説明

固形天然ゴムおよびその製造方法

【課題】 素練りを行わなくても所望の粘度を有し、かつ、貯蔵時にも粘度が上昇しにくい固形天然ゴム、およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 固形天然ゴムの製造方法は、天然ゴムラテックスにラジカル発生剤を添加して、ゴムの分子鎖を切断する酸化反応を進行させるラジカル発生剤添加工程と、該酸化反応後の天然ゴムラテックスを乾燥して固形化することにより、該分子鎖中にアルデヒド基を含まない天然ゴムを得る固形化工程と、を有する。固形天然ゴムは、分子鎖の切断により低分子量化されており、該分子鎖中にアルデヒド基を含まない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、素練りを必要とせず、かつ粘度が経時変化しにくい固形天然ゴム、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
天然ゴムは、引張り強さが大きく、振動による発熱が少ない等の優れた性質を有している。このため、従来より、タイヤ、防振ゴム、ベルト、ゴム手袋等、様々なゴム製品の原料として用いられている。ゴム製品の製造原料として流通している固形の天然ゴムは、視覚格付けゴム(VGR)と、技術的格付けゴム(TSR)と、に大別される。VGRの中では、「天然ゴム各種等級品の国際品質包装規格(通称グリーンブック)」に基づく格付けによる燻煙シート(RSS)が代表的である。例えば、RSSは、次のようにして製造される。まず、フィールドラテックスにギ酸や酢酸等の酸を加えて凝固させた後、作業台の上に載せ、棒で伸ばして厚さを調整する。続いて、波形(リブ形状)ロールで伸ばしながら水分を絞り、シート状に成形する。次に、成形したシートを数日間吊して乾燥させる。そして、乾燥後の未燻煙シート(USS)を水洗し、数日間燻煙、乾燥させる。また、TSRは、カップランプ(フィールドラテックスが収集カップ中で自然凝固したもの)等の原料を粉砕して細粒化し、水洗した後、熱風乾燥させて製造される。
【0003】
このようにして製造された固形天然ゴムによると、分子量が大きく、粘度が高い。したがって、RSS等の固形天然ゴムをゴム製品の製造原料として用いる場合には、粘度を低下させて加工性を向上させるため、予め素練りを行う必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−320524号公報
【特許文献2】特開2003−313366号公報
【特許文献3】特開2009−275165号公報
【特許文献4】特開平9−136903号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
素練りを行うと、ゴムの分子鎖が切断され、分子量が低下する。これにより、RSS等の固形天然ゴムの粘度を低下させることができる。しかし、RSS等をそのまま素練り(ドライ練り)した場合、全体を均一に練ることは難しい。このため、同ロット内の部位により粘度のばらつきが生じたり、ロットごとに粘度のばらつきが生じやすい。また、RSS等には、元々粘度のばらつきがある。よって、素練り後のゴムにおいても、粘度がばらつきやすい。さらに、素練りを行う分だけ工程数が増加する。このため、ゴム製品の製造時間が長くなり、コスト高になる。
【0006】
また、素練り工程では、固形天然ゴムに熱が加えられ、分子鎖が切断される。ここで、切断された分子鎖の末端が酸化されると、アルデヒド基や水酸基等が生成する。アルデヒド基は、アルドール縮合により再結合しやすい。つまり、アルデヒド基が生成すると、素練りにより切断された分子鎖が、再結合するおそれがある。これにより、素練り後のゴムを貯蔵している間に、粘度が上昇することが知られている。
【0007】
例えば、上記特許文献4には、液状の解重合天然ゴムの製造方法として、天然ゴムラテックスにカルボニル化合物を添加して、ラジカル発生剤の存在下で空気酸化させる方法が開示されている。ここで、カルボニル化合物は、解重合された天然ゴムの分子末端に結合して、再重合を抑制する役割を果たす(特許文献4の段落[0013])。つまり、特許文献4に開示された方法によると、生成したアルデヒド基により、切断された分子鎖が再結合するのを抑制するために、カルボニル化合物を添加している。
