説明

含塩土壌の重金属除去方法

【課題】工業排水などから土壌中に流出した重金属を回収するには、植物に重金属を吸収させて回収するファイトレメディエーションが提案されている。しかし、従来提案されている植物は、含塩土壌中では生息することができず、海浜地帯に建設された工場群から流出した重金属の回収には適していなかった。
【解決手段】好塩性植物を利用したファイトレメディエーションによって、含塩土壌中からでも重金属が回収できる。特にアカザ科のアッケシソウは、含塩土壌中でCdなどの重金属をよく吸収する。本発明は、これらの植物を利用した含塩土壌におけるファイトレメディエーションを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩分を含む土壌中から植物を用いて重金属を除去する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
土壌や水中から重金属を回収・除去する方法として植物を利用した方法が提案されている。この方法はファイトレメディエーション(Phytoremediation)と呼ばれている。この回収方法に用いられる植物は、例えばキク科、オシロイバナ科、シソ科、マメ科、ナス科などの植物が提案されている(特許文献1参照)。
【0003】
また、重金属のうちカドミウムは、土壌のpHが酸性側にあると、土壌から溶出しやすいため、土壌のpHを4.5〜7.5に調整した上で、ファイトレメディエーションを行う方法の開示がある(特許文献2参照)。
【0004】
また、これらの植物に蓄積させた重金属の回収方法としては、焼却処分するなどの方法があるほか、アルコール発酵処理をする方法などが提案されている(特許文献3参照)。
【特許文献1】特開2000−288529号公報
【特許文献2】特開2005−279637号公報
【特許文献3】特開2006−167632号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
重金属による汚染は、工業地帯で広がっており、上記のようなファイトレメディエーションによる重金属の回収・除去は注目されている。特に、海岸線に近い場所に設けられた工業地帯では、重金属汚染は塩分リッチな土壌で広がる。
【0006】
しかし、ほとんどの植物は含塩土壌では生育ができない。すなわち、塩を含む海岸や河口付近の土壌中の重金属汚染の解消には従来提案されている植物を用いたファイトレメディエーションは使えなかった。本発明はかかる課題に鑑みて想到されたものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる課題を解決するために、本発明では、好塩分性の植物を重金属が含まれる土壌で栽培し、土壌中の重金属をその植物に吸収、蓄積させることで、土壌中の重金属を回収・除去するものである。
【0008】
そこで本発明は、アカザ科アッケシソウ、ハママツナ、シチメンソウ、オカヒジキ、ベンケイソウ科タイトゴメ、マメ科ハマエンドウから選択される1種類以上の植物を重金属の含まれる土壌に栽培し、生育した植物を回収する重金属除去方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明はアッケシソウなどの好塩分植物を用いたファイトレメディエーションを行うので、含塩土壌中の重金属を回収・除去することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明で用いることのできる植物は好塩分植物である。具体的には、アカザ科アッケシソウ、ハママツナ、シチメンソウ、オカヒジキ、ベンケイソウ科タイトゴメ、マメ科ハマエンドウのうちから選ばれる1種類以上の植物である。
【0011】
本発明で、除去回収できる重金属とは、比重が4〜5以上の金属元素をいう。具体的には、鉄(Fe)、鉛(Pb)、金(Au)、プラチナ(Pt)、銀(Ag)、銅(Cu)、クロム(Cr)、カドミウム(Cd)、水銀(Hg)、亜鉛(Zn)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)、タングステン(Tn)、錫(Sn)、ビスマス(Bi)およびこれらの化合物をいう。
【0012】
