説明

周波数計測装置、並びに同装置を備えるニオイセンサー及び電子機器

【課題】検出対象の媒体に含まれる水分子の揺らぎを緩和させ、検出対象媒体に含まれるニオイ物質の検出精度を向上させた周波数計測装置を提供すること。
【解決手段】本発明の一態様の周波数計測装置は、吸着膜を備えた振動子200と、振動子200に接続され発振信号211を出力する発振回路210と、発振信号211の周波数を計測可能に構成された周波数計測器220と、振動子200が配置された流路100と、流路100を流通する気体に含まれる水分子を吸着する水蒸気バッファ111と、を備えて構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸着膜を備えた振動子及びこの振動子に接続された発振回路を備える周波数計測装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
共振状態にある水晶振動子の表面に周辺媒体に含まれる物質が付着すると、その付着物質に応じて共振周波数が変化する現象がある。この現象を利用した技術はQCM(Quarts Crystal Microbalance)と呼ばれ、周辺媒体に含まれる分子の存在やその量を検出するセンサーとして、用いられている。QCMの応用例として、振動子の表面に特定の分子を選択的に吸着する吸着膜を形成したニオイセンサーが挙げられる。また、DNAのハイブリダイゼーションを利用したバイオセンサー、ガスセンサーなどとしても応用が検討されている。以下の説明では、主にニオイセンサーを例に挙げて説明する。
【0003】
一般に、QCMデバイスにはATカット型の水晶振動子が用いられる。ATカットとは水晶結晶軸に対しある特定の方位でカットした基板のことで、室温近傍で温度係数変化が極小になり温度安定性に優れるためQCMデバイスに限らず広く用いられる。
【0004】
ATカット水晶振動子は、基板表裏に形成した励振電極間に電圧を印加すると表面と裏面が互い違いにスライドするいわゆる厚みすべり振動モードで動作する。その共振周波数f0は表裏の電極に挟まれた部位の水晶板厚に反比例し、一般に次のような関係がある。
0(MHz)=1670/水晶板厚(μm)
【0005】
そして、このATカット水晶振動子を用いたQCMデバイスの吸着物質量ΔMと周波数変化量Δfの関係は次のSauerbreyの式で表されることが知られている。
【0006】
【数1】

ここで、f0:振動子の共振周波数、ρ:水晶の密度、μ:水晶のせん断弾性定数、A:有効振動面積(略電極面積)である。上式より、水晶振動子の共振周波数f0を高めることにより、感度すなわち吸着物質量ΔMあたりの周波数変化量Δfを高められることがわかる。
【0007】
ところで、QCMデバイスを用いたニオイセンサーは、例えば特開昭63−222248号公報(特許文献1)などに開示されている。この特許文献1の実施例6に開示された技術では、ATカット水晶振動子1の電極2上に吸着膜としてジアルキルアンモニウム塩とポリスチレンスルホン酸からなる二分子膜フィルムを形成した素子(図6)を用いて、空気に飽和したニオイ物質βヨノンの存在を、振動数の変化として検出(図9)している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭63−222248号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のようなQCM方式のニオイセンサーを通常の大気環境で使用する場合、ニオイ物質を暴露する前の水晶振動子に接続された発振回路から出力される信号の周波数をベースライン(基準となるオフセット)とし、この周波数とニオイ物質を暴露した後の信号の周波数との差を周波数変化量Δfとして、ニオイ物質の存在を検知する。水晶振動子が備える吸着膜は、検出対象のニオイ分子に対するある程度の選択的吸着性を有するが、対象のニオイ分子のみを吸着し他の分子を全く吸着しない排他的な吸着膜は未だ発見されていない。そのため、吸着膜を備える水晶振動子は、暴露されている周辺媒体(周辺気体)の分子濃度に時間的揺らぎが生じれば、共振周波数が揺らぐことになる。この共振周波数の揺らぎは、吸着膜へのニオイ分子の吸着によって生じる周波数変化量Δfに重畳されて検出されるため、ノイズとして作用する。これにより、正確な周波数変化量Δfを求めることが困難となり、ニオイ物質の検出精度を低下させる。
【0010】
