夜間短時間補光を利用した短日植物並びに中性植物の成長促進方法
【課題】 短日植物並びに中性植物について効果のある夜間短時間補光を利用した成長促進方法を提供する。
【解決手段】 短日植物または中性植物に夜の開始時に遠赤色光を照射するものである。ここで、遠赤色光による補光は、成長促進反応を誘導する光刺激となる程度の光エネルギー量(放射照度×時間長)が確保されれば十分であり、弱光であっても短時間であっても誘導を起こさせ得るものである。
【解決手段】 短日植物または中性植物に夜の開始時に遠赤色光を照射するものである。ここで、遠赤色光による補光は、成長促進反応を誘導する光刺激となる程度の光エネルギー量(放射照度×時間長)が確保されれば十分であり、弱光であっても短時間であっても誘導を起こさせ得るものである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は補光の利用による植物の成長促進方法に関する。更に詳細に説明すると、本発明は、夜間短時間補光を利用した短日植物並びに中性植物の成長促進方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
昼間の日照条件が悪い環境下での施設栽培では光不足による植物の成長不良を改善するため、補光照明の導入が検討されている。例えば、これまでの研究によると、主な施設野菜であるホウレンソウは、低照度の夜間照明の利用でも成長促進が起こることが知られている。夜間照明により朝夕の日長を数時間延長すると、様々な照度条件下で同程度の成長促進を示すため、夜間照明によるホウレンソウの成長促進は光合成量の増大によるものではなく、日長延長にともなう効果と考えられてきた。このため、成長促進効果を得るには、より長く夜間照明を行う必要があると考えられ、多くの電力消費を伴うという問題を含んでいた。このことから、補光照明の導入による成長促進方法を実用技術として普及を図るには、電力消費が少なく効果の大きい補光技術の開発が望まれている。
【0003】
本発明者等は、かかる要望に応えるため、主な施設野菜であるホウレンソウに対して、夜間補光の光質と照射時間更には照射時間帯などが成長に及ぼす影響について種々実験を繰り返した結果、花成が誘導されない短日条件下でホウレンソウを育成しても、夜間の短時間補光による成長促進が認められ、その効果は日長延長によるものではないことを確かめた。そこで、植物が有する生理機能に着目し、低光量でも作物の収量と品質を高められるような、光を刺激として利用する方法を探るため、主要な施設野菜であるホウレンソウを用いて、夜間補光の光質と照射時間帯が成長に及ぼす影響を人工光チャンバー実験により調べてきた。その結果、夜の終了時に青色光を照射するか、夜の開始時に赤色光を照射すると、30分間の補光でも成長促進が起こり、その現象が光刺激によることを見出した(非特許文献1)。さらに、青色や赤色の短時間補光はともに、低照度条件による成長不良を改善する目的に有効であり、両補光を併用すると成長促進の効果が高められることが確かめられた。また、これらの短時間の光照射は、低照度条件下の成長不良を補う補光法として有効なことが確かめられた(非特許文献2)。
【0004】
そこで、この短時間補光照明による成長促進技術は、ホウレンソウ以外の様々な葉菜類の生産に応用が期待できるものと考えられた。
【0005】
【非特許文献1】日本農業気象学会・日本生物環境調節学会・日本植物工場学会 ・CELSS学会2002年度合同大会講演要旨集第357頁 2002.8.6
【非特許文献2】日本農業気象学会・日本生物環境調節学会・日本植物工場学会 ・生態工学会・農業情報学会2003年度合同大会講演旨集 第173頁 2003.9.8
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ホウレンソウと同じ長日植物であるダイコンでは、ホウレンソウと同様に夜の始めに赤色光を照射することにより成長促進を誘導できたが、シソ、エンサイ、サニーレタスなどの短日植物あるいは中性植物では、夜の始めに赤色光を照射しても、夜の終わりに青色光を照射しても、成長促進は起こらなかった。
即ち、ホウレンソウにおいて効果的であった赤色光と青色光の短時間補光に対する成長促進反応が、シソ、エンサイ、サニーレタスなどの短日植物あるいは中性植物については起こらず、成長促進に効果がないことが本発明者等の研究により明らかになった。
【0007】
そこで、本発明は、短日植物並びに中性植物について効果のある夜間短時間補光を利用した成長促進方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的を達成するため、本発明者等は、ホウレンソウ以外の葉菜類生産への利用の可能性も探るため、夜間の青、赤、遠赤色の短時間照射に対するシソ、エンサイ、サニーレタス、ダイコンの成長反応を調べた。
【0009】
その結果、本発明者等は、短日性のシソとエンサイ、日長の影響を受けにくい条件的長日性のサニーレタス(中性植物)は、遠赤色光を照射すると成長促進を示し、その反面、長日性のダイコンはホウレンソウと同様に赤色光を照射すると成長促進を生じるが、遠赤色光を照射すると成長促進を止めることを知り得た。このように、野菜は、赤色光か遠赤色光のどちらかを短時間照射すると成長促進を示し、正反対の2つの光反応タイプに分類されること、換言すれば遠赤色光に対する成長反応の異なる2つのタイプの植物が存在することを知見するに至った。また、ホウレンソウ以外の野菜では、夜の終わりに青色光を照射しても成長促進の効果が小さいこと、ホウレンソウを含むいずれの野菜でも、栄養成分であるβ-カロテンやアスコルビン酸を維持しながら成長促進の効果が得られることを知見するに至った。
【0010】
本発明はかかる知見に基づくものであって、短日植物または中性植物に夜の開始時に遠赤色光を照射するものである。ここで、遠赤色光は、波長700〜800nmの光である。そして、遠赤色光による補光は、成長促進反応を誘導する光刺激となる程度の光エネルギー量(放射照度×時間長)が確保されれば十分であり、弱光であっても短時間であっても誘導を起こさせ得るものである。他方、遠赤色光は光合成に寄与しないので長時間照射しても成長・乾物量の増加に直接影響がなく、投入電気エネルギの無駄である。しかも、短日植物並びに中性植物の成長促進反応は、これら植物の光受容体が遠赤色光を関知して何らかのシグナルを送ることで昼夜の周期的変化を感知する、スイッチとして機能しておこるものと推定される。このことから、遠赤色光の補光は、光刺激となる程度の光エネルギー量が確保される場合には、成長促進は1分間でも誘導可能であると考えられ、実験に用いた50μmol m−2s−1程度の低放射照度の弱光の場合でも誘導を起こさせるものであり、この場合にも少なくとも5分間、好ましくは30分程度の短時間で十分である。本発明者等の実験によると、50μmol m−2s−1程度の放射照度で、30分程度補光を行ったが、それよりも短くても効果があるし、また長くても効果は得られるが、投入するエネルギ(電気量)に対する効果が低減することから、30分程度が最も効果的でありかつ十分である。また、弱光で誘導されること、すなわち光刺激であることから、放射照度は50μmol m−2s−1のレベルで十分であるが、実験の経験から、数分の一程度のレベルでも成長促進は誘導されると考えられる。
【発明の効果】
【0011】
しかして、短日植物あるいは中性植物に対して夜の開始時に遠赤色光を照射すると、全乾物重が平均して30%程度(シソで29%、エンサイで27%、サニーレタスで35%)増加した。しかも、夜間の短時間補光により成長促進が生じても、葉菜類の主要な栄養成分であるβ-カロテンやアスコルビン酸(ビタミンC)の濃度の低下は小さいことが確かめられた。即ち、遠赤色光の夜の開始時の短時間補光は、低照度条件下で栽培される様々な短日植物ないし中性植物である葉菜類に対してビタミンなどの主要な栄養成分の減少を抑え、成長不良を改善する有効な方法である。勿論、十分な日照条件下においてもさらなる成長促進効果を得ることは可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の短日植物並びに中性植物の成長促進方法は、短日植物並びに中性植物に、夜の開始時に遠赤色光を照射するものである。ここで、遠赤色光は、波長700〜800nmの光であり、遠赤色光ランプ(FRランプ)が使用可能である。遠赤色光の補光は、成長促進反応を誘導する光刺激となる程度の光エネルギー量(放射照度×時間長)が確保されれば十分であり、弱光であっても短時間であっても誘導を起こさせ得るものである。本発明者等の実験によれば、補光の光エネルギー量は、10−3mol m−2程度以上のレベルが確保される場合には、光刺激として十分であることが確認された。したがって、この光刺激となる程度の光エネルギー量例えば10−3mol m−2程度以上のレベルが確保される場合には、1分間でも誘導可能であると考えられ、実験に用いた50μmol m−2s−1程度の低放射照度の弱光の場合でも誘導を起こさせるものであり、この場合にも少なくとも5分間、好ましくは30分間程度の短時間で十分である。すなわち、本発明者等の実験によると、50μmol m−2s−1程度の放射照度で、30分間程度補光を行ったが、それよりも短くても効果があるし、また長くても効果は得られるが、投入するエネルギ(電気量)に対する効果が低減することから、30分間程度が最も効果的でありかつ十分である。また、弱光で誘導されること、すなわち光刺激であることから、放射照度は50μmol m−2s−1のレベルで十分であるが、実験の経験から、数分の一程度のレベルでも成長促進は誘導されると考えられる。尚、遠赤色光の短時間補光による成長誘導の惹起に要する光エネルギー量は、同じ短日植物や中性植物であっても植物種によって異なるかも知れないし、場合によっては10−3mol m−2程度以下のレベルの光エネルギー量で起こるかも知れない。しかしながら、補光に必要とされる光エネルギー量の臨界を厳密に特定することは本発明を成立させる上においては重要なことではない。本発明において重要なことは、成長誘導を惹起する光刺激として十分な光エネルギー量の遠赤色光を夜の開始時に照射するということであり、好ましくは省エネルギーの観点から必要以上の光エネルギー量を与えないということである。
