説明

容器入りフラーレン及びその製造方法並びにフラーレンの保存方法

【課題】フラーレンの変質を抑制することができ、特に溶媒への溶解性の低下を防止することができる容器入りフラーレン及びその製造方法、並びにフラーレンの保存方法を提供する。
【解決手段】容器入りフラーレンは、高真空度の容器内にフラーレンが密閉されて成る。容器内の圧力は、10Pa以下が好ましい。このような容器入りフラーレンは、容器内にフラーレンを入れ、容器を真空引きした後、容器を封止することにより製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、容器入りフラーレン及びその製造方法、並びにフラーレンの保存方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
60個、70個、76個、78個、82個あるいは84個の炭素原子が球状に結合してクラスター(分子集合体)を構成してなる球状炭素はフラーレン類と称され、磁性・超電導特性・非線形光学効果・触媒作用など優れた機能性を有する材料として注目されている。
【0003】
ところで、このようなフラーレン類は粉末状態で空気中に放置すると、数日のうちに溶媒に不溶になる。単にAr置換しただけでも数日のうちに溶媒に不溶となる成分が増大していく。フラーレン類を有機溶媒に溶解させた場合にも、溶存酸素、水分などの影響で不溶成分を生じる。また、有機溶媒に溶解させた溶液の場合には、有機溶媒の取り扱いに準じて運搬する必要がある。さらに、一般にフラーレン類は溶媒への溶解性が低く(数〜数十mg/ml)溶液状態である程度の量を運搬するためには大量の溶媒を必要とする。例えば、溶解度1mg/mlのフラーレン10gを溶解させるには10Lの溶媒を必要とする。
このように、フラーレンは保管が難しく、なにも対策をせずに保管しておくと、変質(もともと溶媒に可溶であったものが、不溶になる)という問題があった。また、溶液中で保存することもあるが、この場合にはフラーレンの溶解性の悪さから、大量の溶媒が必要となってしまうという問題があった。
【0004】
しかしながら、現在まで、フラーレンの変質を抑制できるフラーレンの保管方法は知られていなかった。例えば、フラーレンに関する公知の文献においても、フラーレンは、酸素、紫外線で変質することは記載されているが、その保管方法までは言及されていないのが実情であった。(以下の特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平07−138009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、従来より、フラーレンの変質を抑制することができ、特に溶媒への溶解性の低下を防止することができる保存方法等が要望されていた。
【0007】
本発明は、上記の実情を鑑みて考え出されたものである。その目的は、フラーレンの変質を抑制することができ、特に溶媒への溶解性の低下を防止することができる容器入りフラーレン及びその製造方法、並びにフラーレンの保存方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため本発明は、真空の容器内にフラーレンが密閉されていることを特徴とする容器入りフラーレンを要旨とする。
【0009】
上記の如く、真空の容器内にフラーレンが密閉されることにより、フラーレンの変質を抑制することができ、特に溶媒への溶解性の低下を防止することができる。これは、酸素等のフラーレン劣化を引き起こす不純物(溶媒に不溶となる原因成分)が除去されるためだと推測される。この結果、長期の安定保存が可能となる。更に、溶液状態で運搬する場合のような、溶液の取り扱いおよび大量の溶媒も不要になり、また、溶媒部分のかさを減らせることができ、運搬性および運搬効率が向上するという優れた効果を奏する。
ここで、用語「フラーレン」には、球殻状構造を持つフラーレンであれば特に限定されず、金属等の他の元素を内包した内包フラーレン、有機修飾フラーレン、金属を含まない空のフラーレン等が含まれる。
【0010】
本発明は、前記容器内の圧力が、10Pa以下であるのが好ましい。10Pa以下であれば、フラーレン劣化を引き起こす不純物(溶媒に不溶となる原因成分)を充分に除去することができると考えられるからである。
【0011】
本発明は、前記フラーレンは、金属をフラーレン骨格内に内包した金属内包フラーレンであるのが好ましい。金属内包フラーレンの金属原子としては、Li,Na,Rb,Cs等のアルカリ金属、Be,Mg,Ca,Sr,Ba等アルカリ土類金属、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu等の希土類が好ましく、特にLa,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu等のランタノイドが好ましい。特に、金属内包フラーレンは、通常のフラーレンよりも分子的にも安定性が低いため、変質を抑制する効果がより顕著である。
【0012】
また、上記目的を達成するため本発明は、容器内にフラーレンを入れ、容器を真空引きした後、容器を封止することを特徴とする容器入りフラーレンの製造方法を要旨とする。
