説明

屈折率変化素子

【課題】透明領域において1%を超える屈折率変化率を示す屈折率変化素子を提供する。
【解決手段】中心部に位置するπ共役系および前記π共役系の周囲に配置されるアルカン鎖を含む有機分子で形成され離散的なエネルギー準位を持つ複数の量子ドットと、前記量子ドットをその中に分散させる誘電体マトリクスとを有する構造部と、前記構造部に対して電子を注入する電子注入部とを具備することを特徴とする屈折率変化素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、屈折率変化素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、多くの研究機関によって屈折率変化材料の研究開発が進められている(例えば、特許文献1参照)。屈折率は光の伝播特性を制御するため、屈折率の大きさや分布を制御することは、光を制御することになるからである。
【0003】
たとえば、液晶による屈折率変化制御技術を開発することによって、液晶ディスプレイなどが製品化されている。これは液晶分子の配向制御によるものである。また、屈折率変化は光コンピュータの主要なメカニズムになると考えられているため、主にポッケルス効果やカー効果など、二次あるいは三次の非線形光学材料の研究が数多く行われてきている。
【0004】
液晶では10%程度の屈折率変化を達成できるが、液晶は常温下で液状であるため応用用途が限られる。液晶は、電圧をオフにした場合に、記録を保持することができないデメリットもある。一方、二次あるいは三次の非線形光学材料では、透明領域における屈折率の変化率が実質的に1%を超えるものはほとんどない。
【0005】
屈折率変化を利用するといった観点から、導波路材料としてフォトクロミック分子の利用も試みられている。しかし、フォトクロミック分子は化学変化を伴うため、屈折率変化が不十分であることや熱によって影響を受けやすいことなどの問題点がある。また、熱エネルギーを利用して屈折率変化を起こす熱光学デバイスも作製されており、マッハツェンダー型光スイッチよりもスイッチパワーの点で優れている。しかし、熱光学デバイスに用いられる材料は耐熱性が不十分であり、長期使用には向かない。
【特許文献1】特開2002−217488号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、透明領域において1%を超える屈折率変化率を示す屈折率変化素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る屈折率変化素子は、中心部に位置するπ共役系および前記π共役系の周囲に配置されるアルカン鎖を含む有機分子で形成され離散的なエネルギー準位を持つ複数の量子ドットと、前記量子ドットをその中に分散させる誘電体マトリクスとを有する構造部と、前記量子ドットに対して電子を注入するかまたは電子を排出する電子注入・排出部とを具備することを特徴とする。
【0008】
本発明の他の態様に係る屈折率変化素子は、中心部に位置する1つ以上の金属元素および前記金属元素の周囲に配位した有機もしくは無機化合物からなる配位子を含む錯体で形成され離散的なエネルギー準位を持つ複数の量子ドットと、前記量子ドットをその中に分散させる誘電体マトリクスとを有する構造部と、前記量子ドットに対して電子を注入するかまたは電子を排出する電子注入・排出部とを具備することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の屈折率変化素子によれば、透明領域において1%を超える屈折率変化率を示す屈折率変化素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態の屈折率変化素子について説明する。
【0011】
図1に示す屈折率変化素子は、離散的なエネルギー準位を持つ複数の量子ドット1と、これらの量子ドット1を分散させる誘電体マトリクス2とを有する構造部3と、誘電体マトリクス2を通して量子ドット1に対して電子を注入するかまたは電子を排出する電子注入・排出部4とを有する。この図では電子注入・排出部4として一対のITO(Indium-Tin Oxide)電極を用いている。
【0012】
電子注入・排出部としての一対のITO電極4、4はそれぞれガラス基板5、5上に形成されている。一対のITO電極4、4は、準位制御部11および電圧制御部12を介して電源13に接続されている。ITO電極4、4から屈折率変化素子に電圧を加えて電子を注入した後、光源15より光を入射して屈折率変化を観測する。本発明の実施形態に係る屈折率変化素子では、電圧制御のみで屈折率変化を実現できる。
【0013】
量子ドットとは、電子のド・ブロイ波長程度の大きさをもつドット状の領域に電子を閉じ込めることにより、状態密度エネルギーが離散化された0次元電子系のことである。量子ドットは離散的なエネルギー準位を有する。
【0014】
複数の量子ドットと、これらの量子ドットを分散させる誘電体マトリクスとにより構造部が形成されている。構造部では、誘電体マトリクスがバリアとなり、量子ドットのエネルギー準位が量子井戸型構造となる。構造部における量子ドットのエネルギー準位に対して、注入される電子のエネルギーがほぼ一致すれば、電子が誘電体マトリクスを通してトンネリングする。シュレーディンガー方程式によれば、バリア(誘電体マトリクス)が厚すぎるとトンネル効果による電子注入が起こる確率は著しく低くなってしまうので、誘電体マトリクスはある程度薄いことが必要である。
