説明

免疫不全動物を用いた細胞の製法

【課題】 多能性幹細胞から種々の分化細胞を簡便に得る方法を提供する。
【解決手段】 多能性幹細胞から目的細胞を分化誘導するほぼ唯一の手段として、体外での分化誘導方法が多数研究されてきたが、依然として神経細胞や心筋細胞など一部を除き、確定した分化誘導方法が存在せず、また得られた細胞も機能が体内発生細胞に比して著しく劣ることが多い。本発明は、免疫不全動物に多能性幹細胞を移植して当該免疫不全動物の体内で奇形腫を形成させたのち、該奇形腫を体外に取り出し、奇形腫から目的とする分化細胞を分取することを特徴とする細胞の製法である。本発明には特別な分化誘導因子が一切不要という明白な利点と、奇形腫中で組織様の構造体として分化するため、従来の体外培養系で誘導が困難であった細胞でも容易に獲得できるという利点がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫不全動物の体内において、多能性幹細胞から奇形腫を介して組織様構造体に分化させて目的とする細胞を製造する方法である。
【背景技術】
【0002】
胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)といった多能性幹細胞は、体を構成する全ての細胞になることができる。そのため、再生医療の材料として大変な注目を集めている。
【0003】
また、神経細胞や心筋細胞のような、個人からの採取が困難な細胞を分化誘導できるため、オーダーメードの調剤や創薬、あるいは薬効・安全性試験のセンサーとしても有用である。
【0004】
上記のような多能性幹細胞の有効性を発揮するためには、目的に合致した細胞種を分化誘導する必要があるが、これまでは、ほぼ唯一の手段として、体外培養下での分化誘導方法が研究、検討されてきた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】再生医療 第8巻/増刊号[通巻31号]日本再生医療学会総会抄録
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現在までに、数多くの体外分化誘導方法が提案されてきたが、依然として有効な誘導方法が確立されている細胞種は少なく、特定の神経細胞や心筋細胞など一部の細胞を除き、確定した分化誘導方法が存在していない。さらに、体外で分化誘導された細胞の機能は、体内で発生した細胞に比して著しく劣ることが多い。
【0007】
本発明者は、マウスiPS 細胞から間葉系細胞を体外で分化誘導し、純化する方法を発表した(非特許文献1)が、内分泌系の細胞など、周辺環境の影響を強く受けながら発生する細胞を作製するためには、本来の環境を再現する必要があり、必然的にこれを分化誘導する培養系が複雑化するという問題がある。さらに、体外での分化誘導には成長因子、分化誘導因子、細胞外マトリクスをはじめとした分化促進因子を長期間、多量に添加する必要があることが多く、現状の方法論ではベネフィット(利益)に対するコスト(費用)が過大であるという問題もあった。
【0008】
本発明の目的は、多能性幹細胞から種々の細胞を簡便に得る方法を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、ヒト以外の免疫不全動物に多能性幹細胞を移植して当該免疫不全動物の体内で奇形腫を形成させたのち、該奇形腫を体外に取り出し、奇形腫から目的とする分化細胞を分取することを特徴とする細胞の製法である。
【0010】
また、本発明は、前記免疫不全動物が重症複合免疫不全(SCID)マウスであり、前記多能性幹細胞がマウスiPS細胞であり、分化細胞がマウス間葉系細胞であることを特徴とする。
【0011】
また、本発明は、前記免疫不全動物が重症複合免疫不全(SCID)マウスであり、前記多能性幹細胞がヒトiPS細胞であり、分化細胞がヒト間葉系細胞であることを特徴とする。