真空の容器内にフラーレンが密閉された容器入りフラーレンを簡単に製造することができる。
【0013】
また、上記目的を達成するため本発明は、フラーレンを真空中で保存することを特徴とするフラーレンの保存方法を要旨とする。真空中で保存することにより、フラーレンの変質を抑制することができ、長期の安定保存が可能となる。これは、真空にすることによりフラーレンの劣化を引き起こす不純物(溶媒に不溶となる原因成分)を除去できるためであると考えられる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、真空の容器内にフラーレンが密閉されることにより、フラーレンの変質を抑制することができ、特に溶媒への溶解性の低下を防止することができる。これは、酸素等のフラーレン劣化を引き起こす不純物(溶媒に不溶となる原因成分)が除去されるためであると考えられる。この結果、長期の安定保存が可能となる。更に、溶液状態で運搬する場合に必要な使用溶媒に準じた溶液の取り扱いおよび大量の溶媒も不要になり、また、溶媒部分のかさを減らせることができ、運搬効率が向上するという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る容器入りフラーレンの製造方法を説明するための図。
【図2】金属内包フラーレンLa@C82の保存形態の違いに応じた溶媒可溶量の経時変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施の形態に基づいて詳述する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではない。
(本発明に係る容器入りフラーレンの構成)
本発明に係る容器入りフラーレンは、高真空度のガラス管内にフラーレンが密閉されて成る。容器としてはガラス管を用いたが、ガラス以外の材質からなる容器であってもよい。特に、フラーレンの安定性を向上させる上では、遮光が可能である容器が好ましく、たとえば遮光ガラス製の容器が挙げられる。ガラス管内の圧力は、10Pa以下であるのが好ましく、1Pa以下であることがより好ましい。ガラス管内に密閉されるフラーレンは、球殻状構造を持つフラーレンであれば特に限定されないが、金属内包フラーレン、有機修飾フラーレン、金属を含まない空のフラーレンが好ましい。金属内包フラーレンの金属原子としては、Li,Na,Rb,Cs等のアルカリ金属、Be,Mg,Ca,Sr,Ba等アルカリ土類金属、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu等の希土類が好ましく、特にLa,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu等のランタノイドが好ましい。
【0017】
(本発明に係る容器入りフラーレンの製造方法)
図1は本発明に係る容器入りフラーレンの製造方法を説明するための図である。
本発明に係る容器入りフラーレンは、容器内にフラーレンを入れ、容器を真空引きした後、容器を封止することにより製造される。以下、図1を参照して詳述する。なお、図1において、1はダイヤフラムポンプで構成される真空ライン、2は液体窒素トラップ、3はコック、4はフラーレン溶液、5はガラス管、6は油拡散ポンプで構成される真空ライン、7はバーナー、8はフラーレン粉末である。
【0018】
ここで、フラーレンの1種として、フレーランC82にLaを内包した金属内包フラーレンLa@C82を例にして説明する。
(1)金属内包フラーレンLa@C82は、アーク放電法で合成し、分離精製することにより回収する。具体的には、金属若しくは金属化合物を含有した炭素電極(Laを含む炭素電極)を原料として、この電極間にアーク放電によって原料を蒸発させ、生成される煤状物質を回収する。このアーク放電中にフラーレン類が合成される。次いで、アーク放電法で得た煤状物質から、フラーレン類を比較的溶解するベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素等の有機溶媒により抽出分離する。こうして分離したフラーレン類は、必要に応じて更に、中性アルミナカラム等を用いてクロマト分離によって精製され、金属内包フラーレンLa@C82の溶液が回収される。この金属内包フラーレンLa@C82の溶液を二硫化炭素(CS)で溶媒置換する。二硫化炭素は金属内包フラーレンLa@C82の溶解性が高いため取り扱いやすい。
(2)次いで、上記の金属内包フラーレンLa@C82の二硫化炭素(CS)溶液を、この溶液4をガラス管5に入れ、圧力0.02MPaで二硫化炭素を蒸発させる(図1(1))。
(3)次いで、溶媒を全て除去した後に、真空度10−3Paまでガラス管内を排気する。そして、真空に引きながらガラス管5をバーナー7で封管し(図1(2))、ガラス管入り(容器入り)フラーレンを作製する。なお、ガラス管5内の排気は、真空度10Pa以下であるのが好ましい。
【実施例】
【0019】
金属内包フラーレンLa@C82の保存形態による溶媒可溶量の経時変化について実験したので、その結果を表1及び図2に示す。なお、具体的な保存形態としては、以下に示すように、真空保存の場合(実施例)、Ar置換の場合(比較例1)、エタノールによる溶液保存の場合(比較例2)、アセトンによる溶液保存の場合(比較例3)の4つの保存形態である。
