行った。線形粘弾性領域とは、応力(ストレス)とひずみ(ストレイン)の間に比例関係が成り立つ領域のことをいう。
【0098】
<線形粘弾性領域の測定>
線形粘弾性領域は周波数一定6.28rad・s-1(1.0Hz)下で、シアーストレスを0.01Pa〜10Paまで変化させることにより求めた。
【0099】
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液についての線形粘弾性領域を求めた結果を図5に示す。線形粘弾性領域では、応力(ストレス)とひずみ(ストレイン)の間に線形の関係が成立し、粘弾性パラメーター(G’(貯蔵弾性率)、G”(損失弾性率))は一定値を保つ。
【0100】
図5から線形粘弾性領域を求めると、およそ2%ストレイン〜8%ストレインであることが分かった。そのため、NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液の系に関しては線形粘弾性領域内の5%ストレインで動的粘弾性測定を行った。
【0101】
<G’、G”の周波数依存性>
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液について測定したG’(貯蔵弾性率)、G”(損失弾性率)の周波数依存性(25℃)を図6に示す。なお、G’は弾性に関するパラメーターであり、G”は粘性に関するパラメーターである。測定周波数は3.14×10-2〜12.56rad・s-1(0.005〜2.00HZ)で行った。
【0102】
ここでマクスウェルモデル型の緩和挙動について説明する。マクスウェルモデル型の緩和挙動とは緩和時間分布の無い単一の緩和時間を持つ挙動をいう。
【0103】
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液で得られたG’、G”の周波数依存性の結果(図6)において、低周波数側で粘性支配的(G’<G”)、高周波数側で弾性支配的(G’>G”)な挙動を示した。また、G’は高周波数側で平坦領域を有し、G”は極大を示した。この挙動はマクスウェルモデルの挙動に類似している。そこで、G’に対してG”をプロット(Cole−Coleプロット)したところ、きれいな半円が得られた(図7)。
【0104】
このことから緩和時間分布の無い単一の緩和時間を持つマクスウェル型の挙動を示していることが分かった。
【0105】
マクスウェルモデル型の緩和挙動はNaSal/CTABに代表される紐状ミセル系についてこれまでにも多数観測されているため、NaCin/CTAB水溶液は紐状ミセルが形成していることが示唆されることになる。このマクスウェルモデル型の緩和挙動が紐状ミセル系に観測され、これによって紐状ミセルの形成を定性的に確認できることを示した文献としてはShikata, T.; Hirata, H.; Kotaka, T. Langmuir 1987, 3, 1081.がある。
【0106】
このような紐状ミセルに特有の緩和機構がマクスウェルモデル型の緩和挙動となる要因として、例えば、幽霊網目モデルが提唱されている(文献はShikata, T.; Hirata, H.; Kotaka, T. Langmuir 1988, 4, 354.がある)。このモデルの緩和機構は、緩和時間に等しい絡み合いの寿命以上の時間が経過すると絡み合いの架橋点が消滅し、紐状ミセル同士がすり抜けるという現象に基づく。このような挙動は分子鎖が共有結合で構築され、切断されることの無い構造の高分子の場合にはあり得ないとされているが、熱力学的に平衡系である紐状ミセルの系では比較的弱い分子間力によって生じた切断や組み換えが可能であるので十分に考えられる現象であり、紐状ミセルの粘弾性挙動を記述するには適したモデルであると考えられている。
【0107】
<ゼロシアー粘度の算出>
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液はマクスウェルモデル型の挙動のため、溶液の粘度はゼロシアー粘度η0により評価した。
【0108】
なお、η0は下記数式(1)式に基づき求めた。(τ:緩和時間)
【0109】
【数1】
【0110】
上記(1)式で示されるようにη’の極低周波数側(ω≒0)にみられるη0は静的測定のηに相当する(図9)。
【0111】
その結果ゼロシアー粘度は4.1×101Pa・sであった。
【0112】
「実施例4」
<低温透過型電子顕微鏡(cryo−TEM)による分子集合体の観察結果>
実施例3よりNaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液は紐状ミセルが形成されていることが示唆された。そこで、cryo−TEMによる観察を行い、紐状ミセルの形成の確認を行った(図10)。その結果、あらゆる方向に伸びる棒状の紐状ミセルが確認できた。
【0113】
これは紐状ミセル同士がいくつも重なり合い密に絡み合うことで、3次元的ネットワークを形成していることを示し、分子集合体の絡み合いが水溶液を高粘弾性にすると考えられる。(図10において観察される黒い斑点はサンプル作成の際に付着した水滴、霜、または不純物であると考えられる。観察するサンプルは−170℃以下の極低温状態で観察されるため、作成したサンプルを透過型電子顕微鏡本体へ移動させる際に付着した可能性が考えられる。)
「実施例5」
<UV照射前後の粘性変化の目視観察>
HCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液とNaCin/CTAB(50mM/40mM)水溶液のUV照射による粘性変化を試みた。
【0114】
その結果、HCin/CTAB水溶液では大きな粘度変化はみられなかったが粘度低下がみられた(図11)。
【0115】
一方、NaCin/CTAB水溶液ではUV照射後、粘度が著しく減少した(図12)。以後粘度が著しく減少したNaCin/CTAB系に着目し、UV照射による溶液粘性変化について検討した。
【0116】
「実施例6」
<NaCinのtrans/cis光異性化の確認>
Cinは熱力学的に安定なtrans体のみが存在するが、光照射によりcis体へ幾何異性化する。そこで、まずNaCinのUV光照射によるtrans/cis光異性化に対する確認を紫外/可視吸収スペクトル測定により行った。UV光照射は液量:3ml、光の強度:10mW/cm2の条件下で行った。
【0117】
NaCin/CTAB水溶液の紫外・可視吸収スペクトル測定の結果を図13に示す。図より紫外光照射前のtrans体では約269nmに極大吸収波長λmaxを持っている。そしてこのtrans体のNaCinを添加したCTAB水溶液にUV(260−390nm)を照射すると、吸光度が減少し、最大吸収波長も短波長側に変化した(約255nm)。
【0118】
これは立体構造の変化によるものであると考えられるからNaCin分子が紫外光照射により、trans体からcis体へと光異性化したためであると考えられる。
【0119】
NaCinが異性化するのは、紫外光照射を行うことによりC=C基がπ−π*励起状態となり、π*軌道の反結合性によりエネルギー的に不安定になるためである。この時trans体からcis体へ異性化することで安定化する。このスペクトル変化が認められなくなるまでには約3時間を要した。
【0120】
なお、スペクトルに変化は見られなくなってはいる後であっても、光異性化は完全に進行しているわけではなく、trans体からcis体への異性化とcis体からtrans体への異性化が同時に起こっているものと考えられる。つまり、スペクトルに変化が見られなくなったのはtrans体とcis体が一定比率になったためである(光定常状態)と考えられる。UV照射によりλmaxが短波長になり、吸光度も減少したことは、トランス体に比べシス体では立体的な歪が共役する軌道の良好な重なりを妨げたからであるとも考えられる。
【0121】
次に、可逆性の有無の確認については暗所静置後の紫外・可視吸収スペクトル測定により行った。しかし、5日間の暗所静置を行ったが、スペクトルが光照射前の数値に戻るといった変化は全く起きなかった。
【0122】
なお、HCinには異性化の他に光による二量化があることが知られている。主に二量化は結晶状態で起こるが、HCin/CTAB水溶液でもミセル内への可溶化の凝縮効果により起こることも報告されている。そのため、NaCin/CTAB水溶液はどちらが起きているのか判断するため、二量化時(HCin/CTAB水溶液)の紫外・可視吸収スペクトル測定についても行った(図14)。
【0123】
HCin/CTAB水溶液にUV照射をしたところピークの吸光度はUV光の照射時間とともに低下し続け、このことから桂皮酸のC=C二重結合の消滅であることがわかるのでHCinのC=C二重結合が架橋していることが推定される。したがってHCin/CTAB水溶液はUV照射によって二量化を起こした可能性が高い。
【0124】
また、NaCin水溶液は光異性化のみ起こることも報告されており、この系の紫外・可視吸収スペクトル測定を行ったところ、図13の結果と同じスペクトル変化であった。このため、NaCin/CTAB水溶液では光異性化が起きていることがわかった。
【0125】
「実施例6」
<NaCin/CTAB水溶液のUV照射後の粘度>