【0015】
本発明の一実施形態においては、量子ドットとして、中心部に位置するπ共役系および前記π共役系の周囲に配置されるアルカン鎖を含む有機分子が用いられる。このような有機分子においては、π共役系によって電子を容易に受け取ることができ、その周囲に配置されるアルカン鎖の存在により注入された電子を安定に保持できる。
【0016】
本発明の他の実施形態においては、量子ドットとして、中心部に位置する1つ以上の金属元素および前記金属元素の周囲に配位した有機または無機配位子を含む錯体が用いられる。このような錯体分子においては、中心部の金属元素によって電子を容易に受け取ることができ、その周囲に配置される有機または無機配位子の存在により注入された電子を安定に保持できる。
【0017】
本発明の実施形態において用いられる量子ドットおよび誘電体マトリクスについては後に詳細に説明する。
【0018】
電子注入・排出部(電子注入部または電子排出部)としては、たとえば構造部を挟む1対の電極や、近接場光学顕微鏡(Near-field Scanning Optical Microscope,NSOM)のプローブとITO透明電極との対が挙げられる。
【0019】
電子注入・排出部として構造部を挟む1対の電極を用いた場合、1対の電極のうち少なくとも一方は、構造部の一部に対応して設けられていても良い。この場合、1対の電極のうち少なくとも一方を複数の部分に分割した形態とし、構造部の任意の一部を選択して電子注入または電子排出を行い、その部分の屈折率を選択的に変化させるようにしても良い。光が1対の電極間で構造部のみを伝播する場合には、両方の電極が光不透過性であっても良いが、電極を通して光を照射する場合には両方の電極が光透過性であるか、一方の電極が光透過性で他方の電極が光不透過性である必要がある。
【0020】
屈折率変化素子は制御部によって制御される。準位制御部は電子注入部(たとえば一対のITO電極)のエネルギー準位を設定する電圧を印加するための電源制御装置であり、電極の準位を制御する。電圧制御部はプログラム制御によって電圧を制御するコントローラ部である。電圧制御部によって指定された電圧を所望の準位に合致するように準位制御部で制御する。
【0021】
機構をより具体的に説明する。電子注入部のエネルギー準位制御部11が、電子注入部が注入する電子のエネルギー準位を決定する。基底準位G1、励起準位E1等に存在する電子は、常に温度によるエネルギーを得たり、放出したりしている。すなわち、基底準位G1等は温度によるエネルギー分だけ余計に幅が広がる。ここで、本説明ではエネルギー準位は温度の影響がなければ、デルタ関数のように幅がないとして説明することができるが、実際は状態密度分布だけ幅があり、エネルギー準位の高さあるいは大きさとはその幅の範囲を全て含むものとする。その幅は、厳密にはフェルミ−ディラック分布関数によって決定されるが、ほぼkT(k:ボルツマン係数(約8.61×10-5(eV/K))、T:温度(単位はK[ケルビン]))で示されることが知られている。したがって、電子注入部のエネルギー準位制御部11は、電子注入部4が基底準位G1を中心とした幅kTのエネルギー(すなわち、G1−kTとG1+kTの間のエネルギー)を持つ電子を屈折率変化素子構造部3に注入するように制御すればよい。より好ましくは、電子注入部のエネルギー準位制御部11は、電子注入部4が基底準位G1よりもkT以下だけ高いエネルギー(すなわち、G1よりも高くG1+(kT以下)であるエネルギー)を持つ電子を屈折率変化素子構造部3に注入するように制御することである。その後、電子注入部のエネルギー準位制御部11が、屈折率変化素子構造部3に接続している電子注入部4の部位の電位をドット基底準位よりkT(eV)以上上げるように制御すると、基底準位G1に在る電子が電子注入部4へ戻ることはできず、励起準位に在る電子が基底準位G1に落ち込まずに安定する。
【0022】
最初に、本発明の実施形態に係る屈折率変化素子の原理を説明する。
本発明の実施形態において、誘電体マトリクスを通して量子ドットへ電子を注入するかまたは量子ドットから電子を排出するメカニズムとしては、(1)バリアを超える電子注入(または電子排出)、(2)トンネル効果、(3)ホッピング伝導が考えられる。例えば、(1)空気中や真空中で電子が電場に従って飛んで行く場合には、空気や真空のバリアを超えて構造部へ電子注入がなされると考えることができる。また、(2)誘電体マトリクスが薄い場合にはトンネリングが起こりやすい。また、(3)誘電体マトリクスが、アモルファスであるか、不純物やイオンを含むものである場合には、局在する準位が形成され、ホッピングによって電子が移動する場合がある。
【0023】
以下、(2)のトンネル効果についてより詳細に説明する。トンネル効果とは、量子力学的な系でポテンシャルV0の高さがあるバリアに、V0よりも小さいエネルギーEの電子が衝突した時にバリアを突き抜ける現象である。バリアの内側でも外側でも確率tがゼロでない場合に起こる。シュレーディンガー方程式に従って計算すれば、バリアを通り抜ける透過率すなわちトンネル効果の確率tは下記の式で表わされる(「単一電子トンネリング概論」春山純志著、コロナ社、2002年初版参照)。
【数1】

