説明

励起子の位相緩和を制御する方法,及び位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法

【課題】半導体中の励起子における位相緩和現象を制御する方法,及び位相緩和を起こす環境系の情報を得る方法を提供する。
【解決手段】量子アレイを含む半導体からなる試料2と,光源3と,光源からの光を分割する光学素子4と,光学素子により分割された3つのパルス光5,6及び7と,それぞれの透過光8,9及び10と,フォトンエコー信号11と,六光波混合信号12と,光検出器13と,制御装置14と,出力装置15と,フィードバック機構16とを含む実験系1を用い,少なくとも3つパルス光を異なる方向から時間をずらして半導体に照射することにより励起子の位相緩和を制御する方法であって,前記少なくとも3つのパルス光のうち,最初のパルス光(第1のパルス光)と2つ目のパルス光(第2のパルス光)との時間差をτ[s]とし,前記第2のパルス光と3つ目のパルス光(第3のパルス光)との時間差をT[s]としたときに,τ<Tの条件下にある励起子の位相緩和を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、励起子の位相緩和を制御する方法,及び位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法などに関する。本発明は,より詳しくは,量子ビット配列システムにおける多光波混合および位相緩和安定化を利用した励起子の位相緩和を制御する方法、また、位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体素子における素励起のデコヒーレンスの解析は、物性物理学を理解するための主要な方法の一つである。これは、量子情報処理装置の実現を目指した研究においても大いに注目されている。中心の課題は、情報を符号化した量子状態のコヒーレントな時間発展をどのように実現および制御するかである。これには、情報を担うシステムとデコヒーレンスを引き起こす環境系との結合の仕方に応じて効果的な方法を選ぶべきである。さまざまな提案の中でも、半導体装置は、集積が容易で熟成した工業技術が使えるため有利であると思われる。
【0003】
特に、量子ドット中に形成される励起子は、量子通信ネットワークを作る信号キャリヤである光子に効率よく結合できるため、他の量子ビット候補となる2準位系とは明瞭に差別化される。さらに、量子ドット中に形成される励起子は、双極子モーメントが大きいため、フェムト秒の時間単位で量子ビットの直接光学的制御が可能である。半導体における励起の光学的コヒーレント処理のさまざまな結果が報告されている。たとえば、高次元半導体構造における励起子ラビ振動の間接的観察[S. T. CundiR, A. Knorr, J. Feldmann, S. W. Koch, E. O. Gobel, and H. Nickel, Phys. Rev. Lett. 73, 1178 (1994). H. Giessen, A. Knorr, S. Haas, S. W. Koch, S. Linden, J. Kuhl, M. Hetterich, M. Grun, and C. Klingshirm, Phys. Rev. Lett. 81, 4260 (1998).]および直接的観察[A. Schulzgen, R. Binder, M. E. Donovan, M. Lindberg, K. Wundke, H. M. Gibbs, G. Khitrova, and N. Peyghambarian, Phys. Rev. Lett. 82, 2346 (1999).]、単一量子ドット励起の1量子ビット回転の処理[N. H. Bonadeo, J. Erland, D. Gammon, D. Park, D. S. Katzer, and D. G. Steel, Science 282, 1473 (1998).]、量子ドット集団における励起子ラビ振動の直接的観察[P. Borri, W. Langbein, S. Schneider, U. Woggon, R. L. Sellin, D. Ouyang, and D. Bimberg, Phys. Rev. B 66, R081306 (2002)]、および量子ドット内のからみ合い(エンタングルメント)の処理[Gang Chen, N. H. Bonado, D. G. Steel, D. Gammon, D. S. Katzer, D. Park, and L. J. Scham, Science, 289, 1906 (2000). M. Bayer, P. Hawrylak, K. Hinzer, S. Fafard, M. Korkusinski, Z. R. Wasilewski, O. Stern, and A. Forchel, Science 291, 451 (2001).]などである。これらにより、励起子量子ビットに基づく量子情報処理のために大きな可能性が開かれた。
【0004】
一方、励起子量子ビットは、常に種々の電荷励起と相互作用して、フォノンや励起子自身の散乱によるデコヒーレンスを生じる。特に、通常数十ピコ秒の急速な位相緩和時間は克服するべき最初の課題である。
【0005】
そのような位相緩和に対してよく知られた方法は、量子誤り訂正符号[P. W. Shor, Phys. Rev. A52, R2493 (1995)]、および無緩和部分空間を用いた符号化である[J. Kempe, D. Bacon, D. A. Lidar, and K. B. Whaley, Phys. Rev. A63, 042307 (2001). D. A. Lidar, D. Bacon, J. Kempe, and K. B. Whaley, Phys. Rev. A63, 022306 (2001) ]。いずれの方法も、冗長量子ビットによるエラーを修正するため、あるいはシステム環境相互作用の対称性を利用してデコヒーレンスに耐性のある状態発展を作るため、多くの自由度がからみ合った状態の符号化によるものである。固体素子上で、そのような多粒子がからみあった状態を作ることは、いまだに非常に難しい課題である。
【0006】
それとは別の、そして現在の技術により可能性のある唯一の方法は、「バンバン」制御とよばれる外場のパルス列を用いるか[C. Uchiyama and M. Aihara, Phys. Rev. A66, 032313 (2002).]、ある種の計測ベース上への放出を用いるか[H. Nakazato, T. Takazawa, and K. Yuasa, Phys. Rev. Lett. 90, 060401 (2003)]、いわゆるゼノン効果を用いて、連続的にシステムを制御する動的デカップリング制御[D. Home and M. A. B. Whitaker, Ann. Phys. 258, 237 (1997).]である。
【0007】
これは基本的に複雑な量子ビットの符号化は必要ではないが、単一量子ビットレベルで有効である。前者は技術的視点からは容易であり、そのため固体素子の量子ビットに対してまず採用すべき候補である。この方法は、非マルコフ領域における位相緩和プロセス、すなわちエネルギー緩和寿命T1内の時間反転に基づくものである。クーパー対ボックスを用いた固体素子量子ビットに関する実験例が報告されている[Y. Nakamura,et.al., Phys. Rev. Lett. 88, 047901 (2002).(下記非特許文献1参照)]。励起子量子ビットについては、これまでパルス列印加による能動的な位相緩和制御の実験例はない。
【0008】
すなわち,半導体中の励起子の位相緩和時間は,制御することが難しいパラメータと考えられていたため,特に光を用いて半導体中の励起子の位相緩和過程を制御する試みは行われていなかった。
【0009】
【非特許文献1】Y. Nakamura,et.al., Phys. Rev. Lett. 88, 047901 (2002).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、半導体中の励起子における位相緩和現象を制御する方法を提供することを目的とする。
【0011】
本発明は、半導体中の励起子と熱浴との相互作用に関する情報など位相緩和を起こす環境系の特徴に関する情報を得ることができる方法を提供することを別の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は,基本的には,空間分解型の多光波混合過程を用いることにより,半導体中の励起子における位相緩和現象を制御できるという知見に基づく。また,本発明は,多光波混合過程の時間積分信号,及び時間分解信号を解析することにより,半導体中の励起子と熱浴との相互作用に関する情報など位相緩和を引きこす環境系の特徴に関する情報をも得ることができるという知見に基づくものである。
【0013】
〔1〕上記の課題のうち少なくとも一つを解決するため、本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法” は、パルス光を少なくとも2つの方向から半導体に照射する。明細書によって説明されるとおり,このようにすることにより励起子の位相緩和を制御できる。
【0014】
“励起子の位相緩和を制御する”とは,光により励起された半導体中の励起子が緩和して元に戻るまでの過程をコントロールすることを意味する。
【0015】
〔2〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,少なくとも3つパルス光を異なる方向から時間をずらして半導体に照射することにより励起子の位相緩和を制御する方法であって,前記少なくとも3つのパルス光のうち,最初のパルス光(第1のパルス光)と2つ目のパルス光(第2のパルス光)との時間差をτ[s]とし,前記第2のパルス光と3つ目のパルス光(第3のパルス光)との時間差をT[s]としたときに,τ<Tの条件下において観測される励起子の位相緩和を制御する方法である。これは,励起子のエネルギーが不均一に広がっている場合に特に有効な方法である。後述のとおり,このような時間間隔でパルス光を照射することにより励起子の位相緩和を制御できる。ただし、均一幅の時にはT=0[s]から信号が観測される。位相緩和の制御方法の例は,実施例などに開示されるとおりである。たとえば,Tを固定し,τを走査した際のフォトンエコー信号,多光波混合信号などを光検出器が観測し,それらの信号が現れる領域とそれらの信号の強度を求め制御装置が光源への制御信号を作製し,フィードバック機構が制御信号を光源にフィードバックすればよい。また,τを固定しTを走査してもよい。さらには,τとTとのいずれかを固定し,もう一方を走査する作業を繰り返して行っても良い。好ましい,τ及びTが定まれば,その値を用いて好適な位相緩和の制御を行ってもよい。
【0016】
〔3〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,第1のパルス光により励起された励起子の位相が,緩和してしまう前に前記第2のパルス光を照射する上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。第1のパルスにより励起された位相が緩和した後では,位相緩和を制御できなくなるので,位相が緩和してしまう前に半導体に第2のパルスを照射する。
【0017】
〔4〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,前記τ[s]が、前記第1のパルス光により励起された半導体の非マルコフ過程の時間以下の時間である上記の励起子の位相緩和を制御する方法である。上記に説明したとおり,第1のパルスにより励起された位相が緩和した後では,位相緩和を制御できなくなる。そこで,第1と第2のパルスの時間間隔を非マルコフ過程の時間内の間隔とすることが好ましい。なお,第1のパルスにより,半導体などの試料が励起され,励起子が生成される。本発明では,そのコヒーレンスが緩和しないように位相緩和を制御する。一方,励起子が生成した状態で放置すれば,熱浴との相互作用により励起子の位相が緩和する。一方,その相互作用でも非常に短い時間内では、熱浴が与えた影響を一定だと覚えている状況が起こる。その時間内にπパルスを照射すると時間反転が起きて元の状態に戻り,あたかも緩和が起きていない(回復した)状態にもどる。このような,この時間を非マルコフ過程の時間とよぶ。すなわち,τ[s]が、前記第1のパルス光により励起された半導体の非マルコフ過程の時間以下の時間とすれば,位相緩和を効果的に抑制できる。なお,この非マルコフ過程の時間の理論的な説明は,後述する。
