説明

化成処理膜被覆鋼板及びその製造方法

【課題】 クロメート処理を施した鋼板と同等以上の耐熱性や耐不凍液性を有し、環境面においても問題のない、ガスケット用及びワッシャー用素材として好適な化成処理膜被覆鋼板を提供する。
【解決手段】 鋼板の片面または両面に、シリカ粉末と酸とを含む処理液を塗布し、加熱乾燥してシリカと、酸と、前記鋼板中の金属との反応生成物からなる被膜を成膜する化成処理膜被覆鋼板の製造方法、並びに前記方法により製造されたガスケット用素材及びワッシャー用素材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板の表面に化成処理膜を被覆してなる化成処理膜被覆鋼板及びその製造方法に関する。また、前記化成処理膜被覆鋼板からなるガスケット用素材及びワッシャー用素材に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、車両のエンジンに装着されるガスケットやワッシャーとして、鋼板にゴム層を添着したゴムコーティング鋼板からなるガスケットやワッシャーが広く使用されている。 また、ゴム層をより強固に保持するために、鋼板にクロメート被膜を成膜し、クロメート被膜の上にゴム層を添着したものも知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開平3−227622号公報(特許請求の範囲、第3頁〜第4頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
クロメート被膜上にゴム層を添着したガスケットやワッシャーは、熱を受けたり、不凍液と接触しても密着性の低下が少なく、即ち耐熱性や耐不凍液性に優れるという利点を有する。しかし、近年環境に対する意識の高まりからクロメート処理液に含まれる6価クロムが、人体に直接的な悪影響を及ぼす欠点があるため、クロメート処理が敬遠される傾向にある。また、6価クロムを含む廃液は水質汚濁防止法に規定されている特別な処理を施す必要があり、クロメート処理を施したステンレス材料の廃棄物はリサイクルできないという欠点もある。更には、不凍液やオイルとの接触により、クロメート被膜中のクロムが抽出される可能性も高い。
【0005】
また、クロメート処理液を鋼板に塗布する際、クロメート処理液中の酸性成分が鋼板を溶解して溶出金属が生じ、製造を続けるのに伴って溶出金属がクロメート処理液中に徐々に沈澱するようになる。その結果、クロメート処理液の組成が変わり、目的とするクロメート被膜を成膜できなくなり、クロメート処理液の交換時期も早くなりがちである。
【0006】
上記のように、クロメート処理を施したガスケットやワッシャーは環境面や使用中の安定性に大きな問題を抱えている。また、その製造においても、クロメート処理液のポットライフが短いという問題がある。従って本発明は、クロメート処理を施した鋼板と同等以上の耐熱性や耐不凍液性を有し、環境面においても問題のない、ガスケット用素材及びワッシャー用素材として好適な化成処理膜被覆鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、このような従来の問題点に着目してなされたもので、クロメート処理品と同等以上の物性を得るために、クロムを含有しない被膜について鋭意検討した結果、シリカ粉末と酸成分とを含有する処理液を鋼板に塗布し、鋼板から溶出する金属と、シリカと、酸成分との反応生成物からなる被膜を形成することにより上記目的が達成されることを見出した。
【0008】
即ち、本発明は上記目的を達成するために、以下を提供する。
(1)鋼板の片面または両面に、シリカ粉末と酸成分とを含む処理液を塗布し、加熱乾燥してシリカと、酸成分と、前記鋼板中の金属との反応生成物からなる被膜を成膜することを特徴とする化成処理膜被覆鋼板の製造方法。
(2)前記処理液における酸成分の含有量が20質量%〜80質量%であることを特徴とする上記(1)記載の化成処理膜被覆鋼板の製造方法。