【0013】
また、夜の開始とは、人工光による施設栽培の場合には昼間の照明(PPFD)を切ったときからであるが、自然光下の栽培条件下では日が落ちる速度によっても変わるが日没からであり、1〜2時間の誤差を含むものである。しかし、真夜中に遠赤色光の補光を行っても効果がなかった、このことから、明期の終わり(夕暮れ)に補光すれば、成長が誘導される。ここで、本発明は、昼間の日照条件が悪い環境下での光不足による植物の成長不良を改善するためのものであることから、人工光による施設栽培の場合の昼間の照明(PPFD)は低照度であること、あるいは裏日本などの日照条件が悪い自然光下であること場合により効果的なものではあるが、良好な日照条件あるいは高照度下における栽培でも効果があることはいうまでもない。
【実施例】
【0014】
以下、主要な施設野菜であり長日植物であるホウレンソウと、短日植物であるシソ科のアオジソ、ヒルガオ科のエンサイ、条件的長日植物(栽培適温では長日性を示しにくい)であるキク科のサニーレタス、また、ホウレンソウと同じく長日植物としてアブラナ科のダイコンを用いて、以下の方法で育成し、短時間補光による成長への影響を実験した。
【0015】
(植物材料及び栽培方法)
(a)ホウレンソウの種子は流水に一晩浸けた後、プラスチックケース中の湿らせたペーパータオル上に播いて25℃、暗黒下で発芽させた。2日後に覆いを除き、幼根が1〜2cmに伸びた種子をプラスチックトレイ内のウレタンキューブ培地に移植し、25℃に維持した恒温室内において白色蛍光ランプ(FLR110HW/A/100;三菱電機)下で7日間育成した。
(b)シソの種子は、プラスチックケース中の湿らせたペーパータオル上に播いて28℃、暗黒下で発芽させた。2日後に、幼根が1〜2cmに伸びた種子をプラスチックトレイ内のウレタンキューブ培地に移植し、25℃に維持した恒温室内において白色蛍光ランプ(同上)下で14日間育成した。
(c)エンサイの種子は、流水に4時間浸けた後、バーミキュライトを詰めたプラスチックバットに播いて25℃、暗黒下で発芽させた。2日後に覆いを除き、25℃に維持した恒温室内において白色蛍光ランプ(同上)下で7日間育成し、幼根が2〜3cmに伸びた苗をプラスチックトレイ内のウレタンキューブ培地に移植して、さらに5日間育成した。
(d)サニーレタスの種子は、プラスチックトレイ内のウレタンキューブ培地に直接播いて25℃、暗黒下で発芽させた。3日後に覆いを除き、25℃に維持した恒温室内において白色蛍光ランプ(同上)下で4日間育成した。
(e)ダイコンの種子は、流水に1時間浸けた後、プラスチックトレイ内のウレタンキューブ培地に直接播いて25℃、暗黒下で発芽させた。2日後に覆いを除き、25℃に維持した恒温室内において白色蛍光ランプ(同上)下で7日間育成した。
【0016】
尚、供試植物の育苗に用いた恒温室は、明期と暗期をそれぞれ12時間、光合成有効光量子束密度(PPFD)を110μmol m-2 s-1に設定した。また、各実験とも最初の2枚の葉がほぼ同じサイズに展開した苗を選別して、下記のグロースチャンバ内に設置した栽培ベッドに移植し、各区10株(成分分析時には15株)ずつ水耕栽培により育成した。培養液はNH423、 NO3 223、 P2O5120、 K2O360、 CaO2 30、MgO75、 MnO1.5、 B2O1.5、 Fe2.7(mg L-1)を含む大塚ハウス肥料A処方(大塚化学)を用いて作製し、電気伝導度は定植時に1.2 dSm-1、定植5日目に2.4 dSm-1に調整し、pHはほぼ5〜6に維持した。
【0017】
(実験装置)
主光源の点灯本数と高さを制御できる4台のグロースチャンバ(VB1514−内寸200×75×140cm; Votsch社)内に水耕ベッド(90×60×10cm、上下循環液式)を設置し、移植直後からホウレンソウは26日間、シソは19日間、エンサイは17日間、サニーレタスは16日間、またダイコンは19日間、補光照明下で栽培した。グロースチャンバは内蔵の空調機により気温を25℃、相対湿度を60%に維持した。
昼間の照明には、30-wの昼光色蛍光ランプ(Wランプ、Lumilux plus L30w/31-830、 Osram社)を装着した主光源を用いた。夜間補光には、同じく32-wの青色、赤色および遠赤色蛍光ランプ(Bランプ(λmax454nm)、Rランプ(λmax659nm)およびFRランプ(λmax749nm)、FLR900T6型、 ニッポ電気)を、主光源の昇降の妨げにならないように側壁上部に配置して利用した。補光ランプの出力はパワーユニット(FDP-2001、ニッポ電気)により調節した。
各蛍光ランプのスペクトル光量子分布は分光放射計 (MSR7000、 オプトリサーチ)で測定した。 また、PPFDは光量子センサー(LI-190SB、 Li-Cor Inc.)で計測し、栽培パネル上の9点の平均値として求めた。
【0018】
(光処理)
グロースチャンバー実験はいずれも、昼間のPPFDを低照度条件の200μmol m-2 s-1一定に設定した。青色、赤色、遠赤色の夜間補光は、いずれも放射照度を50μmol m-2 s-1、照射時間を30分間とし、成育や栄養成分に対する影響を無補光の場合と比較検討した。
(a)ホウレンソウへの短時間補光:比較例1
実験は、昼間を10時間(6:00〜16:00)、夜間を14時間(16:00〜6:00)とし、夜間の補光照明については、無補光を対照区とし、夜の終了時の前30分間(5:30〜6:00)に青色光を照射するか、夜の開始時から30分間(16:00〜16:30)に赤色光または遠赤色光を照射し、以下の実験1並びに2の異なる光処理条件を設けて26日間処理した。
(実験1):夜の開始時(16:00〜)に赤色光(R区)や遠赤色光(FR区)を30分間照射するか、赤色光と遠赤色光を交互に30分間ずつ照射した(R+FR区)。
(実験2):夜の開始時(16:00〜)に赤色光と遠赤色光を交互に30分間ずつ照射した(R+FR区、R+FR+R区、R+FR+R+FR区)。
(b)シソへの短時間補光:実施例1
昼間を14時間(6:00〜20:00)、夜間を10時間(20:00〜6:00)とした。夜間の補光照明については、無補光を対照区とし、夜の終了時(5:30〜6:00)に青色光を照射するか、夜の開始時(20:00〜20:30)に赤色光または遠赤色光を照射し、19日間処理した。
(c)エンサイへの短時間補光:実施例2
昼間を14時間(6:00〜20:00)、夜間を10時間(20:00〜6:00)とした。夜間の補光照明については、無補光を対照区とし、夜の終了時(5:30〜6:00)に青色光を照射するか、夜の開始時(20:00〜20:30)に赤色光または遠赤色光を照射し、17日間処理した。
(d)サニーレタスへの短時間補光:実施例3
日長感応性が高くないことから、昼間を14時間(6:00〜20:00)、夜間を10時間(20:00〜6:00)とした。夜間の補光照明については、無補光を対照区とし、夜の終了時(5:30〜6:00)に青色光を照射するか、夜の開始時(20:00〜20:30)に赤色光または遠赤色光を照射して、16日間処理した。
(e)ダイコンへの短時間補光:比較例2
昼間を10時間(6:00〜16:00)、夜間を14時間(16:00〜6:00)とした。夜間の補光照明については、無補光を対照区とし、夜の終了時(5:30〜6:00)に青色光を照射するか、夜の開始時(16:00〜16:30)に赤色光または遠赤色光を照射して、19日間処理した。
【0019】
(植物の成長測定および解析)
供試植物は光処理終了日に各区10株ずつ収穫し、ホウレンソウ、シソ、エンサイ、ダイコンは葉、葉柄、茎および根に分け、サニーレタスは葉、茎および根に分けた。また、葉数、節数、茎長、を調査し、茎の短いホウレンソウとダイコンでは最大の葉柄長(葉柄長)を測定した。葉については、画像処理装置(最小検出面積0.03cm2)を用いて総葉面積(葉面積)を測定するとともに、形態の違いを比較するため、葉面積/葉数(個葉面積)と比葉面積(SLA;葉面積/葉乾物重)を計算した。また、最大葉の葉長と葉幅を測り、葉長:葉幅比(L: W比)を求めた。分別された材料は、通風乾燥機を用いて7日間60℃で乾燥し、葉、葉柄と茎(以下葉柄・茎)もしくは茎、根の別に乾物重を測定して全乾物重を求めた。
