室内環境調整システム
【課題】異種の遠赤外線放射物質間での熱エネルギー移動を利用して、著しくエネルギー効率の高い室内環境の調整を可能にする室内環境調整システム提供する。
【解決手段】室内空間に冷却源の冷却面を露出させ、その冷却面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成し、前記室内空間の室内面構成部材の露出面を、前記遠赤外線放射物質Aと分子種が異なる遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成し、前記冷却源は、内部に形成した流路に媒体を流すことにより前記冷却面を冷却する装置であり、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率はともに0.70以上であり、且つ、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、当該システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である室内環境調整システム。
【解決手段】室内空間に冷却源の冷却面を露出させ、その冷却面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成し、前記室内空間の室内面構成部材の露出面を、前記遠赤外線放射物質Aと分子種が異なる遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成し、前記冷却源は、内部に形成した流路に媒体を流すことにより前記冷却面を冷却する装置であり、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率はともに0.70以上であり、且つ、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、当該システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である室内環境調整システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、室内に存在する遠赤外線放射物質間での遠赤外線の放射・吸収現象を利用して、室内を快適な環境に調整する室内環境調整システムに関する。
【背景技術】
【0002】
室内環境を調整するためのこれまでの技術は、主として、室内に配置した加熱源や冷却源により加熱又は冷却した室内の空気の対流による熱エネルギーの移動、あるいは、外部から温風又は冷風を室内に供給して室内の空気を対流させることによる熱エネルギーの移動を利用したものであった。最近、本出願人は、同一の遠赤外線放射物質間でなされる遠赤外線の放射・吸収現象を利用することによって、壁、天井などの室内面構成部材と冷却源(又は加熱源)との間で極めて効率的な熱エネルギーの移動を実現することにより、室内の空気の対流を利用していたこれまでの技術に比べて格段にエネルギー効率的な室内環境調整システムを開発した(特許文献1、2参照)。
【0003】
上記の新しい室内環境調整システムでは、遠赤外線を放射・吸収する性質を示す同一物質間での放射・吸収を介したエネルギー移動が高い効率で行われる原理を利用している。ここでの「同一物質」とは、分子レベルで同一である物質をいい、「分子」とは、化学結合により結合された原子の集団を意味し、例えば天然石材を構成する鉱物の結晶なども含まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4422783号公報
【特許文献2】特開2010−095993号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
先行技術の室内環境調整システムは、遠赤外線を放射・吸収する性質を示す同一物質間での放射・吸収を介したエネルギー移動を行うことにより、室内環境の調整(快適さの実現)をしている。これは、波長に対する放射率の特性が同じである同一物質を使用することで、極めて高い効率(理想的条件下では100%)のエネルギー移動が可能であるからである。
【0006】
上記の室内環境調整システムは、様々な建築物への適用が可能である。しかし、冷却源(又は加熱源)と室内面構成部材で同一の遠赤外線放射物質を使用するのが必ずしも容易でない場合がある。例えば、既存の建築物に適用する場合、壁や天井などは改造せず、冷却源(又は加熱源)だけを新設するのが簡単であるが、既存の壁や天井に含まれる遠赤外線放射物質と同じものを入手するのが困難なことがある。
【0007】
本発明は、室内面構成部材と冷却源(又は加熱源)とで同一の遠赤外線放射物質を使用できなくとも室内環境の調整を有効に行える、新たな視点で開発された室内環境調整システムの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の室内環境調整システムでは、壁や天井などの室内面構成部材と、室内面構成部材との間で遠赤外線の放射・吸収による熱エネルギーの授受を行う冷却源(又は加熱源)とで、異なる遠赤外線放射物質を使用する。本発明のシステムは、本願発明者により特許文献1、2に開示された室内環境調整システムと同様に、室内面構成部材と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)との間の遠赤外線の放射・吸収による熱エネルギーの授受を利用している。しかし、本発明のシステムでは、室内面構成部材と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)とで同一の遠赤外線放射物質を使用するのでなく、異なる遠赤外線放射物質を使用する。
【0009】
本願の発明者が、特許文献1、2記載の先行技術のシステムにおいて室内面構成部材と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)とで同一の遠赤外線放射物質を使用することを要件としたのは、試みてはみたものの、同一物質を使用しない場合(異種物質の組み合わせの場合)には、環境調整効果が小さいか、または限定的であると考えられたからである。
【0010】
しかし、室内面構成部材と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)とで同一の遠赤外線放射物質を使用しなくとも効果的なシステムを実現することの有用性に鑑み、検討を重ねた結果、次の要件を満たすことにより、異種の遠赤外線放射物質を用いても十分実用に供し得るシステムが得られることを見出し、本発明の完成に至った。すなわち、
(1)異種の遠赤外線放射物質をそれぞれ含む材料からなる、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)と室内面構成部材の表面において、双方の材料の放射率が可及的に高く、4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率が0.70以上であること;ならびに
(2)上記双方の材料は、システムの作動温度域(常温域)で共有する波長領域ができるだけ多いこと。具体的には、異種の遠赤外線放射物質をそれぞれ含む材料からなる、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)と室内面構成部材の、システムの作動温度域での常温域分光放射スペクトル(波長4.5〜20μm)上での重複共有領域が黒体放射の60%以上であること;
が必要である。ここで、冷却源の冷却面(すなわち、熱吸収面)は遠赤外線吸収側で、室内面構成部材は遠赤外線放射側となり、一方、加熱源の加熱面(すなわち、熱放射面)は遠赤外線放射側で、室内面構成部材は遠赤外線吸収側となる。
【0011】
本発明は、上記の課題を解決するために以下の発明を提供する。
(1)室内空間に冷却源の冷却面を露出させ、その冷却面を遠赤外線放射物質Aを含む
材料で構成し、前記室内空間の室内面構成部材の露出面を、前記遠赤外線放射物質Aと分子種が異なる遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成し、前記冷却源は、内部に形成した流路に媒体を流すことにより前記冷却面を冷却する装置であり、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率はともに0.70以上であり、且つ、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、当該システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である室内環境調整システム。
(2)遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、波長7〜12μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である上記(1)に記載の室内環境調整システム。
(3)遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、重複領域が黒体放射の70%以上である上記(1)または(2)に記載の室内環境調整システム。
(4)重複領域が黒体放射の80%以上である上記(1)〜(3)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(5)遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の積分放射率が0.80以上である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(6)前記室内面構成部材の前記露出面を形成している材料中に0.1〜100wt%の前記遠赤外線物質Bが存在している上記(1)〜(5)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(7)前記冷却源の前記冷却面を形成している材料中に0.1〜100wt%の前記遠赤外線物質Aが存在している上記(1)〜(6)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(8)遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積が、環境調整する空間の延べ床面積の0.05倍以上の面積である、上記(1)〜(7)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(9)遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積が、環境調整する空間の延べ床面積の0.3倍以上の面積である、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(10)前記冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む前記冷却面の面積が、遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積の0.5倍以下である、上記(1)〜(9)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(11)前記冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む前記冷却面の面積が、遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積の0.2〜0.5倍である、上記(1)〜(10)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(12)前記冷却源が、内部に形成した流路に媒体を流して前記冷却面を加熱することにより前記冷却面を加熱面として利用する加熱源を兼ねる、上記(1)〜(11)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
【0012】
本発明の室内環境調整システムは、冷房効果を示すためには、室内空間に冷却源の冷却面を露出させ、その冷却面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成し、前記室内空間の室内面構成部材の露出面を、前記遠赤外線放射物質Aと分子種が異なる遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成し、前記冷却源は、内部に形成した流路に媒体を流すことにより前記冷却面を冷却する装置であり、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率はともに0.70以上であり、かつ、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、当該システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である室内環境調整システムである。
【0013】
本発明の室内環境調整システムは、前記冷却源を加熱源に代えて、暖房効果を示すものとして実現することも可能である。この場合のシステムは、室内空間に加熱源の加熱面を露出させ、その加熱面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成し、前記室内空間の室内面構成部材の露出面を、前記遠赤外線放射物質Aと分子種が異なる遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成し、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率はともに0.70以上であり、かつ、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、当該システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である室内環境調整システムである。加熱源は、内部に形成した流路に媒体を流すことにより加熱面を加熱する装置であることができ、この場合は上記の冷房効果を示すシステムが、暖房効果を示すシステムを兼ねることができる。加熱源は、例えば電気により加熱面を加熱する装置などでもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、同一物質間での効率的に優れた遠赤外線の放射・吸収によるエネルギー移動を利用した室内環境調整システムを、異種物質間でのエネルギー移動を利用するものにまで広げることができる。遠赤外線の放射・吸収によるエネルギー移動を利用しない従来技術においては、室内空気の対流が不可欠であり、室内環境を構成する全空気の温度と湿度の調整に要する熱エネルギーのほかに、空気を対流させるためにもエネルギー(主として機械的エネルギー)が必要であったのに比べて、本発明のシステムでは、人が快適と体感する室内環境への調整に熱エネルギーとして必要な分だけが関与すればよいので、従来技術よりも著しくエネルギー効率の高い室内環境の調整が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】物質Aと物質Bの分光積分放射率曲線の模式図。
【図2】物質Aと物質Bと物質Cの分光放射輝度曲線の模式図。
【図3】放射特性の測定の際の固定試料のセット方法を示す図。
【図4】放射特性の測定の際の薄物試料のセット方法を示す図。
【図5】熱吸収装置の一例を示す図。
【図6】熱吸収装置における水路を示す図。
【図7】実施例1および6で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図8】実施例2で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図9】実施例3で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図10】実施例4で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図11】実施例5で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図12】実施例7で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図13】比較例1で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図14】比較例2で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図15】比較例3で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の室内環境調整システムでは、遠赤外線を放射・吸収する性質を示す異種物質間での遠赤外線の授受によるエネルギー移動を利用する。先の出願では、同一物質どうしでの遠赤外線の授受(共鳴)によって室内環境を調整することができることを開示した。
【0017】
しかし、遠赤外線の授受に異種物質を用いたシステムが利用可能になることは、システムを既存の建築物に適用する場合(壁や天井などは改造せず、壁や天井に含まれる遠赤外線放射物質と異なる遠赤外線放射物質を用いて冷却源(又は加熱源)だけを新設する場合)を初めとして、システムの構成に柔軟性を付与することにつながる。そこで、遠赤外線の授受に異種物質を用いた実用的なシステムを目的に、検討を重ねた結果、
(a)異種の遠赤外線放射物質をそれぞれ含む材料からなる、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)と室内面構成部材の表面において、双方の材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率が0.70以上であり、かつ
(b)異種の遠赤外線放射物質をそれぞれ含む材料からなる、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)と室内面構成部材の、システムの作動温度域での分光放射スペクトル(波長4.5〜20μm)上での重複共有領域が黒体放射の60%以上である、
という要件を満たすことにより、そのようなシステムが実現できることを見出した。
【0018】
上記の要件について説明する前に、まず、同一物質間での放射・吸収によるエネルギー授受の現象を説明する。
室内空間(居住空間)を形成する部材は、単一もしくは複数の物質(原子・分子の集合体)で構成されており、物質内では常に温度に応じた固有の原子もしくは分子振動が存在している。この振動は同種もしくは異種原子間の結合状態によって固有の振動周期を持ち、同一の振動周期を持つ原子結合間では共鳴現象による量子エネルギーの授受が常に行われている。
【0019】
原子間振動エネルギーは結合している原子の種類によって固有の値(量子エネルギー)をとり、振動のレベルは固有振動数の整数倍の多段構造をとる。この多段振動エネルギー構造においてレベルの上段から下段に向けてエネルギーが遷移するときに、下落する段数に応じた固有振動数の整数倍の振動数(もしくは波長)をもった光が放射される。この光は同一物質内で同一の固有振動数をもつ原子結合に吸収されるか、もしくは物質の外に放射され、空間を隔てて対面する他の部材中に存在する同一固有振動数の原子結合部に吸収される。吸収が起こった原子結合部のエネルギーは吸収エネルギーに応じて固有振動数の整数倍の上位レベルに飛び上がる(励起)が、これは吸収した結合部の温度が上昇することを意味する。
【0020】
