説明

形質転換植物

【課題】バイオマスエタノールの原料となる植物系資源として好適な、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼの発現量が多い植物の提供。
【解決手段】発現ベクターにより形質転換された植物であって、前記発現ベクターが、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAを含んでなり、宿主細胞において、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現し得る発現ベクターであることを特徴とする形質転換植物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現し得る発現ベクターにより形質転換された形質転換植物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオマスエタノール(バイオエタノール)を生産する方法の研究が、世界各国において盛んに行われている。バイオマスエタノールは、植物系資源を酵素処理等により単糖まで糖化した後、酵母等の微生物によるアルコール発酵により産生されるエタノールであり、再生可能な植物から得られる自然エネルギーであること、及び、燃焼させても地表の循環炭素量を増やさないことから、地球温暖化に対する関心が高まる中でエネルギー源としての将来性が期待されているためである。
【0003】
バイオマスエタノールの原料となる植物系資源は、生産効率の面から、サトウキビやトウモロコシ等の、糖質あるいはデンプン質を多く含む植物資源が主に用いられている。しかしながら、このような植物は食料と競合するため、食料と直接競合しない植物資源を利用したバイオマスエタノールの製造方法の開発が求められている。例えば、雑草等の非食用植物や稲藁等の食用植物の非食用部分のような農業系廃棄物を原料とすることにより、より低コストで安定してバイオマスエタノールを生産し得ることが期待できる。
【0004】
植物組織の主要な構成成分はセルロースであり、D−グルコースがβ−1,4結合により多数結合した鎖状高分子化合物である。つまり、セルロースを原料として効率よくバイオマスエタノールを製造することができれば、雑草や農業系廃棄物等のセルロース系バイオマスを原料とした場合であっても、サトウキビ等を原料とした場合と同等の生産効率でバイオマスエタノールを製造することが可能となる。
【0005】
セルロース系バイオマスを原料とした場合に、バイオマスエタノールの生産効率が芳しくない主要な原因として、セルロース系バイオマスは、デンプン質を多く含む植物資源よりも、糖化が困難であることが挙げられる。このため、セルロース系バイオマスの糖化効率を改善することにより、バイオマスエタノールの生産効率を向上できることが期待される。通常、セルロース系バイオマスの糖化は、酵素や、酸又はアルカリ溶液、加圧熱水等を用いて加水分解することにより行われる。特に、セルラーゼ等の酵素を用いることにより、より穏やかな反応条件で糖化が可能である。
【0006】
セルラーゼは、セルロースをセロビオースやグルコースにまで分解する酵素の総称であり、分解様式により、エンドグルカナーゼ、エキソグルカナーゼ、β−グルコシダーゼに大別される。なかでも、エンドグルカナーゼ(エンドβ−1,4グルカナーゼ;EC3.2.1.4)は、セルロース等のβ−1,4グルカンのグリコシド結合を加水分解する酵素であり、セルロースの分解に非常に重要な酵素である。ここで、通常、加水分解等の化学反応効率は、温度が高いほど高くなるため、パイロコッカス(Pyrococcus)属等の超耐熱菌由来のエンドグルカナーゼを用いることにより、セルロース系バイオマスの糖化処理をより効率よく行うことが期待できる(例えば、引用文献1〜3参照。)。
【特許文献1】特開2003−210182号公報
【特許文献2】特開2004−105130号公報
【特許文献3】特開2005−27572号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、エンドグルカナーゼ等の酵素は通常高価であり、このような酵素類をセルロース系バイオマスの糖化処理に大量に用いることは、経済的に好ましくない。
また、元々セルロース系バイオマスは、酵素による分解処理を受け難い。このため、酵素反応を効率よく行うためには、酵素を添加する前に、粉砕や蒸煮等の物理化学的処理や、酸やアルカリによる化学的処理等の前処理が必要であり、これらの前処理にコストがかかるという問題もある。
【0008】
本発明は、バイオマスエタノールの原料となる植物系資源として好適な、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼの発現量が高い植物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、形質転換により、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現した植物であれば、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼの発現量が高く、バイオマスエタノールの原料となるセルロースと、セルロースの加水分解に好適に用いられる好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼを同時に供給し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、発現ベクターにより形質転換された植物であって、前記発現ベクターが、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAを含んでなり、宿主細胞において、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現し得る発現ベクターであることを特徴とする形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、さらに、キチナーゼのキチン結合領域のアミノ酸配列を有するポリペプチドである形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、配列番号2のアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は、配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、配列番号4のアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は、配列番号4のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、配列番号6のアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は、配列番号6のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記塩基配列が、配列番号7の塩基配列、又は、配列番号7の