説明

多能性幹細胞に由来する肝細胞系譜細胞

【課題】霊長類由来の多能性胚細胞、特にヒトに由来するものから、より均一な分化細胞集団を生じさせるための技術を提供する。
【解決手段】多能性幹細胞を肝細胞分化誘導物質の存在下で培養すると、肝細胞の表現型特徴を備えた細胞が著しく高い割合を占める細胞集団が導き出されることが見いだされた。1つの例では、ヒト胚性幹細胞に胚様体を形成させた後に、分化誘導物質であるn-酪酸と組み合わせ、選択的には成熟因子を補充する。もう1つの例では、フィーダー細胞を含まない培養下にあるヒト胚性幹細胞に、n-酪酸を添加する。いずれの方法でも、肝細胞の形態的特徴を備え、肝細胞に特徴的な表面マーカーを発現し、かつ肝機能のために重要な酵素活性および生合成活性を有する細胞が大部分を占める、著しく均一な細胞集団が得られる。幹細胞は培養下で容易に増殖するため、このシステムは、薬物スクリーニングのようなさまざまな用途、および臨床治療の状況下で肝機能を回復させるための、肝細胞系譜の豊富な供給源を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は一般に、胚細胞および肝細胞の細胞生物学の分野に関する。より詳細には、本発明は、特定の培養条件下におけるヒト多能性幹細胞の肝細胞系譜細胞への定方向分化に関する。
【0002】
関連出願の参照
本出願は、2000年4月27日に提出された米国仮特許出願第60/200,095号、および2000年11月20日に提出された米国実用特許出願第09/718,308号に対する優先権を主張するものである。米国における遂行を目的として、これらの優先出願はその全体が参照として本明細書に組み入れられる。
【背景技術】
【0003】
世界中の何百万もの人々が肝疾患に罹患している。劇症肝炎は肝機能の即時的かつ破局的な停止を意味する臨床医学用語であり、これは通常、数時間以内に死に至る。慢性肝炎および肝硬変などの他の形態の肝疾患では、肝機能が潜在的かつ進行性に不全に陥り、生理的健康度および長期予後に深刻な悪影響を及ぼす。米国では毎年、肝疾患による入院が300,000件に上り、30,000人が死亡している。その一方で、移植が可能なドナー肝臓の数は約4,500に過ぎない。
【0004】
健康な肝臓はそれ自体に顕著な再生能力があるが、この能力が損なわれるとその転帰は悲惨なものである。自然な再生過程を補い、それによって患者の肝機能を回復させるための方法を見いだすことは現代医学の重要な課題となっている。
【0005】
小動物モデルにおいて肝前駆細胞の同定を目的とした研究がこれまでいくつか行われている。アジェリ(Agelli)ら(Histochem. J. 29:205、1997)、ブリル(Brill)ら(Dig. Dis. Sci. 44:364、1999)およびリード(Reid)ら(米国特許第5,576,207号)は、ラット胚および新生仔の肝臓から初期肝前駆細胞を増殖させる条件を提唱している。ミハロポロス(Michalopoulos)ら(Hepatology 29:90、1999)は、ラット肝細胞および非実質細胞を生体基質中で培養するためのシステムを報告している。ブロック(Block)ら(J. Cell Biol. 132:1133、1996)は、肝細胞の初代培養物における増殖、クローン成長および特異的分化が、化学的に規定された培地中での増殖因子の組み合わせによって誘導されるための条件を開発した。前駆細胞(時には「肝芽細胞」または「オバール細胞」と呼ばれる)から派生した成熟ラット肝細胞が、成熟肝細胞または胆道上皮細胞のいずれにも分化する能力を持つことはしばらく前から知られている(L. E. Rogler、Am. J. Pathol. 150:591、1997;M. Alison、Current Opin. Cell Biol. 10:710、1998;Lazaroら、Cancer Res. 58:514、1998;Germainら、Cancer Res. 48:4909、1988)。
【0006】
残念ながら、再構成療法(reconstitution therapy)に直ちに用いうるヒト肝細胞の供給源はまだ同定されていない。欧州特許出願第EP 953 633 A1号は、提供されたヒト肝組織から、外見上、増殖および分化したヒト肝細胞が生じる細胞培養法および培地を提示している。これまでのほとんどの検討では、培養下でのヒト肝細胞の複製能力は期待にそぐわないものであった。その対策として、SV40ウイルスのラージT抗原をトランスフェクトさせることによって肝細胞を不死化させることが提案されている(米国特許第5,869,243号)。
【0007】
最近のさまざまな発見により、幹細胞が、疾患や感染の過程で、または先天異常のために障害を受けた種々の細胞種および組織の代わりとなる、それらの供給源になるのではないかという期待が高まっている。幹細胞と推定されているさまざまな種類の細胞は、分裂に伴って分化して、心臓、肝臓または脳などの特定組織に特有な機能を果たす細胞へと成熟する。
【0008】
特に重要な進展は、胚組織から2種類のヒト多能性幹(hPS)細胞が単離されたことであった。多能性細胞は体内のほとんどの細胞種に分化する能力を持つと考えられている(R.A. Pedersen、Scientif. Am. 280(4):68、1999)。胚性幹細胞に関する初期の研究はマウスで行われた(Robertson、Meth. Cell Biol. 75:173、1997;およびPedersen、Reprod. Fertil. Dev. 6:543、1994に総説がある)。しかし、サルおよびヒトの多能性細胞ははるかに脆弱なことがわかっており、マウス胚細胞と同じ培養条件には反応しない。霊長類動物の胚細胞を入手してエクスビボで培養することを可能とする発見がなされたのはごく最近のことである。
【0009】
霊長類動物からの胚性幹細胞の培養に成功したのは、トムソン(Thomson)ら(米国特許第5,843,780号;Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92:7844、1995)が最初であった。彼らはその後、ヒト胚盤胞からヒト胚性幹(hES)細胞系を導き出した(Science 282:114、1998)。ギアハート(Gearhart)らは、胎児性腺組織からヒト胚性生殖(hEG)細胞系を導き出した(Shamblottら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95:13726、1998および国際特許出願・国際公開公報第98/43679号)。hES細胞およびhEG細胞はいずれも長い間探し求められてきたヒト多能性幹(hPS)細胞の特徴を備えている。すなわち、それらはインビトロで分化せずに増殖を続けることができ、正常な核型を保つほか、分化して成体のあらゆる細胞種を生成する能力がある。
【0010】
培養下または奇形腫において多能性幹細胞が自然分化すると、ある範囲にわたる種々の細胞系譜に相当する、均一でない表現型の混合物からなる細胞集団が生じる。多くの用途では、分化した細胞は、それらが示す表現型およびそれらが生成しうる子孫の種類の双方の点に関して、より均一な性質のものであることが望ましい。
【0011】
したがって、霊長類由来の多能性胚細胞、特にヒトに由来するものから、より均一な分化細胞集団を生じさせるための技術に関する需要が存在する。
【発明の概要】
【0012】
本発明は、多能性細胞から肝細胞系譜の細胞に分化した霊長類細胞の効率的な作製のためのシステムを提供する。未分化細胞および他の組織型への分化が決定された細胞と比べて肝細胞に典型的な特徴を相対的に多く備える、このような細胞の培養物が得られた。
【0013】
本発明の1つの態様は、霊長類多能性幹(pPS)細胞を、集団内のかなりの割合の細胞が肝細胞系譜の細胞の特徴を有するような様式で分化させることによって得られる細胞集団である。望ましい特徴を以下の説明に列挙する。細胞は以下の項目のうちいずれかまたはすべてを示してよい:抗体で検出可能なα1-抗トリプシンまたはアルブミンの発現;抗体で検出可能なα-フェトプロテインの発現が存在しないこと;逆転写PCR増幅により検出可能なレベルでのアシアロ糖タンパク質受容体の発現;グリコーゲン蓄積の徴候;シトクロムp450またはグルコース-6-ホスファターゼ活性の徴候;および肝細胞の形態的特徴。好ましい細胞集団は、集団内の細胞の比較的高い割合が、これらの肝細胞の特徴のうち複数を有するものである。細胞が複製して子孫を生成するのは、分化の過程でもよく、その後の操作の際でもよいことが認識されている。このような子孫も、明示的に除外されない限り、すべての場合に本発明の範囲に含まれる。
【0014】
代表的な細胞は、ヒト胚盤胞から生じた培養物から得られた胚性幹(hES)細胞を分化させることによって得られる。分化した細胞は、pPS細胞を、n-酪酸または本開示に概説する他の分化誘導物質)などの肝細胞分化誘導物質を含む成長環境で培養することによって生じる。分化誘導物質は、フィーダー細胞の存在下または非存在下で培養している未分化pPS細胞に直接添加することができる。または、pPS細胞を混合細胞集団に分化させ(例えば、胚様体を形成させることにより、または培養物を過成長させることにより)、分化誘導物質を混合集団に添加する。これによって生じるのは、細胞のかなりの割合が望ましい表現型を有する、不均一性の少ない集団である。場合によっては、本培養法には本開示に例示するものなどの肝細胞成熟因子も含まれ、これにはDMSOなどの溶媒、FGF、EGFおよび肝細胞増殖因子などの増殖因子、ならびにデキサメタゾンなどのグルココルチコイドが含まれる。
【0015】
本発明のもう1つの態様は、本発明の分化細胞集団から収集された、またはこのような集団から収集した細胞の子孫である、肝細胞系譜の細胞の特徴を有する分化細胞である。その模範例は、フィーダー細胞を本質的に含まない成長環境にあるヒト多能性幹(hPS)細胞を提供すること;hPS細胞を、肝細胞分化誘導物質を含む培地中で、肝細胞の特徴的特性を備えた細胞が濃縮された細胞集団が生じる条件下において培養すること;およびその後に、濃縮細胞集団から分化細胞を収集すること、によって得られる分化細胞である。
【0016】
本発明のもう1つの態様は、インビトロ培養における維持が可能な分化細胞を得るためにヒト多能性幹(hPS)細胞を処理する方法であって、hPS細胞の培養物を提供すること、および細胞を基質上で、肝細胞分化誘導物質を含む培地中にて、分化細胞の濃縮を可能にする条件下において培養することによる方法である。このような方法に関連して用いるために有利な技法および試薬については、以下の本開示において詳細に説明する。同じく本発明の態様となるのは、本発明の方法によって生じる分化細胞、特に肝細胞系譜の細胞の特徴を有するものである。
【0017】
本発明のさらにもう1つの態様は、化合物の肝細胞毒性または肝細胞の修飾に関するスクリーニングの方法であって、本発明の分化細胞を接触させること、およびその結果生じた細胞における表現型または代謝の変化を判定することを含む方法である。本発明のもう1つの態様は、血液などの流体を解毒する方法であって、本発明の分化細胞を、細胞が流体中の毒素を除去または改変するのを可能にする条件下において流体と接触させることを含む方法である。これに関連して、本開示に記載の分化細胞は、肝臓支持装置の一部として、または個体における肝細胞機能の再構成を目的とする治療的投与のために用いることができる。
【0018】
本発明の上記およびその他の態様は、以下の説明から明らかになると考えられる。
【0019】
詳細な説明
本発明は、霊長類由来の多能性幹細胞から肝細胞系譜の分化した細胞を調製するためのシステムを提供する。
【0020】
多能性幹細胞を肝細胞分化誘導物質の存在下で培養すると、培養肝細胞の表現型特徴を備えた細胞が著しく高い割合を占める細胞集団が導き出されることが見いだされた。選択的には、肝細胞成熟因子の存在下で細胞を培養することにより、この作用を増強することができる。多能性幹細胞は培養下で1年またはそれ以上(300回を上回る集団倍加回数)にわたって増殖可能であるため、本開示に述べる本発明により、さまざまな開発上および治療上の目的に適した肝細胞様細胞のほとんど限りない供給が得られる。
【0021】
図2は、原型となる肝細胞分化誘導物質であるn-酪酸の存在下で培養することによって分化した細胞の位相差顕微鏡写真である。細胞は、多角形であることを含め、肝細胞の一様な特徴を示しており、アルブミン、α1-抗トリプシン(AAT)およびアシアロ糖タンパク質受容体などの特徴的な表現型マーカーを呈する一方で、α-フェトプロテインを欠いている。細胞は酪酸含有培地中で1〜3週間にわたって維持された。
【0022】
酪酸およびトリコスタチンAなどのヒストンデアセチラーゼ阻害剤が広範囲にわたる細胞種の分化に関与するとみられていることを考えると、この発見は驚くべきものである。先験的には、酪酸は、胚性幹細胞をフィーダー細胞の非存在下またはレチノイン酸の存在下で増殖させた場合の結果のように、多能性幹細胞集団が幅広い不均一な集団に分化するのを促すと考えるのが論理的であると考えられる。この予想に反して、肝細胞系譜細胞の著しく均一な集団が得られる。
【0023】
これは、ヒト多能性幹細胞集団の分化における新たな重要なパラダイムである。本発明者らの知る限り、いかなる種類の胚性幹細胞からも肝細胞系譜細胞のこのような一様な集団が得られたという公表された報告はない。
【0024】
初代培養肝細胞におけるDNA合成およびマーカー発現に対する酪酸の影響は、グラッドハウク(Gladhaug)ら(Cancer Res. 48:6560、1988)、エンゲルマン(Engelmann)ら(In vitro Cell. Dev. Biol. 23:86、1987)、シュテッカー(Staecker)ら(J. Physiol. 135:367、1988;Arch. Biochem. Biophys. 261:291、1988;およびBiochem. Biophys. Res. Commun. 147:78、1987)によって検討されている。ヒト肝細胞系に対する酪酸の影響は、サイトウ(Saito)ら(Int. J. Cancer 48:291、1991)およびユーン(Yoon)ら(Int. J. Artif. Organs 22:769、1999)によって検討されている。ラットのオバール細胞(肝細胞前駆細胞)に対する酪酸の影響は、パック(Pack)ら(Exp. Cell Res. 204:198、1993)およびジェルマン(Germain)ら(Cancer Res. 48:368、1988)によって検討されている。ラット肝臓星細胞の初代培養物に対するトリコスタチンAの影響は、ニキ(Niki)ら(Hepatology 29:858、1999;および欧州特許出願第9837742 A1号)によって検討されている。肝細胞および胆道上皮への両性分化能があるラット胚肝臓上皮細胞に対する酪酸の影響は、ブルアン(Blouin)ら(Exp. Cell Res. 21:22、1995)によって検討されている。培養ラット肝臓上皮細胞前駆細胞に対する酪酸の影響は、コールマン(Coleman)ら(J. Cell. Physiol. 161:463、1994)によって検討されている。ログラー(L.E. Rogler)(Am. J. Pathol. 150:591、1997)は、マウス肝芽細胞細胞系をDMSOまたは酪酸ナトリウムで処理すると急速に肝細胞への分化が誘導されると報告している。ワトキンス(Watkins)ら(J. Dairy Res. 66:559、1999)は、酪酸がヒト肝腫瘍細胞におけるアポトーシスも誘導しうると報告している。これらの研究はすべて、形質転換肝細胞または分化が決定された(committed)肝細胞前駆細胞のいずれかである、成熟肝細胞である細胞に関するものである。
【0025】
酪酸には、培養下およびインビボの双方において、さまざまな他の細胞種に対する分化誘導作用および調節作用があることが示されている。コスギ(Kosugi)ら(Leukemia 13:1316、1999)およびタマガワ(Tamagawa)(Biosci. Biotechnol. Biochem. 62:1483、1998)は、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤が急性骨髄性白血病細胞における強力な分化誘導物質であることを報告している。デービス(Davis)ら(Biochem J. 346 pt 2:455、2000)およびリベロ(Rivero)ら(Biochem. Biophys. Res. Commun. 248:664、1998)は、赤芽球分化における酪酸の影響について考察している。ペリン(Perrine)ら(Am. J. Pediatr. Hematol. Oncol. 16:67、1994)およびペリン(Perrine)ら(N. Engl. J. Med. 328:81、1993)は、酪酸誘導体が、β-グロビン障害において胎児グロビン産生を刺激する物質であると提唱している。タイ(Tai)ら(Hematol. Oncol. 14:181、1996)は、好酸球顆粒含有細胞の分化に対する酪酸の影響を分析している。
【0026】
米国特許第5,763,255号は、乾燥した未変性繊維状コラーゲン細胞培養基質上に置いた未分化細胞に5mM酪酸を添加する、上皮細胞の分化を誘導するための方法を報告している。ヤマダ(Yamada)ら(Biosci. Biotech. Biochem. 56:1261、1992)は、3種の線維芽細胞系および2種の上皮細胞系に対する酪酸の影響を検討している。ジェング(Jeng)ら(J. Periodontal. 70:1435、1999)は、培養歯肉線維芽細胞に対する酪酸およびプロピオン酸の影響を検討している。デベルー(Devereux)ら(Cancer Res. 59:6087、1999)は、ヒト線維芽細胞系をトリコスタチンAで処理すると細胞によるテロメラーゼ逆転写酵素の発現が誘導されたと報告している。ヤブシタ(Yabushita)ら(Oncol. Res. 5:173、1993)は、卵巣腺癌細胞に対する酪酸、DMSOおよびジブチリルcAMPの影響を検討している。グラハム(Graham)ら(J. Cell Physiol. 136:63、1988)は、酪酸ナトリウムが乳癌細胞株の分化を誘導すると報告している。カミタニ(Kamitani)(Arch. Biochem. Biophys. 368:45、1999)、シアボシアン(Siavoshian)ら(Gut 46:507、2000)およびレイノルズ(Reynolds)ら(Cancer Lett. 11:53、1998)は、ヒト腸上皮細胞および大腸癌細胞の増殖および分化に対する酪酸ナトリウムおよびトリコスタチンAの影響を検討している。マクベイン(McBain)ら(Biochem. Pharmacol. 53:1357、1997)は、酪酸および他のヒストンデアセチラーゼ阻害剤によって腺癌細胞株におけるアポトーシス性細胞死を誘導しうることを報告している。
