説明

平角エナメル線用塗装ダイス及び平角エナメル線の製造方法

【課題】望まない偏肉化現象を抑制し、均等な皮膜厚さを有する絶縁皮膜を平角導体の全周にわたって安定性よく形成できる平角エナメル線用の塗装ダイス及びそれを用いた平角エナメル線の製造方法を提供する。
【解決手段】平角線の周囲に絶縁塗料を塗布するための塗装ダイスにおいて、前記塗装ダイスは、所定の位置に溝を有する複数のダイス部品を、前記平角線を挿通させるための断面が矩形状の空隙部を有し、前記溝が前記空隙部に挿通させる前記平角線の表面に対向する位置に配置されるように組み合わせて構成されており、前記平角線のコーナー領域に対向する位置に配置される溝は、前記平角線の平坦領域に対向する位置に配置される溝よりも小さい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平角エナメル線の絶縁塗料を塗布するための塗装ダイスに係り、特に平角導体上に均一な厚さの絶縁皮膜を形成するのに好適な平角エナメル線用の塗装ダイス(以下、組ダイスと称す)及びそれを用いた平角エナメル線の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、平角エナメル線は、大型の変圧器に使用される傾向にあった。このような大型の変圧器に用いられる平角エナメル線には、例えばJIS規格で規定されているようなホルマール平角エナメル線やポリエステル平角エナメル線などがある。このような平角エナメル線は、大型の変圧器が比較的ゆとりのある寸法で設計がなされているため、絶縁皮膜の寸法公差の許容範囲が大きいものであった。
【0003】
一方、近年では、ハイブリッド自動車や電気自動車の開発が盛んに行われており、このような次世代自動車に用いられるオルタネータ、駆動用モータなどの電気機器において、小型化・高出力化のために、丸エナメル線よりも占積率で有利な平角エナメル線の需要が増加している。このような電気機器に使用される平角エナメル線は、占積率の向上のために平角形状の断面を有する平角導体の全周にわたってできるだけ均一な皮膜厚さの絶縁皮膜を有することが求められており、この皮膜厚さの均一化を実現させるためには、絶縁皮膜の寸法公差の許容範囲をできるだけ小さくする必要がある。
【0004】
このような平角エナメル線を製造する場合において、平角線の周囲に絶縁塗料(ワニスとも言う)を塗布するための塗装ダイスとして、平角ソリッドダイスと組ダイスとがある。組ダイスとしては、例えば特許文献1に記載されているような4本の絞り棒をまんじ状に組み合わせ、これら4本の絞り棒によって囲まれる部分に長方形状の空隙部を形成し、この空隙部に絶縁塗料を塗布した平角線を挿通する組ダイスが知られている。なお、平角線とは、塗膜が形成されていない裸の平角導体や、この平角導体上に塗膜が形成されたものからなる。
【0005】
一般に、平角導体の寸法は、厚さと幅の組合せで決定されるため、平角導体の寸法の種類が多いことが知られている。平角ソリッドダイスで平角線上に絶縁塗料を塗布しようとすると、それぞれの寸法の平角線に複数回塗料を塗布するため、寸法の種類に対して塗装回数分だけの塗装ダイスが必要となる。一方、組ダイスの場合では、4つの絞り棒を組み合わせることで様々な寸法の平角塗装ダイスができる。
【0006】
しかし、上述したような組ダイスを用いて平角エナメル線を製造する場合、平角導体の全周にわたって皮膜厚さを均一にすることは技術的に困難であった。つまり、図6に示すように、平角導体6のコーナー部(R部ともいう)上に絶縁塗料を塗布して形成された塗膜71は、平角導体6のコーナー部の表面が湾曲しているため、組ダイスの下流側に配置された焼付炉で絶縁皮膜72として形成される前に、コーナー部に形成された塗膜71が表面張力によって平角導体6のコーナー部から平坦面(エッジ面、フラット面)側へ広がろうとするので、焼付け後にコーナー部に形成された絶縁皮膜72の皮膜厚さが平坦部に形成された絶縁皮膜72よりも薄くなってしまう。これにより、コーナー部に形成された絶縁皮膜だけが皮膜厚さの許容範囲を外れてしまうことがあった。