本発明で植物を栽培する方法は、上記の植物を重金属が含まれる含塩土壌に播種し栽培するだけでなく、植物を他の場所から移植することも含まれる。つまり、植物を植える方法としては、直接播種する方法や、苗床、育苗、セル苗、ポット苗、ペーパーポット苗、プラグ苗、といった形態の培地で、ある程度育成させてから、土壌に移植してもよい。なお、予めこれらの培地で育てる場合は、培地自体に塩分を含有させておくのがよい。
【0013】
本発明で重金属を回収・除去できる土壌は、砂土、砂壌土、壌土、埴壌土、埴土など特に限定はない。しかし、栽培する植物に適した土壌の特性として、排水性、保水性、養分保持力の観点から、砂壌土、壌土、埴壌土、埴土であれば好ましい。
【0014】
また、本発明で用いる植物は好塩分性を有するので、土壌はある程度塩分を有するのがよい。具体的には、土壌溶液中に0.1Mから0.5Mの塩化ナトリウムが含まれているのが好ましい。
【0015】
また、本発明で用いる植物を重金属の含まれる土壌中で栽培するために、土壌に対して土壌改良施用資材若しくは肥料等を用いてもよい。このような施用資材は、アンモニウム、カリウム、リン酸、カルシウム、マグネシウム、ナトリウムの水溶塩を用いることができる。
【0016】
本発明の植物は、土壌に植えてから、適当な期間生育させてから回収する。これらの植物は、1年草であるので、長くても数ヶ月の生育で回収するのが好ましい。生育に伴い蓄積量は増えるが、蓄積量は飽和する場合もあるからである。より好ましくは1ヶ月から2ヶ月の期間の栽培が好ましい。
【0017】
本発明の植物の回収は、地上部分を回収すればよいが、地下茎も一緒に回収してもよい。地下茎にも重金属は蓄積されるからである。
【実施例】
【0018】
本実施例で用いたのは、アカザ科(Chenopodiaceae)アッケシソウ属アッケシソウ(Salicornia europaea)である。アッケシソウはアッケシソウ属の一年草であり、赤く群生することからサンゴ草とも呼ばれる。アッケシソウは、液胞内に高濃度のアルカリおよびアルカリ土金属イオンを蓄積することによって、高塩環境に適応している塩生植物である。
【0019】
アッケシソウは野生のものを採取し、人工的な環境で育成させたものを用いた。育成したアッケシソウから得られた種子は、10%さらし粉溶液に8分間つけて滅菌処理をしてから使用した。
【0020】
アッケシソウの栽培には修飾したムラシゲ−スクーグ(Murashige−Skoog)固形培地(以下MS培地)を用いた。表1には、オリジナルのMS培地の組成を示す。
【表1】

【0021】
表1で示したオリジナルのMS培地は、アッケシソウの育成には培地の窒素成分が濃すぎるため、MS培地中の窒素分はさらに1/10にする。結果、本実施例で用いる修飾されたMS培地(MS−6N培地と呼ぶ)の組成は表2のようになる。
【表2】

【0022】
これらの成分に、さらに塩化ナトリウムと重金属を加えたのち、寒天若しくはゲランガムで固形化して培地を用意した。寒天を使うかゲランガムを使うかは、添加する重金属の種類によって適宜変える。重金属の種類によって、寒天では固形化しない場合があるからである。なお、寒天を用いる場合は全量の1重量%、ゲランガムの場合は0.3重量%を加えて固形化した。なお、重金属や塩化ナトリウムの添加量はサンプルによって適宜変更した。
【0023】
このMS−6N培地に滅菌処理を行ったアッケシソウの種子を播種し、播種6日目に正常に発芽した個体だけを実験に用いた。「個体」とは、1つの種子由来の植物を言う。ここで植物とは、もちろんアッケシソウである。播種しても発芽しない個体もあり、環境の影響で発芽しなかったのか、最初から発芽できなかったのか、区別できないからである。
【0024】
発芽した個体は、さまざまな条件の培地に移植し、人工気象器内で無菌的に栽培した。ここで無菌的とは、滅菌処理をしたアッケシソウの種子を、滅菌処理をした容器を用いて、雑菌が入らないように栽培することを意味する。
【0025】
人工気象器は、温度が一定(26℃)に保たれ、16時間の照明と8時間の暗室が繰り返される環境を作り出す。
【0026】
一定期間育成させたアッケシソウは、地上部を回収し、生重量、乾物重量、および金属含量を測定した。金属含量は、110℃で6時間乾燥させた乾物試料を酸で分解したのち、原子吸光分析で定量した。分析には、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分光分析を用いてもよい。
【0027】