【0027】
ロッキ(Rocchi)ら(AntiCancer Res. 18:1099、1998)およびマツイ(Matsui)ら(Brain Res. 843:112、1999)は、ヒト神経芽腫細胞における増殖、分化およびカテコラミン合成の誘導に対する酪酸類似体の影響を報告している。ギレンウォーター(Gillenwater)ら(Head Neck 2:247、2000)は、扁平上皮癌細胞株に対する酪酸ナトリウムの影響を報告している。ブオッミノ(Buommino)ら(J. Mol. Endocrinol.)は、精嚢上皮細胞の細胞分化に対する酪酸の影響を検討している。サン(Sun)ら(Lipids 32:273、1997)は、酪酸による神経膠腫細胞の分化誘導を検討している。ワン(Wang)ら(Exp. Cell. Res. 198:27、1992)は、分化性正常ヒトケラチノサイトにおけるn-酪酸の影響を検討している。ペレス(Perez)ら(J. Surg. Res. 78:1、1998)は、酪酸がクッパー細胞によるPGE2産生をアップレギュレートし、免疫機能を修飾することを報告している。シュルツ(Schultz)ら(J. Exp. Zool.(Mol. Dev. Evol.)285:276、1999)は、二細胞期胚をヒストンデアセチラーゼ阻害剤で処理するとある種の遺伝子の発現がリプログラミングされることを見いだした。チェン(Chen)ら(Proc. Natl. Acad. Sci. 94:5798、1997およびPCT出願された国際公開公報第97/47307号)は、ウイルスにより形質導入した遺伝子を再活性化させるためのヒストンデアセチラーゼ阻害剤の使用を報告している。サイモン(Simon)ら(Regul. Pept. 70:143、1997)は、酪酸が膵島細胞の分化を誘導し、インスリン産生の増加を引き起こす作用について検討している。
【0028】
酪酸および関連化合物は非常に多くのさまざまな細胞種における分化を促進するため、先験的には、多能性胚細胞に由来する混合細胞集団を処理すると、集団内の各細胞がすでに分化が決定された道筋に沿ってさらに分化し、結局はより成熟した混合細胞集団が生じるのみであると考えられる。酪酸による処理によって一様な細胞集団が得られること、またはこのような細胞がどの組織型になるかは予想できないことであった。
【0029】
本発明は、胚性多能性細胞を酪酸(または以下に述べる別の肝細胞分化因子)の存在下で培養すると、肝細胞の表現型特徴を備えた細胞が著しく高い割合を占める細胞集団が生じるという驚くべき発見に関する。
【0030】
多能性細胞を分化因子の存在下で培養することによって高い頻度で生じる結果は、80%を超える細胞が最初の24時間で培養物から消失することである。その数日後に培養物に出現するのは、肝細胞系譜の特徴的特性(すなわち、多角形で二核性の表現型、α1-抗トリプシンおよびアルブミンなどのマーカー、ならびにシトクロムp450酵素1A1および1A2などの代謝的に重要な酵素活性の発現など)を有する細胞が大部分を占める集団である。本発明の実施にいかなる制限も含める意図はないが、酪酸および他の分化因子は、細胞の分化能が肝細胞系譜に決定されるように誘導する一助となる、または肝細胞系譜の細胞の生存を選好的に促進する、またはこれらの両方の作用をともに有するという仮説が立てられている。
【0031】
以下には、この培養系をどのように用いると、霊長類由来の多能性胚性幹細胞から肝細胞系譜細胞が生じうるかについてさらに説明する。肝細胞分化誘導物質(その代表例はn-酪酸であるが、これには限定されない)の使用について、培養下における肝細胞系譜細胞の生成を促す培養系の他の特徴とともに説明する。
【0032】
多能性胚性幹細胞は本質的には永久に増殖可能であるため、この系は、肝疾患の研究、医薬品開発および治療的管理に用いるための肝細胞様細胞の無限の供給源となる。
【0033】
定義
「肝細胞系譜」細胞、「肝芽細胞様」細胞および「胚様体様」細胞という用語は、記載する手法で多能性細胞を分化させることによって得られる本発明の分化細胞を指して用いうる。分化細胞は、本開示において後に提示するような、既知の肝細胞前駆細胞、肝芽細胞および肝細胞に顕著なさまざまな表現型特徴のうち少なくとも1つを有する。明示的に要求する場合を除き、これらの用語を用いることにより、細胞表現型、細胞マーカー、細胞機能または増殖能に関して特定の制限が課せられることはない。
【0034】
「肝細胞前駆細胞」または「肝細胞幹細胞」とは、適した環境条件下で増殖することができ、さらに肝細胞へと分化することができる細胞のことである。このような細胞は、時に、オバール細胞、胆管上皮細胞または別の肝細胞前駆細胞のような他の種類の子孫を生じる能力を備えていてもよい。
【0035】
「肝細胞分化誘導物質」および「肝細胞成熟因子」は、本発明の分化細胞の調製および維持に用いうる一群の化合物を表すために本開示で用いられる、意味の異なる2つの用語である。これらの物質については以下の節でさらに説明および例示を行う。これらの用語は特定の作用機序および作用時期を意味するものではなく、このような制限は何ら推測されるべきではない。「肝細胞増殖因子」は、肝細胞および/または肝細胞前駆細胞の増殖を促す生体化合物または合成化合物(ペプチド、オリゴサッカライドなど)のことである。
【0036】
原型となる「霊長類多能性幹細胞」(pPS細胞)とは、受精後の任意の時点にある前胚、胚または胎児組織に由来する多能性細胞のことであり、適切な条件下でいくつかの異なる細胞種を子孫として生成しうるという特徴を有する。本開示の目的のための定義では、pPS細胞は、適した宿主における奇形種の形成能力などに関する当技術分野で標準的に認められた検査による評価で、胚の3つの層である内胚葉、中胚葉および外胚葉のすべてからの派生物である子孫を生成することができる。
【0037】
pPS細胞の非制限的な例には、トムソン(Thomson)ら、Science 282:1145、1998によって記載されたヒト胚性幹(hES)細胞;他の霊長類に由来する胚性幹細胞、例えばトムソン(Thomson)ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92:7844、1995によって記載されたアカゲザル幹細胞など;およびシャムボルト(Shamblott)ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95:13726、1998によって記載されたヒト胚性生殖(hEG)細胞。他の種類の非悪性多能性細胞もこの用語に含まれる。特に、完全に多能性(胚の3つの層のすべてに由来する子孫を生じうる)である霊長類由来のあらゆる細胞が、胚組織、胎児組織または他の源のいずれに由来したかに関係なく含まれる。
【0038】
pPS細胞の培養物は、胚または成体由来の分化細胞とは明らかに区別される形態を示す場合、「本質的に未分化」であるという。pPS細胞は一般に、核/細胞質比が高く、核小体が顕著であって、細胞間結合がほとんど識別できない稠密なコロニーを形成するため、当業者にとっては認識は容易である。未分化細胞のコロニーの周囲を識別しうる隣接細胞が取り囲むこともある。しかし、本質的に未分化なコロニーは適切な条件下で培養すると持続し、未分化細胞は培養細胞を継代した後に増殖する細胞の主要な割合を占める。これらの基準を満たす未分化pPSを何らかの割合で含む細胞集団を本発明に用いることができる。本質的に未分化であると説明される細胞培養物は一般に、少なくとも約20%、40%、60%または80%の未分化pPSを含むと考えられ、後者の方ほど好ましい。
【0039】
「フィーダー細胞」または「フィーダー」は、第2の種類の細胞を維持することができ、おそらくは増殖させうると考えられる環境を提供するために、第2の種類の細胞と共培養されるある種類の細胞のことである。フィーダー細胞は選択的には、それらが補助する細胞とは異なる種のものである。例えば、ある種のpPS細胞は、マウス胚線維芽細胞(初代培養物またはテロメラーゼ導入処理を行った細胞系(telomerized line)によるもの)またはヒトの線維芽細胞様細胞もしくは間葉細胞(hES細胞から分化させて選択しうるものなど)による補助が可能である。一般的には(しかし必然的にではない)、自らが補助する細胞よりも増殖しないように、放射線照射またはマイトマイシンCなどの有糸分裂阻害剤で処理することによってフィーダー細胞を不活性化する。
【0040】
pPS細胞集団は、細胞が継代されて、新たなフィーダー細胞を加えない新たな培養環境に移された場合に、フィーダー細胞を「本質的に含まない」という。以前のフィーダー細胞を含む培養物をpPSの継代用の源として用いると、継代後に生き残るフィーダー細胞がある程度存在すると考えられることは認識されている。例えば、hES細胞はしばしば、9.6cm2ウェル内で、ほぼ集密化した放射線照射後の約375,000個の初代胚線維芽細胞からなる表面上で培養される。次回の継代の時点まで、おそらく150,000個程度のフィーダー細胞は依然として生存しており、約1個から150万個までに増殖したhESとともに分割され、継代されると考えられる。1:6に分割した後にhES細胞は一般に増殖を再開するが、線維芽細胞は増殖せず、ほぼ6日間の培養を終えるまでに視認しうるのはわずかな割合に過ぎないと考えられる。この培養物はフィーダー細胞を「本質的に含まず」、組成物が含むフィーダー細胞の割合が約5%、1%および0.2%であることが好ましく、増大する順に好ましい。
【0041】
「成長環境」とは、関心対象の細胞がインビトロで増殖すると考えられる環境のことである。環境の特徴には、細胞を培養する培地、温度、O2およびCO2の分圧、ならびにあれば、支持構造(固体表面上の基質など)が含まれる。
【0042】
「栄養培地」とは、増殖を促進する栄養分を含む、細胞を培養するための培地のことである。栄養培地は以下の任意のものを適切な組み合わせで含んでよい:等張食塩水、緩衝液、アミノ酸、抗生物質、血清または血清代替物および外因的に添加する因子。
【0043】
「馴化培地」は、培地中で第1の細胞集団を培養した後に培地を収集することによって調製する。その後、馴化培地(細胞によって培地中に分泌される任意のものとともに)を、第2の細胞集団の成長を補助するために用いてもよい。
【0044】
本開示において用いる「抗体」という用語は、ポリクローン抗体およびモノクローン抗体の両方を指す。この用語の適用範囲には、完全な免疫グロブリン分子だけでなく、当技術分野で知られた技法によって調製しうる、望ましい抗体結合特異性を維持している免疫グロブリン分子の断片および誘導体(一本鎖Fv構築物、小型二重特異性抗体(diabody)および融合構築物など)も意図的に含まれる。
【0045】
「発生的に限定された系譜細胞」とは、典型的にはpPS細胞の分化により、胚組織から派生した細胞のことである。これらの細胞は増殖可能であり、いくつかの異なる細胞種に分化することもできるが、その子孫の表現型の範囲は限定される。その例には以下のものが含まれる:血液細胞種に関して多能性である造血細胞;オリゴデンドロサイトに分化するグリア細胞前駆細胞を生じうる神経前駆細胞;さまざまな種類のニューロンに分化するニューロン限定細胞;および肝細胞、時には胆管上皮などの他の肝細胞に関して多能性である肝細胞前駆細胞。
【0046】
一般的な技法
本発明の実施に有用な一般的な技法のさらに詳細な説明に関して、実施者は細胞生物学、組織培養および発生学の標準的な教科書および総説を参照することができる。これに含まれるものには、「奇形腫および胚性幹細胞:実践的アプローチ(Teratocarcinomas and embryonic stem cells:A practical approach)」(E.J. Robertson編、IRL Press Ltd. 1987);「マウスの発生における技法の手引き(Guide to Techniques in Mouse Development)」(P.M. Wassermanら編、Academic Press 1993);「胚性幹細胞のインビトロ分化(Embryonic Stem Cell Differentiation in Vitro)」(M.V. Wiles, Meth. Enzymol. 225:900, 1993);「胚性幹細胞の特性および用途:ヒト生物学および遺伝子治療への応用の可能性(Properties and uses of Embryonic Stem Cells:Prospects for Application to Human Biology and Gene Therapy)」(P.D. Rathjenら、Reprod. Fertil. Dev. 10:31, 1998)が含まれる。肝細胞系譜の細胞に関する一般的な情報および方法は、「肝幹細胞(Liver Stem Cells)」(S. SellおよびZ. Ilic, R.G. Landes Co., 1997)、「幹細胞生物学(Stem cell biology)」(L.M. Reid, Curr. Opinion Cell Biol. 2:121, 1990)ならびに「肝幹細胞(Liver Stem Cells)」(J.W. Grisham, pp 232〜282、幹細胞(Stem Cells)、Academic Press, 1997)に記載がある。薬学研究における肝細胞様細胞の使用は、「薬学研究におけるインビトロの方法(In vitro Methods in Pharmaceutical Research)」(Academic Press, 1997)に記載されている。
【0047】
分子遺伝学および遺伝子工学における方法は、「分子クローニング:実験マニュアル(Molecular Cloning:A Laboratory Manual)」第2版(Sambrookら、1989);「オリゴヌクレオチド合成(Oligonucleotide Synthesis)(M.J. Gait編、1984);「動物細胞の培養(Animal Cell Culture)(R.I. Freshney編、1987);Methods in Enzymologyシリーズ(Academic Press, Inc.);哺乳動物細胞用の遺伝子導入ベクター(Gene Transfer Vectors for Mammalian Cells)(J.M. Miller および M.P. Cabs編、1987);分子生物学における最新プロトコールおよび分子生物学における簡略プロトコール(Current Protocols in Molecular Biology and Short Protocols in Molecular Biology)第3版(F.M. Ausubelら編、1987 および 1995);および組換えDNAの方法II(Recombinant DNA Methodology II) (R. Wu編、Academic Press 1995)に記載されている。本開示において言及する遺伝子操作のための試薬、クローニングベクターおよびキットは、バイオラッド(BioRad)、ストラタジーン(Stratagene)、インビトロジェン(Invitrogen)、クロンテック(ClonTech)およびシグマケミカル(Sigma Chemical Co.)などの製造販売元から入手可能である。
【0048】
抗体の産生、精製および修飾、ならびに免疫組織化学を含むイムノアッセイの設計および実行に用いる一般的な技法に関しては、読者は、「実験免疫学ハンドブック(Handbook of Experimental Immunology)」(D.M. Weir および C. C. Blackwell編);「免疫学における最新プロトコール(Current Protocols in Immunology)」(J.E. Coliganら編、1991);ならびにマッセイエフ(R. Masseyeff)、アルバート(W.H. Albert)およびステイン(N.A. Staines)編、「免疫学的分析の方法(Methods of Immunological Analysis)」(Weinheim:VCH Verlags GmbH, 1993)を参照されたい。
【0049】
培地およびフィーダー細胞
pPS細胞の単離および増殖のための培地は、得られる細胞が望ましい特徴を有していてさらに増殖可能である限り、いくつかの異なる処方のうち任意のものでありうる。適した供給元は以下の通りである:ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)、Gibco # 11965-092;ノックアウト・ダルベッコ変法イーグル培地(KO DMEM)、Gibco # 10829-018;200mM L-グルタミン、Gibco # 15039-027;非必須アミノ酸溶液、Gibco 11140-050;β-メルカプトエタノール、Sigma # M7522;ヒト組換え塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、Gibco # 13256-029。代表的な血清含有ES培地は、80%DMEM(典型的にはKO DMEM)、20%規定ウシ胎仔血清(FBS)(熱非働化を行っていないもの)、1%非必須アミノ酸s、1mM L-グルタミンおよび0.1mMβ-メルカプトエタノールから構成される。無血清ES培地は、80%KO DMEM、20%血清代替物、1%非必須アミノ酸、1mM L-グルタミンおよび0.1mMβ-メルカプトエタノールから構成される。すべての血清代替物が使えるとは限らず、有効な血清代替物の1つにGibco # 10828-028がある。多能性幹細胞の増殖における無血清培地に関する情報は、国際公開特許・国際公開公報第97/47734号(Pedersen, U. California)および国際公開公報第98/30679号(Priceら、Life Technologies)に公開されている。培地は濾過して4℃で保存するが、2週間を過ぎないようにする。使用の直前に、ヒトbFGFを最終濃度4ng/mLとなるように添加する(Bodnarら、Geron Corporation、国際公開特許・国際公開公報第99/20741号)。