全ての成長パラメータはTukeyの多重比較検定(n=10、 p<0.05)により解析し、平均値間の有意差の有無を比較した。
【0020】
(植物成分の定量)
各植物種とも光処理終了日(成育調査日)の翌日に各区5株ずつ収穫し、株ごとに葉などの可食部を1〜2cm2の大きさに細断して2.0gずつ3試料を量り取り、直ちにアスコルビン酸(ビタミンC)およびβ-カロテン(ビタミンA)の定量用の抽出溶媒(各20ml)に浸漬した。
【0021】
(アスコルビン酸の定量)
細断試料2.0gを抽出溶媒(5%メタリン酸水溶液)に浸漬し、ホモジナイザー(POLYTRON、 KINEMATICA AG.、 Switzerland)を用いて氷中で粉砕した。その溶液から1.5 mlを分取して10、000 rpmで1 分間遠心したのち、上澄みの抽出液にアスコルビン酸検査用試験紙(Merck、 KGaA、 Darmstadt、 Germany)を浸し、小型反射式光度計RQflex plus(Merck、 KGaA、 Darmstadt、 Germany)を用いて定量した。
【0022】
(β-カロテンの定量)
2.0gの細断試料を0.4gのピロガロールを含むアセトン20ml浸漬し、直ちに暗所において氷中で粉砕した。その溶液を濾紙(GF/A、 Whatman)で吸引濾過して抽出液とした。それをアセトンにより100 mlに定容したのち、50μlを分取してHPLCで定量分析した。
HPLCカラムにはInertsil ODS-3(4.6φ、 150mm、 GL Science)を、移動相にはメタノールとクロロフォルムを4:1(v/v)に混合したのち、脱気した溶液を使用した。ポンプ(L-7100、 日立)流量は1.5ml min-1、カラムオーブン(L-7300、 日立)の温度は30℃、紫外吸光検出器(SPD-6AV、 島津)の検出波長は450 nmに設定した。
【0023】
(アントシアニンの定量)
林(1988)の方法に従い、2.0gの細断試料を1%塩酸メタノール溶液(v/v)に加え、冷蔵庫内(4℃)で24時間静置し、色素を抽出した。96穴マイクロプレート(Costar 3370 Assay Plate)に抽出液を200ml分注し、マイクロプレートリーダー(Benchmark、 Bio・Rad)を用いて530nmの吸光度を測定した。
【0024】
(実験結果)
1.野菜の成長に対する短時間補光の影響
【0025】
a.ホウレンソウ
赤色光や遠赤色光の交互照射とホウレンソウの成長促進(図1、図2および表1参照)
実験1 においては、赤色光を照射すると全乾物重、葉面積、個葉面積、葉長、葉柄長および地上部への乾物分配が無補光の場合に比べて増加し、SLAも増加した。これに対して、赤色光の替わりに遠赤色光を照射すると、全乾物重、葉面積、個葉面積、葉長および地上部への乾物分配の増加は認められず(葉面積は減少し)、葉柄長のみが増加した。また、赤色光に引き続いて遠赤色光を照射すると、全乾物重、葉面積、個葉面積、葉長および地上部への乾物分配の増加は認められなかったが、葉柄長が増加し、遠赤色光を照射した場合と同様の成長変化を示した。
そこで実験2において、赤色光と遠赤色光の交互照射を重ねたところ、葉柄長はいずれの照射条件においても増加するが、全乾物重、葉面積、個葉面積、葉長、SLAおよび地上部への乾物分配は、「赤色光+遠赤色光」と「赤色光+遠赤色光+赤色光+遠赤色光」の場合に増加が認められず、「赤色光+遠赤色光+赤色光」の場合には増加が認められた。
実験1および実験2の結果から、赤色光を照射すると成長促進が起こり、遠赤色光の照射では葉柄が伸長するものの、成長促進は起こらないこと、赤色光と遠赤色光を交互照射すると、赤色光と遠赤色光の成長に対する作用は可逆的で、赤色光が最後の場合に全乾物重が増加するなど成長促進が起こることが明らかになった。また、赤色光を照射すると葉は薄く拡張したが、L:W比に対する有意な影響は認められなかった。尚、詳細な説明は省略するが、夜の終了時に青色光を短時間照射すると、葉や葉柄の伸長が促され、地上部(とくに葉柄・茎)への乾物分配が増加して成長促進が起こることが認められた。
【表1】
【0026】
b.シソ
夜間の短時間補光がシソの成長に及ぼす影響を図4に示す。遠赤色光を照射すると、全乾物重、葉面積、葉面積/葉数、茎長が無補光に比べて増加し、成長促進の効果がみられた。これに対して、青色光や赤色光を照射した場合には、いずれの項目についても有意な増加は認められなかった。
葉の形態については、遠赤色光を照射すると、L: W比は変わらないがSLAが増加し、葉が薄く拡張することが明らかになった。また、赤色光を照射すると、 SLAに有意な変化は認められないが、L: W比が減少し葉が丸みを帯びること、青色光の照射では 、SLAおよびL: W比の変化は認められないことがわかった。
遠赤色光を照射すると、図5に示すように、無補光に比べて乾物分配に変化が認められ、葉と根への分配が減少して茎・葉柄への分配が増加し、可食部である地上部への分配も多少増加することが明らかになった。
【0027】
c.エンサイ
夜間の短時間補光がエンサイの成長に及ぼす影響を図6に示す。遠赤色光を照射すると、全乾物重、葉面積/葉数、茎長が無補光に比べて増加し(葉面積も増加傾向を示し)、成長促進の効果が認められた。これに対し、青色光や赤色光を照射した場合には、いずれ項目についても有意な増加は認められなかった。
葉の形態については、 遠赤色光を照射すると SLAが増加するとともにL: W比が減少し、薄く幅広く拡張することが明らかになった。また、赤色光や青色光を照射しても、SLAとL: W比はともに変化しなかった。
遠赤色光を照射すると、図7に示すように、無補光と比べて乾物分配に変化がみられ、葉と根への分配が減少し、茎・葉柄への分配が10%増加した。これにともない、可食部である地上部への分配も増加した。
【0028】
d.サニーレタス
夜間の短時間補光がサニーレタスの成長に及ぼす影響を図8に示す。遠赤色光を照射すると、全乾物重、葉面積、葉面積/葉数、茎長が無補光に比べて増加した。これに対して、青色光や赤色光を照射した場合には、いずれの項目についても有意な増加は認められなかった。
葉の形態に関しては、 遠赤色光を照射すると SLAは変化することなくL: W比が増加し、葉は厚みを保ちながら細長く拡張することがわかった。一方、赤色光や青色光を照射してもL: W比に変化は認められないが、赤色光を照射するとSLAが減少し葉は厚みを増した。
レタスでは葉柄がないため地上部(葉と茎)と根の乾物分配を比較したが、図9に示すように、遠赤色光を照射すると、無補光と比べて可食部である地上部への分配が増加し、根への分配は減少した。
【0029】
e.ダイコン
夜間の短時間補光がダイコンの成長に及ぼす影響を図10に示す。遠赤色光を照射すると、葉柄長が無補光に比べて76%増加したが、葉面積、葉面積/葉数は減少し(全乾物重も現象の傾向を示し)、成長が抑制された。これに対して、赤色光を照射した場合には全乾物重と葉面積の増加傾向が認められ、青色光を照射すると葉面積が減少の傾向を示した。
葉の形態については、 遠赤色光の照射により SLAの減少とL: W比が増加し、葉の拡張が抑えられて厚く細長くなることが明らかになった。一方、赤色光や青色光を照射しても、L: W比に変化は認められないが、青色光を照射するとSLAが減少し葉は厚みを増した。
遠赤色光を照射すると、図11に示すように、無補光と比べて乾物の茎・葉柄への分配が5%増加し、地上部への分配が増える傾向がみられた。青色光や赤色光を照射しても、乾物分配の変化は小さかった。
【0030】
2.栄養成分濃度に対する短時間補光の影響
上記の夜間の短時間補光(夜の終了時に青色光、夜の開始時に赤色光、夜の開始時に遠赤色光)条件下で栽培したシソ、エンサイ、サニーレタスにおいて、葉など可食部に含まれるβ-カロテンとアスコルビン酸、ならびにシソとサニーレタスに着色成分として含まれるアントシアニンの濃度分析の結果を表2に示す。
【表2】
シソとサニーレタスに含まれるβ-カロテンの濃度は、青色光、赤色光、遠赤色光のいずれを照射した場合も、無補光との有意差は認められなかったが、エンサイでは赤色光を照射すると、無補光に比べて濃度が22%低下した。
アスコルビン酸については、シソとサニーレタスでは青色光、赤色光、遠赤色光のいずれを照射した場合も濃度低下が小さく、エンサイでは個体間の濃度差が大きいため、 3種類の葉菜とも光照射による影響は認められなかった。
このように、シソ、エンサイ、サニーレタスでは、遠赤色光を照射すると成長が促進されたが、栄養成分であるβ-カロテンおよびアスコルビン酸の有意な濃度低下は認められないことが明らかになった。
また、シソとサニーレタスに含まれるアントシアニン濃度は、青色光や赤色光を照射しても無補光と比べて有意差は認められなかったが、シソでは遠赤色光を照射すると22%低下し、着色が抑制された。
【0031】
