説明

土留め壁の計測データの面的可視化における精度向上方法

【課題】 変形評価の誤差を小さくすることができる、土留め壁の計測データの面的可視化における精度向上方法を提供する。
【解決手段】 土留め壁の計測データの面的可視化における精度向上方法において、土留め壁の変形を面的に把握し、時間経過とともに変動する前記変形の誤差範囲を次の条件式


に基づいて計算することにより、前記土留め壁の変形の実測データと過去に蓄積されたデータとの乖離を補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地下トンネルやビルの地下フロアなどの建設工事のように、掘削過程を伴う工事での計測管理に係り、特に、土留め壁の計測データの面的可視化における精度向上方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、地下トンネルやビルの地下フロアなどの構築においては、掘削工事が行われる。図6は従来の掘削工事の状況を示す図面代用写真である。掘削工事を行うためには、土留め壁の設計を行い、発生する変形や応力を照査するが、設計を行う際には工学的な割り切り等があるため、不確実な点が多い。また、都市部などでは、既設の建物や構造物に非常に近接した箇所で施工を行うことも多い。
【0003】
このような背景を踏まえ、実際に掘削工事を行う際には、土留め壁の状態監視を行いながら施工を行うが、特に、土留め壁の変形を把握することが最も重要であると考えられている。
そこで、本発明者らは、複数の種類の計測機器を活用し、得られたデータをスプライン関数などを活用して曲面として面的に可視化する方法を提案している。この方法では、計測データの誤差を事前に規定し、曲面の形状を誤差の範囲の中で変動させ、滑らかさの指標が最も良好となるような解析を行っている。
【0004】
しかしながら、誤差は事前に計測機器のカタログに記載されている一定値を活用しているだけであることから、これを改良して、データの蓄積とともに誤差の値・範囲を変動させることができれば、解析される曲面の精度の向上につながることが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−094442
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した土留め壁の変形挙動を評価する方法としては、具体的には下記の2種類の方法が考えられる。
図7は従来のトータルステーションによる土留め壁の計測方法を示す模式図である。
これは、直接的に変位を計測する方法であり、土留め壁101のあらかじめ定めたターゲット102を遠隔計測器103によって測量する方法である。
【0007】
しかしながら、この方法では、離れた点からターゲット102を捉えることになるため、現場の条件によってはデータの欠損が生じたり、地中深い部分においては施工前から計測を行うことが難しい。
図8は従来の傾斜角を変位へ換算する方法を示す説明図である。
これは変位ではなく、傾斜を計測する間接的方法であり、現状では広く用いられている。
【0008】
この方法では、土留め壁の施工時に、土留め壁201内の鉛直方向に傾斜計202を多数設置し、この傾斜計202で得られた傾斜角θと傾斜計202の間隔を活用して、変位を求める方法である。なお、図8において、203は別の機器で計測した既知の変位を示している。
〔区間変位(mm)〕 Δu=θ・L
〔累計変位(mm)〕 u=ΣΔu
ここで、u:変位(mm),θ:傾斜角,Δu:区間変位(mm),L:区間距離である。
【0009】
しかしながら、この方法では、傾斜計を同一ライン上に配置しなければららず、また、傾斜計202の設置の間隔が密でないと得られる変位の誤差が大きくなる。
さらに、ひずみ計測などの方法も考えられるが、この計測値をそのまま土留め壁の変位として解釈するのは難しい。
本発明は、上記状況に鑑みて、変形評価の誤差を小さくすることができる、土留め壁の計測データの面的可視化における精度向上方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕土留め壁の計測データの面的可視化における精度向上方法において、
土留め壁の変形を面的に把握し、時間経過とともに変動する前記変形の誤差範囲を次の条件式

