説明

幹細胞の培養方法及びその培地

【課題】
本発明は、優れた増殖能を有し、且つ高い分化能を維持したまま間葉系幹細胞を継代培養することで、高い分化能を有する間葉系幹細胞を大量に提供することを課題とする。培養方法ならびに培地を提供する事を課題とする。
【解決手段】
セロトニン及びp38MAPキナーゼ阻害剤を含む培地で培養することで未分化能の維持をはかる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は良好な増殖効果を示す新規な細胞増殖培地に関する。
【背景技術】
【0002】
幹細胞には胚性幹細胞と体性幹細胞があり、いずれも各種の細胞に分化する多分化能を有している。間葉系幹細胞は哺乳動物の骨髄、脂肪組織等に存在し、脂肪細胞、軟骨細胞、骨細胞、神経細胞等に分化する多能性の幹細胞である。間葉系幹細胞はこのような多分化能を示すことから組織の再生過程に重要な役割を果たすと考えられており、骨、軟骨、心筋、神経等の各組織を再生するための供給細胞として注目されている。幹細胞を治療に適用する場合には大量の細胞が必要になる。しかし、一般に幹細胞の収量は低く、生体内から十分量の幹細胞を得ることは困難である。そのため、単離した幹細胞を生体外で拡大培養することが必要になる。
【0003】
一般に長期間、初代細胞を培養すると生体機能が低下することが知られている。間葉系幹細胞についても同様で継代とともに分化能が失われる。そのため、多分化能を有した細胞を大量に調製する為には幹細胞の未分化状態を維持したまま培養することが重要になる。これまで、幹細胞の未分化能を維持する方法として、特願2002−527231ではMKK活性をモジュレートする化合物を添加する方法が記載されている。しかしながら、当該発明は細胞を短期間処理するもので、長期間培養することを目的としていない。また、特願2004−510393では線維芽細胞増殖因子を添加することで長期間培養することが記載されている。しかしながら、より多くの細胞の調製を可能にするには、線維芽細胞増殖因子以外の作用が必要である。さらに、特願2001−363500はp38MAPキナーゼ阻害剤を添加することで体性幹細胞を分化誘導する方法が記載されている。しかし、増殖状態での未分化維持については報告されていない。
【特許文献1】出願番号 特願2001−363500
【特許文献2】出願番号 特願2002−527231
【特許文献3】出願番号 特願2004−510393
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、かかる従来の問題点を解消すべく、優れた増殖能を有し、且つ高い分化能を有する幹細胞の培養方法ならびに培地を提供する事を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った。分化維持を図る方法としてp38MAPキナーゼ阻害剤などMAPキナーゼ活性に影響を与える因子については上記のごとく既に報告があった。しかし、かかる阻害剤は一般に高価なうえ、細胞毒性が強く、増殖活性と分化能維持との両立を図ることは著しく困難を極めた。そこで、p38MAPキナーゼ阻害剤の添加量を抑制しても十分な分化抑制能を持たせる為、各種化合物の組合せを行った。その結果、驚くべきことに増殖促進作用が報告されていたセロトニンに未分化維持を促進する効果を見出した。これにより、セロトニン及びp38MAPキナーゼ阻害剤を含む培地で培養することで幹細胞の未分化維持を達成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下のようなものである。
第一の発明は、セロトニン及びp38MAPキナーゼ阻害剤を含む培地で培養することで幹細胞の分化維持をはかる培養方法である。
第二の発明は、幹細胞が間葉系幹細胞である上記記載の培養方法である
第三の発明は、間葉系幹細胞がヒト由来である上記記載の培養方法である。
第四の発明は、セロトニン及びp38MAPキナーゼ阻害剤を含む幹細胞増殖培地である。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る培養方法により間葉系幹細胞を培養することで、未分化を維持したまま大量の幹細胞の調製が可能になる。これにより研究用途及び臨床用途への大量の細胞の調製が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明において、幹細胞とは自己増幅能があり、組織及び臓器の特殊化した細胞を生成することができる親細胞をいう。幹細胞は発生に関して多分化能を有する細胞でり、その由来により、胚性幹細胞、体性幹細胞、骨髄細胞、末梢血細胞、臍帯血細胞などがある。
【0009】
本発明において、間葉系幹細胞は体性幹細胞の一種であり、骨髄、脂肪組織、臍帯血などの生体組織に存在する細胞で、多分化能を有することを特徴とする。当該細胞は骨髄、脂肪組織、臍帯血などから採取されるが、市販のものも好適に使用される。採取される動物種は問わないが、ヒト、ラット、マウス、ブタなどが使用されるが、特にヒト又はラット由来細胞が好適に使用される。一例としては、注射等を用いヒト骨髄内から骨髄液を採取し、培養容器に付着する細胞を培養することで当該細胞を得ることができる。当該細胞は生体あるは試験管内で脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞、筋細胞、神経細胞などの細胞に分化する能力を有する。分化能維持の指標としては、軟骨分化でのアルカリホスファターゼ染色や脂肪分化でのオイルレッドO染色、骨分化でのフォンコッサ染色などが挙げられる。
【0010】
本発明においてセロトニンとは5−ヒドロキシトリプタミンの構造をもつ生理活性アミンである。セロトニンは腸管クロム親和細胞、血小板及び脳に含まれるもので、神経伝達物質として知られている。セロトニンは細胞表面にあるセロトニン受容体と相互作用することで細胞機能に変化を生じさせるが、かかる作用を模倣するセロトニン含有作用薬も本発明に適用できる。セロトニン含有作用薬としては、例えばイプサピロン、ゼピロン、ブスピロン、1−〔2−(4−アミノフェニル)−エチル〕−4−(3−ビフルオロメチルフェニル)ピペラジン(PADD)およびN,N−ジプロピルー5−カルボキシアミドトリプタン(DP−5CT)などが挙げられる。適用されるセロトニンの濃度は好適には500〜1ng/ml、より好適には100〜10ng/mlである。