実施例5より、NaCin/CTAB水溶液の粘度はUV光照射することにより著しく減少することが目視確認された。そこで、UV照射後のNaCin/CTAB水溶液の粘度を流動曲線により求め、UV照射による粘度変化を確認した。UV照射後は著しく粘度が減少し、動的粘弾性測定では測定が不可能なため、流動曲線から粘度を求めた。得られた流動曲線、粘度曲線をそれぞれ図15、図16に示す。
【0126】
その結果、ニュートン流体の流動曲線は原点を通る直線となり、粘度は一定となるので、その挙動を示す流動曲線(図15)からUV照射後はニュートン流体であることが分かった。
【0127】
また、この溶液の粘度を粘度曲線により求めたところ1.8×10-3Pa・sであり、UV照射前(4.1×10Pa・s)の約1/23000に減少することが分かった。この粘弾性低下は通常のCTAB/NaSal/AZTMA混合水溶液の系の変化(1/1000)よりも格段に大きなものであった。
【0128】
以上の結果から、UV照射前に形成されていた紐状ミセル中のNaCinがUV照射により光異性化反応を起こし、絡み合いの無い小さな分子集合体に変化し、溶液粘性が低下したと考えられる。
【0129】
HCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液は非ニュートン流体であり、小さな分子集合体が形成していると考えられる。また、元々の粘度が低いこともあり、UV照射前後で大きな粘度変化は見られなかったものの目視観察から粘弾性低下が観察された。
【0130】
「結果及び考察」
以下に結果を示し、その一例としての考察を示す。
【0131】
<結果>
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液は高粘弾性を示し、動的粘弾性測定および、低温透過型電子顕微鏡(cryo−TEM)による観察から紐状ミセルの形成が確認できた。
【0132】
また、UV照射により著しく粘度が低下した(UV照射前の約1/23000)。この粘度変化はCTAB/NaSal/AZTMA混合水溶液の場合(1/1000)と比較して格段に大きなものであった。
【0133】
<考察>
一例として考察する。UV照射によるNaCin/CTAB水溶液の粘度低下は、以下のことが原因として考えられる。UV照射前はNaCinは直線的なtrans体で、CTABミセル表面上にベンゼン環が埋まった状態にあり、桂皮酸イオンのマイナス電荷が、CTAB分子同士の電荷反発を遮蔽し、臨界充填パラメーターの関係により紐状ミセルが形成する。UV照射後は、かさ高いcis体に異性化し、CTAB分子同士の親水基間距離が増大するなどして桂皮酸イオンがミセル表面から脱離することにより臨界充填パラメーターが低下し、紐状ミセルが崩壊し、絡み合いのない球形ミセルあるいは小さな棒状ミセルが形成したため粘度が低下したと考えられる(図17)。したがって、この理論によって桂皮酸イオンを有する桂皮酸塩全般について同様の傾向が見受けられる。
【図面の簡単な説明】
【0134】
【図1】HCin/CTAB水溶液目視観察を示す写真である。
【図2】NaCin/CTAB水溶液目視観察を示す写真である。
【図3】HCin/CTAB水溶液の流動曲線を示す図である。
【図4】HCin/CTAB水溶液の粘度曲線を示す図である。
【図5】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液の線形粘弾性領域の結果を示す図である。
【図6】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液のG’orG”の周波数依存性の結果を示す図である。
【図7】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液のCole−Coleプロットを示す図である。
【図8】紐状ミセルの絡み合いのすり抜け(幽霊網目モデル)を説明する模式図である。
【図9】HCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液のゼロシアー粘度を得るための図である。
【図10】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液のcryo−TEM像の写真である。
【図11】HCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液のUV照射前後の目視観察を示す写真である。
【図12】NaCin/CTAB水溶液のUV照射前後の目視観察を示す写真である。
【図13】NaCin/CTAB水溶液のUV照射前後の紫外・可視吸収スペクトルを示す図である。
【図14】NaCin/CTAB水溶液のUV照射前後の紫外・可視吸収スペクトルを示す図である。
【図15】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液の流動曲線を示す図である。
【図16】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液の粘度曲線を示す図である。
【図17】UV照射による粘弾性低下のメカニズムを説明する模式図である。
【図18】本実施形態に係る光粘弾性制御システムに係る模式図である。
【図19】本実施形態に係る光粘弾性制御システムに係る処理フロー図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、光応答性組成物、これを用いた光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システム、光応答性組成物の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
界面活性剤は水中において濃度、温度、塩添加等の条件でミセル、ベシクル等の様々な分子集合体を形成する。その中でも特に紐状ミセルの形成が起きると、紐状ミセル同士の三次元的な絡み合いにより高い粘弾性を示すことが知られている。紐状ミセルの形成・崩壊を外部刺激により可逆的に制御することにより、溶液粘弾性を制御することができれば香料、薬剤等の放出制御への応用が期待される。
【0003】
例えば、カチオン系界面活性剤であるセチルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)の水溶液にサリチル酸ナトリウムを添加すると、溶液の粘度が上昇し、粘弾性挙動を示す水溶液となることが知られている。これは、水溶液中でCTABとサリチル酸ナトリウムとが紐状ミセルを形成し、この紐状ミセルが粘弾性を有するためである。
【0004】
この紐状ミセル構造の形成については、その構造解析や溶液物性についての検討が進められ、多数の報告がなされてきた。その性質を生かした実用的な検討については、その配管抵抗減少性を利用した地域冷暖房システムの熱流体があるものの、その用途を除いてはほとんど報告されていない程度である。その原因としては、粘度が上昇した水溶液は取り扱いにくく、使い途が限定されてしまう場合が多いためであった。その一方で、紐状ミセル構造の破壊や再形成を自由に制御することができれば、該水溶液を利用した種々の用途展開が期待できるとされていた。
【0005】
該溶液内の紐状ミセル構造を制御する方法としては、溶液系に新たな物質を添加することにより制御する方法や、溶液に熱を加えることにより制御する方法、電気化学反応による酸化・還元反応により制御する方法(下記特許文献2)等が知られている。
【0006】
しかしながら、溶液に新たな物質を加える方法は、溶液の粘弾性以外の特性に影響を及ぼす場合もあり好ましいものではない場合や、その変化は可逆的でないという問題もある場合があった。また、溶液に熱を加える方法は、溶液系に熱に弱い物質が存在する場合には、該物質や溶液全体の特性に影響を及ぼすこととなってしまう場合がある。また、熱を加えることにより溶液の温度を高温としなければならないなど特定されてしまうため、その用途も限定されるものとなってしまう場合がある。さらに、宇宙空間での試験、深海での試験など、その使用される環境によっては、溶液に熱を加えることが困難な場合などもある。電気化学反応による酸化・還元反応により制御する方法では、宇宙空間での試験、深海での試験など、その使用される環境によっては、電気化学反応により酸化還元させることが困難である場合がある。また溶液系に酸化還元反応しやすい物質が存在する場合には、該物質や溶液全体の特性に影響を及ぼすこととなってしまう場合がある。また、電気化学反応を起こさせるための条件としなければならないなど特定されてしまうため、その用途も限定されるものとなってしまう場合がある。
【0007】
下記特許文献1には、このような紐状ミセル構造が形成された水溶液の粘弾性挙動を、第三成分の添加や加熱、電気化学反応による酸化還元といった手段よりも簡便にかつ可逆的に制御することができる技術として、光を照射することにより、溶液中に形成されている紐状ミセル構造の解体や再形成を自由に制御することを可能とする技術とこれに対応する光応答性水溶液について報告されている。
【0008】
下記特許文献1では、光を照射することにより、溶液中に形成されている紐状ミセル構造の解体や再形成を自由に制御する技術およびこれに対応する光応答性組成物が開示されている。
【0009】