図1には、MS−6N培地に重金属を添加した培地に播種6日目の個体を移植し、28日間育成させた場合の生重量を示す。縦軸は生重量(mg)であり、横軸は添加金属量(mM)である。重金属の種類は9種類で、水銀(Hg)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、鉛(Pb)、コバルト(Co)、カドミウム(Cd)、亜鉛(Zn)、マンガン(Mn)である。
【0028】
添加されたほとんどの重金属について、添加量が増加することによって、生重量が減少する。これは、重金属の存在によってアッケシソウの育成が抑制されることを示している。
【0029】
重金属の種類によってアッケシソウの育成に違いが生じており、水銀(Hg)は、非常にわずかな量(0.004から0.0006(mM))で、アッケシソウは枯れてしまった。図1の符号10のラインは、アッケシソウが枯れてしまったことを示す。
【0030】
一方、ニッケル、鉛、クロム、コバルト、カドミウム、亜鉛、マンガンといった金属は、0.数mMから数mMまで添加されていても育成は可能である。以後カドミウムにつて実施例を示すので、カドミウムについては太線で示した。
【0031】
図2は、カドミウムを培地に添加した場合によるアッケシソウの育成状態を示す。カドミウムを含まないMS−6N培地に播種し、播種6日目に発芽した個体だけを、塩化カドミウム(CdCl2)を添加したMS−6N培地に移植し、26日間育成した。
【0032】
図2において、左縦軸は生重量(mg)であり、右縦軸は回収後のカドミウム含有量(mg/gd.w.)であり、横軸はカドミウムの添加量(mM)である。カドミウム含有量は、乾物試料1g中のカドミウム含有量(mg)の意味である。グラフ中のプロット点はそれぞれの条件下で、8つの個体の平均値であり、上下のラインは標準誤差を表す。なお、黒四角のプロット点は生重量を、白丸のプロット点はカドミウム含有量を示す。
【0033】
培地中のカドミウムの添加量が増えるに従って、生重量は減少してゆく。これは図1の結果を示している。一方、それぞれの個体のカドミウムの含有量は、培地のカドミウム量が増加するに従って増加し、1mM以上含有する培地で育成させても、アッケシソウに蓄積するカドミウムの量はあまり変化せず飽和傾向を示す。
【0034】
培地に含有されるカドミウムが1mMというのは、100mg/kgに相当する。カドミウムに汚染されていないとされる場合のカドミウム存在量の上限が、0.34〜0.44mg/kgとされているので、1mMという量は、大変汚染された状況であるといえる。すなわち、アッケシソウはそのような劣悪な環境でも育成し、カドミウムを回収することができる。
【0035】
図3に、塩化カドミウムを1mM添加した培地中でのアッケシソウの育成状況を示す。図2の場合同様、MS−6N培地に播種し、6日目に発芽した個体だけを、MS−6N培地に塩化カドミウムを1mM添加した培地に移植した。
【0036】
左縦軸は生重量(mg)、右縦軸はカドミウムの含有量(mg/gd.w.)、横軸は播種後の経過日を示す。それぞれのプロット点は8個体の平均値であり、上下のラインが標準誤差を示すのは図2の場合と同じである。
【0037】
なお、白丸のプロット点はカドミウム含有量を示し、四角のプロット点は生重量を示す。また、生重量は塩化カドミウムを添加していないMS−6N培地で育成した場合を白四角のプロット点で示し、塩化カドミウムを含むMS−6N培地で育成した場合を黒四角のプロット点で表した。カドミウムを含まない場合は、比較のために示した。
【0038】
塩化カドミウムが存在する培地で育成された場合と、塩化カドミウムがない培地で育成された場合の生重量は、播種後40日まではほとんど変わらない。すなわち、アッケシソウでは、カドミウムが1mM存在する培地でも、カドミウムがない状態と同じように育成することができることを示している。
【0039】
一方、カドミウムの含有量は28日で、ほぼ飽和する。これは乾物試料1g中のカドミウムの量であるので、アッケシソウ中のカドミウムの存在密度に相当する。つまり、アッケシソウは、乾物試料1g中に1乃至1.5mgのカドミウムを保持することが出来ることを示している。
【0040】
乾燥試料1g中のカドミウムの密度は飽和するが、回収できるカドミウムの全量は、個体が育成するに従って増える。
【0041】