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、又は付加された塩基配列である形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、配列番号10のアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は、配列番号10のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、さらにアミノ末端にアポプラスト移行シグナルペプチドを有するポリペプチドである形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、さらにカルボキシル末端に小胞体保留シグナルペプチドを有するポリペプチドである形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記植物が、アブラナ科の植物である形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記植物が、シロイヌナズナである形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記植物が、イネ科の植物である形質転換植物を提供するものである。
また、本発明は、前記植物が、イネである形質転換植物を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の形質転換植物は、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ(以下、好熱性エンドグルカナーゼという。)活性を有するポリペプチドを発現しているため、該植物の主要な構成成分であるセルロースが、高温条件下で容易に加水分解され得る。したがって、本発明の形質転換植物をバイオマスエタノールの原料となる植物系資源として用いることにより、糖化処理時に要される酵素量を顕著に低減することができる。さらに、糖化処理前の前処理も簡易化し得ることが期待できる。つまり、本発明の形質転換植物は、セルロースと、セルロースの加水分解に好適に用いられる好熱性エンドグルカナーゼを同時に供給し得るものであり、バイオマスエタノールの原料として特に好適な植物資源である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の形質転換植物は、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAを含んでなり、宿主細胞において好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現し得ることを特徴とする発現ベクターにより形質転換された植物である。本発明の形質転換植物中では、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが発現しているため、本発明の形質転換植物を例えば85℃以上の高温処理することにより、該形質転換植物中のセルロースを分解することができる。また、該ポリペプチドは、50℃以下の通常の生育温度では、非常に弱いエンドグルカナーゼ活性しか有さないため、本発明の形質転換植物は、形質転換されていない同種の植物と同様に問題なく生育することができる。
【0013】
本発明における「好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド」は、85℃以上の環境下において、セルロース等のβ−1,4グルカンのグリコシド結合を加水分解することができる酵素活性を有するポリペプチドであれば、特に限定されるものではない。該ポリペプチドとして、例えば、高温環境下で生息する好熱性微生物由来のエンドグルカナーゼ等がある。該好熱性微生物として、例えば、パイロコッカス属、アエロアエロパイラム属、スフォロバス属、サーモプラズマ属、サーモプロテウス属、バチルス属、シネココッカス属、サーマス属等の好熱性菌がある。
【0014】
また、本発明における「好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド」は、好熱性エンドグルカナーゼを構成するアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつ好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドであってもよい。好熱性エンドグルカナーゼ活性を有しているかぎり、欠失等がなされるアミノ酸残基の位置や種類は特に限定されるものではない。
【0015】
本発明における「好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNA」は、例えば、好熱性エンドグルカナーゼをコードする塩基配列情報に基づき作成したプライマーやプローブを用いて、該好熱性エンドグルカナーゼを有する微生物の培養液等から抽出した核酸溶液に対して、PCRやハイブリダイゼーションを行うことにより得ることができる。
【0016】
また、好熱性エンドグルカナーゼを構成するアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつ好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAは、好熱性エンドグルカナーゼをコードする核酸配列を有するDNAを、周知の遺伝子組換え技術を用いて改変することにより得ることができる。
【0017】
ここで、好熱性エンドグルカナーゼをコードする塩基配列情報は、例えば、国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)等から入手することができる。その他、例えば、配列番号1の塩基配列等の公知の好熱性エンドグルカナーゼをコードする塩基配列情報を用いたBLAST探索等の周知の手法により、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードしている可能性の高い塩基配列情報を入手することができる。なお、配列番号1の塩基配列は、パイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)由来の天然型の好熱性エンドグルカナーゼをコードする塩基配列である。
【0018】
このようにして得られたDNAが、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAであるか否かは、該DNAを組み込んだ発現ベクターを、大腸菌等の適当な宿主細胞に導入して発現させ、得られたポリペプチドの好熱性エンドグルカナーゼ活性を、ソモギー−ネルソン法等の周知の手法を用いて測定することにより確認することができる。
【0019】
