説明

分子吸着機能を有するシートまたはポリマー固形物、それらの製造方法

【課題】 特定の分子状汚染物質を選択的に除去し、さらに後加工性、使用性に優れた分子吸着機能を有したシートおよびポリマー固形物の提供。
【解決手段】 この課題は、鋳型分子とポリマーを溶媒に溶解させる段階を含む分子インプリント法を利用してシート面上に鋳型分子の認識部位が形成されているポリマーを担持している分子吸着機能を有するシートまたは前記ポリマーよりなるポリマー固体において、溶解されるポリマーが、鋳型分子と結合可能な官能基を有し、そして溶媒が3.0以下の比誘電率を有することで解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空気中および水中に存在する、内分泌攪乱物質や有害化学物質等の分子状物質を吸着除去するために用いられるシート、またはポリマー固形物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
環境中に存在しているアルキルフェノール類やビスフェノールAなどの分子状物質は、内分泌攪乱物質として生態系に影響をおよぼすことが知られている。これらの物質は、環境中の濃度が非常に低濃度であっても悪影響をおよぼすため、これらを問題とならないレベルまで除去するためには、これらの物質を選択的に高効率で吸着除去する材料が必要とされる。
【0003】
近年、特定の分子を選択的に吸着する材料として、分子インプリント法を用いたインプリントポリマーが注目されており、選択的分子捕捉の例が提案されている。分子インプリント法とは、吸着対象分子をポリマー材料内に鋳型として包接させた後で、前記鋳型を除去することにより、鋳型の認識部位を形成させる方法である。
【0004】
分子インプリント法を用いた選択的吸着材料として、特許文献1および特許文献2においては、鋳型分子とポリマーを溶媒に溶解させ、この溶液からキャスト法を用いてフィルムを形成させることにより得られるインプリントポリマー膜材料について提案している。しかし、これらポリマー膜の作製においては、ポリマー樹脂の選定段階で鋳型分子と結合可能なものが優先されるので、必ずしも後加工性や使用性に適合するものではなく、応用性、汎用性が乏しい。さらに、吸着を効率的に行うためには、微細化したり多孔化したりするなどして材料の表面積を大きくする必要があるが、微細化した場合には、使用時に材料自体が脱落や飛散するなどの問題があり、多孔化した場合には、使用のために必要な材料強度が得られなくなるという問題がある。
【0005】
また、ポリマー内にある鋳型分子の認識部位は、水酸基、アミノ基、カルボキシル基などの極性基であり、このような極性基を有するポリマーを溶解させるためには、通常、アルコール、ケトンなどの比較的極性の高い溶媒を用いる必要がある。しかし、このような極性の高い溶媒を用いた場合、鋳型とポリマー間に働く水素結合やイオン結合などの相互作用が阻害されるために、ポリマー内に鋳型の認識部位がうまく形成されず、鋳型の認識能力が低下するという問題がある。
【特許文献1】特開平11−315150号公報
【特許文献2】特開2000−342943号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、特定の分子状汚染物質を選択的に除去し、さらに後加工性、使用性に優れた分子吸着機能を有したシートおよびポリマー固形物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、鋳型分子とポリマーを溶媒に溶解させる段階を含む分子インプリント法を利用してシート面上に鋳型分子の認識部位が形成されているポリマーを担持している分子吸着機能を有するシートまたは前記ポリマーよりなるポリマー固体において、溶解されるポリマーが、鋳型分子と結合可能な官能基を有し、そして溶媒が3.0以下の比誘電率を有することで、上記課題が解決できることを見出した。ここで担持とは、ポリマーがシート面上に脱落・飛散なく強固に付着した状態を言う。
【発明の効果】
【0008】
