説明

弾性部材の変形速度演算装置および変形速度演算方法ならびに駆動装置

【課題】弾性部材を介して駆動源で部材を駆動する場合において、変形速度を高い安定性で、かつ高い応答性で得る。
【解決手段】駆動源2の弾性部材4に動力を入力する入力側端部5における速度である駆動源速度Vdを取得し、弾性部材の弾性変形量Peを量子化された値として取得し、異なる時刻に取得した複数の弾性変形量Peの値に基づき、弾性変形量Peの変化率を、量子化に基づく値の急変を均した値である近似変化率Veとして演算する。そして、駆動源速度Vdと近似変化率Veとに基づき、係数Aを入力側端部の位置の時間的変化の周波数が高いほど大きくなる係数、係数Bを入力側端部の位置の時間的変化の周波数が低いほど大きくなる係数であるとして、弾性部材の変形速度Vを、V=A・(−Vd)+B・Veにより演算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性部材を介して駆動源で部材を駆動する場合における、弾性部材の変形速度演算装置および変形速度演算方法ならびに駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ロボットの関節機構として、モータや油圧アクチュエータなどの回転駆動源からの出力を、ばねなどの弾性部材を介して関節により接続されるリンクに伝達する構成が提案されている(特許文献1)。このような関節機構は、SEA(Serial Elastic Actuator)と呼ばれ、リンクが障害物などに衝突したときに、弾性部材が変形することで障害物や駆動源を保護したり、弾性部材の変形量に基づいてリンクに掛かる負荷を検出したりすることで、ロボットの適切な制御を行うことが可能となる。
【0003】
このような弾性部材の関節の負荷を適切に制御するということは、すなわち、弾性部材の変形量を適切に制御するということである。そのためには、弾性部材の変形量だけでなく、変形速度も正確に検出する必要がある。例えば、弾性部材の変形量が変化しているときには、変形量が増える方向にあるのか、減る方向にあるのかを知る必要もあるし、変形速度の大きさによって、その後、リンクをどちらにどれだけ動かしていくのがよいかも変わってくるからである。
【0004】
弾性部材の変形量を測定する場合、その測定方法はいくつかあり、おおまかにはアナログ的な方法とデジタル的な方法がある。アナログ的な方法として、歪ゲージを用いる方法がある。しかし、歪ゲージを用いる方法は、環境温度による誤差や電気的なノイズが多く混入するため、あまり良い測定精度は得られない。現在においては、変位を光学センサにより検出する方法は、このような問題がなく、変形量を高精度に測定することが可能である。この方法ではエンコーダを用いるため、デジタル的な出力値(量子化された値)が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−055541号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、量子化された値により弾性部材の変形量を取得する場合、変形速度を正確に見積もるのが困難となる。変形速度は、前回の位置と今回の位置の差(変形量)を、サンプリング周期で割ることで得られるが、位置が量子化された値である場合、ほとんどの時刻では速度が0であり、ある限られた瞬間だけ、計算上、非常に大きな速度が算出されることになる。
【0007】
このような、時間的にとびとびに得られる速度を滑らかに近似するため、従来は、変形速度のローパスフィルタによる近似や、変形量を曲線近似して、この近似曲線を微分することで時間的な変化が少ない滑らかな速度を得ていた。
しかしながら、これらの方法では、変形速度の値が真の値より時間的な遅れを生じるので、弾性部材が変形し始めるときの応答性が良くないという問題がある。もちろん、これらの近似をするときに、過去に遡及して参照する(計算に用いる)データ数を少なくすれば応答性は良くなるのであるが、この場合、変形量のデータに少しの変化があっただけで、近似後のデータが過敏に反応してしまい、安定性が悪いという問題がある。
【0008】