通常の大気環境において存在する気体分子の中でもっと深刻なノイズの原因となるのは水蒸気(水分子)である。例えば、気温25℃、相対湿度30%の大気の場合、大気中に含まれる水分子の濃度は8600ppmになる一方、検出対象のニオイ分子の濃度はppb〜ppmレベルであり、検出対象のニオイ分子が水分子の1万分の1以下しか含まれない場合がある。このため、たとえ水分子を吸着しづらい吸着膜を用いたとしても、水分子とニオイ分子との圧倒的な濃度差のため、水分子の濃度が揺らぐと、発振回路から出力される信号に対する影響は深刻なものとなる。
【0011】
そこで、本発明の一形態では、検出対象の媒体に含まれる水分子の濃度の揺らぎを緩和させ、検出対象媒体に含まれるニオイ物質の検出精度を向上させた周波数計測装置を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる課題を解決するために、本発明の一態様の周波数計測装置は、吸着膜を備えた振動子と、前記振動子に接続され発振信号を出力する発振回路と、前記発振信号の周波数を計測可能に構成された周波数計測器と、前記振動子が配置された流路と、前記流路を流通する気体に含まれる水分子を吸着する水蒸気バッファと、を備えて構成される。
【0013】
かかる構成によれば、水蒸気バッファが流路を流通する気体の水分子を吸着することによって、この気体に含まれる水分子濃度の時間的な揺らぎを緩和させることができる。これにより、水分子に起因して発振回路から出力される発振信号の周波数が揺らぐことを防止することができ、検出対象気体に含まれるニオイ物質の検出精度を向上させることが可能となる。
【0014】
また、本発明の一態様の周波数計測装置は、前記流路に前記気体を流入させる流入路と、前記流路から前記気体を流出させる流出路と、をさらに備え、前記水蒸気バッファが前記流入路に配置されている、ことを特徴としている。
【0015】
かかる構成によれば、検出対象気体に含まれる水分子を、この気体が流路に流入する前に水蒸気バッファによって吸着させることができ、検出対象気体に含まれる水分子濃度の揺らぎをより効果的に緩和させることができる。
【0016】
また、本発明の一態様の周波数計測装置は、前記水蒸気バッファが、前記流入路を部分的に遮蔽するよう配置された吸水性材料を含んで構成されることを特徴としている。
【0017】
かかる構成によれば、検出対象気体に含まれる水分子を水蒸気バッファによってより効果的に吸着させることが可能となる。
【0018】
また、本発明の一態様の周波数計測装置は、前記水蒸気バッファが、前記流入路の内側面の少なくとも一部に配置された吸水性材料を含んで構成されることを特徴としている。
【0019】
かかる構成によれば、流路に流入する気体の流速を下げることなく、検出対象気体に含まれる水分子を水蒸気バッファによって吸着させることができる。これによって、流入路を部分的に遮蔽するよう配置された吸水性材料を含む水蒸気バッファを備える構成と比較して、より短時間に検出対象媒体に含まれる物質の特定を行うことが可能となる。また、簡易な構成を用いて、水蒸気バッファを備える周波数計測装置を提供することができる。
【0020】
また、本発明の一態様の周波数計測装置は、前記水蒸気バッファが、前記流路の内側面の少なくとも一部に配置された吸水性材料により構成されることを特徴としている。
【0021】
かかる構成において、上記水蒸気バッファのみを用いる場合は、流路に流入する気体の流速を下げることがないため、検出対象気体に含まれる水分子を水蒸気バッファによって吸着させつつ、より短時間で検出対象媒体に含まれる物質の特定を行うことが可能となる。一方、流入路に配置された水蒸気バッファに加えて本構成を備える場合には、水蒸気バッファがより効果的に検出対象気体に含まれる水分子を吸着することが可能となる。
【0022】
また、前記吸水性材料は、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリスチレンスルホン酸、ポリマレイン酸、ヒドロキシエチルセルロース、親水性ウレタン、キチン、キトサン、ポリケイ酸ナトリウム、及びアルミナからなる群から選択される少なくとも1つを含む構成とすることができる。
【0023】
かかる構成によれば、水分子の吸着性に優れた水溶性ポリマーを備える水蒸気バッファを備える周波数計測装置を提供することができる。
【0024】
また、前記吸水性材料は、シリカゲル及びアルミナビーズの少なくとも1つを含む構成とすることができる。
【0025】
かかる構成によれば、水分子の吸着性に優れた親水性無機物を含む水蒸気バッファを備える周波数計測装置を提供することができる。
【0026】
また、前記吸水性材料は、溶解度パラメーターが12以上のポリマーを含む構成とすることができる。