【0007】
これを避けるために図7に示すようにコーナー部に形成された塗膜81の厚さを厚くするように絶縁塗料を塗布することが行われているが、コーナー部に厚目に付けた塗膜81が表面張力によってエッジ面、フラット面へ広がり、平坦面(エッジ面、フラット面)の皮膜厚さが目標とする皮膜厚さよりも厚目になってしまうことが懸念される。つまり、図7の焼付け後に示すように、平角エナメル線の断面形状がドッグボーンと呼ばれる形状になりやすいことがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭60−9013号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述したように、駆動用モータなどの電気機器において、占積率の観点から平角エナメル線の需要が近年増加しており、かつ絶縁耐圧の観点および精密な巻線の観点から絶縁皮膜の皮膜厚さをより均等に安定して形成することが求められている。
【0010】
したがって本発明の目的は、望まない偏肉化現象を抑制し、均等な皮膜厚さを有する絶縁皮膜を平角導体の全周にわたって安定性よく形成できる平角エナメル線用の塗装ダイス及びそれを用いた平角エナメル線の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記目的を達成するため、平角線の周囲に絶縁塗料を塗布するための塗装ダイスにおいて、前記塗装ダイスは、所定の位置に溝を有する複数のダイス部品を、前記平角線を挿通させるための断面が矩形状の空隙部を有し、前記溝が前記空隙部に挿通させる前記平角線の表面に対向する位置に配置されるように組み合わせて構成されており、前記平角線のコーナー領域に対向する位置に配置される溝は、前記平角線の平坦領域に対向する位置に配置される溝よりも小さい平角エナメル線用塗装ダイスを提供する。
【0012】
また、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係る平角エナメル線用の塗装ダイスにおいて、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)前記複数のダイス部品は、ダイス部品本体と、前記平角線に対向するように前記ダイス部品本体の一部に設けられた溝部とを有し、前記溝部の表面に大きさの異なる溝が設けられている。
(2)前記溝部は、複数の溝付き部材を組み合わせて構成されており、前記複数の溝付き部材が互いに大きさの異なる溝を有する。
(3)前記複数の溝付き部材は、前記平角線の平坦領域に対向して配置される第1溝付き部材と、前記第1溝付き部材よりも小さい溝を有し、前記第1溝付き部材の両側であって前記平角線のコーナー領域に対向して配置される第2溝付き部材とからなる。
【0013】
また、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明の平角エナメル線用塗装ダイスを用いて、平角線の周囲に絶縁塗料を塗布する工程を含む平角エナメル線の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、望まない偏肉化現象を抑制し、均等な皮膜厚さを有する絶縁皮膜を平角導体の全周にわたって安定性よく形成できる平角エナメル線用の塗装ダイス及びそれを用いた平角エナメル線の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る塗装ダイスの1例を示す平面模式図である。
【図2】本発明に係る塗装ダイスを構成するダイス部品の1例を模式的に示す三方図(平面模式図、側面模式図、立面模式図)である。
【図3】(a)、(b)は、本発明に係る塗装ダイスを構成するダイス部品の1例を模式的に示す図である。
【図4】(a)、(b)は、本発明に係る塗装ダイスを構成するダイス部品に設けられた溝の拡大模式図であり、(c)は、コーナー領域の周辺の拡大模式図である。