【0024】
この式によると、バリアの厚みaが薄いほどトンネリングが起こり易いことがわかる。誘電体マトリクス中に集積された離散的なエネルギー準位をもつ量子ドットに電子が注入されたときに、クーロンブロッケードが起こり、電子が蓄積される条件として以下の3つが挙げられる。
【数2】

【0025】
kはボルツマン定数、Tは温度、RTは接合トンネル抵抗、RQは抵抗量子(25.8kΩ)、Re(Zt(ω))は外場電磁場環境インピーダンスの実部、εは誘電率、Sは接合面積、aはバリアの厚みである。
【0026】
従って、上記3条件を満たすためには小さなSと大きなaが必要である。Sは量子ドットの表面積であるため、量子ドットのサイズが小さい必要がある。クーロンブロッケードが起こるためにはバリアの厚みaは大きな必要があるが、上述したようにトンネル効果が起こるためにはバリアの厚みaがある程度小さい必要がある。このためバリアの厚みaは適切な範囲に規定される。
【0027】
クーロンブロッケード現象はいくつかの条件が重なった時に起こり得る。まず、バリアとなる誘電体マトリックスは電子がトンネルできるほど薄い必要があり、次に誘電体マトリックスの帯電エネルギー(量子ドットのエネルギー準位上昇分)が環境温度エネルギーkT(k:ボルツマン定数、T:絶対温度)より大きい必要がある。従って、バリアの静電容量が小さい必要があるが、その静電容量を決める因子の1つである膜厚は上記のようにトンネリング可能な薄さにとどめるという制限がある。従って、面積すなわち量子ドットの表面積の影響が決定的となり、必然的に量子ドットのサイズは小さいことが必要となる。
【0028】
クーロンブロッケードをエネルギー準位の観点から説明すれば、電極のエネルギー準位であるフェルミレベルとトンネリング先である量子ドットのエネルギー準位(Ecとする)との関係で決定される。すなわち、電子1個の注入でEcが環境温度エネルギー以上変化すればよく、これは電極のエネルギー準位と量子ドットのエネルギー準位との相対関係といえる。
【0029】
一方、屈折率は基底準位(HOMO:Highest Occupied Molecular Orbital、SOMO:Single occupied molecular orbital)と励起準位(LUMO:Lowest Unoccupied Molecular Orbital)との間のエネルギーギャップの大きさに関係しており、これら2つの相対関係である。
【0030】
従って双方は同一ではないが、1つの準位が変化すればそれに関わるエネルギーギャップも変動していることが一般的であり、クーロンブロッケードが起こることが、屈折率変化を電気的な手法で観測する判断の1つとなる。
【0031】
付け加えれば、クーロンブロッケード現象はトンネル電流で観測するものであるが、注入する電子はトンネル電流でなくともエネルギー準位の変化は起きる。すなわち、バリアマトリクスを超えて電子が注入されても、トンネル電流のブロッキングは観測される。
【0032】
本発明の実施形態においては、構造部へ電子を注入した後であれば電子注入部がなくても構造部の屈折率変化の効果が維持されるので、電子注入後に電子注入部を取り外すことができる。これは記録装置になぞらえると、電子注入部が記録装置、電子注入される構造部が媒体(屈折率変化媒体)に相当するといえる。
【0033】
本発明は屈折率変化の新しいメカニズムを提案するものであり、本発明の実施形態に係る屈折率変化素子を用いたレンズを作製すれば、これまでのレンズよりも大きな屈折率変化が得られる。
【0034】
本発明における屈折率変化のメカニズムは以下の通りである。量子ドットに電子を注入すると、屈折率の決定に大きく寄与する分子軌道の最外殻オービタル(すなわち最高被占分子軌道)の外側に、新たに最外殻オービタル(すなわちより高エネルギーの最高被占分子軌道)が形成され、このような量子ドットが高誘電率材料で囲まれていることで、さらに大きな屈折率変化の効果を得ることができる。逆に、量子ドットから電子を排出すると、屈折率の決定に大きく寄与する最外殻オービタル(すなわち最高被占分子軌道)がなくなる。
【0035】
本発明の実施形態に係る屈折率変化素子の効果は、ポッケルス効果を代表する2次や3次の非線形光学効果によって構造部の屈折率変化を得る従来技術とは大きく異なる。両者の相違点について以下に説明する。
【0036】
(1)従来技術では、電子は構造部に電場を加えるための電極にとどまっている。一方、本発明の実施形態では、電子は電子注入部から構造部の量子ドットへと移動する(または電子は構造部の量子ドットから電子排出部へ移動する)。
【0037】
(2)従来技術では、構造部に電圧を印加することを止めたときに、非線形光学効果が失われ、屈折率変化効果も失われる。一方、本発明の実施形態では、電子が量子ドットにとどまっている限り、屈折率変化の効果が持続する。
【0038】
(3)従来技術のポッケルス効果では、屈折率変化の度合いはたかだか10-3程度である。一方、本発明の実施形態では、屈折率変化の度合いは10-1またはそれ以上になる。
【0039】
(4)一般にフォトクロミズムなど吸収スペクトルを変化させる方法はいくつかある。また、クラマース=クロニッヒの関係が導くように、吸収端近傍における屈折率変化は比較的大きくできる。このため、吸収スペクトルまたは吸収係数を変化させて屈折率実部を変化させる方法はよく用いられている。しかし、透明領域においては大きく屈折率を変化させることは難しい。一方、本発明の実施形態においては、透明領域においても大きな屈折率変化をもたらすことができる。
【0040】
(5)一般的な3次元のバルク半導体の場合、多数の電荷が同一励起バンド枝に存在するため、1個の電子を注入してもバンド(エネルギー準位)を占有する電子の分布の変化が非常に小さい。一方、本発明の実施形態では、量子ドットのエネルギー準位が離散化されているため、1個のエネルギー準位に存在できる電子の数は数えられる程度である。このため量子ドットに新たに1個の電子を注入した場合、電子はそれまで電子が存在していなかったエネルギー準位を占有する。また、量子ドットのエネルギー準位が離散化しているため、吸収スペクトルピークの幅が狭く透明領域が広い。
【0041】
(6)本発明の実施形態に係る屈折率変化素子は、光を導波させることを目的とするものであり、この点で吸収や共鳴状態を伴うレーザや増幅器とは異なる。従って、透明な波長領域が広ければ広いほど光デバイスとしての応用範囲は広くなる。さらに、本発明の実施形態は、吸収共鳴効果で3次非線形光学効果が増幅される量子ドット励起子効果とは原理も異なり、透明領域でも屈折率変化するという効果も異なる。
【0042】
(7)本発明の実施形態では、量子ドット以外の誘電体マトリクスは屈折率変化しないため、量子ドットの密度が高いほど全体の平均屈折率変化が大きくなる。本発明の実施形態に係る屈折率変化素子を導波路として使用する場合、平均屈折率変化が少なくとも1.5%を超えるように量子ドットの密度を設定することが有効である。1.5%とは現在使用されている導波路の屈折率変化の一般的な値である。
【0043】
上記の相違点に関連してさらに原理的な説明を述べる。量子ドットへ入射した光はその電場によって、電子殻を揺らす(励起)。揺らされた電子殻は光を放出する。この時の放出過程はアインシュタインのB係数(誘導吸収または放出の係数)に関わるもので、非共鳴領域においても励起から放出までに時間を要する。励起と放出を繰り返すことによって、光は伝播していく。この励起・放出にかかる時間が光伝播の位相速度Vpを決定する。真空中の光速をCとするとVp/Cが、本発明において変化を起こそうとする屈折率実部である。屈折率は、以下に示すように、ローレンツ−ローレンスの式を通して分子分極率と関係づけられる。
【数3】