【0027】
かかる構成によれば、経験的に、検出対象気体に含まれる水分子を十分に吸着可能な材料を含む水蒸気バッファを備える周波数計測装置を提供することができる。
【0028】
また、本発明の一態様は、上記いずれかの周波数測定装置を備えるニオイセンサーを含む。
【0029】
さらに、本発明の一形態は、上記いずれかの周波数測定装置を備える電子機器を含む。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施形態1の周波数計測装置の構成例を示す図。
【図2】比較例の周波数計測装置の構成例を示す図。
【図3】比較例の周波数計測装置で計測した際の周波数の時間変化を示す図。
【図4】実施形態1の周波数計測装置で計測した際の周波数の時間変化を示す図。
【図5】変形例の周波数計測装置で計測した際の周波数の時間変化を示す図。
【図6】検出対象気体においてスパイク状の水蒸気濃度変化が単発で発生したときの検出対象気体に含まれる水蒸気濃度の時間変化を示す図。
【図7】検出対象気体においてスパイク状の水蒸気濃度変化が複数連続で発生したときの検出対象気体に含まれる水蒸気濃度の時間変化を示す図。
【図8】実施形態2の周波数計測装置の構成例を示す図。
【図9】実施形態3の周波数計測装置の構成例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明に係る実施形態について、以下の構成に従って、図面を参照しながら具体的に説明する。ただし、以下で説明する実施形態はあくまで本発明の一例に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものではない。なお、各図面において、同一の部品には同一の符号を付しており、その説明を省略する場合がある。
1.定義
2.実施形態1
(1)周波数計測装置の構成
(2)周波数計測装置の動作
(3)変形例
(4)比較例
(5)周波数計測を行った際の結果
(6)水蒸気バッファの作用
3.実施形態2
4.実施形態3
5.本発明の特徴
6.補足
【0032】
<1.定義>
まず、本明細書における用語を以下のとおり定義する。
【0033】
「○○回路」(○○は任意の語。):電気的な回路によるものを含むがこれに限定されず、当該回路の機能を果たす物理的手段、又はソフトウェアで実現される機能的手段などをも含む。また、1つの回路が有する機能が2つ以上の物理的又は機能的手段により実現されても、2つ以上の回路が有する機能が1つの物理的又は機能的手段により実現されても良い。
「吸着」:本明細書では、物質を吸い付けて付着させることを指すが、同時に脱着させることも含む。すなわち、明細書中で説明している水蒸気バッファは水分子を付着させる機能を有するが、同時に脱着させる機能をも有する。言い換えれば、ある時定数で所定の物質を吸脱着する意味をも含む趣旨である。
【0034】
<2.実施形態1>
本発明の実施形態1における周波数計測装置の構成及び動作について、図1を参照しながら説明する。
【0035】
なお、本実施形態1を含む各実施形態で説明する周波数計測装置は、周波数カウンターで計測された周波数に基づいて、例えば周辺媒体のニオイを識別するニオイセンサーなどの機器に用いられるものである。ニオイセンサーにおいては、各実施形態で説明する周波数計測装置に加えてニオイ識別用のデータベースを準備する。そして、周波数計測装置で計測された各発振回路から出力される周波数の変化に基づいてデータベースのデータを参照し、ニオイを識別することが可能になっている。以下においては、ニオイセンサーなどの機器についての具体的な説明は行わず、本願における発明の特徴的部分である周波数測定装置について説明している。
【0036】
<(1)周波数計測装置の構成>
図1は、本実施形態1における周波数計測装置の構成を示す図である。図1に示すように、周波数計測装置は、流路配管100、流入路配管110、流出路配管120、水晶振動子200、発振回路210、及び周波数カウンター220を備えて構成される。
【0037】
流入路配管110は、ニオイ検出対象気体の流入路として機能し、吸入口から流入した気体を流路配管100へと流入させるよう構成される。また、流入路配管110の途中には、水蒸気バッファとして機能する、ポリビニルアルコールが塗布されたステンレスメッシュ111が配置されている。このステンレスメッシュ111は、吸湿性を有するポリビニルアルコールが塗布されているため、この流入路配管110を流通する気体に含まれる水蒸気(水分子)の一部を吸着する。これによって、ステンレスメッシュ111を通過した気体の水蒸気濃度は平準化され、水蒸気濃度が平準化されたこの気体が流路配管100に送られる。なお、ステンレスメッシュ111はメッシュ状に構成されたステンレスであり、流入路配管110を流通する気体を部分的に遮蔽するよう配置されているといえる。