この様な構成をとることにより、本発明のシートまたはポリマー固体によれば、特定の分子を選択的に除去し、さらに後加工性、使用性に優れた、分子吸着機能を有したシートまたはポリマー固体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、本発明をさらに詳細に説明する。
【0010】
本発明における分子インプリント法は、ポリマーの組織化を利用した方法である。まず、鋳型分子と結合可能な官能基を有するポリマー樹脂と鋳型分子を溶媒に溶解させ、これらの混合溶液を調製する。次に、この溶液から溶媒を除去することでポリマー皮膜を形成させる。この段階では、鋳型分子はポリマー皮膜中にポリマー皮膜中の官能基と結合した形で存在している。こうして得られたポリマー皮膜から鋳型分子を除去することで、ポリマー皮膜中に鋳型分子の認識部位が形成される。このようにして、鋳型分子を選択的に吸着除去可能なインプリントポリマー皮膜を得ることができる。
【0011】
本発明で用いられるポリマー樹脂と鋳型分子を溶解させる溶媒には、ポリマー樹脂と鋳型分子の間の相互作用を阻害しない、極性の低い溶媒を用いる。溶媒の極性を示す指標としては、物質の電気のためやすさの指標である比誘電率があり、極性の低い溶媒ほど、その比誘電率の値は低くなる。本発明における極性の低い溶媒としては、比誘電率が3.0以下の溶媒が用いられ、例えば、ベンゼン(比誘電率:2.3)、トルエン(比誘電率:2.4)、シクロヘキサン(比誘電率:2.0)、四塩化炭素(比誘電率:2.2)などが挙げられる。このような、比誘電率が3.0以下の十分に極性の低い溶媒を用いた場合、ポリマー樹脂中の官能基と鋳型分子との間に働く水素結合などの相互作用をほとんど阻害せず、認識部位を効率よく形成することが可能となる。一方、比誘電率が3.0よりも高くなると、ポリマー樹脂中の官能基と鋳型分子との間の相互作用は阻害されていき、認識部位をうまく形成することができなくなる。
【0012】
上記のように、比誘電率が3.0以下である溶媒を用いると、インプリント法による認識部位の形成を効率よく行うことができるが、この方法を用いるためには、ポリマー樹脂が、比誘電率が3.0以下の溶媒に可溶であることと、かつ、鋳型分子と結合可能な官能基を有することを兼ね備えたものである必要がある。そこで検討を重ねた結果、本発明者らは、エチレン−酢酸ビニル共重合物が上記の条件を満たす材料であることを見出した。エチレン−酢酸ビニル共重合物は、アルキルフェノール類などに含まれる水酸基と水素結合可能なカルボニル基を有しており、ベンゼン、トルエン、シクロヘキサン、四塩化炭素など極性の低い比誘電率が3.0以下である溶媒にも可溶である。
【0013】
捕捉対象である鋳型分子としては、内分泌攪乱物質として問題視されている、ビスフェノールA、アルキルフェノール類、フタル酸エステル類などが挙げられる。
【0014】
本発明は、分子の選択的吸着能力を有するインプリントポリマー皮膜を、所定のシート基材中あるいは基材上に担持させたものである。これまでに提案されたインプリントポリマーは、ほとんどがフィルム状または粉体状のものであり、表面積を大きくして認識部位を多くするためには、薄膜化、多孔化、微粒子化などが必要となる。しかし、これらの操作は、ポリマー自体の強度を大きく低下させたり、実際の使用において脱離や飛散などの問題を引き起こしたりする。一方、インプリントポリマーをシート基材に担持させた本発明のシートは、基材と同じ強度を有しており、使用時の脱離や飛散などの心配もない。さらに、基材が繊維状構造物である場合、インプリントポリマーの表面積は非常に大きくなり、主体繊維に繊維径がミクロン〜サブミクロンオーダーである極細ガラス繊維を用いれば、表面積はさらに大きくなる。
【0015】
本発明のシートの製造方法としては、特に限定はしないが、例えば、シート基材、例えば紙、不織布、織製または編製布などの繊維状構造物に鋳型分子とポリマー樹脂の混合溶液をロール塗工処理、または浸漬、スプレー等の含浸処理を行う方法が挙げられる。次工程のポリマー皮膜を形成させる方法としては、鋳型分子が揮発しない条件において溶媒を揮発させて乾燥皮膜を形成する方法、ポリマー樹脂の溶解度が低い溶媒に浸漬して相転移させて皮膜を形成する方法等が挙げられる。また、ポリマー皮膜中の鋳型分子を除去する方法としては、溶媒を用いて洗浄除去する方法、減圧や加熱などにより揮発除去する方法等が挙げられる。シート基材に対するインプリントポリマー皮膜の付着量は、同皮膜の吸着特性に応じて設計される。