以上の実験結果から、長日植物であるホウレンソウの場合には、夜の開始時に赤色光を短時間照射すると、成長促進が認められたのに対し、遠赤色光を照射すると、葉柄は伸びるが、全乾物重や葉面積などの増加は認められなかった。更に、赤色光と遠赤色光を交互に照射すると、赤色光による成長促進は、遠赤色光によって打ち消された。このことから、ホウレンソウにおいては、赤色光と遠赤色光の成長に対する作用は可逆的で、赤色光は成長を誘導するスイッチとして機能し、遠赤色光は誘導を停止させるスイッチとして機能することが判明した。
【0032】
他方、短日植物のシソ、エンサイと日長の影響を受けにくいサニーレタス(中性植物)は、青色光や赤色光を夜の開始時に照射しても成長促進は起こらなかったが、夜の開始時に遠赤色光を照射すると、成長促進の効果が認められた。これに対し、ダイコンでは葉柄が伸びるが成長はむしろ抑制された(図4、図6、図8および図10)。このように、遠赤色光に対する成長反応について、ダイコンはホウレンソウと一致し、シソ、エンサイおよびサニーレタスはホウレンソウと対照的な特徴を示したが、 5種類の野菜が遠赤色光に対する成長反応にもとづいて 2つに分類されることは、ホウレンソウとダイコンが長日植物、シソやエンサイは短日植物、またサニーレタスは日長の影響を受けにくい条件的長日植物である(Wareing and Phillips、 1983)ことを考慮すると、光周反応型を反映している可能性がある。
【0033】
遠赤色光の照射により成長促進が認められたシソ、エンサイおよびサニーレタスにおいて、乾物分配の変化を比較すると(図5、図7および図9)、葉柄のないレタスでは無補光と比べて地上部への分配が増加して根への分配が減少し、シソとエンサイにおいては葉と根への分配が減少して茎・葉柄への分配が増加することが明らかになった。しかし、乾物分配を地上部と根に分けて比較すると、これら3種類の葉菜は根から地上部に同化産物が再分配される共通点をもつ。
【0034】
一方、ダイコンとホウレンソウが、夜の開始時に遠赤色光を照射しても成長促進を示さないという結果については、ダイコンとホウレンソウでは、遠赤色光の照射により葉柄や茎の伸長は促進されるが、葉面積が増加しないことを考慮すると、成長促進が起こるためには葉の伸長促進が必要不可欠と考えられる。
【0035】
なお、夜の開始時に遠赤色光を照射すると、葉面積が増大し(ダイコンでは減少し)、形状は野菜の種類によって異なる変化を示した(図4、図6、図8、図10)。遠赤色光の照射により、葉長の方向と葉幅の方向への伸長が異なる大きさを示す原因を示唆する知見は見受けられないが、シソ、エンサイ、ダイコンとは逆に、サニーレタスにおいて葉幅に比べて葉長の方向への伸長が大きいという結果は、サニーレタスには葉柄がないため、葉長の増加が葉柄の伸長促進を代替するためではないかと推察される。
【0036】
以上のように、夜の開始時に遠赤色光を照射すると、葉柄の伸長は種間で異なる反応を示すが、成長促進は短日植物のシソ、エンサイと日長の影響を受けにくいサニーレタス(中性植物)においては、成長促進の効果が認められた。具体的には、全乾物重がシソで29%、エンサイで27%、サニーレタスで35%増加し、栄養成分であるβ-カロテンやアスコルビン酸を維持しながら成長促進の効果が得られることが明らかになった。これに対して、ホウレンソウ並びにホウレンソウと同じ長日植物のダイコンでは、遠赤色光による成長促進が認められなかった。更に、夜の終了時に青色光を照射すると、成長促進はホウレンソウでのみ認められ、長日性のダイコンでも確認されなかった。このことから、遠赤色光に対する成長反応の異なる2つのタイプの植物が存在することが判明した(図3、表2並びに図12参照)。
【0037】
この成長誘導現象は光刺激(光シグナル)によるもので、省エネルギーの補光照明として利用が期待できる。例えば、少ない補光量(50μmol m-2 s-1×1時間)でもPPFDが200μmol m-2 s-1の場合に300μmol m-2 s-1の条件下に相当する成長促進が可能なことから、低照度条件下で成長促進の効果を高める有効な方法と判断された。
しかも、葉菜類の主要な栄養成分であるβ-カロテン(ビタミンA)やアスコルビン酸(ビタミンC)の濃度は、夜の開始時の遠赤色光照射による成長促進反応時にも、両成分の濃度に対する影響は認められないことを確認した(表2)。栽培環境や成育段階は、葉菜類のβ-カロテンやアスコルビン酸濃度に影響を及ぼす可能性があるとみられる。しかし、シソ、エンサイ、サニーレタスを用いた本実験でも夜間の短時間補光による影響が小さいことは確認された。尚、シソではアントシアニンの濃度が低下したため、着色成分が減る可能性はあるが、夜間の短時間補光は、低照度条件下で栽培される様々な葉菜類に対してビタミンなどの主要な栄養成分の減少を抑え、成長不良を改善する有効な方法と考えられる。
このことから、夜間の短時間補光は、低照度条件下で栽培される様々な葉菜類に対して、ビタミンなどの主要な栄養成分を減らさずに、成長不良を改善する有効な方法であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】夜の開始時に短時間照射した赤色光と遠赤色光がホウレンソウの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験1,2の結果を全乾物重、葉面積並びに葉面積/葉数について示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図2】夜の開始時に短時間照射した赤色光と遠赤色光がホウレンソウの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験1,2の結果を葉柄長、SLA並びに葉長について示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図3】夜間の短時間補光が各種野菜の成長に及ぼす影響を全乾物重で示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)である。
【図4】夜の開始時の短時間補光がシソの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を全乾物重、葉面積、茎長、SLA、葉面積/葉数並びに葉のL:W比についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図5】夜の開始時の短時間補光がシソの乾物分配に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を根、茎・葉柄並びに葉についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図6】夜の開始時の短時間補光がエンサイの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を全乾物重、葉面積、茎長、SLA、葉面積/葉数並びに葉のL:W比についてそれぞれ示すグラフであり、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図7】夜の開始時の短時間補光がエンサイの乾物分配に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を根、茎・葉柄並びに葉についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図8】夜の開始時の短時間補光がサニーレタスの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を全乾物重、葉面積、茎長、SLA、葉面積/葉数並びに葉のL:W比についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図9】夜の開始時の短時間補光がサニーレタスの乾物分配に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を根、地上部についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図10】夜の開始時の短時間補光がダイコンの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を全乾物重、葉面積、葉柄長、SLA、葉面積/葉数並びに葉のL:W比についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図11】夜の開始時の短時間補光がダイコンの乾物分配に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を根、茎・葉柄並びに葉についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図12】夜間の短時間補光が各種野菜の成長に及ぼす影響を示す写真である。
【技術分野】
【0001】
本発明は補光の利用による植物の成長促進方法に関する。更に詳細に説明すると、本発明は、夜間短時間補光を利用した短日植物並びに中性植物の成長促進方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