【0020】
【表1】

【0021】
(実施例1)
実施例1は真空保存の場合である。上記実施の形態の製造方法と同様の方法で、フラーレンとしてLa@C82を用いたガラス管入り(容器入り)フラーレンを作製した。そして、13日後および70日後、粉末試料を取り出し、粉末を二硫化炭素に溶解させた。その二硫化炭素溶液をトルエンに置換し、高速液体クロマトグラフィーでLa@C82の溶解量を、保存前と比較した。
【0022】
(比較例1)
比較例1はAr置換の場合である。分離、精製済みのLa@C82の二硫化炭素溶液をバイアルに入れ、大気中でバイアル内にArガスをフローして、二硫化炭素溶液を蒸発させる。溶媒蒸発後、すぐにバイアルの蓋を閉める。そして、3日後および16日後、粉末試料を取り出し、粉末を二硫化炭素に溶解させた。その二硫化炭素溶液をトルエンに置換し、高速液体クロマトグラフィーでLa@C82の溶解量を、保存前と比較した。
【0023】
(比較例2)
比較例2はエタノールによる溶液保存の場合である。分離、精製済みのLa@C82の二硫化炭素溶液をエバポレーターで溶媒除去する。Arガスでエバポレーター内をパージ後、La@C82粉末にエタノールを添加し、沈降した粉末をエタノールと共にバイアル内に保存した。そして、6日後、エタノールをエバポレーターで除去して粉末試料を取り出し、粉末を二硫化炭素に溶解させた。その二硫化炭素溶液をトルエンに置換し、高速液体クロマトグラフィーでLa@C82の溶解量を、保存前と比較した。
【0024】
(比較例3)
比較例3はアセトンによる溶液保存の場合である。分離、精製済みのLa@C82の二硫化炭素溶液をエバポレーターで溶媒除去する。Arガスでエバポレーター内をパージ後、La@C82粉末にアセトンを添加し、沈降した粉末をアセトンと共にバイアル内に保存した。そして、8日後、アセトンをエバポレーターで除去して粉末試料を取り出し、粉末を二硫化炭素に溶解させた。その二硫化炭素溶液をトルエンに置換し、高速液体クロマトグラフィーでLa@C82の溶解量を、保存前と比較した。
【0025】
(実験結果の検討)
(1)表1及び図2に示すように、比較例1(Ar置換の場合)では、保存前の溶解量を100とした場合、3日後の溶解量は79.8で、16日後の溶解量は36.9であり、比較例2(エタノールによる溶液保存の場合)では、保存前の溶解量を100とした場合、6日後の溶解量は29.7であり、比較例3(アセトンによる溶液保存の場合)では、保存前の溶解量を100とした場合、8日後の溶解量は13.2であった。このように、いずれの比較例においても、溶解量は時間の経過に伴って指数関数的に減少し、経時変化が大きいことが認められる。
これに対して、表1及び図2に示すように、実施例1(真空保存の場合)では、保存前の溶解量を100とした場合、13日後の溶解量は100で、70日後の溶解量は93.8であった。このように、実施例1では溶解量の経時変化が殆どないことが認められる。
【0026】
(2)このような結果になったのは、真空保存の場合には、酸素等のフラーレン劣化を引き起こす不純物(溶媒不溶となる原因成分)が除去されているので、フラーレンの変質を抑制することができたものと考えられる。
特に、フラーレン骨格内に金属を内包した金属内包フラーレンについては、その構造上通常安定性が低いが、上記のように真空中で保存することにより安定性を良好に確保することができる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、フラーレンの変質を抑制することができ、特に溶媒への溶解性の低下を防止することができる容器入りフラーレン及びその製造方法、並びにフラーレンの保存方法に適用される。
【符号の説明】
【0028】
1:ダイヤフラムポンプで構成される真空ライン
2:液体窒素トラップ
3:コック
4:フラーレン溶液
5:ガラス管
6:油拡散ポンプで構成される真空ライン
7:バーナー
8:フラーレン粉末。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空の容器内にフラーレンが密閉されていることを特徴とする容器入りフラーレン。
【請求項2】
前記容器内の圧力が、10Pa以下である請求項1記載の容器入りフラーレン。
【請求項3】
前記フラーレンは、金属内包フラーレンである請求項1又は2記載の容器入りフラーレン。
【請求項4】
容器内にフラーレンを入れ、容器を真空引きした後、容器を封止することを特徴とする容器入りフラーレンの製造方法。
【請求項5】
フラーレンを真空中で保存することを特徴とするフラーレンの保存方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−168463(P2011−168463A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−36103(P2010−36103)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【出願人】(000222842)東洋炭素株式会社 (198)
【Fターム(参考)】