説明

圧延機設備保護装置

【課題】スリップ、ミスロール等の圧延異常の防止に寄与する圧延機設備保護装置を提供すること。
【解決手段】上位計算機10から設定値入力装置12へ送信される圧延パススケジュールには、被圧延材の入側厚H、出側厚h、ロール半径R’および摩擦係数μの設定値が含まれる。噛み込み角度算出装置14は、入側厚H、出側厚hおよびロール半径R’の設定値に基づいて、噛み込み角度αを算出する。最大圧下量および最大噛み込み角度算出装置16は、摩擦係数μおよびロール半径R’の設定値に基づき、最大圧下量ΔhMAXおよび最大噛み込み角度αBを算出する。判定装置18は、算出された最大圧下量ΔhMAXおよび最大噛み込み角度αBを上限リミット値として、圧下量(H−h)および噛み込み角度αが異常値であるかどうかを判定する。異常値であると判定された場合には、警報発報装置20は、操業操作者に異常を伝達するため、運転室に警報を発する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スリップ、ミスロール等の圧延異常を防止するための圧延機設備保護装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、圧延機設備において、スリップ、ミスロール等の圧延異常状態が発生した際に、その発生要因を分析し、原因を究明する手法として、圧延を制御する設定値の妥当性、整合性についての調査が実施される。すなわち、上位計算機からの圧延スケジュールに基づく各種設定値から、異常圧延の要因と想定される設定データを人間系により検索した後、重大なパラメータである噛み込み角度、最大圧下量の算出を手動計算によって実施している。
【0003】
また、特開2001−276927号公報には、圧延前コイル重量チェックと、計算コイル重量チェックと、コイルのラップ数(巻き数)に基づくラップチェックとの組み合わせにより、圧延ラインにおける操業異常を特定する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−276927号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した従来の手法では、圧延異常が発生した事後の処置であるので、スリップ、ミスロール等の圧延異常を未然に防止することが困難であった。そして、圧延異常が発生した際には、その要因分析、原因追求に多大な時間を要していた。
【0006】
本発明は、上述のような課題を解決するためになされたもので、スリップ、ミスロール等の圧延異常の防止に寄与する圧延機設備保護装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明に係る圧延機設備保護装置は、被圧延材の圧延後の板厚が目標板厚に近づくように圧延ロール対のロールギャップが制御される圧延機設備を保護する装置であって、上位計算機で計算された、圧延制御を実施するための圧延設定値に基づいて、被圧延材を正常に圧延することのできる最大圧下量および最大噛み込み角度の少なくとも一方を算出する上限値算出手段と、圧延設定値と上限値算出手段の算出結果とに基づいて、異常の有無を判定する異常判定手段と、を備えたものである。
【発明の効果】
【0008】
この発明によれば、被圧延材の圧延制御を実施する際に、上位計算機の不適合過剰設定値に起因するスリップやミスロール等の圧延異常が発生することを未然に防止することができる。このため、圧延異常による操業停止や復旧に要するダウンタイムの発生を確実に防止することができるとともに、高価な圧延ロールの損傷を防ぐことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の圧延機設備保護装置の実施の形態を示すブロック図である。
【図2】圧延ロール対および被圧延材を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。図1は、本発明の圧延機設備保護装置の実施の形態を示すブロック図であり、図2は、圧延ロール対および被圧延材を示す断面図である。
【0011】
本発明は、電動機で駆動される圧延ロール対を備え、被圧延材の圧延後の板厚が目標板厚に近づくように、その圧延ロール対のロールギャップが制御される圧延機、特に複数の圧延スタンドを有する連続圧延機に対して、好ましく適用することができる。
【0012】
圧延機設備において最大圧下試験を実施する際や、実操業での圧延を実施する際、圧延スケジュールにおける圧下量が妥当ではなく、適正な値よりも過大となると、スリップ、ミスロール等の異常状態が発生する。圧延スケジュールにおける制御設定値を計算する上位計算機側において、異常状態を防止するための制御設定値に対する上限リミット値を考慮した設定計算を事前に実施していれば圧下量、圧延荷重、噛み込み角度は適正値となり、異常の発生は懸念されることはない。しかしながら、設定計算で十分に考慮されていない場合が多いのが現状である。
【0013】
