説明

含硫アミノ酸残基が酸化された酸化型ポリペプチドの製造方法

【課題】含硫アミノ酸残基が酸化された酸化型ポリペプチドの製造方法を提供する
【解決手段】システインおよびメチオニンからなる群から選ばれる含硫アミノ酸を含むポリペプチドを酸化して、システインスルホン酸もしくはその塩およびメチオニンスルフォキサイドからなる群から選ばれる少なくとも1個の酸化型含硫アミノ酸を含む酸化型ポリ
ペプチドを生産する方法であって、前記ポリペプチドをコードする遺伝子を導入した形質転換宿主の培養物を酸化剤で処理し、酸化型ポリペプチドを回収することを特徴とする、酸化型ポリペプチドの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含硫アミノ酸残基が酸化された酸化型ポリペプチドの製造方法に関し、詳しくは、ヒトDJ-1における106位に対応するシステイン残基がシステインスルホン酸に酸化
されたDJ-1またはその改変体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
DJ-1はNIH3T3細胞を形質転換させる癌遺伝子として発見された(非特許文献1)。
【0003】
また、パーキンソン病の原因遺伝子としてPARK7が同定され、該遺伝子がDJ-1の点突然
変異(166番目のロイシンがプロリンに変異)産物と同一であることが判明した(非特許
文献2)。
【0004】
さらに、DJ-1は過酸化水素、パラコートによる酸化ストレスで二次元電気泳動上のスポットがシフトし、スポットの位置の変化からシステインの酸化によることが示唆されている(非特許文献3)。
【0005】
さらに、非特許文献4は、DJ-1のX-線結晶構造解析に関する論文であり、パーキンソン病に関わるL166P変異の導入により二量体構造に変化が起こること、X線照射により106番
目のシステインが酸化されてスルフィン酸(SO2H)になることを示唆している。また
、特許文献1は、106位のシステイン残基がシステインするフィン酸またはシステインス
ルホン酸に酸化された酸化型ヒトDJ-1を開示する。
【特許文献1】WO2005/75513
【非特許文献1】Nagakubo D, TairaT, Kitaura H, Ikeda M, TamaiK, Iguchi-Ariga SM, ArigaH.J-1, a novel oncogene which transforms mouse NIH3T3 cells in cooperation with ras.Biochem Biophys Res Commun. (1997) 231, 509-13
【非特許文献2】Bonifati V, RizzuP, van Baren MJ, Schaap O, Breedveld GJ, Krieger E, DekkerMC, Squitieri F, Ibanez P, JoosseM, van Dongen JW, VanacoreN, van Swieten JC, Brice A, MecoG, van Duijn CM, Oostra BA, Heutink P. Mutations in the DJ-1 gene associated with autosomal recessive early-onset parkinsonism. Science. (2003) 299, 256-9.
【非特許文献3】Mitsumoto A, Nakagawa Y, Takeuchi A, Okawa K, Iwamatsu A, Takanezawa Y.Oxidized forms of peroxiredoxinsand DJ-1 on two-dimensional gels increased in response to sublethallevels of paraquat. Free RadicRes. (2001) 35, 301-10.