(3)前記酸成分としてリン酸、酢酸、蟻酸、硫酸、フッ化水素酸、フルオロ錯体及び有機酸から選ばれる少なくとも1種を用いることを特徴とする上記(1)または(2)記載の化成処理膜被覆鋼板の製造方法。
(4)前記鋼板としてアルミニウム鋼板または鉄鋼板を用いることを特徴とする上記(1)〜(3)の何れか1項に記載の化成処理膜被覆鋼板の製造方法。
(5)上記(1)〜(4)の何れか1項に記載の製造方法により得られ、鋼板の片面または両面に、シリカと、酸成分と、前記鋼板中の金属との反応生成物からなる被膜が形成されていることを特徴とする化成処理膜被覆鋼板。
(6)上記(5)に記載の化成処理膜被覆鋼板からなることを特徴とするガスケット用素材。
(7)上記(5)に記載の化成処理膜被覆鋼板からなることを特徴とするワッシャー用素材。
【発明の効果】
【0009】
本発明の化成処理被膜被覆鋼板、並びに前記化成処理膜被覆鋼板からなるガスケット用素材やワッシャー用素材は、人体に有害なクロメート処理を施さずに、優れた耐不凍液性や耐熱性が得られるため、環境保全やリサイクル性等の社会問題に対する対策案としても、極めて有効でかつ実用上の効果も大きい。また、その製造においても、処理液に溶出するのは処理される鋼板中の金属であるため、処理液の金属濃度が高まっても被膜形成に対する影響が少なく、処理液のポットライフも長くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を説明する。本発明では、鋼板に、シリカ粉末と、酸成分とを含有する処理液を塗布し、加熱乾燥してシリカと、賛成分と、鋼板から溶出した金属との反応生成物からなる化成処理膜を形成する。
【0011】
本発明に使用される酸成分としては、正リン酸、縮合リン酸及び無水リン酸等のリン酸、酢酸、蟻酸、硫酸、硝酸、フッ化水素酸、フルオロチタン酸及びフルオロジルコン酸等のフルオロ錯体、有機酸等がある。これらの酸成分は、処理液中に20質量%〜80質量%の割合で配合されることが好ましい。さらに好ましくは35質量%〜65質量%である。酸成分の含有量が80質量%を越えると、鋼板から溶出する金属量に比べて酸成分が多くなりすぎ、化成処理膜が十分に形成されず、目的とする耐熱性や耐不凍液性が得られないおそれがある。一方、酸成分の含有量が20質量%未満では、同様に化成処理膜が十分に形成されず、目的とする耐熱性や耐不凍液性が得られないおそれがある。
【0012】
これら酸成分は基本的に1種で十分であるが、1種のみならず、異種の成分を2種以上混合して使用することも可能である。これは、酸成分と、鋼板中の金属との反応効率が上がり、化成処理膜の生成が速くなるからである。
【0013】
本発明に使用されるシリカ粉末としては、処理液中での分散性に優れるものが好ましく、そのようなシリカとしてコロイダルシリカ、気相シリカが挙げられる。コロイダルシリカとしては、特に限定するものではないが、スノーテックスC、スノーテックスN、スノーテックスS、スノーテックスUP、スノーテックスPS−M、スノーテックスPS−L、スノーテックス20、スノーテックス30、スノーテックス40(何れも日産化学工業(株)製)等を市場から入手することができる。気相シリカとしては、特に限定するものではないが、アエロジル50、アエロジル130、アエロジル200、アエロジル300、アエロジル380、アエロジルTT600、アエロジルMOX80、アエロジルMOX170(何れも日本アエロジル(株)製)等を市場から入手することができる。これらのシリカは、化成処理膜中に10質量%〜60質量%の割合で配合されることが好ましい。さらに好ましくは30質量%〜50質量%である。
【0014】
本発明では、鋼板の種類に制限がなく、ステンレス鋼板(フェライト系/マルテンサイト系/オーステナイト系ステンレス)、鉄鋼板、アルミニウム鋼板等を使用することができる。但し、SUS鋼板は処理液を塗布しても金属が溶出し難いため、耐熱性や耐不凍液性の改善効果は見られるものの、金属が溶出しやすい鉄鋼板やアルミニウム鋼板に比べるとその効果は少ない。従って、本発明においては、鉄鋼板やアルミニウム鋼板を用いることが好ましい。