【0012】
また、本発明は、前記免疫不全動物が重症複合免疫不全(SCID)マウスであり、前記多能性幹細胞がマウスiPS細胞であり、分化細胞がマウス膵島細胞であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、多能性幹細胞を免疫不全動物に移植し、体内で奇形種を形成させたのち、該奇形種から目的の細胞を分取するので、体外における細胞の分化誘導に必須である特別な分化誘導因子は一切必要ないという明白な利点がある。また、奇形腫の中では、組織様の構造体として分化するため、従来の体外培養系では誘導が困難であった細胞を容易に獲得できる。
【0014】
さらに、「すでに形成されている細胞を選択する」という単純な原理に基づくため、複雑な分化誘導方法の開発を待つことなく、即時的に必要な細胞を必要数得ることが期待できるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施態様を模式的に示す図である。
【図2】未分化のマウスiPS細胞を示す写真である。
【図3】前記重症複合免疫不全(SCID)マウスの両大腿部から回収された2つの奇形腫を示す写真である。
【図4】マウスiPS細胞から形成された奇形腫を酵素処理し、特異的な抗体で目的細胞を分離していることを示す図および写真であり、図4(1)は、細胞をフローサイトメトリー(FACSVantage)にて解析した結果を示す図であり、図4(2)は分離されたマウスiPS細胞に由来する間葉系細胞を示す写真である。
【図5】ヒトiPS細胞から形成された奇形腫を酵素処理し、特異的な抗体で目的細胞を分離していることを示す図および写真であり、図5(1)は細胞をフローサイトメトリーにて解析した結果を示す図であり、図5(2)は分離されたヒトiPS細胞に由来する間葉系細胞を示す写真である。
【図6】ヒトiPS細胞から奇形腫形成を介して作製した間葉系細胞の性質を解析した結果を示す図である。
【図7】マウスES細胞から形成された奇形腫中のRFP陽性の膵島細胞が、Pdx1遺伝子発現時期依存的にRFP(赤色蛍光タンパク質)を発現していることを示す写真である。
【図8】マウスES細胞から形成された奇形腫を酵素処理し、膵島特異的シグナル(Pdx1−RFP)を利用したPdx1陽性膵島細胞の分離を示す図である。
【図9】マウスES細胞から形成され、FACSにて分離したRFP陽性の膵島細胞が、膵島細胞マーカーであるGlucagon、IAPPを発現していることを示す図である。
【図10】マウスES細胞から形成され、RFPの発現を利用してFACSにて分離したRFP陽性の膵島細胞がインスリン産生性の特異的なマーカーであるc−peptideを発現していることを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、免疫不全動物に多能性幹細胞を移植して当該免疫不全動物の体内で奇形腫を形成させたのち、該奇形腫を体外に取り出し、奇形腫から目的とする分化細胞を分取する、細胞の製法である。
【0017】
図1は、本発明の方法を模式的に示した図であり、図1(1)は培養器中で培養されている多能性幹細胞1、図1(2)は免疫不全マウス2に多能性幹細胞1を移植していること、図1(3)は移植された免疫不全マウス3の体内で奇形腫4が形成されていること、図1(4)は奇形腫4から分離された,成熟した目的の分化細胞5をそれぞれ示す図である。
【0018】
本発明において、免疫不全動物としては、人為的または先天的にT細胞機能免疫またはB細胞機能免疫あるいはそれらの双方の機能が著しく低下しているか、欠除している哺乳動物(ヒトを除く)であれば使用することができ、取り扱いの容易なラットまたはマウスが好ましい。
【0019】