【図5】(a)は、本発明に係る塗装ダイスを用いて絶縁皮膜を形成した平角エナメル線の1例を示す図であり、(b)は、従来の塗装ダイスを用いて絶縁皮膜を形成した平角エナメル線の1例を示す図である。
【図6】従来の塗装ダイスを用いて絶縁皮膜を形成した場合において、絶縁皮膜の望まない偏肉化現象が生じた平角エナメル線の1例を示す断面模式図である。
【図7】従来の塗装ダイスを用いて絶縁皮膜を形成した場合において、絶縁皮膜の望まない偏肉化現象が生じた平角エナメル線の他の1例を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(本発明の要点)
従来の組ダイスを用いた塗装技術では、平角線の寸法に応じてダイス部品をスライドさせて、任意の寸法の平角線の周囲に厚さの均一な絶縁塗料を塗布するものであったため、ダイス部品の長手方向にわたって設けられた溝は均一にせざるを得ず、ダイス部品の長手方向にわたって均一な形状の溝を均一なピッチで形成したものであった。なお、本実施の形態において、平角線とは、塗膜が形成されていない裸の平角導体や、この平角導体上に塗膜が形成されたものからなる。
【0017】
そして、本発明者等は、このような組ダイスで絶縁皮膜の絶縁厚さを均一につけようとした場合に、表面張力によって平角導体のコーナー部に近接する平坦部上に形成された絶縁皮膜の皮膜厚さが厚くなる状況を詳細に調査・検討し、絶縁塗料の塗布直後から焼付け完了までの絶縁塗料の流れを検証した結果に基づいて本発明を完成させた。
【0018】
すなわち、本発明では、絶縁皮膜の形状がドッグボーン形状になる状況を詳細に検証した結果、組ダイスを用いて平角線上の全周にわたって均一に塗膜を形成した場合に、塗膜に発生する表面張力が平坦部とコーナー部とで不均一であるため、塗膜が形成された後から絶縁皮膜が形成されるまでの間に、コーナー部に形成された塗膜がコーナー部に近接する平坦部へ流れてしまうことで、塗膜の厚さが不均一となり、焼付炉で絶縁皮膜が形成される段階において平角導体上に不均一な絶縁皮膜が形成されることを確認した。そして、本発明者等は、平角線上に絶縁塗料を塗布するための塗装ダイスを、平角線の平坦領域に対向して配置される、ダイス部品に設けられた溝の大きさ(深さ、溝の形状、溝間のピッチなど)と、平角線のコーナー領域に対向して配置される、ダイス部品に設けられた溝の大きさ(深さ、溝の形状、溝間のピッチなど)とを相違させた組ダイスとすることにより、平角線のコーナー領域における絶縁塗料の塗布量を平坦領域における絶縁塗料の塗布量よりも少なくし、平角線のコーナー領域に形成する塗膜の厚さを平坦領域に形成する塗膜の厚さよりも小さくすることで、絶縁皮膜が形成される段階において皮膜厚さの不均一な絶縁皮膜が形成されることを防止することができることを見出し、本発明に至った。
【0019】
なお、本発明でいう「コーナー領域」とは、曲率半径rで湾曲してなるコーナー部と、このコーナー部に近接する平坦部の端部とを含む領域のことであり、「平坦領域」とは、コーナー部に近接する平坦部の端部を含まない平坦部の領域のことである。また、「塗膜」とは、平角線上に絶縁塗料を塗布してから絶縁皮膜が形成されるまでの間に、平角線上に形成される液状の塗装膜である。
【0020】
以下、本発明に係る実施形態を説明する。なお、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で組合せや改良が適宜可能である。
【0021】
(塗装ダイスの概略構成)
図1は、本発明に係る塗装ダイスの1例を示す平面模式図である。
図1に示したように、本発明に係る塗装ダイスは、互いに同一の形状、構造からなり、所定位置に溝を有する複数(図1では4つ)のダイス部品1から構成され、この複数のダイス部品1を、互いに組み合わせることにより組ダイス10となる。複数のダイス部品1を組み合わせることで組ダイス10とする際には、複数のダイス部品1で囲まれる部分が矩形状の空隙部を有するように夫々組み合わせることで、平角線6の周囲に絶縁塗料を塗布する際に、この空隙部の内部に平角線6が挿通されることになる。