【0015】
鋼板上に化成処理膜を形成するには、上記のシリカ粉末と酸成分とを含有する処理液を、ロールコーター等の公知の塗布手段を用いて鋼板の片面または両面に塗布し、塗膜を150℃〜250℃程度の温度にて乾燥すれば良い。この加熱乾燥の間に鋼板から溶出した金属と、酸成分と、シリカとが反応して金属化合物が生成し、この金属化合物が被膜となる。尚、被膜量は制限されるものではないが、実用上50mg/m2〜900mg/m2程度が適当である。
【0016】
また、鋼板の両面に化成処理膜の形成する場合、生産性を高めるために、鋼板を処理液に浸漬する方法も可能である。このとき、処理液中に鋼板から溶出した金属が取り込まれ、処理液の金属濃度が徐々に高まっていくが、処理される鋼板からも同種の金属が溶出するため、形成される化成処理膜への影響は従来のクロメート処理を行う場合に比べると格段に少ない。そのため、処理液のポットライフも長くなる。
【0017】
上記の如く得られる本発明の化成処理膜被覆鋼板は、耐熱性及び耐不凍液性に優れることから、自動車のエンジン、特にラジエターの配管に使用されるガスケットやワッシャーに好適である。
【0018】
ガスケットやワッシャーとするには、化成処理膜被覆鋼板を所定形状(例えば、リング状)に打ち抜き、ゴム層を添着すればよい。ゴム層を形成するゴムは公知のもので構わないが、耐熱性や耐薬品性に優れるNBR、フッ素ゴム、シリコンゴム、アクリロブタジエンゴム、HNBR、EPDM等が好適である。また、ゴム層の形成には、ゴム材料を適当な溶剤に溶解させたゴム液またはラテックスを、スキマコーターやロールコーターなどで20μm〜130μmの厚さに塗布し、塗膜を150℃〜250℃で加硫接着させればよい。
【0019】
また、必要に応じて、ゴム層と化成処理膜との間に、プライマー層(例えば、ニトリルゴムコンパウンドとフェノール樹脂との接着剤)を介在させてもよい。
【0020】
クロメート処理被膜による密着性の向上は、以下の作用によるものと考えられている。 先ず、クロメート処理液を鋼板に塗布した際、重クロム酸が鋼板表面をエッチングし、鋼板表面に極性成分が導入され、この極性成分とクロメート皮膜が2次結合を介して強固に接着することで、鋼板/クロメート処理被膜間の密着性が高まる。また、クロメート処理皮膜/ゴム層間では、加熱乾燥された重クロム酸とシリカ成分の極性基が、ゴム層の極性基と強固に結合して密着性が高まる。これらの結果、鋼板とゴム層との密着性が高まり、熱を受けたり、不凍液と接触しても密着性の低下が少なくなる。
【0021】
本発明においても、重クロム酸の代わりにリン酸等の酸成分が作用し、同様の機構により鋼板とゴム層との密着性が高まると推察される。
【実施例】
【0022】
以下に本発明を、実施例および比較例を挙げて更に詳しく説明する。但し、これらの実施例は本発明の説明のために記載するものであり、本発明を限定するものではない。
【0023】
(試料の作製)
アルミニウム鋼板の両面に、ロールコーターで表1に示す配合にて混合した処理液を塗布し、塗膜を180℃で乾燥させ被膜を形成した。尚、被膜量については表2に示す。次いで、被膜の上にニトリルゴムコンパウンドとフェノール樹脂で構成された接着剤を塗布して熱処理を行い、被膜上にプライマー層を形成した。また、このプライマー層を形成しない試料も作製した(実施例5)。そして、その上(プライマー層または被膜)に、ニトリルゴムを溶剤で溶かした液をロールコーターにて塗布し、180℃で10分間加硫接着させてゴム層を形成して試料とした。
【0024】
1.不凍液に対する耐久性
自動車ラジエター用クーラント液(トヨタ純正ロングライフクーラント)の液面に対して垂直となるように、上記で作製した試料をその半分の位置まで浸漬(半浸漬)し、液温120℃で500時間放置した。そして、クーラント液から試料を取り出し、未浸漬部及び浸漬部について描画試験を行った。また碁盤目テープ剥離試験を行った。各試験方法及び評価基準は以下のとおりである。
【0025】
1.1描画試験