かかる免疫不全のラットまたはマウスとしては、F344/NJcl−rnu/rnuラットのようなT細胞機能欠如ラット、BALB/cAJcl−nu/nuマウスのようなT細胞機能欠如マウス、重症複合免疫不全(SCID)マウスのようなT細胞機能およびB細胞機能の双方が欠如したマウスがあげられる。
【0020】
これらのうち、奇形腫形成の容易さ、飼育条件を考慮すると、重症複合免疫不全(SCID)マウスやBALB/cAJcl−nu/nuマウスなどの免疫不全動物が好ましい。
【0021】
図2は、本発明で用いられる免疫不全動物の体内で奇形種を形成しうる多能性幹細胞の1例である未分化のマウスiPS細胞6を示す写真である。
【0022】
本発明において、免疫不全動物の体内で奇形種を形成しうる多能性幹細胞としては、奇形腫を形成可能な細胞であれば好適に使用でき、かかる細胞としては、たとえば種々のiPS細胞、ES細胞、mGS細胞、GS細胞(生殖幹細胞)など、いわゆる分化万能性を持つ細胞があげられる。これらの多能性幹細胞は、ヒト細胞であってもよく、マウス、ラット、ウサギ、山羊、羊その他の哺乳動物由来の細胞であってもよく、さらには公知のもののほか、市販の細胞であっても好適に使用することができ、たとえば、iPS細胞としては、Oct3/4、Klf4、c−Myc、Tert、Nanog、Oct3/4、Sox2、Lin28などの転写因子を導入した細胞があげられ、ES細胞としては、RF8細胞、JI細胞、CGR8細胞、MG1.19細胞があげられ、市販されているマウスES細胞としては129SV由来、C57/BL6由来、DBA/1由来の細胞が挙げられる。またヒトES細胞としては、KhES−1細胞、KhES−2細胞、KhES−3細胞が挙げられ、またサルES細胞としてはカニクイザルES細胞が挙げられる。これらのうち、胚様体を形成しうる細胞は、胚様体を経由して、より高い成功率で間葉系細胞に誘導することができるので好ましい。
【0023】
本発明において用いられる多能性幹細胞は、未分化マーカーであるアルカリオスファターゼ活性、Oct―4、Nonogなどが陽性であるものが好ましく、とりわけ複数のマーカーが陽性であるものが好ましい。
【0024】
本発明によれば、多能性幹細胞の免疫不全動物への移植、移植した免疫不全動物の体内での奇形腫形成、奇形腫の取り出し、目的細胞の分取によって、目的とする分化細胞を得ることができる。
【0025】
本発明において、多能性幹細胞の免疫不全動物への移植は、多能性幹細胞を培養し、得られた培養細胞を細胞乖離液で細胞毎に乖離させ、ついで細胞を分取したのち、細胞を免疫不全動物に移植することにより実施できる。
【0026】
細胞の乖離は、組織または細胞培養において使用される細胞乖離液を使用することができ、たとえば0.25%程度のトリプシンと1mM濃度のEDTAの混合液のほか、トリプルエクスプレス(商品名)、アキュターゼ(商品名、イノベイティブセルテクノロジー社製)などの、市販のものを用いることができる。乖離させた細胞の分取はたとえば、遠心分離などにより実施することができる。
【0027】
移植は、多能性幹細胞を生理的食塩水またはPBSに懸濁させ、注射器などを用いて免疫不全動物の、筋肉組織や腹腔など適当な部位に注入することによって実施することができる。
【0028】
多能性幹細胞の移植は、免疫不全動物の1個所に行ってもよく、両大腿部の数個所あるいは大腿部と腹腔など、同部位または部位を変えて複数個所に行ってもよい。
【0029】
移植に際しては、多能性幹細胞の細胞数が、約1×10〜1×10個程度を用いるのが好ましい。
【0030】
移植した免疫不全動物の体内での奇形腫形成は、当該動物を無菌下に通常の飼育を行うことによって実施することができる。
【0031】
奇形腫形成は、用いる細胞の種類や移植した細胞数によっても異なるが、概ね2〜6週間程度であるのが好ましい。
【0032】
図3は、重症複合免疫不全マウス(SCID)の両大腿部から回収された2つの奇形腫7を示す写真である。
【0033】