図4に、培地中の塩の量とアッケシソウの育成状態、およびカドミウムの吸収量の関係を示す。左縦軸は生重量(mg)、右縦軸はカドミウムの含有量(mg/gd.w.)、横軸は塩化ナトリウムの添加量(M)を示す。それぞれの培地には、塩化カドミウムが1mM含まれており、28日間育成させた結果である。なお、黒四角のプロット点は生重量を、白丸のプロット点はカドミウム含有量を示す。
【0042】
塩化ナトリウムの量が0.3Mまでは、塩化ナトリウムが増加するに従って生重量が増加する。これは、アッケシソウが好塩性の植物であるからである。なお、海水の塩分濃度は0.3から0.4Mである。通常の植物の場合は、0.1M程度の塩分濃度で枯れてしまう。
【0043】
一方、カドミウムの含有量は塩分濃度が増えるに従って、減少する。つまり、アッケシソウがよく育成するに従って、個体内のカドミウム濃度が減少する。しかし、カドミウムの全回収量は、アッケシソウの全重量と個体内のカドミウム濃度の積を考えればよい。例えば、図4より塩化ナトリウムが0Mの時のアッケシソウの生重量は10mgで、カドミウムの含有量は1.6(mg/gd.w.)である。乾燥によってアッケシソウの重量が1/2になると仮定すると、1つの個体から回収できるカドミウムの量は、10mg×1/2×1.6/1000で算出でき、8/1000(mg)である。
【0044】
一方、塩化ナトリウムが0.3Mの場合のアッケシソウの生重量は70mgであり、カドミウムの含有量は0.8(mg/gd.w.)であるので、28/1000(mg)のカドミウムを回収することができる。
【0045】
つまり、乾燥試料の単位重量あたりのカドミウムの含有量は、培地中の塩化ナトリウムが増加するに従って減少するが、塩化ナトリウムの増加によって、アッケシソウの育成がよくなるので、塩分の無い土壌中より、含塩分の土壌中で、より多くのカドミウムを回収することができる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、好塩性の植物をファイトレメディエーションに利用するので、含塩土壌中の重金属を回収や、土壌の改質に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】MS−6N培地に重金属を添加した培地に播種6日目の個体を移植し、28日間育成させた場合の生重量を示す図である。
【図2】カドミウムを培地に添加した場合によるアッケシソウの育成状態を示す図である。
【図3】カドミウムが1mM添加された培地中でのアッケシソウの育成状況を示す図である。
【図4】培地中の塩の量とアッケシソウの育成状態、およびカドミウムの吸収量の関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重金属を含む含塩土壌で植物を栽培する工程と、
前記含塩土壌から前記植物を取り除く工程を含む含塩土壌中の重金属除去方法。
【請求項2】
前記植物はアカザ科アッケシソウ、ハママツナ、シチメンソウ、オカヒジキ、ベンケイソウ科タイトゴメ、マメ科ハマエンドウから選択される1種類以上の植物である請求項1に記載された重金属除去方法。
【請求項3】
前記重金属が、カドミウムである請求項1又は2に記載された重金属除去方法。
【請求項4】
前記植物を栽培する工程は、
前記植物を予め重金属を含まない含塩培地に播種する工程と、
前記含塩培地で発芽した個体を前記重金属を含む含塩土壌に移植する工程を含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の含塩土壌中の重金属除去方法。
【請求項5】
前記重金属を含まない含塩培地の塩分濃度は、前記重金属を含む含塩土壌に含まれる塩分濃度と異なっていてもよい請求項4記載の含塩土壌中の重金属除去方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−289954(P2008−289954A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−135267(P2007−135267)
【出願日】平成19年5月22日(2007.5.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年3月28日〜30日 日本植物生理学会主催の「第48回日本植物生理学会年会」において文書をもって発表
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】