【0008】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、素練りを行わなくても所望の粘度を有し、かつ、貯蔵時にも粘度が上昇しにくい固形天然ゴム、およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)上記課題を解決するため、本発明の固形天然ゴムは、分子鎖の切断により低分子量化されており、該分子鎖中にアルデヒド基を含まないことを特徴とする。
【0010】
従来の固形天然ゴムは、素練りによりゴムの分子鎖を切断することにより、低分子量化され、所望の粘度に調整される。しかし、上述したように、素練りの際、分子鎖の末端にアルデヒド基等が生成される。
【0011】
これに対して、本発明の固形天然ゴムは、分子鎖の切断により低分子量化され、所望の粘度に調整されているが、分子鎖中にアルデヒド基を含まない。したがって、貯蔵している間に、アルデヒド基の再結合により粘度が上昇するおそれは小さい。また、既に所望の粘度に調整されているため、素練りを行う必要はない。このため、本発明の固形天然ゴムは、そのままゴム製品の製造原料として用いることができる。したがって、本発明の固形天然ゴムによると、従来、素練り後のゴムにおいて生じていた粘度ばらつきの問題は、解消される。また、素練り工程を省略することができるため、工程数の削減が可能となる。その結果、ゴム製品の製造時間の短縮化、およびコスト削減を図ることができる。なお、本発明において、「アルデヒド基を含まない」とは、バリアン社製のNMR(核磁気共鳴)装置「INOVA−400」を用いたH−NMR測定において、アルデヒド基に由来するシフトが検出されないことを意味する。
【0012】
(2)また、本発明の固形天然ゴムの製造方法は、天然ゴムラテックスにラジカル発生剤を添加して、ゴムの分子鎖を切断する酸化反応を進行させるラジカル発生剤添加工程と、該酸化反応後の天然ゴムラテックスを乾燥して固形化することにより、該分子鎖中にアルデヒド基を含まない天然ゴムを得る固形化工程と、を有することを特徴とする。
【0013】
本発明の製造方法によると、ラテックスの状態でゴムの分子鎖を切断することにより、固形化した後の天然ゴムの粘度を調整することができる。後の実施例で詳しく示すが、本発明の製造方法においては、分子鎖の切断および酸化反応を、室温下で数分〜数時間程度行う。このため、特に加熱設備を設けずに、容易かつ安定的に、固形天然ゴムの粘度調整を行うことができる。また、液状で分子鎖の切断および酸化反応を進行させることより、素練り(ドライ練り)する場合と比較して、ラテックス全体を均一に反応させることができる。このため、ロットごとに粘度がばらつきにくい。
【0014】
また、得られる固形天然ゴムは、所望の粘度に調整されている。このため、素練りを行うことなく、そのままゴム製品の製造原料として用いることができる。すなわち、本発明の製造方法によると、天然ゴムラテックスから、素練り不要の固形天然ゴムを製造することができる。素練り工程を省略することができるため、工程数の削減が可能となる。その結果、ゴム製品の製造時間の短縮化、およびコスト削減を図ることができる。さらに、得られる固形天然ゴムの分子鎖には、アルデヒド基が含まれない。したがって、貯蔵中の固形天然ゴムにおける粘度上昇を、抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】ラジカル発生剤の添加量に対する固形天然ゴムのムーニー粘度の値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の固形天然ゴムおよびその製造方法の実施形態について説明する。なお、本発明の固形天然ゴムおよびその製造方法は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【0017】
<固形天然ゴム>
本発明の固形天然ゴムは、分子鎖の切断により低分子量化されており、該分子鎖中にアルデヒド基を含まない。低分子量化については、RSS等の従来の未素練りの固形天然ゴムと比較して、分子量が小さければよい。低分子量化により、固形天然ゴムの粘度は低下する。例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)による重量平均分子量が、1×10以下であるとよい。また、加工性等の観点から、固形天然ゴムのムーニー粘度[ML(1+3)121℃]は、80以下であるとよい。ムーニー粘度[ML(1+3)121℃]が30以上70以下であると、より好適である。本明細書中、ムーニー粘度は、JIS K6300−1(2001)に準じて測定された値を採用する。また、アルデヒド基の有無は、上述したように、バリアン社製のNMR装置「INOVA−400」を用いたH−NMR測定により、判断すればよい。