本発明において、奇形腫の取り出しは、免疫不全動物から、適当な外科的方法によって、目的の奇形腫を採取すればよく、特に制限はない。
【0034】
本発明において、目的細胞の分取は、取り出された奇形腫を培養液中で、細胞乖離液で処理し、目的細胞を分取することによって実施することができる。
【0035】
細胞乖離液としては、前記多能性幹細胞を細胞乖離液で乖離させる際に使用したものを好適に使用することができる。細胞乖離液の反応は奇形腫の大きさにもよるが、概ね3時間程度でよく、反応後、ダルベッコ変法イーグル培地に最終濃度10%以上になるようにウシ胎児血清を添加したものを加え、酵素反応を停止させる。分化細胞の分取は、たとえば遠心チューブに移し、1,000rpmにて10分間遠心分離することにより実施することができる。
【0036】
本発明において、得られた分化細胞は、それぞれの細胞が有する表面抗原を認識する抗体等を用いて標識化するなどの方法により、容易に採取することができる。
【0037】
たとえば、目的細胞が間葉系細胞の場合には、PDGFRα、PDGFRβ、MMP−11などの細胞表面マーカーの発現を確認すればよい。あるいは表面抗原であるCD105(イー・バイオサイエンス社)、CD271(ミルテニー・バイオテク社)、CD29(サンタクルズ・バイオテクノロジー社)、PDGFRα(サンタクルズ・バイオテクノロジー社) などに対する抗体を使用し、免疫染色、ウェスタンブロット法、フローサイトメトリーによって目的細胞が間葉系細胞であることを確認することもできる。
【0038】
また、細胞の表面抗原を直接、蛍光抗体などで標識化して確認してもよく、例えば目的細胞が膵島β細胞の場合には、PSA−NCAM、CD55、CXCR4 などの蛍光抗体を使用して目的細胞を確認することができる。
かくして、分化細胞の中から目的とする細胞を得ることができる。
【0039】
実施例1
マウスiPS細胞からの間葉系細胞の製造
京都大学で作製され、理化学研究所から譲受けたマウスiPS細胞株iPSMEFNg20D17株を培養し、コンフルエントに達したiPS細胞を細胞乖離液、トリプルエクスプレス(商品名、インビトロジェン社製)で乖離させ、等量の10%FCS-DMEMを添加し、1,500rpmにて10分間遠心分離した後、上清を吸引除去し、沈殿した細胞を分取した。
【0040】
分取した細胞を1×10個/mlとなるようPBS(-)に懸濁し、26G注射針および1ml注射筒を用いてSCIDマウスの大腿部皮下に移植した。2週間後、マウスから形成された奇形腫を回収し、I型コラゲナーゼを用いた酵素処理により細胞の分散を行った。
【0041】
分散した細胞液をPBSにて洗浄後、10%ウシ胎児血清含DMEM培地にて培養を行った。培養後、生存細胞の接着を確認し、培養上清とともに死細胞や狭雑物を除去した。ついで、0.25%トリプシン(インビトロジェン社製)―0.02% EDTA混合液で細胞を剥がし、遠心処理により生存細胞のペレットを得た。目的細胞の分離に際して、細胞ペレットを2%ウシ胎児血清およびHEPESを含むDMEM培地(以下、FACSバッファーという)に懸濁し、PE(赤色蛍光色素)結合抗マウスCD105ラットIgG抗体を添加して、4℃にて1時間振とう培養を行った。
【0042】
1時間後、液量の20倍量となる10%ウシ胎児血清含DMEM培地を加え、洗浄、遠心分離と上清除去の操作を2回行った。
【0043】
処理後の細胞を0.5mlのFACSバッファーに懸濁し、フローサイトメトリー(FACSVantage)にて解析し、赤色蛍光陽性かつ緑色蛍光陰性の画分を分離することによって本発明方法による間葉系細胞を得た。
得られた細胞は、間葉系細胞の形体を示し、優れた増殖能力を示した。
【0044】
