説明

分離剤

【課題】 選択性が高く分離効率が良好な、アフィニティ吸着性を有するリガンドを固定した分離剤の提供。
【解決手段】 架橋構造を有する合成高分子の多孔性粒子に、アフィニティ吸着性を有するリガンドを共有結合で固定化した分離剤であって、多孔性粒子の細孔直径が水銀圧入法で10Å以上、10,000Å以下で、平均粒径が1μm以上、1,000μm以下であり、かつ抗体吸着量が5mg/mL以上である分離剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロマトグラフィー用充填剤に好適に用いられる分離剤に関するものであり、中でもタンパク質等の生体高分子に対して高い選択性を有する分離剤に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質等の生体高分子の研究・開発において、それらの吸着・分離・精製にはクロマトグラフィーが多く用いられている。特に、これらのタンパク質等と親和力のあるリガンドを担体上に結合した固定相を用いるアフィニティクロマトグラフィーが、標的分子に対する選択性が高く、高い収率で高速かつ高純度な分離・精製等が可能となり、注目されている。
【0003】
従来提案されている担体としては、シリカ等の無機系担体にアフィニティ官能基のいずれかのリガンドを結合したもの(例えば、特許文献1、2)があるが、このような無機系担体は流通される溶離液の液性によっては耐久性が劣ることがあった。
また、アガロース、デキストラン等の天然多糖類を架橋粒子化して、親和性官能基を結合させた分離剤も提案されている(特許文献3参照)。これらの分離剤を用いると、粒子自体が柔軟であるため、カラムに充填したときの圧力損失が大きくなって、大型のカラムに充填して用いるためにはあまり適していないことがあった。
【0004】
このような問題点を解決するものとして、架橋合成高分子粒子に水溶性ポリマーを結合させ、更にこれに親和性官能基を結合させた充填剤が提案されている(特許文献4参照)。この方法は、イオン交換による分離を行うものであり、タンパク質分離における吸着量は大きくできるとされているが、アフィニティクロマトグラフィーに用いることができるものは、未だ知られてはいなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−31277号公報
【特許文献2】米国特許4308254号
【特許文献3】米国特許6428707号
【特許文献4】特開2008−232764号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
無機系担体の分離剤の欠点である耐久性の問題を解決し、また天然多糖類系の分離剤の強度や柔軟性の問題を改良できたとされる、前記合成高分子系の架橋粒子に基づく分離剤は、γ−グロブリン等のタンパク質について高い吸着容量を示すものの、その選択性はまだそれほど高いものではなく、分離後に得られたものも更に分離が必要な場合があった。
上記特許文献4の分離剤(充填剤)においても、その分離に用いられているのは親和性官能基の中でもイオン交換基であり、この場合、吸着容量は高くすることが可能であるが、吸着対象物の選択性はあまり高いとは言い難いものであった。
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、選択性が高く、分離効率が良好な、アフィニティ吸着性を有するリガンドを固定した分離剤に関するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らが鋭意研究を行なった結果、特定の粒子径と細孔直径を有する合成高分子の多孔粒子に、アフィニティ吸着性を有するリガンドを共有結合により固定化した分離剤が、特に抗体に対して、高い選択率で分離・吸着性能を示すことを見出し、本発明に至った。
即ち、本発明の要旨は、
(1)架橋構造を有する合成高分子の多孔性粒子に、アフィニティ吸着性を有するリガンドを共有結合で固定化した分離剤であって、多孔性粒子がその細孔直径が水銀圧入法で10Å以上、10,000Å以下で、平均粒径が1μm以上、1,000μm以下であり、かつ該分離剤の抗体吸着量が5mg/mL以上であることを特徴とする分離剤、に存している。