本発明は、以上のような背景に鑑みて創案されたものであり、弾性部材を介して駆動源で部材を駆動する場合において、変形速度を高い安定性で、かつ高い応答性で得ることができる、弾性部材の変形速度演算装置および変形速度演算方法ならびに駆動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記した目的を達成するため、本発明の変形速度演算装置は、駆動源と被駆動部材とを連結する弾性部材の弾性変形量の変化率である変形速度Vを、量子化された値として得られる前記弾性変形量に基づき演算する変形速度演算装置であって、前記駆動源の前記弾性部材に動力を入力する入力側端部における速度である駆動源速度Vdを取得する駆動源速度取得手段と、前記弾性部材の弾性変形量Peを量子化された値として取得する変形量取得手段と、異なる時刻に取得した複数の弾性変形量Peの値に基づき、弾性変形量Peの変化率を、量子化に基づく値の急変を均した値である近似変化率Veとして演算する近似変化率演算手段と、前記駆動源速度取得手段が取得した駆動源速度Vdと前記近似変化率演算手段が演算した近似変化率Veとに基づき、係数Aを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が高いほど大きくなる係数、係数Bを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が低いほど小さくなる係数であるとして、前記弾性部材の変形速度Vを、
V=A・(−Vd)+B・Ve
により演算する変形速度演算手段とを備える。
【0010】
弾性部材に動力を入力する入力側端部において変位を与えた場合、その変形(変位を与えたことにより発生した変形)は、弾性部材の内部を通って他端(入力側に対して、便宜上、「負荷側端部」という。)へと伝わっていく。この変形の伝達の速度は、弾性部材の弾性率に応じて変化し、弾性率が大きい場合には、速く伝達し、小さい場合にはゆっくりと伝達する。弾性率の大きさによってこのような速度の違いはあるものの、非常に速い速度で入力側端部に変位を与えた場合には、その変形は瞬時には負荷側端部に伝わることができず、弾性部材は入力側端部のみで変形し、負荷側端部の位置は変化しない。
【0011】
このようなことから、弾性部材の入力側端部に非常に高周波の変位を与えた場合には、負荷側端部はほとんど変位せず、弾性部材の変形量は、入力側端部に与えた変位と同じになる。したがって、上記のように係数Aを前記駆動源の位置の時間的変化の周波数が高いほど大きくなる係数、係数Bを前記駆動源の位置の時間的変化の周波数が低いほど小さくなる係数であるとして、
V=A・(−Vd)+B・Ve
により弾性部材の変形速度Vを演算すれば、入力側端部の位置の変化が高周波であるほど、駆動源速度(入力側端部における速度)を重視し、入力側端部の位置の変化が低周波であるほど近似変化率Veを重視するように重み付けした変形速度の値が得られる。これにより、従来であれば、近似変化率Veにより得ていたことによる遅れを改善して、入力側端部に変位が生じた当初の変形速度を良好な応答性で演算することができる。また、応答性は駆動源速度Vdの速度を重視することで良好にしているので、近似変化率Veを過剰に少ないデータで演算する必要がない。そして、入力側端部における変位の時間的変化が低周波の場合には、この近似変化率Veを重視して変形速度Vを演算するので、弾性部材の変形速度を高い安定性で得ることができる。
【0012】
なお、ここでの近似変化率Veというのは、従来公知の方法により得られる変化率を含み、例えば、ローパスフィルタによる近似や、最小二乗法による近似により得られる応答遅れを含む変化率である。
【0013】
前記した変形速度演算装置においては、A+B=1であることが望ましい。係数Aと係数Bは、重みの係数であるので、原理的にはA+Bが1であることで、より適切な変形速度Vを求めることができるからである。もっとも、弾性変形量の変化率を求めようとする個々の装置の特性に応じて、AまたはBの値を調整してA+Bが1とならないような演算方法を採用してもよい。
【0014】
前記した変形速度演算装置においては、係数Aおよび係数Bは、例えば、Tを時定数、sを独立変数として、
A=Ts/(Ts+1)
B=1/(Ts+1)
とすることができる。
【0015】
前記した課題を解決する本発明は、変形速度演算方法として提供することもできる。すなわち、この方法は、駆動源と被駆動部材とを連結する弾性部材の弾性変形量の変化率である変形速度Vを、量子化された値として得られる前記弾性変形量に基づき演算する変形速度演算方法であって、前記駆動源の前記弾性部材に動力を入力する入力側端部における速度である駆動源速度Vdを取得するステップと、前記弾性部材の弾性変形量Peを量子化された値として取得するステップと、異なる時刻に取得した複数の弾性変形量Peの値に基づき、弾性変形量Peの変化率を、量子化に基づく値の急変を均した値である近似変化率Veとして演算するステップと、駆動源速度Vdと近似変化率Veとに基づき、係数Aを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が高いほど大きくなる係数、係数Bを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が低いほど小さくなる係数であるとして、前記弾性部材の変形速度Vを、
