説明

形状記憶合金を用いた細胞伸縮装置

【課題】
培養細胞を伸縮させる際の機械的振動が小さく、軽量でコンパクトな細胞伸縮装置を提供する。
【解決手段】
細胞を伸縮させて機械的刺激を与える細胞伸縮装置であって、細胞が載置されている透明弾性シート1と、一端6が固定され他端4が前記透明弾性シートの一端に接続されており電流を印加することにより引張力を発生する形状記憶合金アクチュエータ2と、を有し、形状記憶合金アクチュエータへの電流印加により透明弾性シートを伸展させ、形状記憶合金アクチュエータへの電流印加の停止により透明弾性シート自身の復元力により前記透明弾性シートを収縮させるとともに、透明弾性シートは最も収縮した状態でも常に復元力が発生するように引き伸ばされた状態で設置されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養細胞を伸縮させることにより機械的刺激を与える細胞伸縮装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内の細胞は、伸展・圧縮・ズリ応力など常に様々な機械的刺激を受けている。細胞はこうした機械的刺激を受容し、細胞内にそのシグナルを伝達することで、様々な反応をする。細胞の機械的刺激に対応する応答を顕微鏡下で観察することは、細胞の機械的刺激受容機構を明らかにするために極めて重要である。
【0003】
培養細胞に機械的刺激を与えるための細胞伸縮装置の従来技術として、特許文献1乃至3がある。
特許文献1乃至3には、培養細胞に機械的刺激を与えるために培養細胞を伸縮させる技術が記載されている。特許文献1では、培養細胞はシリコン膜上に載置されており、シリコン膜はステッピングモーターにより伸縮される。特許文献2では培養細胞は弾性ポリマーシートなどに載置さており、モーターにより伸縮される。特許文献3では、培養細胞は金属製メッシュ上に配置されるが、伸縮のための駆動手段については明記されていない。
【特許文献1】特開平10−155475号公報
【特許文献2】特開2007−54034号公報
【特許文献3】特開2007−300870号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来技術では、培養細胞を載せた弾性シートなどを伸縮させるために、モーターなどを用いていた。モーターは駆動力が大きく制御もしやすいが、一方で、振動が大きい、容積が大きい、重量が大きい、などの問題がある。弾性シートなどに載置された培養細胞は顕微鏡などで観察されるが、モーターの振動があると観察の妨げになる。また、培養細胞が載置された弾性シートを観察するための光学系を細胞伸縮機構の近くに設ける必要があるので、細胞伸縮機構はできるだけ小さく軽い方が良く、モーターの重さや大きさは好ましくない。
本発明は上記問題点を解決し、培養細胞を伸縮させる際の機械的振動が小さく、軽量でコンパクトな細胞伸縮装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明は以下の構成を有する。
細胞を伸縮させて機械的刺激を与える細胞伸縮装置であって、
細胞が載置されている透明弾性シートと、
一端が固定され、他端が前記透明弾性シートの一端に接続されており、電流を印加することにより引張力を発生する形状記憶合金アクチュエータと、を有し、
前記形状記憶合金アクチュエータへの電流印加により、前記透明弾性シートを伸展させ、
前記形状記憶合金アクチュエータへの電流印加の停止により、前記透明弾性シート自身の復元力により前記透明弾性シートを収縮させるとともに、
前記透明弾性シートは、最も収縮した状態でも常に復元力が発生するように引き伸ばされた状態で設置されている、
ことを特徴とする細胞伸縮装置。
【0006】
また、以下の好ましい実施態様がある。
前記透明弾性シートに載置されている細胞を観察する光学系をさらに有する。
前記形状記憶合金アクチュエータを強制冷却する冷却手段がさらに設けられている。冷却手段としては冷却ファンが好ましいが、とくにこれに限定されるものではない。
前記透明弾性シートの伸縮にあたっては、前記透明弾性シートの一端を固定して他端に形状記憶合金アクチュエータを接続しても良いし、前記透明弾性シートの両端のそれぞれに形状記憶合金アクチュエータを接続しても良い。
