説明

多孔質炭素材の製造方法

【課題】気孔径が大きく、気孔率が高い多孔質炭素材、具体的には60μm以上の気孔径と75%以上の気孔率を有し、ハンドリング性も良好な多孔質炭素材の製造方法を提供すること。
【解決手段】セルロース繊維を10〜90重量部、熱硬化性樹脂溶液の浸透性が低い熱揮散性有機物繊維を10〜90重量部、抄紙バインダーを5〜30重量部の割合で混合抄紙した混合紙に、熱硬化性樹脂溶液を含浸して半硬化し、次いで、所望の厚さに積層して硬化処理した後、非酸化性雰囲気下、800℃以上の温度で焼成することを特徴とする多孔質炭素材の製造方法。好ましくは、混合紙への熱硬化性樹脂の付着量が5〜50g/mとなるように熱硬化性樹脂溶液を含浸する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気孔径が大きく、気孔率が高い多孔質炭素材、例えば、具体的に60μm以上の気孔径および75%以上の気孔率を有する多孔質炭素材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素材は非酸化性雰囲気において優れた耐熱性や強度を有し、また導電性、熱伝導性および化学的安定性も高く、各種工業材料として広く使用されており、また、炭素材を多孔質化した炭素材は軽量であり、フィルター、断熱材、触媒担体、燃料電池の電極材などとして広く有用されている。
【0003】
多孔質炭素材の製造技術としては、炭素繊維をパルプとともに抄紙して得られたシートに熱硬化性樹脂溶液を含浸して積層し、硬化成形して焼成炭化する方法(例えば、特許文献1など)が古くから知られている。しかし、この方法は高価な炭素繊維を使用するので製造コストが増大し、また気孔性状の制御が難しいという難点がある。
【0004】
この難点を解消するために炭素繊維に代えて炭素繊維製造用の有機繊維を用い、これにパルプなどを配合して抄紙したシートに有機高分子物質を含浸したのち焼成処理する方法(例えば、特許文献2など)が提案されている。しかし、この方法では、組織内に局部的に閉塞された空隙部分が形成され易く、均質で制御された気孔性状のものを得ることが困難である。
【0005】
そこで、セルロースを主成分とする安価な有機物質の抄紙シートに熱硬化性樹脂溶液を含浸し、樹脂含浸シートを積層して熱圧成形および焼成炭化する方法が開発されている。例えば、特許文献3にはα―セルロースを主成分とする熱揮散性物質を抄紙してシート化する工程と、シートに熱硬化性樹脂溶液を含浸する工程と、含浸シートを加熱して半硬化する工程と、半硬化シートを積層して加熱しながら圧縮する工程と、焼成炭化する工程とからなる多孔質炭素材の製造方法が提案されている。
【0006】
また、特許文献4にはα―セルロースを主成分とする有機質物60〜90重量部と水溶性抄紙バインダー10〜40重量部を水に分散させて抄紙するシート成形工程、成形シートを残炭率40%以上の熱硬化性樹脂溶液に浸漬処理したのち半硬化し、該半硬化シートの所要枚数を加熱圧縮下に積層成形する一次成形工程、複数枚の一次成形体を前記工程と同一の半硬化シートを接合面に介在させて熱圧縮下に積層成形する二次成形工程、得られた二次成形体を非酸化性雰囲気下で800℃以上の温度により焼成炭化する炭素化工程とからなる肉厚ポーラスカーボン材の製造方法が提案されている。
【特許文献1】特開昭53−018603号公報
【特許文献2】特開昭61−012918号公報
【特許文献3】特開平03−183672号公報
【特許文献4】特開平05−051280号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、多孔質炭素材に求められる気孔性状はその用途によって様々であり、例えば、燃料電池のガス拡散層やフィルターあるいは触媒担体などにおいては、気孔径が大きく、また気孔率の高い多孔質炭素材の要求が強い。
【0008】
しかし、上記の先行技術により製造される多孔質炭素材は気孔径および気孔率が十分でなく、例えば気孔径が60μmを越え、気孔率が75%を上回るような気孔性状の多孔質炭素材を製造することは困難である。単に、高気孔径、高気孔率の炭素材を製造するのであれば、樹脂含浸シートの積層体を成形する際のプレス圧を極めて低くすることによりある程度は可能であるが、得られる多孔質炭素材は積層間で剥離し易くなり、また材質も脆弱となり実用的でなくなる。