特許文献1に記載される光応答性組成物は、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質およびアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩を水中で混合することにより調製される光応答性組成物である。具体例として、紐状ミセル形成により、高い粘弾性を示すことが知られているカチオン性界面活性剤:cetyltrimethylammonium bromide(CTAB)/sodium salicylate(NaSal)水溶液に光応答性物質(trans/cis光異性化反応性物質)としてアゾベンゼン修飾界面活性剤(4−alkylbenzene−4’−(oxyethyl)trimethylammonium bromide:AZTMA)を添加した溶液の光による可逆的な粘性制御などが開示されている。
【0010】
特許文献1に記載の技術によれば、従来のような第三成分の添加や加熱、電気化学反応による酸化還元というような手段をとることなく、光照射という極めて簡単な操作により、溶液の粘弾性挙動等を自由に制御することができることが報告されている。
【0011】
【特許文献1】特開2003−147330号公報
【特許文献2】特開2005−290203号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1では、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質を含む紐状ミセルを形成する系に、光応答性物質(trans/cis光異性化反応性物質)としてアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩を加えることで光応答性組成物を構成し、この光応答性組成物に光照射をすることで光応答性物質のtrans/cis光異性化反応を利用して、紐状ミセルを形成させて粘性を増大させ、また、崩壊させることにより粘弾性を低下させることにより粘性制御を行っているものであるが、光応答性物質のアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩は通常高価であり、市場流通性もそれほど大きいとは言えないのが現状である。また、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質として光応答性物質を採用していないため、粘性変化は小さい場合が多い。
【0013】
本発明は、上記課題等を解決することに鑑みてなされたものであり、光照射による粘弾性変化率がより大きく、構成成分が少なくコストが低減できるなどの利点を有する光応答性組成物、これを用いた光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システム、光応答性組成物の使用を提供することをその主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、桂皮酸と桂皮酸塩のうち少なくとも一方と、第4級アンモニウム塩とを含む光応答性組成物であることを特徴とする。
【0015】
前記光応答性組成物であって、前記第4級アンモニウム塩は、セチルトリメチルアンモニウムブロミド、セチルトリメチルアンモニウムクロライド、セチルピリジニウムクロライド、オクタデシルトリメチルアンモニウムブロマイド、オクタデシルトリメチルアンモニウムクロライドおよびオクタデシルピリジニウムクロライドよりなる群から少なくとも1種以上選ばれたものであると好適である。
【0016】
前記光応答性組成物であって、前記桂皮酸塩は、桂皮酸ナトリウムを含むものであると好適である。
【0017】
前記光応答性組成物であって、さらにアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩を含むものであってもよい。
【0018】
前記光応答性組成物であって、光応答による粘弾性低下で放出する放出物を含むと好適である。
【0019】
また、本発明は、光粘弾性制御方法であって、上記光応答性組成物に対して桂皮酸または桂皮酸塩の光応答を起こさせる波長光を含んで照射する光照射工程を含むことを特徴とする。
【0020】
前記光粘弾性制御方法であって、前記光応答を起こさせる波長光が光異性化反応に対応する波長光であると好適である。
【0021】
前記光粘弾性制御方法であって、前記光照射工程は、光照射により粘弾性を低下させる光粘弾性低下工程とを含むと好適である。また、さらには前記粘弾性低下後に光照射により粘弾性を増大させる光粘弾性増大工程とを含むと好適である。
【0022】
前記光粘弾性制御方法であって、前記光粘弾性増大工程により外部物質を取り込むと好適である。
【0023】
前記光粘弾性制御方法であって、前記外部物質は有害物質であると好適である。
【0024】
また、本発明は、光粘弾性制御システムであって、上記記載の光粘弾性制御方法により光粘弾性制御を行う光制御装置を含むことを特徴とする。すなわち、上記光応答性組成物に対して桂皮酸または桂皮酸塩の光応答を起こさせる波長光を含んで照射する光照射装置を含むことを特徴とする。
【0025】
前記光粘弾性制御システムであって、前記光応答を起こさせる波長光が光異性化反応に対応する波長光であると好適である。
【0026】
前記光粘弾性制御システムであって、前記光照射装置は、光照射により粘弾性を低下させる光粘弾性低下装置と、前記粘弾性低下後に光照射により粘弾性を増大させる光粘弾性増大装置と、を含むと好適である。
【0027】
前記光粘弾性制御システムであって、前記光応答性組成物は光応答による粘弾性低下で放出する放出物を含み、前記光粘弾性低下装置による粘弾性低下により前記放出物を放出し、前記光粘弾性増大装置による粘性増大により放出された前記放出物を再び取り込むと好適である。
【0028】
また、本発明は、光粘弾性制御への桂皮酸と桂皮酸塩のうち少なくとも一方と、第4級アンモニウム塩とを含む光応答性組成物の使用を特徴とする。
【発明の効果】
【0029】
本発明は、光照射による粘弾性変化率がより大きく、構成成分が少なくコストが低減できるなどの利点を有する光応答性組成物、これを用いた光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システム、光応答性組成物の使用を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明者は紐状ミセル形成に必要な添加塩(ミセル形成誘起物質)自体を光異性化するものに変えればさらに大きな粘性変化が期待できるのではないかという知見を得、鋭意検討した。その結果、驚くべきことにNaSalに構造が類似し、ミセル形成誘起物質として機能する上、溶液中で光応答(本明細書においては、ミセルの解体や制御に係る反応であって、cis−trans光異性化反応、光二量化反応を含む)を示す桂皮酸または桂皮酸塩を添加した組成物に光照射による粘性制御を行えば大きな粘弾性変化率を期待でき、さらに、通常高価であり、現時点での市場流通性も大きいとは言えない光応答性物質たるアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩などを用いなくとも粘性変化による制御を行うことができることを見出し、本発明に至った。桂皮酸または桂皮酸塩は基本的に市場流通性が大きく、安価である場合が多く、光応答性組成物の価格を低価格化することができる。
【0031】
以下本実施形態に係る光応答性組成物について説明する。なお、本実施形態は、本発明を実施するための一形態に過ぎず、本発明は本実施形態によって限定されるものではない。
【0032】
「光応答性組成物」
本実施形態に係る光応答性組成物は、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質として桂皮酸または桂皮酸塩を液中で混合することにより調製される。
【0033】
本発明において使用される第4級アンモニウム塩は、カチオン性界面活性剤などミセル形成誘起物質と共に紐状ミセル構造を形成するものであれば特に制約はないが、例えば次の式(I)で表される第4級アンモニウム塩などを挙げることができる。
【0034】
【化1】
【0035】
第4級アンモニウム塩は、好ましいものとしては、アルキル4級アンモニウム塩、長鎖アルキルトリメチルアンモニウムブロミド系の第4級アンモニウム塩が挙げられ、具体的には、セチルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)、セチルトリメチルアンモニウムクロライド、セチルピリジニウムクロライド、オクタデシルトリメチルアンモニウムブロマイド、オクタデシルトリメチルアンモニウムクロライド、オクタデシルピリジニウムクロライド等を挙げることができる。
【0036】
本実施形態で用いるミセル形成誘起物質は、上記の第4級アンモニウム塩と共に水溶液中で、紐状のミセル構造などを形成することができ光応答反応によって粘弾性を少なくとも低下できる桂皮酸または桂皮酸塩であればよく特に限られることがない。形成されるミセルとしては紐状ミセルであると粘弾性制御の観点から好適であり、以下例として挙げて説明するが、特に限られることなく粘弾性の変化を溶液に与えるミセルであればよい。
