説明

局部抜湯法

【課題】 温泉水位が高い第1の地質範囲と温泉水位が低い第2の地質範囲が隣接する場合に、温泉水を坑道に誘引することなく温泉水位の平滑化をはかり、上記第1の地質範囲の温泉水位を低下させる。
【解決手段】 温泉水位が高い第1の地質範囲Iと温泉水位が低い第2の地質範囲IIが隣接している場合に、上記第2の地質範囲IIの温泉水位L2よりも低い位置で当該第2の地質範囲IIを通過し、さらに上記第2の地質範囲IIの温泉水位よりも低い位置で上記第1の地質範囲Iを貫通する略直線上であって、上記第2の地質範囲IIの温泉水位L2より高い海抜に位置する作業坑道A1を設け、上記作業坑道A1から出発し、上記第2の地質範囲IIの温泉水位よりも低い位置で上記第2の地質範囲IIを通過し、さらに上記第1の地質範囲Iを貫通する略直線状の試錐孔A2を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉱山を開発する際に、温泉水位を下げる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、地すべり地の斜面において、地下水を地表から差し込んだ水抜きパイプで排水することにより、地すべりを防止する水抜きボーリングが行われており、例えば、地すべり地等の地下水を、水抜きパイプから排水される地下水の流動エネルギーを利用して強制排水して地下水位を低下させ、斜面の安定を図る方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
また、トンネル掘削を行う際には、掘削箇所の地山前方に地下水が存在すると、切り羽から湧出する水により掘削が困難となる場合があるので、地山に削孔を形成する水抜きボーリングにより地山からの水抜きを行い、地下水位を下げ、切り羽水圧や湧水の減少を図るようにしている。
【0004】
さらに、地下資源を利用するための鉱山開発では、探査によって地下の何処にどれだけ資源が存在するかを確認し、確認された資源を実際に地表へ取り出す採掘を行う際に、採掘の妨げとなる地下水位を低下させる対策を必要とする場合が多々あり、地下水を排水するためのポンプ設備を例えば鉱山最深部に設けるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−036367号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、例えば、マグマによって熱せられた熱水(鉱液)が地下の割れ目や断層に沿って流れる過程で成分を沈殿させた鉱脈型鉱床の鉱山開発では、鉱脈は地底深くに連続して存在しており、特に火山帯などに存在する鉱山では高温の温泉水を伴うことが多い。このような状況においては、高温の温泉水の湧出が操業を妨げるため、鉱脈の採掘に先立って鉱脈中の温泉水を排出することが必要となる。
【0007】
鉱脈中の温泉水は、鉱山最深部に設けられたポンプ設備などの既知の手段により、排出することが可能である。
【0008】
しかしながら、この場合、ポンプ設備を中心として、ある一定の範囲内のみ温泉水の水位を低下させた状態を維持することができるが、その影響範囲の内外で急激な水位勾配が生じる。結果的に、温泉水位が高い第1の地質範囲と、温泉水位が低い第2の地質範囲とが隣り合って存在することになり、第1の地質範囲の温泉水の水位を低下させるための設備を別途設ける必要がある。しかし、ポンプ設備は非常に高コストであるため、容易に設けることができない。
【0009】
また、上記特許文献1に開示されている水抜きの手法は、地すべり地の斜面において、地下水を地表から差し込んだ水抜きパイプで排水する際に、排水された地下水そのものの流動エネルギーを利用して強制排水する方法であり、地すべり等における斜面の安定性を上げる手法として有効であるが、上記問題点の解決に適用することはできない。
【0010】
そこで、本発明の目的は、上述の如き従来の状況に鑑み、温泉水位が高い第1の地質範囲と温泉水位が低い第2の地質範囲が隣接する場合に、温泉水を坑道に誘引することなく温泉水位の平滑化をはかり、上記第1の地質範囲の温泉水位を低下させることのできる局部抜湯法を提供することにある。
【0011】
本発明の他の目的、本発明によって得られる具体的な利点は、以下に説明される実施の形態の説明から一層明らかにされる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述の如き従来の問題点を解決するために、本発明では、温泉水位が高い第1の地質範囲と温泉水位が低い第2の地質範囲が隣接する場合に、上記第2の地質範囲の温泉水位より高い海抜に位置する作業坑道から出発して、上記第2の地質範囲と第1の地質範囲を上記第2の地質範囲の温泉水位よりも低い位置で貫通する試錐孔を設けることにより、温泉水を坑道に誘引することなく温泉水位の平滑化を図る。