【0022】
複数のダイス部品1には、複数のダイス部品1に囲まれる部分の表面、すなわち、平角線6の表面と対向する部分に、大きさの異なる溝が設けられている。この溝は、複数のダイス部品1に囲まれて形成される空隙部に挿通される平角線6のコーナー領域62に対向する位置に設けられた溝が、平角線6のフラット部内における平坦領域61aやエッジ部内における平坦領域61bに対向する位置に設けられた溝よりも小さくなるように設けられている。なお、本実施の形態において、コーナー領域とは、曲率半径rで湾曲してなるコーナー部と、このコーナー部に近接する平坦部の端部とを含む領域であり、平坦部の端部とは、平坦部内において、コーナー部と平坦部との境界の位置から所定の範囲L(例えば、L≦r)の位置までである(例えば、図4(c)等を参照)。また、平坦領域とは、平坦部内において、コーナー部に近接する平坦部の端部を含まない領域(すなわち、一方の平坦部の端部から他方の平坦部の端部までの領域)である。
【0023】
また、組ダイス10は、複数のダイス部品1を組み合わせた後に、ダイス部品1の端部にバネなどから構成される弾性部材9とナットなどの固定部材4とを設け、この弾性部材9と固定部材4とによって平角線6の寸法にあわせて空隙部の大きさを調整し、各ダイス部品1を互いに固定し合うようにすることで組ダイス10自体の形状を保持させる。ナットなどの固定部材4で固定する際に、固定部材4で締め付ける強さが弱すぎても、強すぎても組ダイス10の孔寸法にバラツキが生じるので、一定の力で締め付けられるスパナなどを使用して固定部材4を締め付けることが好ましい。なお、図1では、平角線6の表面と組ダイス10との間が離間しているように便宜上、図示したが、平角線6の表面と組ダイス10とが互いに接するように、複数のダイス部品1を適宜組み合わせる。
【0024】
以下に、本発明に係る組ダイスの各部分についてより詳細に説明する。
【0025】
図2は、本発明に係る塗装ダイスを構成するダイス部品の1例を模式的に示す三方図(平面模式図、側面模式図、立面模式図)である。ダイス部品1は、ダイス部品本体3と、ダイス部品本体3の所定位置に設けられた溝部2とを少なくとも備えるものである。
【0026】
(ダイス部品本体)
図3は、本発明に係る塗装ダイスを構成するダイス部品の1例を模式的に示す図である。
ダイス部品本体3は、保持部31と、該保持部31の側部から突出するように形成された筒状の突出部32から構成される。
【0027】
保持部31には、突出部32の長手方向(図3では左右方向)に対して直交する方向に位置する部分に挿通孔5が貫通するように形成されている(図2参照)。この挿通孔5は、ダイス部品1の溝部2が形成された部分の外径よりも僅かに大きい外径となるように形成されており、ダイス部品1を組み合わせる際に、一方のダイス部品1の挿通孔5に対して他方のダイス部品1の端部を挿通することによって、ダイス部品1同士を組み合わせた状態を保持する役割を果たす。
【0028】
突出部32には、該突出部32の長手方向に沿って、深さ、形状、あるいはピッチが異なる溝で構成された溝部2が設けられる。このような長手方向の溝の形状、断面積、溝のピッチなどを不均一にした溝部2を設けることによって、不均一な表面張力のもとで塗膜の均一化が図れ、その結果として絶縁皮膜の均一化を図ることが可能となる。
【0029】
(溝部)
溝部2は、例えば、図3に示すように、表面に溝が形成された複数の溝付き部材(第1溝付き部材21、第2溝付き部材22)で形成することができる。この複数の溝付き部材は、その内部が空洞となっているパイプ形状からなり、所定の順序で突出部32の先端側から保持部31側に向かって突出部32に嵌め込まれる。このとき、第1溝付き部材21、第2溝付き部材22は、互いが接するように嵌め込まれる。これによって、図2に示すような溝部2がダイス部品1に設けられることになる。