【0050】
pPS細胞は一般に、pPS細胞の生存もしくは増殖を促進するまたは分化を抑制する可溶性因子の産生などの、さまざまな様式でpPS細胞を補助するフィーダー細胞の層の上で培養される。フィーダー細胞は一般に線維芽細胞型の細胞であり、胚または胎児の組織に由来することが多い。フィーダー細胞用の線維芽細胞としてよく用いられる源の1つにマウス胚がある。フィーダー細胞はほぼ集密化するまで平板培養し、増殖を防ぐために照射を行った上で、pPS細胞培養物の補助に用いられる。
【0051】
フィーダー細胞層上でpPS細胞を培養する一例としては、マウス胚線維芽細胞(mEF)を非近交系CF1マウス(SASCOから入手)または他の適した系統から入手する。妊娠13日のマウスの腹部を70%エタノールで清拭し、脱落膜を採取してリン酸緩衝生理食塩水(PBS)中に入れる。胚を採取し、胎盤、膜および軟部組織は除去して、胎仔体をPBSで2回洗う。次にそれを、2mLトリプシン/EDTAを含む新たな10cm培養皿に入れて細かく切り刻む。37℃で5分間インキュベートした後に、10%ウシ胎仔血清(FBS)を含む5mL DMEMによってトリプシンを失活させ、混合物を15mLコニカルチューブに移して分離させる。2分間放置して残渣を沈降させ、上清を最終容積10mLとして、10cm組織培養プレートまたはT75フラスコで平板培養を行う。フラスコを24時間静置した後、培地を交換する。フラスコが集密化した時点(ほぼ1〜2日)で、細胞を1:2に分割して新たなフラスコに移す。
【0052】
フィーダー細胞は90%DMEM(Gibco # 11965-092)、10%FBS(Hyclone # 30071-03)および2mMグルタミンを含むmEF培地で増殖させる。mEFはT150フラスコ(Corning # 430825)内で増殖させ、1日置きにトリプシン処理によって細胞を1:2に分割して細胞をサブコンフルエント状態に保ち、選択的には必要に応じて凍結する。フィーダー細胞層を調製するためには、細胞に対して、増殖は阻害するがhES細胞を補助する重要な因子の合成は許容する程度の線量を照射する(約4000radのγ線照射)。6ウェル培養プレート(Falcon # 304など)を、1ウェル当たり1mLの0.5%ゼラチンと37℃で一晩インキュベートすることによってコーティングし、1ウェル当たり375,000個の照射mEFをプレーティングする。フィーダー細胞層はプレーティングから5時間〜1週間後に用いる。pPS細胞を播く直前に培地を新たなhES培地に交換する。
【0053】
霊長類多能性幹(pPS)細胞の調製
胚性幹細胞を霊長類種に属する生物の胚盤胞から単離することができる(Thomsonら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92:7844、1995)。ヒト胚性幹(hES)細胞は、トムソン(Thomson)ら(米国特許第5,843,780号;Science 282:1145、1998;Curr. Top. Dev. Biol. 38:133 ff.、1998)に記載された技法を用いてヒト胚盤胞細胞から調製可能である。
【0054】
ヒト胚盤胞を入手するためには、ヒトのインビボ着床前胚または体外受精(IVF)胚を用いることもでき、または一細胞期のヒト胚を胚盤胞期まで発生させることもできる(Bongsoら、Hum Reprod 4:706、1989)。簡潔に述べると、ヒト胚を胚盤胞期になるまでG1.2およびG2.2培地中で培養する (Gardnerら、Fertil. Steril. 69:84、1998)。発生した胚盤胞をES細胞の単離のために選択する。プロナーゼ(Sigma)で短時間処理することによって胚盤胞から透明帯を除去する。胚盤胞を1:50に希釈したウサギ抗ヒト脾細胞抗血清に対して30分間曝露させた後に、DMEM中で5分ずつ3回洗浄し、1:5に希釈したモルモット補体(Gibco)に対して3分間曝露させる免疫手術法によって内部細胞塊を単離する(Solterら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 72:5099、1975)。DMEM中でさらに2回洗浄した後、溶解した栄養外胚葉細胞を穏やかなピペッティングによって無傷の内部細胞塊(ICM)から除去し、ICMをmEF上にプレーティングする。
【0055】
9〜15日後に内部細胞塊由来の増殖物を、カルシウムおよびマグネシウムを含まない1mM EDTA入りのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に対する曝露、ディスパーゼもしくはトリプシンに対する曝露、またはマイクロピペットによる機械的解離によって集塊に分離した後、新たな培地を入れたmEF上に再びプレーティングする。解離した細胞を、新たなES培地を入れた胚フィーダー層の上に再びプレーティングし、コロニー形成を観察する。未分化形態を示すコロニーをマイクロピペットによって個別に選別し、機械的に解離して集塊とした上で再びプレーティングする。ES様形態は、核-細胞質比が高く、核小体が顕著な稠密なコロニーであることを特徴とする。
【0056】
ヒト胚性生殖(hEG)細胞は、最終月経から約8〜11週後に採取したヒト胎児中に存在する始原生殖細胞から調製することができる。適した調製法は、シャムブロット(Shamblott)ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95:13726、1998および国際特許出願・国際公開公報第98/43679号に記載されている。
【0057】
簡潔に述べると、生殖隆起を等張緩衝液ですすいだ後に、0.1mL 0.05%トリプシン-0.53mM EDTAナトリウム溶液(BRL)中に入れ、切り刻んで1mm3未満の塊にする。続いて100μLピペットチップによるピペッティングを行って組織をさらに細胞へと解離させる。これを37℃で約5分間インキュベートし、続いて約3.5mLのEG増殖培地を添加する。EG増殖培地は、DMEM、4500mg/L D-グルコース、2200mg/L mM炭酸水素ナトリウム;15%ES用ウシ胎仔血清(BRL);2mMグルタミン(BRL);1mMピルビン酸ナトリウム(BRL);1000〜2000U/mLヒト組換え白血病抑制因子(LIF、Genzyme);1〜2ng/mlヒト組換え塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF、Genzyme);および10μMフォルスコリン(10%DMSO中)からなる。
【0058】
96ウェル組織培養プレートに前もって、LIF、bFGFおよびフォルスコリンを含まない改変EG増殖培地中でフィーダー細胞を3日間培養してサブコンフルエント層を調製しておき、5000radのγ線照射を行う。適したフィーダー細胞はSTO細胞である(ATCCアクセッション番号CRL 1503)。調製したウェルのそれぞれに約0.2mLの初代生殖細胞懸濁液を加える。第1の継代はEG増殖培地中に7〜10日間おいた後に行い、各ウェルを、照射したSTOマウス線維芽細胞を前もって調製しておいた24ウェル培養皿の1ウェルに移す。
【0059】
未分化pPS細胞には、核/細胞質比が高く、核小体が顕著であって、細胞間結合がほとんど識別できない稠密なコロニーを形成するという特徴的な形態的特性がある。「正常な核型」を有する細胞を入手することが望ましく、これはすなわち細胞が正倍数性であり、すべてのヒト染色体が存在し、外見的な変化が認められないことを意味する。この特徴は、その後に派生して増殖するあらゆる分化細胞にも望まれる。
【0060】
特徴的な胚抗原は、SSEA 1、SSEA-3およびSSEA-4(発生研究用ハイブリドーマバンク(Developmental Studies Hybridoma Bank)、米国国立小児保健発育研究所(National Institute of Child Health and Human Development)、ベセズダ、メリーランド)ならびにTRA-1-60およびTRA-1-81(Andrewsら、Robertson E編、「奇形腫および胚性肝細胞(Teratocarcinomas and Embryonic Stem Cells)」、IRL Press、207〜246、1987)に対する抗体を用いる免疫組織化学またはフローサイトメトリーによって同定することができる。SSEA-1マーカーは一般にhES細胞上にはわずかしか、または全く存在しないが、hEG細胞上には存在する。細胞がインビトロで分化すると一般にSSEA-3、SSEA-4、TRA-1-60およびTRA-1-81がなくなり、SSEA-1の発現が増加する。アルカリホスファターゼ活性が存在することもpPS細胞の特徴であり、これは固定した細胞をベクターレッド(Vector Red)(Vector Laboratories、バーリンゲーム、カリフォルニア)を基質として呈色させ、生成物の赤色蛍光をローダミンフィルターシステムを用いて検出することによって検出することができる。
【0061】
胚性幹細胞の多能性は、約0.5〜10×106個の細胞を8〜12週齡の雄性SCIDマウスの後肢筋に注入することによって確認する。8〜16週間発育させた後に、その結果生じた腫瘍を4%パラホルムアルデヒドで固定し、パラフィン包埋の後に組織検査を行うことができる。以下のような3つの胚葉の少なくとも1つの細胞種を示す奇形腫が生じる:軟骨、平滑筋および横紋筋(中胚葉);毛包を有する重層扁平上皮、脳室層、中間層および外套層を有する神経管(外胚葉);吸収性腸上皮細胞および粘液分泌性杯細胞が内側を覆う線毛円柱上皮および繊毛(内胚葉)。
【0062】
pPS細胞の増殖
胚性幹細胞は、栄養培地中にてフィーダー細胞の層の上で培養することができる。ES細胞は通常、1〜2週間毎に、短時間のトリプシン処理、ダルベッコPBS(カルシウムまたはマグネシウムを含まず、2mM EDTAの入ったもの)に対する曝露、ディスパーゼもしくはIV型コラゲナーゼ(1mg/ml;Gibco)に対する曝露により、または個々のコロニーをマイクロピペットで選別することによって分割する。約50〜100個の細胞からなる集塊が最適である。または、プロテアーゼとともにインキュベートした後に培養物を剥離し、小さな塊に解離させた上で、1:3〜1:30の分割率で新たなフィーダー細胞の上に再び播く。
【0063】
胚性生殖細胞をフィーダー細胞上で増殖培地を毎日交換しながら培養することにより、一般には1〜4回の継代を経て7〜30日間で、EG細胞に一致する細胞形態が観察されるようになる。この細胞は数カ月間培養しても多能性を維持する。
【0064】
国際特許出願・国際公開公報第99/20741号は、フィーダー細胞の非存在下において、細胞外マトリックス上で栄養培地により多能性幹細胞を増殖させるための方法および材料を記載している。これに適しているのは、可溶化した線維芽細胞から調製した線維芽細胞マトリックス、またはさまざまな源から単離したマトリックス成分である。栄養培地にピルビン酸ナトリウム、ヌクレオシド、および1つまたは複数の内因性に添加される増殖因子、例えばbFGFなどを含めてもよく、線維芽細胞とともに培養することによって馴化してもよい。
【0065】
フィーダー細胞の非存在下でpPSを増殖させるのに適した基質には、細胞外マトリックス成分、マトリゲル(Matrigel)(登録商標)(Becton Dickenson)またはラミニンが含まれる。マトリゲル(登録商標)は、エンゲルブレス-ホルム-スワーム腫瘍細胞由来の細胞外マトリックスの可溶性調製物であり、室温でゲル化して再構成基底膜を形成する。膜内に存在する増殖因子(IGF-1、TGFおよびPDGFなど)の影響を回避するために、増殖因子減少型マトリゲル(Growth Factor Reduced Matrigel(登録商標)が販売されている。マトリックスの重要な成分は、全成分を含む人工的混合物を調製し、それから成分を順次除去していき、その影響を評価することによって同定可能である。細胞外マトリックス成分の他の混合物も適していると思われる。その例には、コラーゲン、フィブロネクチン、プロテオグリカン、エンタクチン、ヘパラン硫酸などのさまざまな組み合わせが含まれる。
【0066】
続いて、多能性細胞を、細胞の生存、増殖および望ましい特徴の保持を促す培地の存在下で、基質上に適した分布でプレーティングする。これらの特徴はすべて、播種分布に慎重に注意を払うことで恩恵を受ける。分布の1つの特性はプレーティング密度である。プレーティング密度が少なくとも約15,500細胞cm-2であれば生存が促進され、分化が抑制されることが明らかになっている。約90,000cm-2〜約170,000cm-2の範囲のプレーティング密度を用いることが一般的である。
【0067】
もう1つの重要な特性は細胞の分散である。マウス幹細胞の増殖には細胞を分散させて単細胞懸濁液とすることが含まれる(Robinson、Meth. Mol. Biol. 75:173、1997、177ページ)。これに対して、フィーダー細胞を用いないpPS細胞の継代には、pPS細胞を小さな塊として調製することによる利点がある。一般に、酵素による消化は細胞が完全に分散する前に止める(例えば、コラゲナーゼIVでは約5分間)。続いて、ピペットを用いて丁寧にプレートの剥離を行い、細胞が約10〜2000個の付着細胞からなる集塊として懸濁化するまでピペッティングを行う。続いて、集塊をそれ以上分散させずに基質上に直接プレーティングする。
【0068】
新たなフィーダー細胞の非存在下でプレーティングしたpPS細胞が、栄養培地中で培養することによって恩恵を受けることも明らかになっている。培地は一般に、等張緩衝液、必須無機質および血清または何らかの種類の血清代替物を含む、細胞の生存を向上させる通常の成分を含むと考えられる。フィーダー細胞によって提供される要素の一部を供給するために馴化した培地も有益である。馴化培地は、照射した初代マウス胚線維芽細胞(または別の適した細胞調製物)を、4ng/mLの塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む、20%血清代替物を添加したKO DMEMなどの血清代替物培地中に、9.6cm2ウェル当たり5×105個の密度で培養することによって調製しうる。37℃で1日おいた後に培養上清を収集し、一般的には、pPS細胞培養物に対して有益な他の増殖因子を添加する。hESの場合にはbFGFのような増殖因子がしばしば用いられる。hEGの場合には、培地にbFGFのような増殖因子、LIFまたはオンコスタチンMなどのgp130誘導物質を添加してもよく、おそらくはサイクリックAMPレベルを増大させるフォルスコリンなどの因子も添加してよいと思われる。さまざまな種類のpPS細胞が、培地中に他の因子が存在することによって恩恵を受ける可能性がある。
【0069】
これらの技法のいくつかによって増殖した細胞集団はしばしば、何カ月にもわたる多数の継代を経ても本質的に未分化な状態を保つ。何回か継代を行ううちに、コロニーの周辺にある一部の細胞は分化する場合があることが認識されている(特に単細胞として再プレーティングを行った場合、または大きな塊を形成させた場合)。しかし、培養物は一般に、特徴的な形態を備えた未分化細胞が培養期間中に再び大部分を占めるようになる。増殖した細胞の倍加時間が約20〜40時間を超えなければ最適と考えられる。
【0070】
pPS細胞を分化させるための材料および手順
本発明の分化細胞は、pPS細胞を肝細胞分化誘導物質の存在下で培養することによって作製しうる。選択的には、細胞を肝細胞成熟因子の存在下でも培養するが、分化誘導物質とともに培養する場合にはそれと同時でもその後でもよい。以下の項で説明するように、その結果得られる細胞は肝細胞系譜の表現型特徴を有する。
【0071】
本発明のいくつかの態様では、胚様体をまず形成させることによってpPSの分化を始める。胚様体の培養における一般的な原理は、オシェア(O'Shea)、Anat. Rec.(New Anat.)257:323、1999に報告されている。凝集物の形成が可能な様式でpPS細胞を培養するが、これには例えば、ドナーpPS細胞培養物を過成長させることによる、またはメチルセルロースなどの接着性の低い基質でできた培養容器内でpPS細胞を培養することによるなどの多くの選択肢が可能である。当業者は胚様体を容易に認識可能であり、容易に収集して新たな培養環境に移すことができる。胚様体では一般に内胚葉が外側にあり、中胚葉および外胚葉が内側にある。
【0072】
以下の実施例の項で例示するように、胚様体を懸濁培養下で作製することもできる。pPS細胞は、短時間のコラゲナーゼ消化を行い、解離させて塊にし、非接着性細胞培養プレートにプレーティングすることによって収集する。凝集物には数日おきに新たな栄養分を与え、適した期間、一般には4〜8日後に収集する。続いて凝集物を肝細胞系譜の細胞に適した基質上にプレーティングする。その例には、以前に詳細に説明したマトリゲル(登録商標)(Becton Dickenson)、ラミニン、さまざまな種類のコラーゲンおよびゼラチンがある。他の人工的なマトリックス成分および配合物を用いてもよい。マトリックス産生細胞系(線維芽細胞、内皮細胞または間葉幹細胞などの系統)をまず培養し、続いて可溶化して、マトリックスが容器表面に付着して残るような様式で壊死細胞片を除去することによってマトリックスを作製することもできる。胚様体から細胞を分散させることは通常は不要であり、胚様体をマトリックス上に直接プレーティングすることができる。続いて細胞を、肝細胞分化誘導物質を含む培地中で培養する。
【0073】
