説明

微生物増殖促進組成物および微生物の培養方法

【課題】酵母などの真菌類;腸内細菌、大腸菌、乳酸菌などの細菌類などの微生物の増殖促進に好適に用いられる新規な微生物増殖促進組成物を提供する。
【解決手段】グルコース供給源およびアピオースを含有する微生物増殖促進組成物であり、グルコース100質量部に対し、アピオースを1質量部以上含有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は微生物増殖促進組成物および微生物の培養方法に関し、詳細には、グルコースおよびアピオースを含む微生物増殖促進組成物に関するものである。本発明の微生物増殖促進組成物は、特に、酵母などの真菌類;腸内細菌、大腸菌、セレウス菌、乳酸菌などの細菌類などの微生物の増殖促進・生育促進に好適に用いられる。
【背景技術】
【0002】
アピオースは、代表的には、以下に示すヘミアセタール型[式(I)]または非ヘミアセタール型[式(II)]の構造
【0003】
【化1】

を有する五炭糖であり、フラボノイド配糖体(Luteolin 7−O−apiosyl−(1−2)−glucoside)の構成糖として、グルコースと結合した2糖類の形で存在している。
【0004】
アピオースは、例えば、トウガラシ、ピーマン、パプリカ、シシトウなどのトウガラシ属や、パセリなどのパセリ属などの植物に含まれている。しかしながら、植物中に含まれるアピオースの量は非常に微量であり、アピオースの精製品は極めて高価である。
【0005】
本発明者は、稀少糖であるアピオースについて長年研究を行なっており、例えば、特許文献1では、アピオースなどのフラボノイド配糖体による害虫防除作用を、特許文献2では、アピオースを工業的規模で効率良く製造する方法を、それぞれ提案している。しかしながら、上記以外のアピオースの生理活性は知られていない。
【特許文献1】特開2003−104818号公報
【特許文献2】特開2005−194241号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、新規な微生物増殖促進組成物および微生物の培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決することのできた本発明の微生物増殖促進組成物は、グルコース供給源およびアピオースを含有する微生物増殖促進組成物であり、グルコース100質量部に対し、アピオースを1質量部以上含有するところに要旨を有している。
【0008】
上記微生物は、細菌または真菌であることが好ましい。
【0009】
また、上記課題を解決することのできた本発明の微生物増殖促進組成物は、上記の微生物増殖促進組成物を含む培地を用いて微生物を培養するところに要旨を有している。
【発明の効果】
【0010】
本発明の微生物増殖促進組成物を用いれば、微生物、特に、酵母などの真菌類:腸内細菌、大腸菌、乳酸菌などの細菌類などの微生物の増殖・生育を促進させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明者は、前述した特許文献1を報告した後も、引き続き、アピオースの新たな生理活性を探索してきた。その結果、(ア)アピオースは、微生物の増殖・生育に対して優れた促進作用を有しており、炭素源として用いられるグルコースと併用することにより上記作用が有効に発揮されること、(イ)アピオースによる微生物増殖促進作用は、実験に用いた他の単糖類では見られず、アピオースに特異的に見られることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
本発明の微生物増殖促進組成物は、グルコースなどのグルコース供給源以外にアピオースを必須成分として含有しており、グルコース供給源とアピオースの混合比率は、グルコース供給源をグルコースに換算したときのグルコース換算量(以下、単にグルコースと呼ぶ。)100質量部に対し、アピオースを1質量部以上含有するところに特徴がある。このような微生物増殖促進組成物を含む培地を用いて微生物を培養すれば、後記する実施例で実証するように、アピオースを含有しないグルコース含有培地(対照群)で培養した場合に比べ、微生物の増殖・生育が促進される。
【0013】
本明細書において、「微生物の増殖促進作用(または増殖・生育促進作用)」は、定常期における微生物量および世代時間の増殖速度に基づき、総合的に判断している。これらは、培養液の濁度を分光光度計で測定し、波長660nmの吸光度(OD660nm)に基づいて算出される。具体的には、グルコースおよびアピオースを両方添加した実験群と、アピオースを添加せずグルコースのみを添加した対照群とについて、OD660nmをそれぞれ測定し、当該吸光度に基づいて微生物量および世代時間の増殖速度をそれぞれ算出したとき、アピオース無添加の対照群に比べてアピオース添加群の方が、微生物量および増殖速度の少なくとも一方が、おおむね、10%以上(好ましくは20%以上)増加したものを、「微生物の増殖促進作用がある」と判断している。ただし、この数値は一応の目安であり、具体的な評価基準は、微生物の種類などによっても適宜適切に定められる。
【0014】