【0030】
第1溝付き部材21は、図1に示すように、平角線6の平坦部であるフラット部、あるいはエッジ部内における平坦領域61a、61bと対向する位置に配置されるように設けられる。第1溝付き部材21の幅は、全体でフラット部、あるいはエッジ部における平坦領域の幅と等しい大きさを有することが好ましい。また、第1溝付き部材21は、図3(b)に示すように、基準用溝付き部材21a、調整用溝付き部材21bなどの複数の部材を組み合わせて構成されていてもよい。例えば、平坦領域61a、61bの幅よりも小さい幅を有する1つ以上の基準用溝付き部材21aを用いて、平坦領域61a、61bの幅よりも若干小さい幅(例えば平坦領域61a、61bの8割程度の幅)までをカバーし、基準用溝付き部材21aよりも幅の小さい調整用溝付き部材21bを1つ以上用いて、第1溝付き部材21の全体の幅が平坦領域61a、61bの幅と等しい幅となるように調整するようにしてもよい。
【0031】
一方、第2溝付き部材22は、平角線6のコーナー領域62に対向する位置に配置されるように設けられる。例えば、図3に示すように、上述した第1溝付き部材21の両側に配置されるようにダイス部品本体3の突出部32に嵌め込まれる。すなわち、溝付き部材は、第2溝付き部材22、第1溝付き部材21、第2溝付き部材22の順に突出部32に嵌め込まれ、溝部2が形成される。また、第2溝付き部材22の幅は、全体でコーナー領域62の幅と等しい大きさを有することが好ましい。さらに、第2溝付き部材22は、第1溝付き部材21と同様に、それ自体が複数の部材の組み合わせから構成されていてもよい。
【0032】
図4(a)、(b)は、本発明に係る塗装ダイスを構成するダイス部品に設けられた溝部の拡大模式図である。図4(a)、(b)に示すように、第1溝付き部材21に形成された溝210の深さ(D1)は、第2溝付き部材22に形成された溝220の深さ(D2)よりも大きいことが好ましい。言い換えれば、第1溝付き部材21に形成された溝210の断面積は、第2溝付き部材22に形成された溝220の断面積よりも大きいことが好ましい。溝210、溝220は、夫々の断面積を適宜調整することにより、1回の塗装で塗布される量を調整し、1回の塗装あたりで形成される塗膜の厚さを変え、1回の塗装で形成される絶縁皮膜の厚さを変えることができる。
【0033】
なお、図4(a)、(b)では、溝210のピッチP1と、溝220のピッチP2とを同じ大きさで例示したが、例えば溝210のピッチP1が溝220のピッチP2よりも大きい場合など、互いのピッチP1、P2が異なっていても構わない。また、図4(a)、(b)では、溝210、溝220の断面形状がV字形状である溝を例示したが、他にも断面形状がU字形状の溝などでも構わない。さらに、平坦部の幅に対して溝の幅の比率を適宜調整して、1回の塗装あたりで形成される塗膜の厚さを変えることもできる。
【0034】
図4(c)は、コーナー領域の周辺の拡大模式図である。本実施の形態では、このような溝210、220を有する第1溝付き部材21、第2溝付き部材22を、第2溝付き部材22、第1溝付き部材21、第2溝付き部材22の順でダイス部品本体3に配置させてダイス部品1が得られる。そして、図4(c)に示すように、このダイス部品1を用いて、空隙部に挿通される平角線6のコーナー領域62、すなわち曲率半径rで湾曲してなるコーナー部と、このコーナー部に近接し、コーナー部と平坦部との境界の位置から所定の範囲L(例えば、L≦r)の位置までの平坦部の端部とを含む領域に対向する位置に第2溝付き部材を配置し、平角線6の平坦領域61a、61b、すなわち平坦部の端部を含まない平坦部内の領域に対向する位置に第1溝付き部材を配置するように組み合わせる。これにより、平角線6のコーナー領域62に対向する位置に設けられた溝が平角線6の平坦領域61a、61bに対向する位置に設けられた溝よりも小さい組ダイス10が得られる。
【0035】