前記形状記憶アクチュエータの形状は引張力を発生する形状であれば特に限定はされないが、強い引張力を発生しやすくするためにコイルスプリング形状が好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明の細胞伸縮装置は上記構成を採用したことにより、培養細胞を伸縮させる際の機械的振動を小さくすることができ、また、軽量でコンパクトにすることができる。すなわち、モーターを駆動に用いた場合、伸縮運動(往復運動)を発生させるためにはモーターの回転運動を往復運動に変換する必要があり、そのために機械的ロスが大きく振動が発生しやすい。また、モーター自体が重くかさばる上に、回転運動を往復運動に変換する機構を更に設ける必要があり、軽量でコンパクトにするのは困難である。本発明では、形状記憶合金アクチュエータ自体が引張力を発生するので、余分な運動変換機構を設ける必要が無く、機械的ロスも少ないため、機械的振動を小さくすることができる。また、軽量でコンパクトである。さらに、培養細胞を透明弾性シートに載置しているため、光学的な観察が容易である。
ところで、形状記憶合金アクチュエータは、引張力しか発生させられず、往復運動させるためには形状記憶合金アクチュエータを引き伸ばす機構が必要である。本発明では、培養細胞を載置している透明弾性シート自身の復元力を形状記憶合金アクチュエータの引き伸ばし力として用いることで、往復運動機構を実現している。すなわち、形状記憶アクチュエータへの電流印加により引張力を発生させて透明弾性シートを伸展させる。形状記憶合金アクチュエータへの電流印加を停止すると、形状記憶合金アクチュエータの引張力が無くなるため、透明弾性シート自身の復元力が支配的になり、形状記憶合金アクチュエータは引き伸ばされる。
さらに、本発明は、透明弾性シートが最も収縮した状態でも常に復元力が発生するように引き伸ばされた状態で設置されていることにより、透明弾性シートの復元力を安定的に利用できるという効果がある。透明弾性シートは完全に復元してしまうと全く復元力が発生しない。また、完全に復元した状態に近い状態の時の復元力も非常に弱いので、透明弾性シートの復元力を使った往復運動を安定的に行うことができない。本発明では、完全に復元させないで、常に復元力が発生するように、最も収縮した状態でも常に復元力が発生するように引き伸ばされた状態になっている。
さらに、形状記憶合金アクチュエータを強制冷却する冷却手段を設ければ、形状記憶合金アクチュエータが電流印加停止後に素早く冷却されて引張力を失うので、レスポンスが早くなる。形状記憶合金アクチュエータの引張力を失わせるためには、形状記憶合金が一定以下の温度にならなければならない。通常は自然冷却を用いるが、周囲の環境などによってはなかなか冷却せず、レスポンスが遅くなる。本発明では、形状記憶合金アクチュエータを強制冷却する冷却手段を設けることで、この問題点を解決できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、図面を用いながら本発明の実施形態の一例について説明する。
図1は、本実施形態における細胞伸縮装置の概略図である。図1(A)は装置を上から見た図、図1(B)は側面から見た図である。本実施形態の細胞伸縮装置は、培養細胞が載置されている透明弾性シート1と、電流を印加することにより引張力を発生する形状記憶合金アクチュエータ2と、透明弾性シート1の一端を固定する透明弾性シート固定部3と、透明弾性シート1の他端と形状記憶合金アクチュエータ2の一端とに接続されていて往復運動可能な移動部4と、形状記憶合金アクチュエータ2の他端を固定する形状記憶合金固定部6と、からなる。移動部4は、図示されていない係止機構により移動部の終端5までしか移動できないようになっており、透明弾性シート1が最も縮んだ状態でも、透明弾性シート1が引き伸ばされた状態になるように移動部4を係止するようになっている。透明弾性シート1は、透明で弾性力を有する素材であれば何でも良いが、シリコンゴムなどが良い。形状記憶合金アクチュエータ2の材質は電流印加による発熱により力を発生するものであれば何でも良い。また、形状記憶合金アクチュエータ2の形状については、引張力を効率よく発生させるためにコイルスプリング形状が好ましいが、これに限定されず、例えば、メッシュ形状などにしても良い。また、図示されていないが、形状記憶合金アクチュエータ2を強制冷却するための冷却ファンを設けても良い。
【0009】
図2を用いて、本実施形態における動作を説明する。図2(A)は、形状記憶合金アクチュエータ2が電流印加により収縮していて透明弾性シート1が伸びた状態を表す。図2(B)は、形状記憶合金アクチュエータ2に電流が印加されておらず、透明弾性シート1の復元力により形状記憶合金アクチュエータ2が伸びた状態を表す。なお、図2(A)及び図2(B)の左側のグラフは、横軸が時間t、縦軸が形状記憶合金アクチュエータ2の両端に印加する電圧Vを表し、(A)は電圧を印加した状態、(B)は電圧を印加していない状態(それぞれグラフ中、黒丸の時点で示す)を表す。形状記憶合金アクチュエータ2はある程度の電気抵抗を有しており、形状記憶合金アクチュエータ2の両端に電圧を印加すれば形状記憶合金アクチュエータ2に電流が流れ、電流印加状態となる。