V=A・(−Vd)+B・Ve
により演算するステップとを備える構成とすることができる。
【0016】
また、前記した課題を解決する本発明は、駆動源を有する駆動装置として提供することもできる。すなわち、この駆動装置は、駆動源と、前記駆動源により駆動される被駆動部材と、一端が前記駆動源から駆動力を受け、他端で前記被駆動部材に接続されて前記駆動源の動作を前記被駆動部材に伝える、弾性変形可能な弾性部材と、前記駆動源の速度を検出する駆動源速度センサと、前記弾性部材の弾性変形量Peを量子化された値として検出する変位センサと、前記駆動源の速度と前記弾性変形量とに基づき弾性部材の弾性変形量の変化率である変形速度Vを演算する変形速度演算装置とを備え、前記演算速度演算装置は、前記駆動源の速度に基づいて、前記駆動源の前記弾性部材に動力を入力する入力側端部における速度である駆動源速度Vdを取得する駆動源速度取得手段と、前記変位センサから弾性変形量Peを取得する変形量取得手段と、異なる時刻に取得した複数の弾性変形量Peの値に基づき、弾性変形量Peの変化率を、量子化に基づく値の急変を均した値である近似変化率Veとして演算する近似変化率演算手段と、前記駆動源速度取得手段が取得した駆動源速度Vdと前記近似変化率演算手段が演算した近似変化率Veとに基づき、係数Aを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が高いほど大きくなる係数、係数Bを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が低いほど小さくなる係数であるとして、前記弾性部材の変形速度Vを、
V=A・(−Vd)+B・Ve
により演算する変形速度演算手段とを備える。
【0017】
このような駆動装置によれば、変形量演算部により、良好な応答性で弾性部材の弾性変形量の変形速度Vを得ることができるので、弾性部材の弾性変形量、つまり、弾性部材に掛かる負荷を所定値に制御しようとする場合に、変形速度Vを利用して良好な制御をすることが可能である。
【0018】
前記した駆動装置においては、前記駆動源と前記弾性部材との間に、前記駆動源の作動量に対する前記被駆動部材の作動量を小さくする減速機が設けられていることが望ましい。
【0019】
このように、駆動源と弾性部材の間に減速機が設けられていると、変位センサで取得した速度を減速して入力側端部に伝えるので、入力側端部における駆動源速度Vdは、減速機の減速分だけ高い精度(分解能)で得られるので、より正確に弾性部材の変形速度Vを得ることができる。また、減速機の減速分だけ見かけ上の駆動源速度Vdが良くなるので、変位センサとして、多少精度が低いものを使用すれば、コストダウンを図ることもできる。この場合において、減速機として、波動歯車装置を用いると、波動歯車装置は、減速比が非常に大きいので、上記の効果をより顕著に奏することができる。
【0020】
前記した駆動装置においては、A+B=1であることが望ましい。
【0021】
また、前記した駆動装置においては、Tを時定数、sを独立変数として、
A=Ts/(Ts+1)
B=1/(Ts+1)
であることが望ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明の弾性部材の変形速度演算装置および変形速度演算方法ならびに駆動装置によれば、弾性部材を介して駆動源で部材を駆動する場合において、変形速度を高い安定性で、かつ良好な応答性で得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の駆動装置の機械的構成の概念図(a)と、減速機を設けた場合の機械的構成の概念図(b)である。
【図2】一実施形態に係る駆動装置の構成図である。
【図3】変形速度演算装置のブロック図である。
【図4】変形速度演算装置の処理の一例を示すフローチャートである。
【図5】弾性変形量の値の一例(a)と、近似前の変化率ΔPe/DTの値の一例(b)のグラフである。