【0008】
上記分離剤において、架橋構造を有する合成高分子の多孔性粒子は、主としてアクリル酸エステルもしくはメタクリル酸エステル単量体由来の構成単位で構成されていることが好ましく、また該架橋構造を有する合成高分子の多孔性粒子とリガンドとが直鎖状のスペーサーを介して固定化されていることが更に好ましい。
上記分離剤においては、リガンドの固定化密度が分離剤1リットルあたり1gより大きいことが好ましく、このリガンドは、免疫グロブリンの一部と特異的に結合することが好ましく、具体的にはリガンドが、プロテインA、プロテインG、プロテインL、及びその機能性変異体からなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。
【0009】
本発明の別の要旨は、
(2)(a)標的分子を含む溶液を上記のいずれかの分離剤に接触させて、標的分子を分離剤に吸着させる工程、および
(b)前記標的分子を吸着した分離剤から該標的分子を溶離する工程を含むことを特徴とする標的分子の分離方法、にも存している。
【0010】
上記の標的分子としては、免疫グロブリンまたは免疫グロブリンのFc領域の少なくとも一部を含む融合タンパク質もしくはその化学変性物であることが好ましい。
このとき、上記標的分子である免疫グロブリンはモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体であることがさらに好ましい。
本発明のもう一つの要旨は、
(3)合成高分子の多孔性粒子にアフィニティ吸着性を有するリガンドを粒子上のエポキシ基と反応させて固定化してなる分離剤の製造方法において、アフィニティ吸着性を有するリガンドの固定化反応に続いて、粒子上に残留する未反応エポキシ基をアミン類と反応させて不活性化処理することを特徴とする上記の分離剤の製造方法、及び上記アフィニティ吸着性を有するリガンドを固定化した後に、pH0〜5の緩衝液とpH8〜15の緩衝液との2種類の洗浄液を交互に用いて洗浄することを特徴とする分離剤の製造方法、にも存している。
【0011】
さらに、このようにして得られた分離剤は、濃度1〜50重量%のエタノール水溶液中に保管することが好ましい。
本発明の、別のもう一つの要旨は、
(4)上記いずれかの分離剤を含み、少なくとも1つの容器を備えてなる液体クロマトグラフィー用カラム、にも存している。
【発明の効果】
【0012】
本発明の分離剤は、合成高分子の多孔性粒子として、特定の粒子径と細孔直径を有するものを用い、これにアフィニティ吸着性を有するリガンドを共有結合により固定化したものであり、これによって、特に抗体に対して、高い選択率で分離・吸着性能を示すものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に記載する例示物等は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を逸脱しない限り、これらの内容に限定されるものではない。
<合成高分子の多孔性粒子>
本発明で用いられる架橋構造を有する合成高分子の多孔性粒子としては、その平均粒径が1μm以上、1000μm以下であって、水銀圧入法による細孔直径が、10Å以上、10,000Å以下のものである。
この多孔性粒子は、共有結合によってアフィニティ吸着性を有するリガンドを共有結合で固定化できるための反応性官能基を有している必要がある。
【0014】
(1)多孔性粒子の製造方法
このような多孔性粒子を得るための方法は、例えば、特公昭58−058026号公報や、特開昭53−090911号公報に開示されているような方法を用い、スチレン系単量体、(メタ)アクリル系単量体等の重合性単量体と、反応性官能基付与性を有する重合性単量体とを、懸濁重合や乳化重合させることによって行うことができる。
【0015】
中でも、本発明の多孔性粒子は、分離時の水媒体との親和性が高く、選択率向上に有効な(メタ)アクリル系単量体、特に(メタ)アクリル酸エステル単量体由来の構成単位で主として構成されていることが好ましい。
なお、本明細書で「(メタ)アクリル」という表記は、「アクリル又はメタクリル」を意味するものであり、また「主として構成される」という表記は、重合体の全構成単位の50重量%以上が、当該構成成分であることを意味している。