【0013】
すなわち、本発明に係る局部抜湯法は、温泉水位が高い第1の地質範囲と温泉水位が低い第2の地質範囲が隣接している場合に、上記第2の地質範囲の温泉水位よりも低い位置で当該第2の地質範囲を通過し、さらに上記第2の地質範囲における通過位置よりも低い位置で上記第1の地質範囲を貫通する略直線上であって、上記第2の地質範囲の温泉水位より高い海抜に位置する作業坑道を設け、上記作業坑道から出発し、上記第2の地質範囲の温泉水位よりも低い位置で第2の地質範囲を通過し、さらに上記第1の地質範囲を貫通する略直線状の試錐孔を設け、上記試錐孔を介して上記第1の地質範囲と第2の地質範囲を連通させることにより、上記第1の地質範囲の温泉水位を低下させることを特徴とする。
【0014】
また、本発明に係る局部抜湯法は、高温の温泉水を扱うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の局部抜湯法では、温泉水位が高い第1の地質範囲と温泉水位が低い第2の地質範囲が隣接する場合に、ポンプ等の動力を有する設備を新たに設置することなく第1の地質範囲の温泉水位を第2の地質範囲の温泉水位程度まで低下させることができ、鉱脈型鉱床の鉱山開発等において、その鉱工業的価値は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の局部抜湯法の一実施例を示す概要図である。
【図2】比較例を示す概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0018】
本発明は、例えば図1に示すように、温泉水位が周辺より高い第1の地質範囲Iと低い地質範囲IIが隣接しており、それぞれの温泉水位がL1、L2のようになっている場合に適用される。
【0019】
尚、上記第1の地質範囲Iと第2の地質範囲IIが隣接していることは、坑内から行う鉱脈の調査結果によって明らかなものであり、図1においては、その実情を含め簡略化して示している。
【0020】
図1において、要作業領域Wは、例えば金量が多量に含まれるが鉱脈中に賦存する温泉水のために鉱石採掘が不可能な領域を表している。
【0021】
従来、鉱脈中の温泉水位を低下させるためには、第1の地質範囲Iの水位を低下させるためのポンプ設備を新規に設置して排水しなければならなかったが、ポンプ設備は高コストのため、要作業範囲の金量販売による利益とポンプ設置のコストがバランスせず、実施することができなかった。
【0022】
本発明では、第2の地質範囲IIの温泉水位レベルL2以下を通過し、温泉水位が高い第1の地質範囲Iの初期水位L1より低い位置であって、要作業領域Wの下限以下の位置に貫通する略直線のルートとなるように試錐孔A2を設置することにより、上記試錐孔A2を介して上記第1の地質範囲Iと第2の地質範囲IIを連通させ、上記第1の地質範囲Iの温泉水位を低下させる。
【0023】
すなわち、本発明に係る局部抜湯法では、温泉水位が高い第1の地質範囲Iと温泉水位が低い第2の地質範囲IIが隣接している場合に、上記第2の地質範囲IIの温泉水位L2よりも低い位置で当該第2の地質範囲IIを通過し、さらに上記第2の地質範囲IIにおける通過位置よりも低い位置で上記第1の地質範囲Iを貫通する略直線上であって、上記第2の地質範囲IIの温泉水位L2より高い海抜に位置する作業坑道A1を設ける。そして、上記作業坑道A1から出発し、上記第2の地質範囲IIの温泉水位よりも低い位置で上記第2の地質範囲IIを通過し、さらに上記第1の地質範囲Iを貫通する略直線状の試錐孔A2を設ける。このように、上記試錐孔A2を介して上記第1の地質範囲Iと第2の地質範囲IIを連通させることにより、温泉水を作業坑道A1に誘引することなく温泉水位の平滑化をはかり、上記第1の地質範囲Iの温泉水位を低下させる。
【0024】
ここで、上記試錐孔A2を設ける略直線のルートと上記第1の地質範囲Iと第2の地質範囲IIの交点を温泉水位以下とし、両方を被圧下とすることで、上記第1の地質範囲Iから温泉水を大気圧下にさらすことなく第2の地質範囲IIに移動させ、温泉水に含まれている溶存物質によるスケール付着の発生を防止している。
【0025】
試錐孔A2の掘削を開始する地点は地表からでもかまわないが、第2の地質範囲IIの温泉水位レベルL2より高い位置にある坑道部分で、前記ルートが取れる位置を選択することが好ましい。これは、試錐孔A2の総延長を短くするためと、試錐孔A2を掘削するルートの正確性が向上するからである。
【0026】
このように上記試錐孔A2を設置することにより、第1の地質範囲Iにおいては温泉水位が低下してL1Aとなり、第2の地質範囲IIにおいては図1中のL2Aの位置まで水位が上昇する。これは、温泉水が試錐孔A2を介して移動するためであり、仮に第1の地質範囲Iと第2の地質範囲IIの間に不透水性の岩盤があっても、試錐孔A2が貫通すれば実現することができる。