なお、後記する実施例では、各実験群ごとに、必ず、アピオース無添加の対照群を設けている。アピオースは抱水するために含有量を精度良く測定することが極めて困難であること、アピオースを少量ずつ製造した場合ロット間のバラツキが大きいこと、などの理由により、実験ごとのデータのバラツキが大きいからである。
【0015】
以下、本発明の微生物増殖促進組成物について詳述する。
【0016】
本発明において、グルコース100質量部に対するアピオースの含有比率は、おおむね、1質量部以上であり、これにより、種々の微生物に対して増殖・生育促進作用が有効に発揮される(後記する実施例を参照)。微生物の増殖・生育促進作用は、後記する実施例に示すように、概して、アピオースの含有比率が高いほど増加する傾向にあるため、アピオースの含有比率は高いほど良い。具体的には、微生物の種類や使用する培地などによっても相違するが、グルコース100質量部に対するアピオースの好ましい含有比率は、おおむね、2質量部以上であり、より好ましい含有比率は5質量部以上である。なお、その上限は、微生物の増殖・生育促進作用との関係からは特に限定されないが、アピオースの価格などを考慮して総合的に勘案すると、グルコース100質量部に対するアピオースの含有比率は、おおむね、150質量部以下であることが好ましく、100質量部であることがより好ましく、50質量部以下であることがより好ましい。
【0017】
ここで、グルコース供給源とは、グルコースを少なくとも含有する糖類を意味する。具体的には、グルコースのほか、オリゴ糖類(少糖類)や多糖類などを意味し、例えば、マルトース、セロビオース、ラクトース、スクロースなどのオリゴ糖類;デンプン、グリコーゲン、セルロースなどの多糖類などが挙げられる。
【0018】
本発明に用いられるアピオースは、市販品を用いても良い。あるいは、前述した特許文献2に記載の方法によってアピオースを調製しても良い。この方法によれば、アピオースを工業的規模で効率よく得ることができる。詳細な調製方法は、特許文献2を参照すれば良い。そのほかに、下記(ア)および(イ)の文献には、アピインからアピオースを分離するに当たり、酵素を用いる方法や加熱下に酸加水分解する方法が記載されており、これらの方法を用いてもよい。
(ア)宮道悦男著、「最新植物成分研究法 改訂版」、廣川書店、1971年発行、第257頁〜第273頁
(イ)名取信策ら編、「天然有機化合物実験法」、講談社、1978年発行、第362頁〜第376頁
【0019】
本発明の微生物増殖促進組成物を用いて微生物を培養するに当たっては、微生物の種類ごとに、当該微生物に適した栄養培地中に上記の微生物増殖促進組成物を添加するだけで良く、これにより、所望の効果が得られる(後記する実施例を参照)。具体的には、例えば、LB培地、MRS培地、804培地、362培地などの細菌用培地;YM培地などの酵母用培地に本発明の組成物を添加し、添加後の培地(以下では、特に、「調整培地」という。)中のグルコース濃度が、増殖を促進させたい微生物に適した濃度になるように、組成物の添加量を調整すれば良い。従って、調整培地中に含まれる他の成分、例えば、炭素源、窒素源、ビタミン、無機類などは、微生物の種類に適した栄養培地の組成をそのまま適用することができる。上記の栄養培地は、市販品を用いてもよい。
【0020】
また、上記の調整培地を用いて培養する方法も特に限定されず、微生物に最も適した培養条件で培養すれば良い。
【0021】
後記する実施例に示すように、アピオースによる微生物の増殖・生育促進活性は、特定の微生物に特異的に見られるものではなく、程度の差こそあれ、細菌類、真菌類などの微生物全般に見られるものである。アピオースによって微生物の増殖が促進されるメカニズムは詳細には不明であるが、後記する実施例の実験結果に基づけば、アピオースは炭素源として微生物に消費されるというよりも、むしろ、グルコースを炭素源として消費して増殖する過程である解糖系(EMP回路)とは無関係に、微生物の増殖を促進しているのではないかと推察される。
【0022】
本発明の微生物増殖促進組成物を適用することのできる微生物の種類は特に限定されず、例えば、酵母、かび、きのこなどの真菌類;腸内細菌、大腸菌、セレウス菌、乳酸菌などの細菌類などが挙げられる。酵母類としては、例えば、Saccharomyces cerevisiae(出芽酵母)、Schizosaccharomyces pombe(分裂酵母)、Kluyveromyces lactis、Cryptococcus neoformans、Pichia fermentans(産膜酵母)などが挙げられる。細菌類としては、例えば、腸内細菌(例えば、Serratia marcescens、Enterococcus fecalis)、大腸菌Escherichia coli、セレウス菌Bacillus cereus、乳酸菌[例えば、Leuconostoc mesenteroides(ヘテロ型乳酸菌)]などが挙げられる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。以下では、特に断らない限り、「%」は質量%を意味する。
【0024】
後記する実験では、以下のようにして調製したアピオースを用い、表1に示す種々の微生物を用いて生育試験を行った(実験1〜6、実験8〜17)。また、参考のため、アピオースの還元糖(アピトール)を以下のようにして調製し、同様の実験を行なった(実験7)。
【0025】
【表1】