【0016】
上記のスチレン系単量体としては、スチレン、エチルスチレン、メチルスチレン、ヒドロキシスチレン、クロロスチレン等の単量体が挙げられる。
(メタ)アクリル系単量体としては、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、グリセリンモノ(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル類、(メタ)アクリルアミド、ジメチル(メタ)アクリルアミド、ヒドロキシエチル(メタ)アクリルアミド等の(メタ)アクリルアミド類、(メタ)アクリロニトリルのようなニトリル類、グリシジル(メタ)アクリレート、4,5−エポキシブチル(メタ)アクリレート、9,10−エポキシステアリル(メタ)アクリレート等のエポキシ基含有単量体などが例示できる。
【0017】
反応性官能基付与性を有する重合性単量体としては、アフィニティ吸着性を有するリガンドを共有結合で固定化できるような反応性官能基そのものを有する重合性単量体か、又はこのような反応性官能基を有する化合物(リンカー)と反応可能な官能基を有する重合性単量体があり、本発明にはそのいずれも使用可能である。
このアフィニティ吸着性を有するリガンドを共有結合で固定化できる反応性官能基としては、リガンドの結合部位に相当する官能基の種類に応じて選択すればよいが、例えばリガンドがプロテインAのようなアミノ基を有するリガンドである場合、このアミノ基と共有結合可能な官能基としては、エポキシ基、カルボキシル基などが挙げられる。中でも反応性の点から、エポキシ基が好ましい。
【0018】
このようなエポキシ基を有する重合性単量体としては、上述の(メタ)アクリル系単量体の例として挙げられている、グリシジル(メタ)アクリレートなどのエポキシ基含有単量体の他、アリルグリシジルエーテル、ビニルグリシジルエーテル、4−エポキシ−1−ブテンなどが挙げられる。
また、この多孔性粒子に架橋構造を付与するためには、重合反応時に重合可能な官能基を分子中に複数個有する多官能性単量体を共存させる方法が一般的に用いられる。このような多官能性単量体としては、例えばジビニルベンゼン等のジビニル化合物、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート等のアルキレングリコールジ(メタ)アクリレート類や、その他アルキレンジ(メタ)アクリレート、N,N’−アルキレンビス(メタ)アクリルアミド類、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート等の多価(メタ)アクリル化合物、トリアリルイソシアヌレート、ジアリルフタレート等の多価アリル化合物などが挙げられる。
【0019】
このような多官能性単量体の使用量としては、全単量体に対して、多官能性単量体量が5重量%以上、50重量%以下であるのが好ましく、より好ましくは10重量%以上、40重量%以下である。
多官能性単量体量が5重量%未満では、細孔構造の発達が不十分になったり、得られる重合体粒子の強度も低下する。一方多官能性単量体量が50重量%を超えて高くなると、後述するリンカーやリガンドの固定化が進行しにくくなり、リガンド導入量が低下して、タンパク質等の生体高分子の吸着量が不十分となりやすい。
【0020】
(2)多孔性粒子の物性
1)平均粒径
本発明の多孔性粒子の平均粒径は1μm以上、1000μm以下であり、例えば特開昭64−54004号に記載されているような、懸濁重合法により製造することができる。
またその粒子径の調整方法としては、懸濁重合の操作条件、例えば、上記の各種単量体の種類・量の選択、乳化剤及び/又は保護コロイド剤の種類・量の選択、及び撹拌の強度(撹拌回転数等)、その他を調節する方法などが挙げられる。
また重合終了後に、生成粒子を、篩粉、水篩、風篩などの方法で分級して粒径を揃えてもよい。
【0021】
より好ましい平均粒径は、用いる充填用カラムの用途や大きさにもよるが、5μm以上、700μm以下であり、更に好ましい平均粒径は10μm以上、500μm以下である。