昼間の日照条件が悪い環境下での施設栽培では光不足による植物の成長不良を改善するため、補光照明の導入が検討されている。例えば、これまでの研究によると、主な施設野菜であるホウレンソウは、低照度の夜間照明の利用でも成長促進が起こることが知られている。夜間照明により朝夕の日長を数時間延長すると、様々な照度条件下で同程度の成長促進を示すため、夜間照明によるホウレンソウの成長促進は光合成量の増大によるものではなく、日長延長にともなう効果と考えられてきた。このため、成長促進効果を得るには、より長く夜間照明を行う必要があると考えられ、多くの電力消費を伴うという問題を含んでいた。このことから、補光照明の導入による成長促進方法を実用技術として普及を図るには、電力消費が少なく効果の大きい補光技術の開発が望まれている。
【0003】
本発明者等は、かかる要望に応えるため、主な施設野菜であるホウレンソウに対して、夜間補光の光質と照射時間更には照射時間帯などが成長に及ぼす影響について種々実験を繰り返した結果、花成が誘導されない短日条件下でホウレンソウを育成しても、夜間の短時間補光による成長促進が認められ、その効果は日長延長によるものではないことを確かめた。そこで、植物が有する生理機能に着目し、低光量でも作物の収量と品質を高められるような、光を刺激として利用する方法を探るため、主要な施設野菜であるホウレンソウを用いて、夜間補光の光質と照射時間帯が成長に及ぼす影響を人工光チャンバー実験により調べてきた。その結果、夜の終了時に青色光を照射するか、夜の開始時に赤色光を照射すると、30分間の補光でも成長促進が起こり、その現象が光刺激によることを見出した(非特許文献1)。さらに、青色や赤色の短時間補光はともに、低照度条件による成長不良を改善する目的に有効であり、両補光を併用すると成長促進の効果が高められることが確かめられた。また、これらの短時間の光照射は、低照度条件下の成長不良を補う補光法として有効なことが確かめられた(非特許文献2)。
【0004】
そこで、この短時間補光照明による成長促進技術は、ホウレンソウ以外の様々な葉菜類の生産に応用が期待できるものと考えられた。
【0005】
【非特許文献1】日本農業気象学会・日本生物環境調節学会・日本植物工場学会 ・CELSS学会2002年度合同大会講演要旨集第357頁 2002.8.6
【非特許文献2】日本農業気象学会・日本生物環境調節学会・日本植物工場学会 ・生態工学会・農業情報学会2003年度合同大会講演旨集 第173頁 2003.9.8
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ホウレンソウと同じ長日植物であるダイコンでは、ホウレンソウと同様に夜の始めに赤色光を照射することにより成長促進を誘導できたが、シソ、エンサイ、サニーレタスなどの短日植物あるいは中性植物では、夜の始めに赤色光を照射しても、夜の終わりに青色光を照射しても、成長促進は起こらなかった。
即ち、ホウレンソウにおいて効果的であった赤色光と青色光の短時間補光に対する成長促進反応が、シソ、エンサイ、サニーレタスなどの短日植物あるいは中性植物については起こらず、成長促進に効果がないことが本発明者等の研究により明らかになった。
【0007】
そこで、本発明は、短日植物並びに中性植物について効果のある夜間短時間補光を利用した成長促進方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的を達成するため、本発明者等は、ホウレンソウ以外の葉菜類生産への利用の可能性も探るため、夜間の青、赤、遠赤色の短時間照射に対するシソ、エンサイ、サニーレタス、ダイコンの成長反応を調べた。
【0009】
その結果、本発明者等は、短日性のシソとエンサイ、日長の影響を受けにくい条件的長日性のサニーレタス(中性植物)は、遠赤色光を照射すると成長促進を示し、その反面、長日性のダイコンはホウレンソウと同様に赤色光を照射すると成長促進を生じるが、遠赤色光を照射すると成長促進を止めることを知り得た。このように、野菜は、赤色光か遠赤色光のどちらかを短時間照射すると成長促進を示し、正反対の2つの光反応タイプに分類されること、換言すれば遠赤色光に対する成長反応の異なる2つのタイプの植物が存在することを知見するに至った。また、ホウレンソウ以外の野菜では、夜の終わりに青色光を照射しても成長促進の効果が小さいこと、ホウレンソウを含むいずれの野菜でも、栄養成分であるβ-カロテンやアスコルビン酸を維持しながら成長促進の効果が得られることを知見するに至った。
【0010】
本発明はかかる知見に基づくものであって、短日植物または中性植物に夜の開始時に遠赤色光を照射するものである。ここで、遠赤色光は、波長700〜800nmの光である。そして、遠赤色光による補光は、成長促進反応を誘導する光刺激となる程度の光エネルギー量(放射照度×時間長)が確保されれば十分であり、弱光であっても短時間であっても誘導を起こさせ得るものである。他方、遠赤色光は光合成に寄与しないので長時間照射しても成長・乾物量の増加に直接影響がなく、投入電気エネルギの無駄である。しかも、短日植物並びに中性植物の成長促進反応は、これら植物の光受容体が遠赤色光を関知して何らかのシグナルを送ることで昼夜の周期的変化を感知する、スイッチとして機能しておこるものと推定される。このことから、遠赤色光の補光は、光刺激となる程度の光エネルギー量が確保される場合には、成長促進は1分間でも誘導可能であると考えられ、実験に用いた50μmol m−2s−1程度の低放射照度の弱光の場合でも誘導を起こさせるものであり、この場合にも少なくとも5分間、好ましくは30分程度の短時間で十分である。本発明者等の実験によると、50μmol m−2s−1程度の放射照度で、30分程度補光を行ったが、それよりも短くても効果があるし、また長くても効果は得られるが、投入するエネルギ(電気量)に対する効果が低減することから、30分程度が最も効果的でありかつ十分である。また、弱光で誘導されること、すなわち光刺激であることから、放射照度は50μmol m−2s−1のレベルで十分であるが、実験の経験から、数分の一程度のレベルでも成長促進は誘導されると考えられる。
【発明の効果】
【0011】
しかして、短日植物あるいは中性植物に対して夜の開始時に遠赤色光を照射すると、全乾物重が平均して30%程度(シソで29%、エンサイで27%、サニーレタスで35%)増加した。しかも、夜間の短時間補光により成長促進が生じても、葉菜類の主要な栄養成分であるβ-カロテンやアスコルビン酸(ビタミンC)の濃度の低下は小さいことが確かめられた。即ち、遠赤色光の夜の開始時の短時間補光は、低照度条件下で栽培される様々な短日植物ないし中性植物である葉菜類に対してビタミンなどの主要な栄養成分の減少を抑え、成長不良を改善する有効な方法である。勿論、十分な日照条件下においてもさらなる成長促進効果を得ることは可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の短日植物並びに中性植物の成長促進方法は、短日植物並びに中性植物に、夜の開始時に遠赤色光を照射するものである。ここで、遠赤色光は、波長700〜800nmの光であり、遠赤色光ランプ(FRランプ)が使用可能である。遠赤色光の補光は、成長促進反応を誘導する光刺激となる程度の光エネルギー量(放射照度×時間長)が確保されれば十分であり、弱光であっても短時間であっても誘導を起こさせ得るものである。本発明者等の実験によれば、補光の光エネルギー量は、10−3mol m−2程度以上のレベルが確保される場合には、光刺激として十分であることが確認された。したがって、この光刺激となる程度の光エネルギー量例えば10−3mol m−2程度以上のレベルが確保される場合には、1分間でも誘導可能であると考えられ、実験に用いた50μmol m−2s−1程度の低放射照度の弱光の場合でも誘導を起こさせるものであり、この場合にも少なくとも5分間、好ましくは30分間程度の短時間で十分である。すなわち、本発明者等の実験によると、50μmol m−2s−1程度の放射照度で、30分間程度補光を行ったが、それよりも短くても効果があるし、また長くても効果は得られるが、投入するエネルギ(電気量)に対する効果が低減することから、30分間程度が最も効果的でありかつ十分である。また、弱光で誘導されること、すなわち光刺激であることから、放射照度は50μmol m−2s−1のレベルで十分であるが、実験の経験から、数分の一程度のレベルでも成長促進は誘導されると考えられる。尚、遠赤色光の短時間補光による成長誘導の惹起に要する光エネルギー量は、同じ短日植物や中性植物であっても植物種によって異なるかも知れないし、場合によっては10−3mol m−2程度以下のレベルの光エネルギー量で起こるかも知れない。しかしながら、補光に必要とされる光エネルギー量の臨界を厳密に特定することは本発明を成立させる上においては重要なことではない。本発明において重要なことは、成長誘導を惹起する光刺激として十分な光エネルギー量の遠赤色光を夜の開始時に照射するということであり、好ましくは省エネルギーの観点から必要以上の光エネルギー量を与えないということである。
【0013】