【非特許文献4】Wilson MA, Collins JL, Hod Y, Ringe D, Petsko GA. The 1.1-A resolution crystal structure of DJ-1, the protein mutated in autosomal recessive early onset Parkinson's disease. Proc Natl Acad SciU S A. (2003) 100, 9256-61.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、含硫アミノ酸残基が酸化された酸化型ポリペプチドの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、酸化型ポリペプチドの一例として酸化型DJ-1を得るために、まずヒト組換えDJ-1を精製し、これに過酸化水素を加えて106位のシステイン残基を酸化する方法を試
みた。ところが、この方法では、106位のシステイン残基が酸化されたDJ-1はほとんど得
られなかった。
【0008】
そこで、DJ-1の106位システイン残基のシステインスルホン酸への酸化条件について種
々検討した結果、意外にも組換えDJ-1を有する宿主を培養した培養物を酸化剤で処理することにより、106位のシステイン残基が酸化されたDJ-1が容易に得られることを見出した
。そしてこの方法は、DJ-1に限らず、システインまたはメチオニンを有するポリペプチドにおいて同様に適用可能であり、酸化型ポリペプチドが収率よく得られることを見出した。
【0009】
即ち、本発明は、以下の酸化型ポリペプチドの製造方法に関する。
1. システインおよびメチオニンからなる群から選ばれる含硫アミノ酸を含むポリペプチドを酸化して、システインスルホン酸もしくはその塩およびメチオニンスルフォキサイドからなる群から選ばれる少なくとも1個の酸化型含硫アミノ酸を含む酸化型ポリペプチ
ドを生産する方法であって、前記ポリペプチドをコードする遺伝子を導入した形質転換宿主の培養物を酸化剤で処理し、酸化型ポリペプチドを回収することを特徴とする、酸化型ポリペプチドの製造方法。
2. 含硫アミノ酸を含むポリペプチドがDJ-1又はその改変体であり、酸化型ポリペプチドがDJ-1の106位に対応するシステイン残基がシステインスルホン酸残基に酸化された酸
化型DJ-1又はその改変体である、項1に記載の方法。
3. 酸化剤が過酸化水素である項1または2に記載の方法。
4. DJ-1がヒトDJ-1である、項2に記載の方法。
5. 形質転換宿主が、前記ポリペプチドをコードするDNAを保有する発現ベクターで形質転換された大腸菌である、項1〜4のいずれかに記載の方法。
6. 酸化剤の濃度が0.5〜500mMであることを特徴とする、項1〜5のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
酸化ストレス下において、酸化される蛋白質として、DJ-1やペルオキシレドキシンなどが知られているが、これまで酸化型蛋白質に対するモノクローナル抗体は得られていない。ペルオキシレドキシンに対しては、酸化型蛋白質に反応するポリクローナル抗体が得られているが、特異性が低く、また反応性はあまり良くない。従来、酸化される部位のペプチドを合成し、それを免疫原として用いるのが従来法である。しかしながら、ペプチドに反応する抗体は得られるが、実際存在するインタクトの蛋白質への反応性が低下する場合がほとんどである。実際、酸化型DJ-1に対する抗体を作成する場合、酸化型ペプチドを合成して検討したが、ペプチドに反応する抗体は得られたが、インタクトの蛋白質に反応する抗体は得られない。
【0011】
酸化型ポリペプチドは、生体内で生成されている可能性が十分にあり、本発明の方法により、酸化型ポリペプチドの標品、あるいは該酸化型ポリペプチドに対する抗体を容易に調製することができる。酸化型ポリペプチドは、生体内での酸化ストレスの指標となり得る。
【0012】
例えば酸化型DJ-1は、パーキンソン病やアルツハイマー病、動脈硬化などの酸化ストレスが関連する疾患のマーカーになることが知られており、酸化型DJ-1に対する抗体を作製するための抗原として有用である。
【0013】
本発明の方法により得られた酸化型ポリペプチドを用いれば、生体内で産生される酸化型蛋白質を同定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明において、含硫アミノ酸を含むポリペプチドとしては、遊離のSH基を有するシステイン残基、メチオニン残基を1残基以上含むポリペプチドが広く例示され、特に限定されないが、例えばDJ-1、ペルオキシレドキシン6などのペルオキシレドキシン、酵素、ホルモン、受容体、リガンドなどの各種生理活性ポリペプチドが挙げられる。該ポリペプチドは、天然型であってもよく、酸化される可能性がある含硫アミノ酸以外の1又は複数
のアミノ酸が置換、付加、欠失、挿入された改変体であってもよい。
【0015】
ポリペプチドは、哺乳動物由来のものが使用される。哺乳動物としては、ヒト、サル、ウシ、ウマ、ヒツジ、イヌ、ラット、マウス、ウサギなどが挙げられ、好ましくはヒトである。