このような組ダイス10を用いて絶縁皮膜を形成する場合、溝部2を平角線6に接触させて、溝に付いた絶縁塗料が平角線6の周囲に不均一に塗布され、厚さが不均一な塗膜が形成される。すなわち、平角線6のコーナー領域62における絶縁塗料の塗布量を平坦領域61a、61bにおける絶縁塗料の塗布量よりも少なくし、平角線6のコーナー領域62に形成される塗膜の厚さを平坦領域61a、61bに形成される塗膜の厚さよりも小さくすることができる。これにより、塗膜が焼付炉にて絶縁皮膜として形成されるまでの間に塗膜に発生する表面張力によって、平角線6の全周にわたって塗膜の厚さが均等になるように広がり、焼付炉で均等な厚さの絶縁皮膜が形成されることになる。
【0036】
また、図3において、弾性部材9は、バネなどの弾性を有するものからなる。この弾性部材9は、複数のダイス部品1を組み合わせたときに、固定部材4の締め付ける力によって圧縮される。そして、その圧縮されたときに弾性部材9に発生する反発力が、第1溝付き部材21、および第2溝付き部材22を押し付けるように作用し、その結果、第1溝付き部材と第2溝付き部材とが互いに密接するように配置される。なお、弾性部材9は、例えば、ダイス部品本体3の保持部31に形成された挿通孔5の内部に収容される。
【0037】
なお、図3では、溝部2を形成する部材として複数個からなる溝付き部材を組み合わせた例で示したが、これに限定されるものではなく、例えば溝付き部材が一体となって成形された溝付き部材を用いることで溝部2を形成しても構わない。
【0038】
ただし、溝付き部材が一体化されている場合、平角ソリッドダイスと同様、平角導体の寸法に合わせて、数多くの溝付き部材が必要となる。そのため、溝の形状、断面積、あるいは溝のピッチが異なる複数の溝付き部材を用い、この複数の溝付き部材を組み合わせて突出部32に嵌めて溝部2を形成するようにすることで、溝付き部材が一体化されている場合と比較して、部品点数の増加を抑えながら、ドッグボーン形状になりにくい絶縁皮膜を得ることができる。
【0039】
また、溝部2を構成する溝付き部材が、例えば溝のピッチが0.100mm刻みのもので幅がそれぞれ異なる場合などにおいて、各々の溝付き部材の見分けが付きにくいことによる組み間違いなどの発生を防止するために、色の異なるめっきを溝付き部材の表面に施すことで、溝付き部材の長さの違いを色で判別できるようにしてもよい。また、めっき以外の方法によって溝付き部材の長さの違いを判別できるようにしても構わない。
【0040】
また、使用済みの組ダイスは絶縁塗料が溝部に付着しているが、溝付き部材が複数からなる場合、溝付き部材同士を分離させる前にクレゾール、キシロール、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)などの溶剤の入った超音波洗浄装置内に組ダイスを浸して置くことにより、溝付き部材を変形させることなく溝付き部材同士を分離することができる。
【0041】
また、複数の溝付き部材によって溝部が形成された組ダイスにおいて、溝付き部材同士を組み合わせる作業を行う作業環境下で、例えば0.05mm以上の塵埃が溝付き部材同士の間に混入して組ダイスの寸法精度が低下してしまうのを防止するために、防塵管理を施した作業環境下で行うことが好ましい。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0043】
(実施例1)
厚さが1.6mm、幅が3.2mm、コーナー部の曲率半径rが0.3mmの寸法の銅線からなる平角導体の周囲に、皮膜厚さが60μmである絶縁皮膜を形成するべく、ポリアミドイミド樹脂からなる絶縁塗料(日立化成(株)製、HI−406)を、本発明の組ダイスを用いて塗布する工程と、塗装炉にて焼付けする工程とを6回行い、実施例1の平角エナメル線を作製した。
【0044】
なお、表1に、実施例1で用いた組ダイスを構成する溝付き部材の種類・寸法を示す。また、表2に、ポリアミドイミド樹脂からなる絶縁塗料を用いて平角導体の周囲に絶縁皮膜を形成する際に、表1で示した溝付き部材を用いた組ダイスの配列を示す。