以上のように物質中の原子結合の固有振動エネルギーの一部(遷移エネルギー分)が空間を隔てて対面する物質の表面付近に存在する原子結合間の振動に瞬時に移動できるのは、同一の固有振動間の共鳴現象によるもので、固有振動値の異なる原子結合間では起こり得ないことである。そしてこれが、対向する同一物質間での放射・吸収によるエネルギーの授受が極めて高い効率(理想的条件下で100%)で行われる理由である。
【0021】
以上述べたように、同一物質間での遠赤外線の放射・吸収によるエネルギー移動は、放射側物質と吸収側物質を構成する原子間結合の固有振動の共鳴によって瞬時に行われる物理現象である。これが、本発明者が先に、同一物質を使用しない場合(異種物質の組み合わせの場合)には環境調整効果を得ることができないか、限定的であると考えられた理由でもあった。また、実際に、本発明者が、先行技術の室内環境調整システムの開発に当たり作製した冷却源(兼加熱源)を、その冷却源(加熱源)で使用する遠赤外線放射物質を含まないいくつかの既存の部屋内に設置しても、冷房効果(あるいは暖房効果)は小さいか、または限定的であった。
【0022】
しかしながら、室内面構成部材と冷却源(又は加熱源)とで異なる遠赤外線放射物質を使用しても、双方で同一の物質を使用した場合には及ばないにせよ一定以上の室内環境調整効果が得られるならば、本発明者が先に開示した、原理的にエネルギー効率的な室内環境調整システムの応用を広げることができると考え、異種の遠赤外線放射物質間での効率的なエネルギー授受の研究を重ねた。
【0023】
異種物質間での放射・吸収によるエネルギー授受の場合、双方の物質における原子間結合の固有振動数は一致しないか、一部が一致するだけである。この場合、既に説明したように異種物質間でのエネルギー授受の効率は同一物質間でのそれに及ばず、本発明者の当初の実験では感知されるほどの冷房(あるいは暖房)効果が得られなかったことは、既に述べたとおりである。しかし、異種物質間においても、双方が遠赤外線の放射・吸収能を有する限り、それらの間である程度のエネルギー授受が行われることは間違いない。
【0024】
ある物質中に存在する分子の原子間結合に基づく固有振動のエネルギー準位が上位から下位へ遷移するとき、その遷移エネルギーに相当する振動数を持った電磁波(光)が放射される。この放射が物質の表面で起こった場合にはその電磁波の振動数もしくは波長は遷移エネルギーに等しいが、放射が物質内部で起こった場合には当該原子結合の近傍にある同一の原子間結合に全吸収されるか、振動数の異なる他の原子や原子結合によって方向を変えられながら物質内を進み、やがては物質の表面に到達する。表面に到達した電磁波の一部は物質外へ放射され、残りは物質と外気(空気)との境界面で反射され再び物質内部へと進む。このとき外部へ放射される電磁波のエネルギー、すなわち振動数もしくは波長は物質内を進行しながら少しずつ減速や加速を繰り返す結果、当初の固有振動値から前後に分散したものとなる。したがって、物質外部へ放射される光の分光放射スペクトルは固有振動値である単色ピークの集合したものではなく、一般的には複数のなだらかなピークをもった平準化された形状となる。また、物質内に入射する電磁波の振動数もしくは波長についてもその物質内に存在する固有振動の前後に異なる振動数の電磁波であっても物質の表面で全反射されるものを除いて残りは物質内に入射し、物質内部の原子や原子結合との相互作用によって少しずつ減速や加速を続け、その一部は物質内の固有振動との一致により共鳴吸収される。異なる温度の同一物質間や、異なる分子構造をもつ異物質間でさえも互いに外部へ放射された電磁波が、ある程度は相手側に吸収されるのは、このようなメカニズムが存在するためであると考えられる。
【0025】
遠赤外線の放射・吸収により物質間で授受されるエネルギー量は、異種物質間での授受の場合にあっても、双方の物質の積分放射率(=吸収率)が高いほど多くできる。従って、本発明のシステムにおいて、冷却源(又は加熱源)の冷却面(加熱面)と室内面構成部材における、双方の遠赤外線放射物質を含む材料の積分放射率は0.70以上である必要がある。より好ましくは、遠赤外線放射物質Aを含む材料および遠赤外線放射物質Bを含む材料の積分放射率は、0.80以上であり、0.90以上であるのが更に好ましい。これが、先に示した(a)の要件である。
【0026】
「遠赤外線」とは、一般に波長が約3μm〜1000μmの電磁波のことをいい、そして物質の放射率は、同一条件における理想的な黒体の遠赤外線の放射エネルギーをW0とし、当該物質の遠赤外線の放射エネルギーをWとした場合に、W/W0によって定義される。本発明のシステムで使用する遠赤外線放射物質Aを含む材料および遠赤外線放射物質Bを含む材料の分光放射スペクトルは、システムが適用される室内環境の温度範囲ではあまり大きく変化しない。そのため、本発明において単に「積分放射率」という場合は、好適には本発明のシステムにより実際に調整する室内温度の目標値(人体が快適と感じる温度)付近において、4.5〜20μmの範囲で測定した積分放射率を採用することができる。測定波長範囲を4.5〜20μmとする理由は後述する。
【0027】
また、本発明における4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率は、次のようにして求めることができる。
常温域における遠赤外線の放射エネルギーの測定は一般的にFT−IR(フーリエ変換赤外分光分析)法による分光放射率測定によって行われる。測定試料を疑似黒体壁に囲まれた試料室内にセットし、試料から放射される遠赤外線を微小な孔を通して分光器に導き、同時に試料とほぼ同一温度に保持された標準黒体炉から引き出された遠赤外線とともに検出器に導き、所定の振動数区間もしくは波長区間ごとのエネルギー強度(輝度)を測定する。この所定波長区間ごとの放射エネルギー強度(輝度)を所定の波長区間にわたって黒体放射と同時に表示したものを「分光放射輝度曲線」という。また、所定の波長区間ごとに試料からの放射輝度と黒体からの輝度との比率(0〜1.0)を波長ごとに全波長区間にわたって表示したものを「分光放射率曲線」もしくは「分光放射スペクトル」という。
ここで「分光放射率」とは、ある特定の波長における試料物質に放射エネルギー強度(輝度)と同一温度、同一波長における黒体からの放射エネルギー強度(理論計算が可能)との比であり、「全放射率」とは、特定の温度における試料物質からの全放射エネルギーと同一温度における黒体からの全放射エネルギー(理論計算が可能)との比である。また、特定温度、特定の波長区間における試料物質からの放射エネルギー強度(輝度)と同一温度、同一波長区間における黒体放射のエネルギー強度(輝度)との比を「積分放射率」という。
【0028】
様々な物体からどのような波長の電磁波(光)がどのような強さで放射されているのかを明らかにするための研究が1900年代の前半から始まり、当初は高温の物体から放射される紫外線、可視光、赤外線などの全エネルギーしか測定できなかったが、その後の分光技術の進歩によって次第に測定可能な波長の範囲やエネルギー強度の範囲が拡大し、20世紀後半には遠赤外線の分光放射スペクトルも測定可能となった。しかし、試料表面から分光器に入射する電磁波には試料自体からの放射のほかに試料の周囲の物体による環境放射が試料表面で反射した成分も含まれることから、試料の温度が周囲環境の温度よりもかなり高くないと試料自体からの放射を弁別することが困難であった。特に、常温付近における物体からの遠赤外線放射を測定することは不可能とされてきたが、1990年代に本件発明者を含む我が国の研究者グループによって特別な機能を付与した常温型FT−IR分光放射率計が開発され、30〜50℃の常温域にある試料自体から放射される遠赤外線の分光放射スペクトルが取得可能となった。この常温域分光放射率計はその後急速に普及し、現在の国内で数十台が稼働中である。
【0029】
遠赤外線放射物質A、Bとしては、鉱物、セラミックスなどの無機材料や、有機高分子材料等の有機材料のうちから、上記の要件を満たすものを選択することができる。一般に金属材料は、金属内部の原子間結合の結合距離が短く、原子間結合の固有振動数が大きいため、電子などの大きなエネルギーを有する素粒子や電磁波(光)が接近しなければ振動レベル間の遷移は起こらず、振動数の小さな遠赤外線は吸収されることなく金属の表面で反射される。従って、金属材料は、遠赤外線放射物質A、Bとして用いるのに適さない。
【0030】
本発明では、室内面構成部材表面に含まれる遠赤外線放射物質Aと、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)に含まれる遠赤外線放射物質Bとは、異なる分子種で構成されている。ここで「異なる分子種」とは、遠赤外線放射物質Aと遠赤外線放射物質Bが、分子レベルで異なることをいう。ここでの「分子」とは、化学結合(原子結合)により結合された原子の集団を意味する。したがって、ここでいう「分子」には、例えば天然石材を構成する鉱物の結晶なども含まれる。類似元素が置換あるいは固溶した同一鉱物は同一分子種の物質とみなされる。
【0031】
また、遠赤外線放射物質A、Bとしては、それぞれ単一の物質(例えば鉱物、セラミックスなど)はもちろん、複数の物質を用いてもよい。例えば、遠赤外線放射物質Aとして、異なる鉱物A1とA2の混合物を用いてもよい。同様に、遠赤外線放射物質Bとして、異なるセラミックスB1とB2の混合物を用いてもよい。
【0032】
本件発明者らは上述の常温型FT−IR分光放射率計(広帯域MCT検出器)を用いて、金属、無機材料(セラミックス)、有機高分子材料、塗料、天然物など様々な物体について、常温域における分光放射輝度曲線や分光放射スペクトルを取得して遠赤外線特性の評価を行ってきた。実用上の測定波長範囲を4.5〜20μmとした場合、300°K(ケルビン)、すなわち27℃における黒体放射の分光放射輝度曲線はMaxPlankの放射式によって図2における曲線Cのようになる。27℃の黒体からの放射波長は3〜70μmの範囲に分布し、最大の放射輝度が得られる波長(ピーク波長)はWienの法則(λmax=2897/T)より9.7μmである。また、実在する物体試料について信頼性のある測定可能な波長範囲を4.5〜20μmとすれば、この波長範囲で測定される27℃の黒体放射の全エネルギーは放射全体の70%であり、残る2%は4.5μm未満、28%は20μm超にある。実在する物体については波長ごとに黒体比で0〜1.0の分光放射率があり、黒体のピーク波長である9.7μmでの分光放射率が低ければピーク波長が別の波長域にある場合も少なくない。波長範囲4〜25μmで測定される場合もあるが、30〜50℃程度の常温域での放射輝度は黒体であっても4.5μm未満、20μm超の波長域では非常に小さく、かつ検出器の感度も低下するのでノイズ(バックグラウンド)との弁別が困難となり、信頼性のあるデータは得られない。
【0033】
30〜50℃の常温温度域において、本発明の上記(a)の要件を満たす遠赤外線放射物質の例としては以下のようなものがある
<物質名> <積分放射率>
α―アルミナ(Al2O3)粉末: 0.89
多孔質アルミナ(Al2O3)粉末: 0.91
窒化ケイ素(Si3N4)粉末: 0.88
シリカ(SiO2)粉末: 0.88
遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末: 0.94
セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末添加合繊織布: 0.88
セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末添加アクリル板(厚さ3mm): 0.82
セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末添加ポリプロピレン(PP)シート(厚さ2mm):0.91
セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末添加ポリエチレン(PE)シート(厚さ1mm): 0.83
陽極酸化処理したアルミニウム合金板(Al-Si-Fe)(厚さ2mm): 0.85
【0034】
異種物質間での放射・吸収によるエネルギー授受の場合、双方の物質の固有振動数は一致しないか、一部が一致するだけである。2つの遠赤外線放射物質AとBの固有振動数が一致しない場合、波長に対して示したそれらの積分放射率曲線は、図1の模式図に示したように、曲線の交点を除き、一致しない。それらが一致しない領域では、一方の遠赤外線放射物質Aから放射された遠赤外線は、他方の遠赤外線放射物質Bに一部だけ吸収される(一方の物質の積分放射率>他方の物質の積分放射率の場合)か、あるいは他方の物質が吸収できる量の一部しか満たさない(一方の物質の積分放射率<他方の物質の積分放射率の場合)。このことからも、また本発明者の体験からも、このような制約を課された異種物質間での放射・吸収では、エネルギーの無駄が多くて実用的な室内放射冷却システムを構築できるとは考えられなかった。すなわち、双方の遠赤外線放射物質の積分放射率が高くても、それらの積分放射率曲線が一致しない以上、それらの間でのエネルギーの授受は同一物質間でのそれに到底及ばないと考えられたのであった。
【0035】
にもかかわらず異種物質間での遠赤外線エネルギーの効率的な授受を可能にする技術をあきらめず、それを追求した末に、本発明者は、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材と遠赤外線放射物質Aを含む冷却源(又は加熱源)の表面(冷却面又は加熱面)における双方の材料の積分放射率が0.70以上であるという(a)の要件に加えて、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材と遠赤外線放射物質Aを含む冷却源(又は加熱源)の表面冷却面又は加熱面)における双方の材料の、システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上であるという(b)の要件を満たせば、実用的な室内環境の調整を実現することができることを見出した。すなわち、本発明者は、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材と遠赤外線放射物質Aを含む冷却源(又は加熱源)の表面(冷却面又は加熱面)における双方の材料の、システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域の放射率も重要であることを見出した。
【0036】
次に、これを図2の模式図を参照して説明する。図2には、3つの物質A、B、Cの27℃における分光放射スペクトル(分光放射エネルギー密度)が示されている。物質Cは、分光放射エネルギー密度が最大である理想的物質の黒体である。物質A、Bは異種物質であり、固有振動数が異なることを反映して分光放射エネルギー密度曲線を異にしている。物質A、B間で遠赤外線の授受を行わせた場合に、一方の物質から他方へ移動する分のエネルギーは、双方の分光放射エネルギー密度曲線が重なった「AB間有効放射吸収領域」(図2)で表される。本発明においては、この「AB間有効放射吸収領域」に相当する領域を、「波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域」としている。本発明において「波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である」とは、図2の「AB間有効放射吸収領域」に相当する「波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域」の面積が、図2の黒体(物質C)の分光放射エネルギー密度曲線の内側の面積の60%以上であることを意味している。
【0037】
例えば、後述する実施例に示すように、本発明の遠赤外線放射物質Aを含む材料と遠赤外線放射物質Bを含む材料の波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が60%以上あれば、実験開始から10分後に、体感温度が5〜10℃低下(又は上昇)して、十分な冷房(又は暖房)効果が得られる。
特に、本発明のシステムにおいては、遠赤外線放射物質Aを含む材料と遠赤外線放射物質Bを含む材料が、27℃における、黒体からの放射エネルギー(分光放射エネルギー密度)値が最大になる波長領域を挟んだ領域である、7〜12μmの分光放射スペクトル上での重複領域が60%以上であるのが好適である。
本発明の目的からは、上記の重複領域は大きいほど好ましい。すなわち、重複領域が黒体放射の、例えば、70%、80%、85%、90%と大きくなるほど、本発明のシステムのエネルギー効率が向上する。
【0038】
図2に示したような、本発明のシステムで使用する2つの異種物質(物質A、B)を含む材料の分光放射スペクトル(分光放射エネルギー密度)は、例えばFT−IR分光法を利用して求めることができる。FT−IR分光法によれば、本発明のシステムが稼働する温度(作動温度領域)における遠赤外線放射物質の分光放射スペクトルを容易に求めることができる。
【0039】
本発明において、遠赤外線放射スペクトルの測定は次の方法によって行った。測定に際しては、試料の形状・形態が重要であり、試料の物理的条件を、本発明のシステムにおいて実際に使用するものとできるだけ同じにするのが望ましい。この測定法において、試料を垂直方向に固定する方式を用いる場合には、粉体試料はそのままでは測定が困難である。したがって、物質AまたはBが粉体である場合に、それ自体の放射特性を測定するときは、その粉体を直接プレス成形(圧力100kg/cm2以上)、またはそれ自体で成形困難な場合には、赤外領域での透過性が大きいKBr(Merck社製、赤外分析用)を希釈媒体として用いて(媒体中での濃度1wt%)、混合、プレス成形(圧力100kg/cm2以上)して、固体試料とすることができる。
(1)放射特性の評価
装置: 日本電子(株)製FT−IR JIR−3505/赤外放射ユニットIR−IRR200
分解能:16cm−1
積算回数:200回
測定波数域:2200〜500cm−1(4.5〜20μm)
測定温度:試料表面の温度で約30〜50℃(標準40℃)
(2)試料のセット方法
i 固形試料
試料ステージ上にアルミニウム鏡面を載せ、その上にシート、板等の固形試料を置き、治具で固定する(図3)。
ii 布、織物等の薄物試料
試料ステージ上にアルミニウム板を置き、さらに中央にアルミニウム鏡面を固定する。その上に伸縮性薄物試料(通常、厚さ10μm〜3mm)を載せ、鏡面上の試料が均一な温度分布となるように引っ張りながら、両脇をアルミニウム板で押さえ、アルミニウムスペーサー(30mmφ、50mmφのドーナツ状)を用いて上から固定する(図4)。
(3)測定試料の温度計測方法
熱電対:石川産業(株)製T熱電対(0.05mmφ)
記録計:山武ハネウエル製デジタルプロセスレポータDPR330
温度計測は、熱電対を試料の表面と試料下地のアルミニウム板にAgペーストを用いて固定し、測定温度で熱電対のバイアス設定を行う。
(4)環境放射(バックグラウンド放射)の補正
アルミニウム鏡面の反射率を98%とし、アルミニウム鏡面の放射輝度より鏡面自体の放射輝度(測定温度の黒体輝度の2%を計算で求める)を差し引いたものを環境放射として補正を行う。
【0040】
また、図1の「BC間有効放射吸収領域」に相当する「波長4.5〜20μmの分光放射エネルギー(輝度)曲線上での重複領域」の面積は、次のようにして求めることができる。物質Aと物質Bの分光放射エネルギー(輝度)曲線を同一画面上に併記し、測定した波長域内で両者が交差する点をP1、P2、P3、・・・Pn、各点に相当する波長λ1、λ2、λ3、・・・λnとする。隣り合う2点の波長区間の下側線についての分光放射エネルギー(輝度)を積算した後、全区間を合算する。この合算値と同一温度、同一区間における黒体の放射エネルギー(輝度)の積算値との比率を求めることにより、物質Aと物質Bの分光放射輝度の重複部分についての積分放射率が求まる。