【0044】
ここで、nは屈折率、Mはモル質量(1モルあたりの質量)、ρは密度、Nはアボガドロ数、αは分極率である。
【0045】
分子分極率を変化させるためには、2次、3次の非線形光学効果を利用し、電場を印加することによって電子のオービタルを歪ませるという方法が一般的である。しかし、この方法による分極率変化は小さい。一方、ナノスケールサイズの量子ビットに電子を注入した場合、新しくオービタルが形成され、かつクーロン反発がおこるため、HOMOやLUMOのケミカルポテンシャルやHOMO−LUMOギャップが大きく変動する。従ってこれらの効果により分極率が大きく変化する。なお、量子ドットから電子を排出した場合、新たなオービタルは形成されないため、電子を注入した場合に較べて屈折率の変化は小さい。それでも、従来技術である非線形光学効果による分極率変化に較べて大きな変化が期待できる。
【0046】
また、一般に、量子ドットに電子を過剰に供給すると量子ドットは安定して存在しにくくなる傾向がある。一方、本発明の実施形態のように、量子ドットの周囲を誘電体で取り囲むと、誘電緩和により全体のエネルギーが安定し、しかも分極率の変化も大きくなる。電子注入時には、誘電体マトリクスのLUMOを量子ドットのLUMOよりも高くしておくことによって、電子は量子ドットに捕獲される。
【0047】
電子注入時の駆動電圧は、量子ドット間に存在する誘電体をコンデンサーとして考え、このコンデンサーが電極間に直列に並んだ回路と考えて概算することができる。モデルとして、1辺の長さが1nmである立方体の量子ドットの周囲を膜厚0.5nmの誘電体マトリクスが囲んでいると仮定し、これが直列に5個並んだコンデンサーを考える。このコンデンサー間に電子1個分ずつが蓄積されていったとして電圧Vを計算する。電圧Vとコンデンサーの容量Cと電荷Qの間にはV=Q/Cの関係がある。また、Cは下記の式で表される。
【0048】
C=ε0εrS/d
ここで、ε0は真空の誘電率(ε0=8.85×10-12F/m)、εrは比誘電率、Sはコンデンサーの面積、dはコンデンサーの距離である。
【0049】
上記のモデルでは、S=1×10-182、d=1×10-9×5[m]である。ただし、量子ドットを含めた全厚みは10nmとなる。電荷Qは量子ドットに注入される電子5個分に相当するので、Q=e×5=1.6×10-19[C]×5=8×10-19[C]となる。
【0050】
εr=10とするとC=1.8×10-20となるのでVは約44Vとなる。全厚みを100nmとすると、εr=10の場合は440Vとなるが、εr=100の場合は44V、さらにεr=1000であれば4.4Vとなり、容易に電子注入可能である。上記のモデルではεr=880程度で駆動電圧が約5Vとなるので、駆動電圧の観点からみればこの程度の比誘電率が好ましい。さらに厚みを増したい場合には、電極を多層にして厚みを増しても良い。なお、電極に対して並列に並べることは問題ない。
【0051】
駆動電圧については、電子排出の際にも上記電子注入の場合と同様に考えることができる。また、本発明の実施形態においては、量子ドットへの電子の注入または量子ドットからの電子の排出のどちらかのみを行い、これらを同時に行うことはしない。
【0052】
次に、本発明の実施形態における量子ドットについて説明する。本発明の実施形態においては、(1)中心部に位置するπ共役系および前記π共役系の周囲に配置されるアルカン鎖を含む有機分子で形成される量子ドット、または(2)中心部に位置する1つ以上の金属元素および前記金属元素の周囲に配位した有機または無機配位子を含む錯体で形成される量子ドットが用いられる。ここで言う有機とは、炭素を含む化合物のことを特に指し、無機とは炭素を含まないが金属ではない化合物のことを指す。具体的には、有機は炭素と水素を中心に構成されるのに対して、無機はNH2、CO、H2Oなどからなる炭素を含まない分子を指す。
【0053】
(1)中心部に位置するπ共役系および前記π共役系の周囲に配置されるアルカン鎖を含む有機分子で形成される量子ドットについて説明する。この有機分子は、内部のπ共役系がコア、外周部のアルカン鎖がシェルをなすので、コアシェル型有機分子という場合がある。有機分子は、一分子系の平面分子(スターバースト型)または球状分子(デンドリマー型)であることが望ましい。
【0054】
中心部に位置するπ共役系には、ポルフィリン、アゾベンゼン、トリフェニルアミン、フタロシアニン、ローダミン、キノリンなどの炭化水素と窒素元素からなる化合物の誘導体;テトラチアフルバレン(TTF)、イソチアナフテン、4H−シクロペンタ[2,1−b;3,4b’]ジチオフェン−4−オン(CDT)などの炭化水素と硫黄元素からなる化合物の誘導体;たとえばJ. Phys. D: Appl. Phys. 35, 2002, 5-8に記載されているような炭化水素とリン元素からなる化合物の誘導体が用いられる。
【0055】
上記のような複素環によって形成されるπ共役系の末端に、アルカン鎖が結合している。アルカン鎖は多分岐したものであることが望ましい。ターシャリーブチル基(トリメチルメタン基)やイソプロピル基(ジメチルメタン基)に代表される多分岐アルカンは、空間的配置の広がりが大きいため、コアを外部から遮蔽する効果が高まる。アルカン鎖は、ターシャリーブチル基、イソプロピル基に限定されず、より多くの分岐を有するアルカン鎖であっても良い。ただし、量子ドットとして機能するためには、有機分子全体のサイズが10nm以下であることが必要で、1nm程度であることがより好ましい。また、分岐アルカン鎖は電子のクーロン障壁になる。このため、コアのπ共役系の大きさを考慮して、アルカン鎖の大きさを適切に決定することが好ましい。
【0056】
ここで、量子ドットとして中心部にπ共役系を有する有機分子を用いる場合、周囲の誘電体マトリクスに極性官能基が導入されていると、π共役系と極性官能基との分子間相互作用が大きくなる可能性がある。量子ドットは本質的に1nm程度の大きさであるため、こうした分子間相互作用の影響を無視できない。量子ドットは、1kcal/mol程度の比較的弱い電気的結合にも影響されやすくなる。こうした弱い電気的結合は、物質をバルクで取り扱う際には無視できたものである。量子ドット内のπ共役系に存在する電子群は、周囲の誘電体マトリクスが持つベンゼン環などの共役結合との間でπ−π相互作用を及ぼし、量子ドットの電子安定状態に多大な影響を及ぼす恐れがある。量子ドット内にシアノ基、ニトロ基、第四級アミン、カルボニル基などの官能基が存在する場合にはさらに強い相互作用が発現する恐れがある。これらの現象は、電荷注入を行って屈折率変化をもたらす素子としての機能を大幅に阻害する要因となる。また、相互作用によって光の吸収量が増加し、光損失が高くなる傾向を示す。
【0057】
コアシェル型有機分子では、シェルのアルカン鎖が、コアのπ共役系と誘電体マトリクスの官能基との間の相互作用を遮蔽する良好なポテンシャル障壁となるため、電荷注入前後における分極率変化が阻害されることがなくなる。有機分子からなる量子ドットではクーロンブロッケード現象が発現して電子が保持される。この時、帯電エネルギーEc(Ec=e2/2Cj)は常にkT(k:ボルツマン定数、T:温度)以上でなければならない。このためにはクーロン障壁の接合容量(Cj)が小さいことが望ましい。つまり、接合面が増加するほどEcは大きくなる。分子形状をコアシェル型にすることによって接合面の面積、すなわちバリア厚みaを増大させ、極低温のみならず常温下においてもクーロンブロッケード現象を起こしやすくする効果がある。