本発明の他の態様では、相当数の胚様体を形成させずにpPS細胞を分化誘導物質と組み合わせる―すなわち、標準的なpPS細胞培養に対して、それが集密に達した時点またはその前に、ただし過成長を開始する前に物質を添加する。本開示ではこれを直接分化法と呼ぶ。pPS細胞がフィーダー細胞を含まない培養下にあることは一般に有益である(しかし必然的ではない)。pPS細胞を収集して新たな基質にプレーティングし、分化誘導物質を含む培地を添加することができる。または、pPS細胞がすでに分化細胞の培養に適したマトリックス上で維持されている場合には、再プレーティングを行わずに分化誘導物質をpPS培養物に直接添加することができる。集密に達したか否かを判定するために培養物を毎日観察する。集密度がほぼ60〜80%の時点ではなく、細胞が集密にちょうど達した時点で分化誘導物質を添加すると、肝細胞系譜細胞の収率は3倍ほど高くなることが明らかになっている。
【0074】
肝細胞系譜への分化は、インビボの肝細胞環境の代表的な基質を与えることにより、さらに促進される。例えば、マトリゲル(登録商標)(Becton Dickenson)、ラミニンまたは可溶化細胞から得られるマトリックスなどのある種の細胞外マトリックス成分は適した表面をもたらす。これらの細胞の分化に適したもう1つの適した基質はゼラチンである。細胞は、細胞を維持するのに十分な緩衝液、イオン強度および栄養分を含む栄養培地中で培養する(概論については国際公開公報第99/20741号を参照)。特定の細胞に対する培地の最適化は当業者の裁量範囲に含まれ、本開示の別の箇所で例示する。
【0075】
細胞を、他の細胞からの分化細胞の濃縮が可能となるのに十分な期間(これは経験的に決定しうる)にわたり、適した基質および肝細胞分化誘導物質を含む環境に維持する。例えば、n-酪酸などの分化誘導物質とともに第1日の培養を行うことにより、培養胚様体から派生した細胞の約90%が基質から培地中に放出される。次に、24時間後に培地を交換する時点でこれらの細胞を収集し、生存細胞を、n-酪酸を含む新たな培地中で培養する。
【0076】
十分な培養期間の後には、残った細胞には肝細胞および/または肝細胞前駆細胞の特徴を備えたものがかなり濃縮している。肝細胞分化誘導物質がn-酪酸である場合は、培養期間は一般に約4〜8日であり、約6日のことが多い。本発明のある種の分化誘導物質の存在下で長期培養を行うことは、肝細胞系譜細胞の収率を最大にするためには最適状態に及ばないことを読者に注意しておく。n-酪酸などの他の分化誘導物質は進行中の評価では耐容性がある。これらの状況では、培地中に作用物質を保つことが分化細胞の完全な表現型を維持するのに有益な可能性がある。理論に限定されることは意図していないが、本発明の1つの仮説は、n-酪酸などの肝細胞分化誘導物質には、第1に肝細胞系譜に沿ったpPS細胞の分化を促進する、第2に培養を続けた際にこの系譜の細胞を選好的に選別して生存させるという2つの作用があるというものである。
【0077】
適した分化誘導物質
n-酪酸は肝細胞分化誘導物質のモデルであり、以下の実施例に例示している。類似の作用を有し、本発明の実施において代替物として用いうるn-酪酸のさまざまな同族体を容易に同定しうることを当業者は容易に認識すると考えられる。
【0078】
同族体の1つのクラスは、n-酪酸のものと類似した構造的および物理化学的な特性を有する他の炭化水素類からなる。このような同族体のいくつかは、分枝鎖状、直鎖状または環状の3〜10個の炭素原子、ならびにカルボン酸基、スルホン酸基、リン酸基および他のプロトン供与体からなる共役塩基を含む酸性炭化水素である。適した例には、n-酪酸、イソ酪酸、2-ブテン酸、3-ブテン酸、プロパン酸、プロペン酸、ペンタン酸、ペンテン酸、飽和型または不飽和型の他の短鎖脂肪酸、アミノ酪酸、フェニル酪酸、フェニルプロパン酸、フェニル酢酸、フェノキシ酢酸、ケイ皮酸およびジメチル酪酸が非制限的に含まれる。同じく関心がもたれるのは、このような化合物と生物学的に等価な炭化水素スルホン酸またはホスホン酸、特にn-酪酸と生物学的に等価なプロパンスルホン酸およびプロパンホスホン酸である。
【0079】
このような化合物の命名には、明示的にそれ以外の指定がない限り、すべての立体異性体が含まれることが認識されている。酸性基を有する化合物は、酸の形態として提供しても、任意の許容される対イオンとの共役塩基として提供してもよい。n-酪酸ナトリウムを用いるとそれを用いた環境のイオン強度が増加すると考えられるため、他の作用物質の作用も、必要に応じて塩を添加してイオン強度を変化させることによって増強される可能性がある。
【0080】
同族体のもう1つのクラスは、アミノ酸、単糖および他の許容される共役対などの他の分子との結合物を含む、酪酸および酪酸同族体の誘導体である。数多くのこのような誘導体が、適した変換酵素(例えば、プロテアーゼまたはグリコシダーゼなど)の存在により、インビボまたはインサイチューで活性型に変換される酪酸プロドラッグとして開発されている。その例として、このクラスのメンバーには、アルギニン酪酸、リジン酪酸、他の酪酸アミド、グルコース五酪酸、トリブチリン、ジアセトングルコース酪酸、他の酪酸サッカライド、アミノ酪酸、イソブチルアミド、ピバロイルオキシメチルブチレート、1-(2-ヒドロキシエチル)4-)1-オキソブチル)-ピペラジンブチレート、酪酸の他のピペラジン誘導体、およびγ-アミノ酪酸の環状誘導体であるピラセタム(2-オキソ-1-ピロリジンアセトアミド、Notropyl(商標))が含まれる。
【0081】
同族体のさらにもう1つのクラスは、ヒストンデアセチラーゼの阻害剤である。その非制限的な例には、トリコスタチンA、5-アザシチジン、トラポキシンA、オキサムフラチン(oxamflatin)、FR901228、シスプラチンおよびMS-27-275が含まれる。読者は以下のものも参照されたい:米国特許第5,922,837号における抗原虫性環状テトラペプチド;米国特許第5,925,659号における抗真菌薬;国際公開公報第99/23885号におけるコリプレッサー阻害剤;および国際公開公報第99/11659号における環状ペプチド誘導体。ヒストンデアセチラーゼ阻害作用を有する化合物を同定するための方法は、ホルモン受容体化合物の脱抑制によって同定可能である(国際公開公報第98/48825号)。
【0082】
n-酪酸の肝細胞分化活性は、少なくとも一部には、ヒストンデアセチラーゼを阻害する能力に依拠すると思われる。ヒストンデアセチラーゼ活性に関するアッセイを、他の分化誘導物質の候補を選択するための予備的スクリーニングに用いることができる。数多くのこのようなアッセイが利用可能である。例えば、米国特許第5,922,837号(col. 3 ff.)は、N-デスメトキシアピシジンの滴定を用いるアッセイ、およびデアセチラーゼ活性の源としての寄生生物またはニワトリ肝S100溶液を記載している。候補化合物を反応混合物に添加し、フィルター法を用いてトリチウムの遊離を測定する。ネーア(Nare)ら(Anal. Biochem. 267:390、1999)は、ヒストンH4由来のペプチドを用いるシンチレーション近接アッセイを開発しており、この場合には、リジンのε-アミノ基をトリチウムでアセチル化し、近接トリチウムの量に比例したシンチレーションを示すSPAビーズと結合させる。ヒストンデアセチラーゼ活性(HeLa細胞核の抽出物から得られる)により、標識されたアセチル基が遊離してシンチレーション値が低下し、デアセチラーゼ阻害剤が存在するとシンチレーション値が維持される。ホフマン(Hoffman)ら(Nucl. Acids Res. 27:2057、1999)は、ヒストンデアセチラーゼ活性に関する非放射性アッセイを記載している。2-アセチル化リジンのアミノクマリン誘導体である蛍光基質が開発されている。これによってナノモル濃度の範囲にある基質の定量化が可能となり、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤の高スループットスクリーニングが可能となる。
【0083】
適した分化誘導物質に関する確定的な検査は、本開示における記載のように、それがpPS細胞培養を形質転換し、肝細胞系譜の細胞が濃縮された培養物とする能力である。候補化合物、選択的には上に挙げた基準の1つまたは複数に従ってプレスクリーニングを行ったものを、n-酪酸が有効であることが知られているpPS細胞または胚様体の培養物に添加する。pPS細胞の肝細胞系譜に沿った分化を少なくとも促進しうる、または肝芽細胞型の細胞の増殖を選好的に許容しうる、または他の系譜の細胞を選好的に除去しうる任意の化合物は、本発明に含まれる特定の分化細胞集団を導き出すのに有用と考えられる。
【0084】
これらの指針に従うと、特定の化合物または化合物の組み合わせが肝細胞分化誘導物質として作用する能力は、実質的に未分化なpPS細胞の集団または分化したpPS細胞の混合集団(胚様体から、またはpPS培養物の過成長によって得られるものなど)を化合物の存在下で培養すること、および次に肝細胞系譜の細胞と関係のある細胞形態、マーカー発現、酵素活性、増殖能または他の特徴に対する影響を判定することを含む。最適な結果を得るために、被験化合物のいくつかの濃度を評価する。適した基礎濃度は有効な酪酸濃度と同浸透圧もしくは等張なもの、または別のヒストンデアセチラーゼと等価な阻害能力を有するものと思われる。続いて、化合物が望ましい肝細胞分化能を有するか否かに関する試験を、基礎濃度の約1/10〜10倍またはそれ以上の範囲にわたって行うことができる。
【0085】
pPS細胞または胚様体細胞の培養物から、肝芽細胞または肝細胞の少なくとも3つの特徴を備えた細胞が少なくとも40%を占める細胞集団が生じれば、化合物は分化誘導物質として有効とみなされる。肝細胞の特徴をさらに数多く備えたより均一な集団を生じさせる作用物質は、ある種の状況では有益である。より不均一またはより未熟な肝細胞集団を生じさせる作用物質も、細胞が別の望ましい特徴(操作に対する耐久力、または増殖能)を保っていれば有用な可能性がある。以下に述べる通り、このような細胞集団に選別法または吸着法を行うことによって望ましい細胞種をさらに濃縮することもできる。
【0086】
成熟因子の選択的な使用
肝細胞分化誘導物質を用いた分化細胞の濃縮を、必要に応じて、肝細胞成熟因子として作用する別個の化合物または化合物の混合物を用いることによって補うことができる。このような作用物質は、分化誘導物質によって促される表現型変化を増強する、またはより成熟した細胞の方向に分化経路をさらに押し進める、または肝細胞系譜の細胞を選別する一助となる(例えば、それらの生存を選好的に補助することにより)、または望ましい表現型を備えた細胞のより迅速な増殖を促進する、という可能性がある。
【0087】
肝細胞成熟因子の1つのクラスに、肝細胞系譜の細胞の増殖を促進しうる可溶性増殖因子(ペプチドホルモン、サイトカイン、リガンド-受容体複合体など)がある。このような因子には、上皮増殖因子(EGF)、インスリン、TGF-α、TGF-β、線維芽細胞増殖因子(FGF)、ヘパリン、肝細胞増殖因子(HGF)、オンコスタチンM(デキサメタゾンの存在下)、IL-1、IL-6、IGF-I、IGF-II、HBGF-1およびグルカゴンが非制限的に含まれる。
【0088】
肝細胞成熟因子のもう1つのクラスは、副腎皮質ステロイド、特にグルココルチコイドである。このような化合物はステロイドまたはステロイド模倣物であり、中間代謝、特に肝グリコーゲン沈着の促進に影響を及ぼし、炎症を抑制する。これに含まれるものには、コルチゾールなどの天然のホルモン、ならびにデキサメタゾン(米国特許第3,007,923号)およびその誘導体、プレドニゾン、メチルプレドニゾン、ヒドロコルチゾンならびにトリアムシノロン(米国特許第2,789,118号)およびその誘導体などの合成グルココルチコイドが含まれる。
【0089】
肝細胞成熟因子のもう1つのクラスは、DMSOなどの有機溶媒である。同様の特性を備えた代替物には、ジメチルアセトアミド(DMA)、ヘキサメチレンビスアセトアミドおよび他のポリエチレンビスアセトアミドが非制限的に含まれる。このクラスに属する溶媒は、一部には、細胞の膜透過性を増加させるという特性によって関連づけられる。同じく関心がもたれるものにはニコチンアミドなどの溶質がある。候補化合物が本発明の目的のための肝細胞成熟因子として作用するか否かに関する試験は経験的に行われる。すなわち、上記の肝細胞分化誘導物質を、増殖因子またはDMSO(陽性対照)などの肝細胞分化誘導物質のモデルと組み合わせて用いて、pPS培養物を肝細胞系譜の細胞に分化させる。これと平行して、pPSに対して、同じ分化誘導物質および成熟因子の候補を用いる同様のプロトコールを行う。続いて、候補作用物質に陽性対照のものと同様の効果があるか否かを判定するために、この結果生じた細胞を表現型に関して比較する。
【0090】
本発明の特定の態様では、肝細胞分化誘導物質および肝細胞成熟因子を同時またはその後に用いる。その一例においては、新たにプレーティングした胚様体、またはフィーダー細胞を含まないpPS培養物を、n-酪酸およびDMSOの両方を含む培地中に置いて、4日、6日もしくは8日間または特徴的特性が出現するまで培養し、培地をn-酪酸およびDMSOを含む新たな培地と定期的に交換する(例えば、24時間毎)。もう1つの例においては、EBまたはpPS培養物をまずn-酪酸およびDMSOとともに4日、6日または8日間培養した後、長期培養またはアッセイのために、培地を増殖因子の混合物(おそらくはn-酪酸と組み合わせる)を含む、肝細胞に適した培地と交換する。
【0091】
これらの指針に従うと、特定の化合物または化合物の組み合わせが肝細胞成熟因子として作用する能力は、肝細胞分化誘導物質によりあらかじめ処理した細胞集団を化合物の存在下で培養すること、または肝細胞分化因子による処理中の細胞の培養物に化合物を含めることを含む。続いて、関心対象の細胞形態、マーカー発現、酵素活性、増殖能または他の特徴に対する化合物の影響を、候補化合物を含めなかった平行培養物と比較して判定する。最適な結果を得るために、被験化合物のいくつかの濃度を評価する。有機溶媒の適した基礎濃度は、有効なDMSO濃度と同浸透圧もしくは等張なものと思われる。増殖因子、サイトカインおよび他のホルモンに関する基礎濃度は、他の系において同様の増殖誘導活性またはホルモン活性を有することが知られている濃度であってよい。続いて、被験化合物が、細胞を肝細胞方向に成熟させる望ましい効果を有するか否かに関する試験を、基礎濃度の約1/10〜10倍またはそれ以上の範囲にわたって行うことができる。
【0092】
望ましい表現型の細胞がひとたび得られれば、細胞を任意の望ましい用途のために収集することができる。本発明のある種の分化細胞集団では、細胞は、基質から細胞を単に遊離させることによって(例えば、コラゲナーゼまたは物理的操作による)、選択的には細胞から壊死細胞片を洗い流すことによって収集しうる程度に、表現型に関して十分に均一である。必要に応じて、収集した細胞をさらに、望ましい特徴に関する陽性選択または望ましくない特徴に関する陰性選択によって処理することもできる。例えば、表面マーカーまたは受容体を発現する細胞の陽性選択または陰性選択を、集団を抗体または結合リガンドとともにインキュベートし、続いて結合細胞を分離することにより(例えば、標識選別法または固体表面に対する吸着により)行う。集団を望ましくないマーカーに対する細胞溶解性抗体とともに補体の存在下でインキュベートすることによって陰性選択を行うこともできる。
【0093】
望ましいならば、収集した細胞を、他の種類の肝細胞調製物の増殖に関して別のところに記載されたものなどの他の培養環境に移すことができる。例えば、米国特許第5,030,105号および第5,576,207号;欧州特許出願第EP 953,633号;アンジェリ(Angelli)ら、Histochem. J. 29:205、1997;ゴメス-レホン(Gomez-Lechon)ら、p.130 ff.、「薬学研究におけるインビボの方法(In vivo Methods in Pharmaceutical Research)」、Academic Press、1997)を参照のこと。
【0094】
分化細胞の特徴
細胞はさまざまな表現型基準に従って特徴づけることができる。基準には、発現された細胞マーカーの検出または定量化、および酵素活性、および形態的特徴の特徴分析および細胞内シグナル伝達が非制限的に含まれる。
【0095】
本発明に含まれるある種の分化pPS細胞は、肝細胞に特徴的な形態的特徴を有する。これらの特徴はこのようなものを評価している当業者によって容易に認識され、これには以下のいずれかまたはすべてが含まれる:多角形の細胞形態、二核性の表現型、分泌タンパク質の合成のための粗面小胞体、細胞内タンパク質ソーティングのためのゴルジ-小胞体リソソーム複合体の存在、ペルオキシソームおよびグリコーゲン顆粒の存在、比較的豊富なミトコンドリア、および小管腔が生じる元になる細胞間密着結合を形成する能力。これらの数多くの特徴が単一の細胞に存在すれば、その細胞は肝細胞系譜の一員であると考えられる。どの細胞が肝細胞に特徴的な形態的特徴を備えているかに関する公平な判断は、分化したpPS細胞、成体または胎児の肝細胞、および線維芽細胞またはRPE(網膜色素上皮)細胞などの1つまたは複数の陰性対照細胞の顕微鏡写真をコード化し、続いて盲検的な様式で顕微鏡写真を評価した上で、コードを開鍵し、分化したpPS細胞が正確に同定されたかどうかを判定することによって行うことができる。
【0096】
本発明の細胞を、肝細胞系譜の細胞に特徴的な表現型マーカーを発現するか否かに従って特徴づけることもできる。肝前駆細胞、肝細胞および胆道上皮を識別するのに有用な細胞マーカーを表1に示す(SellおよびZoran、「肝幹細胞(Liver Stem Cells)」、R.G. Landes Co.、TX、1997のp 35;およびGrishamら、「幹細胞(Stem Cells)」、Academic Press、1997のp 242から改変)。
【0097】
幹細胞マーカー
【表1】

【0098】
肝細胞の分化には転写因子HNF-4αが必要なことが報告されている(Liら、Genes Dev. 14:464、2000)。HNF-4αの発現に依存しないマーカーには、α1-抗トリプシン、α-フェトプロテイン、アポE、グルコキナーゼ、インスリン増殖因子1および2、IGF-1受容体、インスリン受容体およびレプチンが含まれる。HNF-4αの発現に依存するマーカーには、アルブミン、アポAI、アポAll、アポB、アポCIII、アポCII、アルドラーゼB、フェニルアラニンヒドロキシラーゼ、L型脂肪酸結合タンパク質、トランスフェリン、レチノール結合タンパク質およびエリスロポエチン(EPO)が含まれる。関心がもたれる他のマーカーには、以下の実施例1、2および6に例示するものが含まれる。