平均粒径がこの範囲より小さいと、カラムに充填して通液した時の圧力損失が大きくなり、そのため通液速度をあまり高くできず、分離処理の生産性が低下する。一方、この範囲を超えて平均粒径が大きいと、カラムの効率が低下し、吸着量や分離性能が低下する。
【0022】
平均粒径は、既知の方法で測定することができる。例えば、光学顕微鏡にて、100個以上の粒子径を測定し、その分布から体積メジアン径を算出することで平均粒径が得られる。
粒径分布の幅の指標である均一係数は、通常小さい方がカラムに充填して通液する時の圧力損失が小さくなり好ましい。均一係数が大きくなると、カラムへの充填効率は高くなるものの、圧力損失が大きくなる傾向にある。
【0023】
2)細孔直径
多孔性粒子の細孔直径は水銀圧入法により測定され、10Å以上、10,000Å以下である。より好ましい細孔直径は、50Å以上、5,000Å以下、更に好ましい値としては、20Å以上、2,000Å以下である。
水銀圧入法は、圧力をかけて水銀を開孔部に侵入させ、圧力値と対応する侵入水銀体積とを用いて、円柱状と仮定した細孔の径をWashburnの式から算出する方法であり、セラミックス成形体について規定されたJIS R1655を準用することができる。
【0024】
これらの細孔の径や細孔の総容積は、用いる重合性単量体の種類・量や、重合時の水と単量体との量比、あるいは重合に際して重合に不活性な有機溶媒を反応系中に所定量共存させ、その種類や量を制御することによって調整することができる。更に、重合開始剤の種類・量によっても調整が可能である。
細孔直径がこの範囲より小さい場合、分離対象のタンパク質等が粒子の細孔中に入りにくくなり、結果的に吸着量が低下することとなる。一方、細孔直径がこの範囲を超えて大きくなると、細孔内部に吸着に寄与しない空間ができてしまい、やはり吸着量が低下することになり、更に分離剤粒子の機械的な強度も低下する。
【0025】
3)抗体吸着量
本発明の分離剤の抗体吸着量は5mg/mL(樹脂)以上である。より好ましい抗体吸着量は10mg/mL(樹脂)以上、更に好ましくは20mg/mL(樹脂)以上、特に好ましくは40mg/mL(樹脂)以上である。(mL(樹脂)は、乾燥樹脂の体積を示す。)
このような高い吸着量を達成するためには、例えば、リガンドの固定化密度を調整する、細孔直径を調整する、平均粒径を調整する、アフィニティ吸着性を有するリガンドの種類を選択する、などの方法があり、必要に応じてこれらの方法を2つ以上組み合わせてもよい。
【0026】
抗体吸着量の測定方法は、分離剤を水湿潤状態として1体積部をチューブに秤取し、これに50体積部のマウスポリクローナルIgG水溶液(和光純薬(株)製試薬を濃度2.5mg/mLに希釈したもの)を加えて室温で5時間攪拌しIgGを吸着させる。吸着前後の上澄み液の吸光度を測定し、別途作成した検量線より抗体吸着量を決定する。
マウスポリクローナル抗体吸着量が小さいと、目的とするヒト抗体の吸着量も低下するものと考えられている。
【0027】
<リガンド>
(1)リガンドの種類
本発明に用いられるリガンドはアフィニティ吸着性を有するものである。
このようなリガンドとしては、プロテインA、プロテインG、プロテインL及びこれらの機能性変異体、各種抗体、レクチン類、もしくはこれらの疑似ペプチドリガンド類が挙げられるが、タンパク質に親和性のある生化学活性を有する物質で固定化可能なものであれば特に限定されない。
【0028】
これらの中でも、リガンドとしてプロテインA、プロテインG、プロテインL及びこれらの機能性変異体が抗体の分離に用いる際の選択率が高く好ましい。
なお、抗体の分離を主目的とする場合、リガンドとしては免疫グロブリンの一部と特異的に結合可能なものが好ましい。
【0029】
(2)多孔性粒子の反応性官能基
上述のアフィニティ吸着性を有するリガンドを、架橋構造を有する合成高分子の多孔性粒子に共有結合で固定化する方法は、通常以下のような方法が用いられるが、これに限定されるものではない。
固定化は、合成高分子粒子に反応性官能基付与性を有する重合性単量体を共重合等の形で取り込ませておいた上で、この反応性官能基と、リガンドの有する官能基とを直接反応させる方法や、或いは合成高分子の構成成分の有する官能基及び前記リガンドの有する官能基とそれぞれ反応可能な官能基を分子内にそれぞれ1個以上有する低分子又は高分子化合物(以下このような化合物をまとめて「スペーサー」と記す)を介して結合させる方法が用いられる。