【0058】
有機分子中のπ共役系の共役長を増やすと、HOMO,LUMOのエネルギーが低くなり、電荷注入後にも安定化する傾向にある。これは換言すると電子親和力が高くなるということである。しかしながら、共役長を伸ばすと分子サイズは大きくなるため、量子ドットとしての性質を失う恐れがある。前述したように量子ドットはド・ブロイ波長以下の領域でのみ量子としての性質を示す。このため、π共役系の共役長は、量子ドットとしての性質を損なわず、かつ電子注入後の安定性が高いという両方の性質を併せ持つように決定することが望ましい。両方の性質を容易に実現するためには、有機分子中のπ共役系に電子吸引性の官能基を導入することが望ましい。電子吸引性の官能基としては、シアノ基、ニトロ基、スルホン基、四級アミン基などが挙げられる。この中でもシアノ基およびニトロ基は、特に電子吸引性に優れ、かつ電子注入後の準位を低く抑える効果がある。これらの官能基を導入したπ共役系を含む有機分子からなる量子ドットでは、電子注入後の状態を安定化させることができる。このように長い共役長と電子吸引基との組み合わせを有するコアを用いることによって、効率のよい量子ドットを提供することができる。
【0059】
(2)中心部に位置する1つ以上の金属元素および前記金属元素の周囲に配位した有機もしくは無機化合物からなる配位子を含む錯体で形成される量子ドットについて説明する。
【0060】
本発明の実施形態において用いられる錯体は、中心部に位置する1つ以上の金属元素を含み、この金属元素の周囲に有機または無機配位子が配位した構造を有する。中心部に位置する金属元素は複数でもよい。すなわち、金属元素どうしが弱い結合力を介して接続し複数の金属を中心とする錯体(クラスター錯体と呼ばれる)が形成される場合もある。ReBr4−ReBr4はRe間で弱く結合して複核錯体となる。このように中心部に位置する金属原子が1つであっても複数であっても、中心部には電子が豊富に存在する。このような錯体は、電子との親和性が良く、多くの電子を保持することができる。
【0061】
量子ドットは誘電体マトリクスの中に分散して用いられる。つまり、量子ドットの周囲に誘電体マトリクスが存在することになる。これはトンネル障壁として機能するが、誘電体マトリクスは常に均一であるとは限らず、量子ドット付近において複数の不純物準位を持つ場合もあることから、錯体分子自体がトンネル障壁を有していることが望ましい。
【0062】
金属元素からなる中心部の金属元素の周囲には有機または無機配位子が配位している。有機または無機配位子が中心部の金属元素に対して平面的に放射状に広がったスターバースト型、または有機または無機配位子が中心部の金属元素に対して三次元的に放射状に広がったデンドリマー型の構造を有することが望ましい。このような錯体は、内部の金属元素がコア、外周部の配位子がシェルをなすので、コアシェル型錯体という場合がある。錯体分子のサイズがド・ブロイ波長程度であると、有機配位子がトンネル障壁として作用する。有機または無機配位子としては、ポルフィリン環、フタロシアニン環、クラウンエーテルのようないわゆるクリプト配位子、フェニル基(フェロセンやニッケロセンのような錯体の場合)、アスパラギン酸、ジアミノ酪酸などのアミノ酸、エチレンジアミン、ピリジンなどの窒素型配位子、トリフェニルフォスフィンなどのリン型配位子、グリシナト、アセチルアセトナトなどの酸素型配位子が挙げられる。また一酸化炭素や水も配位子として機能する。
【0063】
配位子の末端には、アルカン鎖が結合していることが望ましい。アルカン鎖は、ポルフィリン環やフタロシアニン環などに代表される巨大な有機配位子の化学的性質を変化させうる。アルカン鎖は、上述した他の有機配位子にも結合させることができる。アルカン鎖は多分岐したものであることが望ましい。ターシャリーブチル基(トリメチルメタン基)やイソプロピル基(ジメチルメタン基)に代表される多分岐アルカンは、空間的配置の広がりが大きいため、中心部の金属元素を外部から遮蔽する効果が高まる。アルカン鎖は、ターシャリーブチル基、イソプロピル基に限定されず、より多くの分岐を有するアルカン鎖であっても良い。ただし、量子ドットとして機能するためには、有機分子全体のサイズが10nm以下であることが必要で、1nm以下であることがより好ましい。また、分岐アルカン鎖は電子のエネルギー障壁になりうる。このため、中心部の金属元素の電子親和性の大きさを考慮して、アルカン鎖の大きさを適切に決定することが好ましい。また、アルカン鎖は周辺の誘電体マトリクスとの親和性を高め、誘電体マトリクス中における量子ドットの効率的な分散を促す効果もある。量子ドット間があまりにも近接していたり、凝集していたりすると、所望の効果を発現しないことがある。誘電体マトリクス中での量子ドットの分散状態は互いに影響を及ぼしあわないように離れていることが望ましい。量子ドットどうしの近接による影響と、誘電体マトリクス中での充填量を考慮に入れると、量子ドット間の間隔は少なくとも10nm程度とすることが望ましい。
【0064】
一般的に錯体分子は、平面型、4面体型、6配位型、8面体型などの立体構造を取る。図2(a)に平面正方形の立体構造を有する錯体分子、図2(b)に6配位テトラゴナルの立体構造を有する錯体分子を示す。これらのうち特に平面正方形型類似の立体構造であることが望ましい。
【0065】
これらの立体構造を取る錯体は、結晶場分裂が比較的大きく、かつ低スピン型の電子配置になることがある。図3に示す[Co(NH363+を例にして、低スピン型の電子配置を説明する。この図に示されるように、[Co(NH363+においては下位軌道のみが電子によって占有され、上位軌道は空の状態である。この状態は、反磁性でもある。この状態にある錯体分子に、外部から電子が注入された際には、結晶場分裂したd軌道の上位軌道を電子が占めることになる。上位軌道への電子注入によって電子雲の広がりをもたらし、所望の屈折率変化を得ることが可能となる。ここではコバルト錯体の例を示したがこれに限定されるものではない。
【0066】
平面正方形および6配位テトラゴナルの立体配置の場合には、結晶場分裂のエネルギーギャップΔ0が比較的大きいので、上記のような効果を発揮することができる。一方、Δ0の値が小さいと、電子が注入されても元の金属元素が有していたd軌道のd(x2−y2)軌道やd(z2)軌道の広がりとの変化が比較的小さい。そのため十分な屈折率変化を得ることができない。
【0067】
十分な変化を得るためには3d軌道よりも4d軌道、4d軌道よりも5d軌道を有する分子を利用すると効果的である。Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cuを中心原子として持つ錯体は3d軌道が配位子との間で作用して分子軌道(MO)を構成する。4d軌道を有する中心原子としては、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rhなどが挙げられる。5d軌道を有する中心原子としては、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Ptが挙げられる。これらの配位子錯体の中でも立体構造が平面正方形または類似の形状であり、かつ結晶場分裂した下位軌道が完全に占められていることが望ましい。さらに、配位子が中心金属に接近しやすい、相対的に小さな原子半径を有することが望ましく、F、NH3、COなどが好適である。