本発明における「好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド」としては、パイロコッカス属に属する微生物由来の好熱性エンドグルカナーゼであることが好ましく、パイロコッカス・ホリコシ由来の好熱性エンドグルカナーゼであることがより好ましく、配列番号2、4、6のいずれかのアミノ酸配列を有するポリペプチドであることが特に好ましい。ここで、配列番号2、4、6のアミノ酸配列を有するポリペプチドには、それぞれ、各アミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつ好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドも含まれる。
【0020】
ここで、配列番号2のアミノ酸配列を有するポリペプチドは、パイロコッカス・ホリコシ由来の天然型の好熱性エンドグルカナーゼである。該好熱性エンドグルカナーゼは、酵素活性の至適温度が97℃付近であり、至適pHが5.4〜6.0であり、約97℃で3時間の加熱処理に対しても安定なエンドグルカナーゼである。
【0021】
また、配列番号4のアミノ酸配列を有するポリペプチド(以下、EGPhという。)は、配列番号2のアミノ酸配列において、アミノ末端(以下、N末端という。)のシグナルペプチド(配列番号2の2〜28位のアミノ酸配列)を欠失したアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0022】
さらに、配列番号6のアミノ酸配列を有するポリペプチド(以下、EGPfという。)は、配列番号4のアミノ酸配列において、カルボキシル末端(以下、C末端という。)の42アミノ酸を欠失したアミノ酸配列を有するポリペプチドである。配列番号2のアミノ酸配列を有する好熱性エンドグルカナーゼのC末端のアミノ酸を欠失させることにより、形質転換植物内での該好熱性エンドグルカナーゼの発現量を増大させることができる(例えば、引用文献2参照。)。
【0023】
EGPhやEGPfをコードする核酸配列は、配列番号1の核酸配列において相当する領域の塩基配列と相同的な塩基配列であってもよく、配列番号1の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、又は付加された塩基配列であり、かつ好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列であってもよい。例えば、EGPfをコードする塩基配列は、配列番号1の塩基配列の822〜825位の核酸配列aggaをtggtに改変した配列番号7の塩基配列であることが好ましい。EGPfのアミノ酸配列を変更することなく、形質転換植物内でのEGPfの発現量を増大させることができるためである。該核酸配列aggaは、N末端から2番目のSD様配列であり、該SD様配列を改変することにより、翻訳効率が改善されるためと推察される。
【0024】
本発明における「好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド」は、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド(以下、第一ペプチドということもある。)と、好熱性エンドグルカナーゼ活性以外の機能を有するポリペプチド(以下、第二ペプチドということもある。)とが、ペプチド結合したポリペプチドであってもよい。第二ペプチドは、第一ペプチドが有する好熱性エンドグルカナーゼ活性を阻害しない限り、特に限定されるものではなく、好熱性である必要もない。また、第一ペプチドと第二ペプチドのいずれがN末端にあってもよいが、N末端が第一ペプチドであることが好ましい。さらに、第一ペプチドと第二ペプチドの間にスペーサーペプチドを有していてもよい。
【0025】
該第二ペプチドとして、キチナーゼのキチン結合領域のアミノ酸配列を有するポリペプチドであることが好ましい。好熱性エンドグルカナーゼにキチン結合領域を付加することにより、該好熱性エンドグルカナーゼの酵素活性を改善することができるためである。該キチナーゼは、好熱性であってもよく、好耐熱性であってもよいが、好熱性であることが好ましい。キチナーゼのキチン結合領域は、通常、50〜150アミノ酸残基からなるポリペプチドであるが、好熱性エンドグルカナーゼに付加するポリペプチドは、一のキチン結合領域の全域を有していることが好ましいが、一部の領域が欠損しているものであってもよい。また、同種又は異種の複数のキチン結合領域からなるポリペプチドであってもよい。該第二ペプチドとして、パイロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)由来のキチナーゼのキチン結合領域であることがより好ましい。なお、配列番号8は、パイロコッカス・フリオサス由来のキチナーゼのアミノ酸配列であり、キチン結合領域は、70〜140位のアミノ酸配列の領域と、600〜720位のアミノ酸配列の領域と考えられている。
【0026】
キチナーゼのキチン結合領域のアミノ酸配列を有するポリペプチドのうち、本発明における「好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド」としては、EGPfのC末端にパイロコッカス・フリオサス由来のキチナーゼのキチン結合領域を付加した配列番号10のアミノ酸配列を有するポリペプチド(以下、EGPfChiCBMという。)、又は、配列番号10のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドであることが好ましい。具体的には、配列番号10のアミノ酸配列において、1〜389位が配列番号6のアミノ酸配列であり、390〜392位がスペーサーペプチドのアミノ酸配列であり、393〜500位が配列番号8の613〜720位のアミノ酸配列である。
【0027】
また、本発明における「好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド」は、発現したポリペプチドを、植物細胞において特定の領域に移行させて局在させ得るシグナルペプチドを有していても良い。このようなシグナルペプチドとして、例えば、アポプラスト移行シグナルペプチド、小胞体保留シグナルペプチド、核移行シグナルペプチド、分泌型シグナルペプチド等がある。本発明における「好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド」としては、N末端にアポプラスト移行シグナルペプチドを有するポリペプチドや、C末端に小胞体保留シグナルペプチドを有するポリペプチドであることが好ましく、N末端にアポプラスト移行シグナルペプチドを有し、かつC末端に小胞体保留シグナルペプチドを有するポリペプチドであってもよい。該シグナルペプチドを付加することにより、形質転換植物中で発現したポリペプチドの好熱性エンドグルカナーゼ活性をより高くすることができる。このような効果が得られる理由は明らかではないが、例えば、発現させたポリペプチドを、アポプラストや細胞中の小胞体に局在させることにより、該ポリペプチドが、内在性のタンパク質分解酵素等による分解等から保護されるためと推察される。その他、アポプラスト移行シグナルペプチドの付加により、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをセルロース含有量の多い細胞壁に近在させることができるため、本発明の形質転換植物をバイオマスエタノールの原料として用いた場合に、糖化処理がより効果的に行われることも期待できる。