【0045】
(比較例1)
厚さが1.6mm、幅が3.2mm、コーナー部の曲率半径rが0.3mmの寸法の銅線からなる平角導体の周囲に、皮膜厚さが60μmである絶縁皮膜を形成するべく、ポリアミドイミド樹脂からなる絶縁塗料(日立化成(株)製、HI−406)を従来の組ダイスを用いて塗布する工程と、塗装炉にて焼付けする工程とを複数回行い、比較例1の平角エナメル線を作製した。
【0046】
表3に、実施例1、および比較例1で作製した平角エナメル線における絶縁皮膜の付き回りを示す。また、図5(a)は、本発明に係る組ダイスを用いて絶縁皮膜を形成した実施例1で得られた平角エナメル線の1例を示す図であり、図5(b)は、従来の組ダイスを用いて絶縁皮膜を形成した比較例1で得られた平角エナメル線の1例を示す図である。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
表3、および図5に示したように、本発明に係る組ダイスを用いた実施例1では、コーナー部に形成された絶縁皮膜の厚さと平坦部に形成された絶縁皮膜の厚さとがほぼ同等の厚さであり、また全周での皮膜厚さの最大と最小との差も小さいことが判る。一方、従来の組ダイスを用いた比較例1では、コーナー部に形成された絶縁皮膜の厚さが平坦部に形成された絶縁皮膜よりも薄くなる現象が見られた。また比較例1では、全周での皮膜厚さの最大と最小の差も大きいことが判る。
【0051】
以上説明したように、本発明に係る塗装ダイスによれば、望まない偏肉化現象を抑制し、均等な皮膜厚さを有する絶縁皮膜を平角導体の全周にわたって安定性よく形成できることが実証された。なお、本発明に係るエナメル線の製造方法においては、縦型の塗装装置または横型の塗装装置のいずれに対しても適用することができる。
【符号の説明】
【0052】
1…ダイス部品、10…塗装ダイス(組ダイス)、
2…溝部、21…第1溝付き部材、22…第2溝付き部材、
3…ダイス部品本体、31…保持部、32…突出部、4…固定部材、
5…挿通孔、6…平角線、61a,61b…平坦領域、62…コーナー領域、
71,81…塗膜、72,82…絶縁皮膜、9…弾性部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平角線の周囲に絶縁塗料を塗布するための塗装ダイスにおいて、
前記塗装ダイスは、所定の位置に溝を有する複数のダイス部品を、前記平角線を挿通させるための断面が矩形状の空隙部を有し、前記溝が前記空隙部に挿通させる前記平角線の表面に対向する位置に配置されるように組み合わせて構成されており、
前記平角線のコーナー領域に対向する位置に配置される溝は、前記平角線の平坦領域に対向する位置に配置される溝よりも小さい平角エナメル線用塗装ダイス。
【請求項2】
前記複数のダイス部品は、ダイス部品本体と、前記平角線に対向するように前記ダイス部品本体の一部に設けられた溝部とを有し、前記溝部の表面に大きさの異なる溝が設けられている請求項1に記載の平角エナメル線用塗装ダイス。
【請求項3】
前記溝部は、複数の溝付き部材を組み合わせて構成されており、前記複数の溝付き部材が互いに大きさの異なる溝を有する請求項2に記載の平角エナメル線用塗装ダイス。
【請求項4】
前記複数の溝付き部材は、前記平角線の平坦領域に対向して配置される第1溝付き部材と、前記第1溝付き部材よりも小さい溝を有し、前記第1溝付き部材の両側であって前記平角線のコーナー領域に対向して配置される第2溝付き部材とからなる請求項3に記載の平角エナメル線用塗装ダイス。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の平角エナメル線用塗装ダイスを用いて、平角線の周囲に絶縁塗料を塗布する工程を含む平角エナメル線の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図5】
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