【0041】
本発明において、システムの「作動温度域」とは、システムを実使用するときにシステム内で観測される温度の範囲と定義される。遠赤外線の授受によって室内環境の調整を行う本発明のシステムにおいて、遠赤外線の授受は、壁や天井などの室内面構成部材と、冷却源又は加熱源との間で行われる。もっと具体的には、冷却作用による環境調整の場合、室内面構成部材側の物質Bから放射された遠赤外線が冷却源側の物質Aに吸収され、放射した物質内部の原子間結合の振動エネルギーレベルが下位へ遷移することで放射側の物質Bの温度が低下する(放射冷却)。加熱作用による環境調整の場合、加熱源側の物質Aから放射された遠赤外線が室内面構成部材側の物質Bに吸収され、吸収された物質内部の原子間結合の振動エネルギーレベルが上位へ移ることで吸収される側の物質Bの温度上昇をもたらす(放射加熱)。これから明らかなように、本発明のシステムにおいて、その実使用時に室内で最も低い温度(暖房時)又は最も高い温度(冷房時)にあるのは、一般的に、システム始動時の室内面構成部材の温度(特に外気温の影響を一番受けやすい壁面の温度)であるとみなすことができる。そして本発明のシステムは、例えば、外気温が−50℃程度の極寒温度から+50℃程度の極暑温度までの様々な気候条件下で利用され、その気候条件に応じて室内面構成部材の温度も外気温と同等近くになる可能性を考慮して、本発明のシステムの作動温度域は−50〜+50℃程度であるとすることができる。実用上の吸放熱表面では、冷房時5〜20℃程度、暖房時30〜60℃程度を作動温度域として差し支えない。作動温度域における遠赤外線放射物質Aを含む材料と遠赤外線放射物質Bを含む材料の波長4.5〜20μmでのそれぞれの分光放射スペクトルは、この程度の温度範囲においては、あまり大きく変化しないので、実用的には、遠赤外線放射物質Aを含む材料および遠赤外線放射物質Bを含む材料について、作動温度域(−50〜+50℃)の範囲内のいずれかの温度における遠赤外線放射の分光放射スペクトルを測定して比較してもよいが、厳密には、遠赤外線放射物質Aを含む材料の作動温度域の範囲内のいずれかの温度における遠赤外線放射の分光放射スペクトルと、遠赤外線放射物質Bを含む材料の作動温度域の範囲内のいずれかの温度における遠赤外線放射の分光放射スペクトルとの重複領域が60%以上であれば、本発明の要件(b)を満たす。
【0042】
「遠赤外線」とは、一般に波長が約3μm〜1000μmの電磁波のことをいうが、本発明では作動温度域における遠赤外線として、波長が4.5〜20μm(好適には、7〜12μm)のものに着目するものである。これは、現状の技術では、常温域にある物質の遠赤外線放射特性を安定して測定できる波長がこの範囲に限られるからであるとともに、常温(27℃前後)の黒体からの放射エネルギー(分光放射エネルギー密度)値が最大になる波長領域が約10μmの波長を挟んだこの領域にあって、すなわち4.5〜20μm(特に、7〜12μm)の波長領域が黒体以外の遠赤外線放射物質の放射エネルギーが大きい領域に相当するとみなすことができるからである。そしてこのことから、本発明においては、遠赤外線放射側と吸収側との重複共有領域が黒体放射の60%以上であるとする波長範囲を4.5〜20μmと規定している。
【0043】
本発明において、上記の要件(a)、(b)を同時に満たす材料に含まれる物質AとBの組み合わせの例としては、たとえば
A(またはB):多孔質アルミナ(Al2O3)粉末 積分放射率0.91
B(またはA):シリカ(SiO2)粉末 積分放射率0.93
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.89
(すなわち、重複共有領域が黒体放射の89%)
A(またはB):遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末 積分放射率0.94
B(またはA):窒化ケイ素(Si3N4)粉末 積分放射率0.88
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.85
(すなわち、重複共有領域が黒体放射の85%)
、等を挙げることができる。
【0044】
一方、要件(a)を満たす物質の組み合わせであっても、要件(b)を満たさない組み合わせとしては、たとえば
A(またはB):アルミナ焼結基板(厚さ0.6mm) 積分放射率0.72
B(またはA):ポリエステル系合繊織布 積分放射率0.71
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.58
(すなわち、重複共有領域が黒体放射の58%)
を挙げることができる。
【0045】
本発明における「室内面構成部材」とは、環境調整の対象となる密閉空間に露出した面を構成している部材を指す。密閉空間は、その内部と外部との連絡を可能にするドアや窓などのような開閉手段を備えることができる。密閉空間の代表例は、人間が生活・活動する建物の部屋や廊下などであり、このほかに、物品を保管あるいは陳列する空間(例えば倉庫内の部屋や、商品のショーケース又は美術品などの展示ケース)、家畜を含めた動物の飼育用の屋内、人間や貨物の輸送用の移動体(自動車、鉄道車両、船舶、航空機など)が備える内部空間、などを挙げることができる。人間が居住する住宅を例に挙げれば、室内面構成部材の代表例は、壁面、天井面、および床面を構成している部材(建材)である。壁の一部に取り付けられて部屋の内部と外部とを仕切るために設けられる開閉可能な建具(戸、障子、襖、窓など)や、室内に設けられた間仕切りなども、室内面構成部材に含められる。部屋に付属して設置された収納のための扉や襖なども、室内面構成部材に含められる。環境調整の対象となる部屋に付属する収納のための区画が、扉や襖などで部屋から完全に仕切られない構造の場合、収納区画の部屋に露出した面を構成している部材も、室内面構成部材に含められる。
【0046】
「冷却源」は、環境調整の対称となる密閉空間(室内空間)に露出させた冷却面を、内部に形成した流路に媒体を流すことにより冷却する装置である。それは、例えば、図5の(a)の上面図と、図5の(a)において矢印112の方向から見た正面図である図5の(b)に示したような、上下方向に延在する2群のフィン115と116を備えた(放射)熱吸収装置110でよい。この装置110は、本発明のシステムにより環境調整する部屋の床面113と壁面114に固定されている。フィン115、116を備えた熱吸収装置110は、熱伝導の良好な金属又は合金材料、例えばアルミニウム、鉄、銅や、それらの合金などで製作することができ、内部に冷水を流す水路115c(図6参照)を備え、水路115cを取り囲む板状部分115aを有する。フィン115、116の表面には、遠赤外線放射物質Bを含む塗料により形成したコーティング層115bが設けてある。フィン115と116は、それぞれ複数が配置され、壁面114に対して斜め(この例では45°)の角度とされている。この角度は、15°〜75°程度の範囲から選択可能である。この例では、フィン115と116の表面が冷却面を構成している。図5の(b)に示すように、フィン115と116の上部を貫通する給水パイプ117により冷水を供給する。フィン115と116の内部の水路115c(図6)を流れる間に冷却面を冷却し、それ自身は加温された水は、フィン115と116の下部を貫通する排水パイプ118を通して冷水発生装置(図示せず)に戻すことができる。給水パイプ117と排水パイプ118の両側は、支柱119と120により支えられている。冷却面の温度が室内の空気の露点以下になって結露により冷却面に生じた水滴は、樋121に滴下させて集め、排水管122から屋外に排出することができる。
【0047】
熱吸収装置110に冷水に替えて温水を供給してそれを熱放射装置とし、加熱源として利用することもできる。環境調整の対称となる密閉空間(室内空間)に露出したフィン115と116の表面が、加熱面となる。加熱源としては、例えば温水に代えて油、エチレングリコール等の熱媒体を用いたり、電気や熱風(燃焼熱)により加熱面を加熱する装置などを用いることもできる。
【0048】
冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)及び室内面構成部材の表面(露出面)は、それぞれ、互いに異なる遠赤外線放射物質A及び遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成される。
【0049】
室内面構成部材の表面(露出面)を遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成するためには、室内面構成部材を、遠赤外線放射物質Bで製作するか、遠赤外線放射物質Bを混入した材料で製作するか、又は遠赤外線放射物質Bからなる皮膜を表面に形成した材料で製作することができる。
【0050】
一方、冷却源の冷却面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成するためには、冷却源の遠赤外線の放射・吸収に関与する面に遠赤外線放射物質Aを含む材料による皮膜を形成するのが好ましい。この皮膜は、例えば、遠赤外線放射物質Aを含む塗料を当該面の基材に塗布(溶剤型塗料の塗布、あるいは溶剤を用いない粉体塗料の塗布)して形成することができる。基材が金属である場合には、陽極酸化処理等により金属酸化物皮膜を形成することができる。あるいは、その他の適当な皮膜形成技術、例えば熔射、蒸着などのPVD技術、あるいはCVD技術による形成も可能である。加熱源を冷却源と別個に設ける場合の加熱源の加熱面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成するのにも、同様の技術を用いることができる。
【0051】
遠赤外線の放射・吸収は、遠赤外線を授受する2つの物質が直接対面している場合に最も効率的になる。従って、本発明のシステムにおいて、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)の遠赤外線放射物質Aも、室内面構成部材の遠赤外線放射物質Bも、室内空間に対して露出されていることが好ましい。とはいえ、遠赤外線放射物質A、Bは、例えばそれらの脱離防止のため、遠赤外線の放射・吸収を有意に妨げない程度の厚さで形成した、遠赤外線に対して透過性の高い材料による皮膜(保護層)などで覆われていてもよい。そのために、例えば、冷却源(又は加熱源)の遠赤外線放射物質Aを含む冷却面(又は加熱面)、あるいは室内面構成部材の遠赤外線放射物質Bを含む面を、適度な厚さの塗装膜、ニス層、壁紙等で被覆することができる。厚さは、塗布法によっても異なるが、500μm以下、スプレー法による場合には10〜100μm程度が通常であり、好ましくは15〜50μmである。塗布によらないで、遠赤外線放射物質AまたはBを含むシートまたは板を形成する場合には、通常0.5〜5mm程度から選ばれる。
【0052】
本発明のシステムでは、対面した物質間で遠赤外線を授受させている。空間を隔てて対面する物質内の原子間結合(分子)振動の遷移に基づく遠赤外線の放射と吸収によって、速やかな(ほぼ光速での)熱移動が起こる。この熱移動量は、両方の物質の温度差が大きいほど大きく、対面する(露出されている)両方の物質の量が多いほど大きい。本発明のシステムの室内面構成部材の露出面は、例えば遠赤外線放射物質Bからなる石材で構成することにより、100%の遠赤外線放射物質Bを含むよう構成することができる。また、本発明のシステムの冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)も、例えば図5の(a)、(b)の熱吸収装置110のフィン115、116の表面に遠赤外線放射物質Aからなる石材の粉末を熔射して形成することにより、100%の遠赤外線放射物質Aを含むよう構成することができる。
【0053】
本発明の室内環境調整システムを実用化できるか否かは、驚くべきことに、遠赤外線放射物質A、Bの量(合計量)のほかに、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積、さらにはそれと冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)の面積にも大きく依存することが見出された。たとえ、室内面構成部材表面に含有される遠赤外線放射物質Bの濃度が低くても、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積を一定以上にすると、実用的な室内環境調整システムが実現されることが見出された。逆に、たとえ、室内面構成部材表面に含有される遠赤外線放射物質Bの濃度が高くても、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積が一定以上でないと、実用的な室内環境調整システムが実現されないことが見出された。この実用的な室内環境調整システムを実現するために必要な遠赤外線放射物質を含む室内面構成部材表面の面積は、主として床面積に依存する。すなわち、たとえば、天井高さ2.5〜3mの室内の場合、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積は、室内空間を構成する床面積の0.05倍以上であるのが好適である。さらに好適な面積は、室内空間を構成する床面積の0.3倍以上、もっと好適には0.8倍以上である。室内外の環境(猛暑地、一般住宅、オフィス、商店、美容室など)や、天井高さなどの構造により、1.5倍以上、さらには2.0倍以上が好ましい場合もある。実用上は、工場建屋、スポーツ施設、劇場ホール等、天井が高く、空間容積が非常に大きな室内空間でも本システムは適用することができ、このような大空間建屋では容積の増加率に比べて室内面の面積の増加率が小さくなるので、エネルギー授受の対象とする本発明の利点は増大する。室内面構成部材(壁と天井が代表的)は、その全ての表面に遠赤外線放射物質Bを含ませてもよく、あるいは一部だけに含ませてもよい。例えば、遠赤外線放射物質Bは、天井面の全部又は一部だけ、あるいは壁面の全部又は一部だけに含ませてもよく、あるいはそれらを組み合わせてもよい。
【0054】
なお、室内空間の床面積というとき、閉鎖空間の床面積は簡単であるが、一部に開口部がある場合には、冷却の観点から無視できる程度の小さい開口部は無視して室内空間を考えて、計算してよい。
【0055】
一方、冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む冷却面(又は加熱源の加熱面)の面積は、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積ほど重要ではないが、一般的に、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積より小さい面積であることが効率的であり、望ましい。一般的な室内であれば、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積の0.5倍以下、さらには0.4倍以下でも、十分であるが、発熱源が多い室内などでは0.5倍以上、たとえば、0.8倍以下が好ましい場合もある。下限は、遠赤外線放射物質Aの種類や濃度にも依存するが、一般的には、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積の0.15倍以上であり、0.2倍以上が好ましく、0.3倍以上がより好ましい。冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む冷却面(又は加熱源の加熱面)の面積を、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積より小さくできること、逆に、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積を、冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む冷却面(又は加熱源の加熱面)の面積より大きくとれることは、本発明の効果の実現に重要な寄与をする。冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)の遠赤外線放射物質Aのみならず、これと共鳴する室内面構成部材表面の遠赤外線放射物質Bが、室内環境の調整において、間接的に冷却源(加熱源)として作用することが、本発明の室内環境調整システムが、従来の冷却源(加熱源)だけの場合と比べて、顕著な室内環境調整の性能及び効率を実現する理由であると考えられる。また、このように、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)の遠赤外線放射物質Aと、室内面構成部材表面の遠赤外線放射物質Bとが、共鳴することによって、室内空間調整の性能及び効率が顕著に向上することで、たとえ、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)の遠赤外線放射物質Aと、室内面構成部材表面の遠赤外線放射物質Bが同一でなくても、要件(b)を満たすような場合には、同一の遠赤外線放射物質の場合と同様な効果を奏することを可能にする理由であると考えられる。
【0056】
遠赤外線放射物質A、Bの濃度は、対面した物質A、B間でシステムにとって有効な遠赤外線の授受がなされるエネルギー量を規定するので、重要である。遠赤外線放射物質A、Bの種類にも依存するが、例えば、室内面構成部材の露出表面に遠赤外線放射物質Bを混入する場合、遠赤外線放射物質Bを、たとえば塗料固形分の0.5wt%含有するだけでも十分な効果を得ることができる。室内面構成部材の露出表面に含まれる遠赤外線放射物質Bの量は、通常、露出表面基材固形分の0.1〜100wt%、好ましくは0.5〜20wt%である。この遠赤外線放射物質Bの濃度が低すぎると、冷却面(又は加熱面)との熱移動量が減少して、冷却(又は暖房)効率が低下することがあり、一方、濃度が高いと性能的には優れることが可能であるが、次第に経済性に劣るようになる。また、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)に遠赤外線放射物質Aを含有させる場合、遠赤外線放射物質Aを、たとえば塗料固形分の1wt%混入しただけでも十分な効果を得ることができる。冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)を形成する遠赤外線放射物質Aの量は、通常、露出表面基材固形分の0.1〜100wt%、好ましくは0.5〜20wt%である。この遠赤外線放射物質Aの濃度が低すぎると、室内面構成部材との熱移動量が減少して、冷却(又は暖房)効率が低下することがあり、一方、濃度が高いと性能的には優れることが可能であるが、冷却面の製造が困難になったり、経済性に劣るようになるおそれがある。しかし、遠赤外線放射物質A,Bの好ましい濃度は、遠赤外線放射物質A,Bの種類や形態、基材の種類や遠赤外線放射物質A,Bの混入の仕方、厚さなどの要因にも依存するので、上記の範囲に限定されるものではではない。なお、基材である金属材料の表面に形成された陽極酸化皮膜、溶射皮膜等は、遠赤外線放射物質の濃度が100%とみることができる。
冷却面(又は加熱面)、すなわち熱吸収面(又は熱放射面)への遠赤外線放射物質Aの添加率または表面における総質量(厳密には分子数)は、理論上最も重要な因子である。なぜなら、当該面で吸収できる室内面からの放射エネルギーの総量が、ア)冷却面(又は加熱面)の総面積、イ)当該面と室内面の両者間の有効放射率(分光放射曲線の重複部分の対黒体比)、ウ)両者の表面温度差、によって規定されるからである。室内面構成部材の表面に配置される遠赤外線放射物質Bの総質量は、通常冷却面(又は加熱面)に配置される遠赤外線放射物質Aよりも大きい。その存在量比が非常に大きい(たとえば10倍以上)場合には、室内面構成部材に配置される遠赤外線放射物質Bの添加率を遠赤外線放射物質Aよりも小さくするか、室内面構成部材全体の面積に対する遠赤外線放射物質Bを配置する室内面構成部材の比率を下げることができる。このように、冷却面(又は加熱面)と室内面構成部材の表面に配置される赤外線放射物質A,Bの添加率は、むしろA>Bであるのが好適である。