【0038】
流路配管100は、ニオイ検出対象気体の流路として機能し、流入路配管110から流入した気体が流出路配管120へ流出するよう構成される。また、流路配管100内には水晶振動子200が配置されており、流路配管100を流通する機体は水晶振動子200の周辺を通過する。
【0039】
流出路配管120は、ニオイ検出対象気体の流出路として機能し、流路配管100から流出された検出対象気体を排気口から排気させるよう構成される。また、流出路配管120の途中には、ポンプ121が配置されている。ポンプ121は、吸入口から吸入される気体の量及び流路配管100等を流通する機体の速度を調整可能に構成されている。
【0040】
水晶振動子200は、上記のとおり流路配管100の途中に配置され、表面に吸着膜を備えて構成される。この吸着膜は、周辺媒体に含まれる所定の物質を吸着可能に構成されており、本実施形態1では、流路配管100を流通する気体に含まれるニオイ物質を吸着可能に構成されている。水晶振動子200は、吸着膜に付着した物質によって共振周波数が変動し、発振回路210から出力される発振信号211の周波数が吸着膜に付着した物質によって変動する。また、水晶振動子200は、端子対201を備えており、この端子対201を介して発振回路210と接続されている。
【0041】
発振回路210は、端子対201を介して水晶振動子200に接続されて構成される。発振回路210は、例えばコルピッツ発振回路などによって構成されるが、これに限るものではない。また、発振回路210は、周波数カウンター220に対して発振信号211を出力するよう構成されている。この発振信号211の周波数は、水晶振動子200に付着した物質によって変動する。
【0042】
周波数カウンター220は、発振回路210に接続されており、発振回路210から出力された発振信号211の周波数を計測可能に構成されている。具体的には、所定の時間に含まれる発振信号211の変化数をカウントし、このカウント値に基づいて発振信号211の周波数を導出する。発振信号211の変化数のカウントは、例えば信号の立ち上がりエッジ及び立ち下がりエッジの少なくとも一方をカウントすることによって行われる。ただし、周波数カウンター220は必ずしも周波数そのものを計測する必要があるわけではなく、間接的に周波数を示すものを計測する形態も本発明には含まれる。すなわち、周波数カウンター220は、発振信号211の信号周期を測定するなどの機能を有していてもよい。
【0043】
<(2)周波数計測装置の動作>
次に、本実施形態1の周波数計測装置の動作例について説明する。
【0044】
まず、吸入口から流入路配管110へと流入した検出対象気体は、ステンレスメッシュ111を通過することで水蒸気の一部が除去された後、流路配管100へと流入する。流路配管100へと流入した検出対象気体は、水晶振動子200の周辺を流通し、流出路配管120へと流出していく。水晶振動子200は、吸着膜がこの気体に含まれる物質を吸着した程度に応じて共振周波数が変化し、接続された発振回路210から出力される発振信号211の周波数が変化する。
【0045】
ここで、本実施形態1の周波数計測装置は、水蒸気バッファとして機能するステンレスメッシュ111を備えているため、流路配管100を流通する検出対象気体の水蒸気濃度が平準化されている。これにより、検出対象気体に含まれる検出すべき物質が変動しない限り、発振信号211の周波数は平衡状態となっている。本実施形態1の周波数計測装置を用いて周波数計測を行った際の結果は、変形例及び比較例の構成で周波数計測を行った際の結果と比較しながら後ほど説明する。
【0046】
<(3)変形例>
実施形態1の変形例として、水蒸気バッファとして機能するステンレスメッシュ111に代え、流入路配管110の途中にシリカゲル顆粒を充填する形態が考えられる。この場合、流入路配管110に充填されたシリカゲル粒子によって、流入路配管110を流通する気体を部分的に遮蔽する水蒸気バッファが形成される。シリカゲルは、吸湿速度が十分に速いとはいえず、通過した気体に含まれる水蒸気濃度を大幅に減少させることができるとは限らない。しかし、通過した気体の水蒸気濃度の変化を抑え、平準化するという意味では十分に機能し、検出対象気体に含まれるニオイ物質の検出に対する水蒸気濃度の時間変化の平準化という目的は十分に果たすことができることが経験的に分かった。