【0018】
〔5〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,前記第1のパルス光〜第3のパルス光は,一つの光源から分割されたものである上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。パルス光の分割方法は,たとえば公知の光学素子を用いればよい。
【0019】
〔6〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,前記第1のパルス光〜第3のパルス光は,パルス周期が,11ns〜1msである上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。本発明では,CW光源ではなく,パルス光を用いることが好ましく,特に超短パルス光を用いることが好ましい。
【0020】
〔7〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,前記第1のパルス光〜第3つのパルス光のパルス面積が,πより小さい場合にとくに有効に用いられる。すなわち,本発明によれば,パルス面積が,πパルスより小さいパルス光を用いた場合であっても,効果的に励起子の位相緩和を制御できる。
【0021】
量子コンピュータや量子通信では,基本となる情報量として量子ビット(qubit)を用いる。量子ビットの固有状態として、イオンなどの基底状態と励起状態を用いる。これらの状態間は、たとえば右回り円偏光のレーザー光によって互いに入れ替えることができる。また、補助用の量子ビットとして、フォノンモード(基底状態と第一励起状態)を用いる。この各量子ビット間の操作は、フォノンの状態を媒介として行うことができる。状態制御には、どのエネルギー差よりもちょうどフォノンのエネルギー分だけ少ない波長のレーザー光を用いる。レーザー光の照射時間を調整することで、基底状態と第一励起状態を行き来させる制御を行うことができる。このときの光を“πパルス”と呼ぶ。すなわち,“パルス光のパルス面積が,πより小さい”とは,パルス光のエネルギーがπパルスより小さい状態を意味する。
【0022】
〔8〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,フォトンエコー信号,及び六光波混合信号を観測することにより位相緩和する時間を測定し,その位相緩和する時間から,τ及びTを定める上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。後述の実施例によって示されるとおり,フォトンエコー信号,及び六光波混合信号を観測することにより得られる,時間分解信号や時間積分信号を観測することにより,好ましいτ及びTに関する情報を得ることができるので,このようなτ及びTを用いれば,好適に位相緩和を制御できる。また,前述の“非マルコフ過程の時間”内であれば,励起子の位相緩和をもとに戻すことができるので,上記の信号を用いれば“非マルコフ過程の時間”につても,解析することができる。
【0023】
〔9〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,前記半導体として,量子ドットが規則的に集まった量子ドットアレイを用いる上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。
【0024】
〔10〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,周波数の異なる少なくとも3つのパルス光を,時間をずらして半導体に照射することにより励起子の位相緩和を制御する方法である。このような場合,それぞれのパルス光の位置を変化させなくとも上記と同様の制御を達成できる。すなわち,空間的位置を変化させなくても,周波数の異なるパルス光を用いることで,上記したと同様に励起子の位相緩和を制御することができる。
【0025】
〔11〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,前記τ[s]が、前記第1のパルス光により励起された半導体の非マルコフ過程の時間以下の時間である、上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。
【0026】
〔12〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,前記第1のパルス光により励起された励起子の位相が,緩和してしまう前に前記第2のパルス光を照射することにより励起子の位相緩和を制御する、上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。
【0027】
〔13〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,前記第1のパルス光〜第3のパルス光は,パルス周期が,11ns〜1msである上記にに記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。
【0028】
〔14〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,前記少なくとも3つのパルス光のうち,最初のパルス光(第1のパルス光)と2つ目のパルス光(第2のパルス光)との時間差をτ[s]とし,前記第2のパルス光と3つ目のパルス光(第3のパルス光)との時間差をT[s]としたときに,τ<Tの条件下において観測される上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。
【0029】
〔15〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,前記少なくとも3つのパルス光は,ひとつのパルス光を,AO変調器を用いて周波数を変調させるものであり,前記少なくとも3つのパルス光を同軸の光学軸に乗せて半導体に照射する上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。AO変調器を用いれば,それぞれの周波数がわずかに異なる複数のパルス光を得ることができる。
【0030】
〔16〕本発明の“励起子の位相緩和を制御する方法”のある態様は,前記半導体から反射もしくは透過する信号を、あらかじめ同一光源から分離して用意しておいた局発光と干渉させ,ヘテロダイン方式によって信号光を分離することを特徴とする,上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。このようにすれば,光信号が同軸上に載った場合であっても,信号を分離することができ,時間分解信号を得ることができることとなる。
【0031】
〔17〕上記の課題の少なくともひとつを解決するため,本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”は,少なくとも3つパルス光を異なる方向から時間をずらして半導体に照射することにより励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法であって,前記少なくとも3つのパルス光のうち,最初のパルス光(第1のパルス光)と2つ目のパルス光(第2のパルス光)との時間差をτ[s]とし,前記第2のパルス光と3つ目のパルス光(第3のパルス光)との時間差をT[s]としたときに不均一幅が優位な系の場合、信号が取得できる条件はτ<Tである。
【0032】
ここで“位相緩和を引き起こす環境系の特徴に関する情報”における“環境系”とは,半導体が置かれている外気などの半導体の位相緩和に影響を与える外的要因を意味し,“位相緩和を引きこす環境系の特徴に関する情報”とは,半導体中の励起子と熱浴との相互作用に関する情報など,位相緩和に寄与する環境系の要素に関する情報などを意味する。また,好ましいτ及びTに関する情報などが含まれていてもよい。後述の実施例によって示されるとおり,時間分解信号や時間積分信号などによれば,半導体の励起子の位相緩和を制御するために好ましいτ及びTに関する情報など様々な情報を得ることができる。
【0033】
〔18〕 本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”のある態様は,前記第1のパルス光により励起された励起子の位相が,緩和してしまう前に前記第2のパルス光を照射し,フォトンエコー信号及び六光波混合信号を観測する上記に記載の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法である。後述のとおり,フォトンエコー信号及び六光波混合信号などから得られる多光波混合過程の時間積分信号及び時間分解信号などを解析することにより,位相緩和を引きこす環境系の特徴に関する情報を得ることができる。
【0034】
〔19〕 本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”のある態様は,前記τ[s]が、前記第1のパルス光により励起された半導体の非マルコフ過程の時間以下の時間である、上記に記載の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法である。
【0035】
〔20〕 本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”のある態様は、前記第1のパルス光〜第3のパルス光は,パルス周期が,11ns〜1msである上記7に記載の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法である。
【0036】
〔21〕本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”のある態様は,前記半導体として,量子ドットが規則的に集まった量子ドットアレイを用いる上記に記載の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法である。
【0037】
〔22〕本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”のある態様は,周波数の異なる少なくとも3つのパルス光を時間をずらして半導体に照射することにより,励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法である。
【0038】
〔23〕本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”のある態様は,前記少なくとも3つのパルス光のうち,最初のパルス光(第1のパルス光)と2つ目のパルス光(第2のパルス光)との時間差をτ[s]とし,前記第2のパルス光と3つ目のパルス光(第3のパルス光)との時間差をT[s]としたときに,τ<Tの条件下における上記に記載の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法である。
【0039】
〔24〕本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”のある態様は,前記第1のパルス光〜第3つのパルス光は,ひとつのパルス光をAO変調器を用いて周波数の変調を行ったものであり,前記少なくとも3つのパルス光を同軸の光学軸に乗せて半導体に照射する上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。
【0040】
〔25〕本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”のある態様は,前記半導体から反射もしくは透過する信号を、あらかじめ同一光源から分離して用意しておいた局発光と干渉させ,ヘテロダイン方式によって信号光を分離することを特徴とする,上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。
【0041】