【図6】本発明の効果を確認したシミュレート計算における、入力トルクのグラフである。
【図7】本発明の効果を確認したシミュレート計算における、変形速度のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
次に、本発明の実施形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。本発明の駆動装置は、図1(a)に示す駆動装置E1のように、駆動源2と、被駆動部材としての負荷3が弾性部材4により結合され、駆動源2から弾性部材4の一端(入力側端部5)に動作が入力され、この動作(変位)が弾性部材4内を伝わって他端(負荷側端部6)に伝わり、負荷3を作動させるようになっている。ここでの駆動源2は、電気モータのようにそれ自身が駆動力を生むものであってもよいし、電気モータや外力などにより動かされ、その結果、弾性部材4の一端を作動させるように働くものであってもよい。そのため、負荷3に外力が働くことにより、この外力により弾性部材4を介して駆動源2が動くような場合には、負荷3が本発明における駆動源となり、駆動源2が本発明における被駆動部材(負荷)となる。
【0025】
弾性部材4の入力側端部5よりも駆動源2側のいずれかの位置には、駆動源2の速度を検出する駆動源速度センサの一例としてのセンサ91が設けられている。センサ91は、一般に、直接的には、駆動源2の作動により動く部分の変位を検出するセンサである。
【0026】
弾性部材4の負荷側端部6の近傍には、弾性部材4の変形量を量子化された値として検出する変位センサの一例としてのセンサ92が設けられている。センサ92は、例えば、入力側端部5に被検出子(例えば、エンコーダ板)を有し、負荷側端部6に被検出子の変位を検出する検出子(例えば、光センサ)を有することで、弾性部材4の変形量を検出することができる。このように、弾性部材4の変形量を検出するという意味からはセンサ92が負荷側端部6の近傍にある必要はなく、検出子と被検出子の位置を逆にして、入力側端部5の近傍にセンサ92を設けてもよい。また、センサ92は、負荷側端部6の近傍部分の位置を検出する変位センサであってもよい。この場合には、センサ91を入力側端部5の近傍の位置を検出する変位センサとし、センサ92の出力とセンサ91の出力の差分をとることで、弾性部材4の変形量を取得することができる。
【0027】
このようなセンサ91とセンサ92の出力は、後述する変形速度演算装置に入力され、弾性部材4の変形量の変化率(変形速度V)を計算するのに使用される。
なお、駆動源2の動作は、直線的な動作であってもよいし、回転する動作であってもよい。駆動源2が直線的な動作をする場合には、弾性部材4は、例えば、伸縮するバネであるし、駆動源2が回転する動作をする場合には、弾性部材4は、例えば、捩れ変形するトーションバネである。
【0028】
本発明の駆動装置は、図1(b)の駆動装置E2のように、駆動源2と弾性部材4の間に、駆動源2の作動量に対する負荷3の作動量を小さくする減速機7を設けてもよい。この場合には、センサ91は、減速機7と弾性部材4の間に設けても構わないが、減速機7よりも駆動源2側に設けるのが望ましい。そうすることで、センサ91の出力に基づき入力側端部5における駆動源速度Vdを算出すると、減速機7の減速比分だけ駆動源速度Vdの最小検出可能速度が小さくなり、駆動源速度Vdの見かけ上の分解能が高くなるからである。
【0029】
図1(b)のような減速機を有する駆動装置のより具体的な構成を示した実施形態について、図2以下を参照しながら説明する。図2に示す駆動装置100は、駆動源の一例としてのモータ20と、被駆動部材の一例としてのリンク30と、モータ20の作動速度を減速する減速機の一例としての波動歯車装置70と、波動歯車装置70とリンク30に両端が接続され、波動歯車装置70の出力をリンク30に伝える弾性部材の一例としてのトーションバー40と、モータ20の動作を制御する制御装置80とを主に備えている。
【0030】
モータ20、波動歯車装置70およびトーションバー40は、筐体10に収納され、各部材の回転が軸支されている。また、リンク30の回転も筐体10に支持されている。各部材の支持の仕方などは本発明において重要ではないので、図2においてはこれらの詳細構造は省略している。
【0031】