【0047】
なお、具体的な周波数計測の結果については後述する。
【0048】
<(4)比較例>
図2は、本実施形態1の比較例の周波数計測装置の構成を示す図である。図2の構成と図1の構成とでは、本比較例では流入路配管110に水蒸気バッファ111が配置されていない点で異なっており、その他においては同様の構成と機能とを有する。
【0049】
ここで、本比較例の構成では水蒸気バッファ111が配されていないため、流路配管100に流入する検出対象気体は、平準化されていない水蒸気を含んでいる。これによって、発振回路210から出力される発振信号211の周波数に水蒸気に起因するノイズが重畳され、検出対象気体に含まれるニオイ物質の検出が困難になってしまう。
【0050】
<(5)周波数計測を行った際の結果>
ここで、比較例、実施形態1、及び変形例で示される構成の周波数計測装置を用いて、検出対象気体にニオイ物質を混入させる前後の時間において発振信号211の周波数の時間変化を計測した場合の結果を、図3乃至5を参照しながら説明する。本計測実験では、ニオイ物質としてはトルエン蒸気を用いており、小瓶に入れたトルエン溶剤を、それぞれの図のa、b、またはcのタイミングで1秒間吸入口付近に近づけた。図3乃至5は、それぞれ比較例、実施形態1、変形例のそれぞれの構成での計測結果を示している。図3乃至5のそれぞれにおいて、横軸は時間、縦軸は観測された発振信号211の周波数変動を示しており、それぞれフルスケールで100秒及び100Hzとして示している。
【0051】
図3を見ると、比較例の構成では、トルエン溶剤を吸入口に1秒間近づけた図中のタイミングaで発振信号211の周波数の減少ピークが観測されている。しかし、それ以外のタイミングにおいても多数の周波数増減のピークが観測され、トルエン蒸気による周波数応答のピークタイミング検出を困難にしている。また、定常的にノイズが重畳されているためベースラインがはっきりせず、トルエン蒸気による周波数応答のピーク強度を特定することが困難である。ノイズによるベースラインの揺らぎは30Hzにも達しており、このような状況では30Hz以下の周波数変動(Δf)を検出することが不可能であることが明らかである。
【0052】
このノイズの原因は、大気中の水蒸気が空間的に濃度分布を持っており、吸入口から吸入される気体の水蒸気濃度が時間的に揺らぎ、この水蒸気濃度の時間的揺らぎに発振信号211が応答することであると考えられる。特に、水晶振動子200が備える吸着膜として水蒸気(水分子)に対する親和性の高いものを用いた際に、大きなノイズが観測される。
【0053】
次に、図4を見ると、実施形態1の構成では、トルエン溶剤を吸入口に1秒間近づけた図中のタイミングbにおいて発振信号211の周波数の減少ピークが観測されている。また、ノイズの振幅は10Hz以下であり、図3で示した比較例の構成を用いた場合と比べて、ノイズが大幅に改善していることが分かる。この程度のノイズレベルであれば、周波数変動(Δf)が20Hz程度あった場合でも、十分な精度で検出することが可能である。
【0054】
実施形態1の構成では、水蒸気バッファ111を配置したことによって検出対象気体に含まれる水蒸気が平準化されたため、水晶振動子200の吸着膜に接触する気体の水蒸気濃度がほぼ一定に保たれる。これにより、水蒸気を含む気体に含まれる物質が安定している状態において、吸着膜への物質の吸着は平衡状態となる。このとき、発振信号211の周波数は一定となり変化しないため、ノイズレベルが低く抑えられている。
【0055】
次に、図5を見ると、変形例の構成でも、トルエン溶剤を吸入口に1秒間近づけた図中のタイミングcにおいて発振信号211の周波数の減少ピークが観測されている。本変形例では、観測された発振信号211の周波数のノイズの振幅は3Hz以下であり、図4で示した実施形態1の構成での観測結果と比較してもさらにノイズが改善されていることが分かる。このノイズレベルであれば、周波数変動(Δf)が10Hz以下であっても十分な精度で検出することが可能であり、ニオイセンサーとして十分に機能する周波数計測装置を提供できる。
【0056】
<(6)水蒸気バッファの作用>
ここで、水蒸気バッファ(ステンレスメッシュ)111の作用について、図6及び図7を参照しながら簡単に説明する。
【0057】
図6は、検出対象気体において、スパイク状の水蒸気濃度変化が単発で発生したときの、検出対象気体に含まれる水蒸気濃度の時間変化を示す図である。図6(a)は水蒸気バッファ111を通過する前、図6(b)は水蒸気バッファ111を通過した後の、検出対象気体に含まれる水蒸気濃度を示している。この図から分かるように、水蒸気バッファ111を通過した検出対象気体では、含まれる水蒸気濃度が平準化されている。