【0028】
該アポプラスト移行シグナルペプチドは、ポリペプチドをアポプラストに移行させ得るペプチドであれば、特に限定されるものではなく、公知のアポプラスト移行シグナルペプチドを適宜用いることができる。該アポプラスト移行シグナルペプチドとして、例えば、MDVHKEVNFVAYLLIVLGLLVLVSAMEHVDAKACのアミノ酸配列からなるジャガイモのプロテアーゼインヒビターIIのシグナルペプチド(例えば、Wang et al. 2005年、Transgenic Research、第14巻、167〜178ページ参照。)等がある。
【0029】
該小胞体保留シグナルペプチドは、ポリペプチドを小胞体に保留させ得るペプチドであれば、特に限定されるものではなく、公知の小胞体保留シグナルペプチドを適宜用いることができる。該小胞体保留シグナルペプチドとして、例えば、HDELのアミノ酸配列からなるシグナルペプチド等がある。
【0030】
本発明における「発現ベクター」は、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAを含んでなり、宿主細胞において、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現し得る発現ベクターである。すなわち、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現し得る状態で、該ポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAが組み込まれた発現ベクターである。具体的には、上流から、プロモーター配列を有するDNA、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNA、ターミネーター配列を有するDNAからなる発現用カセットとして発現ベクターに組み込まれていることが必要である。なお、周知の遺伝子組み換え技術を用いることにより、DNAを発現ベクターに組み込むことができる。
【0031】
本発明における「発現ベクター」としては、植物細胞において転写が可能なプロモーター配列と、ポリアデニレーション部位を含むターミネーター配列を有する発現ベクターであれば、特に限定されるものではなく、形質転換植物細胞や形質転換植物の作製のために通常用いられる任意の発現ベクターを用いることができる。該発現ベクターとして、例えば、pIG121、pIG121Hm等のバイナリーベクター等がある。使用可能なプロモーターとして、例えば、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター等がある。また、使用可能なターミネーターとして、例えば、ノパリン合成酵素遺伝子のターミネーター等がある。その他、組織や器官に特異的なプロモーターを用いてもよい。このような組織又は器官特異的プロモーターを用いることにより、植物全体ではなく、特定の組織や器官にのみ、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現させることができるため、例えば、食用植物の非食用部分にのみ該ポリペプチドを発現させ得ることが期待できる。
【0032】
該発現ベクターは、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAのみならず、薬剤耐性遺伝子等も組み込まれた発現ベクターであることが好ましい。発現ベクターにより形質転換された植物と形質転換されていない植物の選抜を容易に行うことができるためである。該薬剤耐性遺伝子として、例えば、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ビアラホス耐性遺伝子等がある。
【0033】
例えば、図1に示すような発現ベクターを用いて形質転換を行うことにより、本発明の形質転換植物を得ることができる。図1(a)は、バイナリーベクターpIG121Hmのハイグロマイシン耐性遺伝子領域にビアラホス耐性遺伝子(Bar)を組み込んだバイナリーベクターpIG121Barを用いて作製されたものであり、pIG121BarのイントロンGUS領域に、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNA(EGs)を組み込んだコンストラクトの概略図である。該コンストラクトは、上流から、カナマイシン耐性遺伝子発現用カセット、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド発現用カセット、ビアラホス耐性遺伝子発現用カセットを有する発現用ベクターである。
【0034】
カナマイシン耐性遺伝子発現用カセットは、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(PNOS)の下流にカナマイシン耐性遺伝子(NPT II)をつなぎ、さらにノパリン合成酵素遺伝子のターミネーター(TNOS)をつないだものである。好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチド発現用カセットは、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(35S)の下流に好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNA(EGs)をつなぎ、さらにノパリン合成酵素遺伝子のターミネーターをつないだものである。ビアラホス耐性遺伝子発現用カセットは、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターの下流にビアラホス耐性遺伝子(Bar)をつなぎ、さらにノパリン合成酵素遺伝子のターミネーターをつないだものである。
【0035】
図1(b)は、(a)に示されるコンストラクトの、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAの5’末端に、アポプラスト移行シグナルペプチドをコードする塩基配列を有するDNA(ap)を挿入したコンストラクトの概略図である。また、図1(c)は、(b)に示されるコンストラクトの、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAの3’末端に、小胞体保留シグナルペプチドをコードする塩基配列を有するDNA(er)を挿入したコンストラクトの概略図である。
【0036】
本発明において、発現ベクターを用いて形質転換植物を作製する方法は、特に限定されるものではなく、形質転換植物細胞や形質転換植物を作製する場合に通常用いられている方法により行うことができる。該方法として、例えば、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、及びPEG(ポリエチレングリコール)法等がある。このうち、アグロバクテリウム法で行うことが好ましい。なお、形質転換植物細胞や形質転換植物は、薬剤耐性等を指標として選抜することができる。また、宿主として、植物培養細胞を用いてもよく、植物器官や植物組織を用いてもよい。