【0068】
次に、本発明の実施形態における、量子ドットを分散させる誘電体マトリクスについて説明する。誘電体マトリクスは次の条件を満たすことが望ましい。すなわち、(1)高誘電率であること、(2)特定波長の光学透明性があり光損失が少ないこと(主に850nm、1.3μm、1.6μm付近の波長帯)、(3)容易に薄膜化できること、(4)化学エッチング、ドライエッチングが容易な構造であること、(5)材料コストが低いことである。
【0069】
誘電体マトリクスが高誘電率であると、量子ドット内の分極率変化を安定化し、入射した光の屈折率変化の安定動作に寄与する。この効果は、電子注入を受けた際に生じる量子ドット内のクーロン反発によるエネルギーの不安定化を緩和する誘電緩和効果によるものである。特に、誘電率が7以上である誘電体マトリクスが望ましい。
【0070】
誘電率の高い物質としては、一般的に結晶性の良い物質が多い。たとえば無機結晶体ではチタン酸バリウムなどが広く知られている。また有機分子では、ジエンモノマーによるトポケミカル重合体(特開2004−47134号公報)が結晶構造を有するために誘電率が高いことが知られている。このような材料は膜を作製する際に結晶化を起こすため、一般的に光の透過性が極めて悪い。また結晶体であるため脆い性質を有する。ゆえに、実装基板などの外部応力が加わる部品には適応が難しい。一方、比較的誘電率の高い高分子材料としては、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、またはPVDFとトリフルオロエチレンあるいはテトラフルオロエチレンとの共重合体などが知られている。これらのポリマーは、圧電性と焦電性を示し、一部が結晶化していることが知られている。このように一部に結晶化が起こっている材料の内部を光が伝播しようとすると、結晶部に由来する光の損失が大きくなり、導波路としての適用が難しい。
【0071】
現在ポリマーとして導波路材料に用いることができる材料は、主にポリイミドとその誘導体、およびポリシランとその誘導体である。これらの材料を用いることで0.2dB/cm以下の光損失が得られる。これらのポリマーは誘電率が3前後と比較的低いが、高周波対応材料という光導波とは全く異なる目的から低誘電化が必要となり、ポリマー構造の一部または全部をフッ素置換して、誘電率を2前後まで低下させる研究が盛んに行われている(たとえば特開2002−148455)。また、ポリマーを粒子状として多孔質化した膜を形成することで誘電率を下げる研究も行われている(たとえば特願2004−89465)。しかしながら、前述したように、本発明の実施形態に係る屈折率変化素子において量子ドットを分散させる誘電体マトリクスは高誘電率であることが求められる。ゆえに、ポリイミドまたはポリシランにシアノ基などの電子吸引性官能基を導入して誘電率を高くすることが望ましい。シアノ基が導入されたポリマーでは誘電率を顕著に向上できる。また、シアノ基は、ポリマーに導入すると接着効果を高める官能基として知られている。このため、シアノ基が導入されたポリマーはガラス基板への密着性が高まるため、スピンコートやディップコートによって基板上に良好な薄膜を形成するのに有利になる。本発明の実施形態に係る屈折率変化素子は、ガラスなどの透明基材上に薄膜の形態で形成することが求められる場合が多いため、基板との密着性を向上させることは、製造上の観点から有利となる。
【0072】
誘電体マトリクスを形成するポリマーは、光学透明性の高いものが良い。特に面発光レーザの波長領域である850nm付近や一般的に通信に用いられている1.3μm、1.6μm付近の吸収が少ないものが好ましい。このような材料としてはポリメチルメタクリレート(PMMA)、エポキシ、ポリシラン、ポリイミド(PI)、ポリシクロブテン、ポリベンゾオキサゾールなどが挙げられる。これらの材料は光学透明性が高いことに加えて、結晶性を低く抑えることが可能であるため、光損失を0.2dB/cm以下と低く抑えることができる。これらのポリマーを重水素化したもの、またはフッ素化したものであればさらに光損失を低く抑えることができる。これらの物質の中でも耐熱性と量子ドットの分散の容易さの観点からポリイミドが望ましい。誘電体マトリクスとしてポリイミドを用いる場合、低粘度の前駆体溶液に量子ドットの分散をさせた後、硬化してフィルム状に成形することができる。また、デバイスの小型化の流れから実装基板上の部品の密度は年々向上しているため、長期信頼性、寸法安定性が重要となっている。そのため、耐熱性が高いことは極めて重要である。また、屈折率は温度依存性を有するため、ガラス転移点の高い材料を選択することで、意図しない外的要因による屈折率の変化を防ぐことができる。
【0073】
透明度の観点から考えると、無機系のガラスを利用した方が有利であるが、製造には1200℃を超える高温が必要となるため、部品搭載を行ったまま同時結合するモノリシックな屈折率変化素子の製造が困難となる。汎用性、溶媒選択性、低コスト化、環境負荷低減、リサイクル、改良性、モノリシック光回路形成などの観点から、本発明の実施形態に係る屈折率変化素子に用いられる誘電体マトリクスはポリマーで構成されていることが望ましい。本発明の実施形態に係る屈折率変化素子を光導波路として利用する場合にも、誘電体マトリクスはポリマーで構成されていることが望ましい。前述したように、本発明の実施形態に係る屈折率変化素子を用いれば、電圧を任意に変化させて光導波路内の屈折率を変化させることができる。電圧変化のみで容易に光の導波経路を変更できるので、プログラマブルロジックなどの製造に役立つ。
【実施例】
【0074】
以下、本発明の実施例を説明する。
(実施例1)
コアシェル型有機分子CS1〜CS8、比較例1の有機分子、錯体分子Cp1〜Cp8、比較例2のFeクラスターおよび比較例3の有機分子を用意し、これらを量子ドットとして用いた。誘電体マトリクスとしてポリイミドPI1〜PI3を用いた。
【0075】
コアシェル型有機分子CS5はπ共役系にニトロ基を導入したものであり、コアシェル型有機分子CS6はπ共役系にシアノ基を導入したものである。
【0076】
錯体分子Cp1は6配位テトラゴナルの立体構造を有する、反磁性の低スピン錯体である。錯体分子Cp2(シスプラチン)および錯体分子Cp3は4配位平面正方形の立体構造を有する、反磁性の低スピン錯体である。錯体分子Cp4は平面正方形の立体構造を有する。錯体分子Cp5〜Cp8はスターバースト型またはデンドリマー型の錯体である。
【0077】
比較例2のFeクラスターは、平均粒径(破線で囲んだサイズ)が約13nmである。
【0078】
ポリイミドPI1およびPI2は、シアノ基を有するものである。ポリイミドPI3はフッ素原子が導入されているものである。
【化1】