〔26〕本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”のある態様は,前記τ[s]が、前記第1のパルス光により励起された半導体の非マルコフ過程の時間以下の時間である、上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。
【0042】
〔27〕本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”のある態様は,前記第1のパルス光により励起された励起子の位相が,緩和してしまう前に前記第2のパルス光を照射することにより励起子の位相緩和を制御する、上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。
【0043】
〔28〕本発明の“励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法”のある態様は,前記第1のパルス光〜第3のパルス光は,パルス周期が,11ns〜1msである上記に記載の励起子の位相緩和を制御する方法である。
【発明の効果】
【0044】
本発明によれば、半導体中の励起子における位相緩和現象を制御する方法を提供できる。
【0045】
本発明によれば、半導体中の励起子と熱浴との相互作用に関する情報など励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴に関する情報を得ることができる方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0046】
(1.本発明の励起子の位相緩和を制御する方法)
本発明の第一の態様にかかる励起子の位相緩和を制御する方法は,少なくとも3つパルス光を異なる方向から時間をずらして半導体に照射することにより,励起子の位相緩和を制御する方法であって,前記少なくとも3つのパルス光のうち,最初のパルス光(第1のパルス光)と2つ目のパルス光(第2のパルス光)との時間差をτ[s]とし,前記第2のパルス光と3つ目のパルス光(第3のパルス光)との時間差をT[s]としたときに,励起子のエネルギーが不均一に広がっている場合、τ<Tの条件下において信号が観測される。そして,フォトンエコー信号,及び六光波混合信号を観測することにより位相緩和する時間を測定し,τ及びTを制御できる。
【0047】
図1は,本発明の励起子の位相緩和を制御する方法(及び後述の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴に関する情報を得る方法)のために用いられる実験系の例を示す概略図である。この実験系(1)では,量子アレイを含む半導体からなる試料(2)と,光源(3)と,光源からの光を分割する光学素子(4)と,光学素子により分割された3つのパルス光(5,6及び7)と,それぞれの透過光(8,9及び10)と,フォトンエコー信号(11)と,六光波混合信号(12)と,光検出器(13)と,制御装置(14)と,出力装置(15)と,フィードバック機構(16)とを含む。光学素子(4)は,ビームスプリッターやミラー,λ/2板など公知のものを適宜用いることができる。そのほかに,光路には,アッテネーターや絞りなど光学系素子が設けられていてもよい。光学素子のいくつかは,たとえばその位置が可変であり,それによって試料へ到達する時間が制御されるものであってもよい。制御装置(14)は,光検出器が検出した検出信号から,時間分解信号や時間積分信号などのスペクトルを求める。そして,フィードバック機構(16)は,制御装置が制御し,求めた好適なτ及びTに関する情報を用いて試料に照射される光の時間差を制御する。なお,図中τ及びTは,それぞれ,第1のパルスと第2のパルスとの時間差,第2のパルスと第3のパルスとの時間差である。また,hνは光を,矢印は光の進行方向を示す。符号17は局発光又は参照光を示す。参照光と,六光波混合信号とを非線形光学結晶に入射すれば,和周波光を得ることができる。
【0048】
(1.1.励起子の位相緩和)
本発明の主な目的は,量子ドットシステムにおける励起子量子ビットに関する光学的パルスによる能動的な位相緩和制御である。関連する物理理論は、単一の量子ビットとボソニック熱浴で構成したモデルに基づく広範囲の理論解析[G. M. Palma, K.-A. Suominen, and A. K. Ekert , Proc. R. Soc. London Sect. A 452, 567 (1996),M. Ban, J. Mod. Opt. 45, 2315 (1998),L. Viola, and S. Lloyd, Phys. Rev. A58, 2733 (1998),及びC. Uchiyama and M. Aihara, Phys. Rev. A66, 032313 (2002)]により既に明確になっている。位相緩和時間T2は、適切に設計した一連のパルス列を量子ビットに照射すると、エネルギー緩和寿命T1の程度まで効果的に延長できると予想されている。
【0049】
この効果を実験的に確認するためには主に二つの問題がある。その一つは、単一励起子量子ビットからの信号が弱いので,予想される安定化効果を検出することの難しさである。もう一つは、現在利用できるレーザーは、πパルス領域の作成にはまだ十分に強力ではないことである。これらの問題を解決する可能性のある方法の一つは、量子ドット集団のバルクシステム(量子ドットアレイ)を使うことである。量子ドットアレイを用いるので,大量の量子ドットからの強力な信号により検出が容易になる。また、πパルスに満たない弱励起パルスでも、バルクシステムでは、統計的にあたかも理想的なπパルスによる安定化が行われたような信号成分を、適切な空間分解信号解析によって得ることができる。
【0050】
(1.2.少なくとも3つのパルス光)
“少なくとも3つのパルス光”として,通常は3つのパルス光でよい。3つより多くのパルス光を用いることは,装置を複雑にするが,位相緩和をより効果的に制御できることとなる。
【0051】
フォトンエコー信号,及び六光波混合信号を観測するため,それぞれのパルス光は,好ましくは5度から60度ずれており,より好ましくは10度から45度ずれている。なお,より好ましくは,3つのパルス光又は全てのパルス光が一つの光源から分割されたものである。また,空間位置がずれていなくても,それぞれのパルス光の周波数が異なっていれば良い。このような周波数のずれは,わずかずつでもよいので,適宜選択できる。なお,空間位置及び周波数がずれたパルス光を用いても良い。
【0052】
(1.2.1.パルス光)
パルス光は,半導体(量子ドット)を励起できるものであれば特に限定されないが,パルス光の波長は,350 nm〜2000nmがあげられ,また350nm〜1600nmでもよく、1600 nm〜2000 nmでもよく, 250nm〜350 nmでもよいが,好ましくは,350 nm〜1000 nmであり,より好ましくは700 nm〜1000 nmである。パルス光のパルス径は,0.1 cm2〜0.3 cm2があげられ,また0.3 cm2〜0.5 cm2でもよく,0.01 cm2〜0.1 cm2でもよいが,好ましくは, 0.01cm2〜0.02 cm2であり,より好ましくは0.005 cm2〜0.01 cm2である。
【0053】
パルス光のパルス周期は,11ns〜1msがあげられ,11ns〜14nsでもよく,また5μs〜10μsでもよく,0.2ms〜1msでもよいが,好ましくは,10ns〜14nsであり,より好ましくは12ns〜13nsである。
【0054】
パルス光のパルス強度は,13nJ/cm3〜1μJ/cm3があげられ,また9nJ/cm3〜13nJ/cm3でもよく,30nJ/cm3〜100nJ/cm3でもよいが,好ましくは,130nJ/cm3〜200nJ/cm3であり,より好ましくは200nJ/cm3〜1μJ/cm3である。
【0055】
本発明では,特に量子ドットが規則的に集まった量子ドットアレイを用いた場合に,それぞれのパルス光のパルス面積が,πより小さいものであっても、理想的なπパルスによる位相緩和抑制効果を確認できる。また、位相緩和の詳細な機構を解析できる。
【0056】
(1.2.2.時間差)
パルス光のタイミングは,以下のとおりである、すなわち,最初のパルス光(第1のパルス光)と2つ目のパルス光(第2のパルス光)との時間差をτ[s]とし,前記第2のパルス光と3つ目のパルス光(第3のパルス光)との時間差をT[s]としたときに,励起子のエネルギーが不均一である場合、τ<Tの条件下において信号が観測される。また,好ましくは,第1のパルス光により励起された励起子の位相が,緩和してしまう前に前記第2のパルス光を照射する。これらのタイミングは,後述のフォトンエコー信号や,六光波混合信号などの多光波混合信号の出力とパルス光の時間差の関係から適宜制御できる。また,好ましくは,第1のパルス光と第2のパルス光との時間差を励起された半導体の非マルコフ過程の時間以下の時間とする。
【0057】
励起子の典型的な位相緩和時間などを考慮すると,τ[s]は,10fs〜1psがあげられ,好ましくは10fs〜500fsであり,より好ましくは10fs〜100fsである。励起子の典型的な位相緩和時間を考慮すると,T[s]は,10fs〜10psがあげられ,好ましくは10fs〜1psであり,より好ましくは0.1ps〜5psである。
【0058】
(1.3.半導体)
半導体として,光と相互作用するものであれば,特に限定されない。半導体として,好ましくは量子ドットが規則的に集まった量子ドットアレイを具備するものを用いる。
【0059】
(1.3.1.量子ドット)
量子ドットは,III-V族,II-VI族,I-VII族,IV族半導体の量子ドットがあげられる。“量子閉じ
込めシユタルク効果量子ドット光変調器”(特開2004-151729号公報),“量子ドツトトリガ−光子及びトリガ−光子対の発生装置および方法”(特表2004-518275号公報),“励起子を用いた量子論理素子および量子論理演算方法”(特開2004-103952号公報),及び“半導体レ−ザ” (特開平11- 31861号公報)などに記載されたものを適宜用いることができる。
【0060】
(1.4.フォトンエコー信号)
フォトンエコー信号は,位相緩和時間を反映する信号である。フォトンエコー信号は,2つの光パルスを半導体に入射すると,2つめの光パルスを入射してから,1つ目の光パルスと2つ目(又は3つ目以降)の光パルスの時間差分(τ[s])だけ遅れた時間に,特定方向に出力される信号である。1つ目の光パルスで半導体に光の位相を記憶させると,位相緩和が進行する。そして,位相緩和が完全に進行してしまう前に2つ目の光パルスを入力すると,これらの光は干渉するので,2つ目の光パルスが回折され,所定方向にフォトンエコー信号が生ずる。1つ目の光パルスと2つ目の光パルスの時間差であるτ[s]を大きくするほど,位相緩和が進行するので,フォトンエコー信号は弱くなる。したがって,1つ目の光パルスと2つ目の光パルスの時間差であるτ[s]とフォトンエコー信号の強度との関係を測定することで,位相緩和に関する時間を測定できる。
【0061】
1つ目の光パルス,2つ目の光パルス,及び3つ目の光パルスの単位ベクトルをそれぞれk1, k2 及び k3とするとフォトンエコー信号の方角として,-k1+2 k3があげられる。
【0062】
(1.5.多光波混合信号)
多光波混合信号(六光波混合信号)
フォトンエコー法は電場の三次の過程であるが、用いる光パルスの数が増える、もしくは励起強度が強くなると、さらに高次の過程が現れてくる。3つの光パルスを用いた六光波混合信号には、1つ目のパルスの光子を1回、2つ目、3つ目のパルスの光子をそれぞれ2回使った過程で現れる信号がある。この過程では、1つ目のパルスで作られた励起子分極は不均一広がりのために位相がずれ巨視的な分極が消失するが、2つ目、3つ目の光パルスで時間反転操作をすることで位相がそろい、再び巨視的な分極が現れる。これをフォトンエコー信号として観測する。フォトンエコー信号は、1つ目と2つ目の光パルスの時間差をτ、2つ目と3つ目のパルスの時間差をTとおくと、1つ目の光パルス入射後時間2Tに現れる。さらに、この信号にはπパルスの役割をする2つ目の光パルスによるデコヒーレンスの抑制の効果が含まれていると考えられる。なお、六光波混合信号の方角として,k1-2k2+2k3があげられる。
【0063】
(2.モデル)
以下では,本明細書で用いる基本的な論理モデルを紹介すると共に,基本的な記号を導入する。モデルのハミルトニアンは次のとおりである。
【0064】

