説明

単一異種染色体欠失植物とその細胞及びその作出方法

【課題】
本発明は、異種植物間の種間雑種において、染色体工学的手法を用い特定の染色体を欠失した植物及びその作出方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
上記課題の解決のため、本発明は、交雑によって形成された種間雑種の染色体を倍加し、ここに片親種をかけ合わせて異種ゲノムを半数持つ2倍体雑種植物を作出し、さらにここに前記片親種をかけ合わせて作出される、異種ゲノムの染色体が1本欠失し親植物とは異なる有用形質を有する単一異種染色体欠失植物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の育種分野において適用可能な異種染色体欠失植物とその作出方法を提供し、より詳しくは、異種ゲノムを半数持つ2倍体植物において、異種ゲノムの染色体が1本欠失し、親植物とは異なる有用形質を有する単一異種染色体欠失植物とその細胞及びその作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有用植物の品種改良方法には、かけ合わせによる有用形質の選抜や遺伝子組み換えによる改良など、これまでに様々な手法が用いられている。それらの手法の一つとして、近縁種同士の異種間交雑による雑種形成があげられ、サイシン(Brassica rapa)とブロッコリー(Brassica oleracea)とのかけ合わせから作出された種間雑種である「はなっこりー」が山口県の食卓を賑わすなど、数多くの新品種が作出されてきている。
【0003】
また、近年、植物においてもゲノム解析が進み、有用植物の特定の形質がどの染色体に位置しているかが徐々に明らかにされてきている。従って理論的には、種間雑種形成において特定の染色体のみを選択的に付与することも有効であると考えられるが、従来の手法による種間雑種形成では、減数分裂の過程は正常に進行するため、ゲノムの全てのセット(n)が子孫に伝達され、特定の染色体を操作できないという問題点があった。また単純な交雑のみによらない種間雑種の作出方法としては、雑種植物体の染色体倍加と戻し交雑を組み合わせた多染色体植物体の作出方法、雑種植物の偽受精現象を利用した品種改良方法、雑種の片親の染色体を予め倍加して交雑する方法などがあるが、いずれも形質の安定性や作出の正確さに問題があった(特許文献1,2,4)。異種間雑種において特定の形質を付与する手法としては、片方の細胞を放射線照射してから細胞を融合させ、核質の一部のみを相手方に導入する「非対称融合法」があるが、作物に対する放射線照射への抵抗感や大規模な装置が必要という問題点があった(特許文献5)。また特許文献6に記載のトマト品種改良法の様に、雑種によって得られた子孫植物が自殖可能であれば、自殖によって特定の染色体を保有した子孫を得ることも可能であるが、多くの種間雑種植物は不稔性であり、この手法を適用できないという問題があった。
【特許文献1】特開2002−125497号公報 植物新品種サムチュおよびその育種方法
【特許文献2】特許第3364683号公報 リンドウ科植物とキキョウ科植物の相反交雑による雑種の育成と品種改良
【特許文献3】特開2000−350526号公報 タマネギとニンニク又はニラの雑種植物体及びそれらの育種方法、増殖方法
【特許文献4】特開平11−032604号公報 デルフィニウム属植物の種間交雑苗生産方法及びデルフィニウム属植物
【特許文献5】特開平7−264946号公報 病害抵抗性を持つ体細胞雑種ばれいしょおよびその作出方法
【特許文献6】特表2005−523029号公報 灰色カビ病に対する耐性を示すトマト植物
【非特許文献1】Masuzaki S.,Shigyo M.&Yamauchi N.(2006):Theor.Appl.Genet.112:607−617.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の現状に鑑み、本発明は、異種植物間の種間雑種において、染色体工学的手法を用い特定の染色体を欠失した植物とその細胞及びその作出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題の解決のため、本発明者らは、これまでに育種分野で用いられてきた伝統的なかけ合わせを用いた染色体工学的手法を用い、材料としてシャロット(Allium cepa;以下ゲノム記号AAで表す)とネギ(Allium fistulosum;以下ゲノム記号FFで表す)との間での雑種を用いて、種間雑種における特定の染色体の操作を試みた。