図4は、マウスiPS細胞から形成された奇形腫を酵素処理し、特異的な抗体で目的細胞を分離していることを示す図および写真である。図4(1)は、酵素処理した奇形種の細胞をFACSバッファーに懸濁し、フローサイトメトリー(FACSVantage)にて解析した結果を示すヒストグラム8であり、図4(1)中、P2領域は赤色蛍光陽性の存在領域を示す。図4(2)は赤色蛍光陽性の画分として分離された、マウスiPS細胞由来の間葉系細胞9を示す写真である。
【0045】
また、得られた間葉系細胞を検体として、RT−PCRを行ったところ、間葉系細胞マーカーであるPDGFRα、PDGFRβ、Vimentinの発現を認めた。
【0046】
なお、RT-PCRに際しては、予め作成したマウスβ―actin、Flk−1、PDGFRα、PDGFRβ、Vimentin遺伝子の配列に特異的なプライマーを用いて行った。マウスβ―actin、Flk−1、PDGFRα、PDGFRβ、Vimentin遺伝子の配列は、Entrez Gene(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez)に公開されている。
【0047】
RT−PCRについて、細胞をTRIzol reagent(インビトロジェン社製)で処理し、クロロホルムと混合して15,000回転で10分間遠心することによりRNAを含む水層を分離した。RNAを含む水層を同量のイソプロパノールと混合し、再度15,000回転で10分間遠心することでRNAの沈殿物を得た。沈殿物は氷冷した80%エタノールで洗浄し、RNase free水に溶解した後に逆転写反応に使用した。逆転写反応はHigh capacity cDNA transcription kit(インビトロジェン社製)を使用して実施した。PCR反応液は、Platinum Taq DNA polymerase(登録商標、タカラバイオ社製)を用いて作成し、RT-PCR定量用チューブ(ミクロアンプ オプチカル8−チューブストリップ、商品名、アプライド、バイオシステムズ社製)に分注した。PCR反応はTAKARA PCR Thermal Cycler Dice Gradient(タカラバイオ社製)を使用し、94℃で2分間の変性反応の後、94℃で20秒間、58℃で20秒間のアニーリング、72℃で20秒間の増幅反応を35回繰り返し、TAEバッファーを用いたアガロース電気泳動にて結果を解析した。
【0048】
実施例2
ヒトiPS細胞からの間葉系細胞の製造
京都大学で作製され、理化学研究所から譲受けたヒトiPS細胞株253G1株を培養し、コンフルエントに達したiPS細胞をCell Lifter (コーニング社製)で乖離させ、1,500rpmにて10分間遠心分離した後、上清を吸引除去し、沈殿した細胞を分取した。
【0049】
分取した細胞を約1×10個/mlとなるよう500μlのマトリゲル(BDファルコン株式会社製)に懸濁し、26G注射針および1ml注射筒を用いてSCIDマウスの大腿部皮下に移植した。1ヶ月後、マウスから形成された奇形腫を回収し、I型コラゲナーゼを用いた酵素処理により細胞の分散を行った。
【0050】
分散した細胞液をPBSにて洗浄後、10%ウシ胎児血清含DMEM培地にて培養を行った。培養後、生存細胞の接着を確認し、培養上清とともに死細胞や狭雑物を除去した。ついで、0.25%トリプシン(インビトロジェン社製)―0.02% EDTA混合液で細胞を剥がし、遠心処理により生存細胞のペレットを得た。目的細胞の分離に際して、細胞ペレットをFACSバッファーに懸濁し、APC(橙色蛍光色素)結合抗ヒトCD217ウサギIgG抗体を添加して、4℃にて1時間振とう培養を行った。
【0051】
1時間後、液量の20倍量となる10%ウシ胎児血清含DMEM培地を加え、洗浄、遠心分離と上清除去の操作を2回行った。
【0052】
処理後の細胞を0.5mlのFACSバッファーに懸濁し、フローサイトメトリー(FACSVantage)にて解析し、赤色蛍光陽性の画分を分離することによって本発明方法による間葉系細胞を得た。得られた細胞は、間葉系細胞の形体を示し、優れた増殖能力を示した。
