説明

凝固解析を利用した鋳鉄鋳物の方案作製方法

【目的】 鋳鉄鋳物の凝固過程を考慮して精度のよい凝固解析を行い、引け巣等の鋳造欠陥対策と鋳物に最適な方案を得る。
【構成】 鋳鉄鋳物の凝固過程における黒鉛の核生成および成長速度をモデル化して、黒鉛の半径および黒鉛粒数を計算し、この計算結果より過冷度の熱計算を行う凝固解析により、鋳鉄鋳物の方案を作製する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は鋳鉄鋳物を製造するに当たり、その凝固過程を考慮して精度のよい凝固解析を行い、引け巣等の鋳造欠陥対策と鋳物に最適な方案を作製する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、凝固解析は平衡凝固をモデルにした方法がよく用いられている。この平衡凝固モデルは、黒鉛の核生成や過冷度等の影響を考えていないので、非平衡凝固する実用合金では、熱計算の精度が良くない場合がある。特に、球状黒鉛鋳鉄は黒鉛晶出時に大きな過冷度を必要とするので、これを考慮しなければ正確な欠陥予測ができない。
【0003】上記の通り、非平衡凝固を取り扱うためには過冷度を考慮する必要があり、過冷度が黒鉛の生成、成長の関数であるとする報告がいくつかある。この一つに、蘇らは、球状黒鉛鋳鉄における黒鉛生成頻度の現在提唱されているモデルのうち3モデルについて計算を行い、実測値と比較している(鋳物第58巻第2号(1986),369:「共晶球状黒鉛鋳鉄の凝固過程における黒鉛粒度分布とその数値解析」)。この報告は、黒鉛生成頻度のいくつかのモデルについて、実験などから得られた過冷度や粘性係数などの緒物性値を用いて計算し、黒鉛粒度分布を求めている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかし、蘇らの報告は、黒鉛粒度分布を求めるものであって、これを用いて過冷度を考慮した非平衡凝固解析を行うものではない。従来の凝固解析は、平衡凝固モデルについて計算を行っているので、鋳鉄のように非平衡凝固する場合は精度のよい解析ができない。
【0005】本発明は、上記課題を解決し、凝固解析結果の精度のよい鋳鉄鋳物の方案作製方法を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するため本発明の、凝固解析を利用した鋳鉄鋳物の方案作製方法は、鋳鉄鋳物の凝固過程における黒鉛の核生成および成長速度をモデル化して、前記黒鉛の半径および黒鉛粒数を計算し、この計算結果を用いて過冷度の熱計算を行うことを特徴とする。そして、前記黒鉛の核生成および成長速度のモデル化において、黒鉛粒数を凝固速度の関数とし、黒鉛半径を固相率の関数とする。また、前記過冷度を黒鉛半径の関数とする。
【0007】鋳鉄鋳物の場合、黒鉛半径と黒鉛粒数は凝固形態と関係がある。黒鉛粒数は、鋳鉄鋳物の厚肉部ほど少なく、薄肉部ほど多い。逆に、黒鉛半径は厚肉部ほど大きく、薄肉部ほど小さい。このことから黒鉛粒数nを凝固速度の関数として次の式1で仮定する。
【0008】
【式1】n=a(dT/dt)bここで、a ;定数b ;定数dt;微小時間dT;dt間の温度変化である。
【0009】鋳鉄の溶湯成分によって、a、bの値は変わのでこれを求める。そこで、凝固解析しようとする鋳鉄鋳物の成分溶湯につき、図2に示す複数の熱電対を設置した試験片鋳型に、鋳鉄溶湯を鋳込み、黒鉛が生成すると考えられる過冷最下点付近の凝固速度を測定する。また、凝固後の鋳鉄鋳物から、温度測定点付近の試料を切りだして組織解析を行い、黒鉛粒数、黒鉛半径を測定する。これらの結果を上式に代入することによってa,bを求める。
【0010】一般に、鋳鉄組織中の黒鉛体積率は成分によってはあまり変化せず、約10〜15%であることが知られている。そこで、凝固完了後の黒鉛半径reと黒鉛粒数ne の関係は、黒鉛体積率をfg とすると(1個の黒鉛の体積)×(黒鉛粒数)=(黒鉛体積率)
という関係がなりたち、次式2の、
【0011】
【式2】(4πre3/3)×ne=fgここで、re ;黒鉛半径ne ;黒鉛粒数fg ;黒鉛体積率である。これから式3の、
【0012】
【式3】re =(3fg /4πne )0.33となる。
【0013】本発明では、黒鉛半径が凝固の進行とともに増大し、凝固完了時にre となるモデルを考える。そこで、黒鉛半径を固相率の関数とし、固相率が1すなわち凝固が完了したときの黒鉛半径(re )に等しくなればよい。固相率をfsとすると、式4や、式5などが考えられる。
【0014】
【式4】r=re[1/{(k+1)−k・fs}]
ここで、k;任意の定数
【0015】
【式5】r=re・fsk
【0016】過冷度は、黒鉛半径(r)の関数であるといわれている。そこで一般に用いられている次の式6で計算することにする。
【0017】
【式6】ΔT=σ/rここで、σ; 界面自由エネルギ−定数であり、実験値から黒鉛半径(r)と過冷度を調べて代入することによって求めることができる。
冷却速度(F)は過冷度を考慮して
【0018】
【式7】F={(δT−ΔT−δTl)C/L}fs2ここで、δT ;微小時間内の温度変化δTl ;微小時間内の液相線温度変化C ;比熱L ;潜熱