【0030】
例えばプロテインAのようなアミノ基を有するリガンドを固定化する場合、前者の方法としては、合成高分子粒子にエポキシ基、カルボキシル基などのアミノ基と共有結合を形成する官能基を含有させておき、これとプロテインAを直接反応させて固定化する方法が例示できる。
また、後者の方法としては、スペーサーとしてアミノ酸(アミンカルボン酸)類を用い、そのアミノ基部位と合成高分子のエポキシ基とを反応させた上で、他の末端のカルボキシル基によってプロテインAのアミノ基と反応させる方法や、スペーサーとしてジアミンやジオールと(ポリ)エチレングリコールジグリシジルエーテル等のジグリシジル化合物を逐次的に用いて、合成高分子のエポキシ基とジアミン又はジオールの一方の末端を結合させ、他の末端にジグリシジル化合物の一方のエポキシ基を結合させて、残る末端のエポキシ基をプロテインAと結合させる方法などが挙げられる。
【0031】
なお、上記方法でスペーサーの一部の成分として用いられるジアミンとしては、テトラメチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン等の脂肪族ジアミン類が挙げられ、ジオールとしては、プロピレングリコール、ブタンジオール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール等の脂肪族ジオールやポリエチレングリコール類が挙げられる。
スペーサーとしてはリガンドとの反応性や固定化時の合成高分子粒子との立体障害の関係を考慮すると、直鎖状の構造を有していることが好ましい。分岐鎖状の構造のスペーサーを用いると、立体障害が大きくなって、リガンドと抗体とのアフィニティ結合の形成を抑制するためか、吸着量が低下する傾向となる。
【0032】
分離対象となる抗体の選択性には、合成高分子粒子の細孔内部に結合するプロテインA等のリガンドの細孔壁からの距離が関係するものと考えられているが、前者の方法では合成高分子を製造する段階で、共重合させる単量体反応性官能基付与性を有する重合性単量体の種類によって上記距離が決まってしまうのに対して、後者の方法ではスペーサーの種類や組み合わせを選ぶことによって、リガンドの固定化段階で上記距離の調整ができる点、好ましい方法である。
【0033】
(3)リガンドの固定化反応
リガンドの固定化反応に際しては、例えばプロテインA等を水溶液として上記エポキシ基等を有する多孔性粒子上に供給し、反応を行わせる。
固定化反応の温度は常温〜30℃程度が好ましい。温度が高くなるとプロテインA等が不活性化することがあり、一方温度が低いと反応に長時間を要することとなる。
リガンドの固定化密度は、分離剤1リットル当たり1g以上であることが好ましい。またその上限は特に限定されないが、通常50g/L以下である。
リガンドの固定化密度が1g/L未満では抗体の吸着量が低下し、分離剤の効率が低くなる。一方、50g/Lを超えてリガンドを固定しても、リガンドの利用効率が低くなる。
【0034】
このリガンドの固定化密度は、リガンドの固定化を行う官能基(例えばエポキシ基)の含有量は、樹脂1mL当たり0.01〜100μ(エポキシ)当量であることが好ましい。この値が、0.01μ当量未満ではリガンドの固定量が少なくなるとともに、リガンドの固定が弱体化してリガンドの脱離・脱落が起きることがある。一方、この含有量が100μ当量を超えて多くなると、リガンドの易動性が阻害されるためか、抗体吸着量が低下する傾向となる。
より好ましい固定化密度としては、樹脂1mL当たり0.05〜50μ(エポキシ)当量が挙げられる。
【0035】
(4)後処理
上記のように固定化反応を行った後、多孔性粒子側に残存する反応性官能基は、後処理により不活性化しておくことが好ましい。不活性化せずに残った反応性官能基は、徐々にプロテインA等のリガンドの活性基と反応し、分離剤の吸着容量を低下させたり、選択率を悪化させたりする場合がある。
【0036】