【0037】
ミセル形成誘起物質の具体例としては、桂皮酸、桂皮酸ナトリウム、桂皮酸カリウム、トランス−桂皮酸(trans−cinnamic acid)、α−メチル桂皮酸(alpha−methylcinnamic acid)、2−メチル桂皮酸(2−methylcinnamic acid)、2−フルオロ桂皮酸(2−fluorocinnamic acid)、2−(トリフルオロメチル)桂皮酸(2−(trifluoromethyl)cinnamic acid)、2−クロロ桂皮酸(2−chlorocinnamic acid)、2−メトキシ桂皮酸(2−methoxycinnamic acid)、2−ヒドロキシ桂皮酸(2−hydroxycinnamic acid)、2−ニトロ桂皮酸(2−nitrocinnamic acid)、2−カルボキシ桂皮酸(2−carboxycinnamic acid)、トランス−3−フルオロ桂皮酸(trans−3−fluorocinnamic acid)、3−(トリフルオロメチル)桂皮酸(3−(trifluoromethyl)cinnamic acid)、3−クロロ桂皮酸(3−chlorocinnamic acid)、3−ブロモ桂皮酸(3−bromocinnamic acid)、3−メトキシ桂皮酸(3−methoxycinnamic acid)、3−ヒドロキシ桂皮酸(3−hydroxycinnamic acid)、3−ニトロ桂皮酸(3−nitrocinnamic acid)、4−メチル桂皮酸(4−methylcinnamic acid)、4−フルオロ桂皮酸(4−fluorocinnamic acid)、トランス−4−(トリフルオロメチル)−桂皮酸(trans−4−(trifluoromethyl)−cinnamic acid)、4−クロロ桂皮酸(4−chlorocinnamic acid)、4−ブロモ桂皮酸(4−bromocinnamic acid)、4−メトキシ桂皮酸(4−methoxycinnamic acid)、4−ヒドロキシ桂皮酸(4−hydroxycinnamic acid)、4−ニトロ桂皮酸(4−nitrocinnamic acid)、3,3−ジメトキシ桂皮酸(3,3−dimethoxycinnamic acid)、パラメトキシ桂皮酸エチル,パラメトキシ桂皮酸イソプロピル,パラメトキシ桂皮酸オクチル,パラメトキシ桂皮酸−2−エトキシエチル,パラメトキシ桂皮酸ナトリウム,パラメトキシ桂皮酸カリウム,パラメトキシ桂皮酸モノ−2−エチルヘキサン酸グリセリル等のメトキシ桂皮酸誘導体などを挙げることができる。
【0038】
本実施形態に係る光応答性組成物は、上記第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩を使用し、これらを例えば水溶液などの光応答性組成物が存在可能な液中で混合することにより調製される。
【0039】
調製に用いられる液としては、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩によって紐状ミセルを少しでも形成できるものであれば特に限られることなく用いることができるが、以下水溶液を例示して説明する。
【0040】
本実施形態に係る光応答組成物の調製に当たっての各成分の水溶液中での濃度は、目的とする粘弾性挙動や光照射に対する応答性等によって相違するが、第4級アンモニウム塩としては、10mmol/l〜100mmol/l程度、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩は、第4級アンモニウム塩に対して50%程度であると好適である場合が多い。
【0041】
これら各成分を配合した水溶液は、紐状ミセルなどを形成する光応答性組成物を含むため、粘弾性挙動を示す。
【0042】
この粘弾性挙動は、光応答性組成物が光異性化反応を示す寄与度が大きい場合については、まず、紐状ミセルが解体することに対応する波長光の照射を受けるまで維持される。一方、紐状ミセルが解体することに対応する波長光の照射を受けると、紐状ミセルを形成する成分のうち、ミセル形成誘起物質が後述するようなトランス型からシス型への変形を起こし、紐状ミセルが解体し、粘弾性の低下を示すようになる。その後、紐状ミセルが解体することに対応する波長光の照射をやめ、更に紐状ミセルが形成することに対応する波長光の照射を行うと、ミセル形成誘起物質がシス体からトランス体へと戻り、紐状ミセルを再形成するため、粘弾性が再増大する可逆反応となる。
【0043】
この粘弾性挙動は、光応答性組成物が光二量化反応を示す寄与度が大きい場合については、光二量化反応によって、紐状ミセルが解体することに対応する波長光の照射を受けるまで維持される。一方、紐状ミセルが解体することに対応する波長光の照射を受けると、紐状ミセルを形成する成分のうち、ミセル形成誘起物質が光二量化反応を起こし、紐状ミセルが解体し、粘弾性の低下を示すようになる。この場合は光二量化反応によって元のミセル有機物質に戻れない場合が多く不可逆反応となりやすい。
【0044】
本実施形態に係る光応答性組成物を含む液の粘弾性挙動の変化は、もっぱらミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩の変形に依存するので、この化合物が変化する波長の光で粘弾性を制御することが可能となる。すなわち、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩についてそれぞれの変形波長の光を選択することにより、紫外部の光で粘弾性挙動が変化する水溶液でも、また紫外部以外の可視光などで粘弾性挙動が変化する水溶液でも調製することができる。対応する波長は適宜ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩の光応答する波長を公知文献等から選択し、採用することができる。例えば桂皮酸ナトリウムの場合は、紫外光を紐状ミセルが解体することに対応する波長光は260〜400nm程度(後述のシステム100では第一紫外光に対応)、更に紐状ミセルが形成することに対応する波長光は230〜255nm程度(後述のシステム100では第二紫外光に対応)である。
【0045】
水溶液中で調製された本実施形態に係る光応答性組成物は、紐状ミセルの解体により粘弾性低下、再生により粘弾性増大と、粘弾性等の物性が大きく変化する。同時にその構成成分として含まれる第4級アンモニウム塩は通常界面活性剤として作用する化合物であるため、これを利用した使用に用いることができる。例えば、第4級アンモニウム塩は、カチオン性界面活性剤として、また、化粧品の防腐剤、殺菌剤として用いられているものであり、これを含む本実施形態に係る光応答性組成物は、化粧品の防腐剤、殺菌剤などの用途に用いることができる。また、桂皮酸および桂皮酸塩の紫外線吸収作用を利用した日焼け止め剤などとしても用いることができ、化粧品としても有用である。
【0046】
本実施形態に係る光応答性組成物の用途としては、香料、薬物、顔料や、それ以外の疎水性物質等の成分、特に油系成分を含有し、光照射によりこれらを放出する光応答放出組成物として有利に使用することができる。この光応答放出組成物は、例えば次の方法により製造される。香料、薬剤等に限られずこれら放出物をミセル中に包含し、放出制御により溶液中に放出させることができる。
【0047】
すなわち、まず本実施形態に係る光応答性組成物に紐状ミセルが解体する光応答に対応する波長の光を照射し、紐状ミセルを解体させた状態で十分に攪拌し、これに油系成分を加える。次いで、紐状ミセルが解体する光応答に対応する波長の光の照射を停止させた後、紐状ミセルが形成する光応答に対応する波長の光照射をすることで紐状ミセルを再形成させると、この紐状ミセルに上記成分が保持ないし吸着した状態となり、光応答放出組成物が得られる。
【0048】
そして、このようにして得られた光応答放出組成物は、紐状ミセルが解体する光応答に対応する波長の光照射を受けることにより、紐状ミセルが再度解体し、これに保持ないし吸着していた成分などが水溶液中に放出される。また、紐状ミセルが解体する光応答に対応する波長の光の照射を停止させるなど、紐状ミセルが形成する光応答に対応する波長の光照射をすることで紐状ミセルを再形成させると、この紐状ミセルに上記成分が保持ないし吸着した状態となり、光応答放出組成物が得られる。
【0049】
このようにして、外部物質を保持ないし吸着したり、放出したりする制御が可能となる。
【0050】
本実施形態に係る光応答性組成物を含む液が、光の照射により粘弾性挙動を代える理由として、一例として考察するに次のようにも考えられる。図17にはその粘弾性挙動に係る紐状ミセルの解体と形成を示す模式図が示される。
【0051】
紐状ミセル中のミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩は、自然光や人工光などの紫外光等の紐状ミセルの解体に対応する波長光の光照射で、トランス体からシス体に変化させることができる性質を有するものである。さらには、逆に光照射をやめて自然光や人工光の紫外光など紐状ミセルの形成に対応する波長の光照射でシス体からトランス体に変化させ、シス体からトランス体に変化することを促進するという性質を有することができる場合もある。