【0057】
本発明のシステムでは、冷却面(又は加熱面)に遠赤外線放射物質Aを含む冷却源(又は加熱源)と露出面に遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材は、同一の部屋に存在するのが好ましい。これは、本発明のシステムでは対面する冷却面(又は加熱面)と室内面構成部材との間における遠赤外線の放射・吸収による授受を利用しており、それらが同一の部屋に存在する場合に最も大きな効果が得られるからである。とはいえ、特許文献1、2に記載されたように、冷却源(又は加熱源)を設置した部屋とは別の部屋であっても、その別の部屋の遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材の露出面と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)との間で遠赤外線の授受が可能であれば(例えば、別の部屋の遠赤外線放射物質Bを含む壁と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)との間で、遠赤外線の直接の授受がなされる場合、別の部屋の遠赤外線放射物質Bを含む壁と冷却源(又は加熱源)との間で遠赤外線の直接の授受ができなくとも、双方からともに見通しできる部位の壁面に含まれる遠赤外線放射物質Bの作用により、双方の間で遠赤外線の間接的な授受がなされる場合など)、本発明のシステムによる環境調整効果はそのような別の部屋にも及ぶ。以上のように、露出面に遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材は、調整の対象となるすべての部屋に存在することになる。
冷却面(又は加熱面)と対面していない室内面構成部材の表面も遠赤外線の放射と吸収による熱エネルギーの移動に預かり、結果として初期の両者間における温度差が縮小するのは以下の物理光学的機構によると考えられる。
1)冷却面(又は加熱面)と直接対面する室内面構成部材の表面との間で温度差があ るとき、その温度差ΔT、両者の有効積分放射率、両者の表面積、両者の表面付 近に存在する遠赤外線放射物質AおよびBの存在量、に応じて熱エネルギーの移 動が起こり、高温側(放射側)の温度が下降し、低温側(吸収側)の温度が上昇 する。[一次吸収・放射]
2)冷却面(又は加熱面)側では、内側を流れる冷(又は温)熱媒体によって速やか に熱移動が起こり、元の設定温度に復帰するので、室内面構成部材の表面との温 度差が維持される。
3)一次吸収・放射によって室内面構成部材間に温度差が生じた場合、ただちに遠赤 外線の放射と吸収によるエネルギー移動が起こり、温度差がキャンセルされる。 [二次吸収・放射]
4)3)の[二次吸収・放射]は、冷却面(又は加熱面)と直接対面していない室内面 構成部材の表面との間でも起こり、結果として同一室内で冷却面(又は加熱面) と直接対面していない室内面構成部材の表面温度も上昇もしくは下降する。
5)[二次吸収・放射]現象の結果、同一室内の室内面構成部材の表面温度は同じにな り、速やかに予め設定された温度になることで室内の快適性が実現する。[一次 吸収・放射] と[二次吸収・放射]の現象における熱エネルギーの移動速度はほぼ 光速に等しく、たとえ多段にわたっても時間的には瞬時の現象である。しかし、 実際には室内面構成部材の表面温度が10℃程度変化するのに10分間程度を要 しており、冷却面(又は加熱面)との温度差が縮小するのに要する時間は、両者 の表面に配置される遠赤外線放射物質AおよびBの遠赤外線吸収・放射性能や室 内面構成部材の基材の断熱性能、遠赤外線放射物質Bを含む表面層の密度、厚さ に大きく依存する。
6)遠赤外線をある程度透過する遮蔽物(例えば障子、襖、間仕切り、カーテン、ガ ラス戸等)で仕切られた室内面構成部材の表面温度も、透過量の大小によりある 程度の遅れ、温度差を伴うが、最終的にはほぼ同一の状態に到達する。
7)遠赤外線を透過しない遮蔽物(例えばドア、引き違い戸、金属製間仕切り等)で 仕切られた別室の室内面構成部材の表面に配置された遠赤外線放射物質Bと冷却 面(又は加熱面)の表面に配置された遠赤外線放射物質Aとの間では遠赤外線に よる熱エネルギー授受が直接行われることはないが、これらの遮蔽物が一旦開放 されると、一次もしくは二次吸収・放射機構によって、瞬時に熱エネルギー授受 が起こり、両表面間の温度差がキャンセルされる。[三次吸収・放射] 室内面構 成部材の表面同士の温度差が縮小するのに要する時間は、室内面構成部材の表面 の遠赤外線吸収・放射性能や厚さおよび基材と表面材の熱特性、別室の室外環境 からの入出熱量によって左右される。
8)冷却面(又は加熱面)が配置された部屋と壁によって仕切られた別室における室 内面構成部材の表面と冷却面(又は加熱面)との間では、直接的に遠赤外線によ る熱エネルギーの授受が行われることはないが、例えば紙、木材、合成樹脂、無 機建材、ガラス等は遠赤外線を吸収もしくは放射して温度が上下する材料であり 、これらの壁材を通してある程度の放射エネルギー授受が行われる。したがって 、これらの遠赤外線に対する吸収・放射特性や密度、厚さ等によって、温度差の キャンセルに要する時間は異なるが、本発明の機構や効果と無関係ではない。
以上のように、室内空間の空気温度や湿度をコントロールする従来の室内環境制御システムに対して、本発明においては、物質間における赤外線の吸収・放射による光速レベルでの熱エネルギーの移動に着目し、室内に設置される冷却面(又は加熱面)と室内面構成部材の表面に配置する遠赤外線放射物質の放射特性とその存在量ならびに熱エネルギーの授受に預かる有効面積を検討することにより、必然的に空気の対流を伴う空気調和方式よりも、快適性に優れ、かつきわめてエネルギー効率の高い室内環境制御システムを実現するに至ったものである。
【実施例】
【0058】
以下の実施例1〜7および比較例1〜3における実験条件は、次のとおりであった。
幅2.5m、奥行1.5m、高さ2.2mの部屋の床面を除く5面に厚さ30mmのウレタンフォーム断熱板(内側面アルミ箔貼り)を張り、その上に実施例および比較例に供試する、遠赤外線放射物質Bを含む材料からなる供試体1(1m×1m)を5〜10枚セットした。一方、床面には表面に遠赤外線放射物質Aを含む材料からなる供試体2を、放射または吸収面2m2を有する放吸熱器(加熱/冷却板)上にセットした。放熱/吸熱器上の遠赤外線放射物質Aを含む供試体2の表面温度が所定の温度に到達した後、予め供試体1と供試体2の間の放射エネルギー移動を遮断していた断熱遮蔽材(アルミニウム蒸着発泡ポリエチレンシート)を取り除き、ついで室内各部に配置した供試体1と供試体2の表面温度、室内空気温度、室内体感温度および実験者の体感の経時変化を測定した。各部温度の測定方法は、下記のとおりである。
1)表面温度:線径0.3mmのK熱電対の先端部をアルミニウム粘着テープ(10mm×10mm×0.1mm)を用いて供試体の表面に貼り付けた。
2)室内空気温度:線径0.3mmのK熱電対の先端部を絶縁性粘着テープ(4mm×8mm×0.1mm)2枚の間に挟みこみ、さらにアルミニウム粘着テープ(10mm×10mm×0.1mm)2枚の間に挟みこんだものを支柱により室内空間の所定位置にセットした。
3)室内体感温度:線径0.3mmのK熱電対の先端部を絶縁性の黒体粘着テープ(10mm×10mm×0.1mm)2枚の間に挟みこんだものを支柱により室内空間の所定位置にセットした。
4)体感:実験者または実験立会い者が、室内で感じた「快適感」を、A(快適)、B(やや快適)、C(普通)、D(やや不十分)、E(不十分)の5ランクで評価した。
【0059】
実施例1
A:陽極酸化処理したAl-Si-Fe系アルミニウム合金板(厚さ2mm、酸化皮膜20μm) 積分放射率0.87
B:遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末を10wt%練り込み、紡糸加工したポリエステル合繊織布 積分放射率0.93
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.87(すなわち、重複共有領域が黒体放射の87%)
これらの分光放射スペクトルを図7に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 17℃ (+2℃)
3分後 20℃ (+5℃)
5分後 22℃ (+7℃)
10分後 24℃ (+9℃)
体感温度17℃→27℃(+10℃)で十分な温感が得られた。
体感 評価A
【0060】
実施例2
A:アルマイト処理したAl-Si-Fe系アルミニウム合金板(厚さ2mm、酸化皮膜20μm) 積分放射率0.87
B:ポリエステル系合繊織布 積分放射率0.71
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.71(すなわち、重複共有領域が黒体放射の71%)
これらの分光放射スペクトルを図8に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 16℃ (+1℃)
3分後 18℃ (+3℃)
5分後 20℃ (+5℃)
10分後 22℃ (+7℃)
体感温度17℃→25℃(+8℃)で満足すべき温感が得られた。
体感 評価A
【0061】
実施例3
A:アルマイト処理したAl-Si-Fe系アルミニウム合金板(厚さ2mm、酸化皮膜20μm) 積分放射率0.87
B:アルミナ焼結基板(厚さ0.6mm)積分放射率0.72
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.69
これらの分光放射スペクトルを図9に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 16℃ (+1℃)
3分後 18℃ (+3℃)
5分後 20℃ (+5℃)
10分後 22℃ (+7℃)
体感温度17℃→25℃(+8℃)で満足すべき温感が得られた。
体感 評価A
【0062】
実施例4
A:アルマイト処理した普通(2S)アルミニウム板(厚さ2mm、酸化皮膜20μm ) 積分放射率0.77
B:遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末を10%添加したポリエチレンシート(厚さ1mm)積分放射率0.83
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.76(すなわち、重複共有領域が黒体放射の76%)
これらの分光放射スペクトルを図10に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 16℃ (+1℃)
3分後 19℃ (+4℃)
5分後 21℃ (+6℃)
10分後 23℃ (+8℃)
体感温度17℃→26℃(+9℃)で十分な温感が得られた。
体感 評価A
【0063】
実施例5
A:遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)塗装したステンレス板(SUS304)(厚さ2mm) 積分放射率0.80
B:遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末を10%添加したポリエチレンシート(厚さ1mm)積分放射率0.83
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.79(すなわち、重複共有領域が黒体放射の79%)
これらの分光放射スペクトルを図11に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 16℃ (+1℃)
3分後 19℃ (+4℃)
5分後 20℃ (+5℃)
10分後 23℃ (+8℃)
体感温度17℃→26℃(+9℃)で十分な温感が得られた。
体感 評価A
【0064】
実施例6
A:陽極酸化処理したAl-Si-Fe系アルミニウム合金板(厚さ2mm)積分放射率0.87
B:遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末を10%練り込み紡糸加工した合繊織布 積分放射率0.93
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.87(すなわち、重複共有領域が黒体放射の87%)
これらの積分放射率を図7に示す。A側を12℃、B側を32℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後のB側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 31℃ (−1℃)
3分後 30℃ (−2℃)
5分後 29℃ (−3℃)
10分後 28℃ (−4℃)
体感温度 33℃→28℃(−5℃)で十分な冷感と快適さが得られた。
体感 評価A
【0065】
実施例7
A:窒化ケイ素(Si3N4)・炭化ケイ素(SiC)複合セラミックス板(厚さ3mm )積分放射率0.82
B:低密度ポリエチレンシート(厚さ1mm) 積分放射率0.76
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.73(すなわち、重複共有領域が黒体放射の73%)
これらの分光放射スペクトルを図12に示す。A側を12℃、B側を32℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後のB側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 31.5℃ (−0.5℃)
3分後 31℃ (−1℃)
5分後 30℃ (−2℃)
10分後 29℃ (−3℃)
体感温度 33℃→29℃(−4℃)で満足すべき快適さが得られた。
体感 評価A
【0066】
比較例1
A:アルマイト処理したAl-Si-Fe系アルミニウム合金板(厚さ2mm)積分放射率0.87
B:低密度ポリエチレンシート(厚さ1mm)積分放射率0.36
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.36(すなわち、重複共有領域が黒体放射の36%)
これらの分光放射スペクトルを図14に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 15℃ (+0℃)
3分後 16℃ (+1℃)
5分後 18℃ (+3℃)
10分後 19℃ (+4℃)
体感温度17℃→21℃(+4℃)で温感がほとんど得られなかった。
体感 評価C〜D
【0067】
比較例2
A:黒色塗装したステンレス板(SUS304)(厚さ2mm)積分放射率0.39
B:低密度ポリエチレンシート(厚さ1mm)積分放射率0.36
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.32(すなわち、重複共有領域が黒体放射の32%)
これらの分光放射スペクトルを図15に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 15.2℃ (+0.2℃)
3分後 15.5℃ (+0.5℃)
5分後 16.2℃ (+1.2℃)
10分後 17.0℃ (+2.0℃)
体感温度17℃→20℃(+3℃)で温感がほとんど得られなかった。
体感 評価D
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は、人間が活動や生活を行う各種の部屋や施設、物品を保管する部屋(例えば倉庫の部屋)や陳列する空間(例えばショーケース)などを提供する建築・建設分野において、部屋や空間の環境調整を行うのに広く利用することができる。
【符号の説明】
【0069】
110 熱吸収装置
113 床面
114 壁面
115、116 フィン
115c 水路
【技術分野】
【0001】
本発明は、室内に存在する遠赤外線放射物質間での遠赤外線の放射・吸収現象を利用して、室内を快適な環境に調整する室内環境調整システムに関する。
【背景技術】
【0002】
室内環境を調整するためのこれまでの技術は、主として、室内に配置した加熱源や冷却源により加熱又は冷却した室内の空気の対流による熱エネルギーの移動、あるいは、外部から温風又は冷風を室内に供給して室内の空気を対流させることによる熱エネルギーの移動を利用したものであった。最近、本出願人は、同一の遠赤外線放射物質間でなされる遠赤外線の放射・吸収現象を利用することによって、壁、天井などの室内面構成部材と冷却源(又は加熱源)との間で極めて効率的な熱エネルギーの移動を実現することにより、室内の空気の対流を利用していたこれまでの技術に比べて格段にエネルギー効率的な室内環境調整システムを開発した(特許文献1、2参照)。
【0003】
上記の新しい室内環境調整システムでは、遠赤外線を放射・吸収する性質を示す同一物質間での放射・吸収を介したエネルギー移動が高い効率で行われる原理を利用している。ここでの「同一物質」とは、分子レベルで同一である物質をいい、「分子」とは、化学結合により結合された原子の集団を意味し、例えば天然石材を構成する鉱物の結晶なども含まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4422783号公報
【特許文献2】特開2010−095993号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
先行技術の室内環境調整システムは、遠赤外線を放射・吸収する性質を示す同一物質間での放射・吸収を介したエネルギー移動を行うことにより、室内環境の調整(快適さの実現)をしている。これは、波長に対する放射率の特性が同じである同一物質を使用することで、極めて高い効率(理想的条件下では100%)のエネルギー移動が可能であるからである。
【0006】
上記の室内環境調整システムは、様々な建築物への適用が可能である。しかし、冷却源(又は加熱源)と室内面構成部材で同一の遠赤外線放射物質を使用するのが必ずしも容易でない場合がある。例えば、既存の建築物に適用する場合、壁や天井などは改造せず、冷却源(又は加熱源)だけを新設するのが簡単であるが、既存の壁や天井に含まれる遠赤外線放射物質と同じものを入手するのが困難なことがある。
【0007】
本発明は、室内面構成部材と冷却源(又は加熱源)とで同一の遠赤外線放射物質を使用できなくとも室内環境の調整を有効に行える、新たな視点で開発された室内環境調整システムの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の室内環境調整システムでは、壁や天井などの室内面構成部材と、室内面構成部材との間で遠赤外線の放射・吸収による熱エネルギーの授受を行う冷却源(又は加熱源)とで、異なる遠赤外線放射物質を使用する。本発明のシステムは、本願発明者により特許文献1、2に開示された室内環境調整システムと同様に、室内面構成部材と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)との間の遠赤外線の放射・吸収による熱エネルギーの授受を利用している。しかし、本発明のシステムでは、室内面構成部材と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)とで同一の遠赤外線放射物質を使用するのでなく、異なる遠赤外線放射物質を使用する。
