説明

形質転換カイコの作製方法

【課題】 効率的に形質転換カイコを作製しうる方法を提供すること。
【解決手段】 ブラストサイジン耐性遺伝子を選抜マーカー遺伝子として導入したカイコに、所定濃度のブラストサイジンを経口摂取させることにより、その生死によって効率的に形質転換カイコを選抜しうることを見出した。特に、ブラストサイジン耐性遺伝子を非分泌型のタンパク質として発現するようにカイコに導入し、10μg/g餌以上のブラストサイジンを1令幼虫に経口摂取させた場合に、形質転換カイコの選抜の効率を顕著に向上させることが可能であることを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブラストサイジン耐性遺伝子を選抜マーカー遺伝子として利用した、形質転換カイコの作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来は、遺伝子組み換えされたカイコを作出する場合、形質転換体の選抜においては、眼で蛍光タンパク質遺伝子を発現するマーカー(非特許文献1)や、体色を変化させる遺伝子を発現するマーカー(非特許文献2)が用いられてきた。前者においては、高額な蛍光実体顕微鏡が必要であり、また、後者においては、母性遺伝が起こり選抜作業に悪影響を及ぼすといった問題や、色素合成が欠損した系統を用いない場合には判別が難しいなどという問題があった。さらに、両者においては、目視により判別して形質転換体と非形質転換体を手で選り分ける必要があるため、大量の個体を鑑別するには多大な時間と労力が必要であるという問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Thomas, J. et al. (2002) Insect Biochem Mol Biol 32(3):247-253
【非特許文献2】Kobayashi, I. et al. (2007) Journal of Insect Biotechnology and Sericology 76:145-148
【非特許文献3】Kimura, M. et al. (1994) Biochem. Biophys. ACTA 1219:653-659
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、効率的に形質転換カイコを選別しうる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
大腸菌や培養細胞レベルで行われている薬剤耐性遺伝子を用いた選抜方法を、個体レベルで薬剤を経口摂取させる態様に応用することは、一般に、困難であると考えられている。個体レベルでは経口で薬剤を摂取させても、組織による薬剤の吸収や代謝が行われることにより、薬剤の分解及び排泄が行われ、実用的な濃度の薬剤で致死効果を得られないのが通例であり、また、致死効果が得られたとしても、その薬剤に対する耐性遺伝子を発現させることで致死を回避できるかや、薬剤耐性遺伝子をいつどの組織で発現させれば効果的かなどが予測できず、乗り越えなければならない技術的障害が多く存在するためである。これらの理由などから、カイコの形質転換体を薬剤で選抜する方法は、長年の間、開発されてこなかった。
【0006】
このような状況下において、本発明者らは、ブラストサイジン耐性遺伝子を選抜マーカー遺伝子として導入したカイコに、所定濃度のブラストサイジンを経口摂取させ、その生死によって形質転換カイコを選抜する方法を確立することに成功した。また、本発明者らは、この方法において、特に、ブラストサイジン耐性遺伝子を非分泌型のタンパク質として発現するようにカイコに導入し、10μg/g餌以上でブラストサイジンを1令幼虫に経口摂取させた場合に、形質転換カイコの選抜の効率を顕著に向上させることが可能であることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、ブラストサイジン耐性遺伝子を選抜マーカー遺伝子として利用した形質転換カイコの作製方法に関し、より詳しくは、以下の発明を提供するものである。
(1)形質転換カイコの作製方法であって、所望の遺伝子及びブラストサイジン耐性遺伝子を導入して発現させたカイコに、ブラストサイジンを経口摂取させ、生存した個体を選抜する工程を含む方法。
(2)ブラストサイジン耐性遺伝子が非分泌型のタンパク質として発現するようにカイコに導入される、(1)に記載の方法。