【0052】
そして、第4級アンモニウム塩、ミセル形成誘起物質を液中で混合させると、これらの成分は整列し、紐状ミセルを形成すると考えられるが、ここに紫外光など対応する波長光が照射されると、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩が上記反応を起こしてシス型となる結果、紐状ミセルが維持できなくなり、解体する。
【0053】
一方、対応する波長光を照射すると、再度ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩がトランス型となって整列が可能となる結果、もとの紐状ミセルを形成することになる。
【0054】
このように、紫外光などの照射により、紐状ミセルが解体するなど、再形成されるので溶液の粘弾性挙動も大きく変化させることができるものと考えられる。
【0055】
本実施形態では、ミセル形成誘起物質としての桂皮酸または桂皮酸塩が光応答性物質としてtrans/cis光異性化反応するので光応答性物質として紐状ミセルを形成することに関与する以外の第三の物を加えた場合よりも粘弾性挙動も大きく変化させることができる。
【0056】
本実施形態に係る光応答性組成物は第三成分の添加や加熱、電気化学反応による酸化還元といった手段を用いることなく粘弾性挙動を変化させることができ、好適である。しかしながら第三成分の添加や加熱、電気化学反応による酸化還元といった手段を用いることが可能と適宜判断された場合には、これら手段を本実施形態の光制御方法に加えて用いることを妨げるものではない。
【0057】
本実施形態ではアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩は、構成成分が増える上、コスト高くなるので使用しないことが好ましいが、粘弾性変化率をさらに向上させるなどの観点から好適な場合には使用してもよい。使用するアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩は、アゾベンゼン骨格を有する化合物の一部に第4級アンモニウム塩を結合させたものであり、例えば次の式(II)で表される化合物を挙げることができる。
【0058】
【化2】
【0059】
アゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩の具体例としては、4−ブチルアゾベンゼン−4'−オキシエチルトリメチルアンモニウムブロミド(AZTAB)、4−ヘキシルアゾベンゼン−4'−オキシエチルトリメチルアンモニウムブロミド、4−オクチルアゾベンゼン−4'−オキシエチルトリメチルアンモニウムブロミドおよびこれらの塩化物等を挙げることができる。
【0060】
また、水溶液から光応答性組成物を取り出してもよい。この場合、光応答性組成物以外の水溶液液などの液を除去すればよい。液を取り除かれた光応答性組成物は、液を取り除かれた後再び水などの液体を加えることで光応答性組成物として加えられた液の粘弾性を変化させることができる。
【0061】
「光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システム」
以下本実施形態に係る光応答性組成物を用いた光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システムについて説明する。
【0062】
本実施形態に係る光粘弾性制御方法について光応答性組成物に対して桂皮酸または桂皮酸塩の光応答を起こさせる波長光を含んで照射する(光照射工程)ものである。図18には、本実施形態に係る光粘弾性制御方法を用いた光粘弾性制御システム100が示される。ここで光粘弾性制御システム100は光異性化反応に対する光応答性組成物の可逆粘弾性制御方法の実施形態を例示して説明している。
【0063】
光粘弾性制御システム100は、光応答性組成物を含む溶液10、溶液10が収容される容器20、溶液10に光40を照射する光源30、光源30の光照射を制御するコンピュータ50とを含む光粘弾性制御システムである。
【0064】
光応答組成物としては一例としてCTABと桂皮酸ナトリウム溶液を用いている。
【0065】
光源30は、桂皮酸ナトリウムの桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の紫外光、シスからトランス異性化する波長の可視光のいずれも選択して照射できる光源である。光源30は、コンピュータ50と接続されており、コンピュータ50からの指示に基づいて光40の波長を変化させたり、光40を照射したり、照射を停止したりする。波長を変化させるには適宜選択した方法を採用することができるが、例えば光源30に紫外光フィルタなどのフィルタを取り付けこれで選択的に波長を通過させることで光40の波長の変化させる方法などを挙げることができる。
【0066】
コンピュータ50には、記憶装置と演算装置(CPU)(図示せず)が構成物として含まれている。記憶装置は、桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の第一紫外光の波長、シスからトランス異性化する波長の第二紫外光の波長が記憶されている。記憶装置は特に限られることがないが読み取り専用の記憶装置(ROM等)、読み書き可能な記憶装置(RAM等)など波長が記憶できる装置であれば特に限られることがない。CPUは光源30を制御する際に記憶装置から所望の波長を読み出し、これに基づいて光源30の照射光40の制御を指示する。
【0067】
図19には光粘弾性制御システム100の処理フロー例が示される。
【0068】
コンピュータ50のCPUは、外部から入力された要望などに基づいて溶液10の粘弾性を低下させる旨を判断する(S1)。CPUは、粘弾性を低下させる旨を判断すると、記憶装置から桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の第一紫外光の波長を読み出す。次にCPUは、読み出した第一紫外光の波長を光40として照射することを光源30に指示する。光源30はこの指示を受け桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の第一紫外光の波長を光40として溶液10に照射する(S2)。
【0069】
コンピュータ50のCPUは、紐状ミセルが解体され所望の状態とするまで粘弾性が低下させられたと判断した場合であっても紐状ミセルが解体された状態を維持するために第一紫外光を光40として照射し続けるように光源30に指示し続ける(S3)。
【0070】
外部から入力された要望に基づいて溶液10の粘弾性を増大させる旨を判断する(S4)。CPUは、粘弾性を増大させる旨を判断すると、光40として照射し続けるように光源30に指示し続けた第一紫外光の照射を停止させる(S5)。
【0071】
次にコンピュータ50のCPUは、記憶装置から桂皮酸イオンがシスからトランス異性化する波長の第二紫外光の波長を読み出す。次にCPUは、読み出した紫外光の波長を光40として照射することを光源30に指示する。光源30はこの指示を受け桂皮酸イオンがシスからトランス異性化する波長の紫外光の波長を光40として溶液10に照射する(S6)。
【0072】
コンピュータ50のCPUは、紐状ミセルが形成され所望の状態とされるまで粘弾性が増大するまで光40として第二紫外光を照射し続けるように光源30に指示し続ける(S7)。
【0073】
以上のようにして光粘弾性制御システム100によれば、光応答組成物を含む溶液10の粘弾性の低下と増大の制御を紐状ミセルの解体と形成により行うことができる。
【0074】
光粘弾性制御システム100は光源30とコンピュータ50による制御により光照射により粘弾性を低下させる光粘弾性低下工程と、前記粘弾性低下後に光照射により粘弾性を増大させる光粘弾性増大工程とを両方実施しており、可逆制御を可能としている。しかしながら、所望に応じて光粘弾性制御システム100で光粘弾性低下工程、光粘弾性増大工程の一方だけを実施することとしてもよい。
【0075】
光粘弾性制御システム100は、溶液10中に外部物質を入れ、光粘弾性増大工程により前記外部物質を保持又は吸着するなどして取り込ませる方法を実施することもできる。
【0076】
外部物質としては特に限られることがないが有害物質(特に有機系有害物質)などを用いてこれを光粘弾性制御システム100で回収させるようにすると好適である。すなわち、光粘弾性制御システム100を有害物質の回収システムとして利用する利用方法である。
【0077】
光粘弾性制御システム100を有害物質の回収システムとしての利用方法を説明する。コンピュータ50のCPUは、溶液10の粘弾性を低下させる旨を判断する(S1)。CPUは、粘弾性を低下させる旨を判断すると、記憶装置から桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の第一紫外光の波長を読み出す。次にCPUは、読み出した第一紫外光の波長を光40として照射することを光源30に指示する。光源30はこの指示を受け桂皮酸イオンがトランスからシス異性化する波長の第一紫外光の波長を光40として溶液10に照射する(S2)。
【0078】