【0053】
図5は、細胞分離時のFACSパターンを示す図であり、ヒトiPS細胞から奇形腫形成を介して作製した間葉系細胞を分離する際に見られたFACSの結果を示す図および写真である。図5(1)は橙色蛍光陽性の存在領域を示すヒストグラム10である。図5(2)は分離した細胞11の形体を表す写真である。得られた細胞は、間葉系幹細胞の形体を示し、優れた増殖能力を示した。また、得られた間葉系細胞が間葉系幹細胞であることを示すためにwestern blot解析を行った。
【0054】
図6は、ヒトiPS細胞から奇形腫形成を介して作製した間葉系細胞の性質を解析した結果を示す図である。解析結果には、未分化のヒトiPS細胞とヒトiPS細胞から奇形腫形成を介した間葉系細胞が発現しているマーカー12が示されている。図中、Aは未分化のヒトiPS細胞を解析した結果を示し、BはFACSにて分離した間葉系細胞を解析した結果を示す図である。Western blot解析には、定法により作成したアクリルアミドゲル、泳動バッファー、転写バッファーを使用し、Extra Filter Paper(バイオラッド社製)、PVDFメンブレン(GEヘルスケア社製)を用いて荷電装置(Mini Protean tetra cell、バイオラッド社製)にて電気泳動および転写を行い、抗PDGFRα抗体(サンタクルズバイオテクノロジー社製)、抗Vimentin抗体(サンタクルズバイオテクノロジー社製)、抗Integlinβ1抗体(サンタクルズバイオテクノロジー社製)、抗CD105抗体(サンタクルズバイオテクノロジー社製)、抗Ecadherin抗体(サンタクルズバイオテクノロジー社製)、抗Nanog抗体(リプロセル社製)、抗Sox2抗体(サンタクルズバイオテクノロジー社製)、抗Actin抗体(サンタクルズバイオテクノロジー社製)、イムノエンハンサー(東洋紡株式会社製)、およびHRP結合抗ウサギIgG−ウシIgG抗体、HRP結合抗ヤギIgG−ウシIgG抗体、HRP結合抗マウスIgG−ヤギIgG抗体を使用し、ECL Plus Western blotting Detection Systemにて発光処理を行い、イメージアナライザー(Image Quant LAS4000、GEヘルスケア社製)にて検出を行った。
【0055】
図6に示すとおり、同法により作成したヒトiPS細胞由来細胞(図中ではBとして示している)は、間葉系幹細胞マーカーであるPDGFRα、Vimentin、Integlinβ1、CD105を発現しており、間葉系幹細胞に分化していることが確認された。
【0056】
実施例3
マウスES細胞からの膵島細胞の製造
C57BL/6J系マウスの受精卵から、定法によって、近畿大学にて作成したマウスES細胞株(EL−1株)を培養し、コンフルエントに達したところで細胞乖離液、トリプルエクスプレス(商品名、インビトロジェン社製)で乖離させ、等量の10%FCS-DMEMを添加し、1,500rpmにて10分間遠心分離した後、上清を吸引除去し、沈殿した細胞を分取した。
【0057】
分取した細胞を1×10個/mlとなるようPBSに懸濁し、制限酵素NssHII(タカラバイオ社製)で切断処理した10μgのPdx1−RFPプラスミド(Addgene社製:同社は米国の非営利団体であり、学術機関向けに遺伝子のバンク事業を行っている。)を混合した。これを電気付荷用容器(Gene Pulser Cuvette、バイオラッド社製)に入れ、Gene Pulser II(バイオラッド社製)にて250V、950μFの電気を一度印加した。この操作により、Pdx1−RFPプラスミドをEL−1細胞のゲノムDNA中に取り込ませた。Pdx1遺伝子は膵臓で特異的に発現する遺伝子であり、Pdx1遺伝子の転写調節領域と赤色蛍光タンパク質RFP遺伝子およびピューロマイシン耐性遺伝子から構成されるPdx1−RFP遺伝子を有する細胞は、膵島細胞と同様の形質を獲得した時に赤色蛍光を発するという特徴と、ピューロマイシンに対して耐性を示すという特徴を有する。