この中で本発明者らは、雑種第1代(AF)の染色体倍加によって複2倍体植物(AAFF)を得、この植物と2倍体シャロットとをかけ合わせて異質3倍体(AAF)を得、この植物に更に2倍体シャロットをかけ合わせるという手法により、特定の染色体1本を付加した系統の作出に成功している(非特許文献1)。ネギ属植物の種間雑種形成法については、特許文献3にタマネギとニンニク、またはタマネギとニラの交雑に由来する子孫(雑種胚などを組織培養して得られた植物体)の作出方法の記載があるが、この技術も染色体レベルで形質を付与するという思想に基づくものではなかった。本発明者らは、異種染色体添加系統の解析の過程で、特定の異種由来染色体を添加するのではなく、異質3倍体から特定の染色体を欠失させた場合にも新規な形質が発現されるのではないかという可能性に着目し、特定の染色体1本を欠失した単一異種染色体欠失植物(AAF−nF)の作出方法を検討し、これに成功した。更に本発明者らは、単一異種染色体欠失植物についてその成分や形状などを検証し、AAF−nFがAAにもAAFにも無い新たな有用形質を持つことを見いだして、本発明を完成させた。
【0006】
すなわち、請求項1記載の発明は、2倍体植物に異種ゲノム由来の染色体が半数添加された異質3倍体雑種子孫植物において、異種ゲノム由来の染色体が1本欠失していることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物を提供する。
【0007】
請求項2記載の発明は、請求項1に記載の発明において、植物がユリ科植物である、単一異種染色体欠失植物を提供する。
【0008】
請求項3記載の発明は、請求項2に記載の発明において、植物がネギ属植物である、単一異種染色体欠失植物を提供する。
【0009】
請求項4記載の発明は、請求項3に記載の発明において、雑種子孫がネギ(Allium fistulosum)とシャロット(Allium cepa)との交雑に由来する子孫であって、異種ゲノムがネギ由来のゲノムであることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物を提供する。
【0010】
請求項5記載の発明は、請求項4に記載の発明において、欠失した染色体が、ネギ第1染色体であることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物を提供する。
【0011】
請求項6記載の発明は、請求項4に記載の発明において、欠失した染色体が、ネギ第4染色体であることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物を提供する。
【0012】
請求項7記載の発明は、請求項4に記載の発明において、欠失した染色体が、ネギ第7染色体であることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物を提供する。
【0013】
請求項8記載の発明は、請求項4に記載の発明において、欠失した染色体が、ネギ第8染色体であることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物を提供する。
【0014】
請求項9記載の発明は、請求項1から請求項8のいずれか1つに記載の単一異種染色体欠失植物に由来する、単一異種染色体欠失植物細胞を提供する。
【0015】
請求項10記載の発明は、請求項9に記載の単一異種染色体欠失植物細胞を培養して得られることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物を提供する。
【0016】