このような後処理としては、例えば反応性官能基としてエポキシ基を例に取れば、エタノールアミン等のアミン類の水溶液と反応させて不活性化する方法が例示できる。このときのエタノールアミンの濃度やpH等の処理条件は、特に制限されるものではないが、通常、濃度0.1〜5モル/L、pH7〜14の条件で実施することができる。この範囲の条件とすることで、エタノールアミンの反応速度が実用的な範囲となり、またプロテインAの失活も抑えられるので好ましい。さらに好ましい処理条件は濃度1〜2モル/L、pH8〜9の条件である。
【0037】
リガンド固定化反応後の分離剤、または固定化反応に加えて後処理を加えた分離剤は、未反応物を除去するために水で洗浄するのが好ましい。洗浄に際しては、酸性の洗浄水と塩基性の洗浄水とを交互に用いて洗浄することがより好ましい。このとき、pH0〜5の緩衝液とpH8〜15の緩衝液との2種類を交互に用いて洗浄すると過剰のプロテインA等の除去と、固定化されたプロテインAの活性化を行うことができてさらに好ましい。
【0038】
洗浄に使用することができる緩衝液としては、酸性緩衝液としては、塩酸/塩化カリウム、酒石酸、クエン酸、グリシン、ギ酸、酢酸、コハク酸、リン酸、またはそれらの塩が、塩基性緩衝液としては、トリエタノールアミン、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン、ジエタノールアミン、ホウ酸、アンモニア、炭酸、またはそれらの塩を含むものが使用できる。
【0039】
使用する緩衝液のイオン強度は、0.001M〜10Mが好ましく、より好ましいイオン強度は0.01M〜2Mである。この範囲のイオン強度の緩衝液を使用すると、固定化されたプロテインAの失活を少なくすることができるので好ましい。また用いる緩衝液には、塩化ナトリウムや塩化カリウムのような塩を含有していてもよい。これらの塩が存在すると過剰のプロテインA等の除去と、固定化されたプロテインAの活性化を効果的に行うことができて好ましい。塩化ナトリウムや塩化カリウムの濃度は通常0.1〜2M、好ましくは0.5〜1Mである。
【0040】
得られた分離剤は、そのまま使用する場合を除いて一時的に保管される。保管時の媒体としては、濃度1〜50重量%のエタノール水溶液を用いるのが好ましい。エタノールの濃度をこの範囲とすることで、固定化されたプロテインAの失活を少なくすることができる。
また、架橋構造を有する合成高分子の多孔性粒子を用いた上記分離剤を該保管媒体中で保管した時に、該分離剤の膨潤度が適切になり、かつ該分離剤に対する保管媒体への親和性が良好である。したがって細菌類の繁殖が抑制する効果や細孔内に固定されたプロテインAの保存安定性が良くなる効果が発現するので好ましい。より好ましいエタノールの濃度は10〜30重量%、さらに好ましい濃度は15〜25重量%である。
【0041】
<分離の対象物及び分離方法>
本願発明の分離剤は、タンパク質、特に抗体を標的分子とし、これらの分離に好適に使用される。
特に好ましい標的分子としては、免疫グロブリンまたは免疫グロブリンのFc領域の少なくとも一部を含む融合タンパク質もしくはその化学変性物が挙げられ、中でも免疫グロブリンがモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体が好ましい。
標的分子の分離処理は、以下の工程を含むように行うのが好ましい。
【0042】
(a)標的分子を含む溶液を上記の分離剤に接触させて、標的分子を分離剤に吸着させる工程。
(b)前記標的分子を吸着した分離剤から該標的分子を溶離する工程。
このような方法により、上記のような各種タンパク質を選択性良く分離することが可能である。
このような分離処理に際しては、上記の分離剤を含み、少なくとも1つの容器を備えた液体クロマトグラフィー用カラムが好ましく用いられる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を用いて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はその要旨を逸脱しない限り、以下の実施例の記載に限定されるものではない。
[分離剤の調製]
<多孔質架橋共重合ポリマー粒子の形成(重合工程)>
