説明

動植物のマーキング方法

【課題】マーカの分離を不要にするとともに高精度のトレーサビリティを実現可能にする動植物のマーキング方法の提供。
【解決手段】人体に安全な複数の無機元素をマーカ元素として、マーキング対象である動植物に付与する産地や品種等の標識をマーカ元素の組み合わせおよび各マーカ元素の導入量(但し、人体に安全な導入量の範囲内とする。)により符号化し、この符号化された各マーカ元素の導入量に応じて各マーカ元素を混入した飼料や培養液等の物をマーキング対象である動植物に与え育てる。そして、生産された動植物から各マーカ元素を検出し、この検出した各マーカ元素の導入量により動植物に付与された標識を復号化し、産地や品種等の標識を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動植物のトレーサビリティを実現するための動植物のマーキング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、野菜、食肉や魚等の食品のラベルのすり替えによる産地偽装が頻発している。この産地偽装を防ぐ方法の一つとして、食品自体にマイクロチップ等の電子タグを付与することなどが検討されている。また、梅に含まれる重金属の種類や量などをICPや原子吸光光度計などを用いて測定し、梅干しとして出荷されるまでの変化の過程を調べるほか、特徴的な金属をマーカとして原産地の判別に利用する研究もなされている(非特許文献1参照。)。
【0003】
【非特許文献1】“ウメの微量金属元素の結合形態解明”,[online],2004年5月2日,三重大学生物資源学部土壌圏生物機能学研究室,[平成17年8月1日検索],インターネット<URL:http://www.bio.mie-u.ac.jp/junkan/busshitsu/lab4/Ume.html>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、食品自体にマイクロチップ等の電子タグを付与する場合であっても、電子タグ自体を偽造された場合には産地偽装を防ぐことができない。また、食品に食べることのできない電子タグを付与すると、食品を食べる際にこの電子タグを確実に取り外すことが必要となるうえ、この取り外して不要となった電子タグを処分する必要がある。
【0005】
また、非特許文献1に示される方法は、原産地の自然の条件により梅に含まれることになる重金属によって原産地を判別するものであるため、同じような自然条件によって生産された梅の場合は同様の重金属が含まれる可能性が高い。そのため、このように自然に梅に含まれる重金属をマーカとして原産地を判別する場合、判別の精度が低く、場合によっては産地を誤る危険性がある。
【0006】
そこで、本発明においては、マーカの分離を不要にするとともに高精度のトレーサビリティを実現可能にする動植物のマーキング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の動植物のマーキング方法は、人体に安全な複数の無機元素をマーカ元素として、マーキング対象である動植物に付与する標識をマーカ元素の組み合わせおよび各マーカ元素の導入量(但し、人体に安全な導入量の範囲内とする。)により符号化し、この符号化された各マーカ元素の導入量に応じて各マーカ元素を混入した物をマーキング対象である動植物に与え育てること、動植物から各マーカ元素を検出し、この検出した各マーカ元素の導入量により動植物に付与された標識を復号化することを含む。
【0008】
本発明の動植物のマーキング方法によれば、動植物を育てる過程において人体に安全な複数の無機元素をマーカ元素として混入しておき、この生産された動植物について各マーカ元素の導入量を検出し、復号化することにより動植物に付与された標識を得ることができる。なお、本発明の動植物のマーキング方法では、識別可能な標識の数は、マーカ元素の組み合わせの数および識別可能な各マーカ元素の導入量の違いに依存する。
【0009】
ここで、各マーカ元素の動植物の可食部への導入量は、天然賦存量より統計的に有意に多く導入できればなるべく少ない方がよいが、例えばこの導入量は、動植物の新鮮物1kg当たり100mg未満とすることが望ましい。なお、多量に導入する場合、例えば100mg/kg以上を混入する場合には、各マーカ元素に応じた人への健康に対する許容摂取量に配慮する必要がある。
【0010】