請求項11記載の発明は、異種間の交雑によって生じた雑種子孫(第1代)の染色体を倍加し、得られた染色体倍加子孫と最初の交雑に用いた片親種とを掛け合わせて得られた子孫(第2代)を用い、前記第2代子孫と前記片親種とを掛け合わせることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物の作出方法を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明を利用することにより、有用形質が染色体レベルでコントロールされた新規有用植物を作出することが可能となり、農産分野において広く活用可能である。これまでの品種改良は既存の品種に遺伝子に裏打ちされた有用な形質を「付け加える(+)」ことを主眼においてきたが、本発明は染色体という形質の乗り物を「差し引く(−)」ことによって新たな形質を発現させるという全く新しい概念の品種改良手法であり、その活用は今後育種分野に新たな技術的要素を加えうるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に本発明を実施するための最良の形態を示す。本発明の第1の実施の形態は、2倍体植物に異種ゲノム由来の染色体を半数添加した異質3倍体植物において、異種ゲノム由来の染色体が1本欠失していることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物を提供する。「異質3倍体植物」は、異種間の雑種、好ましくは同属間の比較的近縁な種同士のかけ合わせで生じる雑種第1代を、染色体倍加手法を用いて倍加し複2倍体を得、ここにかけ合わせに用いた片親種をかけ合わせることによって得られるものである。この異質3倍体に更に前記片親種をかけ合わせることで、片親種に由来しない半数体ゲノムの染色体不均等分離が起こり、その結果特定の染色体を欠く「単一異種染色体欠失植物」が作出できる。
欠失した染色体の判別は、子孫植物の分裂期の細胞を観察し、形態学的にどの染色体が欠失しているかを分別する方法がまず挙げられる。染色体は動原体の位置や腕の長さなどで形態的に判別可能であり、予め雑種に用いる親植物の染色体の形態を確認しておき、雑種子孫の染色体と照合すれば、どの染色体が欠けているかが判別できる。また特定の染色体上にある遺伝子マーカーを用いPCRなどで染色体の有無を確認するなどの方法も挙げられ、これは雑種子孫のゲノムDNAを抽出し、これを鋳型として、遺伝子マーカーを増幅可能な特異的プライマーを用いたPCR(Polymerase Chain Reaction)を行って、どの染色体が雑種子孫ゲノム中に存在するかを確認する方法である。単一異種染色体欠失植物の作出においても、欠失した染色体の判別にはこれらの判別方法を適宜選択して行えば良く、本発明を限定するものではない。
【0019】
下記表1に、本発明の提供する単一異種染色体欠失植物の作出方法を、ネギとシャロットとを用いた例に則して模式的に示した。また図1には、表1の方法で得られた子孫BC2から単一異種染色体欠失子孫を選別する具体例を示す。予めシャロットとネギの染色体の形態を確認しておき、子孫BC2の細胞分裂像を顕微鏡下で観察して、特定の染色体の有無を確認するというものである。これにより、AAFから第1,3,4,5,7,8染色体が欠失した子孫植物(図中AAF−1Fから8Fまでで表され、左側が実際の顕微鏡像を、右側がここから染色体部分を切り抜いて並べ替えたものを示す。右側□で囲まれた空白が欠失した染色体を表している)が確認され、単一異種染色体欠失系統が確立できた。
【0020】
【表1】

【0021】
本発明の提供する単一異種染色体欠失植物は、下記実施例にも示すとおり、通常の栽培条件下で栽培可能である。更にこれらの植物は、欠失する染色体の種類によって可食部の大型化、有用成分の含有量増加、好ましくない成分の含有量減少など、単に種間雑種を作出したのでは得ることの出来ない優れた形質を示すものがあり、またこれらの形質はいわゆる遺伝子組み換えで導入されるのではなく通常のかけ合わせに基づいて導入されるため、安全面や社会的な抵抗感の面でも問題なく利用可能である。
【0022】
本発明は、植物の異種間雑種を作るような植物種の組み合わせにはなべて適用可能であり、植物種自体が本発明を限定するものではないが、食用作物や園芸植物などいわゆる有用植物が適しており、例えばこれまでに種間雑種形成が報告されているアブラナ科植物(例:ハクサイとキャベツの雑種であるハクラン)、ウリ科植物(セイヨウカボチャとニホンカボチャの雑種)などの野菜、リモニウム属植物(スターチスの耐病性種間雑種)などの花き類、カメリア属植物(ツバキとチャの種間雑種)などの樹木をはじめとする有用植物に適用可能であると考えられる。