【0065】
0(ハット)は、量子ビットおよび熱浴システムのハミルトニアンを表わす。添字jは量子ビットのj番目のサイトを示す(量子ビットの基底および励起状態は、各々|↓>jおよび|↑>jである)。νjは、j番目の量子ビットの共鳴周波数である。δZ(ハット)はパウリz成分演算子である。添字lは、生成および消滅演算子B†l(ハット)およびBl(ハット)で表示される角周波数Ωlをもつ熱浴ボソンのl番目のモードである。 HQR(ハット)は、量子ビットと熱浴システムの間の結合定数glによる結合を表わすハミルトニアンであるが、glは量子ビットの位置の影響を受けないものと想定する。HQR(t)(ハット)は、量子ビットと電場の相互作用ハミルトニアンを表わす。κは結合定数である。δ+(j)(ハット)はδ+(j)(ハット)|↓>j=|↑>jとして働く。rjは量子ビットのj番目サイトの座標である。Em(t),kmおよびωは、m番目のパルスの外部の(古典的)場の振幅、その波動ベクトル、および角周波数である。
相互作用を示すハミルトニアンは次のようになる。
【0066】

【0067】
なお,図2は,この光学的パルス列を示す図である。簡単にするため、HQR(t)(チルダ)の光学的な場は、下の式で決められ、図2に示すように矩形の時間波形の光学的パルスの列で構成されるものとする。
【0068】

【0069】
さらに、パルスの持続時間τmが極めて短く、[tm,tm+τm]の期間は量子ビットと熱浴の相互作用であるHQR(t)(チルダ)の影響を無視できるものと想定する。
【0070】
m番目の光学的パルス間の状態の発展は、次の演算子で示される。
【0071】

【0072】
ただしTは時間順序積を表わす。有限パルス面積θm=−2iEmτmκに関してτm→0、およびEm→∞とすると、上の式は次のように書くことができる。
【0073】

【0074】

【0075】

【0076】

【0077】

【0078】

【0079】

【0080】
状態|Ψ>Rは、後の計算でフォック状態|n1...nl...>に置き換えるが、これは熱浴ボソンモードの占有状態を記述するものである。量子ビットと熱浴の全システムの時間発展は次のようなユニタリ演算子によって記述される。
【0081】