【0016】
本発明の分子吸着機能を有するシートは、シート形状をしているため加工性、使用性に優れ、プリーツ加工やハニカム加工することにより液体用または気体用の濾過材として使用したり、また、壁紙として使用したりできる。
【0017】
本発明の方法により、比誘電率3.0以下の溶媒に可溶なポリマーを用いて作成したインプリントポリマーを、繊維、膜、成形体などのポリマー固形物に成形して使用することももちろん可能である。さらに粉末などの固形物として成形した場合には、使用時の脱落・飛散を防止しながら表面積を大きくする必要がある。
実施例:
以下に、本発明を実施例および比較例により、さらに具体的に説明するが、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0018】
(インプリント処理)
平均繊維径0.65μmの極細ガラス繊維60重量%、平均繊維径2.70μmの極細ガラス繊維35重量%、平均繊維径6μmのチョップドガラス繊維5重量%を、濃度0.5%、硫酸酸性pH2.5でパルパーにて離解した後、手抄筒を用いて抄紙し、120℃×10分間乾燥させてシートを得た。次に、エチレン/酢酸ビニル共重合体25(製造元:和光純薬工業(株))と、鋳型分子となるp−t−ブチルフェノール(製造元:和光純薬工業(株))を重量比で2:1となるようにトルエン(比誘電率:2.4)に溶解させた溶液を前記シートに付与し、余分な液を吸引濾過により除去した後、真空下でトルエンを蒸発させた。次に、このシートをアセトンで洗浄し、p−t−ブチルフェノールを除去した。こうして、目付重量70g/m、樹脂付着量7.0重量%のシートを得た。
【比較例1】
【0019】
(インプリント処理なし)
平均繊維径0.65μmの極細ガラス繊維60重量%、平均繊維径2.70μmの極細ガラス繊維35重量%、平均繊維径6μmのチョップドガラス繊維5重量%を、濃度0.5%、硫酸酸性pH2.5でパルパーにて離解した後、手抄筒を用いて抄紙し、120℃×10分間乾燥させてシートを得た。次に、エチレン/酢酸ビニル共重合体25(製造元:和光純薬工業(株))のみをトルエンに溶解させた溶液を前記シートに付与し、余分な液を吸引濾過により除去した後、真空下でトルエンを蒸発させた。次に、条件を同一にするために、実施例1と同様にシートをアセトンで洗浄した。こうして、目付重量70g/m、樹脂付着量7.1重量%のシートを得た。
【比較例2】
【0020】
(インプリント処理あり;溶媒として比誘電率4.3のジエチルエーテルを使用)
平均繊維径0.65μmの極細ガラス繊維60重量%、平均繊維径2.70μmの極細ガラス繊維35重量%、平均繊維径6μmのチョップドガラス繊維5重量%を、濃度0.5%、硫酸酸性pH2.5でパルパーにて離解した後、手抄筒を用いて抄紙し、120℃×10分間乾燥させてシートを得た。次に、エチレン/酢酸ビニル共重合体25(製造元:和光純薬工業(株))と、鋳型分子となるp−t−ブチルフェノール(製造元:和光純薬工業(株))を重量比で2:1となるようにジエチルエーテル(比誘電率:4.3)に溶解させた溶液を前記シートに付与し、余分な液を吸引濾過により除去した後、真空下でジエチルエーテルを蒸発させた。次に、このシートをアセトンで洗浄し、p−t−ブチルフェノールを除去した。こうして、目付重量70g/m、樹脂付着量7.1重量%のシートを得た。
(シートの吸着性能の評価):
シートの吸着性能の評価は、以下のようにして行った。まずシートを直径25mmの円形に切り抜き、フィルターホルダーで固定した。これを用いて、濃度100mg/Lのp−t−ブチルフェノール/アセトン溶液2mlを濾過した。濾過前後の溶液をガスクロマトグラフに導入して、各溶液中のブチルフェノール量を測定し、p−t−ブチルフェノール除去率(%)を計算した。
【0021】