【0037】
周知の植物組織培養法等を用いることにより、形質転換された植物細胞やカルス等から形質転換植物を得ることができる。例えば、形質転換植物細胞を、ホルモンフリーの再分化培地等を用いて培養して、得られた発根した幼植物体を土壌等に移植して栽培することにより、形質転換植物を得ることができる。
【0038】
また、本発明の形質転換植物には、形質転換により直接得られた植物に加え、該植物と同様に好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現している該植物の子孫である植物も含まれる。ここで、植物の子孫とは、植物から得られた種子を発芽して得られる植物や、挿し木により得られた植物等を意味する。
【0039】
本発明の形質転換植物の種類は、特に限定されるものではなく、被子植物であってもよく、裸子植物であってもよく、シダ類やコケ類であってもよい。本発明の形質転換植物として、例えば、アブラナ科、イネ科、ナス科、マメ科、キク科、ヒルガオ科、トウダイグサ科等に属する植物が挙げられるが、アブラナ科又はイネ科の植物であることが好ましく、アグロバクテリウムを介した形質転換に好適な植物であるためである。アブラナ科の植物として、例えば、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、アブラナ、ナズナ、ダイコン、キャベツ、ワサビ等がある。また、イネ科の植物として、例えば、イネ、トウモロコシ、モロコシ、コムギ、オオムギ、ライムギ、ヒエ等がある。その他、ナス科の植物として、例えば、ナス、ジャガイモ、トマト、ピーマン、タバコ等がある。マメ科の植物として、例えば、ラッカセイ、ヒヨコマメ、ダイズ、インゲンマメ等がある。キク科の植物として、例えば、ゴボウ、ヨモギ、キンセンカ、ヤグルマギク、ヒマワリ等がある。ヒルガオ科の植物として、例えば、ヒルガオ、ハマヒルガオ、ネナシカズラ、セイヨウヒルガオ等がある。トウダイグサ科の植物として、例えば、トウダイグサ、ナツトウダイ、タカトウダイ等がある。
【0040】
本発明の形質転換植物としては、シロイヌナズナであることが好ましい。シロイヌナズナは、いわゆる雑草であり、栽培が簡便であるため、及び、ライフサイクルが短い一年草であるためである。例えば、シロイヌナズナ植物体の蕾に、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現し得る発現ベクターにより形質転換されたアグロバクテリウムの溶液を塗布して感染させた後、抗生物質等を用いて感染した種子を選抜するフローラルディップ法を用いることにより、本発明の形質転換植物であるシロイヌナズナを得ることができる。
【0041】
本発明の形質転換植物としては、イネであることも好ましい。イネは我が国の主要な農作物であり、イネ藁等の非可食部が、農業系廃棄物として毎年大量に排出されている。食用として栽培されるイネを、本発明の形質転換植物とすることにより、産生されるイネ藁等をバイオマスエタノールの原料とすることができるため、農業系廃棄物量を顕著に削減することが可能となる。本発明の形質転換イネは、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現し得る発現ベクターを、Nishimuraらの方法(Nishimura et al.、2006年、Nature Protocols、第1巻、2796〜2802ページ参照。)等の常法により形質転換することにより作成することができる。 具体的には、例えば、外皮を除去した後表面殺菌した完熟種子を培養して得られたカルスを、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現し得る発現ベクターにより形質転換されたアグロバクテリウムの溶液に浸漬して感染させた後、抗生物質等を用いて形質転換されたカルスを選抜することにより、本発明の形質転換植物であるイネを得ることができる。
【0042】
本発明の形質転換植物から抽出することにより、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを得ることもできる。本発明の形質転換植物から該ポリペプチドを抽出する方法は、該ポリペプチドの好熱性エンドグルカナーゼ活性を損なわない方法であれば、特に限定されるものではなく、該ポリペプチドは、細胞や生体組織からポリペプチドを抽出する場合に通常用いられている方法によって抽出することができる。該方法として、例えば、Kawazuらの方法(Kawazu et al.、1999年、Journal of bioscience and bioengineering、第88巻、421〜425ページ参照。)や、Kimuraらの方法(Kimura et al.、2003年、Applied microbiology and biotechnology、第62巻、374〜379ページ参照。)等がある。
【0043】
本発明の形質転換植物は、バイオマスエタノール生成の原料として特に好適であり、例えば、以下のようにして、バイオマスエタノールを生成することができる。まず、前処理を行った本発明の形質転換植物を、適当なバッファーに混合した後、85℃以上に加温する。加温処理により、該形質転換植物中に発現している好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが機能し、該形質転換植物中のセルロースが分解され、糖化液を得ることができる。このようにして得られた糖化液に酵母等を接種し、アルコール発酵を行うことにより、バイオマスエタノールを得ることができる。
【0044】
該前処理は、該ポリペプチドの好熱性エンドグルカナーゼ活性を失活させない処理方法で行うことが好ましい。例えば、粉砕処理等の物理的処理や加熱処理であることが好ましい。強酸処理や強アルカリ処理は、該ポリペプチドを失活させるおそれがある。また、該バッファーは、該ポリペプチドによるセルロース加水分解反応に適した組成のバッファーであれば、特に限定されるものではなく、界面活性剤や酵素等の該形質転換植物の分解を促進し得る化合物を含有するものであってもよい。例えば、該ポリペプチドがパイロコッカス・ホリコシ由来の好熱性エンドグルカナーゼである場合には、pH5〜6のバッファーであることが好ましい。該好熱性エンドグルカナーゼの酵素活性の至適pHが5〜6であるためである。
【0045】
その他、本発明の形質転換植物から抽出した好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを用いてバイオマスエタノールを生成してもよい。例えば、前処理を行った本発明の形質転換植物を、適当な抽出バッファーに浸して、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを抽出した後、ポリペプチド抽出液と植物残渣に分離する。分離された植物残渣にさらに前処理を施した後、再び該ポリペプチド抽出液と混合して、85℃以上に加温することにより、該植物残渣に存在するセルロースを分解し糖化液を得ることができる。
【0046】