【0009】
そこで、本発明者は、上記の問題点を解消すべく鋭意研究を行い、特定の熱揮散性有機物繊維を混抄した混合紙を用いることにより大きな気孔径と高い気孔率を備え、ハンドリング性も優れた材質性状の多孔質炭素材が製造できることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明はこの知見に基いて完成したもので、その目的は、気孔径が大きく、気孔率が高い多孔質炭素材、具体的には60μm以上の気孔径と75%以上の気孔率を有し、ハンドリング性も良好な多孔質炭素材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するための本発明に係る多孔質炭素材の製造方法は、セルロース繊維を10〜90重量部、熱硬化性樹脂溶液の浸透性が低い熱揮散性有機物繊維を10〜90重量部、抄紙バインダーを5〜30重量部の割合で混合抄紙した混合紙に、熱硬化性樹脂溶液を含浸して半硬化し、次いで、所望の厚さに積層して硬化処理した後、非酸化性雰囲気下、800℃以上の温度で焼成することを構成上の特徴とする。
【0012】
また、上記構成において、混合紙への熱硬化性樹脂の付着量が5〜50g/mとなるように混合紙に熱硬化性樹脂溶液を含浸することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、セルロース繊維と熱硬化性樹脂溶液の浸透性が低い熱揮散性有機物繊維および抄紙バインダーとを特定の割合で混合抄紙した混合紙を用いることにより、大きな気孔径と高い気孔率、例えば、60μm以上の気孔径と75%以上の気孔率を備え、ハンドリング性も優れた多孔質炭素材を製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
熱硬化性樹脂溶液を含浸する混合紙は、セルロース繊維と熱揮散性有機物繊維および抄紙バインダーを混合抄紙したものである。
【0015】
セルロース繊維は木材パルプやレーヨンパルプなどのパルプ類、再生繊維などセルロース質の繊維であれば、その繊維径、繊維長、断面形状などに拘わらず何れも使用することができる。なお、セルロース繊維を10〜90重量部とするのは、熱硬化性樹脂とともに多孔質炭素材の骨格を形成するもので必要不可欠な成分であって、10重量部を下回る場合には強度が弱く保形性がなくなるからであり、90重量部を上回る場合には気孔率が低下する。
【0016】
熱揮散性有機物繊維は熱硬化性樹脂溶液の浸透性が低いことが必要である。熱揮散性有機物繊維は多孔質炭素材を製造するプロセスである特に焼成時に揮発、分解して消失し、空隙を形成して多孔質性状を付与する物質である。セルロース繊維も加熱処理された場合に揮散する性質を有しているが、熱硬化性樹脂溶液を含浸する際に繊維自体の内部にまで熱硬化性樹脂溶液を吸収して取り込むために、焼成時に全てが揮散除去されずに残存し、焼成後に一部が炭化物として骨格を形成する半面、多孔質炭素材の空隙が塞がれることになり、気孔性状が悪化する。
【0017】
そこで、本発明においては、熱硬化性樹脂溶液との濡れ性が低く、繊維内部への浸透性が低い熱揮散性有機物繊維を用いるもので、熱硬化性樹脂溶液を含浸する際に繊維自体の内部に吸収され取り込まれる樹脂溶液は極めて僅かとなる。したがって、焼成後には熱揮散性有機物繊維の大部分は揮散除去されるので、焼成後に残留する炭化物が極めて少なくなり、気孔性状の悪化を効果的に抑止することができる。
【0018】
この熱揮散性有機物繊維は、混合抄紙する際に水などの分散媒に不溶で、また熱硬化性樹脂溶液を含浸する際の熱硬化性樹脂を溶解する溶媒に不溶であることが必要である。更に、樹脂を半硬化する50〜150℃程度の温度で軟化したり、溶融しないものが用いられる。
【0019】
このような熱揮散性有機物繊維としては、例えば、ポリプロピレン繊維、ポリオレフィン繊維、ポリエステル繊維、ポリエチレン繊維、ナイロン繊維などを例示することができる。混合抄紙する際に、この熱揮散性有機物繊維の重量割合を10〜90重量部とするのは、10重量部を下回ると気孔率や気孔径が低くなり、90重量部を越えると空隙が著しく増えて強度が低下し、ハンドリング上実用に耐えなくなる。