【0058】
図7は、検出対象気体において、スパイク状の水蒸気濃度変化が複数回連続で発生したときの、検出対象気体に含まれる水蒸気濃度の時間変化を示す図である。図7(a)は水蒸気バッファ111を通過する前、図7(b)は水蒸気バッファ111を通過した後の、検出対象気体に含まれる水蒸気濃度を示している。この図から分かるように、水蒸気濃度が連続で大きく変化した場合であっても、検出対象気体に含まれる水蒸気濃度は十分に平準化されている。
【0059】
本実施形態1の水蒸気バッファ111は、上記のように検出対象気体に含まれる水蒸気濃度を平準化させる作用を有している。
【0060】
なお、水蒸気バッファは検出対象気体に含まれる水蒸気を除去する機能を有するものであれば非常に効果的であると考えられる。ただし、上記のように、水蒸気バッファは検出対象気体に含まれる水蒸気濃度を平準化させる機能を有していればある程度の作用が期待でき、ニオイセンサーに用いられる周波数計測装置として利用可能である。
【0061】
<3.実施形態2>
次に、本発明の実施形態2における周波数計測装置の構成について、図8を参照しながら説明する。本周波数計測装置の動作については、実施形態1の動作と類似しているためその説明を省略する。
【0062】
図8は、本実施形態2における周波数計測装置の構成を示す図である。図8に示すように、周波数計測装置は、実施形態1と同様に、流路配管100、流入路配管110、流出路配管120、水晶振動子200、発振回路210、及び周波数カウンター220を備えて構成される。ただし、本実施形態2の周波数計測装置では、実施形態1の構成と異なり、流入路配管110にステンレスメッシュ111を配置する代わりに、流入路配管110の内側面を、水蒸気バッファとして機能するポリビニルアルコール112でコーティングしている。流入路配管110は、例えば、長さ20cm、内径3mmのナイロン製サンプリングチューブにより構成される。
【0063】
本実施形態2の構成の周波数計測装置では、ポリビニルアルコール112が流入路配管110を流通する気体に含まれる水蒸気の一部を吸着し、この気体の水蒸気濃度を平準化させることができる。
【0064】
<4.実施形態3>
次に、本発明の実施形態3における周波数計測装置の構成について、図9を参照しながら説明する。本周波数計測装置の動作については、実施形態1の動作と類似しているためその説明を省略している。
【0065】
図9は、本実施形態3における周波数計測装置の構成を示す図である。図9に示すように、周波数計測装置は、実施形態1と同様に、流路配管100、流入路配管110、流出路配管120、水晶振動子200、発振回路210、及び周波数カウンター220を備えて構成される。ただし、本実施形態3の周波数計測装置では、実施形態1及び2の構成と異なり、流入路配管110には水蒸気バッファとして機能するものは配置せず、流路配管100の内側面の少なくとも一部を、水蒸気バッファとして機能するポリビニルアルコール101によってコーティングしている。
【0066】
本実施形態3の構成の周波数計測装置では、ポリビニルアルコール112が流路配管100の気体に含まれる水蒸気の一部を吸着し、この気体の水蒸気濃度を平準化させることができる。
【0067】
なお、本実施形態3の構成では、水蒸気バッファとして、流路配管100の内側面に配されたポリビニルアルコール101のみを用いており、上記実施形態1及び2の構成と比較すると水蒸気の吸着効果が劣る場合がある。この場合、本実施形態3に、実施形態1または2の構成を組み合わせ、流入路配管110及び流路配管100の双方に水蒸気バッファを配置することで、検出対象気体に含まれる水蒸気の吸着効果を高め、この気体の水蒸気濃度の平準化をより効果的に行うことも可能である。
【0068】
<5.本発明の特徴>
本発明は、上記各実施形態で説明したような構成の周波数計測装置に関するが、それぞれ以下のような特徴を備えるものといえる。
【0069】
本発明の一形態の周波数計測装置は、上記のとおり、流路を流通する検出対象気体に含まれる水分子(水蒸気)を吸着する水蒸気バッファを備えている。このように、水蒸気バッファが流路を流通する気体の水分子を吸着することによって、この気体に含まれる水分子の時間的な揺らぎを緩和させることができる。これにより、水分子が水晶振動子200の吸着膜に付着することに起因して発振回路210から出力される発振信号211の周波数が揺らぐことを防止することができ、検出対象気体に含まれるニオイ物質の検出精度を向上させることが可能となる。