(3)ブラストサイジンを1令幼虫に10μg/g餌以上で経口摂取させる、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)(1)から(3)のいずれかに記載の方法により作製された形質転換カイコ。
(5)(4)に記載の形質転換カイコの卵、子孫、又はクローン。
【発明の効果】
【0008】
本発明においては、ブラストサイジン耐性遺伝子を選抜マーカー遺伝子として用い、タンパク質合成阻害剤であるブラストサイジンを含んだ餌で1令幼虫を飼育する。これにより非形質転換体は、発育遅延又は死亡するため、形質転換体を蛍光や眼色などを指標として目視で選抜する必要がなく、選抜が簡便である。また、カイコ系統によらずに、形質転換カイコを選抜することが可能であり、汎用性がある。従って、本発明によれば、効率的に形質転換カイコを作製することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】ブラストサイジンを投与したカイコの非形質転換体の生存曲線を示すグラフである。
【図2】カイコに導入したベクターの構造を示す図である。
【図3】ブラストサイジン耐性遺伝子が導入された各カイコ系統の生存曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の形質転換カイコの作製方法は、所望の遺伝子及びブラストサイジン耐性遺伝子を導入したカイコに、ブラストサイジンを経口摂取させ、生存した個体を選抜する工程を含む方法である。
【0011】
本発明の方法に用いる「所望の遺伝子」としては、特に制限はない。例えば、蛍光タンパク質又は色素タンパク質を融合した絹タンパク質をコードする遺伝子、ほ乳類のサイトカイン遺伝子、抗体遺伝子などが挙げられる。
【0012】
本発明の方法に用いる「ブラストサイジン耐性遺伝子」としては、選抜マーカーとして使用しうる限り特に制限はなく、例えば、ブラストサイジンSデアミナーゼ遺伝子(例えば、特許2686025号)が挙げられる。ブラストサイジンSデアミナーゼ遺伝子の由来する生物としては、例えば、Aspergillus terreusやBacillus cereusが知られている。本発明に用いるブラストサイジン耐性遺伝子は、選抜マーカーとして使用しうる限り、天然型の遺伝子であってもよく、また、人為的に塩基配列に変異が導入された変異体であってもよい。
【0013】
また、本発明に用いられる「カイコ」としては、特にその系統に制限はない。従来の形質転換カイコの選抜においては、研究目的の場合、第一白卵突然変異系統(w-1)のカイコ及び着色非休眠卵系統(pnd)のカイコを交配して得た白卵系統(w1-pnd)を用いていたが、本発明は、広くカイコにおいて適用しうるという利点を有する。
【0014】
所望の遺伝子及びブラストサイジン耐性遺伝子のカイコへの導入及び発現には、公知の種々の方法を用いることが可能である。これら遺伝子をカイコにおいて発現させるベクターとしては、例えば、自律複製可能なベクター又は染色体中に相同組換え可能なベクターを使用することができる。
【0015】
個体にブラストサイジンを投与する場合には、体液中のブラストサイジンを分解してその耐性を高めるために、通常は、ブラストサイジン耐性遺伝子を分泌型のタンパク質として発現させることが効果的であると考えられるが、本発明により、意外にも、非分泌型のタンパク質として発現させた方が、カイコに顕著に高い耐性を付与しうることが見出された。従って、当該ベクターは、好ましくは、ブラストサイジン耐性遺伝子が非分泌型のタンパク質として発現するように(例えば、分泌シグナルペプチドが付加されないタンパク質として発現するように)構築されているものである。
【0016】
当該ベクターにおいて、所望の遺伝子及びブラストサイジン耐性遺伝子は、カイコ内での発現を保証するプロモーターに結合されている。
【0017】
所望の遺伝子を発現させるために用いるプロモーターとしては、例えば、GAL4/UASシステムの発現系においてはUASプロモーター、絹糸腺での発現においてはセリシンタンパク質のプロモーターやフィブロインタンパク質のプロモーターなどが挙げられるが、これらに制限されない。
【0018】
ブラストサイジン耐性遺伝子の発現に用いるプロモーターとしては、例えば、皮膚を含む全身で遺伝子を発現させるカイコ細胞質アクチンのプロモーターであるA3プロモーター、ウイルス由来のIE1,IE2プロモーターなどが挙げられるが、これらに制限されない。
【0019】