なお、各マーカ元素を混入する物としては、例えば、動物の場合には飼料、植物の場合には培養液を用いることができる。また、マーカ元素としては、土壌や地殻にあまり含まれていない希少元素を用いることが望ましい。当然ながら、動植物における希少元素の天然賦存量は少なく、これを統計的に有意義な量導入できれば、希少元素の分析から正確に他の動植物と区別することが可能となる。すなわち、動植物に少量導入しても統計的に有意となるので、希少元素はマーカ元素として極めて適切な元素である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の動植物のマーキング方法では、マーカ元素の組み合わせおよび各マーカ元素の導入量により、マーキング対象である動植物に付与する標識を符号化しているため、マーカ元素の組み合わせの数および識別可能な各マーカ元素の導入量の違いに応じた数の標識を識別することができ、高精度なトレーサビリティを実現できる。また、本発明の動植物のマーキング方法では、食品となる動植物の中身そのものをマーキングしているので確実に産地偽装を防ぐことが可能である。また、動植物に混入されるマーカ元素は人体に安全な導入量の範囲内の無機元素であるため、人体に摂取しても問題はなく従来のようにマーカを摂取前に別途処分する必要がない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の実施の形態における動植物のマーキング方法は、動植物を育てる際に動植物に与える飼料または培養液に複数の無機元素をマーカとしての元素(マーカ元素)として微量に混入することにより、マーキングを施すものである。ここで、マーカ元素としては、人体に安全な無機元素を使用する。また、マーカ元素の動植物の可食部への導入量は、人体に安全な導入量の範囲内となるように、基本的に100mg/kg未満となるようにする。なお、各マーカ元素の人体に安全な導入量の範囲については、マーカ元素に応じて異なるため、必ずしも100mg/kg未満に限定されるものではない。
【0013】
なお、マーキング対象である動植物に付与する標識としては、例えば、産地や品種等である。本実施形態におけるマーキング方法では、この標識をマーカ元素の組み合わせおよび各マーカ元素の導入量により符号化し、この符号化された各マーカ元素の導入量に応じて各マーカ元素を混入した飼料または培養液をマーキング対象である動植物に与えて育てる。
【0014】
表1は、各マーカ元素の飼料あるいは培養液の混入濃度とその濃度に対応して動植物に導入されるマーカ元素量との関係を模式的に示したものである。この対応表は、予めマーキング対象となる動植物に対して各マーカ元素を混入した飼料または培養液を用いて試験的に育て、この育てられた動植物への各マーカ元素の導入量をICP−AES(Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectroscopy:誘導結合プラズマ発光分光)装置や原子吸光分析装置等により検出して、その各マーカ元素の濃度範囲と対応値とを関連付けてデータベース化したものである。なお、この例では、マーキング対象の動植物に天然で含まれる各マーカ元素の濃度(天然賦存量)については対応値として“0”を付与している。
【表1】

【0015】
本実施形態におけるマーキング方法では、表1に示すように、マーキング対象である動植物に含まれる各マーカ元素の導入量に対応して値を付与しておき、動植物に付与する標識をこの表1の値により符号化する。例えば、表1に示すように3種類のマーカ元素について天然の場合とそうでない場合(人工的に導入された場合)とで3段階の濃度を識別可能な場合、3×3×3−1で26通りの標識を付与することができる(なお、どのマーカ元素も導入していない組み合わせについては標識が付与されていないと判断されるのでここでは除いている。)。
【0016】
そして、生産された動植物について各マーカ元素の導入量をICP−AES装置や原子吸光分析装置等により検出し、この検出した各マーカ元素の導入量から表1により復号化することで、各動植物に付与された産地や品種等の標識を得ることができる。すなわち、流通過程において食品としての動植物に問題が生じた場合、その食品に含まれる各マーカ元素を検出し、これらの検出量と表1を照合することで、マークされた食品とそれ以外の食品とを明確に区別できる。
【0017】
すなわち、本実施形態におけるマーキング方法では、マーカ元素の組み合わせおよび各マーカ元素の導入量により、マーキング対象である動植物に付与する標識を符号化しているため、マーカ元素の組み合わせの数および識別可能な各マーカ元素の導入量の違いに応じた数の標識を識別することができ、高精度なトレーサビリティを実現できる。また、本発明の動植物のマーキング方法では、食品となる動植物の中身そのものをマーキングしているので確実に産地偽装を防ぐことが可能である。また、動植物に混入されるマーカ元素は人体に安全な導入量の範囲内の無機元素であるため、摂取前に分離することが不要であり、従来のようにマーカを別途処分する必要がない。
【実施例】
【0018】
マーキング対象として野菜、特に水耕野菜について使用するマーカ元素について検討した。野菜へのマーキングは、一般の野菜には少量あるいはほとんど含まれない無機元素を使用し、新鮮物1kg当たりの可食部への導入量が、数十mgから100mg未満となるようにした。
【0019】