【0016】
酸化型のメチオニンスルフォキサイドとシステインスルホン酸の構造を以下に示す。
【0017】
【化1】

【0018】
システインスルホン酸残基の塩としては、スルホン酸のアルカリ金属(Na,K,Liなど)塩、アルカリ土類金属(Ca,Mg,Baなど)塩などが例示されるが、これらに限定されない。
【0019】
ポリペプチドが含硫アミノ酸を2残基以上含む場合には、酸化されやすい含硫アミノ酸
残基から酸化することができ、1残基のみを酸化することも可能であり、2残基以上を酸化することも可能であり、酸化される残基の数は酸化の条件(酸化剤の種類、使用量、反応
時間、pHなど)に応じて変えることができる。
【0020】
本発明で使用する酸化剤としては、過酸化水素、クメンヒドロペルオキシドなどの過酸化物、アゾ系ラジカル開始剤、パラコート、クロラミンなどが挙げられ、好ましくは過酸化水素が使用される。
【0021】
本発明では、ポリペプチドをコードするDNAを発現可能に組み込んだ発現ベクターを用いて宿主を形質転換し、該形質転換体を培地中で培養し、得られた培養物に酸化剤を作用させることにより、目的とする酸化型DJ-1またはその誘導体を得ることができる。酸化剤は、形質転換体の培養の開始時あるいは培養の途中で加えてもよいが、好ましくは培養終了後に酸化剤を作用させる。培養物に対し直接酸化剤を加えてもよく、培養物を遠心分離し、宿主を分離して培養液を除き、得られた宿主に酸化剤を適用することもできる。
【0022】
培養物ないし宿主に添加される酸化剤の濃度としては、ポリペプチドの含硫アミノ酸が酸化される限りにおいて特に限定されないが、例えば酸化剤が過酸化水素の場合には、0.5〜500mM程度、好ましくは0.5〜50mM程度である。処理時間は、1〜24時間程度が
例示される。
【0023】
組換えポリペプチドの調製のために使用可能な宿主としては、大腸菌、枯草菌、酵母などの微生物、ヒト細胞などの哺乳類細胞、昆虫細胞、植物細胞などが挙げられ、好ましくは大腸菌が挙げられる。例えば宿主として大腸菌を使用する場合、ポリペプチドは大腸菌の菌体内に発現、蓄積される。
【0024】
理論により拘束されることを望むものではないが、遺伝子組換えにより宿主で発現されたポリペプチドは、菌体外で精製後に酸化処理されると酸化物が得られないか、あるいは副生成物や分解物が生成して収率が大きく低下することから、細胞内の何らかの因子が酸化に必要と本発明者は考えている。従って、ポリペプチドは分泌蛋白としてではなく、細胞内に発現させる。また、宿主内に組換え蛋白質が発現された状態で酸化処理することにより、天然のポリペプチドと同じ含硫アミノ酸が酸化された酸化型ポリペプチドを得ることができる。
【0025】
酸化剤を加えて処理した後は、菌体の破砕、濾過、ゲル濾過、遠心分離、クロマトグラフィー、電気泳動、アフィニティクロマトグラフィーなどの常法に従い目的とする酸化型ポリペプチドを得ることができる。
【0026】
以下、含硫アミノ酸を含むポリペプチドとしてヒトDJ-1を例に取り説明するが、DJ-1以外のポリペプチドについてもDJ-1と同様にして酸化型ポリペプチドを得ることができる。
【0027】
ヒトのDJ-1のアミノ酸配列を配列番号1に示し、DNA配列を配列番号2に示す。
【0028】
酸化型ヒトDJ-1は、少なくとも106位のシステイン残基が酸化されたものであり、さら
に46位もしくは53位のシステイン残基が酸化されていてもよい。ヒト以外の哺乳動物由来のDJ-1の場合には、ヒトDJ-1の106位に対応するシステイン残基がシステインスルホン酸
に酸化されたものを酸化型DJ-1またはその改変体という。ヒトDJ-1の106位に対応するシ
ステイン残基がシステインスルホン酸に酸化されている限り、他のアミノ酸残基がさらに酸化されていてもよい。
【0029】
本発明のDJ-1改変体は、酸化型DJ-1に対する抗体により酸化型DJ-1改変体が認識されるような改変が行われたものであり、106位のシステインは、改変されず、他のアミノ酸が
、抗体により認識される立体構造を保持するように置換、付加、欠失または挿入されていてもよい。例えばDJ-1改変体は、46位及び/または53位のシステイン残基が他のアミノ酸(例えばSer)に置換されていてもよい。
【0030】
DJ-1は、酸化ストレスにより、その106位のシステイン残基がシステインスルホン酸に
酸化されて、酸化型のDJ-1誘導体となる。このDJ-1の酸化は生理的条件下で生じているものである。
【0031】
本発明により得られた酸化型DJ-1またはその改変体は、例えば酸化型DJ-1を認識する抗体(モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体)、特にモノクローナル抗体の産生に好ましく使用可能である。例えば106位のシステイン残基の周辺のペプチドを作製し、該ペプチ
ドの106位に対応するシステイン残基をシステインスルホン酸に酸化し、これを動物に投