【0018】
本発明の固形天然ゴムは、ラジカル発生剤が添加された天然ゴムラテックスを固形化して、得ることができる。以下、本発明の固形天然ゴムの製造方法について説明する。
【0019】
<固形天然ゴムの製造方法>
本発明の固形天然ゴムの製造方法は、ラジカル発生剤添加工程と固形化工程と、を有する。以下、各工程について説明する。
【0020】
(1)ラジカル発生剤添加工程
本工程は、天然ゴムラテックスにラジカル発生剤を添加して、ゴムの分子鎖を切断する酸化反応を進行させる工程である。天然ゴムラテックスとしては、タッピングにより採液されたフィールドラテックスや、それにアンモニアを加えて処理されたラテックス(ハイアンモニアラテックス)を用いればよい。天然ゴムラテックスのゴム分(乾燥ゴム質量、以下同じ)濃度は、特に限定されない。ゴム分濃度が低すぎると、得られる固形天然ゴムが少なくなり経済的ではない。反対に、ゴム分濃度が高すぎると、ラテックス中のゴム成分が不安定になり、酸化反応中にゴム粒子同士の凝集が起きて、酸化反応を均一に進行させにくくなる。例えば、ゴム分濃度を、10質量%以上60質量%以下とすることが望ましい。
【0021】
ラジカル発生剤としては、過酸化物系ラジカル発生剤、レドックス系ラジカル発生剤、アゾ系ラジカル発生剤から選ばれる一種以上を用いればよい。過酸化物系ラジカル発生剤としては、過硫酸カリウム(KPS)、過硫酸アンモニウム(APS)、過酸化ベンゾイル(BPO)、過酸化水素、クメンハイドロパーオキサイド、tert−ブチルハイドロパーオキサイド(TBHPO)、ジ−tert−ブチルパーオキサイド、2,2−アゾビスイソブチロニトリル等が挙げられる。レドックス系ラジカル発生剤として、過酸化物と組み合わされる還元剤には、テトラエチレンペンタミン(TEPA)、メルカプタン類、酸性亜硫酸ナトリウム、還元性金属イオン、アスコルビン酸等が挙げられる。好適な組み合わせ例としては、TBHPOとTEPA、過酸化水素とFe2+塩、KPSと酸性亜硫酸ナトリウム等が挙げられる。アゾ系ラジカル発生剤としては、アゾビスイソブチロニトリル、アゾビスイソ酪酸メチル、アゾビスシクロヘキサンカルボニトリル、アゾビスイソブチルアミジン塩酸塩、4,4′−アゾビス−4−シアノ吉草酸等が挙げられる。なかでも、少量でも効果が大きいことに加えて、反応温度による影響が小さく安定的に粘度調整が可能であるという理由から、過硫酸カリウム(KPS)、過硫酸アンモニウム(APS)、過酸化ベンゾイル(BPO)の少なくとも一つを用いることが望ましい。
【0022】
ラジカル発生剤の添加量は、得られる固形天然ゴムを所望の粘度に調整できるよう、ラジカル発生剤の種類に応じて、適宜決定すればよい。ラジカル発生剤の添加量を増減することにより、固形天然ゴムの粘度を調整することができる。例えば、ラジカル発生剤の添加量が少なすぎると、分子鎖の切断および酸化反応が進行しにくいため、低粘度に調整することが難しくなる。反対に、過剰なラジカル発生剤の添加は、経済的ではない。例えば、ラジカル発生剤の添加量を、天然ゴムラテックス中のゴム分100質量部に対して0.1質量部以上5質量部以下とすることが望ましい。
【0023】
分子鎖の切断および酸化反応は、ラジカル発生剤が添加された天然ゴムラテックスを、室温下で攪拌しながら行えばよい。また、反応時間は、必要とする粘度により調整されるが、数分〜数時間程度とすればよい。
【0024】
(2)固形化工程
本工程は、酸化反応後の天然ゴムラテックスを乾燥して固形化することにより、分子鎖中にアルデヒド基を含まない天然ゴムを得る工程である。天然ゴムラテックスの乾燥方法は、特に限定されない。スプレードライ、ドラムドライヤー、コンベア式乾燥機等により行えばよい。乾燥させる温度は、熱によるゴムの劣化を考慮して、効率良く水分を除去するという観点から、50〜200℃程度とすることが望ましい。また、乾燥処理は、数分以内に終えることが望ましい。なお、得られる固形天然ゴムの好適なムーニー粘度、およびアルデヒド基の有無の判断手法については、上述した通りである。
【実施例】
【0025】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0026】
<固形天然ゴムの製造>
[実施例1]