に基づいて計算することにより、前記土留め壁の変形の実測データと過去に蓄積されたデータとの乖離を補正することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、以下のような効果を奏することができる。
(1) 計測データのバラツキの範囲について、従来は計測機器のカタログ等に記載される公称値などの一定の値を単に用いるのみであるが、本発明によれば、実際の計測に基づいたバラツキを考慮することができ、さらにそのバラツキを時間の経過とともに重視していくことができる。
【0012】
(2) 計測データの解析にあたっては、過去に蓄積された解析値と計測値の乖離を活用することができ、さらに現状に近い条件(例えば気温や時間経過など)における乖離状況を重視することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施例を示す土留め壁の3次元的な変形の表記を示す模式図である。
【図2】本発明の実施例を示す土留め壁の計測器・計測点の配置例を示す図である。
【図3】本発明の実施例を示す土留め壁の測定結果の可視化を示す図面代用写真である。
【図4】本発明に係る計測データの誤差の取扱いのイメージを示す模式図である。
【図5】本発明に係る誤差範囲の更新のイメージを示す模式図である。
【図6】従来の掘削工事の状況を示す図面代用写真である。
【図7】従来のトータルステーションによる土留め壁の計測方法を示す模式図である。
【図8】従来の傾斜角を変位へ換算する方法を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
土留め壁の計測データの面的可視化における精度向上方法において、土留め壁の変形を面的に把握し、時間経過とともに変動する前記変形の誤差範囲を次の条件式

に基づいて計算することにより、前記土留め壁の変形の実測データと過去に蓄積されたデータとの乖離を補正することを特徴とする。
【実施例】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は本発明の実施例を示す土留め壁の3次元的な変形の表記を示す模式図である。
この図において、1は変形のない土留め壁、2は3次元的な変形をした土留め壁、3はその3次元的な変形をした土留め壁2の曲面を示している。
ここでは、土留め壁の変形形状を3次元座標空間(x,y,z)上であらかじめ設定した関数を使って表現する。具体的な関数形としては、スプライン関数などの多項式を使って表現する。なお、ここでは、土留め壁の変形を土留め壁の断面ごとに捉えるのではなく、面的に捉えることを想定し、変形形状を曲面3として扱うものとする。
【0016】
〔曲面の形状〕f(x,y)=z
〔近似関数の定義〕f(x,y)=Σc・N(x)・N(y)
この関数の形状を定める際に、1回微分値、2回微分値を活用し、曲面の勾配および曲率の拘束条件として傾斜角およびひずみを活用する。
〔傾斜角〕df(x,y)/dy=−tanθ
〔ひずみ〕d2 f(x,y)/dx2 =−(2ε)/t
この方法では、傾斜・ひずみの計測値を変位に換算することなく取り扱うことができる。
【0017】
図2は本発明の実施例を示す土留め壁の計測器・計測点の配置列を示す図、図3はその土留め壁の測定結果の可視化を示す図面代用写真である。
これらの図において、11は土留め壁、12はTS(トータルステーション)の測量ターゲット、13は傾斜計やひずみゲージ、14は色が濃く示された部分である。
これらの図に示すように、土留め壁11には、施工前あるいは施工時にTS(トータルステーション)の測量ターゲット12、傾斜計やひずみゲージ13を計測点に配置し、傾斜やひずみを計測できるようにしている。
【0018】
そこで得られた傾斜・ひずみ計測値を、変位に換算することなく、土留め壁のスプライン関数などの多項式を使って表現し、変形形状を曲面として扱い計測する。
図3に示されるように、計測された土留め壁の変形形状は可視化ツールを使って可視化される。図3では土留め壁11の色が濃く示された部分14は前方に大きく変形していることが把握できる。
【0019】
計測点を設定する際には、重点的な管理が必要な場所に傾斜計やひずみゲージ、光ファイバーを追加し、土留め壁の変形挙動の評価の精度を向上させるようにする。
さらに、(1)本発明において、土留め壁の変形挙動の計測結果を面的に展開する方法では、壁面をあらかじめ以下に示す3次B−スプライン法などにより関数として規定しておく。
【0020】
【数1】