また、夜の開始とは、人工光による施設栽培の場合には昼間の照明(PPFD)を切ったときからであるが、自然光下の栽培条件下では日が落ちる速度によっても変わるが日没からであり、1〜2時間の誤差を含むものである。しかし、真夜中に遠赤色光の補光を行っても効果がなかった、このことから、明期の終わり(夕暮れ)に補光すれば、成長が誘導される。ここで、本発明は、昼間の日照条件が悪い環境下での光不足による植物の成長不良を改善するためのものであることから、人工光による施設栽培の場合の昼間の照明(PPFD)は低照度であること、あるいは裏日本などの日照条件が悪い自然光下であること場合により効果的なものではあるが、良好な日照条件あるいは高照度下における栽培でも効果があることはいうまでもない。
【実施例】
【0014】
以下、主要な施設野菜であり長日植物であるホウレンソウと、短日植物であるシソ科のアオジソ、ヒルガオ科のエンサイ、条件的長日植物(栽培適温では長日性を示しにくい)であるキク科のサニーレタス、また、ホウレンソウと同じく長日植物としてアブラナ科のダイコンを用いて、以下の方法で育成し、短時間補光による成長への影響を実験した。
【0015】
(植物材料及び栽培方法)
(a)ホウレンソウの種子は流水に一晩浸けた後、プラスチックケース中の湿らせたペーパータオル上に播いて25℃、暗黒下で発芽させた。2日後に覆いを除き、幼根が1〜2cmに伸びた種子をプラスチックトレイ内のウレタンキューブ培地に移植し、25℃に維持した恒温室内において白色蛍光ランプ(FLR110HW/A/100;三菱電機)下で7日間育成した。
(b)シソの種子は、プラスチックケース中の湿らせたペーパータオル上に播いて28℃、暗黒下で発芽させた。2日後に、幼根が1〜2cmに伸びた種子をプラスチックトレイ内のウレタンキューブ培地に移植し、25℃に維持した恒温室内において白色蛍光ランプ(同上)下で14日間育成した。
(c)エンサイの種子は、流水に4時間浸けた後、バーミキュライトを詰めたプラスチックバットに播いて25℃、暗黒下で発芽させた。2日後に覆いを除き、25℃に維持した恒温室内において白色蛍光ランプ(同上)下で7日間育成し、幼根が2〜3cmに伸びた苗をプラスチックトレイ内のウレタンキューブ培地に移植して、さらに5日間育成した。
(d)サニーレタスの種子は、プラスチックトレイ内のウレタンキューブ培地に直接播いて25℃、暗黒下で発芽させた。3日後に覆いを除き、25℃に維持した恒温室内において白色蛍光ランプ(同上)下で4日間育成した。
(e)ダイコンの種子は、流水に1時間浸けた後、プラスチックトレイ内のウレタンキューブ培地に直接播いて25℃、暗黒下で発芽させた。2日後に覆いを除き、25℃に維持した恒温室内において白色蛍光ランプ(同上)下で7日間育成した。
【0016】
尚、供試植物の育苗に用いた恒温室は、明期と暗期をそれぞれ12時間、光合成有効光量子束密度(PPFD)を110μmol m-2 s-1に設定した。また、各実験とも最初の2枚の葉がほぼ同じサイズに展開した苗を選別して、下記のグロースチャンバ内に設置した栽培ベッドに移植し、各区10株(成分分析時には15株)ずつ水耕栽培により育成した。培養液はNH423、 NO3 223、 P2O5120、 K2O360、 CaO2 30、MgO75、 MnO1.5、 B2O1.5、 Fe2.7(mg L-1)を含む大塚ハウス肥料A処方(大塚化学)を用いて作製し、電気伝導度は定植時に1.2 dSm-1、定植5日目に2.4 dSm-1に調整し、pHはほぼ5〜6に維持した。
【0017】
(実験装置)
主光源の点灯本数と高さを制御できる4台のグロースチャンバ(VB1514−内寸200×75×140cm; Votsch社)内に水耕ベッド(90×60×10cm、上下循環液式)を設置し、移植直後からホウレンソウは26日間、シソは19日間、エンサイは17日間、サニーレタスは16日間、またダイコンは19日間、補光照明下で栽培した。グロースチャンバは内蔵の空調機により気温を25℃、相対湿度を60%に維持した。
昼間の照明には、30-wの昼光色蛍光ランプ(Wランプ、Lumilux plus L30w/31-830、 Osram社)を装着した主光源を用いた。夜間補光には、同じく32-wの青色、赤色および遠赤色蛍光ランプ(Bランプ(λmax454nm)、Rランプ(λmax659nm)およびFRランプ(λmax749nm)、FLR900T6型、 ニッポ電気)を、主光源の昇降の妨げにならないように側壁上部に配置して利用した。補光ランプの出力はパワーユニット(FDP-2001、ニッポ電気)により調節した。
各蛍光ランプのスペクトル光量子分布は分光放射計 (MSR7000、 オプトリサーチ)で測定した。 また、PPFDは光量子センサー(LI-190SB、 Li-Cor Inc.)で計測し、栽培パネル上の9点の平均値として求めた。
【0018】
(光処理)
グロースチャンバー実験はいずれも、昼間のPPFDを低照度条件の200μmol m-2 s-1一定に設定した。青色、赤色、遠赤色の夜間補光は、いずれも放射照度を50μmol m-2 s-1、照射時間を30分間とし、成育や栄養成分に対する影響を無補光の場合と比較検討した。
(a)ホウレンソウへの短時間補光:比較例1
実験は、昼間を10時間(6:00〜16:00)、夜間を14時間(16:00〜6:00)とし、夜間の補光照明については、無補光を対照区とし、夜の終了時の前30分間(5:30〜6:00)に青色光を照射するか、夜の開始時から30分間(16:00〜16:30)に赤色光または遠赤色光を照射し、以下の実験1並びに2の異なる光処理条件を設けて26日間処理した。
(実験1):夜の開始時(16:00〜)に赤色光(R区)や遠赤色光(FR区)を30分間照射するか、赤色光と遠赤色光を交互に30分間ずつ照射した(R+FR区)。
(実験2):夜の開始時(16:00〜)に赤色光と遠赤色光を交互に30分間ずつ照射した(R+FR区、R+FR+R区、R+FR+R+FR区)。
(b)シソへの短時間補光:実施例1
昼間を14時間(6:00〜20:00)、夜間を10時間(20:00〜6:00)とした。夜間の補光照明については、無補光を対照区とし、夜の終了時(5:30〜6:00)に青色光を照射するか、夜の開始時(20:00〜20:30)に赤色光または遠赤色光を照射し、19日間処理した。
(c)エンサイへの短時間補光:実施例2
昼間を14時間(6:00〜20:00)、夜間を10時間(20:00〜6:00)とした。夜間の補光照明については、無補光を対照区とし、夜の終了時(5:30〜6:00)に青色光を照射するか、夜の開始時(20:00〜20:30)に赤色光または遠赤色光を照射し、17日間処理した。
(d)サニーレタスへの短時間補光:実施例3
日長感応性が高くないことから、昼間を14時間(6:00〜20:00)、夜間を10時間(20:00〜6:00)とした。夜間の補光照明については、無補光を対照区とし、夜の終了時(5:30〜6:00)に青色光を照射するか、夜の開始時(20:00〜20:30)に赤色光または遠赤色光を照射して、16日間処理した。
(e)ダイコンへの短時間補光:比較例2
昼間を10時間(6:00〜16:00)、夜間を14時間(16:00〜6:00)とした。夜間の補光照明については、無補光を対照区とし、夜の終了時(5:30〜6:00)に青色光を照射するか、夜の開始時(16:00〜16:30)に赤色光または遠赤色光を照射して、19日間処理した。
【0019】
(植物の成長測定および解析)
供試植物は光処理終了日に各区10株ずつ収穫し、ホウレンソウ、シソ、エンサイ、ダイコンは葉、葉柄、茎および根に分け、サニーレタスは葉、茎および根に分けた。また、葉数、節数、茎長、を調査し、茎の短いホウレンソウとダイコンでは最大の葉柄長(葉柄長)を測定した。葉については、画像処理装置(最小検出面積0.03cm2)を用いて総葉面積(葉面積)を測定するとともに、形態の違いを比較するため、葉面積/葉数(個葉面積)と比葉面積(SLA;葉面積/葉乾物重)を計算した。また、最大葉の葉長と葉幅を測り、葉長:葉幅比(L: W比)を求めた。分別された材料は、通風乾燥機を用いて7日間60℃で乾燥し、葉、葉柄と茎(以下葉柄・茎)もしくは茎、根の別に乾物重を測定して全乾物重を求めた。
全ての成長パラメータはTukeyの多重比較検定(n=10、 p<0.05)により解析し、平均値間の有意差の有無を比較した。
【0020】
(植物成分の定量)
各植物種とも光処理終了日(成育調査日)の翌日に各区5株ずつ収穫し、株ごとに葉などの可食部を1〜2cm2の大きさに細断して2.0gずつ3試料を量り取り、直ちにアスコルビン酸(ビタミンC)およびβ-カロテン(ビタミンA)の定量用の抽出溶媒(各20ml)に浸漬した。
【0021】
(アスコルビン酸の定量)
細断試料2.0gを抽出溶媒(5%メタリン酸水溶液)に浸漬し、ホモジナイザー(POLYTRON、 KINEMATICA AG.、 Switzerland)を用いて氷中で粉砕した。その溶液から1.5 mlを分取して10、000 rpmで1 分間遠心したのち、上澄みの抽出液にアスコルビン酸検査用試験紙(Merck、 KGaA、 Darmstadt、 Germany)を浸し、小型反射式光度計RQflex plus(Merck、 KGaA、 Darmstadt、 Germany)を用いて定量した。
【0022】
(β-カロテンの定量)