【0058】
上記のとおり遺伝子を導入したEL−1細胞を、ゼラチンコートを施したプラスチックシャーレ上で48時間培養した。培養液には、通常のマウスES細胞用培地を使用した。
【0059】
48時間後に新しい培養液に交換し、1.5μg/mlの濃度でピューロマイシンを加え引き続き培養を行った。以降1週間、24時間毎にES培養液を交換し、ピューロマイシン添加を継続した。この培養操作により、ピューロマイシンに耐性を示す、即ちPdx1−RFP遺伝子を有する細胞のみが増殖した。
【0060】
Pdx1−RFP導入EL−1細胞がコンフルエントに達した時点でトリプルエクスプレス(商品名、インビトロジェン社製)にて乖離させ、等量の10%FCS-DMEMを添加し、1,500rpmにて10分間遠心分離した後、上清を吸引除去し、沈殿した細胞を分取した。500μlのPBS(−)に懸濁後、26G注射針および1ml注射筒を用いてSCIDマウスの大腿部皮下に移植した。2週間後、マウスから形成された奇形腫を回収し、I型コラゲナーゲを用いた酵素処理により細胞の分散を行った。
【0061】
マウスES細胞から形成された奇形腫中のRFP陽性の膵島細胞が、Pdx1遺伝子発現時期依存的にRFP(赤色蛍光タンパク質)を発現していることを示す図である。図7(1)はマウス奇形腫内でPdx1−RFP陽性細胞が形成されていることを示す写真であり、倍率200倍で観察された像13である。および図7(2)および図7(3)は同じくマウス奇形腫内でPdx1−RFP陽性細胞が形成されていることを示す図であり、倍率400倍で観察された像14,15である。
【0062】
分散した細胞液をPBSにて洗浄後、10%ウシ胎児血清含DMEM培地にて培養を行った。培養後、生存細胞の接着を確認し、培養上清とともに死細胞や狭雑物を除去した。目的細胞の分離に際して、細胞ペレットをFACSバッファーに懸濁した。
【0063】
処理後の細胞をフローサイトメトリー(FACSVantage)にて解析し、赤色蛍光陽性の画分を分離することによって本発明方法による膵島細胞を得た。
【0064】
図8は、マウスES細胞から形成された奇形腫を酵素処理し、膵島特異的シグナル(Pdx1−RFP)を利用してPdx1陽性膵島細胞を分離していることを示すヒストグラム16であり、P1の領域がPdx1陽性細胞の存在する領域である。
【0065】
得られたRFP陽性の膵島細胞を検体として、定量的RT−PCRを行ったところ、膵島細胞マーカーであるGlucagon、IAPPの発現を認めた。
【0066】
図9は、マウスES細胞から形成されたRFP陽性の膵島細胞が、膵島細胞マーカーであるGlucagon、IAPPを発現するが、もとのマウスES細胞は、膵島マーカーを発現していないことを示す図である。図9(1)において、Glucagonの相対発現量は、分化ES細胞での発現量を1としたときの相対発現量を示し、グラフ17が、マウスES細胞のGlucagon相対発現量を示し、グラフ18が、マウスES細胞から奇形腫を介して形成され、FACSにて分離したRFP陽性膵島細胞のGlucagon相対発現量を示す。
【0067】
図9(2)において、IAPPの場合は、ES細胞では全く発現が検出されなかったため、発現量は、Actin遺伝子に対する相対発現量を示したものである。グラフ19は、マウスES細胞のIAPP相対発現量を示し、グラフ20は、マウスES細胞から奇形腫を介して形成され、FACSにて分離したRFP陽性膵島細胞のIAPP相対発現量を示す。
【0068】
なお、定量的RT-PCRに際しては、予め作成したマウスβ―actin、Glucagon、IAPP遺伝子の配列に特異的なプライマーを用いて行った。マウスβ―actin、Glucagon、IAPP遺伝子の配列は、Entrez Gene(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez)に公開されている。