この中でも特に、本発明者らが下記実施例で明らかにする様に、ユリ科植物、より好適にはネギ属植物が適している。ネギ属植物の例としては、食用として栽培されるネギ(Allium fistulosum)、ニンニク(Allium sativum)、ニラ(Allium tuberosum)、ラッキョウ(Allium chinense)、チャイブ(Allium schoenoprasum)、アサツキ(Allium schoenoprasum var.foliosum)、ノビル(Allium grayi)、ギョウジャニンニク(Allium victorialis)、リーキ(Allium ampeloprasum)、野生ネギ(Allium vavilovii)より選択される植物の組み合わせが好適であり、また園芸品種として栽培されるネギ属植物の例として花ネギ(Allium giganteum)、コワニー(Allium neapolitanum)、アリウム・アズレウム(Allium azureum)、アリウム・ロゼウム(Allium roseum)、アリウム・スファエロセファルム(Allium sphaerocephalum)、アリウム・トリクエトルム(Allium triquetrum)、アリウム・ディッキンソニイ(Allium dickinsonii)、アリウム・アフラチュネンセ(Allium aflatunense)、アリウム・ディクラミディウム(Allium dichlamydeum)、アリウム・モンゴリクム(Allium mongolicum)なども好適な例としてあげられる。
【0023】
下記実施例にも示すとおり、ネギ属植物のうち特にネギ(FF)とシャロット(AA)の組み合わせについては、実際に異質3倍体(AAF)、そこから染色体を1本除いた単一異種染色体欠失植物(AAF−nF)が本願発明者らによって作出されており、実施の態様として好適である。単一異種染色体欠失系統は、親として用いたAAやAAF(図2)に比べてその形態(図3)や含有成分に大きな差があり、この中から目的に応じて適宜有用な系統を利用すれば良い。
下記実施例に示すように、これら単一異種染色体欠失植物のうち、ネギ第1染色体を欠く系統(AAF−1F)は、親系統であるAAや異質3倍体AAFに比べて単糖が5以上つながってできる多糖類の含有量が多いという特徴を有している。機能性成分として見た場合、多糖類は構成する糖の数が多いほど高機能であることが指摘されており、AAF−1FはAAやAAFに比べて高機能な系統であるということができ、本発明の態様として好適である。またネギ第4染色体を欠く系統(AAF−4F)は、AAやAAFに比べて単糖類の含有量が多く、これは甘みのあるネギ品種としてサラダ用などに利用可能である。ネギ第7染色体を欠く系統(AAF−7F)に関しては、AAやAAFに比べて葉身や鱗茎径が大きく、生育も旺盛であるため多収量の品種として利用可能である。ネギ第8染色体を欠く系統(AAF−8F)では、単糖類の含有量と単糖が5以上つながってできた多糖類の含有量がともにAAやAAFに比べて多いという高機能的性質に加え、鱗茎がつややかな淡い赤色というAAにもAAFにも無い独特な色合いを呈し、これは商品作物として新たな価値を加えうるものである。
【0024】
本発明において、異質3倍体(例えばAAF)と親系統(AA)とのかけ合わせにおいては、異種染色体の不均等な分配はまったくランダムに起こることが予想され、染色体が欠失する場合も単一、または複数本欠失することが予想されるが、本発明者らがネギ属植物を用いて行った試験では、下記表2に示す様な結果が得られた。
表2は、AAF×AAの子孫における染色体数の頻度を示すが、この表に示されるように伝達される異種染色体の数の分布には大きなばらつきがあることが明らかとなった。すなわち、ネギ異質3倍体(AAF、2n+n=24)とネギ(AA、2n=16)とのかけ合わせから生じた種子を発芽させ、育ったものについて染色体数を顕微鏡観察により確認したところ、表中網掛けで示した異種染色体を1本だけ欠く「単一異種染色体欠失」タイプが最も多く(20/46)、次いで異種染色体を1本だけ持つ「単一異種染色体添加」タイプ(8/46)と異種染色体をまったく持たないもの(7/46)が多いという結果となった。これはすなわち、異種染色体を複数本欠失するものは減数分裂時または胚の発生時に発生過程が正常に進まないものが多いという事を示しており、実際の品種改良に用いる際には単一異種染色体欠失系統を用いるべきであるという事も示している。
【0025】
【表2】

【0026】