【0020】
抄紙バインダーは抄紙時にセルロース繊維と熱揮散性有機物繊維とのつなぎ材として機能するもので、混合紙のハンドリング性を高めるために使用する。抄紙バインダーとしては、例えばアカマツ、エゾマツ、トドマツ、カラマツ、モミ、ツガなどの針葉樹系パルプ類が用いられる。抄紙バインダーの重量割合を5〜30重量部とするのは、混合紙のハンドリング性を確保するためには5重量部以上が必要であり、一方30重量部を越えると混合紙の空隙が減少し、多孔質炭素材の気孔径や気孔率が低下する。
【0021】
これらのセルロース繊維、熱揮散性有機物繊維および抄紙バインダーは、上記の重量部の範囲内で所望する重量部の割合で水媒体中に分散させ、水分散液は長網式や丸網式などの湿式抄紙機により混合抄紙した後、乾燥して混合紙を作製する。
【0022】
次いで、混合紙に熱硬化性樹脂溶液を含浸する。含浸する熱硬化性樹脂は高残炭率、例えば残炭率が40重量%以上のフェノール系、フラン系、ポリイミド系などの樹脂を単独または複数混合して用いられ、これらの熱硬化性樹脂は適宜な有機溶媒に溶解して熱硬化性樹脂溶液を作製する。有機溶媒としてはセルロース繊維、熱揮散性有機物繊維および抄紙バインダーを溶解せず、低粘度で浸透性が高いアルコール類が好適であり、樹脂濃度は含浸性などを考慮して適宜な濃度に調整する。なお、混合紙への熱硬化性樹脂溶液の含浸は混合紙を熱硬化性樹脂溶液に浸漬する、あるいは混合紙に熱硬化性樹脂溶液を塗布するなどの方法で行われる。
【0023】
熱硬化性樹脂溶液を含浸した混合紙は、樹脂種によるが概ね50〜150℃程度の温度に加熱して樹脂成分を半硬化した後、所望する厚さに積層し、100〜200℃程度の温度に加熱して樹脂成分を硬化処理する。混合紙に含浸し、硬化処理された樹脂成分は焼成してガラス状カーボンに転化し、多孔質炭素材の骨格を補強して強度向上に機能する。
【0024】
この場合、熱硬化性樹脂溶液の含浸量は、混合紙への熱硬化性樹脂の付着量が5〜50g/mとなるように含浸することが好ましい。付着量が5g/m未満では焼成時に炭化する量が少ないので多孔質炭素材の強度が著しく低下し、一方、50g/mを越えると焼成後の炭素量が多くなり、多孔質炭素材の空隙が閉塞され、気孔径や気孔率の低下を招くことになる。
【0025】
硬化処理した積層体は、常法により非酸化性雰囲気下、800℃以上の温度で焼成し、熱硬化性樹脂を炭化することにより多孔質炭素材が製造される。
【実施例】
【0026】
以下、本発明の実施例を比較例と対比して具体的に説明する。
【0027】
実施例1
セルロース繊維として再生レーヨン繊維(17DTEX×10mm、ダイワボウレーヨン社製)、熱揮散性有機物繊維としてポリプロピレン繊維(17DTEX×10mm、ダイワボウポリテック社製)、抄紙バインダーとして針葉樹パルプ(NBKP)を用い、再生レーヨン繊維50重量部、ポリプロピレン繊維20重量部、針葉樹パルプ30重量部の割合で水23000重量部に攪拌混合して水分散液を作製した。この分散液を、パルプ試験用手すき紙調製方法(JIS P8209)に準じて混合抄紙した。
【0028】
熱硬化性樹脂にはフェノール樹脂(スミライトレジンPR940、住友ベークライト社製)、溶媒にはメタノールを用いて樹脂濃度20重量%の樹脂溶液を調製し、上記の混合紙へのフェノール樹脂の付着量は45g/mとなるように含浸した。その後、風乾して溶媒を除去し、150℃の温度でフェノール樹脂を半硬化した。
【0029】
次いで、この混合紙を6枚積層し、過度の圧力が掛からないようにスペーサーを介在させて200℃で12時間保持して、プレスしながら硬化処理した。その後、窒素雰囲気の電気炉に入れ、1000℃の温度で12時間焼成炭化して多孔質炭素材を製造した。
【0030】
実施例2
実施例1において、抄紙原料の再生レーヨン繊維を30重量部、ポリプロピレン繊維を40重量部、抄紙バインダーを30重量部とし、積層枚数を5枚とした他は、実施例1と同じ方法で多孔質炭素材を製造した。なお、混合紙へのフェノール樹脂の付着量は40g/mとなるように含浸した。