所望の遺伝子とブラストサイジン耐性遺伝子は、同一ベクターに挿入して、カイコに導入することが好ましい。
【0020】
カイコ卵に対して遺伝子の導入を行う場合、例えば、カイコの発生初期卵へ、トランスポゾンをベクターとして注射する方法(Tamura,T. et al., (2000) Nature Biotechnology 18:81-84)を利用することができる。例えば、トランスポゾンの逆位末端反復配列(Handler AM. et al.,(1998) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 95(13):7520-5)の間に遺伝子を挿入したベクターとともに、トランスポゾン転移酵素をコードするDNAを有するベクター(ヘルパーベクター)をカイコ卵に導入する。ヘルパーベクターとしては、pHA3PIG(Tamura,T. et al., (2000) Nature Biotechnology 18, 81-84)が挙げられるが、これに限定されるものではない。本発明におけるトランスポゾンとしては、piggyBacが好ましいが、これに限定されるものではなく、マリナー(mariner)、ミノス(minos)等を用いることもできる(Shimizu,K. et al., (2000) Insect Mol. Biol., 9, 277-281;Wang W. et al.,(2000) Insect Mol Biol 9(2):145-55)。
【0021】
こうして所望の遺伝子及びブラストサイジン耐性遺伝子を導入したカイコにおける形質転換体の選抜は、例えば、孵化した1令幼虫に対してブラストサイジンを経口摂取させ、生存している個体を選抜することにより行うことができる。経口摂取させるブラストサイジンは、通常、7.5μg/g餌以上であり、好ましくは10μg/g餌以上であり、より好ましくは15μg/g餌以上である。これ以上の濃度であっても本発明において適用しうるが、経済的な観点から、通常、100μg/g餌以下の濃度で使用される。なお、本発明において「・・μg/g餌以上」とは、ブラストサイジンの経口摂取量を、ブラストサイジンを餌に含有させた場合の単位で示したものであるが、ブラストサイジンを餌に含有させない場合であっても、同量のブラストサイジンを経口摂取させる限り、本発明に含まれる。例えば、1令幼虫に対して、7.5μg/g餌以上でブラストサイジンを経口摂取させた場合、1令幼虫の間に、ブラストサイジンが0.3μg以上経口摂取されることになる。従って、1令幼虫の間に、ブラストサイジンが0.3μg以上(好ましくは0.4μg以上、より好ましくは0.6μg以上)経口摂取される限り、本発明における「7.5μg/g餌以上」の定義に含まれる。
【0022】
ブラストサイジンを経口摂取させたカイコの1令幼虫は、通常、3日以上、好ましくは6日以上、飼育する。この期間に、形質転換されていない個体は、死滅する。従って、生存している個体を形質転換個体として選抜することができる。
【0023】
一旦、染色体内に所望の遺伝子が導入された形質転換カイコが得られれば、該カイコから、卵、子孫、あるいはクローンを得て、それらを基に形質転換カイコを繁殖させることも可能である。従って、本発明には、上記本発明の方法により作製された形質転換カイコ、並びに、該形質転換カイコの卵、子孫及びクローンが含まれる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕
カイコの第一白卵突然変異及び非休眠形質を示すw1-pnd系統、並びに、第一白卵突然変異及び休眠形質を示す白/c系統は独立行政法人農業生物資源研究所より入手した。
【0025】
これらのカイコ系統を用いて、非形質転換カイコのブラストサイジンに対する抵抗性を調べた。卵から孵化した直後の1令幼虫を0、2.5、5.0、7.5、10、15、20、50、100μg/g餌の濃度になるように調製した人工飼料(日本農産工業株式会社、シルクメイト原種1-3齢S)で飼育し、6日目の生存率を調べた(図1)。その結果、w1-pnd系統及び白/c系統に対するのブラストサイジンの半数致死量はそれぞれ7.8μg/g餌及び8.2μg/g餌であり、15μg/g餌の濃度では生存できないことが判明した。
【0026】