【0099】
このようなマーカーの発現レベルの評価は、他の細胞と比較して決定することができる。成熟肝細胞のマーカーに関する陽性対照には、関心対象の種の成体肝細胞、および米国特許第5,290,684号に報告された肝芽細胞腫由来のHepG2株などの樹立された肝細胞系が含まれる。HepG2などの永久細胞系は代謝面で変化している可能性があり、シトクロムp450などの初代肝細胞のある種の特徴を発現しない可能性があることを読者に注意しておく。初代肝細胞の培養物も長期培養の後には何らかのマーカーの発現の低下を示す可能性がある。陰性対照には、成体線維芽細胞系または網膜色素上皮(RPE)細胞などの別の系譜の細胞が含まれる。未分化pPS細胞は、以下の実施例に例示するように、上に挙げたマーカーのいくつかに関して陽性であるが、成熟肝細胞のマーカーに関しては陰性である。
【0100】
本開示において列挙した組織特異的なタンパク質およびオリゴ糖決定基は、任意の適した免疫学的手法(例えば、細胞表面マーカーに関するフロー免疫細胞化学(flow immunocytochemistry)、細胞内マーカーまたは細胞表面マーカーに関する免疫組織化学(例えば、固定した細胞または組織切片に対するもの)、細胞抽出物のウエスタンブロット分析、および細胞抽出物または培地中に分泌された産物に関する固相酵素免疫アッセイなど)を用いて検出することができる。細胞による抗原の発現は、標準的な免疫細胞化学またはフローサイトメトリーアッセイにおいて、選択的には細胞の固定後に、さらに選択的には標識を増幅するために標識した二次抗体または他の結合物(ビオチン-アビジン結合物)を用いて、明らかに検出可能な量の抗体が抗原と結合する場合に「抗体で検出可能である」という。
【0101】
組織特異的マーカーの発現を、ノーザンブロット分析、ドットブロットハイブリダイゼーション分析、または配列特異的プライマーを標準的な増幅法に用いて逆転写酵素により開始するポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により、mRNAレベルで検出することもできる。これ以上の詳細については米国特許第5,843,780号を参照されたい。本開示に列挙した特定のマーカーに関する配列データは、ジェンバンク(GenBank)(URL www.ncbi.nlm.nih.gov:80/entrez)などの公開データベースから入手可能である。mRNAレベルでの発現は、一般的な対照比較実験における標準的な手順に従った細胞試料に関するアッセイの成績で、明らかに識別可能なハイブリダイゼーションまたは増幅産物が得られる場合に、本開示に記載のアッセイに従って「検出可能である」という。タンパク質またはmRNAレベルで検出される組織特異的マーカーの発現は、そのレベルが、未分化pPS細胞、線維芽細胞または他の無関係な細胞種などの対照細胞のものの少なくとも2倍、好ましくは10倍を上回るか、または50倍である場合に陽性とみなされる。
【0102】
細胞を、肝細胞系譜の細胞に特徴的な酵素活性を示すか否かに従って特徴づけることもできる。例えば、グルコース-6-ホスファターゼ活性に関するアッセイが、バブリッツ(Bublitz)(Mol Cell Biochem. 108:141、1991);ヤスミネー(Yasmineh)ら(Clin. Biochem. 25:109、1992);およびオッカーマン(Ockerman)(Clin. Chim. Acta 17:201、1968)によって記載されている。肝細胞におけるアルカリホスファターゼ(ALP)および5-ヌクレオチダーゼ(5-Nase)に関するアッセイは、シオジリ(Shiojiri)(J. Embryol. Exp. Morph. 62:139、1981)によって記載されている。研究および医療に携わっているさまざまな検査施設が、商業サービスとして肝酵素に関するアッセイを提供している。
【0103】
シトクロムp450はモノオキシゲナーゼ系の重要な触媒成分である。これは生体異物(投与された薬剤)および多くの内因性化合物の酸化的代謝の原因となるヘムタンパク質のファミリーを構成している。さまざまなシトクロムが特徴的で一部重複する基質特異性を示す。その生体内変換能力の大部分は、1A2、2A6、2B6、3A4、2C9〜11、2D6および2E1と命名されたシトクロムに起因する(Gomes-Lechonら、pp 129〜153、「薬学研究におけるインビトロの方法(In vitro Methods in Pharmaceutical Research)」、Academic Press、1997)。
【0104】
シトクロムp450酵素活性を測定するためのさまざまなアッセイが当技術分野で知られている。例えば細胞を、p450活性によって蛍光産物に変換可能な非蛍光性基質と接触させた後、蛍光活性化細胞算定法(米国特許5,869,243号)によって分析する。具体的には、細胞を洗浄した後、10μM/L 5,6-メトキシカルボニルフルオレセイン溶液(Molecular Probes、Eugene OR)とともに37℃で暗下にて15分間インキュベートする。続いて細胞を洗浄し、トリプシン処理によって培養プレートから剥離させ、ほぼ520〜560nmの蛍光を分析する。細胞は、被験細胞における活性レベルが線維芽細胞などの対照細胞のものの2倍を上回る、好ましくは10倍を上回るか、または100倍である場合に、アッセイ対象の酵素活性を有するという。
【0105】
シトクロムp450の発現を、タンパク質レベルで、例えばウエスタンブロット法において特異抗体を用いて、またはmRNAレベルで、ノーザンブロット法もしくはRT-PCRにおいて特異的なプローブおよびプライマーを用いて測定することもできる。ボーラコグル(Borlakoglu)ら、Int. J. Biochem. 25:1659、1993。以下のようなp450系の特定の活性を測定することもできる:7-エトキシクマリンO-デエチラーゼ活性、アロキシレゾルフィンO-デアルキラーゼ活性、クマリン7-ヒドロキシラーゼ活性、p-ニトロフェノールヒドロキシラーゼ活性、テストステロン水酸化、UDP-グルクロニルトランスフェラーゼ活性、グルタチオン5-トランスフェラーゼ活性など(Gomes-Lechonら、pp 411〜431、「薬学研究におけるインビトロの方法(In vitro Methods in Pharmaceutical Research)」、Academic Press、1997に総説がある)。続いて、その活性レベルを表2に示したような初代肝細胞におけるレベルと比較することができる。
【0106】
24時間初代培養ヒト肝細胞における薬物代謝活性
【表2】

* 24時間培養ヒト肝細胞において測定した、酵素活性の平均±標準偏差。
† シトクロムP450含有量を細胞タンパク質1mg当たりのピコモル数として表している。
‡ NADPH-C、UDPG-tおよびGSH-tの活性は1mg、1分当たりのナノモル数として表している。
§ CYP酵素活性は1mg、1分当たりのピコモル数として表している。
【0107】
低分子薬の抱合、代謝または解毒に関与する酵素に関するアッセイも行える。例えば、細胞を、ビリルビン、胆汁酸および低分子薬を抱合し、尿路または胆道を通して排泄させる能力によって特徴づけることができる。細胞を適した基質と接触させて、適当な期間にわたってインキュベートした後に、培地を分析し(GCMSまたは他の適した技法による)、抱合産物が生成されたか否かを判定する。薬物代謝酵素活性には、脱エチル化、脱アルキル化、水酸化、脱メチル化、酸化、グルクロン酸抱合、硫酸抱合、グルタチオン抱合およびN-アセチルトランスフェラーゼ活性が含まれる(A. Guillouzo、pp 411〜431、「薬学研究におけるインビトロの方法(In vitro Methods in Pharmaceutical Research)」、Academic Press、1997)。アッセイには、フェナセチン脱エチル化、プロカインアミドN-アセチル化、パラセタモール硫酸抱合およびパラセタモールグルクロン酸抱合が含まれる(Chesneら、pp 343〜350、「肝細胞および薬物(Liver Cells and Drugs)」、A. Guillouzo編、John Libbey Eurotext、ロンドン、1988)。
【0108】
肝細胞系譜の細胞をグリコーゲン蓄積能力に関して評価することもできる。ある適したアッセイでは、単糖類および二糖類とは反応しないがグリコーゲンおよびデキストランなどの長鎖ポリマーは染色する過ヨウ素酸-シッフ(PAS)染色を用いる。PAS反応により、複合糖質ならびに可溶型および膜結合型の糖質化合物の量的推定が行える。キルケビー(Kirkeby)ら(Biochem. Biophys. Meth. 24:225、1992)は、糖質化合物および界面活性剤の定量的PASアッセイを記載している。ファンデルラーセ(van der Laarse)ら(Biotech Histochem. 67:303、1992)は、PAS反応を用いたグリコーゲンに関するマイクロデンシトメトリー組織化学アッセイを記載している。グリコーゲン蓄積の徴候は、細胞が線維芽細胞などの対照細胞のものの少なくとも2倍、好ましくは10倍を上回るレベルでPAS陽性である場合に確定される。標準的な方法に従って核型分類を行うことによって細胞を特徴づけることもできる。
【0109】
本発明に従って分化したpPS細胞は、以下のものを含む前記の数多くの特徴を有しうる:抗体で検出可能なα1-抗トリプシン(AAT)またはアルブミンの発現;抗体で検出可能なα-フェトプロテインの発現が存在しないこと;RT-PCR増幅により検出可能なレベルでのアシアロ糖タンパク質受容体(ASGR-1またはASGR-2アイソタイプのいずれか)の発現;グリコーゲン蓄積の徴候;シトクロムp450またはグルコース-6-ホスファターゼ活性の徴候;および肝細胞に特徴的な形態的特徴。特定の細胞に存在するこれらの特徴の数が多いほど、それが肝細胞系譜の細胞であることをより強く特徴づけることができる。これらの特徴のうち少なくとも2つ、3つ、5つ、7つまたは9つを有する細胞が好ましく、後の方ほど好ましい。投与用の培養容器または調製物に存在する特定の細胞集団に関しては、これらの特徴の発現に関して細胞間に均一性があることがしばしば有益である。この状況では、細胞の少なくとも約40%、60%、80%、90%、95%または98%が望ましい特徴を備えている集団が好ましく、後者の方ほど好ましい。
【0110】
本発明の分化細胞のその他の望ましい特徴は、薬物スクリーニングアッセイにおいて標的細胞として作用する能力、ならびにインビボおよび体外装置の一部としての双方において肝機能を再構成する能力である。以下の節でこれらの特徴についてさらに説明する。
【0111】
分化細胞のテロメラーゼ導入処理(telomerization)
ある種の薬物スクリーニングおよび治療的応用においては、肝細胞系譜の細胞に複製能があることが望ましい。選択的には、本発明の細胞を、その複製能力を高めるために、発生的に限定された発生系譜細胞または最終分化細胞へと進行する前または後に、テロメラーゼ導入処理を行うことが可能である。テロメラーゼ導入処理を行ったpPS細胞を前記の分化経路の下流に進ませてもよく、分化細胞にテロメラーゼ導入処理を直接行うこともできる。
【0112】
テロメラーゼ導入処理の前後に、当技術分野で知られた試薬および方法を用いて、テロメラーゼ活性およびhTERT遺伝子産物の発現を測定することができる。例えば、TRAP活性アッセイ(Kimら、Science 266:2011、1997;Weinrichら、Nature Genetics 17:498、1997)を用いて、pPS細胞をテロメラーゼに関して評価する。hTERTのmRNAレベルでの発現はRT-PCRによって評価する。
【0113】
細胞のテロメラーゼ導入処理は、それらがテロメラーゼ触媒成分(TERT)を発現するように、適したベクターによるトランスフェクションまたは形質導入、相同組換えまたは他の適した技法によってそれらを遺伝的に改変することによって行われる。特に適しているのは、国際特許出願・国際公開公報第98/14592号で提供されているヒトテロメラーゼの触媒成分(hTERT)である。ある種の用途に対しては、マウスTERT(国際公開公報第99/27113号)などの種間相同体を用いることもできる。ヒト細胞におけるテロメラーゼのトランスフェクションおよび発現は、ボドナー(Bodnar)ら、Science 279:349、1998およびチャン(Jiang)ら、Nat. Genet. 21:111、1999に記載されている。もう1つの例においては、hTERTクローン(国際公開公報第98/14592号)をhTERTコード配列の供給源として用い、MPSVプロモーターの制御下にあるPBBS212ベクターのEcoRI部位に、またはLTRプロモーターの制御下にある市販のpBABEレトロウイルスベクターのEcoRI部位につなぎ合わせて導入する。分化したpPS細胞または未分化pPS細胞に対して、ベクターを含む上清を用いて8〜16時間にわたって遺伝的改変を加えた後、増殖培地に交換して1〜2日おく。遺伝子組換え細胞を0.5〜2.5μg/mLピューロマイシンを用いて選別し、再び培養する。続いてそれらを、RT-PCRによるhTERT発現、テロメラーゼ活性(TRAPアッセイ)、hTERTに関する免疫細胞化学染色または複製能に関して評価することができる。連続的に複製するコロニーを、増殖を補助する条件下でさらに培養することによって濃縮させることができ、望ましい表現型を有する細胞を選択的には限界希釈によってクローン化することができる。
【0114】
本発明の特定の態様では、pPS細胞を肝細胞系譜の特徴を備えた細胞に分化させ、続いて分化細胞をTERTを発現するように遺伝的に改変する。本発明の他の態様では、pPS細胞をTERTを発現するように遺伝的に改変しした後に、肝細胞系譜の特徴を備えた細胞に分化させる。TERT発現を増加させる改変が成功したかどうかは、TRAPアッセイにより、または細胞の複製能が向上したか否かを判定することによって判定しうる。
【0115】
細胞を不死化させる他の方法、例えばSV40ラージT抗原をコードするDNAによって細胞の形質転換を行うことなども考えている(米国特許5,869,243号、国際特許出願・国際公開公報第97/32972号)。癌遺伝子またはオンコウイルス産物によるトランスフェクションは、細胞を治療目的に用いようとする場合にはあまり適切でない。テロメラーゼ導入処理を行った細胞は、細胞が増殖可能で核型を維持しうることが有益であるような本発明の応用(例えば、医薬品スクリーニング)、および、肝機能を強化するために個体に分化細胞を投与する治療プロトコールにおいて特に関心がもたれる。
【0116】
分化細胞の使用
本発明は、肝細胞系譜の多数の細胞を作製することができる方法を提供する。これらの細胞集団は、さまざまな重要な研究、開発および販売の目的に用いることができる。
【0117】
発現ライブラリーおよび特異抗体の調製
本発明の分化細胞を、他の系譜由来の細胞において選好的に発現されるcDNAが比較的混入していないcDNAライブラリーを調製するために用いることもできる。例えば、細胞を1000rpm、5分間の遠心処理によって収集し、続いてペレットから標準的な技法(Sambrookら、前記)によってmRNAを調製する。逆転写によってcDNAにした後、調製物を以下の細胞種:未分化pPS、胚線維芽細胞、近位内胚葉、類洞内皮細胞、胆管上皮、または望ましくない特異性を有する他の細胞のいずれかまたはすべてに由来するcDNAとのサブトラクションにかけ、それにより、成熟肝細胞、肝細胞前駆細胞またはその両方の代表的な発現パターンを反映する限定されたcDNAライブラリーを得ることができる。
【0118】
本発明の分化細胞を、肝細胞マーカー、前駆細胞マーカー、肝細胞前駆細胞に対して特異的なマーカー、および細胞表面に発現されると思われる他の抗原に対して特異的な抗体を調製するために用いることもできる。本発明の細胞は、pPS細胞培養物および肝組織から作製した肝細胞培養物と比べて、特定の細胞種が比較的濃縮しているため、このような抗体を産生させる改善された方法を提供する。ポリクローン抗体は、本発明の細胞を免疫原性形態として脊椎動物に注射することによって調製しうる。モノクローン抗体の作製は、ハーロウ(Harrow)およびレーン(Lane)(1988)、米国特許第4,491,632号、第4,472,500号および第4,444,887号ならびにMethods in Enzymology 73B:3(1981)などの標準的な参考文献に記載されている。特異的な抗体分子(最適には一本鎖可変領域の形態で)を入手するための他の方法には、免疫適格細胞またはウイルス粒子のライブラリーを標的抗原と接触させ、陽性選択されたクローンを成長させることが含まれる。マークス(Marks)ら、New Eng. J. Med. 335:730、1996、国際特許出願・国際公開公報第94/13804号、国際公開公報第92/01047号、国際公開公報第90/02809号およびマクギネス(McGuiness)ら、Nature Biotechnol. 14:1449、1996を参照されたい。本発明のpPSを用いて陽性選択を行い、より幅広く分布する抗原を有する細胞(分化した胚細胞など)または成体由来幹細胞を用いて陰性選択を行うことにより、望ましい特異性を得ることができる。続いてこれらの抗体を用いて、組織試料を用いた免疫診断時の同時染色、およびこのような細胞を成熟肝細胞または他の系譜の細胞から単離する目的で、望ましい表現型を有する肝細胞前駆細胞を混合細胞集団から同定または回収することができる。
【0119】
ゲノム学
分化したpPS細胞は、肝細胞前駆細胞に特異的な転写物および新たに合成されたタンパク質の発現パターンを同定する目的に関心がもたれ、分化経路の方向づけまたは細胞間の相互作用の促進にも役立つ可能性がある。分化細胞の発現パターンを入手し、未分化pPS細胞、分化能が決定された前駆細胞(他の系譜の方向に分化したpPS細胞、造血幹細胞、他の中胚葉由来組織の前駆細胞、内皮もしくは胆管上皮の前駆細胞、成体組織から得た肝細胞幹細胞、または別の試薬もしくは手法を用いて肝細胞系譜の方向に分化したpPS細胞)などの対照細胞と比較する。
【0120】