【0070】
また、実施形態1及び2の構成では、水蒸気バッファが流入路配管110に配置されている。これにより、検出対象気体に含まれる水分子を、この気体が流路配管100に流入する前に水蒸気バッファによって吸着させることができ、検出対象気体に含まれる水分子の時間的な揺らぎをより効果的に緩和させることができる。
【0071】
また、実施形態1及びその変形例の構成では、水蒸気バッファは、流入路配管110を部分的に遮蔽するように配置された吸水性材料により構成されている。具体的な吸水性材料としては、実施形態1ではポリビニルアルコールが塗布されたステンレスメッシュ111が用いられ、変形例ではシリカゲル顆粒が用いられている。これにより、検出対象気体に含まれる水分子を水蒸気バッファによってより効果的に吸着させることが可能となる。
【0072】
なお、ステンレスメッシュ111は、プラスチックファイバー、セルロースファイバー、スポンジ、またはビーズ等に置き換えてもよい。
【0073】
また、このような構成の水蒸気バッファは、ファイバーメッシュ状の媒体、綿のようにファイバーが隙間を持って絡みあっている媒体、スポンジ状の媒体、ビーズ状の媒体、及び多数のフィンを持つ媒体など、気体の流路に設置したときに気体が容易に通過可能であり、かつ気体に接する表面積が大きい媒体を用い、この媒体が気体に触れる表面に、水溶性ポリマーをコーティングしたものを用いてもよい。
【0074】
ただし、水蒸気バッファによる検出対象気体に含まれる水蒸気の平準化性能は、上記媒体の表面積、及びコーティングする水溶性ポリマーの種類によって決定される。すなわち、水蒸気バッファを構成する媒体及び水溶性ポリマーの材料を、検出対象気体の通気量に応じて適宜選択することが好ましい。
【0075】
また、実施形態2の構成では、水蒸気バッファは、流入路配管110の内側面の少なくとも一部に配置された吸水性材料により構成されている。実施形態2では、具体的な吸水性材料としてポリビニルアルコール112を挙げている。この構成では、流路配管100に流入する検出対象気体の流速を下げることなく、検出対象気体に含まれる水分子を水蒸気バッファによって吸着させることができる。これによって、上記のような、流入路配管110を部分的に遮蔽するよう配置された吸水性材料を含む水蒸気バッファを備える構成と比較すると、より短時間に検出対象媒体に含まれる物質の特定を行うことなどが可能となる。ひいては、吸入能力が比較的低いポンプ121を用いた場合であっても、ニオイ物質の検出精度を保つことができる。また、実施形態1の構成と比較して簡易な構成とすることができる。
【0076】
また、実施形態3の構成では、水蒸気バッファは、流路配管100の内側面の少なくとも一部に配置された吸水性材料により構成されている。実施形態3では、具体的な吸水性材料としてポリビニルアルコール101を挙げている。このような水蒸気バッファのみを備える構成では、流路配管100に流入する気体の流速を下げることがないため、検出対象気体に含まれる水分子を水蒸気バッファによって吸着させつつ、より短時間で検出対象媒体に含まれる物質の特定を行うことが可能となる。また、実施形態3の構成に加え、実施形態1またはその変形例の構成をさらに備える場合は、水蒸気バッファがより効果的に検出対象気体に含まれる水分子を吸着することが可能となる。
【0077】
ところで、各実施形態の水蒸気バッファは、ポリビニルアルコールを含む構成に限定され得るものではなく、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリスチレンスルホン酸、ポリマレイン酸、ヒドロキシエチルセルロース、親水性ウレタン、キチン、キトサン、ポリケイ酸ナトリウム、及びアルミナからなる群から選択される少なくとも1つを含む構成としてもよい。
【0078】
このような構成によれば、水分子の吸着性に優れた水溶性ポリマーを備える水蒸気バッファを備える周波数計測装置を提供することができる。
【0079】
あるいは、吸水性材料として、実施形態1の変形例で示したシリカゲル、及びアルミナビーズの、少なくとも一方を含む構成を用いてもよい。
【0080】
特に、検出対象に含まれる水蒸気濃度を効果的に平準化させることが確認できているシリカゲルを用いることが好ましい。
【0081】
このような構成によれば、水分子の吸着性に優れた親水性無機物を含む水蒸気バッファを備える周波数計測装置を提供することができる。
【0082】
さらに、吸水性材料として、溶解度パラメーターが12以上のポリマーを含む構成としてもよい。