式中、Mx , My は水平・鉛直方向の曲面の分割数、cijは各領域での未知数となる係数である。
(1) 式中のcijを求めるために、計測データを活用すると、以下のような制約条件式が得られる(図1参照)。
【0021】
変位の場合: f(xP , yP )=zp …(2)
傾斜角の場合: fy (xq , yq )=−tanθq …(3)
ひずみの場合: fx x (xr , yr )=−2εx r /t
もしくは fy y (xr , yr )=−2εy r /t …(4)
これらの式は、曲面が完全に計測データに一致する条件式であるが、計測データに含まれる誤差等も加味して、以下に示す形で幅を持たせることも可能である。
【0022】
変位の場合: zp −σz <f(xp , yp )<zp +σz …(2’)
傾斜角の場合: −tan(θq +σθ)<fy (xq , yq )<−tan
(θq −σθ) …(3’)
式中、σz やσθは変位や傾斜角の計測データに関する誤差を表し、曲面は誤差の範囲内で変動することができるようになる(図4参照)。
【0023】
ひずみの場合: −2(εx r +σε)/t<fx x (xr , yr
<−2(εx r −σε)/t
もしくは −2(εy r +σε)/t<fy y (xr , yr
<−2(εy r −σε)/t (4′)
最終的には、次式で示される目的関数Q (f;α) を最小化する条件で求める。
【0024】
Q(f;α)=J(f)+αR(f) …(5)
式中、J(f)は曲面の滑らかさを評価する汎関数、R(f)はデータの充足度を評価する汎関数、αは両者のバランスを調整するパラメータである。すなわち、曲面はその滑らかさとデータの充足度のあるバランスのもとで求められるものである。
(2) 曲面を求める上では、計測データの誤差σの設定が重要となる。しかしながら、σは通常は計測機器のカタログに記載されている誤差などを基に、ある一定値を設定することが通常であり、妥当なものではない可能性が高い。
【0025】
図5は本発明に係る誤差範囲の更新のイメージを示す模式図であり、図5(a)は従来の方法の説明図、図5(b)は本発明の方法の説明図である。
本発明の土留め壁の計測データの面的可視化における精度向上方法では、土留め壁の変形を面的に捉える際の不等式条件式について、以下の誤差範囲の条件式に従って、工事の進捗に合わせて誤差の範囲を更新する。
【0026】

上記(6)において、右辺第1項は計測データのバラツキを表す。通常は、右辺第1項は計測データのバラツキを表す。通常はα=0とし、バラツキの範囲は事前設定の一定値±σ0 として取り扱うが、α≠0として計測データの蓄積とともに求められたバラツキσ(上線付き)を考慮することができる。なお、αの具体的な式として、以下の誤差範囲の条件式に示すように、時間の経過とともに1に漸近させる方法が考えられる。
【0027】
α=1−(1/n)
さらに、上記(6)式の右辺の第2項は、作成される曲面と実測データの誤差をデータの蓄積とともに考慮する項である。式(6)の場合は、例えば時間や温度などのズレに影響を与える因子xがあったときに、βx として活用するため、現状と近い因子ほど重みを大きくして取り込むことができる形となっている。
【0028】
なお、上記式(6)の右辺第2項において、過去に蓄積された解析値と実測値の乖離を活用する際に考慮する因子(例えば温度や時間経過など)はあくまで例であり、用いる計測機器の特性や現場の状況に応じて、新たに因子を考慮して活用することができる。
また、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の土留め壁の計測データの面的可視化における精度向上方法は、土留め壁の計測データの面的可視化の信頼性を高めることができる土留め壁の計測データの面的可視化における精度向上方法として利用することができる。
【符号の説明】
【0030】
1 変形のない土留め壁
2 3次元的な変形をした土留め壁
3 土留め壁の曲面
11 土留め壁
12 TS(トータルステーション)の測量ターゲット
13 傾斜計やひずみゲージ
14 色が濃く示された部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
土留め壁の変形を面的に把握し、時間経過とともに変動する前記変形の誤差範囲を次の条件式

に基づいて計算することにより、前記土留め壁の変形の実測データと過去に蓄積されたデータとの乖離を補正することを特徴とする土留め壁の計測データの面的可視化における精度向上方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図3】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−53490(P2013−53490A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−193762(P2011−193762)
【出願日】平成23年9月6日(2011.9.6)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)