コンピュータ50のCPUは、紐状ミセルが解体され所望の状態とするまで粘弾性が低下させられたと判断した場合であっても紐状ミセルが解体された状態を維持するために第一紫外光を光40として照射し続けるように光源30に指示し続ける(S3)。
【0079】
次に外部物質として有害物質を含む有害物質含有液を溶液10に加える。有害物質含有液が溶液10に加えられると溶液10の粘弾性を増大させる旨を判断する(S4)。CPUは、粘弾性を増大させる旨を判断すると、光40として照射し続けるように光源30に指示し続けた第一紫外光の照射を停止させる(S5)。
【0080】
次にコンピュータ50のCPUは、記憶装置から桂皮酸イオンがシスからトランス異性化する波長の第二紫外光の波長を読み出す。次にCPUは、読み出した第二紫外光の波長を光40として照射することを光源30に指示する。光源30はこの指示を受け桂皮酸イオンがシスからトランス異性化する波長の第二紫外光の波長を光40として溶液10に照射する(S6)。
【0081】
コンピュータ50のCPUは、紐状ミセルが形成され所望の状態とするまで粘弾性が増大するまで光40として紫外光を照射し続けるように光源30に指示し続ける(S7)。有害物質は紐状ミセルが形成される過程で保持ないし吸着されることで溶液10中から除去される。このようにして有害物質などの外部物質を除去することができる。
【0082】
なお、本実施形態に係る光粘弾性制御方法、光粘弾性制御システムの利用方法について、光応答を起こさせる波長光が桂皮酸または桂皮酸塩の光異性化反応に対応する波長光であると可逆的に粘弾性を制御できるので好適であるが、これに限られず、桂皮酸または桂皮酸塩の光二量化反応によってミセルが崩壊し、粘弾性が低下するのみの不可逆反応であってもよく、不可逆反応による安定性を重視する用途などによっては好適である場合もある。
【実施例】
【0083】
以下、本実施形態を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されることはない。
【0084】
「試薬」
カチオン界面活性剤としてcetyltrimethylammonium bromide(CTAB) (Aldrich Chemical Company, Inc. 製)を用いた。また、水溶液中で光照射により可逆的なtrans/cis光応答性化反応を示す桂皮酸(HCin)(和光純薬工業(株)製)およびHCinを5mol/l水酸化ナトリウム水溶液(和光純薬工業(株)製)により桂皮酸塩たるNa塩にした桂皮酸ナトリウム(NaCin)を紐状ミセル形成の誘発物質として用いた。
【0085】
CTABに対してHCinおよびNaCinを添加して粘度が発現するかどうかの目視観察をし、両者の系を比較する最適条件を検討した。最適条件は最も粘性が高くなったものとし、これを用いた。
【0086】
サンプルは50mMCTAB水溶液にtrans体のHCinおよびNaCinを20,40,50mMとなるように添加し、その後十分に撹拌し、25℃恒温下で2日以上静置した後のものを用い、最適条件のサンプルに光照射し、その粘度変化等を測定した。
【0087】
「実験方法」
<光異性化方法>
NaCinの光異性化は、光源として、200W水銀・キセノンランプ(SAN−EISUPERCURE−203S)を用いた。紫外光照射時には紫外光フィルタ(Kenko製U−340, 透過波長領域260−390nm)を装着して、室温下で光照射を行った。なお、光照射の際の光の強度は10mW/cm2とした。
【0088】
<紫外/可視吸収スペクトル測定法>
CTAB水溶液に添加したHCin、NaCinのUV照射によるtrans/cis光異性化の確認は、紫外/可視吸収スペクトル測定により行った。測定には紫外/可視分光光度計(日立製作所製:U−3310)を用い、測定波長範囲は190〜550nmとした。測定セルには光路長1cmの石英セルを用いた。
【0089】
<レオロジー測定>
ストレス制御式レオメーターCSL100(Carri−Med Ltd製)を用いて25℃で行い、流動曲線の測定は共軸二重円筒型を、動的粘弾性測定はコーンプレート型ジオメトリーを用いて行った。
【0090】
「実施例1」
<最適濃度比の検討>
CTAB濃度を50mMに固定し、種々の濃度のHCin、NaCinをそれぞれ添加した溶液の目視観察を行った。HCin/CTAB水溶液の目視観察を図1に、NaCin/CTAB水溶液の目視観察を図2にそれぞれ示す。
【0091】
その結果、HCin/CTAB、NaCin/CTABの両者の系ともにHCinおよびNaCinを添加するにつれて図1、図2では液面の傾きが大きくなったことが観察されたことから溶液粘度が増加することが分かった。特にNaCinを添加した溶液ではHCin/CTABよりも液面の傾きが大であることが観察されたことから著しい粘度の向上が見られた。
【0092】
なお、HCin添加溶液では、HCinの濃度が40mMを超えると沈殿形成が見られた。したがって、以下の実施例ではHCinおよびNaCinの濃度を40mMとした混合水溶液について検討を行った。
【0093】
「実施例2」
<HCin/CTAB水溶液の流動曲線測定>
HCin/CTAB水溶液のレオロジー評価を流動曲線測定および粘度曲線測定より行った。得られた流動曲線、粘度曲線をそれぞれ図3、図4に示す。流動曲線測定では、シアーストレスを増加させる過程と、減少させる過程の二種類を測定した。
【0094】
なお、以下シアーストレスを増加させる過程で得られる曲線をアップカーブ、シアーストレスを減少させる過程で得られる曲線をダウンカーブと呼ぶこととする。
【0095】
図3はアップカーブとダウンカーブは一致せず、ヒステリシスカーブを描いた。したがって、ニュートン流体の挙動ではなく、非ニュートン流体であり、粘度(流動曲線の傾きに相当)はシアーレートの変化に伴って変化することが分かった。
【0096】
断定的に粘度を数値化することはできなかったが図4から粘度は9.0×10-1〜1.5×10-1Pa・sの範囲であり、低い値であった。このことから、小さな分子集合体が形成されていると考えられる。
【0097】
「実施例3」
<NaCin/CTAB水溶液の動的粘弾性測定>
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液は粘性が高く、流動曲線から粘度評価をすることが難しかったため、動的粘弾性測定を試みた。動的粘弾性測定は線形粘弾性領域で行った。線形粘弾性領域とは、応力(ストレス)とひずみ(ストレイン)の間に比例関係が成り立つ領域のことをいう。
【0098】
<線形粘弾性領域の測定>
線形粘弾性領域は周波数一定6.28rad・s-1(1.0Hz)下で、シアーストレスを0.01Pa〜10Paまで変化させることにより求めた。
【0099】
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液についての線形粘弾性領域を求めた結果を図5に示す。線形粘弾性領域では、応力(ストレス)とひずみ(ストレイン)の間に線形の関係が成立し、粘弾性パラメーター(G’(貯蔵弾性率)、G”(損失弾性率))は一定値を保つ。
【0100】
図5から線形粘弾性領域を求めると、およそ2%ストレイン〜8%ストレインであることが分かった。そのため、NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液の系に関しては線形粘弾性領域内の5%ストレインで動的粘弾性測定を行った。
【0101】
<G’、G”の周波数依存性>
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液について測定したG’(貯蔵弾性率)、G”(損失弾性率)の周波数依存性(25℃)を図6に示す。なお、G’は弾性に関するパラメーターであり、G”は粘性に関するパラメーターである。測定周波数は3.14×10-2〜12.56rad・s-1(0.005〜2.00HZ)で行った。
【0102】
ここでマクスウェルモデル型の緩和挙動について説明する。マクスウェルモデル型の緩和挙動とは緩和時間分布の無い単一の緩和時間を持つ挙動をいう。
【0103】
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液で得られたG’、G”の周波数依存性の結果(図6)において、低周波数側で粘性支配的(G’<G”)、高周波数側で弾性支配的(G’>G”)な挙動を示した。また、G’は高周波数側で平坦領域を有し、G”は極大を示した。この挙動はマクスウェルモデルの挙動に類似している。そこで、G’に対してG”をプロット(Cole−Coleプロット)したところ、きれいな半円が得られた(図7)。
【0104】
このことから緩和時間分布の無い単一の緩和時間を持つマクスウェル型の挙動を示していることが分かった。
【0105】
マクスウェルモデル型の緩和挙動はNaSal/CTABに代表される紐状ミセル系についてこれまでにも多数観測されているため、NaCin/CTAB水溶液は紐状ミセルが形成していることが示唆されることになる。このマクスウェルモデル型の緩和挙動が紐状ミセル系に観測され、これによって紐状ミセルの形成を定性的に確認できることを示した文献としてはShikata, T.; Hirata, H.; Kotaka, T. Langmuir 1987, 3, 1081.がある。