2.0gの細断試料を0.4gのピロガロールを含むアセトン20ml浸漬し、直ちに暗所において氷中で粉砕した。その溶液を濾紙(GF/A、 Whatman)で吸引濾過して抽出液とした。それをアセトンにより100 mlに定容したのち、50μlを分取してHPLCで定量分析した。
HPLCカラムにはInertsil ODS-3(4.6φ、 150mm、 GL Science)を、移動相にはメタノールとクロロフォルムを4:1(v/v)に混合したのち、脱気した溶液を使用した。ポンプ(L-7100、 日立)流量は1.5ml min-1、カラムオーブン(L-7300、 日立)の温度は30℃、紫外吸光検出器(SPD-6AV、 島津)の検出波長は450 nmに設定した。
【0023】
(アントシアニンの定量)
林(1988)の方法に従い、2.0gの細断試料を1%塩酸メタノール溶液(v/v)に加え、冷蔵庫内(4℃)で24時間静置し、色素を抽出した。96穴マイクロプレート(Costar 3370 Assay Plate)に抽出液を200ml分注し、マイクロプレートリーダー(Benchmark、 Bio・Rad)を用いて530nmの吸光度を測定した。
【0024】
(実験結果)
1.野菜の成長に対する短時間補光の影響
【0025】
a.ホウレンソウ
赤色光や遠赤色光の交互照射とホウレンソウの成長促進(図1、図2および表1参照)
実験1 においては、赤色光を照射すると全乾物重、葉面積、個葉面積、葉長、葉柄長および地上部への乾物分配が無補光の場合に比べて増加し、SLAも増加した。これに対して、赤色光の替わりに遠赤色光を照射すると、全乾物重、葉面積、個葉面積、葉長および地上部への乾物分配の増加は認められず(葉面積は減少し)、葉柄長のみが増加した。また、赤色光に引き続いて遠赤色光を照射すると、全乾物重、葉面積、個葉面積、葉長および地上部への乾物分配の増加は認められなかったが、葉柄長が増加し、遠赤色光を照射した場合と同様の成長変化を示した。
そこで実験2において、赤色光と遠赤色光の交互照射を重ねたところ、葉柄長はいずれの照射条件においても増加するが、全乾物重、葉面積、個葉面積、葉長、SLAおよび地上部への乾物分配は、「赤色光+遠赤色光」と「赤色光+遠赤色光+赤色光+遠赤色光」の場合に増加が認められず、「赤色光+遠赤色光+赤色光」の場合には増加が認められた。
実験1および実験2の結果から、赤色光を照射すると成長促進が起こり、遠赤色光の照射では葉柄が伸長するものの、成長促進は起こらないこと、赤色光と遠赤色光を交互照射すると、赤色光と遠赤色光の成長に対する作用は可逆的で、赤色光が最後の場合に全乾物重が増加するなど成長促進が起こることが明らかになった。また、赤色光を照射すると葉は薄く拡張したが、L:W比に対する有意な影響は認められなかった。尚、詳細な説明は省略するが、夜の終了時に青色光を短時間照射すると、葉や葉柄の伸長が促され、地上部(とくに葉柄・茎)への乾物分配が増加して成長促進が起こることが認められた。
【表1】
【0026】
b.シソ
夜間の短時間補光がシソの成長に及ぼす影響を図4に示す。遠赤色光を照射すると、全乾物重、葉面積、葉面積/葉数、茎長が無補光に比べて増加し、成長促進の効果がみられた。これに対して、青色光や赤色光を照射した場合には、いずれの項目についても有意な増加は認められなかった。
葉の形態については、遠赤色光を照射すると、L: W比は変わらないがSLAが増加し、葉が薄く拡張することが明らかになった。また、赤色光を照射すると、 SLAに有意な変化は認められないが、L: W比が減少し葉が丸みを帯びること、青色光の照射では 、SLAおよびL: W比の変化は認められないことがわかった。
遠赤色光を照射すると、図5に示すように、無補光に比べて乾物分配に変化が認められ、葉と根への分配が減少して茎・葉柄への分配が増加し、可食部である地上部への分配も多少増加することが明らかになった。
【0027】
c.エンサイ
夜間の短時間補光がエンサイの成長に及ぼす影響を図6に示す。遠赤色光を照射すると、全乾物重、葉面積/葉数、茎長が無補光に比べて増加し(葉面積も増加傾向を示し)、成長促進の効果が認められた。これに対し、青色光や赤色光を照射した場合には、いずれ項目についても有意な増加は認められなかった。
葉の形態については、 遠赤色光を照射すると SLAが増加するとともにL: W比が減少し、薄く幅広く拡張することが明らかになった。また、赤色光や青色光を照射しても、SLAとL: W比はともに変化しなかった。
遠赤色光を照射すると、図7に示すように、無補光と比べて乾物分配に変化がみられ、葉と根への分配が減少し、茎・葉柄への分配が10%増加した。これにともない、可食部である地上部への分配も増加した。
【0028】
d.サニーレタス
夜間の短時間補光がサニーレタスの成長に及ぼす影響を図8に示す。遠赤色光を照射すると、全乾物重、葉面積、葉面積/葉数、茎長が無補光に比べて増加した。これに対して、青色光や赤色光を照射した場合には、いずれの項目についても有意な増加は認められなかった。
葉の形態に関しては、 遠赤色光を照射すると SLAは変化することなくL: W比が増加し、葉は厚みを保ちながら細長く拡張することがわかった。一方、赤色光や青色光を照射してもL: W比に変化は認められないが、赤色光を照射するとSLAが減少し葉は厚みを増した。
レタスでは葉柄がないため地上部(葉と茎)と根の乾物分配を比較したが、図9に示すように、遠赤色光を照射すると、無補光と比べて可食部である地上部への分配が増加し、根への分配は減少した。
【0029】
e.ダイコン
夜間の短時間補光がダイコンの成長に及ぼす影響を図10に示す。遠赤色光を照射すると、葉柄長が無補光に比べて76%増加したが、葉面積、葉面積/葉数は減少し(全乾物重も現象の傾向を示し)、成長が抑制された。これに対して、赤色光を照射した場合には全乾物重と葉面積の増加傾向が認められ、青色光を照射すると葉面積が減少の傾向を示した。
葉の形態については、 遠赤色光の照射により SLAの減少とL: W比が増加し、葉の拡張が抑えられて厚く細長くなることが明らかになった。一方、赤色光や青色光を照射しても、L: W比に変化は認められないが、青色光を照射するとSLAが減少し葉は厚みを増した。
遠赤色光を照射すると、図11に示すように、無補光と比べて乾物の茎・葉柄への分配が5%増加し、地上部への分配が増える傾向がみられた。青色光や赤色光を照射しても、乾物分配の変化は小さかった。
【0030】
2.栄養成分濃度に対する短時間補光の影響
上記の夜間の短時間補光(夜の終了時に青色光、夜の開始時に赤色光、夜の開始時に遠赤色光)条件下で栽培したシソ、エンサイ、サニーレタスにおいて、葉など可食部に含まれるβ-カロテンとアスコルビン酸、ならびにシソとサニーレタスに着色成分として含まれるアントシアニンの濃度分析の結果を表2に示す。
【表2】
シソとサニーレタスに含まれるβ-カロテンの濃度は、青色光、赤色光、遠赤色光のいずれを照射した場合も、無補光との有意差は認められなかったが、エンサイでは赤色光を照射すると、無補光に比べて濃度が22%低下した。
アスコルビン酸については、シソとサニーレタスでは青色光、赤色光、遠赤色光のいずれを照射した場合も濃度低下が小さく、エンサイでは個体間の濃度差が大きいため、 3種類の葉菜とも光照射による影響は認められなかった。
このように、シソ、エンサイ、サニーレタスでは、遠赤色光を照射すると成長が促進されたが、栄養成分であるβ-カロテンおよびアスコルビン酸の有意な濃度低下は認められないことが明らかになった。
また、シソとサニーレタスに含まれるアントシアニン濃度は、青色光や赤色光を照射しても無補光と比べて有意差は認められなかったが、シソでは遠赤色光を照射すると22%低下し、着色が抑制された。
【0031】
以上の実験結果から、長日植物であるホウレンソウの場合には、夜の開始時に赤色光を短時間照射すると、成長促進が認められたのに対し、遠赤色光を照射すると、葉柄は伸びるが、全乾物重や葉面積などの増加は認められなかった。更に、赤色光と遠赤色光を交互に照射すると、赤色光による成長促進は、遠赤色光によって打ち消された。このことから、ホウレンソウにおいては、赤色光と遠赤色光の成長に対する作用は可逆的で、赤色光は成長を誘導するスイッチとして機能し、遠赤色光は誘導を停止させるスイッチとして機能することが判明した。
【0032】
他方、短日植物のシソ、エンサイと日長の影響を受けにくいサニーレタス(中性植物)は、青色光や赤色光を夜の開始時に照射しても成長促進は起こらなかったが、夜の開始時に遠赤色光を照射すると、成長促進の効果が認められた。これに対し、ダイコンでは葉柄が伸びるが成長はむしろ抑制された(図4、図6、図8および図10)。このように、遠赤色光に対する成長反応について、ダイコンはホウレンソウと一致し、シソ、エンサイおよびサニーレタスはホウレンソウと対照的な特徴を示したが、 5種類の野菜が遠赤色光に対する成長反応にもとづいて 2つに分類されることは、ホウレンソウとダイコンが長日植物、シソやエンサイは短日植物、またサニーレタスは日長の影響を受けにくい条件的長日植物である(Wareing and Phillips、 1983)ことを考慮すると、光周反応型を反映している可能性がある。
【0033】