【0079】
【化2】

【0080】
【化3】

【0081】
【化4】

【0082】
【化5】

【0083】
【化6】

【0084】
【化7】

【0085】
【化8】

【0086】
【化9】

【0087】
表1に示すように量子ドットと誘電体マトリクスとしてのポリイミドを組み合わせて用い、以下のような方法により、ポリイミド中に量子ドットを重量分率0.5wt%で分散させた構造部を有する屈折率変化素子を作製した。図4に本実施例において作製した屈折率変化素子の構成を示す。
【0088】
ガラス基板41としてBK7を用意した。BK7は光学ガラスとして利用されることが多く、適用される光の波長領域とその近傍における光学透明性に優れている。このガラス基板41上にインジウムティンオキサイド(ITO)を100オングストローム蒸着させてITO電極42を形成した。ITOはエレクトロルミネセンスや液晶などの光学デバイスに多用される透明電極であり、可視領域において幅広い光学透明性を有する。なお、本発明の実施形態に係る屈折率変化素子は可視領域以外でも使用することができるため、用途に合わせて(入射光の波長に応じて)金、銀、白金、アルミニウム、クロム、ニッケル、鉄、コバルト、銅、亜鉛などの金属を薄膜化して電極とすることもできる。
【0089】
一方、各々の量子ドットをポリイミド前駆体であるポリアミド酸に分散させた塗布液を調製した。この塗布液をITO42電極上に塗布し、窒素充填を行った無酸素オーブン内において150℃で1時間、250℃で1時間、350℃で1時間の熱処理を行い、イミド化反応を進行させ、ポリイミドからなる誘電体マトリクス43中に量子ドット44を分散させた構造部45を形成した。こうした構造部(ポリイミドフィルム)45とITO電極42とを交互に複数層重ねると、屈折率変化を効果的に観測できる。本実施例においては、構造部45を10層重ねた。最上層の構造部45上に、ITO電極42を形成したガラス基板41’を設けた。ITO電極42を電源46に接続して屈折率変化素子として用いた。
【0090】
隣り合う2つのITO電極42の間に電圧を印加すると、ITO電極42から誘電体マトリクス43を通して量子ドット44の準位へ電子が注入される。電子の注入をスムーズに行うためには1対のITO電極間に数層の量子ドットの層が含有されていることが望ましい。ただし、1対のITO電極間に挟まれる量子ドットの層が多すぎると、効率的な電子注入が困難になる。効率的な電子注入と消費電力の低下のためには、1対のITO電極間に挟まれる量子ドットの層は10以内であることが望ましい。
【0091】
図5に、トンネリングバリア52に挟まれた量子ドット51のエネルギー準位を示す。量子ドット51は基底準位G1、励起準位E1、E2などの準位をもつ。電源から印加される電圧を電圧制御部で制御し、準位E1に一致させると、量子ドット51へ電子が注入される。その後、電源電圧をさらに上昇させると準位E1に注入された電子が保持される。基底準位G1と励起準位E1とのギャップが2kT(約0.052eV)以上であれば、電子は安定して保持される。
【0092】
このように屈折率変化素子に電圧を印加して量子ドットに電子を注入し、850nmのレーザビームを偏光板によって10mJ/cm2強度の直線偏光に変換して照射し、屈折率変化を測定した。表1に屈折率変化率を併記する。
【0093】
表1からわかるように、量子ドットとしてコアシェル型有機分子または錯体分子を用いた屈折率変化素子では、3〜10%の屈折率変化率が得られている。
【表1】