ポリペプチドの抽出に用いる抽出バッファーは、好熱性エンドグルカナーゼ活性を損なうことなく該ポリペプチドを抽出し得るバッファーであれば、特に限定されるものではないが、界面活性剤等の可溶化剤を含有することが好ましい。形質転換植物の分解が促進される等により、ポリペプチドの抽出効率が改善されるためである。例えば、該ポリペプチドがパイロコッカス・ホリコシ由来の好熱性エンドグルカナーゼである場合には、該抽出バッファーは、pH5〜6でありかつTritonX−100等の界面活性剤を含有するバッファーであることが好ましい。
【0047】
また、ポリペプチド抽出液と植物残渣の分離方法は、特に限定されるものではなく、植物等の生体固形物から特定の化合物を抽出する場合に通常用いられる分離方法により行うことができる。例えば、抽出バッファーに浸漬させた形質転換植物を搾ってもよく、目の粗いフィルター等を用いて濾過してもよく、遠心分離を行っても良い。量が多い場合には、圧縮濾過を行うことも好ましい。
【0048】
植物残渣の前処理は、糖化処理を促進し得る処理であれば、特に限定されるものではなく、通常、バイオマスになされる任意の前処理を行うことができる。例えば、加熱処理であってもよく、酸やアルカリ処理等の化学処理であってもよい。特にアルカリ処理であることが好ましい。予め、形質転換植物から好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを抽出してしまうため、酵素活性を損なうおそれがなく、様々な前処理を行うことができる。
【実施例】
【0049】
次に、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0050】
(実施例1) 形質転換シロイヌナズナの作製
好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAを含む発現ベクターにより形質転換されたシロイヌナズナを得た。
発現ベクターとして、図1(b)に記載のアポプラスト蓄積型コンストラクトと、図1(c)に記載の小胞体保留シグナル付アポプラスト蓄積型コンストラクトを用いた。アポプラスト蓄積型コンストラクトとして、図1(b)中の「EGs」にEGPhをコードする塩基配列を有するDNA(配列番号3の塩基配列を有するDNA)を挿入した発現ベクター(ap−EGPhベクター)、「EGs」にEGPfをコードする塩基配列であって、N末端から2番目のSD様配列を改変したDNA(配列番号7の塩基配列を有するDNA)を挿入した発現ベクター(ap−SD2Mベクター)、N末端にEGPfをコードする塩基配列を有し、C末端にパイロコッカス・フリオサス由来のキチナーゼのキチン結合領域をコードする塩基配列を有するDNA(配列番号9の塩基配列を有するDNA)を挿入した発現ベクター(ap−EGPfChiCBMベクター)をそれぞれ用いた。また、小胞体保留シグナル付アポプラスト蓄積型コンストラクトとして、図1(c)中の「EGs」にEGPhをコードする塩基配列を有するDNA(配列番号3の塩基配列を有するDNA)を挿入した発現ベクター(ap−EGPh−Hベクター)、「EGs」にEGPfをコードする塩基配列であって、N末端から2番目のSD様配列を改変したDNA(配列番号7の塩基配列を有するDNA)を挿入した発現ベクター(ap−SD2M−Hベクター)、N末端にEGPfをコードする塩基配列を有し、C末端にパイロコッカス・フリオサス由来のキチナーゼのキチン結合領域をコードする塩基配列を有するDNA(配列番号9の塩基配列を有するDNA)を挿入した発現ベクター(ap−EGPfChiCBM−Hベクター)をそれぞれ用いた。なお、アポプラスト移行シグナルペプチドをコードする塩基配列として、Schaewenらのアポプラスト移行シグナルペプチド(Schaewen Av et al.、1990年、 The European Molecular Biology Organization Journal、第9巻第10号、3033〜3044ページ参照。)を参考にして、配列番号11の塩基配列を用いた。また、小胞体保留シグナルペプチドをコードする塩基配列として配列番号12の塩基配列を用いた。
【0051】
まず、発現ベクターを、凍結融解法を用いてアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens)に導入した。具体的には、氷中で融解したアグロバクテリウムEHA105株のコンピテントセルに、約1μgのプラスミド(発現ベクター)を加え、軽く混合した後、液体窒素を用いて瞬時に凍結させた。その後、37℃で4分間温めて融解し、0.5mLのSOC培地を加えて、28℃で1〜3時間培養した。得られた培養液を、50mg/Lのカナマイシンと10mg/LのPPT(ホスフィノトリシン)を含有させたLB寒天培地に塗布し、28℃のインキュベーターで2日間静置培養することにより形質転換アグロバクテリウムを得た。該形質転換アグロバクテリウムを液体培養後、プラスミドを抽出・精製した。得られたプラスミドは、PCR及び制限酵素処理により、形質転換に用いた発現ベクターであることを確認した。
【0052】
次に、22℃、24時間明期で約2ヶ月間生育させたシロイヌナズナ植物体と、50mg/Lのカナマイシンと10mg/LのPPTを含有させたLB培地を用いて培養した形質転換アグロバクテリウムを用いて、形質転換シロイヌナズナを作製した。
まず、OD600=1程度のアグロバクテリウム培養液を集菌後、5%シュークロース、0.05%シルウェット溶液に懸濁した。その後、シロイヌナズナ植物体をアグロバクテリウム懸濁液に数秒浸け、種子への感染を行った。種子成熟後、回収し50mg/Lのカナマイシンと10mg/LのPPTを含有させた1/2MS培地を用いて形質転換体の選抜を行い、形質転換シロイヌナズナを得た。より詳細には、ap−EGPhベクターを用いた形質転換植物を33種(ap−EGPh1〜33)、ap−SD2Mベクターを用いた形質転換植物を6種(ap−SD2M1〜6)、ap−EGPfChiCBMベクターを用いた形質転換植物を16種(ap−EGPfChiCBM1〜16)、ap−EGPh−Hベクターを用いた形質転換植物を4種(ap−EGPh−H1〜4)、ap−SD2M−Hベクターを用いた形質転換植物を23種(ap−SD2M−H1〜23)、ap−EGPfChiCBM−Hベクターを用いた形質転換植物を4種(ap−EGPfChiCBM−H1〜4)、それぞれ得た。
【0053】
(実施例2) 形質転換シロイヌナズナからの好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドの抽出
実施例1で得られた形質転換シロイヌナズナから、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを抽出し、該ポリペプチドの好熱性エンドグルカナーゼ活性を測定した。
該ポリペプチドの抽出は、Kawazuらの方法やKimuraらの方法に基づいて行った。具体的には、100mgの形質転換シロイヌナズナの葉を液体窒素下で乳鉢及び乳棒を用いて粉砕した後、1mLの冷抽出バッファー(100mM 酢酸、10mM EDTA、 0.1% TritonX−100、0.1%Sarkosyl、1mM DTT、pH5.6)を加え、よく混合した。得られた混合物を、2mLマイクロチューブに移して15,000rpm、4℃、10分間遠心分離を行って、上清を回収し、粗酵素溶液とした。得られた粗酵素溶液のタンパク質濃度は、BSA(ウシ血清アルブミン)を標準タンパク質とし、界面活性剤を含むサンプルでも測定可能であるDCプロテインアッセイ試薬(Bio−Rad社製)を用いて測定した。なお、形質転換されていない天然のシロイヌナズナの葉を用いて、同様にして調製した粗酵素溶液をコントロールとした。