発現をタンパク質レベルで比較するのに適した方法には、前記のイムノアッセイまたは免疫組織化学的な手法が含まれる。発現を転写レベルで比較するのに適した方法には、mRNAのディファレンシャルディスプレイ法(Liang、Pengら、Cancer Res. 52:6966、1992)およびマトリックスアレイ発現システム(Schenaら、Science 270:467、1995;Eisenら、Methods Enzymol. 303:179、1999;Brownら、Nat. Genet. 21 補遺 1:33、1999)が含まれる。
【0121】
遺伝子発現の分析におけるマイクロアレイの使用は、フリッツ(Fritz)ら、Science 288:316、2000;「マイクロアレイバイオチップ技術(Microarray Biochip Technology)」、シェナ(M. Schena)編、イートン出版社(Eaton Publishing Company);「マイクロアレイ分析(Microarray analysis)」、グウィン(Gwynne)およびページ(Page)、Science(8月6日、1999 補遺);ポラック(Pollack)ら、Nat Genet 23:41、1999;ガーホルド(Gerhold)ら、Trends Biochem. Sci. 24:168、1999;「遺伝子チップ(DNAマイクロアレイ)(Gene Chips(DNA Microarrays)」、シャイ(L Shi)、www.Gene-Chips.com.に概説されている。マイクロアレイ分析を行うためのシステムおよび試薬は、アフィメトリクス社(Affymetrix, Inc.)、サンタ・クララ、カリフォルニア;ジーンロジック社(Gene Logic Inc.)、コロンビア、メリーランド;ハイセク社(Hyseq Inc.)、サニーヴェール、カリフォルニア;モレキュラーダイナミクス社(Molecular Dynamics Inc.)、サニーヴェール、カリフォルニア;ナノジェン社(Nanogen)、サンディエゴ、カリフォルニア;およびシンテニ社(Synteni Inc.)、フレモント、カリフォルニア)(Incyte Genomics、パロアルト、カリフォルニアにより買収)などの企業から販売されている。
【0122】
固相アレイは、プローブを望ましい位置で合成することにより、またはプローブ断片をあらかじめ合成した後にそれを固体支持体に付着させることにより、プローブを特定の部位に付着させることによって製造される。さまざまな組成のガラス、プラスチック、セラミックス、金属、ゲル、膜、紙およびビーズを含む、さまざまな固体支持体を用いることができる。米国特許第5,445,934号は、光で切断可能な保護基を含む化学種によってスライドガラスを誘導体化する、オンチップ合成法を開示している。各部位を順次、遮蔽物を介した照射によって脱保護した後に、光保護基を含むDNAモノマーと反応させる。あらかじめ合成したプローブを固体支持体上に付着させるための方法には、吸着、紫外線結合および共有結合が含まれる。一例としては、ヒドロキシル基、カルボキシル基、アミン基、アルデヒド基、ヒドラジン基、エポキシド基、ブロモアセチル基、マレイミド基またはチオール基などの活性基を有するように固体支持体を修飾し、それを通してプローブを結合させる(米国特許第5,474,895号および第5,514,785号)。
【0123】
プローブアッセイは一般に、アレイを、関心対象のヌクレオチド配列を含む可能性のある流体とハイブリダイゼーションに適した条件下で接触させた後に、ハイブリッドが形成されたかどうかを判定することによって行われる。例えば、試料中のmRNAまたはDNAを、蛍光標識Cy3またはCy5などの適した標識を付着させたヌクレオチドの存在下で増幅する。条件は適宜、厳密に相補的な適合性、またはさまざまな程度の相同性の下でハイブリダイゼーションが生じるように調整する。続いてアレイを洗浄し、固相に付随する標識の存在または量を測定することにより、結合した核酸の評価を行う。アレイ間で異なる試料を相対的発現レベルに関して比較することができ、これは選択的には、リボソームもしくはハウスキーピング遺伝子などの関心対象のほとんどの細胞で発現される遺伝子を用いて、または試料中の総ポリヌクレオチドに占める割合として、標準化した上で行う。または、2つまたはそれ以上の異なる源からの試料を、各々の源から増幅した異なる標識がなされたポリヌクレオチドを調製することにより、同じアレイ上で同時に検査することもできる。
【0124】
代表的な方法は、ジェネティックマイクロシステムズ(Genetic Microsystems)社のアレイ作製装置(array generator)およびアクソンジーンピックス(Axon GenePix)(商標)スキャナーを用いて行う。マイクロアレイは、分析しようとするマーカー配列をコードするcDNA断片を、96ウェルまたは384ウェルの形式にまず増幅することによって調製する。続いてcDNAをスライドガラス上にスライド1枚当たり5,000個を上回る密度で直接スポットする。関心対象の2つの細胞からのmRNA調製物を比較するために、一方の調製物をCy3標識cDNAに変換し、もう一方をCy5標識cDNAに変換する。この2つのcDNA調製物をマイクロアレイスライドに同時にハイブリダイズさせた後、非特異的な結合を除去するために洗浄する。アレイ上の任意のスポットはcDNA産物のそれぞれと、2つの最初のmRNA調製物における転写物の存在量に比例した形で結合すると考えられる。続いてスライドを標識のそれぞれに適した波長でスキャニングし、その結果生じた蛍光を定量化した上で、その結果を整えてアレイ上の各マーカーに対するmRNAの相対的な存在量の指標を得る。
【0125】
本発明の分化細胞の特徴分析を行うため、およびそれらに影響を及ぼすために用いるための発現産物の同定には、肝細胞系譜に沿って分化したpPS細胞などの第1の細胞種におけるRNA、タンパク質または他の遺伝子産物の発現レベルを分析すること、対照細胞種における同じ産物の発現レベルを分析すること、および2つの細胞種間の相対的発現レベル(一般には、試料中のタンパク質またはRNAの総量により標準化されたもの、またはハウスキーピング遺伝子などのように両方の細胞種において同程度のレベルで発現されると考えられる別の遺伝子産物と比較したもの)を比較すること、および相対的発現レベルに基づいて関心対象の産物を同定することが含まれる。
【0126】
産物は一般に、本発明の分化したpPS細胞におけるそれらの相対的発現レベルが、対照と比較して少なくとも約2倍、10倍または100倍高い(または低い)場合に興味深いと考えられる。この分析は選択的には、各細胞種における発現レベルを、各軸に対する記録の位置がそれぞれの細胞における発現レベルと一致するように独立した軸に記録し、続いて記録の位置に基づいて関心対象の産物を選択することにより、コンピュータを用いて行うことができる。または、第1の細胞と対照細胞との間の発現の差をカラースペクトルとして表すこともできる(例えば、黄色が同等な発現レベルを表し、赤色が発現増強を表し、青色が発現抑制を表すというように)。続いて、関心対象の1つのマーカーの発現を表す色に基づいて、または複数のマーカーを表す色のパターンに基づいて、関心対象の産物を選択することができる。
【0127】
薬物スクリーニング用の分化したpPS細胞
本発明の分化したpPS本発明は、分化肝細胞系譜の細胞の特徴に影響を及ぼす因子(溶媒、低分子薬、ペプチド、ポリヌクレオチドなど)または環境条件(培養条件または操作など)のスクリーニングに用いることができる。
【0128】
いくつかの用途においては、pPS細胞(分化したもの、または未分化のもの)を、肝細胞系譜に沿った細胞の成熟を促す因子、またはこのような細胞の長期培養下での増殖および維持を促す因子のスクリーニングに用いる。例えば、肝細胞成熟因子または増殖因子の候補の試験は、それらを種々のウェルに入ったpPS細胞に添加した後に、その結果生じた表現型変化を、細胞のさらなる培養および使用に関して望まれる基準に従って判定することによって行われる。
【0129】
本発明の特定のスクリーニングの用途は、薬剤研究における医薬化合物の試験に関する。読者は概論については、標準的な教科書である「薬学研究におけるインビトロの方法(In vitro Methods in Pharmaceutical Research)」、Academic Press、1997および米国特許第5,030,015号を参照されたい。本発明において、肝細胞系譜に分化したpPS細胞は、肝細胞系または短期培養した初代肝細胞に対してこれまで行われているような標準的な薬物スクリーニングおよび毒性アッセイに対して被験細胞の役割を果たす。医薬化合物候補の活性の評価は一般に、本発明の分化細胞を候補化合物と組み合わせること、化合物に起因する細胞の形態、マーカー表現型または代謝活性の変化の有無を判定すること(非処理細胞または不活性化合物で処理した細胞と比較する)、および観察された変化を化合物の効果と相関づけることが含まれる。スクリーニングは、化合物が肝細胞に対してまたは薬理効果を及ぼすように設計されたという理由から行ってもよく、または別の効果を及ぼすように設計された化合物に肝臓への有害な副作用があるかどうかを調べる理由から行ってもよい。薬物間相互作用があれば検出するために、2つまたはそれ以上の薬剤を組み合わせて用いることができる(細胞と同時またはその後に組み合わせることにより)。
【0130】
いくつかの用途においては、化合物を肝毒性に関してまずスクリーニングする(Castellら、pp 375〜410、「薬学研究におけるインビトロの方法(In vitro Methods in Pharmaceutical Research)」、Academic Press、1997)。細胞傷害性はまず第一に、細胞の生存性、生存、形態および酵素の培地中への漏出に対する影響によって判定しうる。より詳細な分析は、化合物が毒性を生じずに細胞機能(糖新生、尿素形成および血漿タンパク質合成など)に影響を及ぼすか否かを判定することによって行う。乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)は、肝アイソザイム(V型)が培養条件下で安定であり、12〜24時間インキュベートした後に培養上清で再現性のある測定を行えることから、優れたマーカーである。ミトコンドリアのグルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼおよびグルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼなどの酵素の漏出を用いることもできる。ゴメス-レホン(Gomez-Lechon)ら(Anal:Biochem. 236:296、1996)は、グリコーゲンを測定するための微量アッセイを記載しており、これを肝細胞の糖新生に対する医薬化合物の影響の測定に適用することができる。
【0131】
肝毒性を評価するためのその他の現行の方法には、アルブミン、コレステロールおよびリポタンパク質の合成および分泌;抱合胆汁酸およびビリルビンの輸送;尿素形成;シトクロムp450のレベルおよび活性;グルタチオンのレベル;α-グルタチオンS-トランスフェラーゼの放出;ATP、ADPおよびAMPの代謝;細胞内KおよびCa2+濃度;核マトリックスタンパク質またはオリゴヌクレオソームの放出;ならびにアポトーシスの誘導(細胞の球状化、クロマチン凝縮および核断片化)の判定が含まれる。DNA合成は[3H]-チミジンまたはBrdUの取り込みとして測定可能である。DNAの合成または構造に対する薬剤の影響は、DNAの合成または修復を測定することによって判定しうる。[3H]-チミジンまたはBrdUの取り込みは、特に細胞周期内で不定期にみられる場合または細胞複製に必要なレベルを上回る場合は、薬剤の影響と一致する。有害効果には、中期分裂像から判定される姉妹染色分体交換の割合が異常であることも含まれる。読者はより詳細な説明については、ヴィッカーズ(A. Vickers)(pp 375〜410、「薬学研究におけるインビトロの方法(In vitro Methods in Pharmaceutical Research)」、Academic Press、1997)を参照されたい。
【0132】
肝機能の回復
本発明は、肝機能の程度を回復させるための分化したpPS細胞の使用であって、肝機能の急性、慢性または遺伝性障害があると考えられるためにこのような治療法を必要とする対象における使用も提供する。
【0133】
分化したpPS細胞の治療的応用に対する適合性を判定するために、細胞をまず適した動物モデルで試験することができる。1つのレベルでは、細胞がインビボで生存し、その表現型を維持する能力を評価する。分化したpPS細胞を、免疫不全動物(SCIDマウス、または化学的手法もしくは照射により免疫不全となった動物など)に対して、その後の観察に適した腎被膜、脾臓内または肝小葉内などの部位に投与する。数日ないし数週間またはそれ以上の期間の後に組織を採取し、pPS細胞が存在し続けているか否かを評価する。これは、投与した細胞に検出可能な標識(緑色蛍光タンパク質またはβ-ガラクトシダーゼなど)を付与すること;または投与した細胞に対して特異的な構成性マーカーを測定することによって行える。分化したpPS細胞を齧歯類モデルで試験する場合には、ヒト特異抗体を用いる免疫組織化学的手法もしくはELISA、またはヒトポリヌクレオチド配列に対して特異的な増幅が起こるようなプライマーおよびハイブリダイゼーション条件を用いるRT-PCR分析により、投与した細胞の存在および表現型を評価することができる。遺伝子発現をmRNAまたはタンパク質のレベルで評価するのに適したマーカーを表3に提示している。動物モデルにおける肝細胞様細胞の運命の判定に関する一般的な説明は、グロンペ(Grompe)ら(Sem. Liver Dis. 19:7、1999);ピータース(Peeters)ら(Hepatology 25:884、1997;)およびオオハシ(Ohashi)ら(Nature Med. 6:327、2000)で行われている。
【0134】
もう1つのレベルでは、分化したpPS細胞が、肝機能が完全でない動物において肝機能を回復させる能力を評価する。ブラウン(Braun)ら(Nature Med. 6:320、2000)は、HSV tk遺伝子に関するトランスジェニックマウスにおける毒素誘発性肝疾患のモデルの概要を説明している。リム(Rhim)ら(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92:4942、1995)およびリーバー(Lieber)ら(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92:6210、1995)は、ウロキナーゼの発現による肝疾患モデルの概要を説明している。ミグノン(Mignon)ら(Nature Med. 4:1185、1998)は、細胞表面マーカーFasに対する抗体によって誘発される肝疾患の概要を説明している。オーバーターフ(Overturf)ら(Human Gene Ther. 9:295、1998)は、Fah遺伝子の標的破壊によるマウスにおける遺伝子性I型チロシン血症のモデルを開発した。この動物は2-(2-ニトロ-4-フルオロ-メチル-ベンゾイル)-1,3-シクロヘキサンジオン(NTBC)を供給すると欠損症から回復するが、NTBCを中断すると肝疾患を発症する。急性肝疾患は、90%肝切除によりモデル化が可能である(Kobayashiら、Science 287:1258、2000)。動物にガラクトサミン、CCl4またはチオアセトアミドなどの肝臓毒を投与することによって急性肝疾患をモデル化することもできる。肝硬変などの慢性肝疾患は、動物に対して亜致死量の肝臓毒を、線維化を誘発する程度に十分に長期にわたって投与することによってモデル化しうる(Rudolphら、Science 287:1253、2000)。分化細胞が肝機能を再構成する能力の評価には、このような動物に細胞を投与すること、および、疾患の進行に関して動物をモニタリングしながら、1〜8週間またはそれ以上の期間にわたって生存を判定することが含まれる。肝機能に対する影響は、肝組織中で発現されるマーカー、シトクロムp450活性およびアルカリホスファターゼ活性、ビリルビン抱合およびプロトロンビン時間などの血液学的指標、ならびに宿主の生存を評価することによって判定しうる。これらの基準のいずれかに従って認められた生存、疾患の進行または肝機能の維持に関する何らかの改善は治療法の有効性と関係があり、さらなる最適化につながる可能性がある。
【0135】
本発明は、バイオ人工肝臓装置中に封入された、またはその一部である、分化細胞を含む。さまざまな形態の封入が、「細胞封入技術および治療薬(Cell Encapsulation Technology and Therapeutics)」、クートライバー(Kuhtreiber)ら編、Birkhauser、ボストン、マサチューセッツ、1999に記載されている。本発明の分化細胞は、インビトロまたはインビボで用いるために、このような方法に従って封入可能である。
【0136】
臨床使用のためのバイオ人工臓器は、(長期療法の一部として、または劇症肝不全と肝再構成または肝移植との間の期間を乗り越える目的で)肝機能障害のある個体を補助するために設計される。バイオ人工肝臓装置は、「細胞封入技術および治療薬(Cell Encapsulation Technology and Therapeutics)」前記のマクドナルド(Macdonald)ら、pp. 252〜286に概説されており、米国特許第5,290,684号、第5,624,840号、第5,837,234号、第5,853,717号および第5,935,849号に具体例が示されている。懸濁液型のバイオ人工肝臓は、平板透析器内に懸濁化された状態、適した基質中に封入された状態、または細胞外マトリックスをコーティングした微小担体ビーズに付着した状態で細胞を含む。または、肝細胞を、固定層内、多段式フラットベッド内、マイクロチャネルスクリーン上、中空糸キャピラリーの周囲の固体支持体の表面に配置することもできる。本装置には対象の血液が通過する流入口および流出口があり、時には栄養分を細胞に供給するための入口が別に用意されている場合もある。
【0137】