本実施形態では、上記のような圧延異常を発生を未然に防止するため、以下のような異常判定を実行することとした。上位計算機10においては、操業計画に基づいた圧延制御設定データの計算が実施され、該当する被圧延材に適合した圧延パススケジュールが決定される。この圧延パススケジュールにおける設定データとしての被圧延材の入側厚H、出側厚h、圧延ロール半径Rおよび摩擦係数μ等を用いて、最大圧下量、最大噛み込み角度、圧下量、噛み込み角度を簡易な計算手段にて算出する。その算出された最大圧下量および最大噛み込み角度を、当該圧延スタンドにおける当該被圧延材の上限リミット値として比較判定値に設定する。そして、それらの上限リミット値と、上位計算機10の計算に基づく圧延設定値である圧下量および噛み込み角度とを比較し、異常の有無を判定する。
【0014】
以下、本実施形態における異常判定方法について、より詳細に説明する。図2に示すように、圧延ロール対(ワークロール対)への被圧延材の入側厚をH[mm]とし、圧延ロール対からの被圧延材の出側厚h[mm]としたとき、その両者の差(H−h)を「圧下量」と呼ぶ。また、圧延ロールと被圧延材とが接触を開始する角度αを「噛み込み角度」と呼ぶ。
【0015】
圧延ロールと被圧延材との接触弧長をL[mm]とし、偏平変形を考慮した圧延ロールの半径(以下、単に「ロール半径」と称する)をR’[mm]とすると、噛み込み角度αは次式により表される。
α=L/R’ ・・・(1)
【0016】
実際の圧延における噛み込み角度αは小さいので、接触弧長Lは、近似的に次式で表すことができる。
L=(H−h)/α ・・・(2)
【0017】
上記(1)および(2)式により、噛み込み角度αは、次のようにして求めることができる。
【0018】
【数1】

【0019】
被圧延材が圧延ロール対に噛み込まれる際には、被圧延材と圧延ロールとの間の摩擦力によって被圧延材が引き込まれる。一方、圧延ロールが被圧延材に及ぼす圧下力の圧延方向成分は、摩擦による被圧延材の引き込み力と逆の方向に作用する。噛み込み角度αや圧下量(H−h)が、ある限界を超えると、圧下力の圧延方向成分が摩擦による引き込み力より大きくなる。そうすると、被圧延材が圧延ロール対に正常に噛み込まれなくなり、スリップやミスロールといった圧延異常が生ずる。
【0020】
被圧延材と圧延ロールとの間の摩擦係数をμとすると、摩擦による引き込み力が圧下力の圧延方向成分以上となるための条件は、次式で表される。
μ≧tanα ・・・(4)
【0021】
従って、正常に圧延することのできる最大の噛み込み角度をαBとすると、μ=tanαBが成り立つ。よって、最大噛み込み角度αBは、次式で表すことができる。
αB=tan-1μ ・・・(5)
【0022】
また、正常に圧延することのできる最大の圧下量をΔhMAXとすると、ΔhMAXは、以下のようにして求めることができる。まず、上記(1)および(2)式を用いると、圧下量(H−h)は、次式で表すことができる。
H−h=α2・R’ ・・・(6)
【0023】
従って、最大圧下量ΔhMAXは、次式で表すことができる。
ΔhMAX=αB2・R’=(tan-1μ)2・R’ ・・・(7)
【0024】
以下、図1示すブロック図を参照して説明する。上位計算機10においては、操業計画に基づいた圧延制御設定データの計算が実施され、該当する被圧延材に適合した圧延パススケジュールが決定される。決定された圧延パススケジュールは、設定値入力装置12へ送信される。この圧延パススケジュールには、被圧延材の入側厚H、出側厚h、ロール半径R’および摩擦係数μの設定値が含まれている。
【0025】
噛み込み角度算出装置14は、入側厚H、出側厚hおよびロール半径R’の設定値に基づいて、上記(3)式に従い、噛み込み角度αを算出する。
【0026】
最大圧下量および最大噛み込み角度算出装置16は、摩擦係数μおよびロール半径R’の設定値に基づき、上記(7)式に従って最大圧下量ΔhMAXを算出するとともに、上記(5)式に従って最大噛み込み角度αBを算出する。
【0027】
判定装置18は、最大圧下量および最大噛み込み角度算出装置16により算出された最大圧下量ΔhMAXおよび最大噛み込み角度αBを上限リミット値として設定する。そして、判定装置18は、圧延パススケジュールの設定値に基づく圧下量(H−h)と、上限リミット値である最大圧下量ΔhMAXとを比較する。その結果、圧下量(H−h)が最大圧下量ΔhMAX以下である場合には、圧下量(H−h)は正常な値であると判定する。これに対し、圧下量(H−h)が最大圧下量ΔhMAXを超えている場合には、圧下量(H−h)は異常値であると判定する。
【0028】
また、判定装置18は、噛み込み角度算出装置14により算出された噛み込み角度αと、上限リミット値である最大噛み込み角度αBとを比較する。その結果、噛み込み角度αが最大噛み込み角度αB以下である場合には、噛み込み角度αは正常な値であると判定する。これに対し、噛み込み角度αが最大噛み込み角度αBを超えている場合には、噛み込み角度αは異常値であると判定する。
【0029】
圧下量(H−h)および噛み込み角度αの少なくとも一方が異常値であると判定装置18が判定した場合には、警報発報装置20は、操業操作者に異常を伝達するため、運転室に警報を発するとともに、異常値の情報を提示する。警報発報装置20としては、例えば、操作卓に備えられた表示器であるHMI(Human Machine Interface)を好ましく用いることができる。すなわち、このHMIに、異常を警告するアラーム表示を実施するとともに、異常値とされた圧下量(H−h)または噛み込み角度αの値と、上限リミット値である最大圧下量ΔhMAXまたは最大噛み込み角度αBとの値とを表示する。異常値が発生した場合には、上記のようにして警報および情報提示がなされることにより、操業操作者は、圧延異常を未然に回避するための処置を迅速且つ適切に実行することができる。なお、警報発報装置20には、併せて、ボイスアナウンス、音声による警報機能が備えられていてもよい。