【0054】
得られた粗酵素溶液のエンドグルカナーゼ活性を、CMC(カルボキシメチルセルロース)を基質とし、DNSA法により測定した。
まず、0.4mLの100mMの酢酸ナトリウムバッファー(pH5.6)に、0.2mgのタンパク質を含む粗酵素溶液と、最終濃度が0.5%となるようにCMCを添加して反応溶液を調製した。その後、該反応溶液を85℃で16時間反応させた。反応前後の反応溶液中の還元糖量を定量し、該粗酵素溶液による加水分解反応により増加した還元糖量から、粗酵素溶液の好熱性エンドグルカナーゼ活性(unit/mg protein)を測定した。ここで、1unitは、85℃、1分間で1μgのグルコースを生産するために要する酵素量である。なお、反応溶液中の還元糖は、DNSA(3,5−dinitorosalicylic acid reagent)を用いて定量し、該定量に用いた検量線は、グルコースを用いて作成したものを用いた。
【0055】
図2は、アポプラスト蓄積型コンストラクトを用いて得られた形質転換シロイヌナズナ由来の粗酵素溶液の好熱性エンドグルカナーゼ活性を示した図であり、図3は、小胞体保留シグナル付アポプラスト蓄積型コンストラクトを用いて得られた形質転換シロイヌナズナ由来の粗酵素溶液の好熱性エンドグルカナーゼ活性を示した図である。アポプラスト蓄積型コンストラクトを用いて得られた形質転換シロイヌナズナ由来の粗酵素溶液は、コントロールに比べて非常に高い好熱性エンドグルカナーゼ活性を有していた。一方、小胞体保留シグナル付アポプラスト蓄積型コンストラクトを用いて得られた形質転換シロイヌナズナでは、好熱性エンドグルカナーゼ活性が観察されなかった個体もあったが、非常に高い好熱性エンドグルカナーゼ活性が観察された個体も多かった。なお、アポプラスト蓄積型コンストラクトでも、小胞体保留シグナル付アポプラスト蓄積型コンストラクトでも、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドの種類による違いは特に観察されなかった。
つまり、これらの結果から、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAを含む発現ベクターを用いて形質転換を行うことにより、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが高発現している形質転換植物を作製し得ることが明らかである。
【0056】
(実施例3) 形質転換イネの作成1
実施例1で作製した形質転換アグロバクテリウムを用いて、Nishimuraらの方法に基づき、形質転換イネ(Oryza sativa L.品種名:日本晴)を作成した。
具体的には、外皮を除去した完熟種子を、70%エタノールで30秒間、その後2%(有効塩素濃度)次亜塩素酸カルシウム溶液で30分間処理することにより表面殺菌し、さらに滅菌蒸留水で5〜7回水洗した後に、N6D培地に置床した。30℃、明所(約120μmolm−2 s−1)で3〜4週間培養し、形成したカルスをN6D培地に移植してさらに3日間前培養した。前培養したカルスを、実施例1で作製した形質転換アグロバクテリウムを抗生物質含有AB培地上で3日間培養した後にAAM培地に懸濁して得られた形質転換アグロバクテリウム菌液に90秒間浸漬し、ペーパータオルで過剰な菌液を拭き取った後、2N6−AS培地に置床した。さらに、28℃、暗黒下で2日間共存培養することにより得られたカルスを、滅菌蒸留水で3〜5回洗浄した後に、25mg/Lメロペネムと20mg/L PPTを含有させたN6D培地に移植し、30℃、明所で4週間培養してPPT耐性カルスを得た。得られたPPT耐性カルスを、25mg/Lメロペネムと20mg/L PPTを含有させたMS−NK培地に移植し、さらに4週間培養して分化したシュートを得た。得られたシュートを、25mg/Lメロペネムと20mg/L PPTを含有させたMS−HF培地に移植して発根させることにより、目的の形質転換イネを得た。得られた形質転換イネは、培養土を充填したビニールポットに鉢上げし、グロースチャンバー内で2週間の馴化を行った後、プラスチックポットに移植して閉鎖温室内でさらに育成した。
【0057】
(実施例4) 形質転換イネの作成2
発現ベクターとして、ap−EGPhベクターに代えて、図1(a)中の「EGs」にEGPhをコードする塩基配列を有するDNA(配列番号3の塩基配列を有するDNA)を挿入した発現ベクター(cyt−EGPhベクター)を用いた以外は、実施例1と同様にして、形質転換アグロバクテリウムを作製した。なお、cyt−EGPhベクターは、
N末端にアポプラスト移行シグナルペプチドを有さないため、細胞質に蓄積されると推察される。
さらに、この形質転換アグロバクテリウムを用いて、実施例3と同様にして形質転換イネを得た。
【0058】
(実施例5) 形質転換イネからの好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドの抽出
実施例3及び4で得られた形質転換イネから、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを抽出し、該ポリペプチドの好熱性エンドグルカナーゼ活性を測定した。
具体的には、形質転換シロイヌナズナの葉に代えて、形質転換イネの葉を用いた以外は、実施例2と同様にして、粗酵素溶液を調製した後、該粗酵素溶液のエンドグルカナーゼ活性を、CMC(カルボキシメチルセルロース)を基質とし、DNSA法により測定した。
なお、形質転換イネとしては、実施例3で得られたap−EGPhベクターを用いた形質転換イネを3種(ap−EGPh1、2、5)、ap−SD2Mベクターを用いた形質転換イネを6種(ap−SD2M1、2、4、5、8、9)、ap−EGPfChiCBMベクターを用いた形質転換イネを4種(ap−EGPfChiCBM1、3〜5)、ap−EGPh−Hベクターを用いた形質転換イネを9種(ap−EGPh−H3、4、6〜12)、及び実施例4で得られたcyt−EGPhベクターを用いた形質転換イネを3種(cyt−EGPh4、6、7)を、それぞれ用いた。また、形質転換されていない天然のイネの葉を用いて、同様にして調製した粗酵素溶液をコントロールとした。
【0059】
図4は、得られた形質転換イネ由来の粗酵素溶液の好熱性エンドグルカナーゼ活性を示した図である。アポプラスト蓄積型コンストラクトを用いて得られた形質転換イネ由来の粗酵素溶液は、いずれのコンストラクトであっても、コントロールに比べて非常に高い好熱性エンドグルカナーゼ活性を有していた。また、小胞体保留シグナル付アポプラスト蓄積型コンストラクトを用いて得られた形質転換イネ由来の粗酵素溶液も、コントロールに比べて非常に高い好熱性エンドグルカナーゼ活性を有していた。一方、細胞質蓄積型コンストラクトを用いて得られた形質転換イネでは、好熱性エンドグルカナーゼ活性が観察されなかった。なお、アポプラスト蓄積型コンストラクトでも、小胞体保留シグナル付アポプラスト蓄積型コンストラクトでも、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドの種類による違いは特に観察されなかった。