天然ゴムラテックスとして、ゴールデンホープ社(マレーシア国)製のハイアンモニアラテックス(ゴム分濃度60.2質量%、アンモニア分濃度0.7質量%)を使用した。まず、ハイアンモニアラテックスを、ゴム分濃度が30質量%となるように希釈した。次に、希釈したラテックスのゴム分100gに対して、ラジカル発生剤の過硫酸カリウム(KPS)を所定量添加して、室温下で10分間攪拌した。そして、反応後のラテックスを、50℃のオーブンで乾燥して、固形化した。このようにして実施例1の固形天然ゴムを得た。
【0027】
[実施例2]
ラジカル発生剤を過硫酸アンモニウム(APS)に変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例2の固形天然ゴムを得た。
【0028】
[実施例3]
ラジカル発生剤を過酸化ベンゾイル(BPO)に変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例3の固形天然ゴムを得た。
【0029】
<粘度測定>
得られた固形天然ゴムについて、ムーニー粘度を測定した。ムーニー粘度の測定は、(株)東洋精機製作所製のロータ式ムーニービスコメータを使用した。そして、L形ロータの回転速度を2rpm、測定温度を121℃として、予熱を1分間行った後、3分後のムーニー粘度を測定した。図1に、ラジカル発生剤の添加量に対する固形天然ゴムのムーニー粘度の値を示す。
【0030】
図1に示すように、天然ゴムラテックスにラジカル発生剤を添加することにより、固形天然ゴムのムーニー粘度は低下した。また、実施例1(KPS)、実施例2(APS)のグラフに示すように、ラジカル発生剤の添加量が増加するに従って、固形天然ゴムのムーニー粘度は低下した。以上より、本発明の製造方法によると、所望の粘度を有する固形天然ゴムを製造できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明によると、所望の粘度を有する固形天然ゴムを、容易に得ることができる。したがって、素練り工程を省略することができる。これにより、素練り後のゴムにおいて生じていた粘度ばらつきの問題は、解消される。また、ゴム製品の製造時間の短縮化、およびコスト削減を図ることができる。また、本発明の固形天然ゴムによると、貯蔵時の粘度上昇も少ない。したがって、本発明の固形天然ゴムは、ゴム製品の製造原料として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子鎖の切断により低分子量化されており、該分子鎖中にアルデヒド基を含まないことを特徴とする固形天然ゴム。
【請求項2】
ムーニー粘度[ML(1+3)121℃]が80以下である請求項1に記載の固形天然ゴム。
【請求項3】
ラジカル発生剤が添加された天然ゴムラテックスを固形化して得られる請求項1または請求項2に記載の固形天然ゴム。
【請求項4】
天然ゴムラテックスにラジカル発生剤を添加して、ゴムの分子鎖を切断する酸化反応を進行させるラジカル発生剤添加工程と、
該酸化反応後の天然ゴムラテックスを乾燥して固形化することにより、該分子鎖中にアルデヒド基を含まない天然ゴムを得る固形化工程と、
を有することを特徴とする固形天然ゴムの製造方法。
【請求項5】
前記ラジカル発生剤が添加された天然ゴムラテックスを、室温下で攪拌して、前記酸化反応を進行させる請求項4に記載の固形天然ゴムの製造方法。
【請求項6】
前記ラジカル発生剤は、過酸化物系ラジカル発生剤、レドックス系ラジカル発生剤、アゾ系ラジカル発生剤から選ばれる一種以上である請求項4または請求項5に記載の固形天然ゴムの製造方法。
【請求項7】
前記ラジカル発生剤は、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム、過酸化ベンゾイルの少なくとも一つを含む請求項4ないし請求項6のいずれかに記載の固形天然ゴムの製造方法。
【請求項8】
前記ラジカル発生剤の添加量は、前記天然ゴムラテックス中のゴム分100質量部に対して0.1質量部以上5質量部以下である請求項4ないし請求項7のいずれかに記載の固形天然ゴムの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−121946(P2012−121946A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−271681(P2010−271681)
【出願日】平成22年12月6日(2010.12.6)
【出願人】(000219602)東海ゴム工業株式会社 (1,983)