まず、葉菜類9種類(ホウレンソウ、チンゲンサイ、パセリ、レタス、ハネギ、コマツナ、シュンギク、ニラ、セロリ)に含まれる金属元素21種類(植物の必須微量元素も含む。)について調べた。図1は野菜(新鮮物1kg)中の各種金属元素の量(濃度)を示している。そして、これらの金属元素の中から、人体に安全かつ比較的微量に含まれる希少金属元素7種類(バリウム(Ba)、ストロンチウム(Sr)、コバルト(Co)、3価クロム(Cr)、スズ(Sn)、モリブデン(Mo)、銅(Cu)を選択した。図2は各種金属元素の通常摂取量、中毒量、食品中の許容濃度を示している。
【0020】
また、これらの選択元素の培地濃度と植物の吸収量との関係について、サラダナとリーフレタスを使用して検討した。具体的には、大塚培養液A処方1/2単位濃度(商品名)の培養液にこれらの希少無機元素を加え(数段階の処理濃度を設定)、市販サイズまで栽培し、吸収された元素の量を測定した。図3は測定した葉菜類の生体重および葉緑素量(SPAD値)を、図4は培養液と植物中の元素濃度の関係をそれぞれ示している。また、図5、図6、図7、図8の(a)および(b)にそれぞれサラダナとレタスの培養液中の元素濃度と植物中の元素濃度との関係をグラフで示した。
【0021】
今回検討した無機元素は、Ba、Sr、Coおよび3価Crである。図5および図6に示すようにBaおよびSrについては培地濃度の上昇に伴い、吸収量も直線的に増加するのでマーカ元素としての役割を担うに十分であると判断された。また、これらの元素は、図2に示すように食品としての安全基準のしきい値が高いことから、濃度的に2段階のラベルが可能であることが明らかとなった。また、図3に示すようにCoについては、高濃度培地で生育障害を起こし、低濃度の0.50と0.05ppmで正常に生育した。したがって、低濃度であればCoをマーカ元素として使用することが可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明の動植物のマーキング方法は、動植物のトレーサビリティを実現するための方法として有用である。特に、本発明のマーキング方法は、マーカの分離を不要にするとともに高精度のトレーサビリティを実現可能にするものとして好適である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】野菜中の各種金属元素の濃度を示す図である。
【図2】各種金属元素の通常摂取量、中毒量、食品中の許容濃度を示す図である。
【図3】測定した葉菜類の生体重および葉緑素量(SPAD値)を示す図である。
【図4】培養液と植物中の元素濃度の関係を示す図である。
【図5】マーカ元素としてバリウムを混入した場合の培養液中のマーカ元素濃度と植物中のマーカ元素濃度との関係を示す図であって、(a)は植物としてサラダナの例を示す図、(b)はレタスの例を示す図である。
【図6】マーカ元素としてストロンチウムを混入した場合の培養液中のマーカ元素濃度と植物中のマーカ元素濃度との関係を示す図であって、(a)は植物としてサラダナの例を示す図、(b)はレタスの例を示す図である。
【図7】マーカ元素としてコバルトを混入した場合の培養液中のマーカ元素濃度と植物中のマーカ元素濃度との関係を示す図であって、(a)は植物としてサラダナの例を示す図、(b)はレタスの例を示す図である。
【図8】マーカ元素として3価クロムを混入した場合の培養液中のマーカ元素濃度と植物中のマーカ元素濃度との関係を示す図であって、(a)は植物としてサラダナの例を示す図、(b)はレタスの例を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人体に安全な複数の無機元素をマーカ元素として、マーキング対象である動植物に付与する標識を前記マーカ元素の組み合わせおよび各マーカ元素の導入量(但し、人体に安全な導入量の範囲内とする。)により符号化し、この符号化された各マーカ元素の導入量に応じて各マーカ元素を混入した物を前記マーキング対象である動植物に与え育てること、
前記動植物から前記各マーカ元素を検出し、この検出した各マーカ元素の導入量により前記動植物に付与された標識を復号化すること
を含む動植物のマーキング方法。
【請求項2】
前記各マーカ元素の前記動植物の可食部への導入量が、100mg/kg未満である請求項1記載の動植物のマーキング方法。
【請求項3】
前記マーカ元素として、金属元素を用いる請求項1または2に記載の動植物のマーキング方法。
【請求項4】
前記マーカ元素として、バリウム、ストロンチウムまたはコバルトのうち少なくともいずれか1つを用いる請求項1または2に記載の動植物のマーキング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−108145(P2007−108145A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−302075(P2005−302075)
【出願日】平成17年10月17日(2005.10.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年5月12日 日本土壌肥料学会九州支部主催の「日本土壌肥料学会九州支部春季例会」において文書をもって発表
【出願人】(504209655)国立大学法人佐賀大学 (176)