モータ20は、ロータ21とステータ22を有し、制御装置80からステータ22に駆動信号が入力されることで駆動されるようになっている。モータ20の近傍には、モータ20の回転角(変位)を検出するセンサ91が設けられている。センサ91は、ロータ21と一体に回転するエンコーダ板91Bと、エンコーダ板91Bに設けられた符号を読み取る光センサ91Aとを有している。センサ91が検出したモータ20の変位であるモータ変位Pmは、制御装置80に出力されている。
【0032】
波動歯車装置70は、ロータ21の出力端に接続されたウェーブジェネレータ71と、ウェーブジェネレータ71の外側に設けられたフレクスプライン72と、フレクスプライン72の外周に設けられたギヤ歯(図示せず)と係合する内歯を有するサーキュラスプライン73とを備えている。サーキュラスプライン73は筐体10に固定され、フレクスプライン72の回転が出力されるようになっている。
【0033】
フレクスプライン72は、出力軸72Aがトーションバー40の入力側端部5に接続されている。そして、トーションバー40の負荷側端部6は、リンク30に接続されている。
【0034】
負荷側端部6とリンク30を繋ぐ接続部材41には、トーションバー40の弾性変形量Peを検出するセンサ92の光センサ92Aが設けられている。具体的に、センサ92は、フレクスプライン72の出力軸72Aに設けられたエンコーダ板92Bの符号を、光センサ92Aで読み取ることで、量子化された値として弾性変形量Peを検出するようになっている。センサ92の出力は、制御装置80に出力されている。
【0035】
制御装置80は、モータ20の動作を制御して、リンク30の動作を制御する装置であり、本発明に関連する部分として、変形速度演算装置81と駆動指令部82とを備えている。
【0036】
変形速度演算装置81は、図3に示すように、入力側端部速度演算手段81Aと、近似変化率演算手段81Bと、変形速度演算手段81Cと、記憶手段81Dとを備え、モータ変位Pmと弾性変形量Peとに基づいて弾性部材の変形速度Vを出力するように構成されている。変形速度演算装置81は、CPU、ROM、RAMなどを有する計算機であり、予め記憶されたプログラムに従い処理を実行することで各演算を行うように構成されている。
【0037】
具体的に、入力側端部速度演算手段81Aは、制御装置80の入力インタフェース88から入力されたモータ変位Pmに基づき、入力側端部5における駆動源の速度である駆動源速度Vdを算出する手段である。駆動源速度Vdは、モータ変位Pmの値の変化があったときに、そのモータ変位Pmを、波動歯車装置70の減速比に基づいて入力側端部5における変位Pdとして計算し、今回の駆動源速度Vd(n)を、前回の変位Pd(n−1)、今回の変位Pd(n)、および、センサ91による検出や、変形速度Vの計算のサイクルの周期である、サンプリング周期DTを用いて、
Vd(n)=(Pd(n)−Pd(n−1))/DT
により算出する。モータ変位Pmは、角度として検出されるので、駆動源速度Vdは角速度として算出される。算出された駆動源速度Vdは、変形速度演算手段81Cに出力される。なお、入力インタフェース88と入力側端部速度演算手段81Aは、駆動源速度取得手段の一例である。また、入力インタフェース88は、変形量取得手段の一例である。
【0038】
近似変化率演算手段81Bは、制御装置80の入力インタフェース88から入力された、異なる時刻の複数の弾性変形量Peの値に基づき、弾性変形量Peの変化率を、量子化に基づく値の急変を均した値である近似変化率Veとして演算する手段である。近似変化率Veの求め方は、ローパスフィルタや、移動平均、曲線近似など公知の種々の方法があるが、ここでは、好適な一例として最小二乗法を用いた曲線近似を採用することとする。
【0039】
近似変化率Veの演算を説明する前に、理解の容易のため、近似する前の変化率ΔPe/DTについて説明する。弾性変形量Peは、センサ92により量子化された値として得られるため、光センサ92Aがエンコーダ板92Bの符号を読み取ったときのみ値に変化があり、その他の場合には値に変化が無い。そのため、弾性変形量Peの値は、例えば、徐々に荷重が掛かって変形量が増えていく場合には、図5(a)に示すように、階段状に値が変化していく。そして、弾性変形量Peの今回値と前回値の差ΔPeをサンプリング周期DTで割ることで得た変化率ΔPe/DTは、図5(b)に示すように、弾性変形量Peに変化があったときにのみ非常に大きな値として算出され、それ以外のときには0になるという値が急変するものとなる。
【0040】
ここで、最小二乗法により時刻tにおける値yのデータ系列
(t,y)=(t,y),・・・(tn_data,yn_data