【0009】
本願の発明者が、特許文献1、2記載の先行技術のシステムにおいて室内面構成部材と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)とで同一の遠赤外線放射物質を使用することを要件としたのは、試みてはみたものの、同一物質を使用しない場合(異種物質の組み合わせの場合)には、環境調整効果が小さいか、または限定的であると考えられたからである。
【0010】
しかし、室内面構成部材と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)とで同一の遠赤外線放射物質を使用しなくとも効果的なシステムを実現することの有用性に鑑み、検討を重ねた結果、次の要件を満たすことにより、異種の遠赤外線放射物質を用いても十分実用に供し得るシステムが得られることを見出し、本発明の完成に至った。すなわち、
(1)異種の遠赤外線放射物質をそれぞれ含む材料からなる、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)と室内面構成部材の表面において、双方の材料の放射率が可及的に高く、4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率が0.70以上であること;ならびに
(2)上記双方の材料は、システムの作動温度域(常温域)で共有する波長領域ができるだけ多いこと。具体的には、異種の遠赤外線放射物質をそれぞれ含む材料からなる、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)と室内面構成部材の、システムの作動温度域での常温域分光放射スペクトル(波長4.5〜20μm)上での重複共有領域が黒体放射の60%以上であること;
が必要である。ここで、冷却源の冷却面(すなわち、熱吸収面)は遠赤外線吸収側で、室内面構成部材は遠赤外線放射側となり、一方、加熱源の加熱面(すなわち、熱放射面)は遠赤外線放射側で、室内面構成部材は遠赤外線吸収側となる。
【0011】
本発明は、上記の課題を解決するために以下の発明を提供する。
(1)室内空間に冷却源の冷却面を露出させ、その冷却面を遠赤外線放射物質Aを含む
材料で構成し、前記室内空間の室内面構成部材の露出面を、前記遠赤外線放射物質Aと分子種が異なる遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成し、前記冷却源は、内部に形成した流路に媒体を流すことにより前記冷却面を冷却する装置であり、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率はともに0.70以上であり、且つ、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、当該システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である室内環境調整システム。
(2)遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、波長7〜12μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である上記(1)に記載の室内環境調整システム。
(3)遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、重複領域が黒体放射の70%以上である上記(1)または(2)に記載の室内環境調整システム。
(4)重複領域が黒体放射の80%以上である上記(1)〜(3)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(5)遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の積分放射率が0.80以上である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(6)前記室内面構成部材の前記露出面を形成している材料中に0.1〜100wt%の前記遠赤外線物質Bが存在している上記(1)〜(5)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(7)前記冷却源の前記冷却面を形成している材料中に0.1〜100wt%の前記遠赤外線物質Aが存在している上記(1)〜(6)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(8)遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積が、環境調整する空間の延べ床面積の0.05倍以上の面積である、上記(1)〜(7)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(9)遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積が、環境調整する空間の延べ床面積の0.3倍以上の面積である、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(10)前記冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む前記冷却面の面積が、遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積の0.5倍以下である、上記(1)〜(9)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(11)前記冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む前記冷却面の面積が、遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積の0.2〜0.5倍である、上記(1)〜(10)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
(12)前記冷却源が、内部に形成した流路に媒体を流して前記冷却面を加熱することにより前記冷却面を加熱面として利用する加熱源を兼ねる、上記(1)〜(11)のいずれかに記載の室内環境調整システム。
【0012】
本発明の室内環境調整システムは、冷房効果を示すためには、室内空間に冷却源の冷却面を露出させ、その冷却面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成し、前記室内空間の室内面構成部材の露出面を、前記遠赤外線放射物質Aと分子種が異なる遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成し、前記冷却源は、内部に形成した流路に媒体を流すことにより前記冷却面を冷却する装置であり、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率はともに0.70以上であり、かつ、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、当該システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である室内環境調整システムである。
【0013】
本発明の室内環境調整システムは、前記冷却源を加熱源に代えて、暖房効果を示すものとして実現することも可能である。この場合のシステムは、室内空間に加熱源の加熱面を露出させ、その加熱面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成し、前記室内空間の室内面構成部材の露出面を、前記遠赤外線放射物質Aと分子種が異なる遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成し、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率はともに0.70以上であり、かつ、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、当該システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である室内環境調整システムである。加熱源は、内部に形成した流路に媒体を流すことにより加熱面を加熱する装置であることができ、この場合は上記の冷房効果を示すシステムが、暖房効果を示すシステムを兼ねることができる。加熱源は、例えば電気により加熱面を加熱する装置などでもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、同一物質間での効率的に優れた遠赤外線の放射・吸収によるエネルギー移動を利用した室内環境調整システムを、異種物質間でのエネルギー移動を利用するものにまで広げることができる。遠赤外線の放射・吸収によるエネルギー移動を利用しない従来技術においては、室内空気の対流が不可欠であり、室内環境を構成する全空気の温度と湿度の調整に要する熱エネルギーのほかに、空気を対流させるためにもエネルギー(主として機械的エネルギー)が必要であったのに比べて、本発明のシステムでは、人が快適と体感する室内環境への調整に熱エネルギーとして必要な分だけが関与すればよいので、従来技術よりも著しくエネルギー効率の高い室内環境の調整が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】物質Aと物質Bの分光積分放射率曲線の模式図。
【図2】物質Aと物質Bと物質Cの分光放射輝度曲線の模式図。
【図3】放射特性の測定の際の固定試料のセット方法を示す図。
【図4】放射特性の測定の際の薄物試料のセット方法を示す図。
【図5】熱吸収装置の一例を示す図。
【図6】熱吸収装置における水路を示す図。
【図7】実施例1および6で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図8】実施例2で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図9】実施例3で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図10】実施例4で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図11】実施例5で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図12】実施例7で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図13】比較例1で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図14】比較例2で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【図15】比較例3で用いた、物質Aを含む材料および物質Bを含む材料の分光放射スペクトルを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の室内環境調整システムでは、遠赤外線を放射・吸収する性質を示す異種物質間での遠赤外線の授受によるエネルギー移動を利用する。先の出願では、同一物質どうしでの遠赤外線の授受(共鳴)によって室内環境を調整することができることを開示した。
【0017】
しかし、遠赤外線の授受に異種物質を用いたシステムが利用可能になることは、システムを既存の建築物に適用する場合(壁や天井などは改造せず、壁や天井に含まれる遠赤外線放射物質と異なる遠赤外線放射物質を用いて冷却源(又は加熱源)だけを新設する場合)を初めとして、システムの構成に柔軟性を付与することにつながる。そこで、遠赤外線の授受に異種物質を用いた実用的なシステムを目的に、検討を重ねた結果、
(a)異種の遠赤外線放射物質をそれぞれ含む材料からなる、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)と室内面構成部材の表面において、双方の材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率が0.70以上であり、かつ
(b)異種の遠赤外線放射物質をそれぞれ含む材料からなる、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)と室内面構成部材の、システムの作動温度域での分光放射スペクトル(波長4.5〜20μm)上での重複共有領域が黒体放射の60%以上である、
という要件を満たすことにより、そのようなシステムが実現できることを見出した。
【0018】
上記の要件について説明する前に、まず、同一物質間での放射・吸収によるエネルギー授受の現象を説明する。
室内空間(居住空間)を形成する部材は、単一もしくは複数の物質(原子・分子の集合体)で構成されており、物質内では常に温度に応じた固有の原子もしくは分子振動が存在している。この振動は同種もしくは異種原子間の結合状態によって固有の振動周期を持ち、同一の振動周期を持つ原子結合間では共鳴現象による量子エネルギーの授受が常に行われている。
【0019】
原子間振動エネルギーは結合している原子の種類によって固有の値(量子エネルギー)をとり、振動のレベルは固有振動数の整数倍の多段構造をとる。この多段振動エネルギー構造においてレベルの上段から下段に向けてエネルギーが遷移するときに、下落する段数に応じた固有振動数の整数倍の振動数(もしくは波長)をもった光が放射される。この光は同一物質内で同一の固有振動数をもつ原子結合に吸収されるか、もしくは物質の外に放射され、空間を隔てて対面する他の部材中に存在する同一固有振動数の原子結合部に吸収される。吸収が起こった原子結合部のエネルギーは吸収エネルギーに応じて固有振動数の整数倍の上位レベルに飛び上がる(励起)が、これは吸収した結合部の温度が上昇することを意味する。
【0020】
以上のように物質中の原子結合の固有振動エネルギーの一部(遷移エネルギー分)が空間を隔てて対面する物質の表面付近に存在する原子結合間の振動に瞬時に移動できるのは、同一の固有振動間の共鳴現象によるもので、固有振動値の異なる原子結合間では起こり得ないことである。そしてこれが、対向する同一物質間での放射・吸収によるエネルギーの授受が極めて高い効率(理想的条件下で100%)で行われる理由である。
【0021】
以上述べたように、同一物質間での遠赤外線の放射・吸収によるエネルギー移動は、放射側物質と吸収側物質を構成する原子間結合の固有振動の共鳴によって瞬時に行われる物理現象である。これが、本発明者が先に、同一物質を使用しない場合(異種物質の組み合わせの場合)には環境調整効果を得ることができないか、限定的であると考えられた理由でもあった。また、実際に、本発明者が、先行技術の室内環境調整システムの開発に当たり作製した冷却源(兼加熱源)を、その冷却源(加熱源)で使用する遠赤外線放射物質を含まないいくつかの既存の部屋内に設置しても、冷房効果(あるいは暖房効果)は小さいか、または限定的であった。
【0022】
しかしながら、室内面構成部材と冷却源(又は加熱源)とで異なる遠赤外線放射物質を使用しても、双方で同一の物質を使用した場合には及ばないにせよ一定以上の室内環境調整効果が得られるならば、本発明者が先に開示した、原理的にエネルギー効率的な室内環境調整システムの応用を広げることができると考え、異種の遠赤外線放射物質間での効率的なエネルギー授受の研究を重ねた。
【0023】
異種物質間での放射・吸収によるエネルギー授受の場合、双方の物質における原子間結合の固有振動数は一致しないか、一部が一致するだけである。この場合、既に説明したように異種物質間でのエネルギー授受の効率は同一物質間でのそれに及ばず、本発明者の当初の実験では感知されるほどの冷房(あるいは暖房)効果が得られなかったことは、既に述べたとおりである。しかし、異種物質間においても、双方が遠赤外線の放射・吸収能を有する限り、それらの間である程度のエネルギー授受が行われることは間違いない。
【0024】
ある物質中に存在する分子の原子間結合に基づく固有振動のエネルギー準位が上位から下位へ遷移するとき、その遷移エネルギーに相当する振動数を持った電磁波(光)が放射される。この放射が物質の表面で起こった場合にはその電磁波の振動数もしくは波長は遷移エネルギーに等しいが、放射が物質内部で起こった場合には当該原子結合の近傍にある同一の原子間結合に全吸収されるか、振動数の異なる他の原子や原子結合によって方向を変えられながら物質内を進み、やがては物質の表面に到達する。表面に到達した電磁波の一部は物質外へ放射され、残りは物質と外気(空気)との境界面で反射され再び物質内部へと進む。このとき外部へ放射される電磁波のエネルギー、すなわち振動数もしくは波長は物質内を進行しながら少しずつ減速や加速を繰り返す結果、当初の固有振動値から前後に分散したものとなる。したがって、物質外部へ放射される光の分光放射スペクトルは固有振動値である単色ピークの集合したものではなく、一般的には複数のなだらかなピークをもった平準化された形状となる。また、物質内に入射する電磁波の振動数もしくは波長についてもその物質内に存在する固有振動の前後に異なる振動数の電磁波であっても物質の表面で全反射されるものを除いて残りは物質内に入射し、物質内部の原子や原子結合との相互作用によって少しずつ減速や加速を続け、その一部は物質内の固有振動との一致により共鳴吸収される。異なる温度の同一物質間や、異なる分子構造をもつ異物質間でさえも互いに外部へ放射された電磁波が、ある程度は相手側に吸収されるのは、このようなメカニズムが存在するためであると考えられる。
【0025】
遠赤外線の放射・吸収により物質間で授受されるエネルギー量は、異種物質間での授受の場合にあっても、双方の物質の積分放射率(=吸収率)が高いほど多くできる。従って、本発明のシステムにおいて、冷却源(又は加熱源)の冷却面(加熱面)と室内面構成部材における、双方の遠赤外線放射物質を含む材料の積分放射率は0.70以上である必要がある。より好ましくは、遠赤外線放射物質Aを含む材料および遠赤外線放射物質Bを含む材料の積分放射率は、0.80以上であり、0.90以上であるのが更に好ましい。これが、先に示した(a)の要件である。
【0026】
「遠赤外線」とは、一般に波長が約3μm〜1000μmの電磁波のことをいい、そして物質の放射率は、同一条件における理想的な黒体の遠赤外線の放射エネルギーをW0とし、当該物質の遠赤外線の放射エネルギーをWとした場合に、W/W0によって定義される。本発明のシステムで使用する遠赤外線放射物質Aを含む材料および遠赤外線放射物質Bを含む材料の分光放射スペクトルは、システムが適用される室内環境の温度範囲ではあまり大きく変化しない。そのため、本発明において単に「積分放射率」という場合は、好適には本発明のシステムにより実際に調整する室内温度の目標値(人体が快適と感じる温度)付近において、4.5〜20μmの範囲で測定した積分放射率を採用することができる。測定波長範囲を4.5〜20μmとする理由は後述する。
【0027】
また、本発明における4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率は、次のようにして求めることができる。
常温域における遠赤外線の放射エネルギーの測定は一般的にFT−IR(フーリエ変換赤外分光分析)法による分光放射率測定によって行われる。測定試料を疑似黒体壁に囲まれた試料室内にセットし、試料から放射される遠赤外線を微小な孔を通して分光器に導き、同時に試料とほぼ同一温度に保持された標準黒体炉から引き出された遠赤外線とともに検出器に導き、所定の振動数区間もしくは波長区間ごとのエネルギー強度(輝度)を測定する。この所定波長区間ごとの放射エネルギー強度(輝度)を所定の波長区間にわたって黒体放射と同時に表示したものを「分光放射輝度曲線」という。また、所定の波長区間ごとに試料からの放射輝度と黒体からの輝度との比率(0〜1.0)を波長ごとに全波長区間にわたって表示したものを「分光放射率曲線」もしくは「分光放射スペクトル」という。