【0027】
尚、図1中、L1AとL2Aの水位が完全に同一レベルにならないのは、温泉水に働く力は重力だけでなく、湧水量や透水性など複雑な要因が関連しているからだと発明者らは考えている。また、繰り返しになるが、本発明の特徴は、第1の地質範囲Iの要作業領域Wの下限以下の位置を通過し、第2の地質範囲IIの温泉水位レベルL2以下に貫通する略直線のルートとなるように試錐孔A2を設置することである。
【0028】
実験室的に単純に考えれば、上記L1AとL2Aの両水位は同じレベルになるはずだが、上述の如く温泉水に働く力は重力だけでなく、湧水量や透水性など複雑な要因が関連しており、単純な結果とは違うものとなると考えられる。この複雑な要因を考慮して、本発明のように、試錐孔A2を設置することにより、目標とする要作業領域Wの下限以下の位置まで第1の地質範囲Iの温泉水位を低下させることができる。
【0029】
以上詳細に説明したとおり、本発明を適用すれば、ポンプなどの新規設備を設置することなく、温泉水位が高い第1の地質範囲Iと温泉水位が低い第2の地質範囲IIが隣接する場合に、第1の地質範囲Iの温泉水位を第2の地質範囲IIの温泉水位に近い程度まで低下させることができる。
【0030】
上述の如くマグマによって熱せられた熱水(鉱液)が地下の割れ目や断層に沿って流れる過程で成分を沈殿させた鉱脈型鉱床の鉱山開発では、鉱脈が地底深くに連続して存在しており、特に火山帯などに存在する鉱山では高温の温泉水を伴うことが多いので、本発明の鉱工業的価値は極めて大きい。すなわち、本発明を適用することにより、操業の妨げとなる高温の温泉水の湧出に効率よく対処することができる。
【実施例1】
【0031】
実施例1では、それぞれ東西方向に連続する鉱脈を含み、温泉水位L1が海抜9.3mである第1の地質範囲Iと、海抜マイナス20m程度の温泉水位L2である第2の地質範囲IIが隣接した坑内(坑口は海抜約265m)において、北から作業坑道A1、第2の地質範囲II、第1の地質範囲Iとなるように設定し、海抜マイナス5m付近の作業坑道A1から試錐孔A2を掘削した。
【0032】
試錐孔A2は、作業坑道A1から出発し、第2の地質範囲IIにおいては海抜マイナス30m程度を通過し、第1の地質範囲Iにおいて海抜マイナス60mに貫通する略直線状である。また、試錐孔A2の直径は約10cmであり、総延長(掘進長)は約600mである(図1参照)。
【0033】
その結果、第1の地質範囲Iにおいて温泉水位が約10m低下し、要作業領域Wを温泉水位より上位にすることができ、要作業領域Wの鉱脈を採掘することが可能になった。
【比較例1】
【0034】
比較例1では、図2に示すように、第1の地質範囲Iと第2の地質範囲IIの略中間にあって海抜10m付近に作業坑道B1を設け、この作業坑道B1から、第1の地質範囲Iの海抜マイナス5m付近に試錐孔B2(掘進長約350m)を、また、第2の地質範囲IIの海抜マイナス20m付近に試錐孔b(掘進長約70m)を設置した。これ以外は、実施例1と同様である。
【0035】
その結果、第1の地質範囲Iにおいては、温泉水位は約1mしか低下せず、温泉水を坑道に誘引することなく温泉水位の平滑化をはかることはできず、ポンプ設備を設けなければ要作業領域Wを採掘可能にすることはできなかった。
【符号の説明】
【0036】
I 第1の地質範囲、II 第2の地質範囲、W 要作業領域、A1 作業坑道、A2 試錐孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
温泉水位が高い第1の地質範囲と温泉水位が低い第2の地質範囲が隣接している場合に、
上記第2の地質範囲の温泉水位よりも低い位置で当該第2の地質範囲を通過し、さらに上記第2の地質範囲における通過位置よりも低い位置で上記第1の地質範囲を貫通する略直線上であって、上記第2の地質範囲の温泉水位より高い海抜に位置する作業坑道を設け、
上記作業坑道から出発し、上記第2の地質範囲の温泉水位よりも低い位置で当該第2の地質範囲を通過し、さらに上記第1の地質範囲を貫通する略直線状の試錐孔を設け、
上記試錐孔を介して上記第1の地質範囲と第2の地質範囲を連通させることにより、上記第1の地質範囲の温泉水位を低下させることを特徴とする局部抜湯法。
【請求項2】
高温の温泉水を扱うことを特徴とする請求項1記載の局部抜湯法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−14968(P2013−14968A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−149282(P2011−149282)
【出願日】平成23年7月5日(2011.7.5)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)