【0030】
圧延パススケジュールにおける摩擦係数μの設定値としては、圧延の種類に応じて、例えば次のような値を用いることが好ましい。
・熱延の粗ミル: μ=0.3〜0.4程度
・熱延の仕上げミル(前段): μ=0.3〜0.35程度
・熱延の仕上げミル(後段): μ=0.28〜0.35程度
・熱延の仕上げミル(前段で、油圧延の場合): μ=0.2〜0.3以下程度
・冷延(炭素鋼): μ=0.01〜0.08程度
・センジマーミル: μ=0.03〜0.12程度(ステンレス専用の20段ミルの場合)
上記範囲の内で小さい方の値を使用するほど、異常判定をより安全方向に行うことができる。
【0031】
以上説明したように、本実施の形態によれば、被圧延材の圧延制御を実施する際に、上位計算機の不適合過剰設定値に起因するスリップやミスロール等の圧延異常が発生することを未然に防止することができる。このため、圧延異常による操業停止や復旧に要するダウンタイムの発生を確実に防止することができるとともに、高価な圧延ロールの損傷を防ぐことが可能となる。更に、万一、スリップやミスロールが発生した場合であっても、その要因を分析し原因を特定することが容易となる。
【0032】
なお、本実施形態における異常判定では、圧下量(H−h)と最大圧下量ΔhMAXとの比較と、噛み込み角度αと最大噛み込み角度αBとの比較との両方を行っているが、本発明では、この両者のうちの一方の比較のみに基づいて異常判定を行うようにしてもよい。
【0033】
上述した実施の形態においては、最大圧下量および最大噛み込み角度算出装置16が前記第1、第6および第7の発明における「上限値算出手段」に、判定装置18が前記第1、第4および第5の発明における「異常判定手段」に、噛み込み角度算出装置14が前記第2および第3の発明における「噛み込み角度算出装置」に、警報発報装置20が前記第8および第9の発明における「警報手段」に、それぞれ相当している。
【符号の説明】
【0034】
10 上位計算機
12 設定値入力装置
14 噛み込み角度算出装置
16 最大圧下量および最大噛み込み角度算出装置
18 判定装置
20 警報発報装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被圧延材の圧延後の板厚が目標板厚に近づくように圧延ロール対のロールギャップが制御される圧延機設備を保護する装置であって、
上位計算機で計算された、圧延制御を実施するための圧延設定値に基づいて、前記被圧延材を正常に圧延することのできる最大圧下量および最大噛み込み角度の少なくとも一方を算出する上限値算出手段と、
前記圧延設定値と、前記上限値算出手段の算出結果とに基づいて、異常の有無を判定する異常判定手段と、
を備えることを特徴とする圧延機設備保護装置。
【請求項2】
前記被圧延材を前記圧延ロール対が噛み込むときの噛み込み角度を算出する噛み込み角度算出手段を備えることを特徴とする請求項1記載の圧延機設備保護装置。
【請求項3】
前記噛み込み角度算出手段は、前記被圧延材の入側厚および出側厚と、前記圧延ロールの半径とに基づいて、前記噛み込み角度を算出することを特徴とする請求項2記載の圧延機設備保護装置。
【請求項4】
前記異常判定手段は、前記最大噛み込み角度と、前記噛み込み角度算出手段により算出された噛み込み角度とを比較した結果に基づいて、異常の有無を判定することを特徴とする請求項2または3記載の圧延機設備保護装置。
【請求項5】
前記異常判定手段は、前記最大圧下量と、前記被圧延材の入側厚と出側厚との差として算出される圧下量とを比較した結果に基づいて、異常の有無を判定することを特徴とする請求項1記載の圧延機設備保護装置。
【請求項6】
前記上限値算出手段は、前記被圧延材と前記圧延ロールとの間の摩擦係数と、前記圧延ロールの半径とに基づいて、前記最大圧下量を算出する手段を有することを特徴とする請求項1乃至5の何れか1項記載の圧延機設備保護装置。
【請求項7】
前記上限値算出手段は、前記被圧延材と前記圧延ロールとの間の摩擦係数に基づいて、前記最大噛み込み角度を算出する手段を有することを特徴とする請求項1乃至6の何れか1項記載の圧延機設備保護装置。
【請求項8】
前記異常判定手段の判定結果に基づいて警報を発する警報手段を備えることを特徴とする請求項1乃至7の何れか1項記載の圧延機設備保護装置。
【請求項9】
前記警報手段は、前記異常判定手段により異常と判定された場合に、異常値の情報を圧延制御操作者に対して伝達する手段を有することを特徴とする請求項8記載の圧延機設備保護装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−62715(P2011−62715A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−214112(P2009−214112)
【出願日】平成21年9月16日(2009.9.16)
【出願人】(501137636)東芝三菱電機産業システム株式会社 (904)