ここで「分光放射率」とは、ある特定の波長における試料物質に放射エネルギー強度(輝度)と同一温度、同一波長における黒体からの放射エネルギー強度(理論計算が可能)との比であり、「全放射率」とは、特定の温度における試料物質からの全放射エネルギーと同一温度における黒体からの全放射エネルギー(理論計算が可能)との比である。また、特定温度、特定の波長区間における試料物質からの放射エネルギー強度(輝度)と同一温度、同一波長区間における黒体放射のエネルギー強度(輝度)との比を「積分放射率」という。
【0028】
様々な物体からどのような波長の電磁波(光)がどのような強さで放射されているのかを明らかにするための研究が1900年代の前半から始まり、当初は高温の物体から放射される紫外線、可視光、赤外線などの全エネルギーしか測定できなかったが、その後の分光技術の進歩によって次第に測定可能な波長の範囲やエネルギー強度の範囲が拡大し、20世紀後半には遠赤外線の分光放射スペクトルも測定可能となった。しかし、試料表面から分光器に入射する電磁波には試料自体からの放射のほかに試料の周囲の物体による環境放射が試料表面で反射した成分も含まれることから、試料の温度が周囲環境の温度よりもかなり高くないと試料自体からの放射を弁別することが困難であった。特に、常温付近における物体からの遠赤外線放射を測定することは不可能とされてきたが、1990年代に本件発明者を含む我が国の研究者グループによって特別な機能を付与した常温型FT−IR分光放射率計が開発され、30〜50℃の常温域にある試料自体から放射される遠赤外線の分光放射スペクトルが取得可能となった。この常温域分光放射率計はその後急速に普及し、現在の国内で数十台が稼働中である。
【0029】
遠赤外線放射物質A、Bとしては、鉱物、セラミックスなどの無機材料や、有機高分子材料等の有機材料のうちから、上記の要件を満たすものを選択することができる。一般に金属材料は、金属内部の原子間結合の結合距離が短く、原子間結合の固有振動数が大きいため、電子などの大きなエネルギーを有する素粒子や電磁波(光)が接近しなければ振動レベル間の遷移は起こらず、振動数の小さな遠赤外線は吸収されることなく金属の表面で反射される。従って、金属材料は、遠赤外線放射物質A、Bとして用いるのに適さない。
【0030】
本発明では、室内面構成部材表面に含まれる遠赤外線放射物質Aと、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)に含まれる遠赤外線放射物質Bとは、異なる分子種で構成されている。ここで「異なる分子種」とは、遠赤外線放射物質Aと遠赤外線放射物質Bが、分子レベルで異なることをいう。ここでの「分子」とは、化学結合(原子結合)により結合された原子の集団を意味する。したがって、ここでいう「分子」には、例えば天然石材を構成する鉱物の結晶なども含まれる。類似元素が置換あるいは固溶した同一鉱物は同一分子種の物質とみなされる。
【0031】
また、遠赤外線放射物質A、Bとしては、それぞれ単一の物質(例えば鉱物、セラミックスなど)はもちろん、複数の物質を用いてもよい。例えば、遠赤外線放射物質Aとして、異なる鉱物A1とA2の混合物を用いてもよい。同様に、遠赤外線放射物質Bとして、異なるセラミックスB1とB2の混合物を用いてもよい。
【0032】
本件発明者らは上述の常温型FT−IR分光放射率計(広帯域MCT検出器)を用いて、金属、無機材料(セラミックス)、有機高分子材料、塗料、天然物など様々な物体について、常温域における分光放射輝度曲線や分光放射スペクトルを取得して遠赤外線特性の評価を行ってきた。実用上の測定波長範囲を4.5〜20μmとした場合、300°K(ケルビン)、すなわち27℃における黒体放射の分光放射輝度曲線はMaxPlankの放射式によって図2における曲線Cのようになる。27℃の黒体からの放射波長は3〜70μmの範囲に分布し、最大の放射輝度が得られる波長(ピーク波長)はWienの法則(λmax=2897/T)より9.7μmである。また、実在する物体試料について信頼性のある測定可能な波長範囲を4.5〜20μmとすれば、この波長範囲で測定される27℃の黒体放射の全エネルギーは放射全体の70%であり、残る2%は4.5μm未満、28%は20μm超にある。実在する物体については波長ごとに黒体比で0〜1.0の分光放射率があり、黒体のピーク波長である9.7μmでの分光放射率が低ければピーク波長が別の波長域にある場合も少なくない。波長範囲4〜25μmで測定される場合もあるが、30〜50℃程度の常温域での放射輝度は黒体であっても4.5μm未満、20μm超の波長域では非常に小さく、かつ検出器の感度も低下するのでノイズ(バックグラウンド)との弁別が困難となり、信頼性のあるデータは得られない。
【0033】
30〜50℃の常温温度域において、本発明の上記(a)の要件を満たす遠赤外線放射物質の例としては以下のようなものがある
<物質名> <積分放射率>
α―アルミナ(Al2O3)粉末: 0.89
多孔質アルミナ(Al2O3)粉末: 0.91
窒化ケイ素(Si3N4)粉末: 0.88
シリカ(SiO2)粉末: 0.88
遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末: 0.94
セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末添加合繊織布: 0.88
セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末添加アクリル板(厚さ3mm): 0.82
セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末添加ポリプロピレン(PP)シート(厚さ2mm):0.91
セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末添加ポリエチレン(PE)シート(厚さ1mm): 0.83
陽極酸化処理したアルミニウム合金板(Al-Si-Fe)(厚さ2mm): 0.85
【0034】
異種物質間での放射・吸収によるエネルギー授受の場合、双方の物質の固有振動数は一致しないか、一部が一致するだけである。2つの遠赤外線放射物質AとBの固有振動数が一致しない場合、波長に対して示したそれらの積分放射率曲線は、図1の模式図に示したように、曲線の交点を除き、一致しない。それらが一致しない領域では、一方の遠赤外線放射物質Aから放射された遠赤外線は、他方の遠赤外線放射物質Bに一部だけ吸収される(一方の物質の積分放射率>他方の物質の積分放射率の場合)か、あるいは他方の物質が吸収できる量の一部しか満たさない(一方の物質の積分放射率<他方の物質の積分放射率の場合)。このことからも、また本発明者の体験からも、このような制約を課された異種物質間での放射・吸収では、エネルギーの無駄が多くて実用的な室内放射冷却システムを構築できるとは考えられなかった。すなわち、双方の遠赤外線放射物質の積分放射率が高くても、それらの積分放射率曲線が一致しない以上、それらの間でのエネルギーの授受は同一物質間でのそれに到底及ばないと考えられたのであった。
【0035】
にもかかわらず異種物質間での遠赤外線エネルギーの効率的な授受を可能にする技術をあきらめず、それを追求した末に、本発明者は、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材と遠赤外線放射物質Aを含む冷却源(又は加熱源)の表面(冷却面又は加熱面)における双方の材料の積分放射率が0.70以上であるという(a)の要件に加えて、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材と遠赤外線放射物質Aを含む冷却源(又は加熱源)の表面冷却面又は加熱面)における双方の材料の、システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上であるという(b)の要件を満たせば、実用的な室内環境の調整を実現することができることを見出した。すなわち、本発明者は、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材と遠赤外線放射物質Aを含む冷却源(又は加熱源)の表面(冷却面又は加熱面)における双方の材料の、システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域の放射率も重要であることを見出した。
【0036】
次に、これを図2の模式図を参照して説明する。図2には、3つの物質A、B、Cの27℃における分光放射スペクトル(分光放射エネルギー密度)が示されている。物質Cは、分光放射エネルギー密度が最大である理想的物質の黒体である。物質A、Bは異種物質であり、固有振動数が異なることを反映して分光放射エネルギー密度曲線を異にしている。物質A、B間で遠赤外線の授受を行わせた場合に、一方の物質から他方へ移動する分のエネルギーは、双方の分光放射エネルギー密度曲線が重なった「AB間有効放射吸収領域」(図2)で表される。本発明においては、この「AB間有効放射吸収領域」に相当する領域を、「波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域」としている。本発明において「波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である」とは、図2の「AB間有効放射吸収領域」に相当する「波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域」の面積が、図2の黒体(物質C)の分光放射エネルギー密度曲線の内側の面積の60%以上であることを意味している。
【0037】
例えば、後述する実施例に示すように、本発明の遠赤外線放射物質Aを含む材料と遠赤外線放射物質Bを含む材料の波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が60%以上あれば、実験開始から10分後に、体感温度が5〜10℃低下(又は上昇)して、十分な冷房(又は暖房)効果が得られる。
特に、本発明のシステムにおいては、遠赤外線放射物質Aを含む材料と遠赤外線放射物質Bを含む材料が、27℃における、黒体からの放射エネルギー(分光放射エネルギー密度)値が最大になる波長領域を挟んだ領域である、7〜12μmの分光放射スペクトル上での重複領域が60%以上であるのが好適である。
本発明の目的からは、上記の重複領域は大きいほど好ましい。すなわち、重複領域が黒体放射の、例えば、70%、80%、85%、90%と大きくなるほど、本発明のシステムのエネルギー効率が向上する。
【0038】
図2に示したような、本発明のシステムで使用する2つの異種物質(物質A、B)を含む材料の分光放射スペクトル(分光放射エネルギー密度)は、例えばFT−IR分光法を利用して求めることができる。FT−IR分光法によれば、本発明のシステムが稼働する温度(作動温度領域)における遠赤外線放射物質の分光放射スペクトルを容易に求めることができる。
【0039】
本発明において、遠赤外線放射スペクトルの測定は次の方法によって行った。測定に際しては、試料の形状・形態が重要であり、試料の物理的条件を、本発明のシステムにおいて実際に使用するものとできるだけ同じにするのが望ましい。この測定法において、試料を垂直方向に固定する方式を用いる場合には、粉体試料はそのままでは測定が困難である。したがって、物質AまたはBが粉体である場合に、それ自体の放射特性を測定するときは、その粉体を直接プレス成形(圧力100kg/cm2以上)、またはそれ自体で成形困難な場合には、赤外領域での透過性が大きいKBr(Merck社製、赤外分析用)を希釈媒体として用いて(媒体中での濃度1wt%)、混合、プレス成形(圧力100kg/cm2以上)して、固体試料とすることができる。
(1)放射特性の評価
装置: 日本電子(株)製FT−IR JIR−3505/赤外放射ユニットIR−IRR200
分解能:16cm−1
積算回数:200回
測定波数域:2200〜500cm−1(4.5〜20μm)
測定温度:試料表面の温度で約30〜50℃(標準40℃)
(2)試料のセット方法
i 固形試料
試料ステージ上にアルミニウム鏡面を載せ、その上にシート、板等の固形試料を置き、治具で固定する(図3)。
ii 布、織物等の薄物試料
試料ステージ上にアルミニウム板を置き、さらに中央にアルミニウム鏡面を固定する。その上に伸縮性薄物試料(通常、厚さ10μm〜3mm)を載せ、鏡面上の試料が均一な温度分布となるように引っ張りながら、両脇をアルミニウム板で押さえ、アルミニウムスペーサー(30mmφ、50mmφのドーナツ状)を用いて上から固定する(図4)。
(3)測定試料の温度計測方法
熱電対:石川産業(株)製T熱電対(0.05mmφ)
記録計:山武ハネウエル製デジタルプロセスレポータDPR330
温度計測は、熱電対を試料の表面と試料下地のアルミニウム板にAgペーストを用いて固定し、測定温度で熱電対のバイアス設定を行う。
(4)環境放射(バックグラウンド放射)の補正
アルミニウム鏡面の反射率を98%とし、アルミニウム鏡面の放射輝度より鏡面自体の放射輝度(測定温度の黒体輝度の2%を計算で求める)を差し引いたものを環境放射として補正を行う。
【0040】
また、図1の「BC間有効放射吸収領域」に相当する「波長4.5〜20μmの分光放射エネルギー(輝度)曲線上での重複領域」の面積は、次のようにして求めることができる。物質Aと物質Bの分光放射エネルギー(輝度)曲線を同一画面上に併記し、測定した波長域内で両者が交差する点をP1、P2、P3、・・・Pn、各点に相当する波長λ1、λ2、λ3、・・・λnとする。隣り合う2点の波長区間の下側線についての分光放射エネルギー(輝度)を積算した後、全区間を合算する。この合算値と同一温度、同一区間における黒体の放射エネルギー(輝度)の積算値との比率を求めることにより、物質Aと物質Bの分光放射輝度の重複部分についての積分放射率が求まる。
【0041】
本発明において、システムの「作動温度域」とは、システムを実使用するときにシステム内で観測される温度の範囲と定義される。遠赤外線の授受によって室内環境の調整を行う本発明のシステムにおいて、遠赤外線の授受は、壁や天井などの室内面構成部材と、冷却源又は加熱源との間で行われる。もっと具体的には、冷却作用による環境調整の場合、室内面構成部材側の物質Bから放射された遠赤外線が冷却源側の物質Aに吸収され、放射した物質内部の原子間結合の振動エネルギーレベルが下位へ遷移することで放射側の物質Bの温度が低下する(放射冷却)。加熱作用による環境調整の場合、加熱源側の物質Aから放射された遠赤外線が室内面構成部材側の物質Bに吸収され、吸収された物質内部の原子間結合の振動エネルギーレベルが上位へ移ることで吸収される側の物質Bの温度上昇をもたらす(放射加熱)。これから明らかなように、本発明のシステムにおいて、その実使用時に室内で最も低い温度(暖房時)又は最も高い温度(冷房時)にあるのは、一般的に、システム始動時の室内面構成部材の温度(特に外気温の影響を一番受けやすい壁面の温度)であるとみなすことができる。そして本発明のシステムは、例えば、外気温が−50℃程度の極寒温度から+50℃程度の極暑温度までの様々な気候条件下で利用され、その気候条件に応じて室内面構成部材の温度も外気温と同等近くになる可能性を考慮して、本発明のシステムの作動温度域は−50〜+50℃程度であるとすることができる。実用上の吸放熱表面では、冷房時5〜20℃程度、暖房時30〜60℃程度を作動温度域として差し支えない。作動温度域における遠赤外線放射物質Aを含む材料と遠赤外線放射物質Bを含む材料の波長4.5〜20μmでのそれぞれの分光放射スペクトルは、この程度の温度範囲においては、あまり大きく変化しないので、実用的には、遠赤外線放射物質Aを含む材料および遠赤外線放射物質Bを含む材料について、作動温度域(−50〜+50℃)の範囲内のいずれかの温度における遠赤外線放射の分光放射スペクトルを測定して比較してもよいが、厳密には、遠赤外線放射物質Aを含む材料の作動温度域の範囲内のいずれかの温度における遠赤外線放射の分光放射スペクトルと、遠赤外線放射物質Bを含む材料の作動温度域の範囲内のいずれかの温度における遠赤外線放射の分光放射スペクトルとの重複領域が60%以上であれば、本発明の要件(b)を満たす。
【0042】
「遠赤外線」とは、一般に波長が約3μm〜1000μmの電磁波のことをいうが、本発明では作動温度域における遠赤外線として、波長が4.5〜20μm(好適には、7〜12μm)のものに着目するものである。これは、現状の技術では、常温域にある物質の遠赤外線放射特性を安定して測定できる波長がこの範囲に限られるからであるとともに、常温(27℃前後)の黒体からの放射エネルギー(分光放射エネルギー密度)値が最大になる波長領域が約10μmの波長を挟んだこの領域にあって、すなわち4.5〜20μm(特に、7〜12μm)の波長領域が黒体以外の遠赤外線放射物質の放射エネルギーが大きい領域に相当するとみなすことができるからである。そしてこのことから、本発明においては、遠赤外線放射側と吸収側との重複共有領域が黒体放射の60%以上であるとする波長範囲を4.5〜20μmと規定している。
【0043】
本発明において、上記の要件(a)、(b)を同時に満たす材料に含まれる物質AとBの組み合わせの例としては、たとえば
A(またはB):多孔質アルミナ(Al2O3)粉末 積分放射率0.91
B(またはA):シリカ(SiO2)粉末 積分放射率0.93
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.89
(すなわち、重複共有領域が黒体放射の89%)
A(またはB):遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末 積分放射率0.94
B(またはA):窒化ケイ素(Si3N4)粉末 積分放射率0.88
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.85
(すなわち、重複共有領域が黒体放射の85%)
、等を挙げることができる。
【0044】
一方、要件(a)を満たす物質の組み合わせであっても、要件(b)を満たさない組み合わせとしては、たとえば
A(またはB):アルミナ焼結基板(厚さ0.6mm) 積分放射率0.72
B(またはA):ポリエステル系合繊織布 積分放射率0.71
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.58
(すなわち、重複共有領域が黒体放射の58%)
を挙げることができる。
【0045】
本発明における「室内面構成部材」とは、環境調整の対象となる密閉空間に露出した面を構成している部材を指す。密閉空間は、その内部と外部との連絡を可能にするドアや窓などのような開閉手段を備えることができる。密閉空間の代表例は、人間が生活・活動する建物の部屋や廊下などであり、このほかに、物品を保管あるいは陳列する空間(例えば倉庫内の部屋や、商品のショーケース又は美術品などの展示ケース)、家畜を含めた動物の飼育用の屋内、人間や貨物の輸送用の移動体(自動車、鉄道車両、船舶、航空機など)が備える内部空間、などを挙げることができる。人間が居住する住宅を例に挙げれば、室内面構成部材の代表例は、壁面、天井面、および床面を構成している部材(建材)である。壁の一部に取り付けられて部屋の内部と外部とを仕切るために設けられる開閉可能な建具(戸、障子、襖、窓など)や、室内に設けられた間仕切りなども、室内面構成部材に含められる。部屋に付属して設置された収納のための扉や襖なども、室内面構成部材に含められる。環境調整の対象となる部屋に付属する収納のための区画が、扉や襖などで部屋から完全に仕切られない構造の場合、収納区画の部屋に露出した面を構成している部材も、室内面構成部材に含められる。