種間雑種や3倍体作物に関しては不稔という大きな問題があるが、本発明の提供する単一異種染色体欠失植物から細胞や組織を採取し、これを培養して再生植物体を作出すればこの問題を解決可能である。細胞の採取法や培養法、再生植物体の栽培方法などは農芸分野で通常用いられる手法を適宜選択すれば良く、本発明を限定するものではない。
本発明者らが実施例で用いたネギ属植物の種間雑種に関しては、作出した単一異種染色体欠失系統が親系統と同様に栄養繁殖体を形成するため、組織培養などの手法を用いなくとも簡単に種苗を生産することが可能であり、品種としての形質の固定と永続性という点でも本発明の実施の態様として好適である。以下に本発明の実施例を示すが、本発明は実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
(実験材料とその栽培)
シャロット(タイ産系統‘チェンマイ’2n=16、ゲノム記号AAで示す)と、シャロット(AA)とネギ(Allium fistulosum,2n=16、ゲノム記号FFで示す)の雑種第1代(n+n=16、AF)を倍加した複二倍体(2n=32、AAFF)にシャロット(AA)の戻し交雑を行うことにより作出した異質三倍体(AAF)を単一異種染色体欠失植物の作出材料とした。各植物材料は砂と細礫を満たしたポットに定植してガラスハウス内で生育させたものを用いた。肥培管理として、週に一度OKF−1(大塚化学株式会社)もしくはハイポネックス(Hyponex corp.USA)の1000倍希釈液を施肥した。
【0028】
(単一異種染色体欠失系統の作出方法)
前記異質三倍体(AAF)に対し、さらにシャロットを人工交配することで得られた後代の中から、顕微鏡観察による染色体の判別や染色体特異的遺伝子マーカーの有無(PCRで確認)などの染色体判別手法を用いて単一異種染色体欠失植物を選抜した(図1参照)。これらの単一異種染色体欠失植物については、幼苗期における葉身長と生育後の貯蔵期におけるりん茎の最大径を測定し、成長の度合いを示す指標(形態特性)とした。下記表3に、それぞれの系統の形態特性を示す。表中網かけで示したAAF−7Fについては、幼苗期における葉身長と貯蔵期りん茎の最大径がともに全系統中で最も大きく、生育が旺盛という形質を持つことが示された。
【0029】
【表3】

【0030】
1.糖含量の測定
植物材料としてシャロット1系統および異質3倍体、AAF−1F、AAF−4F、AAF−8F系統を2系統ずつ供試した。シャロットは1系統2反復行った。
(1)70%エタノール抽出
りん茎を細かく刻み、重量を量り、抽出後溶液が70%エタノールとなるように100%エタノールおよび蒸留水の量を算出した。100%エタノールと蒸留水を沸騰させ、試料を加え、さらに再沸騰させてから最弱火で15分間加熱した。その後、流水冷却した。乳鉢にりん茎を取り出し、石英砂を加え氷上で磨砕した。抽出したエタノールおよび磨砕したりん茎を吸引濾過装置により濾過し、濾液を70%エタノールで調整した。抽出液は−20℃で測定時まで保存した。
【0031】
(2)分析試料の調整
70%抽出液を1.5ml容プラスチックチューブに0.5mlずつ分注し、遠心エバポレーター(CVE−100D、東京理化機械)を用いて乾固した。その後、0.5mlずつミリQ水を加えて固形物を溶解した。4倍容のミリQ水を加えて5倍希釈し、0.45μmのフィルターで濾過したものを分析試料とした。
【0032】
(3)全糖含量の測定
全糖含量は、アンスロン硫酸法(堀越ら,1953)によりフルクトースを標準物質として測定した。五糖類以上の糖の総量は全糖量からHPAECにより算出した四糖類までの糖量を差し引いた値とした。
(4)高速陰イオン交換クロマトグラフィー(HPAEC)
HPAECはCarboPac PA−1(4×250mm、Dionex)を装着したDX−300システム(Dionex)を用いた。検出はPED(Pulsed electrochemical detector,Dionex)を用いて1μCのレンジで行った。カラム温度は室温とし、150mM NaOHを溶離液とし、下記表4のような酢酸ナトリウムの濃度勾配(25−500mM,64min)により1ml/minの流速で溶出を行った。
四糖類までの糖はグルコース、フルクトース、スクロース、1−ケストース、およびニストースを標準物質としてそれぞれ定量した。五糖類以上については同定ののち、重合度ごとにピーク面積の合計を求め、五糖類以上の各ピークの面積の総和に対する各重合度の糖のピーク面積の割合として算出した。