【0106】
このような紐状ミセルに特有の緩和機構がマクスウェルモデル型の緩和挙動となる要因として、例えば、幽霊網目モデルが提唱されている(文献はShikata, T.; Hirata, H.; Kotaka, T. Langmuir 1988, 4, 354.がある)。このモデルの緩和機構は、緩和時間に等しい絡み合いの寿命以上の時間が経過すると絡み合いの架橋点が消滅し、紐状ミセル同士がすり抜けるという現象に基づく。このような挙動は分子鎖が共有結合で構築され、切断されることの無い構造の高分子の場合にはあり得ないとされているが、熱力学的に平衡系である紐状ミセルの系では比較的弱い分子間力によって生じた切断や組み換えが可能であるので十分に考えられる現象であり、紐状ミセルの粘弾性挙動を記述するには適したモデルであると考えられている。
【0107】
<ゼロシアー粘度の算出>
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液はマクスウェルモデル型の挙動のため、溶液の粘度はゼロシアー粘度η0により評価した。
【0108】
なお、η0は下記数式(1)式に基づき求めた。(τ:緩和時間)
【0109】
【数1】
【0110】
上記(1)式で示されるようにη’の極低周波数側(ω≒0)にみられるη0は静的測定のηに相当する(図9)。
【0111】
その結果ゼロシアー粘度は4.1×101Pa・sであった。
【0112】
「実施例4」
<低温透過型電子顕微鏡(cryo−TEM)による分子集合体の観察結果>
実施例3よりNaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液は紐状ミセルが形成されていることが示唆された。そこで、cryo−TEMによる観察を行い、紐状ミセルの形成の確認を行った(図10)。その結果、あらゆる方向に伸びる棒状の紐状ミセルが確認できた。
【0113】
これは紐状ミセル同士がいくつも重なり合い密に絡み合うことで、3次元的ネットワークを形成していることを示し、分子集合体の絡み合いが水溶液を高粘弾性にすると考えられる。(図10において観察される黒い斑点はサンプル作成の際に付着した水滴、霜、または不純物であると考えられる。観察するサンプルは−170℃以下の極低温状態で観察されるため、作成したサンプルを透過型電子顕微鏡本体へ移動させる際に付着した可能性が考えられる。)
「実施例5」
<UV照射前後の粘性変化の目視観察>
HCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液とNaCin/CTAB(50mM/40mM)水溶液のUV照射による粘性変化を試みた。
【0114】
その結果、HCin/CTAB水溶液では大きな粘度変化はみられなかったが粘度低下がみられた(図11)。
【0115】
一方、NaCin/CTAB水溶液ではUV照射後、粘度が著しく減少した(図12)。以後粘度が著しく減少したNaCin/CTAB系に着目し、UV照射による溶液粘性変化について検討した。
【0116】
「実施例6」
<NaCinのtrans/cis光異性化の確認>
Cinは熱力学的に安定なtrans体のみが存在するが、光照射によりcis体へ幾何異性化する。そこで、まずNaCinのUV光照射によるtrans/cis光異性化に対する確認を紫外/可視吸収スペクトル測定により行った。UV光照射は液量:3ml、光の強度:10mW/cm2の条件下で行った。
【0117】
NaCin/CTAB水溶液の紫外・可視吸収スペクトル測定の結果を図13に示す。図より紫外光照射前のtrans体では約269nmに極大吸収波長λmaxを持っている。そしてこのtrans体のNaCinを添加したCTAB水溶液にUV(260−390nm)を照射すると、吸光度が減少し、最大吸収波長も短波長側に変化した(約255nm)。
【0118】
これは立体構造の変化によるものであると考えられるからNaCin分子が紫外光照射により、trans体からcis体へと光異性化したためであると考えられる。
【0119】
NaCinが異性化するのは、紫外光照射を行うことによりC=C基がπ−π*励起状態となり、π*軌道の反結合性によりエネルギー的に不安定になるためである。この時trans体からcis体へ異性化することで安定化する。このスペクトル変化が認められなくなるまでには約3時間を要した。
【0120】
なお、スペクトルに変化は見られなくなってはいる後であっても、光異性化は完全に進行しているわけではなく、trans体からcis体への異性化とcis体からtrans体への異性化が同時に起こっているものと考えられる。つまり、スペクトルに変化が見られなくなったのはtrans体とcis体が一定比率になったためである(光定常状態)と考えられる。UV照射によりλmaxが短波長になり、吸光度も減少したことは、トランス体に比べシス体では立体的な歪が共役する軌道の良好な重なりを妨げたからであるとも考えられる。
【0121】
次に、可逆性の有無の確認については暗所静置後の紫外・可視吸収スペクトル測定により行った。しかし、5日間の暗所静置を行ったが、スペクトルが光照射前の数値に戻るといった変化は全く起きなかった。
【0122】
なお、HCinには異性化の他に光による二量化があることが知られている。主に二量化は結晶状態で起こるが、HCin/CTAB水溶液でもミセル内への可溶化の凝縮効果により起こることも報告されている。そのため、NaCin/CTAB水溶液はどちらが起きているのか判断するため、二量化時(HCin/CTAB水溶液)の紫外・可視吸収スペクトル測定についても行った(図14)。
【0123】
HCin/CTAB水溶液にUV照射をしたところピークの吸光度はUV光の照射時間とともに低下し続け、このことから桂皮酸のC=C二重結合の消滅であることがわかるのでHCinのC=C二重結合が架橋していることが推定される。したがってHCin/CTAB水溶液はUV照射によって二量化を起こした可能性が高い。
【0124】
また、NaCin水溶液は光異性化のみ起こることも報告されており、この系の紫外・可視吸収スペクトル測定を行ったところ、図13の結果と同じスペクトル変化であった。このため、NaCin/CTAB水溶液では光異性化が起きていることがわかった。
【0125】
「実施例6」
<NaCin/CTAB水溶液のUV照射後の粘度>
実施例5より、NaCin/CTAB水溶液の粘度はUV光照射することにより著しく減少することが目視確認された。そこで、UV照射後のNaCin/CTAB水溶液の粘度を流動曲線により求め、UV照射による粘度変化を確認した。UV照射後は著しく粘度が減少し、動的粘弾性測定では測定が不可能なため、流動曲線から粘度を求めた。得られた流動曲線、粘度曲線をそれぞれ図15、図16に示す。
【0126】
その結果、ニュートン流体の流動曲線は原点を通る直線となり、粘度は一定となるので、その挙動を示す流動曲線(図15)からUV照射後はニュートン流体であることが分かった。
【0127】
また、この溶液の粘度を粘度曲線により求めたところ1.8×10-3Pa・sであり、UV照射前(4.1×10Pa・s)の約1/23000に減少することが分かった。この粘弾性低下は通常のCTAB/NaSal/AZTMA混合水溶液の系の変化(1/1000)よりも格段に大きなものであった。
【0128】
以上の結果から、UV照射前に形成されていた紐状ミセル中のNaCinがUV照射により光異性化反応を起こし、絡み合いの無い小さな分子集合体に変化し、溶液粘性が低下したと考えられる。
【0129】
HCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液は非ニュートン流体であり、小さな分子集合体が形成していると考えられる。また、元々の粘度が低いこともあり、UV照射前後で大きな粘度変化は見られなかったものの目視観察から粘弾性低下が観察された。
【0130】
「結果及び考察」
以下に結果を示し、その一例としての考察を示す。
【0131】
<結果>
NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液は高粘弾性を示し、動的粘弾性測定および、低温透過型電子顕微鏡(cryo−TEM)による観察から紐状ミセルの形成が確認できた。
【0132】
また、UV照射により著しく粘度が低下した(UV照射前の約1/23000)。この粘度変化はCTAB/NaSal/AZTMA混合水溶液の場合(1/1000)と比較して格段に大きなものであった。
【0133】
<考察>
一例として考察する。UV照射によるNaCin/CTAB水溶液の粘度低下は、以下のことが原因として考えられる。UV照射前はNaCinは直線的なtrans体で、CTABミセル表面上にベンゼン環が埋まった状態にあり、桂皮酸イオンのマイナス電荷が、CTAB分子同士の電荷反発を遮蔽し、臨界充填パラメーターの関係により紐状ミセルが形成する。UV照射後は、かさ高いcis体に異性化し、CTAB分子同士の親水基間距離が増大するなどして桂皮酸イオンがミセル表面から脱離することにより臨界充填パラメーターが低下し、紐状ミセルが崩壊し、絡み合いのない球形ミセルあるいは小さな棒状ミセルが形成したため粘度が低下したと考えられる(図17)。したがって、この理論によって桂皮酸イオンを有する桂皮酸塩全般について同様の傾向が見受けられる。