【0019】ところで、式5では凝固開始時のrは0であり、式4は凝固開始時のrはある程度の値をもっている。式5によって凝固解析を行って求めた鋳鉄鋳物の、ある点での温度変化と同一箇所の実測値を比較した。その結果、計算値のほうが実測値よりもはやく凝固し、とくに薄肉部ではそれが顕著であった。これは凝固開始直後の黒鉛半径がきわめて小さいため、過冷度が大きな値をとったからである。そこで、式4モデルについて計算したところ、図4に示すように、実測値に近い値が得られた。
【0020】
【実施例】平衡凝固モデルによる解析を、実際の鋳造品に適用した実施例を示す。図4は自動車部品の一つでア−ム・アイドラ−である。材質は球状黒鉛鋳鉄(FCD400相当)であるが、Moを0.5%添加している。この鋳鉄鋳物は、内部に一様に引け巣が発生することがあるが、このような単純形状で押湯も十分効いているとおもわれる鋳物に引け巣が発生することから、Moが原因だと考えられる。この鋳鉄鋳物に、従来の平衡凝固モデルによる凝固解析を適用した。図5に押湯の効果がなくなる時点での鋳物の断面の解析結果を示す。液相率は20%ごとに等高線で表示している。表示で、押湯を除去した後の製品となる鋳物に、液相率が60%以上の領域が孤立して残った場合は、ホットスポットといい、周囲からの溶湯補給がされないため、凝固収縮を起こして引け巣が発生しやすい。しかし、図5を見るとホットスポットはできておらず、指向性凝固をしている。指向性凝固とは、鋳物の押湯から離れた場所から凝固し、最終凝固部が押湯になる凝固のしかたで、引け巣ができにくい。この結果から、従来の平衡凝固とした解析法では、非平衡凝固の度合が大きい場合の欠陥予測ができないことがわかる。
【0021】そこで、本発明の方法により同様の解析を行った。まず、鋳造実験から通常の球状黒鉛鋳鉄とMoを0.5%添加した場合の、前述の式の定数a,b,σの値を求めた。それらの値を用いて解析した結果をそれぞれ図6、図7に示す。また、このときのa,b,σの値を表1に示す。
【0022】
【表1】
定数 材質 σ Mo 無添加 82 0.58 0.12 Mo 0.5%添加 162 0.55 0.28
【0023】図6から、通常のMo添加の無い球状黒鉛鋳鉄の場合は指向性凝固しており、平衡凝固モデルで計算した場合とほぼ同じ結果になっている。一方、図7から、Moを0.5%添加した場合は、製品全体にホットスポットが広がっている。Moを添加するとマッシ−凝固(かゆ状凝固)して引け巣ができやすいといわれているが、この結果はよく一致している。そこで、方案の変更を繰り返して健全な鋳物を作ることができた。
【0024】以上から本発明の方法を用いると、従来の方法では解析できなかった様々な溶湯成分の鋳物について凝固解析を行って欠陥予測ができる。
【0025】
【発明の効果】以上説明の通り、本発明の凝固解析を利用した鋳鉄鋳物の方案作製方法は、過冷度を計算し、冷却速度を過冷度の関数とすることによって精度のよい解析ができる。また、溶湯成分と黒鉛半径、黒鉛粒数、過冷度の値との相関を調べておけば、ねずみ鋳鉄から球状黒鉛鋳鉄に至るまで、幅広く凝固解析を適用できる。そして、黒鉛粒数から伸びや硬度などの機械的性質を予測することができるので最適な鋳物方案設計に役立つものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の方法を示す凝固解析を利用した鋳鉄鋳物の方案作製方法のフロ−チャ−ト図である。
【図2】金属溶湯の冷却速度を測定するための装置を示す図である。
【図3】本発明の方法で解析した階段状試験片各部の温度変化の実測値と計算値を示す図である。
【図4】球状黒鉛鋳鉄鋳物の自動車部品のアーム・アイドラーを示す図である。
【図5】図4の鋳物について、従来の平衡凝固モデルによる方法で凝固解析した結果を示す図である。
【図6】図4の鋳物について、材質が通常の球状黒鉛鋳鉄である場合について、本発明の方法で解析した結果を示す図である。
【図7】図4の鋳物について、材質が球状黒鉛鋳鉄にMoが0.5%添加された場合について、本発明の方法で解析した結果を示す図である。
【符号の説明】
1 鋳型
2 熱電対
3 測定装置
4 アーム・アイドラー

【特許請求の範囲】
【請求項1】 鋳鉄鋳物の凝固過程における黒鉛の核生成および成長速度をモデル化して前記黒鉛の半径および単位体積当りの黒鉛粒数(以下、「黒鉛粒数」という)を計算し、この計算結果より過冷度の熱計算を行うことを特徴とする凝固解析を利用した鋳鉄鋳物の方案作製方法。
【請求項2】 前記黒鉛の核生成および成長速度のモデル化において、黒鉛粒数を凝固速度の関数とし、黒鉛半径を固相率の関数とすることを特徴とする請求項1記載の凝固解析を利用した鋳鉄鋳物の方案作製方法。
【請求項3】 前記過冷度を黒鉛半径の関数とすることを特徴とする請求項1、2記載の凝固解析を利用した鋳鉄鋳物の方案作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開平5−96343
【公開日】平成5年(1993)4月20日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−257936
【出願日】平成3年(1991)10月4日
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)