JIS−K6894に規定される描画試験機を用い、試料表面に半径4.5mmの螺旋を25回描き、下記の基準にて評価した。結果を、表2の「不凍液に対する耐久性」の「半浸漬未浸漬部」及び「半浸漬浸漬部」の各欄に示す。
・評価基準
5点:ゴム層が完全に残存している
4点:ゴム層が一部脱落している
3点:ゴム層の約半分が脱落している
2点:ゴム層がわずかに残存している
1点:ゴム層が完全に脱落している
【0026】
1.2 碁盤目テープ剥離試験
JIS−K5400に準拠し、下記に示す手順にて行った。
(1)試料表面に隙間間隔2mmの碁盤目状の切り傷を付け、碁盤目が100個できるようにする。
(2)碁盤目の上に粘着テープを張り付け、消しゴムで擦って粘着テープを完全に付着させる。
(3)テープ付着1分〜2分後に、粘着テープの一方の端を持ち、試料表面に対して垂直方向に瞬間的に引き剥がす。
(4)引き剥がした後の試料表面を観察し、残存する碁盤目の数を数える。
結果を、表2の「不凍液に対する耐久性」の「全浸漬」の欄に示す。尚、欄中、例えば100/100とあるのは、テープを引き剥がしたときに一つも剥離しないことを示し、50/100とあるのは半分の50個が剥離したことを示す。
【0027】
2.耐熱密着性
作製した試料を200℃で500時間加熱放置し、その後、上記と同様の碁盤目テープ剥離試験を行った。結果を表2の「耐熱性」の欄に示した。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
表2に示すように、本発明を満足する、シリカと、酸成分と、鋼板の溶出金属との反応生成物からなる化成処理膜を設けた実施例1〜5は、何れもクロメート処理を行った比較例4と同等の良好な評価結果が得られている。これに対し、酸成分の含有量が好ましい範囲よりも多い比較例1、酸成分の含有量が好ましい範囲よりも少ない比較例2、並びに好ましい酸成分ではない比較例3では、性能が劣っている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の片面または両面に、シリカ粉末と酸成分とを含む処理液を塗布し、加熱乾燥してシリカと、酸成分と、前記鋼板中の金属との反応生成物からなる被膜を成膜することを特徴とする化成処理膜被覆鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記処理液における酸成分の含有量が20質量%〜80質量%であることを特徴とする請求項1記載の化成処理膜被覆鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記酸成分としてリン酸、酢酸、蟻酸、硫酸、フッ化水素酸、フルオロ錯体及び有機酸から選ばれる少なくとも1種を用いることを特徴とする請求項1または2記載の化成処理膜被覆鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記鋼板としてアルミニウム鋼板または鉄鋼板を用いることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の化成処理膜被覆鋼板の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1項に記載の製造方法により得られ、鋼板の片面または両面に、シリカと、酸成分と、前記鋼板中の金属との反応生成物からなる被膜が形成されていることを特徴とする化成処理膜被覆鋼板。
【請求項6】
請求項5に記載の化成処理膜被覆鋼板からなることを特徴とするガスケット用素材。
【請求項7】
請求項5に記載の化成処理膜被覆鋼板からなることを特徴とするワッシャー用素材。

【公開番号】特開2006−265708(P2006−265708A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−89519(P2005−89519)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【出願人】(000110804)ニチアス株式会社 (432)
【Fターム(参考)】