【0094】
(実施例2)
中心部に複数の金属元素が位置する、クラスター錯体を量子ドットとして用いて屈折率変化素子を作製した例について説明する。
【0095】
図6にクラスター錯体を模式的に示す。図6に示すように、中心には複数の金属元素が位置し、その外周に有機配位子(L)が配位している。中心の金属元素としては4d、5d、6d軌道を有するAu、Pd、Pt、Ru、Rhを用いることが望ましい。本実施例においては、中心の55個のAuが位置し、その周囲にトリフェニルフォスフィン[P(C663]を配位させたクラスター錯体を用いた。このクラスター錯体の配位子数は12である。リンのようにd軌道に空軌道を持つ元素を含む有機配位子を用いると、金属元素からの電子流入が容易となり、配位子場分裂のエネルギーギャップを大きくする効果がある。
【0096】
実施例1と同様に、このクラスター錯体をポリイミド中に分散させた構造部を有する屈折率変化素子を作製した。電子注入前後の屈折率を比較した結果、この素子は10%の屈折率変化を示すことがわかった。
【0097】
一方、塩化金酸水溶液とテトラオクチルアンモニウムブロミドの混合液を、水素化ホウ素ナトリウム水溶液で還元して、直径100nmのAu粒子を調製した。実施例1と同様に、このAu粒子をポリイミド中に分散させた構造部を有する屈折率変化素子を作製した。電子注入前後の屈折率を比較したが、この素子は屈折率変化を示さないことが確認された。
【0098】
以上説明したように、本発明の実施形態によれば、実装基板に用いられる光導波路やLSI内部に用いられる光導波路を提供できる。これらの光導波路は金属配線代替物として利用され、金属配線固有の高周波問題を解決することができるので、光回路の作製が容易となる。
【0099】
本発明の実施形態において用いられる量子ドットはクーロンブロッケードを起こすため光スイッチにも適用される。量子ドットがクーロンブロッケードを起こすと、光に対して光の入射、消失による閾値電圧の変化、および光強度や光波長に応じた閾値の変化を示すので、この原理を利用して光スイッチに適用できる。
【0100】
本発明の実施形態に係る屈折率変化素子は、屈折率を任意に変化させることができることを利用して、実装基板上における小型部品の接続部の接続確認を行う、解像度の高い顕微鏡装置への適用も可能である。このような顕微鏡装置では、導波路表面の一部に全反射条件を作り、入射光を定常波として導波路表面の一部に発生させる。定常波が物体に触れると伝播波に変換されるので、伝播波を読み取ることによって、小型部品の接続部の接続確認が可能になる。導波路表面に入射光に対する全反射条件を作り出すためには、測定したい箇所の手前で光の屈折率を変化させ、測定箇所の導波路表面に全反射角条件を作り出せば良い。全反射角表面では定常波が発生して接続部と衝突し、散乱された光の一部は導波路に戻り、他の部分は接続部近傍に散乱される。これらの光を小型カンチレバーやファイバープローブで読み取れば良い。このような手法を採用することで小型化する光導波路の接続部のずれを効果的に読み取ることができ、導波路の屈折率変化を調整することにより前述のずれを補正することができる。
【0101】
本発明の実施形態に係る屈折率変化素子は、屈折率変化によって任意の偏光を持つ光を取り出すことができる偏光素子として利用することもできる。このような偏光素子では、電圧操作のみによって、任意の偏光のみを取り出し、かつ偏光を切り替えることができる。従来、このような偏光素子は、屈折率が違う2枚の物質を重ね合わせることで作製されている。これに対して、本発明の実施形態によれば、電圧変化によって一素子内に互いに屈折率の異なる第1の部分と第2の部分とを隣り合わせに形成することによって、容易に偏光素子を作製できる。上記の第1の部分と第2の部分は厚みも任意に変化させることができる。たとえば、10層の構造部を積層して屈折率変化素子を作製した場合、電圧を調整することにより、第1−4層を第1の部分、第5−10層を第2の部分とすることもできるし、第1−3層を第1の部分、第4−10層を第2の部分とすることもできる。これによって第1の部分の厚みと第2の部分の厚みを変化させることができる可変偏光素子を作製できる。
【0102】
このように、本発明の実施形態によれば、導波路、偏光板、表示装置(ディスプレイ)、顕微鏡など、多くの装置に適用可能な有機分子からなる安価で利便性の高い屈折率変化素子を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】本発明の一実施形態に係る屈折率変化素子の構成を示す図。
【図2】平面正方形および6配位テトラゴナルの立体構造を有する錯体分子を示す図。
【図3】錯体分子における低スピン型の電子配置を説明する図。
【図4】実施例1において作製した屈折率変化素子の構成を示す図。
【図5】トンネリングバリアに挟まれた量子ドットのエネルギー準位を示す模式図。
【図6】クラスター錯体を示す模式図。
【符号の説明】
【0104】
1…量子ドット、2…誘電体マトリクス、3…構造部、4…電子注入・排出部(ITO電極)、5…ガラス基板、11…準位制御部、12…電圧制御部、13…電源、15…光源、41…ガラス基板、42…ITO電極、43…誘電体マトリクス、44…量子ドット、45…構造部、46…電源、51…量子ドット、52…トンネリングバリア。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中心部に位置するπ共役系および前記π共役系の周囲に配置されるアルカン鎖を含む有機分子で形成され離散的なエネルギー準位を持つ複数の量子ドットと、前記量子ドットをその中に分散させる誘電体マトリクスとを有する構造部と、
前記量子ドットに対して電子を注入するかまたは電子を排出する電子注入・排出部と
を具備することを特徴とする屈折率変化素子。
【請求項2】
前記量子ドットのπ共役系は、少なくとも1つの窒素原子または硫黄原子を含むことを特徴とする請求項1に記載の屈折率変化素子。
【請求項3】
前記量子ドットのπ共役系は、シアノ基およびニトロ基からなる群より選択される少なくとも1つの置換基を有することを特徴とする請求項3に記載の屈折率変化素子。
【請求項4】
中心部に位置する1つ以上の金属元素および前記金属元素の周囲に配位した有機もしくは無機化合物からなる配位子を含む錯体で形成され離散的なエネルギー準位を持つ複数の量子ドットと、前記量子ドットをその中に分散させる誘電体マトリクスとを有する構造部と、
前記量子ドットに対して電子を注入するかまたは電子を排出する電子注入・排出部と
を具備することを特徴とする屈折率変化素子。
【請求項5】
前記量子ドットを形成する錯体は、低スピン型の電子配置を有し、結晶場分裂によって生じた低エネルギー軌道の全てが電子で占有されていることを特徴とする請求項4に記載の屈折率変化素子。
【請求項6】
前記量子ドットを形成する錯体は、6配位テトラゴナルまたは平面正方形の立体構造を有することを特徴とする請求項4に記載の屈折率変化素子。
【請求項7】
前記量子ドットを形成する錯体は、配位子が中心部の金属元素に対して平面的に放射状に広がったスターバースト型、または配位子が中心部の金属元素に対して三次元的に放射状に広がったデンドリマー型の構造を有することを特徴とする請求項4に記載の屈折率変化素子。
【請求項8】
前記量子ドットに含まれる配位子は、直鎖アルカン鎖または枝分かれアルカン鎖を含むことを特徴とする量子ドットを有する請求項4に記載の屈折率変化素子。
【請求項9】
前記量子ドットを形成する錯体は、反磁性であることを特徴とする請求項3に記載の屈折率変化素子。
【請求項10】
前記誘電体マトリクスは、ポリイミドで形成されていることを特徴とする請求項1または4に記載の屈折率変化素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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