【0046】
「冷却源」は、環境調整の対称となる密閉空間(室内空間)に露出させた冷却面を、内部に形成した流路に媒体を流すことにより冷却する装置である。それは、例えば、図5の(a)の上面図と、図5の(a)において矢印112の方向から見た正面図である図5の(b)に示したような、上下方向に延在する2群のフィン115と116を備えた(放射)熱吸収装置110でよい。この装置110は、本発明のシステムにより環境調整する部屋の床面113と壁面114に固定されている。フィン115、116を備えた熱吸収装置110は、熱伝導の良好な金属又は合金材料、例えばアルミニウム、鉄、銅や、それらの合金などで製作することができ、内部に冷水を流す水路115c(図6参照)を備え、水路115cを取り囲む板状部分115aを有する。フィン115、116の表面には、遠赤外線放射物質Bを含む塗料により形成したコーティング層115bが設けてある。フィン115と116は、それぞれ複数が配置され、壁面114に対して斜め(この例では45°)の角度とされている。この角度は、15°〜75°程度の範囲から選択可能である。この例では、フィン115と116の表面が冷却面を構成している。図5の(b)に示すように、フィン115と116の上部を貫通する給水パイプ117により冷水を供給する。フィン115と116の内部の水路115c(図6)を流れる間に冷却面を冷却し、それ自身は加温された水は、フィン115と116の下部を貫通する排水パイプ118を通して冷水発生装置(図示せず)に戻すことができる。給水パイプ117と排水パイプ118の両側は、支柱119と120により支えられている。冷却面の温度が室内の空気の露点以下になって結露により冷却面に生じた水滴は、樋121に滴下させて集め、排水管122から屋外に排出することができる。
【0047】
熱吸収装置110に冷水に替えて温水を供給してそれを熱放射装置とし、加熱源として利用することもできる。環境調整の対称となる密閉空間(室内空間)に露出したフィン115と116の表面が、加熱面となる。加熱源としては、例えば温水に代えて油、エチレングリコール等の熱媒体を用いたり、電気や熱風(燃焼熱)により加熱面を加熱する装置などを用いることもできる。
【0048】
冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)及び室内面構成部材の表面(露出面)は、それぞれ、互いに異なる遠赤外線放射物質A及び遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成される。
【0049】
室内面構成部材の表面(露出面)を遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成するためには、室内面構成部材を、遠赤外線放射物質Bで製作するか、遠赤外線放射物質Bを混入した材料で製作するか、又は遠赤外線放射物質Bからなる皮膜を表面に形成した材料で製作することができる。
【0050】
一方、冷却源の冷却面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成するためには、冷却源の遠赤外線の放射・吸収に関与する面に遠赤外線放射物質Aを含む材料による皮膜を形成するのが好ましい。この皮膜は、例えば、遠赤外線放射物質Aを含む塗料を当該面の基材に塗布(溶剤型塗料の塗布、あるいは溶剤を用いない粉体塗料の塗布)して形成することができる。基材が金属である場合には、陽極酸化処理等により金属酸化物皮膜を形成することができる。あるいは、その他の適当な皮膜形成技術、例えば熔射、蒸着などのPVD技術、あるいはCVD技術による形成も可能である。加熱源を冷却源と別個に設ける場合の加熱源の加熱面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成するのにも、同様の技術を用いることができる。
【0051】
遠赤外線の放射・吸収は、遠赤外線を授受する2つの物質が直接対面している場合に最も効率的になる。従って、本発明のシステムにおいて、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)の遠赤外線放射物質Aも、室内面構成部材の遠赤外線放射物質Bも、室内空間に対して露出されていることが好ましい。とはいえ、遠赤外線放射物質A、Bは、例えばそれらの脱離防止のため、遠赤外線の放射・吸収を有意に妨げない程度の厚さで形成した、遠赤外線に対して透過性の高い材料による皮膜(保護層)などで覆われていてもよい。そのために、例えば、冷却源(又は加熱源)の遠赤外線放射物質Aを含む冷却面(又は加熱面)、あるいは室内面構成部材の遠赤外線放射物質Bを含む面を、適度な厚さの塗装膜、ニス層、壁紙等で被覆することができる。厚さは、塗布法によっても異なるが、500μm以下、スプレー法による場合には10〜100μm程度が通常であり、好ましくは15〜50μmである。塗布によらないで、遠赤外線放射物質AまたはBを含むシートまたは板を形成する場合には、通常0.5〜5mm程度から選ばれる。
【0052】
本発明のシステムでは、対面した物質間で遠赤外線を授受させている。空間を隔てて対面する物質内の原子間結合(分子)振動の遷移に基づく遠赤外線の放射と吸収によって、速やかな(ほぼ光速での)熱移動が起こる。この熱移動量は、両方の物質の温度差が大きいほど大きく、対面する(露出されている)両方の物質の量が多いほど大きい。本発明のシステムの室内面構成部材の露出面は、例えば遠赤外線放射物質Bからなる石材で構成することにより、100%の遠赤外線放射物質Bを含むよう構成することができる。また、本発明のシステムの冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)も、例えば図5の(a)、(b)の熱吸収装置110のフィン115、116の表面に遠赤外線放射物質Aからなる石材の粉末を熔射して形成することにより、100%の遠赤外線放射物質Aを含むよう構成することができる。
【0053】
本発明の室内環境調整システムを実用化できるか否かは、驚くべきことに、遠赤外線放射物質A、Bの量(合計量)のほかに、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積、さらにはそれと冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)の面積にも大きく依存することが見出された。たとえ、室内面構成部材表面に含有される遠赤外線放射物質Bの濃度が低くても、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積を一定以上にすると、実用的な室内環境調整システムが実現されることが見出された。逆に、たとえ、室内面構成部材表面に含有される遠赤外線放射物質Bの濃度が高くても、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積が一定以上でないと、実用的な室内環境調整システムが実現されないことが見出された。この実用的な室内環境調整システムを実現するために必要な遠赤外線放射物質を含む室内面構成部材表面の面積は、主として床面積に依存する。すなわち、たとえば、天井高さ2.5〜3mの室内の場合、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積は、室内空間を構成する床面積の0.05倍以上であるのが好適である。さらに好適な面積は、室内空間を構成する床面積の0.3倍以上、もっと好適には0.8倍以上である。室内外の環境(猛暑地、一般住宅、オフィス、商店、美容室など)や、天井高さなどの構造により、1.5倍以上、さらには2.0倍以上が好ましい場合もある。実用上は、工場建屋、スポーツ施設、劇場ホール等、天井が高く、空間容積が非常に大きな室内空間でも本システムは適用することができ、このような大空間建屋では容積の増加率に比べて室内面の面積の増加率が小さくなるので、エネルギー授受の対象とする本発明の利点は増大する。室内面構成部材(壁と天井が代表的)は、その全ての表面に遠赤外線放射物質Bを含ませてもよく、あるいは一部だけに含ませてもよい。例えば、遠赤外線放射物質Bは、天井面の全部又は一部だけ、あるいは壁面の全部又は一部だけに含ませてもよく、あるいはそれらを組み合わせてもよい。
【0054】
なお、室内空間の床面積というとき、閉鎖空間の床面積は簡単であるが、一部に開口部がある場合には、冷却の観点から無視できる程度の小さい開口部は無視して室内空間を考えて、計算してよい。
【0055】
一方、冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む冷却面(又は加熱源の加熱面)の面積は、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積ほど重要ではないが、一般的に、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積より小さい面積であることが効率的であり、望ましい。一般的な室内であれば、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積の0.5倍以下、さらには0.4倍以下でも、十分であるが、発熱源が多い室内などでは0.5倍以上、たとえば、0.8倍以下が好ましい場合もある。下限は、遠赤外線放射物質Aの種類や濃度にも依存するが、一般的には、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積の0.15倍以上であり、0.2倍以上が好ましく、0.3倍以上がより好ましい。冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む冷却面(又は加熱源の加熱面)の面積を、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積より小さくできること、逆に、遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材表面の面積を、冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む冷却面(又は加熱源の加熱面)の面積より大きくとれることは、本発明の効果の実現に重要な寄与をする。冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)の遠赤外線放射物質Aのみならず、これと共鳴する室内面構成部材表面の遠赤外線放射物質Bが、室内環境の調整において、間接的に冷却源(加熱源)として作用することが、本発明の室内環境調整システムが、従来の冷却源(加熱源)だけの場合と比べて、顕著な室内環境調整の性能及び効率を実現する理由であると考えられる。また、このように、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)の遠赤外線放射物質Aと、室内面構成部材表面の遠赤外線放射物質Bとが、共鳴することによって、室内空間調整の性能及び効率が顕著に向上することで、たとえ、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)の遠赤外線放射物質Aと、室内面構成部材表面の遠赤外線放射物質Bが同一でなくても、要件(b)を満たすような場合には、同一の遠赤外線放射物質の場合と同様な効果を奏することを可能にする理由であると考えられる。
【0056】
遠赤外線放射物質A、Bの濃度は、対面した物質A、B間でシステムにとって有効な遠赤外線の授受がなされるエネルギー量を規定するので、重要である。遠赤外線放射物質A、Bの種類にも依存するが、例えば、室内面構成部材の露出表面に遠赤外線放射物質Bを混入する場合、遠赤外線放射物質Bを、たとえば塗料固形分の0.5wt%含有するだけでも十分な効果を得ることができる。室内面構成部材の露出表面に含まれる遠赤外線放射物質Bの量は、通常、露出表面基材固形分の0.1〜100wt%、好ましくは0.5〜20wt%である。この遠赤外線放射物質Bの濃度が低すぎると、冷却面(又は加熱面)との熱移動量が減少して、冷却(又は暖房)効率が低下することがあり、一方、濃度が高いと性能的には優れることが可能であるが、次第に経済性に劣るようになる。また、冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)に遠赤外線放射物質Aを含有させる場合、遠赤外線放射物質Aを、たとえば塗料固形分の1wt%混入しただけでも十分な効果を得ることができる。冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)を形成する遠赤外線放射物質Aの量は、通常、露出表面基材固形分の0.1〜100wt%、好ましくは0.5〜20wt%である。この遠赤外線放射物質Aの濃度が低すぎると、室内面構成部材との熱移動量が減少して、冷却(又は暖房)効率が低下することがあり、一方、濃度が高いと性能的には優れることが可能であるが、冷却面の製造が困難になったり、経済性に劣るようになるおそれがある。しかし、遠赤外線放射物質A,Bの好ましい濃度は、遠赤外線放射物質A,Bの種類や形態、基材の種類や遠赤外線放射物質A,Bの混入の仕方、厚さなどの要因にも依存するので、上記の範囲に限定されるものではではない。なお、基材である金属材料の表面に形成された陽極酸化皮膜、溶射皮膜等は、遠赤外線放射物質の濃度が100%とみることができる。
冷却面(又は加熱面)、すなわち熱吸収面(又は熱放射面)への遠赤外線放射物質Aの添加率または表面における総質量(厳密には分子数)は、理論上最も重要な因子である。なぜなら、当該面で吸収できる室内面からの放射エネルギーの総量が、ア)冷却面(又は加熱面)の総面積、イ)当該面と室内面の両者間の有効放射率(分光放射曲線の重複部分の対黒体比)、ウ)両者の表面温度差、によって規定されるからである。室内面構成部材の表面に配置される遠赤外線放射物質Bの総質量は、通常冷却面(又は加熱面)に配置される遠赤外線放射物質Aよりも大きい。その存在量比が非常に大きい(たとえば10倍以上)場合には、室内面構成部材に配置される遠赤外線放射物質Bの添加率を遠赤外線放射物質Aよりも小さくするか、室内面構成部材全体の面積に対する遠赤外線放射物質Bを配置する室内面構成部材の比率を下げることができる。このように、冷却面(又は加熱面)と室内面構成部材の表面に配置される赤外線放射物質A,Bの添加率は、むしろA>Bであるのが好適である。
【0057】
本発明のシステムでは、冷却面(又は加熱面)に遠赤外線放射物質Aを含む冷却源(又は加熱源)と露出面に遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材は、同一の部屋に存在するのが好ましい。これは、本発明のシステムでは対面する冷却面(又は加熱面)と室内面構成部材との間における遠赤外線の放射・吸収による授受を利用しており、それらが同一の部屋に存在する場合に最も大きな効果が得られるからである。とはいえ、特許文献1、2に記載されたように、冷却源(又は加熱源)を設置した部屋とは別の部屋であっても、その別の部屋の遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材の露出面と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)との間で遠赤外線の授受が可能であれば(例えば、別の部屋の遠赤外線放射物質Bを含む壁と冷却源の冷却面(又は加熱源の加熱面)との間で、遠赤外線の直接の授受がなされる場合、別の部屋の遠赤外線放射物質Bを含む壁と冷却源(又は加熱源)との間で遠赤外線の直接の授受ができなくとも、双方からともに見通しできる部位の壁面に含まれる遠赤外線放射物質Bの作用により、双方の間で遠赤外線の間接的な授受がなされる場合など)、本発明のシステムによる環境調整効果はそのような別の部屋にも及ぶ。以上のように、露出面に遠赤外線放射物質Bを含む室内面構成部材は、調整の対象となるすべての部屋に存在することになる。
冷却面(又は加熱面)と対面していない室内面構成部材の表面も遠赤外線の放射と吸収による熱エネルギーの移動に預かり、結果として初期の両者間における温度差が縮小するのは以下の物理光学的機構によると考えられる。
1)冷却面(又は加熱面)と直接対面する室内面構成部材の表面との間で温度差があ るとき、その温度差ΔT、両者の有効積分放射率、両者の表面積、両者の表面付 近に存在する遠赤外線放射物質AおよびBの存在量、に応じて熱エネルギーの移 動が起こり、高温側(放射側)の温度が下降し、低温側(吸収側)の温度が上昇 する。[一次吸収・放射]
2)冷却面(又は加熱面)側では、内側を流れる冷(又は温)熱媒体によって速やか に熱移動が起こり、元の設定温度に復帰するので、室内面構成部材の表面との温 度差が維持される。
3)一次吸収・放射によって室内面構成部材間に温度差が生じた場合、ただちに遠赤 外線の放射と吸収によるエネルギー移動が起こり、温度差がキャンセルされる。 [二次吸収・放射]
4)3)の[二次吸収・放射]は、冷却面(又は加熱面)と直接対面していない室内面 構成部材の表面との間でも起こり、結果として同一室内で冷却面(又は加熱面) と直接対面していない室内面構成部材の表面温度も上昇もしくは下降する。
5)[二次吸収・放射]現象の結果、同一室内の室内面構成部材の表面温度は同じにな り、速やかに予め設定された温度になることで室内の快適性が実現する。[一次 吸収・放射] と[二次吸収・放射]の現象における熱エネルギーの移動速度はほぼ 光速に等しく、たとえ多段にわたっても時間的には瞬時の現象である。しかし、 実際には室内面構成部材の表面温度が10℃程度変化するのに10分間程度を要 しており、冷却面(又は加熱面)との温度差が縮小するのに要する時間は、両者 の表面に配置される遠赤外線放射物質AおよびBの遠赤外線吸収・放射性能や室 内面構成部材の基材の断熱性能、遠赤外線放射物質Bを含む表面層の密度、厚さ に大きく依存する。
6)遠赤外線をある程度透過する遮蔽物(例えば障子、襖、間仕切り、カーテン、ガ ラス戸等)で仕切られた室内面構成部材の表面温度も、透過量の大小によりある 程度の遅れ、温度差を伴うが、最終的にはほぼ同一の状態に到達する。
7)遠赤外線を透過しない遮蔽物(例えばドア、引き違い戸、金属製間仕切り等)で 仕切られた別室の室内面構成部材の表面に配置された遠赤外線放射物質Bと冷却 面(又は加熱面)の表面に配置された遠赤外線放射物質Aとの間では遠赤外線に よる熱エネルギー授受が直接行われることはないが、これらの遮蔽物が一旦開放 されると、一次もしくは二次吸収・放射機構によって、瞬時に熱エネルギー授受 が起こり、両表面間の温度差がキャンセルされる。[三次吸収・放射] 室内面構 成部材の表面同士の温度差が縮小するのに要する時間は、室内面構成部材の表面 の遠赤外線吸収・放射性能や厚さおよび基材と表面材の熱特性、別室の室外環境 からの入出熱量によって左右される。
8)冷却面(又は加熱面)が配置された部屋と壁によって仕切られた別室における室 内面構成部材の表面と冷却面(又は加熱面)との間では、直接的に遠赤外線によ る熱エネルギーの授受が行われることはないが、例えば紙、木材、合成樹脂、無 機建材、ガラス等は遠赤外線を吸収もしくは放射して温度が上下する材料であり 、これらの壁材を通してある程度の放射エネルギー授受が行われる。したがって 、これらの遠赤外線に対する吸収・放射特性や密度、厚さ等によって、温度差の キャンセルに要する時間は異なるが、本発明の機構や効果と無関係ではない。