遠赤色光の照射により成長促進が認められたシソ、エンサイおよびサニーレタスにおいて、乾物分配の変化を比較すると(図5、図7および図9)、葉柄のないレタスでは無補光と比べて地上部への分配が増加して根への分配が減少し、シソとエンサイにおいては葉と根への分配が減少して茎・葉柄への分配が増加することが明らかになった。しかし、乾物分配を地上部と根に分けて比較すると、これら3種類の葉菜は根から地上部に同化産物が再分配される共通点をもつ。
【0034】
一方、ダイコンとホウレンソウが、夜の開始時に遠赤色光を照射しても成長促進を示さないという結果については、ダイコンとホウレンソウでは、遠赤色光の照射により葉柄や茎の伸長は促進されるが、葉面積が増加しないことを考慮すると、成長促進が起こるためには葉の伸長促進が必要不可欠と考えられる。
【0035】
なお、夜の開始時に遠赤色光を照射すると、葉面積が増大し(ダイコンでは減少し)、形状は野菜の種類によって異なる変化を示した(図4、図6、図8、図10)。遠赤色光の照射により、葉長の方向と葉幅の方向への伸長が異なる大きさを示す原因を示唆する知見は見受けられないが、シソ、エンサイ、ダイコンとは逆に、サニーレタスにおいて葉幅に比べて葉長の方向への伸長が大きいという結果は、サニーレタスには葉柄がないため、葉長の増加が葉柄の伸長促進を代替するためではないかと推察される。
【0036】
以上のように、夜の開始時に遠赤色光を照射すると、葉柄の伸長は種間で異なる反応を示すが、成長促進は短日植物のシソ、エンサイと日長の影響を受けにくいサニーレタス(中性植物)においては、成長促進の効果が認められた。具体的には、全乾物重がシソで29%、エンサイで27%、サニーレタスで35%増加し、栄養成分であるβ-カロテンやアスコルビン酸を維持しながら成長促進の効果が得られることが明らかになった。これに対して、ホウレンソウ並びにホウレンソウと同じ長日植物のダイコンでは、遠赤色光による成長促進が認められなかった。更に、夜の終了時に青色光を照射すると、成長促進はホウレンソウでのみ認められ、長日性のダイコンでも確認されなかった。このことから、遠赤色光に対する成長反応の異なる2つのタイプの植物が存在することが判明した(図3、表2並びに図12参照)。
【0037】
この成長誘導現象は光刺激(光シグナル)によるもので、省エネルギーの補光照明として利用が期待できる。例えば、少ない補光量(50μmol m-2 s-1×1時間)でもPPFDが200μmol m-2 s-1の場合に300μmol m-2 s-1の条件下に相当する成長促進が可能なことから、低照度条件下で成長促進の効果を高める有効な方法と判断された。
しかも、葉菜類の主要な栄養成分であるβ-カロテン(ビタミンA)やアスコルビン酸(ビタミンC)の濃度は、夜の開始時の遠赤色光照射による成長促進反応時にも、両成分の濃度に対する影響は認められないことを確認した(表2)。栽培環境や成育段階は、葉菜類のβ-カロテンやアスコルビン酸濃度に影響を及ぼす可能性があるとみられる。しかし、シソ、エンサイ、サニーレタスを用いた本実験でも夜間の短時間補光による影響が小さいことは確認された。尚、シソではアントシアニンの濃度が低下したため、着色成分が減る可能性はあるが、夜間の短時間補光は、低照度条件下で栽培される様々な葉菜類に対してビタミンなどの主要な栄養成分の減少を抑え、成長不良を改善する有効な方法と考えられる。
このことから、夜間の短時間補光は、低照度条件下で栽培される様々な葉菜類に対して、ビタミンなどの主要な栄養成分を減らさずに、成長不良を改善する有効な方法であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】夜の開始時に短時間照射した赤色光と遠赤色光がホウレンソウの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験1,2の結果を全乾物重、葉面積並びに葉面積/葉数について示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図2】夜の開始時に短時間照射した赤色光と遠赤色光がホウレンソウの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験1,2の結果を葉柄長、SLA並びに葉長について示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図3】夜間の短時間補光が各種野菜の成長に及ぼす影響を全乾物重で示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)である。
【図4】夜の開始時の短時間補光がシソの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を全乾物重、葉面積、茎長、SLA、葉面積/葉数並びに葉のL:W比についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図5】夜の開始時の短時間補光がシソの乾物分配に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を根、茎・葉柄並びに葉についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図6】夜の開始時の短時間補光がエンサイの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を全乾物重、葉面積、茎長、SLA、葉面積/葉数並びに葉のL:W比についてそれぞれ示すグラフであり、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図7】夜の開始時の短時間補光がエンサイの乾物分配に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を根、茎・葉柄並びに葉についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図8】夜の開始時の短時間補光がサニーレタスの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を全乾物重、葉面積、茎長、SLA、葉面積/葉数並びに葉のL:W比についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図9】夜の開始時の短時間補光がサニーレタスの乾物分配に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を根、地上部についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図10】夜の開始時の短時間補光がダイコンの成長に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を全乾物重、葉面積、葉柄長、SLA、葉面積/葉数並びに葉のL:W比についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図11】夜の開始時の短時間補光がダイコンの乾物分配に及ぼす影響を無補光の場合と比較する実験の結果を根、茎・葉柄並びに葉についてそれぞれ示すグラフであり、データは10株の平均値(エラーバーは標準誤差)、グラフ中の異なるアルファベットはTukeyの多重比較検定(p<0.05)による有意差を示す。
【図12】夜間の短時間補光が各種野菜の成長に及ぼす影響を示す写真である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
短日植物または中性植物に、夜の始めに遠赤色光を照射することにより成長促進を誘導する短日植物並びに中性植物の成長促進方法。
【請求項2】
前記遠赤色光の照射は、植物の成長促進反応を誘導する光刺激となる程度の光エネルギー量が確保されるのに十分な程度の短時間であることを特徴とする請求項1記載の短日植物並びに中性植物の成長促進方法。
【請求項1】
短日植物または中性植物に、夜の始めに遠赤色光を照射することにより成長促進を誘導する短日植物並びに中性植物の成長促進方法。
【請求項2】
前記遠赤色光の照射は、植物の成長促進反応を誘導する光刺激となる程度の光エネルギー量が確保されるのに十分な程度の短時間であることを特徴とする請求項1記載の短日植物並びに中性植物の成長促進方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2006−67948(P2006−67948A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−257364(P2004−257364)
【出願日】平成16年9月3日(2004.9.3)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年9月3日(2004.9.3)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】
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