【0011】
p38MAPキナーゼとは細胞内シグナル伝達をつかさどるMAPキナーゼの一種で、ストレス応答やアポトーシスに関与するキナーゼ活性を有する蛋白質である。本発明においてp38MAPキナーゼ阻害剤はp38MAPキナーゼに直接作用し、キナーゼ活性を阻害する化合物をいう。例えば、国際公開WO96/21452、WO97/25048、WO99/32110、WO97/47618、WO98/52941、WO99/58523、WO99/03837、WO98/56788、WO99/10325、WO99/21859、WO2000/64894、WO2001/10865、WO2001/21859、WO2001/30778、WO2000/75131、WO2000/39116などに記載された化合物が挙げられる。具体的には、SB20358、SB202190、SB220025は好適に使用され、いずれもメルク社から入手される。適用されるp38MAPキナーゼ阻害剤の濃度としては、好適には100〜0.1μMが、より好適には10〜1μMである。
【0012】
本発明において使用される培地は、動物細胞増殖培地であれば、特にその種類は問わない。例えば、10%血清成分を含有するDMEM、又はαMEM、RPMIなどが好適に使用できる。特に、増殖因子、インスリン、トランスフェリン、デキサメタゾン、ハイドロコルチゾンの群から選択された成分を含む低血清培地又は無血清培地、より具体的にはMF培地(東洋紡社製)が好適に使用される。
【実施例】
【0013】
次に、本発明を具体的に実施例にて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0014】
1.間葉系幹細胞の分離培養
6週齢ウイスター種ラットの大腿骨から筋肉及び靭帯などを除いてこれを切除し、その両端を切断する。次いで、DMEMで骨髄内を洗浄した。洗い出された骨髄液を遠心分離(1000rpm、5分間)して、沈殿した骨髄細胞を初代細胞スターティング培地(東洋紡社製)で希釈した後、ラット1匹分につき2枚の割合で10cm培養シャーレに播種した。4日間培養後、以下の2種類の培地に交換し、以後同培地で培養を行った。培地は3日に1回交換した。
1.対照培地
MF培地(東洋紡社製)
2.セロトニン、p38MAPキナーゼ阻害剤添加培地
MF培地(東洋紡社製)
+60ng/ml セロトニン(ナカライテスク社製)
+2.5μM SB20358(メルク社製)
【0015】
2.間葉系幹細胞の継代培養
5〜7日間培養し、間葉系幹細胞がコンフレントに達した際に継代培養を行った。継代は定法に従い行った。PBSで2回洗浄し、0.05%トリプシン+0.2mM EDTA で5分間処理し、10%牛胎児血清を含む培地で細胞を回収し、遠心処理後、血球計算盤で細胞数を測定した。各10cm培養シャーレに300000個細胞を播種し、同培地で引続き継代培養を行った。また、6穴プレートに100000個細胞/穴の濃度で細胞を播種し、分化培養に用いた。
【0016】
3.間葉系幹細胞の軟骨分化培養
2日間培養し、6穴プレートに播種した細胞がコンフレントに達した際に間葉系幹細胞軟骨分化培地DF−C(東洋紡社製)に交換し、軟骨分化誘導を行った。同培地で7日間培養し、軟骨分化培養を行った後、軟骨分化の指標としてアルカリホスファターゼ染色を行い、軟骨分化状態を観察した。アルカリホスファターゼ染色は定法に従い行った(鈴木裕、染色法のすべて(第二版)p54−58、1984年3月31日発行、医歯薬出版株式会社)。アルカリホスファターゼ陽性細胞は青色に染色される。その結果、図1に示しように対照培地で培養した場合に比較して、継代数を重ねても分化能の維持が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明に係る培地を用いることで間葉系幹細胞の未分化状態を維持したまま大量に細胞を調製することが可能になる。これにより高い生理機能を有する間葉系幹細胞を安価に提供することができ、間葉系幹細胞の増殖あるいは分化を指標にした薬剤のスクリーニングに用いるなど、医薬分野及び産業界に寄与することろが大である。また、高い生理機能を有する細胞えお大量に調製することで細胞移植の好適な材料として再生医療分野など産業界に寄与するところが大である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】対照培地、又はセロトニン、p38MAPキナーゼ阻害剤を当該発明培地とで継代培養したラット間葉系幹細胞を軟骨分化誘導した後、アルカリホスファターゼ染色を行った。アルカリホスファターゼ陽性細胞は青色に染色される。当該発明培地で継代培養を行った方が高い分化能を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セロトニン及びp38MAPキナーゼ阻害剤を含む培地で培養することで幹細胞の分化維持をはかる培養方法。
【請求項2】
幹細胞が間葉系幹細胞である請求項1記載の培養方法。
【請求項3】
間葉系幹細胞がヒト由来である請求項2記載の培養方法。
【請求項4】
セロトニン及びp38MAPキナーゼ阻害剤を含む幹細胞増殖培地。


【図1】
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【公開番号】特開2008−61569(P2008−61569A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−242642(P2006−242642)
【出願日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】