【数1】

の多項式により近似するとする。本実施形態では、弾性変形量Peのデータ系列を最小二乗法により曲線近似して、得られたyの曲線近似式を時間tで微分することで近似変化率Veとすることができる。
【0041】
最小二乗法により式(1)の近似曲線を得るには、評価関数J
【数2】

の各aについての偏微分が0の解を求めればよいので、
【数3】

となる。
【0042】
この連立方程式においてyの項を右辺に移して行列表現すれば、次のようになる。
【数4】

【0043】
上記式(4)において、左辺の行列を行列P、右辺の列ベクトルをQとすれば、
【数5】

により式(1)の近似曲線の各係数a〜aを求めることができる。
【0044】
ここで、行列Pの各要素は、
【数6】

などにより求めることができる。つまり、行列Pは、一定行列である。
【0045】
これにより、弾性変形量Peの近似曲線は、
【数7】

となり、これを時間tで微分することで、近似変化率Veを
【数8】

と求めることができる。
【0046】
すなわち、近似変化率演算手段81Bは、弾性変形量Peを取得する度に、今回を含む過去のn_data個の弾性変形量Peのデータに基づいて列ベクトルQを計算し、P−1・Qの行列計算により近似曲線の各係数a〜aを求め、近似変化率Veを算出する。算出された近似変化率Veは、変形速度演算手段81Cに出力される。
【0047】
変形速度演算手段81Cは、入力側端部速度演算手段81Aが演算した駆動源速度Vdと近似変化率演算手段81Bが演算した近似変化率Veとに基づき、係数Aを入力側端部5の位置の時間的変化の周波数が高いほど大きくなる係数、係数Bを入力側端部5の位置の時間的変化の周波数が低いほど小さくなる係数であるとして、トーションバー40の変形速度Vを、
V=A・(−Vd)+B・Ve ・・・(9)
により演算する手段である。すなわち、入力側端部5の位置変化が高周波であるほど、駆動源速度Vdを重視し、低周波であるほど近似変化率Veを重視して重み付けの和をとることで変形速度Vを求める。このため、A+Bは1であるのが望ましい。また、上記のような重み付けの意味からは、Aがハイパスフィルタ、Bがローパスフィルタであると見ることもできる。
【0048】
係数A,Bは、例えば、Tを時定数、sを独立変数として、A=Ts/(Ts+1)、B=1/(Ts+1)により求まる値とすることができる。具体的に、1/(Ts+1)は、
【数9】

により求めることができる。A=Ts/(Ts+1)については、A=1−Bにより求めることができる。ここでの入力値、前回値は、(9)式の(−Vd)やVeの入力値、前回値である。
【0049】
変形速度演算手段81Cは、上記の式(10)で係数A,Bを算出し、式(9)により変形速度Vを算出する。算出された変形速度Vは、駆動指令部82に出力される。
【0050】
記憶手段81Dは、取得されたモータ変位Pm、弾性変形量Peや、計算に用いる係数A,Bなどの各種の値を適宜記憶する装置である。
【0051】
駆動指令部82は、変形速度演算装置81により算出された変形速度Vと検出された弾性変形量Peに基づき、公知の制御によりモータ20に駆動信号を出力する手段である。例えば、駆動指令部82は、モータ20によりリンク30を駆動する際に、弾性変形量Peの最大値が一定以下になるように駆動信号をモータ20に出力する。もっとも、変形速度演算装置81により算出された変形速度Vを利用して、モータ20をどのように制御するかは任意である。
【0052】
以上のように構成された駆動装置100および変形速度演算装置81の動作(変形速度演算方法)について、図2と図4のフローチャートを参照しながら説明する。
制御装置80の駆動指令部82からの駆動信号がモータ20のステータ22に出力されると、ロータ21が回転して、エンコーダ板91Bが回転する。このエンコーダ板91Bの回転を光センサ91Aが検出して、モータ変位Pmとして制御装置80に出力する。
【0053】
また、ロータ21の回転は、波動歯車装置70により減速されて出力軸72Aが回転する。出力軸72Aは、入力側端部5からトーションバー40に回転力を与えて、この回転力が負荷側端部6に伝わり、負荷側端部6に接続されているリンク30が回転する。このとき、負荷側端部6の接続部材41に設けられた光センサ92Aは、出力軸72Aに設けられたエンコーダ板92Bの回転変位を検出する。この回転変位は、量子化された値の弾性変形量Peとして制御装置80に出力される。