【0033】
【表4】

【0034】
各試料をHPAECに供試したところグルコース、フルクトース、スクロース、および各種フルクトオリゴ糖が検出された。図4にその結果を示す。図4において、各々のグラフはそれぞれの系統(右肩に記載)のフルクタン含有量の分布を示し、グラフ横軸は重合度(右に行くほど多い、DPで表す)を、縦軸は総糖量に対する割合(%)を示す。AAやAAFではグラフ左側に分布のピークがあり、これは五糖類以下の重合度の低い糖を多く含んでいることを示しているが、単一異種染色体欠失系統、特にAAF−1FやAAF−8Fでは分布のピークが右にシフトしており、更に分布の右肩がなだらかになっていることから、高重合度(DP>10)の機能性フルクトオリゴ糖が多く含まれていることを示している。りん茎重あたりの糖組成の結果をみると、全糖含量はシャロットに比べて異質3倍体および単一欠失系統において著しく増加した。単糖類および二糖類の合計ではシャロットとその他の試料に大きな差が認められないにもかかわらず、三糖類以上の合計ではシャロットとその他の試料に明らかな差が認められた(表5)。特にAAF−1Fは他の植物材料と比べ五糖類以上の重合度の高いオリゴ糖含量が著しく高かった。
【0035】
【表5】

【0036】
以上の結果は、シャロットにネギの染色体を添加すると全糖量が著しく増加することを示しており、その中から1F染色体を欠失させることでより大きい効果が得られることが明らかとなった。また糖含量の変化は主として重合度の高い糖の増加に起因するものである。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】シャロットとネギの種間雑種における単一異種染色体欠失系統(AAF−nF)の細胞分裂像(顕微鏡写真)を示す。
【図2】シャロット(AA)と異質3倍体(AAF)の外観を示す。
【図3】単一異種染色体欠失系統(AAF−nF)の各系統の外観を示す。
【図4】シャロット、異質3倍体及び単一異種染色体欠失系統のりん茎組織におけるフルクタン鎖長の分布を表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2倍体植物に異種ゲノム由来の染色体が半数添加された異質3倍体雑種子孫植物において、異種ゲノム由来の染色体が1本欠失していることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物。
【請求項2】
前記2倍体植物がユリ科植物である、請求項1に記載の単一異種染色体欠失植物。
【請求項3】
前記2倍体植物がネギ属植物である、請求項2に記載の単一異種染色体欠失植物。
【請求項4】
前記3倍体雑種子孫がネギ(Allium fistulosum)とシャロット(Allium cepa)との交雑に由来する子孫であって、前記異種ゲノムがネギ由来のゲノムであることを特徴とする、請求項3に記載の単一異種染色体欠失植物。
【請求項5】
前記欠失した染色体が、ネギ第1染色体であることを特徴とする、請求項4に記載の単一異種染色体欠失植物。
【請求項6】
前記欠失した染色体が、ネギ第4染色体であることを特徴とする、請求項4に記載の単一異種染色体欠失植物。
【請求項7】
前記欠失した染色体が、ネギ第7染色体であることを特徴とする、請求項4に記載の単一異種染色体欠失植物。
【請求項8】
前記欠失した染色体が、ネギ第8染色体であることを特徴とする、請求項4に記載の単一異種染色体欠失植物。
【請求項9】
請求項1から請求項8のうちいずれか1項に記載の単一異種染色体欠失植物に由来する、単一異種染色体欠失植物細胞。
【請求項10】
請求項9に記載の単一異種染色体欠失植物細胞を培養して得られることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物。
【請求項11】
異種間の交雑によって生じた雑種子孫(第1代)の染色体を倍加し、得られた染色体倍加子孫と最初の交雑に用いた片親種とを掛け合わせて得られた子孫(第2代)を用い、前記第2代子孫と前記片親種とを掛け合わせることを特徴とする、単一異種染色体欠失植物の作出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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