【0083】
なお、溶解度パラメーターとは液体の凝集エネルギー密度の平方根で定義される物質固有の値であり、その値が近い物質は相互に混ざりやすい傾向を持つことが知られている。つまり物質同士の親和性を見積もる目安になる。水の溶解度パラメーターは23.4とずば抜けて大きいためこれに近い値の物質はほとんど無いのだが、経験的に溶解度パラメーターが12程度以上の物質は概ね水と混ざる、すなわち吸水性を示すことが分かっている。
【0084】
このような構成によれば、経験的に、検出対象気体に含まれる水分子を十分に吸着可能な材料を含む水蒸気バッファを備える周波数計測装置を提供することができる。
【0085】
<6.補足>
上記周波数計測装置は、ニオイセンサーなどのセンサーに適用可能なほか、様々な電子機器に適用可能である。
【0086】
なお、上記各実施形態の周波数計測装置では水晶振動子200を用いているが、水晶振動子以外の振動子を用いることも可能である。
【0087】
さらに、上記各実施形態の周波数計測装置では水晶振動子200を1つ備える例を説明したが、ニオイセンサーとして周波数計測装置を用いる場合には、一般に複数の水晶振動子200を配置することとなる。この場合、発振回路110も複数配置する。ただし、周波数カウンター220については複数の発振回路110が共有する構成とすることも可能である。
【0088】
また、上記で説明した各実施形態は、互いに組み合わせることも可能である。例えば、実施形態1と実施形態3とを組み合わせて、水蒸気バッファが複数箇所に配置された周波数計測装置を構成してもよい。
【符号の説明】
【0089】
100……流路配管、101……ポリビニルアルコール、110……流入路配管、111……水蒸気バッファ・ステンレスメッシュ、112……ポリビニルアルコール、120……流出路配管、121……ポンプ、200……水晶振動子、201……端子対、210……発振回路、211……発振信号、220……周波数カウンター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸着膜を備えた振動子と、
前記振動子に接続され発振信号を出力する発振回路と、
前記発振信号の周波数を計測可能に構成された周波数計測器と、
前記振動子が配置された流路と、
前記流路を流通する気体に含まれる水分子を吸着する水蒸気バッファと、
を備える周波数計測装置。
【請求項2】
前記流路に前記気体を流入させる流入路と、
前記流路から前記気体を流出させる流出路と、をさらに備え、
前記水蒸気バッファが前記流入路に配置されている、
請求項1に記載の周波数計測装置。
【請求項3】
前記水蒸気バッファが、前記流入路を部分的に遮蔽するよう配置された吸水性材料を含んで構成される、
請求項2に記載の周波数計測装置。
【請求項4】
前記水蒸気バッファが、前記流入路の内側面の少なくとも一部に配置された吸水性材料を含んで構成される、
請求項2に記載の周波数計測装置。
【請求項5】
前記水蒸気バッファが、前記流路の内側面の少なくとも一部に配置された吸水性材料により構成される、
請求項2乃至4のいずれか1項に記載の周波数計測装置。
【請求項6】
前記吸水性材料が、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリスチレンスルホン酸、ポリマレイン酸、ヒドロキシエチルセルロース、親水性ウレタン、キチン、キトサン、ポリケイ酸ナトリウム、及びアルミナからなる群から選択される少なくとも1つを含む、
請求項3乃至5のいずれか1項に記載の周波数計測装置。
【請求項7】
前記吸水性材料が、シリカゲル及びアルミナビーズの少なくとも1つを含む、
請求項3乃至5のいずれか1項に記載の周波数計測装置。
【請求項8】
前記吸水性材料が、溶解度パラメーターが12以上のポリマーを含む、
請求項3乃至5のいずれか1項に記載の周波数計測装置。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれか1項に記載の周波数測定装置を備えるニオイセンサー。
【請求項10】
請求項1乃至8のいずれか1項に記載の周波数測定装置を備える電子機器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−2691(P2012−2691A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−138425(P2010−138425)
【出願日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)