【0054】
制御装置80は、まず、図4に示すように、行列Pと、この逆行列P−1を計算する(S1)。行列P,P−1は、一定行列であるので、近似変化率演算手段81Bが一度だけ計算すればよい。
【0055】
次に、制御装置80は、センサ92から出力された弾性変形量Peと、センサ91から出力されたモータ変位Pmを入力インタフェース88から取得する(S2)。
【0056】
そして、入力側端部速度演算手段81Aは、波動歯車装置70の減速比と、サンプリング周期DTを用いて入力側端部5における駆動源速度Vdを算出する(S3)。
【0057】
次に、近似変化率演算手段81Bは、入力されたモータ変位Pmに基づき、今回の列ベクトルQを計算する(S4)。さらに、近似変化率演算手段81Bは、P−1・Qにより最大二乗法による近似曲線の係数a〜aを計算する(S5)。これにより、実質的に近似変化率Veが算出されたことになる。
【0058】
そして、変形速度演算手段81Cは、ハイパスフィルタとして機能する係数Aと、ローパスフィルタとして機能する係数Bを式(10)により計算する(S6)。さらに、変形速度演算手段81Cは、変形速度Vを前記式(9)により計算する(S7)。これにより、応答性がよいとともに安定性が高い変形速度Vを求めることができる。フローチャートで図示は省略するが、変形速度Vは、駆動指令部82に出力され、駆動指令部82では、次の目標の回転量および回転力を決定して、駆動信号をステータ22に出力する。
【0059】
制御装置80は、以降、ステップS2に戻って、変形速度Vの算出をサンプリング周期DTごとに繰り返す。
【0060】
以上のようにして、本実施形態の変形速度演算装置81によれば、高い安定性、かつ、良好な応答性でトーションバー40の変形速度Vを演算することができる。そして、駆動装置100は、この応答性に優れた変形速度Vを用いてモータ20を制御するので、適切な動作を実現することが可能となる。
【0061】
以上の本発明の効果を、シミュレーションにより確認した結果が図6および図7である。シミュレーションにおいては、モータ、減速機、トーションバーおよび所定のイナーシャを有する負荷を前記実施形態と同様に3次元モデルで作成し、モータが図6に示すようなトルクを発生するように条件を入力した。
【0062】
このシミュレーションの結果、複数の方法により演算したトーションバーの変形速度を図7に重ねて表示した。図7においては、ΔPe/DTと、ΔPe/DTをローパスフィルタでフィルタリングしたローパスフィルタ後と、最小二乗近似して得られた近似変化率Veと、本発明の方法により演算したトーションバーの変形速度Vとを示した。
真値は、入力したトルクから得られる理想的な変形速度である。
ΔPe/DTは、DTが非常に小さいため、実際は、各ピークが250程度の大きさの値であり、図7の縦軸スケールには収まらない。そのため、図7では、若干のフィルタを掛けて小さいピークにして表示している。ピーク値の後に裾を引いているのもそのためである。
【0063】
図7を見て分かるように、ローパスフィルタ後の変形速度は、真値とはかけ離れており、それだけでは、精度が良くない。最小二乗近似の方法によれば、プロファイルは真値と近似しているが、値の立ち上がりが遅く、値の変化初期の応答性が悪いことが分かる。この応答性は、計算に用いるデータ数を減らすことで若干の改善は可能かもしれないが、データ数を減らした場合には、入力データが少し変化するだけで過敏に変化し、安定性が悪化する。
これに対し、本発明の方法により演算した変形速度Vは、時刻0から値が立ち上がり初め、最小二乗近似に比較してもより良好な応答性を実現でき、さらに安定性も良好であることが確認された。
【0064】
以上に本発明の実施形態について説明したが、本発明は、前記した各実施形態に限定されることなく適宜変形して実施することが可能である。
例えば、変形速度演算手段が用いる係数A,Bは、前記したものに限られない。例えば、入力側端部の位置の時間的変化の周波数が高いほど大きくなる係数Aとしては、通過帯域を適切に選択することで下記式のバンドパスフィルタを用いることができる。
【数10】