与するなどの常法に従い該酸化型ペプチドを認識する抗体を得ることはできるが、該抗体はヒト生体内の酸化ストレスにより産生される酸化型DJ-1を十分に認識することはできない。一方、本発明の方法により得られた酸化型ヒトDJ-1またはその改変体を使用すれば、酸化型ヒトDJ-1を認識する抗体を容易に得ることができる。また、得られた抗体の酸化型DJ-1に対する特異性を評価する際にも、本発明の酸化型DJ-1またはその改変体を好ましく使用することができる。これにより、酸化型DJ-1抗体を使用したELISAキット、パーキン
ソン病やアルツハイマー病、動脈硬化など酸化ストレスが関連する疾患の診断薬を開発することが可能になる。
【0032】
さらに、酸化型DJ-1は生体内で酸化ストレスのシグナルを伝達する役目を有する可能性があり、本発明で得られた酸化型DJ-1またはその改変体、特にヒトDJ-1の106位のシステ
イン残基が選択的にシステインスルホン酸に酸化された酸化型ヒトDJ-1は、酸化ストレスに関連する疾患、特にパーキンソン病やアルツハイマー病、動脈硬化などの治療薬として有用である可能性がある。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例には限定されない。
材料と方法
細胞:ヒトDJ-1(ヒスチジンタグを付けたnativeまたはCys46とCys53をSerに変えたダブ
ルミュータント)をコードするプラスミドをトランスフェクトした大腸菌を使用した。大腸菌の培養には、LB培地を用いた。
実験方法:以下のプロトコールに従い、酸化型DJ-1を作製した。
ヒトDJ-1をトランスフェクトした大腸菌(蛋白量70μg/ml)に、0〜500mM過酸化水素を加え、37℃、15分間反応した。反応後、酸化剤処理した大腸菌を可溶化し、Ni-NTAカラムに添加した。カラムを洗浄後、イミダゾールで溶出し、溶出画分に含まれる蛋白質をSDS-PAGEで分離した。分離した蛋白質をゲルから切り出し、トリプシンを用いたゲル内消化によりペプチド断片とした。このペプチド混合物をナノスプレーイオン化LC-MS/MSシステムに導入し、Cys106を含むペプチドを同定・定量した。
実施例1
Cys46とCys53をSerに変えたダブルミュータントヒトDJ-1を発現した大腸菌を、0または500 mM過酸化水素で処理し、上記のプロトコールに従い精製した(図1)。認められた主要なバンドを切り出し、Cys106を含むペプチドを同定・定量した(図2)。500 mM過酸化水素処理により、Cys106が高度に酸化されていることがわかった。
実施例2
native DJ-1を発現した大腸菌に、0、50、500 mMの過酸化水素を加えて反応後、同様のプロトコールで、精製した。酸化型DJ-1に相当するバンドを切り出し、LC-MS/MS解析を行って、各Cysを含むペプチドを同定・定量した(図3)。Cys106は、50 mM過酸化水素でもCys106が高度に酸化されていることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】酸化型DJ-1の作製および精製
【図2】酸化型DJ-1(ダブルミュータント)のLC-MS/MS解析結果
【図3】酸化型DJ-1(native)のLC-MS/MS解析結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
システインおよびメチオニンからなる群から選ばれる含硫アミノ酸を含むポリペプチドを酸化して、システインスルホン酸もしくはその塩およびメチオニンスルフォキサイドからなる群から選ばれる少なくとも1個の酸化型含硫アミノ酸を含む酸化型ポリペプチドを生
産する方法であって、前記ポリペプチドをコードする遺伝子を導入した形質転換宿主の培養物を酸化剤で処理し、酸化型ポリペプチドを回収することを特徴とする、酸化型ポリペプチドの製造方法。
【請求項2】
含硫アミノ酸を含むポリペプチドがDJ-1又はその改変体であり、酸化型ポリペプチドがDJ-1の106位に対応するシステイン残基がシステインスルホン酸残基に酸化された酸化型DJ-1又はその改変体である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
酸化剤が過酸化水素である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
DJ-1がヒトDJ-1である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
形質転換宿主が、前記ポリペプチドをコードするDNAを保有する発現ベクターで形質転換された大腸菌である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
酸化剤の濃度が0.5〜500mMであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−319084(P2007−319084A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−153039(P2006−153039)
【出願日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】