【0082】

【0083】
すなわち、tM+1は、式(17)の定義に代わるtとして理解される。全システムの最終状態は次の式で表される。
【0084】

【0085】
ここで初期状態を次のように想定する。
【0086】

【0087】
熱の状態は、
【0088】

【0089】

【0090】

【0091】

【0092】

【0093】
(3. πパルスの下における状態進化)
以下では,理想的なπパルスの場合に放射信号を評価する式を導出する。最初にこれまで既知の結果について数値グラフを用いて簡単に整理し、次に時間分解および時間積分した放射信号を解析するための基本的な解析式を示す。
【0094】
(3.1.計算式)
時間t0で加えられるパルス面積θ0=π/2の第0次番目励起パルス、およびそれに続く第M番目のπ−パルス、すなわち、θm=π(m=1,...,M)からなるパルス列を考える。式(12),(13),(18)および(19)を使い、次の式が得られる。
【0095】

【0096】
量子ビットシステムの位相緩和の性質は、巨視的分極からの放射の強度を観察して計測される。相互作用の図の中の分極演算子は次式で定義される。
【0097】

【0098】
巨視的分極は次の式で示される。
【0099】

【0100】
ここで位相緩和指数を導入する。
【0101】

【0102】
この位相緩和指数は、[G. M. Palma, K.-A. Suominen, and A. K. Ekert , Proc. R. Soc. London Sect. A 452, 567 (1996),L. Viola, and S. Lloyd, Phys. Rev. A58, 2733 (1998)]では次のように表現されている。
【0103】

【0104】

【0105】
(3.2. 均一な場合)
最初に、すべてのiについてν=νiの均一な場合について考える。この状態は、フォトンエコー(2パルス)方式の光子エコーとして既に相原が検討している[M. Aihara, Phys. Rev. B21, 2051 (1980),M. Aihara, Phys. Rev. B25, 53 (1982)]。相原は、量子ビットと熱浴ボソンの間の相互作用が短時間で量子ビットの緩やかな周波数変調を引き起こし、熱浴は位相履歴を保持しながら、不均一な周波数広がりと同じ役割を果たすと指摘している。事実、相原はフォトンエコーは均一な場合でも観測されるはずであると予測している。番[M. Ban, J. Mod. Opt. 45, 2315 (1998)]およびヴィオラ(Viola)とロイド(Lloyd)[L. Viola, and S. Lloyd, Phys. Rev. A58, 2733 (1998)]が提案するバンバン制御は、この原理の複数パルスへの自然の拡張とみなされる。効果的な位相緩和安定化のためのパルス列の設計方法も検討されている[C. Uchiyama and M. Aihara, Phys. Rev. A66, 032313 (2002)]。ここで、後に用いる重要な結果を見直しておく。時間依存係数を導入する。
【0106】

【0107】
(3.3. 自由誘導崩壊)
最初に、πパルスがないときの0次励起パルス θ0=π/2の後の位相緩和を考える。この場合は、
【0108】

【0109】
位相緩和の時間依存性は、マルコフ領域(長時間領域)と非マルコフ領域(短および中時間領域)の二つの領域で特性が異なる。マルコフ領域では、位相緩和は熱浴ボソンの低エネルギーモードにより起こる。事実t→∞とすると、
【0110】

【0111】

【0112】
非マルコフ領域では、量子ビットは、位相履歴のある熱浴ボソンの低エネルギーモードだけではなく、高エネルギーモードとも相互作用がある。非マルコフ領域はさらに静穏領域と量子領域に分類される。静穏領域は位相緩和の初期段階で、ここでは、
【0113】

【0114】
このように、熱浴ボソンのすべてのモードは、静穏領域における位相緩和に関与する。量子領域は静穏領域とマルコフ領域の中間の領域である。量子領域における時間依存性は、熱浴のモデルにより異なり一般的に複雑である。
本明細書では二種類の熱浴モデルを考える。一つは代表的クラスの熱浴のオーミック熱浴で、次の特性をもつ。
【0115】

【0116】
ただしΩcは遮断周波数でαは無次元の結合定数である。図3は、Ωc=10meVでα=0.1の場合のさまざまな温度に対する熱化ボソン係数η(Ω,T)を示すグラフである。5本の曲線は下から1K,10K,20K,50Kおよび100Kに対応している。図4は、自然対数目盛りで自由誘導崩壊の放射信号強度Ik0(t)を示す。Ωc=10meV、α=0.1と想定して、温度T=1,10,50Kの場合について比較する。T=1Kの場合、静穏、量子およびマルコフ領域を10psの範囲まで識別できる。T=50Kの場合、典型的なマルコフ領域であることが分かる。
【0117】

【0118】
このモデルは、ある典型的周波数を持つフォノンなどの特定のボソン励起による位相緩和を記述する。図5は、Ωp=5meV、γp=3meVおよびα=0.001の場合のさまざまな温度に対する熱化ボソン係数η(Ω,T)を示す。 5本の曲線は下から1K,10K,20K,50Kおよび100Kに対応している。
【0119】
図6は、(Ωp,γp)=(3.5meV,2meV),(5meV,3meV)および(9meV,6meV)の3組のパラメータについて、放射信号強度Ik0(t)を比較したグラフである。その他のパラメータは、α=0.001、T=10Kである。オーミックモデルとは異なり、放射信号強度はマルコフ領域で特徴的な行動を示し、熱浴ボソンの動特性による変調を反映している。この変調の時間範囲は、約2π/Ωp〜3,5および7psである。
【0120】
(3.4.パルス列の下の位相緩和)
次にパルス列照射後の位相緩和を考える。既に知られているように、パルス間隔を十分短く取らないと、パルスのない場合に比べて位相緩和は悪化する場合がある。この現象は、現在のモデルの位相緩和プロセスを理解するために重要である。しかし、これについての解釈はこれまで不十分であった。ここで簡易化したモデルを考えてこの点を再検討する。
【0121】

【0122】
すなわち、単一量子ビットは、角周波数Ωpの熱浴ボソン振動子の単一モードフィールドと相互作用を及ぼす。式(54)の相互作用の下では、重ね合わせ状態にある量子ビットは、次のように熱浴のn次ボソン状態成分に相互作用を及ぼす。
【0123】

【0124】
位相緩和指数は次のようになる。
【0125】

【0126】
何が起こったか理解するためには、連続する2パルス、t0における第0番目のπ/2パルスとt1における第1番目のπパルスを照射した場合と、単一の第0番目のπ/2パルスのみを照射した場合と比較すれば十分である。第0番目のπ/2励起パルスの後の自由誘導崩壊は次の位相緩和成分で表される。
【0127】

【0128】
このように、Γ+(t)は時間内に振動して量子ビットがリフェーズされる。すなわち、t−t0=(2π/Ωp)×(整数)において、熱浴との量子からみ合いが解かれる。その一方、(π/2,π)連続パルス後の崩壊は、次のように記述される。
【0129】

【0130】

【0131】
これを式(59)と対比する。π/2パルスのすぐ後で最初のπパルスを加えると、πパルスのない自由誘導崩壊に比べて、時間2Δ0後に位相緩和が始まる。しかし、Δ0が大きくなるとそうではなくなる。極端な場合としてΩpΔ0=πの場合を考える。
【0132】

【0133】
この場合、πパルスは、パルスがない場合と比べて、位相緩和を加速する役割を果たす。その理由はf_(t)の構造から明らかである。πパルスが、t1−t0>π/(2Ωp)時間後に加えられると、状態成分中の二つの連続した変位演算子
【0134】

【0135】
が「イン・フェーズ(順相)」として働き、α(t−t1)および−α(t1−t0)の大きさが打ち消し合うことなく、同符号で加えられ、量子ビットと熱浴の間で大きい量子からみ合いが生じる。一方で、πパルスが加えられない場合には、状態発展は次のようになる。
【0136】

【0137】
ここでは二つの変位演算子は「アウト・オブ・フェーズ(逆相)」として働き、α(t−t1)および−α(t1−t0)は、ほぼうち消される。t1−t0>π/(2Ωp)の場合、量子ビットの重ね合わせ状態のリフェージングを生じる。
実際の熱浴ではある周波数帯にわたって多くのモードがあり、上に述べた特徴はある程度不鮮明になるが、それでも特性周波数Ωpは識別できる。大雑把にいうと、次のようにπパルスの間隔を取るとよい。
【0138】