【0069】
定量的RT−PCRについて、細胞をTRIzol reagent(インビトロジェン社製)で処理し、クロロホルムと混合して15,000回転で10分間遠心することによりRNAを含む水層を分離した。RNAを含む水層を同量のイソプロパノールと混合し、再度15,000回転で10分間遠心することでRNAの沈殿物を得た。沈殿物は氷冷した80%エタノールで洗浄し、RNase free水に溶解した後に逆転写反応に使用した。逆転写反応はHigh capacity cDNA transcription kit(インビトロジェン社製)を使用して実施した。PCR反応液は、SYBR II Premix EX Taq(登録商標、タカラバイオ社製)を用いて作成し、RT−PCR定量用チューブ(ミクロアンプ オプチカル8−チューブストリップ、商品名、アプライド、バイオシステムズ社製)に分注した。PCR反応はReal−time PCR装置(ABI PRISM 7700、アプライド バイオシステムズ社製)を使用し、95℃で20秒間の変性反応の後、95℃で5秒間、60℃で30秒間のアニーリングおよび伸張増幅反応を40回繰り返し、市販の表計算ソフトにて結果を解析した。
【0070】
また、得られたRFP陽性膵島細胞を検体として、Western blotを行ったところ、c−peptideの発現を認めた。c−peptideはインスリンが産生される際に放出される副産物であり、インスリン産生性の特異的なマーカーとして知られている。
【0071】
図10は、マウスES細胞から形成されたRFP陽性の膵島細胞がインスリン産生性の特異的なマーカーであるc−peptideを発現するが、もとのマウスES細胞はc−peptideを発現していないことを示す図である。
【0072】
Western blot解析は実施例2と同様の方法で行い、抗c−peptide抗体(ミリポア社製)およびHRP結合抗マウスIgG−ウシIgG抗体を使用し、ECL Plus Western blotting Detection Systemにて発光処理を行い、イメージアナライザー(Image Quant LAS4000、GEヘルスケア社製)にて検出を行った。解析結果では、マウスES細胞から奇形腫を介して形成され、FACSにて分離したRFP陽性膵島細胞のc−peptideの発現像21が見られた。
【符号の説明】
【0073】
1 培養器中で培養された多能性幹細胞
2 免疫不全マウス
3 多能性幹細胞を移植された免疫不全マウス
4 免疫不全マウスの体内で形成された奇形種
5 奇形腫から分離された,成熟した目的の分化細胞
6 未分化のマウスiPS細胞

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト以外の免疫不全動物に多能性幹細胞を移植して当該免疫不全動物の体内で奇形腫を形成させたのち、該奇形腫を体外に取り出し、奇形腫から目的とする分化細胞を分取することを特徴とする細胞の製法。
【請求項2】
前記免疫不全動物が重症複合免疫不全(SCID)マウスであり、前記多能性幹細胞がマウスiPS細胞であり、分化細胞がマウス間葉系細胞であることを特徴とする請求項1に記載の製法。
【請求項3】
前記免疫不全動物が重症複合免疫不全(SCID)マウスであり、前記多能性幹細胞がヒトiPS細胞であり、分化細胞がヒト間葉系細胞であることを特徴とする請求項1に記載の製法。
【請求項4】
前記免疫不全動物が重症複合免疫不全(SCID)マウスであり、前記多能性幹細胞がマウスES細胞であり、分化細胞がマウス膵島細胞であることを特徴とする請求項1に記載の製法。

【図9】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図10】
image rotate