【0065】
また、入力側端部の位置の時間的変化の周波数が低いほど小さくなる係数Bとしては、下記の二次フィルタを用いることができる。
【数11】

【0066】
また、近似変化率Veを求めるのに用いる近似曲線としては、三角関数
【数12】

を用いることができる。
【0067】
前記実施形態においては、駆動装置に減速機を設ける場合、駆動源と入力側端部の間に設ける例のみを示したが、減速機は、負荷側端部と負荷との間に設けられていても構わない。もっとも、駆動源速度の分解能を高くする効果を得るために、前記実施形態のように駆動源と入力側端部の間に減速機を設けるのが望ましい。
【0068】
前記実施形態においては、量子化された値として弾性部材の弾性変形量Peを検出する変位センサとして、エンコーダ板と光センサを用いる場合のみを例示したが、変位センサとしては、ポテンショメータや渦電流式CCDなどを用いることもできる。
【符号の説明】
【0069】
2 駆動源
3 負荷
4 弾性部材
5 入力側端部
6 負荷側端部
7 減速機
10 筐体
20 モータ
30 リンク
40 トーションバー
70 波動歯車装置
80 制御装置
81 変形速度演算装置
81A 入力側端部速度演算手段
81B 近似変化率演算手段
81C 変形速度演算手段
81D 記憶手段
88 入力インタフェース
91 センサ
92 センサ
100 駆動装置
E1 駆動装置
E2 駆動装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動源と被駆動部材とを連結する弾性部材の弾性変形量の変化率である変形速度Vを、量子化された値として得られる前記弾性変形量に基づき演算する変形速度演算装置であって、
前記駆動源の前記弾性部材に動力を入力する入力側端部における速度である駆動源速度Vdを取得する駆動源速度取得手段と、
前記弾性部材の弾性変形量Peを量子化された値として取得する変形量取得手段と、
異なる時刻に取得した複数の弾性変形量Peの値に基づき、弾性変形量Peの変化率を、量子化に基づく値の急変を均した値である近似変化率Veとして演算する近似変化率演算手段と、
前記駆動源速度取得手段が取得した駆動源速度Vdと前記近似変化率演算手段が演算した近似変化率Veとに基づき、係数Aを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が高いほど大きくなる係数、係数Bを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が低いほど小さくなる係数であるとして、前記弾性部材の変形速度Vを、
V=A・(−Vd)+B・Ve
により演算する変形速度演算手段とを備えることを特徴とする変形速度演算装置。
【請求項2】
A+B=1であることを特徴とする請求項1に記載の変形速度演算装置。
【請求項3】
Tを時定数、sを独立変数として、
A=Ts/(Ts+1)
B=1/(Ts+1)
であることを特徴とする請求項2に記載の変形速度演算装置。
【請求項4】
駆動源と被駆動部材とを連結する弾性部材の弾性変形量の変化率である変形速度Vを、量子化された値として得られる前記弾性変形量に基づき演算する変形速度演算方法であって、
前記駆動源の前記弾性部材に動力を入力する入力側端部における速度である駆動源速度Vdを取得するステップと、
前記弾性部材の弾性変形量Peを量子化された値として取得するステップと、
異なる時刻に取得した複数の弾性変形量Peの値に基づき、弾性変形量Peの変化率を、量子化に基づく値の急変を均した値である近似変化率Veとして演算するステップと、
駆動源速度Vdと近似変化率Veとに基づき、係数Aを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が高いほど大きくなる係数、係数Bを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が低いほど小さくなる係数であるとして、前記弾性部材の変形速度Vを、
V=A・(−Vd)+B・Ve
により演算するステップとを備えることを特徴とする変形速度演算方法。
【請求項5】
駆動装置であって、
駆動源と、
前記駆動源により駆動される被駆動部材と、
一端が前記駆動源から駆動力を受け、他端で前記被駆動部材に接続されて前記駆動源の動作を前記被駆動部材に伝える、弾性変形可能な弾性部材と、
前記駆動源の速度を検出する駆動源速度センサと、
前記弾性部材の弾性変形量Peを量子化された値として検出する変位センサと、
前記駆動源の速度と前記弾性変形量とに基づき弾性部材の弾性変形量の変化率である変形速度Vを演算する変形速度演算装置とを備え、
前記演算速度演算装置は、
前記駆動源の速度に基づいて、前記駆動源の前記弾性部材に動力を入力する入力側端部における速度である駆動源速度Vdを取得する駆動源速度取得手段と、
前記変位センサから弾性変形量Peを取得する変形量取得手段と、
異なる時刻に取得した複数の弾性変形量Peの値に基づき、弾性変形量Peの変化率を、量子化に基づく値の急変を均した値である近似変化率Veとして演算する近似変化率演算手段と、
前記駆動源速度取得手段が取得した駆動源速度Vdと前記近似変化率演算手段が演算した近似変化率Veとに基づき、係数Aを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が高いほど大きくなる係数、係数Bを前記入力側端部の位置の時間的変化の周波数が低いほど小さくなる係数であるとして、前記弾性部材の変形速度Vを、
V=A・(−Vd)+B・Ve
により演算する変形速度演算手段とを備えることを特徴とする駆動装置。
【請求項6】
前記駆動源と前記弾性部材との間に、前記駆動源の作動量に対する前記被駆動部材の作動量を小さくする減速機が設けられていることを特徴とする請求項5に記載の駆動装置。
【請求項7】
A+B=1であることを特徴とする請求項5または請求項6に記載の駆動装置。
【請求項8】
Tを時定数、sを独立変数として、
A=Ts/(Ts+1)
B=1/(Ts+1)
であることを特徴とする請求項7に記載の駆動装置。
【請求項9】
前記減速機は、波動歯車装置であることを特徴とする請求項6に記載の駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−22677(P2013−22677A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−159322(P2011−159322)
【出願日】平成23年7月20日(2011.7.20)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】