シートの鋳型保持能力は、以下のようにして行った。前記の吸着性能評価に用いたシートをフィルターホルダーより取り出し、室温で30分間放置してアセトンを蒸発させた後、シートに保持されている p−t−ブチルフェノールをヘリウム気流中で250℃で加熱して脱着させ、これを捕集濃縮し、ガスクロマトグラフに導入して、シート上に保持された p−t−ブチルフェノール量を測定した。次に、フィルターホルダーより取り出してから室温で100時間放置した後のシートについても同様の測定を行った。各シートで測定された保持量から、100時間後におけるシート上のp−t−ブチルフェノール保持率(%)を計算した。
【0022】
実施例および比較例の評価結果を表1に示す。
【0023】
【表1】

インプリント処理を施した実施例1においては、インプリント処理を施していない比較例1に比べて、p−t−ブチルフェノール除去率が高く、インプリントによる認識部位形成の効果が見られる。また、シート上のブチルフェノール保持率も非常に高く、p−t−ブチルフェノールが認識部位において強く結合していることがわかる。
【0024】
一方、比較例1においても、30%程度のp−t−ブチルフェノールが除去されているが、p−t−ブチルフェノール保持率が低いことから、シートとの吸着力が弱いことを示している。そのため、連続的な濾過を行った場合、吸着された分子の再脱離が起こることが予想される。
【0025】
また、溶媒としてジエチルエーテルを用いた比較例2においては、インプリント処理を施していない比較例1に比べて、ブチルフェノール除去率およびブチルフェノール保持率ともに高くなっていることから、インプリントによる効果がみられている。しかし溶媒としてトルエンを用いた実施例1に比べて、インプリントの効果はかなり低くなっている。このことより、インプリントの効果を強くするためには、比誘電率の低い溶媒を用いることが重要である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋳型分子とポリマーを溶媒に溶解させる段階を含む分子インプリント法を利用して鋳型分子の認識部位が形成されているポリマーをシート基材に担持してなるシートにおいて、溶解されるポリマーが、鋳型分子と結合可能な官能基を有し、そして溶媒が3.0以下の比誘電率を有することを特徴とする、分子吸着機能を有するシート。
【請求項2】
ポリマーが、エチレン−酢酸ビニル共重合物であることを特徴とする、請求項1に記載のシート。
【請求項3】
シート基材が紙、不織布、織製または編製布などの繊維状構造物であることを特徴とする、請求項1に記載のシート。
【請求項4】
繊維状構造物の主体繊維が、極細ガラス繊維であることを特徴とする、請求項2に記載のシート。
【請求項5】
鋳型分子と結合可能な官能基を有するポリマーと鋳型分子を比誘電率が3.0以下の溶媒に溶解させて得られる混合溶液をシートに付着させた後、ポリマー皮膜を形成させ、次いで鋳型分子を除去し、ポリマー皮膜上に鋳型分子の認識部位を形成させることを特徴とする、分子吸着機能を有するシートの製造方法。
【請求項6】
鋳型分子とポリマーを溶媒に溶解させる段階を含む分子インプリント法を利用して鋳型分子の認識部位が形成されているポリマーよりなる固形物において、溶解されるポリマーが、鋳型分子と結合可能な官能基を有し、そして溶媒が3.0以下の比誘電率を有することを特徴とする、分子吸着機能を有するポリマー固形物。
【請求項7】
鋳型分子と結合可能な官能基を有するポリマーと鋳型分子を比誘電率が3.0以下の溶媒に溶解させて得られる混合溶液から、ポリマー固形物を形成させ、次いで鋳型分子を除去し、ポリマー固形物上に鋳型分子の認識部位を形成させることを特徴とする、分子吸着機能を有するポリマー固形物の製造方法。

【公開番号】特開2006−175407(P2006−175407A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−373755(P2004−373755)
【出願日】平成16年12月24日(2004.12.24)
【出願人】(000241810)北越製紙株式会社 (196)
【Fターム(参考)】