以上のように、室内空間の空気温度や湿度をコントロールする従来の室内環境制御システムに対して、本発明においては、物質間における赤外線の吸収・放射による光速レベルでの熱エネルギーの移動に着目し、室内に設置される冷却面(又は加熱面)と室内面構成部材の表面に配置する遠赤外線放射物質の放射特性とその存在量ならびに熱エネルギーの授受に預かる有効面積を検討することにより、必然的に空気の対流を伴う空気調和方式よりも、快適性に優れ、かつきわめてエネルギー効率の高い室内環境制御システムを実現するに至ったものである。
【実施例】
【0058】
以下の実施例1〜7および比較例1〜3における実験条件は、次のとおりであった。
幅2.5m、奥行1.5m、高さ2.2mの部屋の床面を除く5面に厚さ30mmのウレタンフォーム断熱板(内側面アルミ箔貼り)を張り、その上に実施例および比較例に供試する、遠赤外線放射物質Bを含む材料からなる供試体1(1m×1m)を5〜10枚セットした。一方、床面には表面に遠赤外線放射物質Aを含む材料からなる供試体2を、放射または吸収面2m2を有する放吸熱器(加熱/冷却板)上にセットした。放熱/吸熱器上の遠赤外線放射物質Aを含む供試体2の表面温度が所定の温度に到達した後、予め供試体1と供試体2の間の放射エネルギー移動を遮断していた断熱遮蔽材(アルミニウム蒸着発泡ポリエチレンシート)を取り除き、ついで室内各部に配置した供試体1と供試体2の表面温度、室内空気温度、室内体感温度および実験者の体感の経時変化を測定した。各部温度の測定方法は、下記のとおりである。
1)表面温度:線径0.3mmのK熱電対の先端部をアルミニウム粘着テープ(10mm×10mm×0.1mm)を用いて供試体の表面に貼り付けた。
2)室内空気温度:線径0.3mmのK熱電対の先端部を絶縁性粘着テープ(4mm×8mm×0.1mm)2枚の間に挟みこみ、さらにアルミニウム粘着テープ(10mm×10mm×0.1mm)2枚の間に挟みこんだものを支柱により室内空間の所定位置にセットした。
3)室内体感温度:線径0.3mmのK熱電対の先端部を絶縁性の黒体粘着テープ(10mm×10mm×0.1mm)2枚の間に挟みこんだものを支柱により室内空間の所定位置にセットした。
4)体感:実験者または実験立会い者が、室内で感じた「快適感」を、A(快適)、B(やや快適)、C(普通)、D(やや不十分)、E(不十分)の5ランクで評価した。
【0059】
実施例1
A:陽極酸化処理したAl-Si-Fe系アルミニウム合金板(厚さ2mm、酸化皮膜20μm) 積分放射率0.87
B:遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末を10wt%練り込み、紡糸加工したポリエステル合繊織布 積分放射率0.93
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.87(すなわち、重複共有領域が黒体放射の87%)
これらの分光放射スペクトルを図7に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 17℃ (+2℃)
3分後 20℃ (+5℃)
5分後 22℃ (+7℃)
10分後 24℃ (+9℃)
体感温度17℃→27℃(+10℃)で十分な温感が得られた。
体感 評価A
【0060】
実施例2
A:アルマイト処理したAl-Si-Fe系アルミニウム合金板(厚さ2mm、酸化皮膜20μm) 積分放射率0.87
B:ポリエステル系合繊織布 積分放射率0.71
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.71(すなわち、重複共有領域が黒体放射の71%)
これらの分光放射スペクトルを図8に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 16℃ (+1℃)
3分後 18℃ (+3℃)
5分後 20℃ (+5℃)
10分後 22℃ (+7℃)
体感温度17℃→25℃(+8℃)で満足すべき温感が得られた。
体感 評価A
【0061】
実施例3
A:アルマイト処理したAl-Si-Fe系アルミニウム合金板(厚さ2mm、酸化皮膜20μm) 積分放射率0.87
B:アルミナ焼結基板(厚さ0.6mm)積分放射率0.72
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.69
これらの分光放射スペクトルを図9に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 16℃ (+1℃)
3分後 18℃ (+3℃)
5分後 20℃ (+5℃)
10分後 22℃ (+7℃)
体感温度17℃→25℃(+8℃)で満足すべき温感が得られた。
体感 評価A
【0062】
実施例4
A:アルマイト処理した普通(2S)アルミニウム板(厚さ2mm、酸化皮膜20μm ) 積分放射率0.77
B:遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末を10%添加したポリエチレンシート(厚さ1mm)積分放射率0.83
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.76(すなわち、重複共有領域が黒体放射の76%)
これらの分光放射スペクトルを図10に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 16℃ (+1℃)
3分後 19℃ (+4℃)
5分後 21℃ (+6℃)
10分後 23℃ (+8℃)
体感温度17℃→26℃(+9℃)で十分な温感が得られた。
体感 評価A
【0063】
実施例5
A:遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)塗装したステンレス板(SUS304)(厚さ2mm) 積分放射率0.80
B:遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末を10%添加したポリエチレンシート(厚さ1mm)積分放射率0.83
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.79(すなわち、重複共有領域が黒体放射の79%)
これらの分光放射スペクトルを図11に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 16℃ (+1℃)
3分後 19℃ (+4℃)
5分後 20℃ (+5℃)
10分後 23℃ (+8℃)
体感温度17℃→26℃(+9℃)で十分な温感が得られた。
体感 評価A
【0064】
実施例6
A:陽極酸化処理したAl-Si-Fe系アルミニウム合金板(厚さ2mm)積分放射率0.87
B:遠赤外放射セラミックス(Al2O3-SiO2系)粉末を10%練り込み紡糸加工した合繊織布 積分放射率0.93
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.87(すなわち、重複共有領域が黒体放射の87%)
これらの積分放射率を図7に示す。A側を12℃、B側を32℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後のB側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 31℃ (−1℃)
3分後 30℃ (−2℃)
5分後 29℃ (−3℃)
10分後 28℃ (−4℃)
体感温度 33℃→28℃(−5℃)で十分な冷感と快適さが得られた。
体感 評価A
【0065】
実施例7
A:窒化ケイ素(Si3N4)・炭化ケイ素(SiC)複合セラミックス板(厚さ3mm )積分放射率0.82
B:低密度ポリエチレンシート(厚さ1mm) 積分放射率0.76
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.73(すなわち、重複共有領域が黒体放射の73%)
これらの分光放射スペクトルを図12に示す。A側を12℃、B側を32℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後のB側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 31.5℃ (−0.5℃)
3分後 31℃ (−1℃)
5分後 30℃ (−2℃)
10分後 29℃ (−3℃)
体感温度 33℃→29℃(−4℃)で満足すべき快適さが得られた。
体感 評価A
【0066】
比較例1
A:アルマイト処理したAl-Si-Fe系アルミニウム合金板(厚さ2mm)積分放射率0.87
B:低密度ポリエチレンシート(厚さ1mm)積分放射率0.36
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.36(すなわち、重複共有領域が黒体放射の36%)
これらの分光放射スペクトルを図14に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 15℃ (+0℃)
3分後 16℃ (+1℃)
5分後 18℃ (+3℃)
10分後 19℃ (+4℃)
体感温度17℃→21℃(+4℃)で温感がほとんど得られなかった。
体感 評価C〜D
【0067】
比較例2
A:黒色塗装したステンレス板(SUS304)(厚さ2mm)積分放射率0.39
B:低密度ポリエチレンシート(厚さ1mm)積分放射率0.36
両者の分光放射スペクトルの重複部分の積分放射率 0.32(すなわち、重複共有領域が黒体放射の32%)
これらの分光放射スペクトルを図15に示す。遠赤外線放射物質Aを含む材料側を40℃、遠赤外線放射物質Bを含む材料側を15℃として、両者間の遮蔽を取り除いた後の遠赤外線放射物質Bを含む材料側の表面温度変化は次のとおりであった。
1分後 15.2℃ (+0.2℃)
3分後 15.5℃ (+0.5℃)
5分後 16.2℃ (+1.2℃)
10分後 17.0℃ (+2.0℃)
体感温度17℃→20℃(+3℃)で温感がほとんど得られなかった。
体感 評価D
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は、人間が活動や生活を行う各種の部屋や施設、物品を保管する部屋(例えば倉庫の部屋)や陳列する空間(例えばショーケース)などを提供する建築・建設分野において、部屋や空間の環境調整を行うのに広く利用することができる。
【符号の説明】
【0069】
110 熱吸収装置
113 床面
114 壁面
115、116 フィン
115c 水路
【特許請求の範囲】
【請求項1】
室内空間に冷却源の冷却面を露出させ、その冷却面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成し、前記室内空間の室内面構成部材の露出面を、前記遠赤外線放射物質Aと分子種が異なる遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成し、前記冷却源は、内部に形成した流路に媒体を流すことにより前記冷却面を冷却する装置であり、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率はともに0.70以上であり、且つ、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、当該システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である室内環境調整システム。
【請求項2】
遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料が、波長7〜12μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である請求項1に記載の室内環境調整システム。
【請求項3】
遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、重複領域が黒体放射の70%以上である請求項1または2に記載の室内環境調整システム。
【請求項4】
重複領域が黒体放射の80%以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項5】
遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の積分放射率が0.80以上である請求項1〜4のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項6】
前記室内面構成部材の前記露出面を形成している材料中に0.1〜100wt%の前記遠赤外線物質Bが存在している請求項1〜5のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項7】
前記冷却源の前記冷却面を形成している材料中に0.1〜100wt%の前記遠赤外線物質Aが存在している請求項1〜6のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項8】
遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積が、環境調整する空間の延べ床面積の0.05倍以上の面積である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項9】
遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積が、環境調整する空間の延べ床面積の0.3倍以上の面積である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項10】
前記冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む前記冷却面の面積が、遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積の0.5倍以下である、請求項1〜9のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項11】
前記冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む前記冷却面の面積が、遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積の0.2〜0.5倍である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項12】
前記冷却源が、内部に形成した流路に媒体を流して前記冷却面を加熱することにより前記冷却面を加熱面として利用する加熱源を兼ねる、請求項1〜11のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項1】
室内空間に冷却源の冷却面を露出させ、その冷却面を遠赤外線放射物質Aを含む材料で構成し、前記室内空間の室内面構成部材の露出面を、前記遠赤外線放射物質Aと分子種が異なる遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成し、前記冷却源は、内部に形成した流路に媒体を流すことにより前記冷却面を冷却する装置であり、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の4.5〜20μmの波長範囲内での積分放射率はともに0.70以上であり、且つ、前記遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、当該システムの作動温度域における波長4.5〜20μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である室内環境調整システム。
【請求項2】
遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料が、波長7〜12μmの分光放射スペクトル上での重複領域が黒体放射の60%以上である請求項1に記載の室内環境調整システム。
【請求項3】
遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料は、重複領域が黒体放射の70%以上である請求項1または2に記載の室内環境調整システム。
【請求項4】
重複領域が黒体放射の80%以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項5】
遠赤外線放射物質Aを含む材料及び遠赤外線放射物質Bを含む材料の積分放射率が0.80以上である請求項1〜4のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項6】
前記室内面構成部材の前記露出面を形成している材料中に0.1〜100wt%の前記遠赤外線物質Bが存在している請求項1〜5のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項7】
前記冷却源の前記冷却面を形成している材料中に0.1〜100wt%の前記遠赤外線物質Aが存在している請求項1〜6のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項8】
遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積が、環境調整する空間の延べ床面積の0.05倍以上の面積である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項9】
遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積が、環境調整する空間の延べ床面積の0.3倍以上の面積である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項10】
前記冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む前記冷却面の面積が、遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積の0.5倍以下である、請求項1〜9のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項11】
前記冷却源の遠赤外線放射物質Aを含む前記冷却面の面積が、遠赤外線放射物質Bを含む材料で構成した室内面構成部材の面積の0.2〜0.5倍である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【請求項12】
前記冷却源が、内部に形成した流路に媒体を流して前記冷却面を加熱することにより前記冷却面を加熱面として利用する加熱源を兼ねる、請求項1〜11のいずれか1項に記載の室内環境調整システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
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【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2012−122648(P2012−122648A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−272639(P2010−272639)
【出願日】平成22年12月7日(2010.12.7)
【出願人】(504250897)石の癒株式会社 (6)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年12月7日(2010.12.7)
【出願人】(504250897)石の癒株式会社 (6)
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