このような肝臓支持装置に関する最新の提案は、入手可能な初代ヒト肝細胞が不足しているという理由から、ブタ肝細胞の懸濁液などの異種由来の肝細胞を含む。異種組織源に対しては、免疫原性に関して、およびウイルスの種間伝染の恐れに関して、規制上の懸念が提起されている。
【0138】
本発明は、ヒト細胞の調整用培養物を作製するためのシステムを提供する。分化した多能性幹細胞を前記の方法に従って調製した後に、マトリゲル(登録商標)またはコラーゲンなどのマトリックスなどの適した基質上にある装置内にプレーティングする。装置の有効性は、流入路における血液の組成を流出路におけるものと比較すること(流入路の流れから除去された代謝産物および流出路の流れの中の新たに合成されたタンパク質に関して)によって評価することができる。
【0139】
この種の装置は、細胞が流体中の毒素を除去または改変するのを可能にする条件下で、流体が本発明の分化細胞と接触するような状況の下で、血液などの流体を解毒するために用いることができる。解毒には、肝臓によって通常処理される少なくとも1つのリガンド、代謝産物または他の化合物(天然物または合成物のいずれか)を除去または改変することが含まれると考えられる。このような化合物には、ビリルビン、胆汁酸、尿素、ヘム、リポタンパク質、糖質、トランスフェリン、ヘモペキシン、アシアロ糖タンパク質、インスリンおよびグルカゴンなどのホルモン、ならびに種々の低分子薬が非制限的に含まれる。本装置を、アルブミン、急性期反応物質および保有していない輸送タンパク質などの合成されたタンパク質を流出液に多く含ませるために用いることもできる。これらの種々の機能が果たされ、それによって必要な数の肝機能が回復するように装置を最適化することができる。治療的使用の状況では、装置は肝細胞不全の患者から流れてきた血液を処理し、その後に血液を患者に戻す。
【0140】
動物モデル(上記のものなど)において望ましい機能的特徴を示す本発明の分化したpPS細胞は、肝機能障害のあるヒト対象に対する直接投与にも適すると思われる。止血の目的で、細胞を循環路に十分に到達可能な任意の部位、一般には腹腔内に投与することができる。ある種の代謝機能および解毒機能に対しては、細胞が胆道に到達することが有利である。したがって、細胞を肝臓(例えば、慢性肝疾患の治療の場合)または脾臓(例えば、劇症肝不全の治療の場合)の近傍に投与する。1つの方法では、細胞を、注入または留置カテーテルにより、肝動脈または門脈を通して肝循環路に投与する。細胞が主として脾臓内もしくは肝臓内またはそれらの両方に流れ込むように、門脈内のカテーテルを操作することができる。もう1つの方法では、一般的には塊(bolus)を所定位置に保持すると思われる添加剤またはマトリックス中にある状態で、標的臓器の近傍の腔内に塊を留置することによって細胞を投与する。もう1つの方法では、細胞を肝臓または脾臓の小葉内に直接注入する。
【0141】
本発明の分化細胞は、肝機能の回復または補助を必要とするあらゆる対象における治療のために用いることができる。このような治療が適すると思われるヒト疾患には、劇症肝不全(原因を問わない)、ウイルス性肝炎、薬剤誘発性肝障害、肝硬変、遺伝性肝機能不全(ウィルソン病、ギルバート症候群またはα1-抗トリプシン欠損症)、肝胆道癌、自己免疫性肝疾患(自己免疫性慢性肝炎または原発性胆汁性肝硬変)および肝機能障害をもたらす任意の他の疾患が含まれる。ヒトの治療の場合、投与量は一般に細胞約109〜1012個、典型的には約5×109〜5×1010個の範囲であり、対象の体重、疾患の性質および重症度、ならびに投与する細胞の複製能に応じて調節する。投与様式および適切な投与量の決定に関する最終的な責任は、管理を行う臨床医にある。
【0142】
以下の実施例は、本発明の特定の態様に関する非制限的な例示として提示したものである。
【0143】
実施例
実験手順
本節には、以下の実施例の項で用いる技法および試薬のいくつかに関する詳細を示す。
【0144】
ヒト胚性幹細胞の維持:
hES細胞は、無血清培地中にて初代マウス胚線維芽細胞上で維持した。hES細胞を、照射したマウス胚線維芽細胞の上に細胞約40,000個/cm2の密度で小さな塊として播いた。これらの培養物を、80%KO DMEM(Gibco)および20%血清代替物(Gibco)から構成され、1%非必須アミノ酸、1mMグルタミン、0.1mM β-メルカプトエタノールおよび4ng/mLヒトbFGF(Gibco)を補充した培地中で維持した。細胞をESコロニーの連続継代によって増やした。これはESコロニーの単層培養物を1mg/mLコラゲナーゼにより37℃で5〜20分間処理することによって行った。続いて培養物を丁寧に剥離して細胞を採取した。塊を丁寧に分離し、小さな塊として新たなフィーダー細胞の上に再びプレーティングした。
【0145】
胚様体の作製(EB):
フィーダー細胞の存在下または非存在下にある集密化したhES細胞の単層培養物を、コラゲナーゼ中で15〜20分間インキュベートした後に細胞をプレートから剥離することによって収集した。続いて細胞を塊に分離し、80%KO DMEM(Gibco)および熱非働化を行っていない20%FBS(Hyclone)から構成され、1%非必須アミノ酸、1mMグルタミン、0.1mMβ-メルカプトエタノールを補充した培地を入れた非接着性細胞培養プレート(Costar)中にプレーティングした。細胞は1ウェル(6ウェルプレート)当たり2mLの培地中に1:2の比で播いた。EBには1ウェル当たり2mLの培地を1日置きに添加することによって栄養分を与えた。培地の容積が4mL/ウェルを上回った時点でEBを収集し、新たな培地中に再懸濁した。4〜8日間の懸濁培養の後、EBを基質上にプレーティングし、さらに分化させた。
【0146】
マトリゲル(登録商標)でコーティングした培養基質:
ウェルをマトリゲル(登録商標)により、製造者の指示に従ってコーティングした。簡潔に述べると、通常のマトリゲル(登録商標)または増殖因子減少型のマトリゲル(登録商標)(Collaborative Biosciences)を4℃で少なくとも3時間かけて解凍した。これをhES細胞培養物の場合は冷KO DMEMで1:10または1:20に希釈し、肝細胞培養物の場合は1:30に希釈した。冷却しておいたプレートおよびピペットチップを用いて0.75〜1mLのマトリゲル溶液を各ウェル(9.6cm2)に添加した。プレートを室温で1時間、または4℃で一晩インキュベートし、続いて冷KO DMEMで1回洗浄した後に細胞を添加した。
【0147】
免疫細胞化学:
チェンバースライド上で増殖している細胞を、3.5%パラホルムアルデヒド中に室温で5分間置き、続いて-20℃のメタノール中に20分間置くことによって固定した。固定した細胞をPBSで2回すすぎ洗いし、10%ヤギ血清(PBS中)中に1時間おいてブロックした。それらを次に10%ヤギ血清およびPBS中に希釈した一次抗体とともに2時間インキュベートした。アルブミン、α-フェトプロテイン(AFP)(Sigma)およびα1-抗トリプシン(QEB Biosciences Inc.)に対する抗体は1:500に希釈し、サイトケラチン8、18および19、デスミン(NeoMarkers)、ビメンチン(Dako)およびSMA(Sigma)に対する抗体は1:200に希釈した。続いて細胞をPBSで3回洗い、1:100希釈したFITC結合抗マウスIgGである二次抗体ともにインキュベートし、5%ヤギ血清(PBS中)で1:1000希釈したヘキスト(Hoechst)HH33258(Sigma)とともに1時間インキュベートした。染色した細胞をPBSで3回洗浄し、ベクタシールド(Vectashield)(商標)(Vector Labs)中にマウントした。10倍および40倍の画像を、エピフルオレセンスおよびスポット式CCDカメラを装着したニコン・ラボフォト(Nikon Labophot)(商標)で撮影した。
【0148】
グリコーゲン染色:
過ヨウ素酸-シッフ染色液(PAS)は、アメリカンマスターテックサイエンティフィック社(American Master Tech Scientific Inc.)から入手した。細胞をチェンバースライド上で増殖させ、-20℃のアセトン:メタノール1:1中に20分間置いて固定した。固定した細胞を水道水で、続いて蒸留水ですすぎ洗いした。続いて細胞を0.5%過ヨウ素酸溶液中で室温にて4分間インキュベートし、蒸留水ですすぎ洗いした。それらを次にシッフ溶液とともに室温で10分間インキュベートし、水道水で数回すすぎ洗いした。続いて細胞をファストグリーン染色液中で2分間インキュベートし、100%アルコールで2回すすぎ洗いして、DPXマウント用媒体中にマウントした。10倍および40倍の画像を、エピフルオレセンスおよびスポット式CCDカメラを装着したニコン・ラボフォト(商標)で撮影した。
【0149】
BrdU染色:
細胞を表記の増殖培地中にてチェンバースライド上で増殖させ、10μM BrdUにより24時間かけて標識した。続いて細胞を3:1メタノール:酢酸で30分間固定し、暗下に一晩おいて風乾させた。固定した細胞をPBSで1回すすぎ洗い、0.07N NaOH中に2分間おいて変性させた後、pH 8.5およびpH7.4のPBSによる短時間のすすぎ洗いを数回行った。次にそれらを1.5%ヤギ血清(Vector Labs)を15分間用いてブロックし、1.5%ヤギ血清および0.05%Tween(商標) 20中に1:500に希釈した抗BrdU抗体(Sigma)とともに2時間インキュベートした。試料をPBSで2回洗った後、1.5%ウマ血清中に10μg/mLに希釈したビオチン化ヤギ抗マウス免疫グロブリン(Vector Labs)である二次抗体とともに30分間インキュベートした。試料を再びPBSで3回洗浄した後、10mM HEPES緩衝液および0.15M NaCl pH 8.5中に30μg/mLに希釈した染色用結合物であるテキサスレッド(Texas Red)標識ストレプトアビジン(Vector Labs)とともに20分間、暗下でインキュベートした。すべての核を染色するために、ストレプトアビジン溶液にヘキスト(Hoechst)HO33258染色剤(ビスベンズイミド、Sigmaカタログ番号B2883)を最終濃度2.5μMとなるように混合した。染色した細胞を再びPBSで3回洗い、ベクタシールド(商標)(Vector Labs)中にマウントした。10倍および40倍の画像を、エピフルオレセンスおよびスポット式CCDカメラを装着したニコン・ラボフォト(商標)で撮影した。
【0150】
逆転写酵素PCR増幅:
転写レベルでの発現に関するRT-PCR分析を以下の通りに行った:RNAイージーキット(RNAeasy Kit)(商標)(Qiagen)を製造者の指示に従って用いて、RNAを細胞から抽出した。続いて、混入したゲノムDNAを除去するために最終産物をDNA分解酵素で消化した。RNAを、10mM Tris pH 7.5、10mM MgCl2および5mM DDTを含む緩衝液中にて、RNAガード(Pharmacia Upjohn)およびDNA分解酵素I(Pharmacia Upjohn)とともに37℃で30〜45分間インキュベートした。タンパク質を試料から除去するために、フェノール-クロロホルム抽出を行い、3M酢酸ナトリウムおよび100%冷エタノールでRNAを沈殿させた。RNAを70%エタノールで洗浄し、ペレットを風乾させた上でDEPC処理水中に再懸濁した。逆転写酵素(RT)反応に関しては、500ngの全RNAを最終濃度が1倍の第一鎖緩衝液(Gibco)、20mM DDTおよび25μg/mLのランダムヘキサマー(Pharmacia Upjohn)と混ぜ合わせた。70℃に10分間おいてRNAを変性させた後、室温に10分間おいてアニーリングを行わせた。dNTPを0.5μLのスーパースクリプトII RT(Superscript II RT)(Gibco)とともに最終濃度1mMとなるように添加し、42℃で50分間インキュベートした後に、80℃に10分間おいて熱失活させた。その後はPCR分析に用いるまで試料を-20℃で保存した。標準的なポリメラーゼ連鎖反応(PCR)は、関心対象のマーカーに対して特異的なプライマーを用いて、以下の反応混合液中で行った:cDNA 1.0μL、10×PCRバッファー(Gibco)2.5μL、10×MgCl2 2.5μL、2.5mM dNTP 3.0μL、5μM 3'-プライマー 1.0μL、5μM 5'-プライマー、1.0μL、Taq 0.4μL、DEPO水 13.6μL。選択したマーカーおよび反応条件を表3に示す。
【0151】
RT-PCRによる発現分析のための反応条件
【表3】

【0152】
実施例1:n-酪酸を用いたヒト胚性幹細胞の分化
胚様体(EB)を前の節で説明した通りに調製した。5日間の懸濁培養の後にそれらを収集し、増殖因子減少型のマトリゲル(登録商標)をコーティングしたプレート上およびチェンバースライド(Nunc)中にプレーティングした。以下の3つの条件の1つずつを平行して用いた:
・20%ウシ胎仔血清(FBS)を含む培地;
・20%FBSおよび5mM酪酸ナトリウム(Sigma)を含む培地;
・20%FBS、0.5%DMSO(ATOC)、4μMデキサメタゾン(Sigma)、150ng/mlインスリン、10ng/ml EGF、600nMグルカゴン(Sigma)を含む培地。
【0153】
いずれの場合にも、培地は毎日交換し、プレーティングから4日後に細胞を免疫細胞化学的分析のために固定した。
【0154】
プレーティングの翌日の時点で、20%FBSのみの培地中にプレーティングしたEBは健常な外観を示し、そのほとんどすべてがプレートに付着しており、増殖中であると思われた。数日後の時点で、FBSのみのEBの生存性は良好であり、分化して極めて不均一な集団を形成した。これに対して、酪酸ナトリウムを含む培養物は、プレーティングから1日後の時点で多くの割合が死細胞の外観を示し、極めて均一な細胞集団を含むわずかなパッチ状領域が生存していたのみであった。これらの細胞の形態は、細胞が大型であり、2、3日後に多核性となった点で初代肝細胞のものと類似していた。これらの培養物を、初代ヒト肝細胞の培養物(ピッツバーグ大学のスティーブン・ストローム(Stephen Strom)博士から入手した)およびHepG2細胞(肝芽細胞腫に由来するヒト肝細胞永久細胞株、米国特許第5,290,684号に報告されたものと同様)と比較した。0.5%DMSOおよび増殖因子(no. 3)が存在する条件では、細胞は健常な外観を示し、培養物は著しく不均一な細胞集団を含んでいた。
【0155】
図1は、再びプレーティングしてさらに2日間培養した胚様体細胞の形態を示している(4倍、10倍、20倍)。右側は、肝細胞分化誘導物質であるn-酪酸の存在下で2日間培養することによって分化した細胞を示している。胚様体をプレーティングした部位に丸いコロニーが形成されている;中央にある白色のパッチ状領域は死細胞からなる小領域である。視野内の他の細胞は著しく均一な形態を示している。左側は、血清含有培地のみで培養した細胞を示している。胚様体が広い領域に分散し、多くの異なる細胞種の形態を示す細胞からなる不均一なパッチ状領域を形成している。
【0156】
プレーティングから4日後に、チェンバースライド上で成長している細胞を、さまざまな肝特異的マーカーに対する抗体を用いて、免疫細胞化学的分析のために固定した。その結果を表4に示している。酪酸ナトリウムで処理した培養物はAFPを発現しなかったが、細胞の約30%は抗体で検出可能なレベルのアルブミンを発現した。
【0157】
培養細胞の免疫細胞化学
【表4】

* -の結果は陽性染色を示す細胞の割合%として表した。
(nd.)=本実験では判定せず
【0158】
実施例2:分化細胞によって発現されるマーカー
hES細胞から派生した胚様体を4日または5日間の懸濁培養後に収集し、20%FBSおよび5mM n-酪酸ナトリウムを含む培地を入れたマトリゲル(登録商標)でコーティングした、6ウェルプレート(RNA抽出のため)およびチェンバースライド(免疫細胞化学のため)上にプレーティングした。培地は毎日または隔日に交換した。第1日に多数の細胞死がみられ、その後の数日間は細胞死が減少した。
【0159】
図2は、n-酪酸の存在下で6日間培養した後の分化細胞の形態を示している。同じ培養物の6つの異なる視野を示している(上の列は10倍、他の列は20倍)。細胞は著しく均一であり、成熟肝細胞の特徴である大きな多角形の表面および二核性の中心が認められる。
【0160】
分化誘導物質の存在下にプレーティングしてから第6日の時点で、前に概要を説明した手順に従って、細胞をRT-PCRおよび免疫細胞化学によってマーカーの発現に関して分析した。これらの細胞におけるグリコーゲン含有量を過ヨウ素酸シッフ染色を用いて決定した。 細胞周期のS期にある細胞の数は、プレーティングから5日後に細胞を10μM BrdUとともにインキュベートし、24時間後に抗BrdU抗体で染色することによって評価した。
【0161】
図3は、いくつかの細胞特異的マーカーに関する免疫組織化学染色の結果を示している。図3A(40倍)は、ピッツバーグ大学から入手した初代ヒト成体肝細胞に関する結果であり、抗体染色を右側に、同じ視野の細胞核に対するヘキストHH33258ビスベンズイミド染色を左側に示している。図3B(20倍)はn-酪酸の存在下で6日間培養したhES細胞に関する結果を示している。どちらの細胞のセットも、肝細胞系譜の細胞に特徴的な3つのマーカーであるアルブミン、α1-抗トリプシンおよびCD18に関して陽性に染色され、細胞の高い割合が、初期前駆細胞のマーカーであるα-フェトプロテインに関しては陰性である細胞が高い割合を占めている。
【0162】
図4は、n-酪酸の存在下で6日間培養した細胞のグリコーゲン染色パターンを示している(10倍および40倍)。細胞に対して、グリコーゲンに対する過ヨウ素酸-シッフ染色(薄赤色、暗色)および細胞質の外形を示すためのファストグリーン(Fast Green)染色(背景の緑色、明色)を行った。酪酸で処理した細胞の約60%がグリコーゲン蓄積の徴候を示すのに対し(上の列)、胎児肝細胞(中央列、陽性対照)では80%であり、BJ線維芽細胞と命名されているヒト線維芽細胞系(下の列、陰性対照)では事実上皆無である。
【0163】
表現型分析に関する概要を表5に示す。アルブミンの発現は細胞の55%に認められた。AFPは全く認められなかった。グリコーゲンは細胞の少なくとも60%で蓄積していた。細胞の16%はBrdUで標識され、このことは細胞のかなりの割合が分析時点で増殖していたことを意味する。