ブラストサイジンSデアミナーゼ遺伝子は、木村ら(非特許文献3)により同定された遺伝子を基に作られたpIB/V5-Hisベクター(インビトロジェン社)から得た。このブラストサイジンSデアミナーゼ遺伝子の上流にカイコA3プロモーター、下流にSV40のpolyAシグナルを挿入した。得られた断片をトランスポゾンpiggyBac由来のベクターで、眼を含む神経で発現する3xP3プロモーターの下流にEGFP遺伝子をつないだ配列を持つpBacSerUASベクター(Tatematsu et al, (2010) Transgenic Res., 19:473-487)に挿入し、一つのベクター内にEGFPマーカーとブラストサイジンSデアミナーゼ遺伝子マーカーの両方が挿入されたベクターを作製した(図2:立21)。ブラストサイジンを細胞外に分泌させて発現させるために、同様な方法でブラストサイジンSデアミナーゼ遺伝子のN末端にセリシン1遺伝子の分泌シグナルを付加したコンストラクトも作製した(図2:立33、立34)。立33と立34はベクター内の遺伝子の発現の向きが異なっている。
【0027】
次に、ホスト系統として用いたw1-pnd系統の卵に、上述のベクタープラスミドと遺伝子の導入を促す転移酵素を生産するヘルパープラスミドを同時に注射した。より具体的には、ベクタープラスミドとヘルパープラスミドpHA3PIG(Tamura, T. et al., (2000) Nature Biotechnology 18:81-84)を混合し、それぞれ0.2mg/mlの濃度で5mM KCLを含む0.5mM リン酸緩衝液に溶かし、これを産卵後3〜6時間の卵に注射した。DNAの注射は、文献(Tamura, T. et al., (2000) Nature Biotechnology 18:81-84)に記載の方法によって行った。選抜方法が確立されているEGFPマーカーを用いる方法により形質転換体を選抜し、白/c系統を交配することにより形質転換体系統を樹立した。
【0028】
得られた形質転換体系統のブラストサイジンに対する抵抗性を調べるため、図1と同様の実験を行った(図3)。その結果、分泌型のブラストサイジン耐性マーカーを持つ形質転換体(立33、立34)では、ブラストサイジンの半数致死量はそれぞれ22.9μg/g餌及び35.2μg/g餌であり、どちらの系統も100μg/g餌の濃度では生存する個体はなかった。これに対して、非分泌型の立21系統では半数致死量は100μg/g餌以上であり、非形質転換体に対して6倍以上の濃度のブラストサイジンに抵抗性を示した。
【0029】
既存の蛍光タンパク質を用いた選抜マーカーとブラストサイジンSデアミナーゼ遺伝子を用いた選抜マーカーの性能を比較するため、立21コンストラクトを用いて上記と同様の方法で形質転換カイコを作出し、蛍光マーカーでの選抜の結果とブラストサイジン含有餌での選抜の結果を比較した。その結果、蛍光マーカーで陽性の個体はブラストサイジンでの選抜でも陽性となり、蛍光マーカーで陰性の個体はブラストサイジンでの選抜においても陰性となり、両選抜方法で選抜の結果が完全に一致した。
【産業上の利用可能性】
【0030】
以上説明したように、本発明により、効率的に形質転換カイコを作製することが可能となった。本発明は、カイコにおける高機能絹糸や有用タンパク質の生産などを目的として大量に形質転換カイコを作製する上で極めて有用な技術である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
形質転換カイコの作製方法であって、所望の遺伝子及びブラストサイジン耐性遺伝子を導入して発現させたカイコに、ブラストサイジンを経口摂取させ、生存した個体を選抜する工程を含む方法。
【請求項2】
ブラストサイジン耐性遺伝子が非分泌型のタンパク質として発現するようにカイコに導入される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ブラストサイジンを1令幼虫に10μg/g餌以上で経口摂取させる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の方法により作製された形質転換カイコ。
【請求項5】
請求項4に記載の形質転換カイコの卵、子孫、又はクローン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−105598(P2012−105598A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−257764(P2010−257764)
【出願日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)