水100重量部にポリビニルアルコール0.5重量部を溶解した水中に、グリシジルメタクリレート80重量部、エチレングリコールジメタクリレート20重量部,2,2’−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)1重量部、及びジクロルプロパン100重量部の混合物を加え、撹拌して懸濁状態とした。このとき、撹拌速度を調整して液滴の平均直径が約100μmになるようにした。この懸濁液を70℃に昇温し、6時間反応させた。
冷却後、得られた架橋構造を有する多孔性粒子を水洗後、メタノール洗浄し、乾燥して架 橋共重合多孔性粒子を得た。
【0044】
<スペーサーの導入〜1>
この多孔性粒子を水湿潤状態とし、その100重量部をフラスコに採取した。ここにエタノール/水(50/50)溶媒を200重量部添加し、更に1,4−ブタンジオール100重量部を加えて混合後、触媒として硫酸(98%)を2重量部添加して、温度40℃で5時間反応させ、1,4−ブタンジオールが粒子上のエポキシ基と反応した付加物を得た。
【0045】
<スペーサーの導入〜2>
上記で得られた、1,4−ブタンジオール付加粒子(水湿潤状態)100重量部あたり、エチレングリコールジグリシジルエーテル50重量部を加え、アルカリ触媒を添加して1,4−ブタンジオールの水酸基末端への付加反応を行い、末端基としてエポキシ基を持つスペーサーを有する多孔質粒子を調製した。この粒子のエポキシ基含有量は1.5μモル/g(樹脂)であった。
【0046】
<プロテインAの固定化>
上記で得られた樹脂を水湿潤状態で100重量部秤取し、これにプロテインA水溶液を40重量部添加し、室温で4時間反応させ、得られた樹脂を水で十分洗浄した。
反応前後の上澄み液のプロテインAの濃度から、プロテインAの固定量を算出したところ、プロテインAの固定量は分離剤1mLあたり22mgであった。
引き続き、得られた樹脂に2−アミノエタノール水溶液(pH=9)を添加して1夜放置して、未反応エポキシ基の不活性化を行った。処理後の樹脂を十分に水洗し、プロテインAが固定化された分離剤(平均粒径:100μm)を得た。
【0047】
[測定・評価方法]
<エポキシ基の含有量>
末端基としてエポキシ基を持つスペーサーを有する多孔質粒子に含まれるエポキシ基の含有量は以下のようにして測定した。
多孔質粒子5gを水湿潤状態でフラスコに量りとり、1.3Mのチオ硫酸ナトリウム水溶液を10mL添加した。フラスコを密栓し、100rpmで5時間撹拌し、発生したNaOHをフェノールフタレイン指示薬を用いて、0.1Nの塩酸で滴定した。
生成したNaOH量に基づいて前記樹脂のエポキシ基含有量を算出した。
【0048】
<分離剤の平均粒径>
得られた分離剤の平均粒子径は、光学顕微鏡を用いて顕微鏡写真を撮影し、一視野あたり100個の粒子の径を測定し、その平均値を平均粒径とした。平均粒子径は100μmであった。
【0049】
<分離剤の細孔直径>
島津製作所製水銀ポロシメーターで樹脂の細孔直径を測定した。細孔容積、細孔直径をそれぞれ縦軸、横軸とした細孔の分布を示すヒストグラムにより、細孔容積の合計が最も多い部分の細孔直径を平均細孔直径とした。測定された細孔直径は500オングストロームであった。
【0050】
<抗体吸着量>
得られた分離剤を水湿潤状態で1体積部をチューブに秤取した。これに50体積部のマウスポリクローナルIgG水溶液(濃度2.5mg/mL)を添加して室温で5時間攪拌した。
吸着前後の上澄み液の吸光度を測定することにより抗体吸着量を定量したところ、抗体吸着量は分離剤1mLあたり51mgであった。
【0051】
<分離処理>
得られた分離剤を、水湿潤状態としてカラムの内容積の50%相当分(0.5体積部)充填した。これに濃度0.5mg/mLのマウスポリクローナルIgG抗体を含む抗体混合物の水溶液(20mMリン酸緩衝液、pH7)を10%破過点まで流通させた。その後カラムを純水で洗浄した後、0.1Mクエン酸水溶液(pH3)を通して溶離させた。
その結果、マウスポリクローナルIgG抗体のみを含む溶液を得ることができ、この抗体を分離精製することができた。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明のタンパク質分離剤は特に抗体に対する高い選択率で分離・吸着性能を示し、かつ強度と耐久性に優れており、特に医薬・診断分野における実用上の価値は高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