【0164】
分化細胞の表現型
【表5】

【0165】
肝細胞で通常発現される種々の遺伝子の発現パターンを観察するために、n-酪酸の存在下で6日間培養した後にもRT-PCR分析を行った。これらのデータを、成体肝細胞、胎児肝細胞、HepG2細胞(肝細胞癌の細胞株)および肝細胞でないRPE(網膜色素上皮)細胞系における同じ遺伝子の発現パターンと比較した。その結果を表6に示す。
【0166】
遺伝子発現のRT-PCR分析
【表6】

【0167】
酪酸ナトリウムの影響を、同様のプロトコールで他の肝細胞分化誘導物質の候補と比較する。胚様体を4日間懸濁培養した後に、コラゲナーゼIでコーティングしたプレート上に再びプレーティングした。続いて細胞を各化合物の存在下で6日間培養した。その結果を表7に示す。
【0168】
肝細胞分化誘導物質
【表7】

+ 肝細胞の分化および他の細胞種の選択的除去を引き起こす
- 誘導効果なし
± 軽度の誘導効果;他の細胞種の増殖または生存を許容しうる
【0169】
5mMの濃度で、塩化ナトリウムには全く効果がなかったが、酪酸および酪酸ナトリウムは同程度に効果があった―このことは分化が単にイオン濃度の変化に起因するものではないことを意味する。読者は酪酸および酪酸[ナトリウム]が培地の緩衝能に含まれる同じ物質の結合形態であることを理解していると思われる。したがって、これらの用語は、明示的に別の要求がない限り、本開示において互換的である。
【0170】
比較のために、酪酸のさまざまな構造類似体に関する試験を5mMで行った。類似体であるプロピオン酸、イソ吉草酸およびイソ酪酸には肝細胞分化を引き起こす効果があったが、肝細胞の表現型を有する細胞の濃縮性が相対的に低かったため、これらの条件下では好ましさの程度が落ちるように思われた。
【0171】
ヒストンデアセチラーゼのもう1つの阻害剤であるトリコスタチンAは、2.5〜100μMの範囲では細胞に対する毒性があり、10〜50nMでは無効であることが明らかになった。トリコスタチンAは75〜100nMでは、肝細胞の分化を誘導すると同時に他の細胞種の生存を抑制して選別する働きもあるように思われた。5mM n-酪酸ナトリウムおよび100nMトリコスタチンAを用いて生じた肝細胞系譜細胞の表現型を表8に示す。
【0172】
分化細胞の表現型
【表8】

【0173】
実施例3:肝細胞成熟因子による、酪酸の分化誘導効果の増強
n-酪酸を用いて分化させた細胞におけるさまざまな肝細胞成熟因子の候補による影響を検討した。hESを5mM n-酪酸ナトリウム中で4日間培養した後に、異なる培地に交換した。以下の代替物を検討した:
1.クロネティクス(Clonetics)の「HCM」培地;
2.インスリン、上皮増殖因子(EGF)、デキサメタゾンおよびグルカゴンを補充した10%ウシ胎仔血清(FBS);
3.インスリン、EGF、デキサメタゾンおよびグルカゴンを補充した10%ウシ血清(CS);
4.インスリン、EGF、デキサメタゾンおよびグルカゴンを補充した20%FBS。
【0174】
細胞をこれらの条件下で4日間維持した。細胞はすべての条件下で生存したが、増殖因子を加えた10%FBSが最も優れるように思われた(2群および4群)。これらの細胞をトリプシン処理し、マトリゲル(登録商標)でコーティングした新たなプレートにプレーティングした。肝細胞成熟および細胞表現型に対する影響を明らかにするために、その他の増殖因子も同様のプロトコールで、または組み合わせて検討する。
【0175】
実施例4:hES由来の肝細胞に対するテロメラーゼ導入処理
酪酸ナトリウムでhESを分化させてから数日後に、細胞に対して、テロメラーゼ逆転写酵素のヒト相同体(hTERT)をコードするレトロウイルスによる形質導入を行う。本ベクターは、pGRN145と命名されたプラスミド由来のhTERTコード配列が、市販のpBABEピューロマイシン作製物のEcoRI部位に挿入されたものを含む。hTERTコード配列はレトロウイルスLTRプロモーターの制御下に置かれている。対照およびhTERT pBABEレトロウイルス上清を、PA317パッケージング細胞系を用いて調製し、4μg/mLポリブレンと組み合わせる。
【0176】
分化したhES細胞の培養物を調製し、培地をレトロウイルス上清を含む培地と交換して8〜16時間おく。培地を再び通常の増殖培地と交換し、細胞を1〜2日間回復させる。続いて細胞を0.5〜2.5μg/mLピューロマイシンを用いて選別する。細胞を形態、増殖速度、ならびに発現パターンに関して免疫細胞化学およびRT-PCRを用いて評価する。テロメラーゼ活性はTRAPアッセイを用いて評価する。
【0177】
実施例5:フィーダー細胞を含まない培養におけるヒト胚性幹細胞の分化
以下の通りに、フィーダー細胞を用いない条件下で未分化hESコロニーを連続継代した。培養物を1mg/mLコラゲナーゼ中にて37℃で約5分間インキュベートした。続いて、表面から細胞を剥離することによって細胞を収集し、小さな塊に分離した。細胞を1:3または1:6に分け、ほぼ細胞55,000個/mL(17,000細胞/cm2)とした。再プレーティングの翌日に、未分化細胞のコロニーを再び同定できた。コロニー間にある単細胞が分化していた。その後数日にわたって未分化細胞の増殖が認められ、コロニーは大きくなって稠密化した。コロニー間の分化細胞もより稠密になった。細胞は馴化培地を毎日与えたところ4〜7日間で集密化した。細胞が集密に達した時点でそれらをさらに分割した。
【0178】
本実施例の場合は、H9 hES細胞(p30+5)を、フィーダー細胞を用いない条件下で30日間維持した(5回の継代)後に分化させた。本開示の別の箇所に説明したように、未分化細胞はラミニン上に維持し、MEF馴化培地を与えた。分化を誘導するためには、馴化培地を、5mM酪酸ナトリウムを含むSR培地(bFGFは補充せず)に交換した。
【0179】
これらの条件の下で1日後に、肝細胞様形態を有する細胞の小さなパッチ状領域が認められた。さらに、多数の細胞が死滅し、培養皿の底面に付着しているように認められた。酪酸を含まないSR培地中の対照培養物ではかなり多様な分化(種々の形態の細胞)が認められた。処理から約6日後に、酪酸ナトリウムを添加した培養物は肝細胞様細胞からなる多くのパッチ状領域を含んでいたが、他の形態の細胞はわずかしか同定されなかった。多くの死細胞が依然として培養皿に付着していた。酪酸を添加しなかった培養物は高度に分化した外観を示し、表現型は多様であった。
【0180】
その後の実験では、フィーダー細胞を用いない条件下で培養したhES細胞を、継代の時点で酪酸ナトリウムに曝露させる。H9と命名されたhES細胞系をマトリゲル(登録商標)上で48日間(8回の継代)維持し、コラゲナーゼを用いて収集して、マトリゲル(登録商標)上に再び播く。細胞を5mM酪酸ナトリウムを含むSR培地中に継代し、培養のさまざまな時点で、酪酸の非存在下で培養した細胞との比較により、肝細胞様形態および遺伝子発現に関して評価する。
【0181】
実施例6:DMSOと組み合わせた場合の酪酸の効果
本実験では、肝細胞成熟因子DMSOの存在下で、肝細胞分化誘導物質である酪酸の効果を調べた。
【0182】
ヒトES細胞から派生した胚様体を、4日間の懸濁培養後に収集し、以下の4つの条件下でプレーティングした:
・ゼラチンでコーティングしたプレート、5mM酪酸ナトリウムの存在下
・ゼラチンでコーティングしたプレート、5mM酪酸ナトリウムおよび1%DMSOの存在下
・マトリゲル(登録商標)でコーティングしたプレート、5mM酪酸ナトリウムの存在下
・マトリゲル(登録商標)でコーティングしたプレート、5mM酪酸ナトリウムおよび1%DMSOの存在下
【0183】
培地を1日置きに交換し、第7日に細胞を免疫細胞化学およびRT-PCRにより分析した。これらの条件下の細胞はすべて形態的に類似しており、均一な形態の細胞のコロニーを含んでいた。酪酸およびDMSOの両方が存在した群では、酪酸のみの存在下で培養したものよりも細胞コロニーの数が少なかった。ゼラチン上にプレーティングした2つの群では細胞数がさらに少なかった。
【0184】
免疫染色により、すべての条件ともにマーカー表現型は同様であった。マーカーのそれぞれに対する培養物中の染色された細胞の比率を表9に示す。
【0185】
分化細胞の表現型
【表9】

【0186】
実施例7:胚様体の形成を伴わない、hESの肝細胞様細胞への直接分化
未分化hES細胞をフィーダー細胞を用いない条件(マトリゲル(登録商標)上、MEF-CM中)で維持した。この方法は、肝細胞成熟因子であるDMSOまたはレチノイン酸(RA)をサブコンフルエント培養物に添加することにより、全体的な分化過程を開始させる目的で行った。続いて、酪酸ナトリウムの添加により、肝細胞様細胞を形成するように細胞を誘導する。
【0187】
hES細胞を分割した後、未分化培養条件下に2〜3日維持した。この時点で細胞の集密度は50〜60%であり、培地を1%DMSOを含む非馴化SR培地に交換した。培養物にはSR培地を毎日、4日間にわたって与え、その後は2.5%酪酸ナトリウムを含む非馴化SR培地に交換した。培養物にはこの培地を6日間与え、この時点で培養物の半分を免疫細胞化学分析によって評価した。培養物の残りの半分はトリプシン処理によって収集し、肝細胞系譜細胞の濃縮をさらに促進する目的でコラーゲン上に再びプレーティングした。その翌日に免疫細胞化学分析を行った。
【0188】
表10に示す通り、最終的に再プレーティングを行った細胞では、再プレーティングを行っていない細胞に比べて、アルブミンの発現は約5倍であり、α1-抗トリプシンの発現は同程度であり、サイトケラチンの発現は2分の1であった。細胞の二次プレーティングにより、肝細胞様細胞が濃縮すると考えられる。
【0189】
分化細胞の表現型
【表10】

【0190】
実施例8:hES細胞からの肝細胞分化に関する種々のマトリックスの比較
フィーダー細胞を用いない条件下でhES細胞からEBを作製した。4日間の懸濁培養の後に、5mM酪酸ナトリウムまたは5mM酪酸ナトリウムおよび1%DMSOを補充した20%FBS培地中にEBをプレーティングした。EBは以下のマトリックス上にプレーティングした:
1.コラーゲンI(0.03mg/mLを37℃で一晩コーティング)
2.増殖因子減少型マトリゲル(登録商標)(1:10、室温で1時間コーティング)
3.ゼラチン(1%を37℃で2時間コーティング)
【0191】
酪酸ナトリウムの存在下で6日間おいた後に細胞を形態的に評価し、免疫細胞化学的手法を用いて肝細胞マーカーに関して評価した。すべての条件下で、肝細胞様細胞からなる均一なパッチ状領域が観察された。しかし、細胞塊の数はゼラチンでコーティングした培養物の方が他の条件よりもはるかに少なかった。表11に示す通り、アルブミン、サイトケラチンおよびα1-抗トリプシンに対する免疫反応性を示した細胞の比率はすべての条件とも同程度であった。グリコーゲン蓄積もすべての条件で同程度であった。これらのデータは、検討した基質はいずれも肝細胞分化を促進するが、マトリゲル(登録商標)およびコラーゲンIのコーティングはゼラチンよりも生存性の補助に優れていることを示している。
【0192】
分化細胞の表現型
【表11】

【0193】
実施例9:直接分化のための条件のさらなる最適化
以前に詳細に説明した直接分化プロトコールを行うhES細胞に関して、表12に示した培養条件に調整を加える。肝細胞培地はクロネティクスから購入する;ストローム培地はルンゲ(Runge)ら、Biochem. Biophys. Res. Commun. 265:376、1999に記載された通りに調製する。得られた細胞集団を免疫細胞化学および酵素活性により評価する。
【0194】
直接分化プロトコール
【表12】

【0195】
その後(4日)成熟ステップで検討した他の添加物には、FGF-4およびオンコスタチンM(デキサメタゾン存在下)などの因子が含まれる。
【0196】
図5は、hES由来の細胞の成熟に対するHCMの影響を示している。左列:10倍拡大;右列:40倍拡大。酪酸の存在下では4日までに培養物中の80%を超える細胞の直径が大きくなり、大きな核および顆粒状の細胞質を含んでいる(A列)。SR培地中に5日間おいた後に細胞をHCMに交換した。2日後の多くの細胞は多核性であり、大きな多角形である(B列)。HCMでは4日までに多核性の多角形細胞が多くなり、細胞質が暗色となる(C列)が、この基準によればそれらは新たに単離したヒト成体肝細胞(D列)または胎児肝細胞(E列)と類似している。
【0197】
実施例10:代謝酵素活性
直接分化プロトコールによって生じたhES由来の肝細胞系譜細胞をシトクロムP450活性に関して検討した。
【0198】
分化プロトコールの完了後に、細胞を、シトクロムP-450酵素1A1および1A2(CYP1A1/2)の誘導物質である5μMメチルコラントレンの存在下または非存在下で24〜48時間にわたって培養した。酵素活性はエトキシレゾルフィン(EROD)の脱エチル化の速度として測定した。基質を培地に濃度5μMとなるように添加し、2時間後に培養上清の蛍光を励起波長355nmおよび蛍光波長581nmとして蛍光定量マイクロプレートリーダーにて測定した。生成されたレゾルフィンの量を、精製レゾルフィンで測定した標準曲線を用いて決定し、タンパク質1mgで1分間当たりに生成された。レゾルフィンのピコモル数として表した。
【0199】
図6はその結果を示している。CYP1A1/2活性は検討した3つの肝細胞系譜細胞系(H1 ES細胞系に由来する2つ、およびH9 ES細胞系に由来する1つ)で検出された。活性レベルはメチルコラントレン(MC)により誘導可能であり、新たに単離したヒト成体肝細胞(HH)の2つの調製物で観測されたレベルを上回った。未分化のH1細胞およびH9細胞(ならびにBJヒト胚線維芽細胞系)における活性は無視しうる程度であった。
【0200】
本開示に記載した組成物および手順を、以下の請求の範囲に具体的に示した本発明の趣旨を逸脱することなく、当業者が有効に修正しうることは認識されると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0201】
【図1】位相差顕微鏡写真(4倍、10倍、20倍)の中間調複写図である。右側:ヒト多能性胚性幹(hES)細胞から生じた胚様体細胞を、肝細胞分化誘導物質であるn-酪酸の存在下で2日間培養した。その結果生じた細胞は均一な形態を示している。左側:血清(FBS)含有培地のみで培養した胚様体細胞。多くの異なる細胞種の形態を示す、細胞の不均一なパッチ状領域がみられる。
【図2】位相差顕微鏡写真(上の2つの図は10倍、他の図は20倍)の中間調複写図である。これらはn-酪酸の存在下で6日間培養することによって分化した細胞である。細胞の大部分は成熟肝細胞の特徴を示している。この視野の細胞は二核性で多角形であり、免疫染色または逆転写PCRによって検出可能な成熟肝細胞のマーカーを発現する。
【図3】いくつかの細胞特異的マーカーに関する免疫組織化学染色の結果(右側)を、同じ視野内の細胞核の位置(ビスベンズイミド染色、左側)と比較対照した中間調複写図である。図3A(40倍)はヒト成体肝細胞に関する結果を示している;図3B(20倍)はn-酪酸の存在下で6日間培養することによって分化させたhES細胞に関する結果を示している。どちらの培養物も、アルブミン、α1-抗トリプシンおよびCD18(肝細胞系譜の細胞に特徴的な3つのマーカー)に関して陽性に染色され、α-フェトプロテイン(成熟度の低い細胞のマーカー)に関しては陰性の細胞が高い割合を占めている。
【図4】グリコーゲンの存在に関する過ヨウ素酸シッフ染色を行った細胞の中間調複写図である(10倍および40倍)。酪酸で処理した細胞の約60%がグリコーゲン蓄積の徴候を示すのに対し(上列)、胎児肝細胞では約80%であり(中央列)、線維芽細胞系では事実上皆無である(下列)。
【図5】代表的な分化および成熟過程の種々の時点における細胞を示した、位相差顕微鏡写真(10倍、40倍)の中間調複写図である。 A列は5mM n-酪酸ナトリウムを含むSR培地中で4日間培養した後の細胞を示している。培養物中の細胞の80%以上は直径が大きく、大きな核および顆粒状の細胞質を含む。5日後に細胞を特殊な肝細胞培地(HCM)に移した。B列およびC列はHCM中で2日または4日間培養した後の外観を示している。多核性の多角形細胞が多くみられる。これらの基準によれば、ES由来の細胞は、新たに単離したヒト成体肝細胞(D列)および胎児肝細胞(E列)と類似している。
【図6】シトクロムP-450酵素1A1および1A2(CYP1A1/2)の活性を示した棒グラフである。5μMメチルコラントレン(MC)の存在下で培養することによって酵素を誘導した後、エトキシレゾルフィンを用いて測定した。CYP1A1/2活性は、ES細胞のH1系統に由来する2つ、およびH9系統に由来する1つの肝細胞系譜の細胞系で検出された。活性レベルは、新たに単離したヒト成体肝細胞(HH)の2つの調製物で観測されたレベルを上回った。未分化のH1細胞およびH9細胞、ならびにBJ胚線維芽細胞における活性は無視しうる程度であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィーダー細胞を本質的に含まない成長環境中でヒト多能性幹(hPS)細胞を提供する段階;hPS細胞を、肝細胞分化誘導物質を含む培地中で、肝細胞の特徴的特性を備えた細胞が濃縮された(enriched)細胞集団が生じる条件下において、培養する段階;およびその後に、濃縮細胞集団からこれらの特徴を有する細胞を収集する段階によって得られる、分化細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−205592(P2012−205592A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−139735(P2012−139735)
【出願日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【分割の表示】特願2001−578620(P2001−578620)の分割
【原出願日】平成13年4月26日(2001.4.26)
【出願人】(595161223)ジェロン・コーポレーション (32)
【氏名又は名称原語表記】GERON CORPORATION
【Fターム(参考)】