つまり、これらの結果からも、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAを含む発現ベクターを用いて形質転換を行うことにより、好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが高発現している形質転換植物を作製し得ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の形質転換植物は、バイオマスエタノールの原料となるセルロースと、セルロースの加水分解に好適に用いられる好熱性エンドグルカナーゼを同時に供給し得るため、バイオマスエタノールの製造分野で利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】(a)〜(c)は、それぞれ、本発明の形質転換植物を得ることができる発現ベクターの一態様を示した概略図である。図中、PNOSはノパリン合成酵素遺伝子のプロモーターを、NPT IIはカナマイシン耐性遺伝子を、TNOSはノパリン合成酵素遺伝子のターミネーターを、35Sはカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーターを、EGsは好熱性エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAを、Barはビアラホス耐性遺伝子を、apはアポプラスト移行シグナルペプチドをコードする塩基配列を有するDNAを、erは小胞体保留シグナルペプチドをコードする塩基配列を有するDNAを、それぞれ示している。
【図2】実施例2において、アポプラスト蓄積型コンストラクトを用いて得られた形質転換シロイヌナズナ由来の粗酵素溶液の好熱性エンドグルカナーゼ活性を示した図である。
【図3】実施例2において、小胞体保留シグナル付アポプラスト蓄積型コンストラクトを用いて得られた形質転換シロイヌナズナ由来の粗酵素溶液の好熱性エンドグルカナーゼ活性を示した図である。
【図4】実施例5において、アポプラスト蓄積型コンストラクト及び小胞体保留シグナル付アポプラスト蓄積型コンストラクトを用いて得られた形質転換イネ由来の粗酵素溶液の好熱性エンドグルカナーゼ活性を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発現ベクターにより形質転換された植物であって、
前記発現ベクターが、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする塩基配列を有するDNAを含んでなり、宿主細胞において、好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドを発現し得る発現ベクターであることを特徴とする形質転換植物。
【請求項2】
前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、さらに、キチナーゼのキチン結合領域のアミノ酸配列を有するポリペプチドである請求項1記載の形質転換植物。
【請求項3】
前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、配列番号2のアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は、配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである請求項1又は2記載の形質転換植物。
【請求項4】
前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、配列番号4のアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は、配列番号4のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである請求項1又は2記載の形質転換植物。
【請求項5】
前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、配列番号6のアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は、配列番号6のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである請求項1又は2記載の形質転換植物。
【請求項6】
前記塩基配列が、配列番号7の塩基配列、又は、配列番号7の塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、又は付加された塩基配列である請求項1又は2記載の形質転換植物。
【請求項7】
前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、配列番号10のアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は、配列番号10のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が欠失、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである請求項2記載の形質転換植物。
【請求項8】
前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、さらにアミノ末端にアポプラスト移行シグナルペプチドを有するポリペプチドである請求項1〜7のいずれかに記載の形質転換植物。
【請求項9】
前記好熱性β−1,4−エンドグルカナーゼ活性を有するポリペプチドが、さらにカルボキシル末端に小胞体保留シグナルペプチドを有するポリペプチドである請求項1〜8のいずれかに記載の形質転換植物。
【請求項10】
前記植物が、アブラナ科の植物である請求項1〜9のいずれかに記載の形質転換植物。
【請求項11】
前記植物が、シロイヌナズナである請求項10記載の形質転換植物。
【請求項12】
前記植物が、イネ科の植物である請求項1〜9のいずれかに記載の形質転換植物。
【請求項13】
前記植物が、イネである請求項12記載の形質転換植物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−77703(P2009−77703A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−55493(P2008−55493)
【出願日】平成20年3月5日(2008.3.5)
【出願人】(596175810)財団法人かずさディー・エヌ・エー研究所 (40)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】