【図面の簡単な説明】
【0134】
【図1】HCin/CTAB水溶液目視観察を示す写真である。
【図2】NaCin/CTAB水溶液目視観察を示す写真である。
【図3】HCin/CTAB水溶液の流動曲線を示す図である。
【図4】HCin/CTAB水溶液の粘度曲線を示す図である。
【図5】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液の線形粘弾性領域の結果を示す図である。
【図6】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液のG’orG”の周波数依存性の結果を示す図である。
【図7】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液のCole−Coleプロットを示す図である。
【図8】紐状ミセルの絡み合いのすり抜け(幽霊網目モデル)を説明する模式図である。
【図9】HCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液のゼロシアー粘度を得るための図である。
【図10】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液のcryo−TEM像の写真である。
【図11】HCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液のUV照射前後の目視観察を示す写真である。
【図12】NaCin/CTAB水溶液のUV照射前後の目視観察を示す写真である。
【図13】NaCin/CTAB水溶液のUV照射前後の紫外・可視吸収スペクトルを示す図である。
【図14】NaCin/CTAB水溶液のUV照射前後の紫外・可視吸収スペクトルを示す図である。
【図15】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液の流動曲線を示す図である。
【図16】NaCin/CTAB(40mM/50mM)水溶液の粘度曲線を示す図である。
【図17】UV照射による粘弾性低下のメカニズムを説明する模式図である。
【図18】本実施形態に係る光粘弾性制御システムに係る模式図である。
【図19】本実施形態に係る光粘弾性制御システムに係る処理フロー図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
桂皮酸と桂皮酸塩のうち少なくとも一方と、第4級アンモニウム塩とを含む光応答性組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の光応答性組成物であって、
前記第4級アンモニウム塩は、セチルトリメチルアンモニウムブロミド、セチルトリメチルアンモニウムクロライド、セチルピリジニウムクロライド、オクタデシルトリメチルアンモニウムブロマイド、オクタデシルトリメチルアンモニウムクロライドおよびオクタデシルピリジニウムクロライドよりなる群から少なくとも1種以上選ばれたものである光応答性組成物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の光応答性組成物であって、
前記桂皮酸塩は、桂皮酸ナトリウムを含むものである光応答性組成物。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1つに記載の光応答性組成物であって、
さらにアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩を含む光応答性組成物。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1つに記載の光応答性組成物であって、
光応答による粘弾性低下で放出する放出物を含む光応答性組成物。
【請求項6】
光粘弾性制御方法であって、
請求項1から5のいずれか1つに記載の光応答性組成物に対して桂皮酸または桂皮酸塩の光応答を起こさせる波長光を含んで照射する光照射工程を含む光粘弾性制御方法。
【請求項7】
請求項6に記載の光粘弾性制御方法であって、
前記光応答を起こさせる波長光が光異性化反応に対応する波長光である光粘弾性制御方法。
【請求項8】
請求項6または7に記載の光粘弾性制御方法であって、
前記光照射工程は、
光照射により粘弾性を低下させる光粘弾性低下工程を含む光粘弾性制御方法。
【請求項9】
請求項6から8のいずれか1つに記載の光粘弾性制御方法であって、
前記光粘弾性低下後に、光照射により粘弾性を増大させる光粘弾性増大工程を含む光粘弾性制御方法。
【請求項10】
請求項9に記載の光粘弾性制御方法であって、
前記光粘弾性増大工程により外部物質を取り込む光粘弾性制御方法。
【請求項11】
請求項10に記載の光粘弾性制御方法であって、
前記外部物質は有害物質である光粘弾性制御方法。
【請求項12】
光粘弾性制御システムであって、請求項6から11のいずれか1つに記載の光粘弾性制御方法により光粘弾性制御を行う光制御装置を含む光粘弾性制御システム。
【請求項13】
光粘弾性制御方法への桂皮酸と桂皮酸塩のうち少なくとも一方と、第4級アンモニウム塩とを含む光応答性組成物の使用。
【請求項1】
桂皮酸と桂皮酸塩のうち少なくとも一方と、第4級アンモニウム塩とを含む光応答性組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の光応答性組成物であって、
前記第4級アンモニウム塩は、セチルトリメチルアンモニウムブロミド、セチルトリメチルアンモニウムクロライド、セチルピリジニウムクロライド、オクタデシルトリメチルアンモニウムブロマイド、オクタデシルトリメチルアンモニウムクロライドおよびオクタデシルピリジニウムクロライドよりなる群から少なくとも1種以上選ばれたものである光応答性組成物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の光応答性組成物であって、
前記桂皮酸塩は、桂皮酸ナトリウムを含むものである光応答性組成物。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1つに記載の光応答性組成物であって、
さらにアゾベンゼン系化合物の第4級アンモニウム塩を含む光応答性組成物。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1つに記載の光応答性組成物であって、
光応答による粘弾性低下で放出する放出物を含む光応答性組成物。
【請求項6】
光粘弾性制御方法であって、
請求項1から5のいずれか1つに記載の光応答性組成物に対して桂皮酸または桂皮酸塩の光応答を起こさせる波長光を含んで照射する光照射工程を含む光粘弾性制御方法。
【請求項7】
請求項6に記載の光粘弾性制御方法であって、
前記光応答を起こさせる波長光が光異性化反応に対応する波長光である光粘弾性制御方法。
【請求項8】
請求項6または7に記載の光粘弾性制御方法であって、
前記光照射工程は、
光照射により粘弾性を低下させる光粘弾性低下工程を含む光粘弾性制御方法。
【請求項9】
請求項6から8のいずれか1つに記載の光粘弾性制御方法であって、
前記光粘弾性低下後に、光照射により粘弾性を増大させる光粘弾性増大工程を含む光粘弾性制御方法。
【請求項10】
請求項9に記載の光粘弾性制御方法であって、
前記光粘弾性増大工程により外部物質を取り込む光粘弾性制御方法。
【請求項11】
請求項10に記載の光粘弾性制御方法であって、
前記外部物質は有害物質である光粘弾性制御方法。
【請求項12】
光粘弾性制御システムであって、請求項6から11のいずれか1つに記載の光粘弾性制御方法により光粘弾性制御を行う光制御装置を含む光粘弾性制御システム。
【請求項13】
光粘弾性制御方法への桂皮酸と桂皮酸塩のうち少なくとも一方と、第4級アンモニウム塩とを含む光応答性組成物の使用。
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図1】
【図2】
【図10】
【図4】
【図5】
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【図8】
【図9】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図1】
【図2】
【図10】
【公開番号】特開2007−332309(P2007−332309A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−167558(P2006−167558)
【出願日】平成18年6月16日(2006.6.16)
【出願人】(598069939)
【出願人】(501403014)
【出願人】(501370945)株式会社日本ボロン (33)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年6月16日(2006.6.16)
【出願人】(598069939)
【出願人】(501403014)
【出願人】(501370945)株式会社日本ボロン (33)
【Fターム(参考)】
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