【0139】
図7は、ガウスモデルの場合の複数のπパルス列による位相緩和安定化の数値シミュレーションを示すグラフである。
実線はπパルス放射の下の放射信号強度を示し、点線は自由誘導崩壊の一つを示す。M=5でΔ〜π/(2Ωp)となり、位相緩和安定化は行われない。パラメータは、Ωp=5meV、γp=4meV、α=0.001およびT=10Kである。上の図は直線的な単位目盛りでプロットされているが、下の図は自然対数目盛りである。
図8は、オーミックモデルについての場合の複数のπパルス列による位相緩和安定化の数値シミュレーションを示すグラフである。この場合、熱浴ボソンは明らかな特性周波数のない広範囲のスペクトルとなる。πパルス間隔の条件は、ガウスモデルのときより厳しく、Δ≪π/(2Ωp)である。
【0140】
(3.5. 不均一な場合)
この副節では、量子ビットのバルク集団の中の不均一周波数広がりを検討する。ここで、νjの不均一な拡大は外部フィールドの角周波数のまわりのガウス分布に従うものと想定する。
【0141】

【0142】
これから次の結果が得られる。
【0143】

【0144】
放射信号強度は最終的に次のとおりである。
【0145】

【0146】
位相緩和の性質はエコー信号を測定して評価される。エコー信号を見るために、奇数のM個のπパルスからなるパルス列を考える。たとえば、Δ0=Δ1=...=ΔM-2≡Δ、そして最終間隔ΔM-1(=tM−tM-1)が変化するものである。エコー信号は、式(70)から見られるようにt=tM+ΔM-1の付近にあると予想される。
【0147】
(4. 弱いパルスの下での状態進化)
(4.1. 計算式)
実際の光学実験においては、最大レーザー出力が理想的なπパルスまでは至らず、能動的緩和抑制を完全な形で実現できない場合がある。このような場合でも、量子ビット配列システムにおいては、一部の量子ビットだけは完全に安定化されると見なせる。
【0148】

【0149】
言い換えれば、少なくともこの係数の比率に応じた数の量子ビットだけはπパルスを感じることができ、その位相緩和は理想的なπパルス列による照射の下における場合と同様に安定化される。この視点から、πパルスによる位相緩和の安定化の原理を実験的に示す方法を考慮する。 弱いパルスの場合、解析は単純ではない。さまざまな方向の複雑な回折パターンを生じる。簡単にするため、0第0番目の励起パルス、第1番目および第2番目の安定化パルスで構成される3パルスの場合を考える。および演算子は次のようになる。
【0150】

【0151】
および

【0152】
図9は,ガウスモデルの場合の複数のπパルス放射の下の放射信号強度(実線)と単一πパルスの一つ、すなわちM=1(点線)との比較を示すグラフである。δB=5meVに設定して不均一周波数広がりを考慮した。その他のパラメータは図7と同じである。
【0153】
図10は,オーミックモデルの場合の複数のπパルス放射の下の放射信号強度(実線)と単一πパルスの一つ、すなわちM=1(点線)との比較を示すグラフである。δB=5meVに設定して不均一周波数広がり効果を考慮した。その他のパラメータは図8と同じである。
【0154】


【0155】

【0156】
ここで、2k2−k0および2k2−2k1+k0の方向に2個の信号に注目する。前者は、四光波混合方式の光子エコー信号に対応し、t1において最初のパルス(k1,θ1)の影響を受けていない。一方、後者は六光波混合方式の光子エコー信号に対応し、(k1,θ1)パルスの影響が含まれている。この信号強度は次のようになる。
【0157】

【0158】
ここで式(68)の不均一周波数広がりが考慮されている。
以下では、θ0=θ1=θ2=π/2と想定する。このパルス領域は、最近では一般的な半導体量子井戸、およびGaSeおよびGaAsなどの量子ドットシステムに対して実現できるようになってきた。2k2−k0および2k2−2k1+k0で観測された信号強度は、(k0,π/2;k1,π)および(k0,π/2;k1,π;k2,π)パルス列の下で効果的に進化した量子ビットからの結果であることに注意を要する。この二つの信号強度は同じ重み計数をもっている。したがって、I2k2-k0(t)およびI2k2-2k1+k0(t)の二つの方向で観察された信号強度を相互に直接比較できる。両者の相違は最初のπパルスの影響によるもので、これは実験的に確認されるべきものである。この相違を見るための適切な方法の一つは、信号強度I2k2-k0(t)を一定にしたまま、I2k2-2k1+k0(t)が変わるように、t2を固定してt1をスイープさせることである。
【0159】
(4.2. 均一な場合)
均一な量子ビット(δB=0)の場合から説明を始める。図11は、t2=1psに設定して、さまざまなt1の値に対する放射信号強度を示すグラフである。熱浴モデルは、α=0.1、Ωc=5meV、T=100Kのオーミックモデルを想定している。実線は放射信号強度I2k2-2k1+k0(t)、一点鎖線はI2k2-k0(t)を示す。参考のため自由誘導崩壊信号も点線で示す。第2パルスは、t2=1psに加えられた。第1パルスの時間、t1=0.1,0.2,...,0.9psが垂直一点鎖線の横に示されている。(k1,θ1)パルスによる位相緩和安定化の効果は、t1=0.1,0.2,...,0.6psにおいて実線と一点鎖線の差として見られる。
【0160】
図11の結果から、位相緩和安定化の効果は、時間積分した信号強度、すなわち発散した放射量の総エネルギーによっても確認できる。
【0161】