形状記憶合金アクチュエータ2に電流を印加することにより、形状記憶合金アクチュエータ2が発熱し、形状記憶合金アクチュエータ2の引張力が発生する。そうすると、図2(A)のように、移動部4が形状記憶合金アクチュエータ2側に引っ張られて、透明弾性シート1が引き伸ばされる。一方、形状記憶合金アクチュエータ2への電流印加を停止すると、形状記憶合金アクチュエータ2が冷えて引張力が無くなる。そうすると、図2(B)のように、透明弾性シート1の復元力により、移動部4が透明弾性シート1側に引っ張られて、透明弾性シート1が縮み、形状記憶合金アクチュエータ2が引き伸ばされる。この動作を繰り返すことで、培養細胞の伸縮を繰り返すことができる。形状記憶合金アクチュエータ2の引張力を素早く失わせてレスポンスを早くするために、形状記憶合金アクチュエータ2への電流印加の停止に合わせて冷却ファンを駆動しても良い。
なお、透明弾性シート1は復元しきった状態に近くなると復元力が非常に弱くなる。そうすると、透明弾性シート1の復元力による移動部4の移動が遅くなり、十分な往復運動ができない。本実施形態では、移動部4の透明弾性シート1側への移動を制限する機構を設けてあるので、透明弾性シート1は、最も縮んだ状態でも無負荷の状態に比べて引き伸ばされた状態になっており、常に十分な復元力を維持することができる。
【0010】
図3に、本実施形態に光学観察系を組み合わせた装置全体の概略図を示す。透明弾性シート1に、細胞7を載置し、顕微鏡の対物レンズ8で観察する。図において、顕微鏡のその他の構成は省略されている。形状記憶合金アクチュエータ2を駆動するための駆動回路9が設けられている。駆動回路9は、形状記憶合金アクチュエータ2の両端に電圧を印加することにより、形状記憶合金アクチュエータ2内に電流が流れるように駆動制御する。移動部4がうまく往復運動するように、駆動回路9は、形状記憶合金アクチュエータ2の両端に印加する電圧やデューティ比などを制御する。
【0011】
なお、図1では2本の形状記憶合金アクチュエータ2を図示しているが、これは説明を容易にするためのもので、形状記憶合金アクチュエータ2の本数については特に限定されない。透明弾性シート1の復元力と形状記憶合金アクチュエータ2の引張力とをバランスさせて安定した往復運動させるために、透明弾性シート1の材質・厚さ・長さ、形状記憶合金アクチュエータ2の材質・長さ・本数・配置などを調整する。また、図2及び図3の電圧(電流)印加の図では、模式的にデューティ比が50%程度の例が記載されているが、実際には、透明弾性シート1の復元力と形状記憶合金アクチュエータ2とをバランスさせて安定した往復運動をさせるために、必要に応じてデューティ比が調整される。
【0012】
以上、本発明の実施形態の一例を説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇において各種の変更が可能であることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】細胞収縮装置の概略図。(A)上から見た図、(B)側面から見た図。
【図2】透明弾性シートの伸縮を表す図。(A)透明弾性シートが伸びた状態、(B)透明弾性シートが縮んだ状態。
【図3】装置全体の概略図。
【符号の説明】
【0014】
1:透明弾性シート、 2:形状記憶合金アクチュエータ、 3:透明弾性シート固定部、 4:移動部、 5:移動部の終端、 6:形状記憶合金固定部、 7:細胞、 8:対物レンズ、 9:駆動回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を伸縮させて機械的刺激を与える細胞伸縮装置であって、
細胞が載置されている透明弾性シートと、
一端が固定され、他端が前記透明弾性シートの一端に接続されており、電流を印加することにより引張力を発生する形状記憶合金アクチュエータと、を有し、
前記形状記憶合金アクチュエータへの電流印加により、前記透明弾性シートを伸展させ、
前記形状記憶合金アクチュエータへの電流印加の停止により、前記透明弾性シート自身の復元力により前記透明弾性シートを収縮させるとともに、
前記透明弾性シートは、最も収縮した状態でも常に復元力が発生するように引き伸ばされた状態で設置されている、
ことを特徴とする細胞伸縮装置。
【請求項2】
前記透明弾性シートに載置されている細胞を観察する光学系をさらに有する、
ことを特徴とする請求項1記載の細胞伸縮装置。
【請求項3】
前記形状記憶合金アクチュエータを強制冷却する冷却手段がさらに設けられている、
ことを特徴とする請求項1または2記載の細胞伸縮装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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