架橋構造を有する合成高分子の多孔性粒子に、アフィニティ吸着性を有するリガンドを共有結合で固定化した分離剤であって、多孔性粒子がその細孔直径が水銀圧入法で10Å以上、10,000Å以下で、平均粒径が1μm以上、1,000μm以下であり、かつ該分離剤の抗体吸着量が5mg/mL以上であることを特徴とする分離剤。
【請求項2】
架橋構造を有する合成高分子の多孔性粒子が、主としてアクリル酸エステルもしくはメタクリル酸エステル単量体由来の構成単位で構成されていることを特徴とする請求項1に記載の分離剤。
【請求項3】
架橋構造を有する合成高分子の多孔性粒子とリガンドとが直鎖状のスペーサーを介して固定化されていることを特徴とする請求項1または2に記載の分離剤。
【請求項4】
リガンドの固定化密度が分離剤1リットルあたり1gより大きいことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の分離剤。
【請求項5】
リガンドが、免疫グロブリンまたは免疫グロブリンのFc領域の少なくとも一部を含む融合タンパク質もしくはその化学変性物と特異的に結合することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の分離剤。
【請求項6】
免疫グロブリンがモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体であることを特徴とする請求項5に記載の分離剤。
【請求項7】
リガンドが、プロテインA、プロテインG、プロテインL、及びその機能性変異体からなる群から選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の分離剤。
【請求項8】
(a)標的分子を含む溶液を請求項1〜7のいずれか1項に記載の分離剤に接触させて、標的分子を分離剤に吸着させる工程、及び
(b)前記標的分子を吸着した分離剤から該標的分子を溶離する工程を含むことを特徴とする標的分子の分離方法。
【請求項9】
標的分子が、免疫グロブリンまたは免疫グロブリンのFc領域の少なくとも一部を含む融合タンパク質もしくはその化学変性物であることを特徴とする請求項8に記載の分離方法。
【請求項10】
免疫グロブリンがモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体であることを特徴とする請求項9に記載の分離方法。
【請求項11】
合成高分子の多孔性粒子にアフィニティ吸着性を有するリガンドを粒子上のエポキシ基と反応させて固定化してなる分離剤の製造方法において、アフィニティ吸着性を有するリガンドの固定化反応に続いて、粒子上に残留する未反応エポキシ基をアミン類と反応させて不活性化処理することを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の分離剤の製造方法。
【請求項12】
合成高分子の多孔性粒子にアフィニティ吸着性を有するリガンドを粒子上のエポキシ基と反応させて固定化してなる分離剤の製造方法において、アフィニティ吸着性を有するリガンドを固定化した後に、pH0〜5の緩衝液とpH8〜15の緩衝液との2種類の洗浄液を交互に用いて洗浄することを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の分離剤の製造方法。
【請求項13】
濃度1〜50重量%のエタノール水溶液中に保管することを特徴とする、請求項1〜7に記載の分離剤の保管方法。
【請求項14】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の分離剤を含み、少なくとも1つの容器を備えることを特徴とする液体クロマトグラフィー用カラム。

【公開番号】特開2012−18135(P2012−18135A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−157100(P2010−157100)
【出願日】平成22年7月9日(2010.7.9)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】