【0162】
実際には、時間積分した信号強度の測定は、時間で分解した信号強度Iq(t)の測定よりはるかに容易である。図12は、第2パルスの時間t2を固定して、t1,Iintq(t1)の関数として時間積分の信号強度を示す。上の3個のグラフは、α=0.1、Ωc=5meVのオーミック熱浴の場合である。t2は、左からt2=1,2,3psに選ばれている。各グラフには、T=10,50,100Kの3種類の温度の場合が含まれている。下の3個のグラフは上と同じであるが、オーミック熱浴の遮断周波数がΩc=10meVと高い。
【0163】
2k2−k0の方向の放射信号は第1パルスの影響を受けないため、時間積分した信号強度Iint2k2-k0(t1)は平らな水平線になる。一方Iint2k2-2k1+k0(t1)は、t1のある時間ピーク構造を示す。遮断周波数Ωcが低いほど、そして温度Iint2k2-2k1+k0が高いほどIint2k2-k0より高くなり、t=t2/2または少し早い時間の付近にピークを生じる。
【0164】
遮断周波数Ωcが高く温度が低い場合、一方では10Kの場合に下の右側二つのグラフに見られるように、最初のパルス(k1,θ1)が位相緩和の安定化に失敗し、むしろ失敗を加速するような時間帯、t1−t0が現れる。この現象の原因は、先にで説明したように、量子ビットと熱浴ボソンの間のイン・フェーズ結合である。位相緩和効果を抑えるために、パルス間隔は、Δ<π/(2Ωth)とするべきである。ただしΩthは式(45)で導入された熱化ボソン係数がピークを示す特性周波数である。これは、下の二つのグラフにおける10Kの場合は満足されない。事実、遮断周波数Ωcが高くそして温度が低いと、図3に見られるようにΩthはより高くなる。
上に述べた位相緩和加速効果は、半導体励起子システムで追加パルスを照射したとき一般的に現れる位相緩和加速とは異なるものであることに注意しなければならない。通常追加パルスはより多くの励起子を発生させ、このため量子ビット間の相互作用を生じて、位相緩和チャネルが増える。しかし、このモデルでは量子ビット自体の間の相互作用は無視されている。
【0165】
したがって、位相緩和加速効果は純粋に量子ビットと熱浴ボソンの間のコヒーレント相互作用に起因する。さらに注目すべき結果としては、Iint2k2-2k1+k0(t1)がIint2k2-k0より大きくなり、t1−t0が大きいところでピークを形成することである。この領域では、量子ビットと熱浴ボソンの間のアウト・オブ・フェーズ結合が主体であり、第1パルス(k1,θ1)は位相緩和の安定化に成功する。位相緩和の加速から安定化へのこの種の切り替わりは、現在のモデルの特別な特徴で、それ自体実験的に調査する価値がある。
【0166】
(4.3. 不均一な場合)
ここで量子ビットのバルク集団における不均一周波数広がりを考える。図13は、オーミック・熱浴モデルに不均一周波数広がりを導入すると、時間積分信号強度がどのように変化するかを示す。上のグラフから順にδB=0,2,5meVである。オーミック・熱浴モデルのパラメータは、α=0.1およびΩc=10meVである。第2パルスt2の時間は、左と右のグラフが各々1psおよび3psである。
【0167】
不均一周波数広がりのもとでは信号Iint2k2-k0(t)が時間t=t2+Δ1−Δ0の付近にエコーとして現れることに注意を要する。
【0168】
したがって、第1パルスの時間t1が(t2−t0)/2を超えるとΔ1<Δ0になり、放射信号は指数的に減少する。不均一周波数広がりの量δBが増すと全体的な強度レベルも下がる。見られるように、不均一周波数広がりな効果が存在しても、いまだに位相緩和効果を観測できる。一方、位相緩和加速効果は、不均一周波数広がりなの量δBが増すにつれて急速に消滅する。
【0169】
この効果は、右下のグラフにおいて、t1−t0の関数としてIint2k2-2k1+k0(t1)の下向きの凸型上昇として辿ることができる。
【0170】
位相緩和加速効果は、ガウス・熱浴モデルではさらに明瞭に観察できる。ここでは特性周波数Ωpはオーミック・熱浴モデルの場合より鋭い。図14は、α=0.001、Ωp=15meV、γp=4meVのパラメータをもつガウス・熱浴モデルの場合の時間積分信号強度を示す。上のグラフから順にδB=0,2,5meVである。時間t2は左と右のグラフで各々1psと3psである。この6個のグラフの中でも左下のものに注目したい。
【0171】
この場合、Iint2k2-2k1+k0(t1)は、最初に位相緩和加速効果、次に位相緩和安定化効果を示し、最後に再びt1−t0の関数として位相緩和加速を示している。このような行動は、量子ビットと熱浴ボソンの間のコヒーレント相互作用の非常に特徴的な証拠である。さらに重要なことは、この行動はδB=5meVのような現実的な不均一周波数広がりな効果の量の下で見られることである。これは、コヒーレント・量子ビット熱浴相互作用に関する実験調査で有効であろう。
【0172】
(5.本発明の励起子の位相緩和の制御方法と環境系の特徴の解析方法の別態様)
励起子の位相緩和の制御と環境系の特徴の解析は、六光波混合信号の波数ベクトル,k1,k 2,k3を分解する方式のかわりに、k1=k2=k3=kと空間的に同軸のビームであっても、光の周 波数wをw1, w2, w3と異なる周波数とすることにより区別できる。異なる周波数のパルス光は, たとえば,AO変調器(音響光学変調器)で生成すればよく、信号光はヘテロダイン検波によって取り出せばよい。なお,この態様においても,光パルスや半導体として,先に説明したものを採用することができる。
【0173】
この方法の特徴としては、空間分解型と異なり,信号の出てくる方向がわかりやすいこ と,微弱な信号の検出に適していることがあげられる。具体的には.いくつかの励起光をAO変調器を用いてそれぞれ僅かに異なる周波数にし,試料に入射させる。この試料から反射もしくは透過してくる信号は,励起光の組み合わせに相当した周波数になるため、励起の周波数を適当に取ることにより励起光と信号光を分離できる。この方法を用いて位相緩和制御を行う場合,初めに使う励起光と制御光の周波数を異なるものとすれば,制御された信号以外に観測される非線形光学信号と、位相緩和制御された信号とを分離することができる。また、励起光,制御光の入射時間を適当な間隔にすることにより,制御された信号の生成される時間は他の非線形光学信号とは異なった時間になる。これらの方法を組み合わせることにより、位相緩和制御された信号のみを高感度に観測でき、ヘテロダイン法による位相緩和制御が可能となる。ここで変調の周波数としては、1 MHz程度から200MHz程度までのものが有効に使える。
【実施例1】
【0174】
以下では,六光波混合により,励起子の位相緩和を制御し,位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析した。この実施例では,基本的には図1に記載した実験系を採用した。光源としてチタンサファイアベースのOPOシステムを用いた。パルス光のパルス幅は200fsであった。試料としてGaSe半導体(ブリッジマン法により作成した)を用いた。六光波混合光と参照光とを非線形光学結晶に導き,和周波光を観測することにより,時間分解信号を得た。このようにして得られた時間分解信号の時間形状を図15に示す。この例は,Tを0.7 psと固定し,τを振ったときの時間分解信号の時間形状である。図15Aはτ=0ps, 図15Bはτ=0.1 ps, 図15Cはτ=0.2 ps, 図15Dはτ=0.3 ps, 図15Eはτ=0.4 ps, 図15Fはτ=0.5 ps, 図15Gはτ=0.6 ps, 図15Hはτ=0.7 ps, 図15Iはτ=0.8 psの時間分解信号である。この実験結果から,τ<Tの条件下のみで信号が観測されることがわかる。
【0175】
図16は,T=1.5psとし,τを掃引した際の,時間積分信号のスペクトルである(すなわち,それぞれのτにおける強度を測定しプロットしたものに相当する。)。図16から,τ<Tの条件下において観測される時間分解信号と同様の信号が観測されることがわかる。また,信号強度は,τに大きく依存することがわかる。図16から,第2パルス光により,位相緩和の制御が起こっていることが推測される。
【0176】
図17は,τを一定にし,Tを掃引した場合の,六光波混合光の時間積分信号を示す図である。図17Aは,参照のためτ=0sとしたものである。図17Bは,τ=0.5psとした時の信号形状である。図17Aでは,信号のすそが,T=1ps程度までしか残っていない。しかしながら,図17Bでは,信号のすそが,T=2.0ps程度まで延びている。このことは,時間をずらしてパルス光を入射することにより,位相緩和状態を延長できたことを意味する。
【産業上の利用可能性】
【0177】
本発明は,量子ドット中の励起子の位相緩和などを制御できるので,励起子を利用した量子通信などの通信技術分野で利用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0178】
【図1】図1は,本発明の励起子の位相緩和を制御する方法(及び後述の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴に関する情報を得る方法)のために用いられる実験系の例を示す概略図である。
【図2】図2は,この光学的パルス列を示す図である。
【図3】図3は、Ωc=10meVでα=0.1の場合のさまざまな温度に対する熱化ボソン係数η(Ω,T)を示すグラフである。
【図4】図4は、自然対数目盛りで自由誘導減衰の放射信号強度Ik0(t)を示す。
【図5】図5は、Ωp=5meV、γp=3meVおよびα=0.001の場合のさまざまな温度に対する熱化ボソン係数η(Ω,T)を示す。
【図6】図6は、(Ωp,γp)=(3.5meV,2meV),(5meV,3meV)および(9meV,6meV)の3組のパラメータについて、放射信号強度Ik0(t)を比較したグラフである。
【図7】図7は、ガウスモデルの場合の複数のπパルス列による位相緩和安定化の数値シミュレーションを示すグラフである。
【図8】図8は、オーミックモデルについての場合の複数のπパルス列による位相緩和安定化の数値シミュレーションを示すグラフである。パラメータは、Ωc=10meV、α=0.1およびT=10Kである。上の図は直線的な単位目盛りでプロットされているが、下の図は自然対数目盛りである。
【図9】図9は、不均一周波数広がりな効果を考慮にいれると、図7の結果が各々どのように変わるかを示すグラフである。δB=5meVと想定している。基本的には図7および図8と同じ行動であるが、エコー信号がより鋭くなっている。点線は単一πパルス(M=1)の場合、すなわち、光子エコー実験における通常の4波混合方式に対応する。
【図10】図10は、不均一周波数広がりな効果を考慮にいれると、図8の結果が各々どのように変わるかを示すグラフである。δB=5meVと想定している。基本的には図7および図8と同じ行動であるが、エコー信号がより鋭くなっている。点線は単一πパルス(M=1)の場合、すなわち、光子エコー実験における通常の4波混合方式に対応する。
【図11】図11は、t2=1psに設定して、さまざまなt1の値に対する放射信号強度を示すグラフである。