【0031】
実施例3
実施例1において、抄紙原料の再生レーヨン繊維を20重量部、ポリプロピレン繊維を50重量部、抄紙バインダーを30重量部とし、積層枚数を5枚とした他は、実施例1と同じ方法で多孔質炭素材を製造した。なお、混合紙へのフェノール樹脂の付着量は35g/mとなるように含浸した。
【0032】
比較例1
実施例1において、抄紙原料の再生レーヨン繊維を70重量部、抄紙バインダーを30重量部、ポリプロピレン繊維を無添加とし、積層枚数を8枚とした他は、実施例1と同じ方法で多孔質炭素材を製造した。なお、混合紙へのフェノール樹脂の付着量は40g/mとなるように含浸した。
【0033】
比較例2
実施例1において、抄紙原料のポリプロピレン繊維を70重量部、抄紙バインダーを30重量部、再生レーヨン繊維を無添加とし、積層枚数を4枚とした他は、実施例1と同じ方法で多孔質炭素材を製造した。なお、混合紙へのフェノール樹脂の付着量は40g/mとなるように含浸した。
【0034】
比較例3
実施例2において混合紙へのフェノール樹脂の付着量を55g/mとなるように含浸した他は、実施例2と同じ方法で多孔質炭素材料を調製した。
【0035】
比較例4
実施例2において混合紙へのフェノール樹脂の付着量を3g/mとなるように含浸した他は、実施例2と同じ方法で多孔質炭素材料を調製した。
【0036】
比較例5
実施例1において抄紙原料のポリプロピレン繊維を5重量部、抄紙バインダーを10重量部、再生レーヨン繊維を95重量部とし、積層枚数を5枚とした以外は実施例1と同じ方法で多孔質炭素材料を製造した。なお、混合紙へのフェノール樹脂の付着量は40g/mとなるように含浸した。
【0037】
比較例6
実施例1において抄紙原料のポリプロピレン繊維を95重量部、抄紙バインダーを10重量部、再生レーヨン繊維を5重量部とし、積層枚数を5枚とした以外は実施例1と同じ方法で多孔質炭素材料を製造した。なお、混合紙へのフェノール樹脂の付着量は40g/mとなるように含浸した。
【0038】
これらの多孔質炭素材について、下記の方法で気孔径および気孔率を測定し、得られた結果を表1に示した。
測定装置;島津製作所製、ポアサイザー9320、
測定条件;圧力0〜30Psi、水銀表面張力485dyn/cm、水銀接触角130°、
なお、気孔率は気孔径300〜10μmの細孔容量より算出。
【0039】
【表1】

【0040】
表1より、実施例1〜3の多孔質炭素材は何れも気孔径が60μm以上、気孔率も75%以上あり、またハンドリング性も良好であった。これに対し、比較例1の多孔質炭素材は気孔径が小さく、比較例2の多孔質炭素材ではハンドリング性に問題があった。
【0041】
比較例3では樹脂による気孔の閉塞によって気孔径および気孔率が低下し、特に気孔率の低下が著しかった。比較例4では気孔率、気孔径ともに良好であったが、積層層間の剥離を生じハンドリング性が低下した。
【0042】
比較例5の試料は気孔径、気孔率とも低下した。比較例6はハンドリング性が著しく低下して水銀ポロシメータによる気孔径、気孔率測定および曲げ強度試験ができなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース繊維を10〜90重量部、熱硬化性樹脂溶液の浸透性が低い熱揮散性有機物繊維を10〜90重量部、抄紙バインダーを5〜30重量部の割合で混合抄紙した混合紙に、熱硬化性樹脂溶液を含浸して半硬化し、次いで、所望の厚さに積層して硬化処理した後、非酸化性雰囲気下、800℃以上の温度で焼成することを特徴とする多孔質炭素材の製造方法。
【請求項2】
混合紙への熱硬化性樹脂の付着量が5〜50g/mとなるように混合紙に熱硬化性樹脂溶液を含浸する、請求項1記載の多孔質炭素材の製造方法。

【公開番号】特開2008−156145(P2008−156145A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−345410(P2006−345410)
【出願日】平成18年12月22日(2006.12.22)
【出願人】(000219576)東海カーボン株式会社 (155)
【Fターム(参考)】