【図12】図12は,第1パルスt1の関数としての時間積分信号強度。均一な量子ビットとオーミック・熱浴モデルを想定したグラフである
【図13】図13は,第1パルスt1の関数としての時間積分信号強度を示すグラフである。α=0.1、Ω=10meVのパラメータをもつオーミックモデルを想定している。上段の図は均一な場合、中断と下段は不均一な場合を示し、各々δB=2meV、およびδB=5meVである。
【図14】図14は,第1パルスt1の関数としての時間積分信号強度を示すグラフ(α=0.001、Ω=15meV、およびΓp=4meVのパラメータをもつガウスモデルの場合)である。上段の図は均一な場合、中断と下段は不均一な場合を示し、各々δB=2meV、およびδB=5meVである。
【図15】図15は、実施例1における時間分解信号の時間形状をに示すグラフである。図15Aはτ=0ps, 図15Bはτ=0.1 ps, 図15Cはτ=0.2 ps, 図15Dはτ=0.3 ps, 図15Eはτ=0.4 ps, 図15Fはτ=0.5 ps, 図15Gはτ=0.6 ps, 図15Hはτ=0.7 ps, 図15Iはτ=0.8 psの時間分解信号である。
【図16】図16は,T=1.5psとし,τを掃引した際の,時間積分信号のスペクトルを示すグラフである。
【図17】図17は,τを一定にし,Tを掃引した場合の,六光波混合光の時間積分信号を示すグラフである。図17Aは,参照のためτ=0sとしたものである。図17Bは,τ=0.5psとした時の信号形状である。
【符号の説明】
【0179】
1 実験系
2 試料
3 光源
4 光学素子
5 パルス光
6 パルス光
7 パルス光
8 透過光
9 透過光
10 透過光
11 フォトンエコー信号
12 六光波混合信号
13 光検出器
14 制御装置
15 出力装置
16 フィードバック機構
17 局発光又は参照光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルス光を少なくとも2つの方向から半導体に照射することにより,
励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項2】
少なくとも3つパルス光を異なる方向から時間をずらして半導体に照射することにより励起子の位相緩和を制御する方法であって,
前記少なくとも3つのパルス光のうち,最初のパルス光(第1のパルス光)と2つ目のパルス光(第2のパルス光)との時間差をτ[s]とし,前記第2のパルス光と3つ目のパルス光(第3のパルス光)との時間差をT[s]としたときに,
τ<Tの条件下において観測される
励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項3】
前記τ[s]が、前記第1のパルス光により励起された半導体の非マルコフ過程の時間以下の時間である、請求項2に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項4】
前記第1のパルス光により励起された励起子の位相が,緩和してしまう前に前記第2のパルス光を照射することにより励起子の位相緩和を制御する、請求項2に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項5】
前記第1のパルス光〜第3のパルス光は,パルス周期が,11ns〜1msである請求項2に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項6】
前記第1のパルス光〜第3のパルス光は,一つの光源から分割されたものであり,励起子の位相緩和を制御するために用いられる請求項2に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項7】
前記第1のパルス光〜第3のパルス光のパルス面積が,πより小さい,請求項2に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項8】
フォトンエコー信号,及び六光波混合信号を観測することにより位相緩和する時間を測定し,τ,及びTを制御する請求項2に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項9】
前記半導体として,量子ドットが規則的に集まった量子ドットアレイを用いる請求項2に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項10】
周波数の異なる少なくとも3つのパルス光を時間をずらして半導体に照射することにより励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項11】
前記τ[s]が、前記第1のパルス光により励起された半導体の非マルコフ過程の時間以下の時間である、請求項10に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項12】
前記第1のパルス光により励起された励起子の位相が,緩和してしまう前に前記第2のパルス光を照射することにより励起子の位相緩和を制御する、請求項10に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項13】
前記第1のパルス光〜第3のパルス光は,パルス周期が,11ns〜1msである請求項10に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項14】
前記少なくとも3つのパルス光のうち,最初のパルス光(第1のパルス光)と2つ目のパルス光(第2のパルス光)との時間差をτ[s]とし,前記第2のパルス光と3つ目のパルス光(第3のパルス光)との時間差をT[s]としたときに,
τ<Tの条件下において観測される
請求項10に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項15】
前記第1のパルス光〜第3つのパルス光は,ひとつのパルス光をAO変調器を用いて周波数に変調を加えたものであり,
前記第1のパルス光〜第3つのパルス光を同軸の光学軸に乗せて半導体に照射する請求項10に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項16】
前記半導体から反射もしくは透過する信号を、あらかじめ同一光源から分離して用意しておいた局発光と干渉させ,ヘテロダイン方式によって信号光を分離することを特徴とする,
請求項10に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項17】
少なくとも3つのパルス光を異なる方向から時間をずらして半導体に照射することにより励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法であって,
前記少なくとも3つのパルス光のうち,最初のパルス光(第1のパルス光)と2つ目のパルス光(第2のパルス光)との時間差をτ[s]とし,前記第2のパルス光と3つ目のパルス光(第3のパルス光)との時間差をT[s]としたときに,
τ<Tの条件下において観測される
励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法。
【請求項18】
前記第1のパルス光により励起された位相が,緩和してしまう前に前記第2のパルス光を照射し,
フォトンエコー信号及び六光波混合信号を観測する請求項17に記載の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法。
【請求項19】
前記τ[s]が、前記第1のパルス光により励起された半導体の非マルコフ過程の時間以下の時間である、請求項17に記載の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法。
【請求項20】
前記第1のパルス光〜第3のパルス光は,パルス周期が,11ns〜1msである請求項17に記載の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法。
【請求項21】
前記半導体として,量子ドットが規則的に集まった量子ドットアレイを用いる請求項17に記載の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法。
【請求項22】
周波数の異なる少なくとも3つのパルス光を時間をずらして半導体に照射することにより,励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法。
【請求項23】
前記少なくとも3つのパルス光のうち,最初のパルス光(第1のパルス光)と2つ目のパルス光(第2のパルス光)との時間差をτ[s]とし,前記第2のパルス光と3つ目のパルス光(第3のパルス光)との時間差をT[s]としたときに,
τ<Tの条件下において観測される
請求項22に記載の励起子の位相緩和を引き起こす環境系の特徴を解析する方法。
【請求項24】
前記第1のパルス光〜第3つのパルス光は,ひとつのパルス光をAO変調器を用いて周波数を変調させるものであり,
前記第1のパルス光〜第3つのパルス光を同軸の光学軸に乗せて半導体に照射する請求項22に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項25】
前記半導体から反射もしくは透過する信号を、あらかじめ同一光源から分離して用意しておいた局発光と干渉させ,ヘテロダイン方式によって信号光を分離することを特徴とする,請求項22に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項26】
前記τ[s]が、前記第1のパルス光により励起された半導体の非マルコフ過程の時間以下の時間である、請求項22に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項27】
前記第1のパルス光により励起された励起子の位相が,緩和してしまう前に前記第2のパルス光を照射することにより励起子の位相緩和を制御する、請求項22に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。
【請求項28】
前記第1のパルス光〜第3のパルス光は,パルス周期が,11ns〜1msである請求項22に記載の励起子の位相緩和を制御する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2006−98742(P2006−98742A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−284816(P2004−284816)
【出願日】平成16年9月29日(2004.9.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年3月3日 社団法人日本物理学会発行の「日本物理学会講演概要集 第59巻 第1号(第59回年次大会)第4分冊」に発表
【出願人】(301022471)独立行政法人情報通信研究機構 (1,071)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】