【0026】
表1に併記した培地(各微生物の最適培地)の組成は、下記(a)〜(d)のとおりである。
【0027】

(a)YM培地
Glucose:10g、Peptone:5g、Yeast extract:3g、Malt extract:3g、またはこれに寒天末15gを加えたものをpH5.6に調整し、水を加えて合計1Lとした。
【0028】
(b)804培地
Poly peptone:5g、Yeast extract:5g、Glucose:5g、MgSO・7HO:1g、またはこれに寒天末15gを加えたものをpH6.8に調整し、水を加えて合計1Lとした。
【0029】
(c)MRS培地
Peptone:10g、Meat extract:10g、Yeast extract:5g、Glucose:20g、Tween80:1g、KHPO:2g、Sodium acetate:5g、Diammonium hydrogencitrate:2g、MgSO・7HO:0.2g、MnSO・5HO:0.05、またはこれに寒天末15gを加えたものをpH6.3に調整し、水を加えて合計1Lとした。
【0030】
(d)B−1培地
Peptone:5g、Meat extract:3g、NaCl:3g、またはこれに寒天末20gを加えたものを3N HCl水溶液でpH7.0に調整し、水を加えて合計1Lとした。
【0031】
(1)アピオースの調製
本実施例では、ピーマン中のフラボノイド配糖体から下記手順でアピオースを調製した。
【0032】
まず、ピーマン(Capsicum annuum var.angulosum、品種:新さきがけ2号・早生)の種子を培土が入ったプラスチックトレーに均等に播種し、3週間栽培した後、生育した苗を培土が入ったポリビニールポットに移植してハウス内で栽培した。背丈が20cm以上に生育した時点で圃場に移植して栽培した後、葉を回収した。
【0033】
このようにして得られたピーマンの生葉5.2kgを90%メタノール/水の混液中に3日間浸漬し、得られた抽出液をろ過し、減圧濃縮した。この濃縮液1.5mL中にヘキサンを加え、数回分液を繰り返した後、水層を減圧濃縮し、固形物をろ過することによって暗緑色不定形固体を得た。この固体をメタノール100mLで数回洗浄し、フラボノイド二配糖体であるLuteolin 7−O−D−apiosyl−(1→2)−β−D−glucopyranosideおよびApigenin 7−O−apiosyl−(1→2)−β−D−glucopyranosideの混合物(45.2g)を得た。
【0034】
上記のようにして得られたフラボノイド二配糖体(3g)をメタノール500mlに転溶し、10%HClを200ml加えた後、35℃で加水分解を行った。12時間後、加水分解が完了した時点で、ろ過可能な容量まで減圧濃縮を行った後、この濃縮液をNaOHで中和した。中和の際に生じたNaClの結晶を濾過して除去し、フラボノイド一配糖体であるLuteolin 7−Ο−β−D−glucopyranosideおよびApigenin 7−Ο−β−D−glucopyranosideの混合物を得た。
【0035】
次に、得られた母液を減圧濃縮した後、NaClが溶けないように注意しながら適量の脱イオン水を加え、桐山式漏斗を用いてろ過し、中和の際に生じたNaClとアピオースを分離した。この操作を十数回行った後、ODSカラムに通して水画分を回収し、減圧濃縮を行うことによってアピオース(0.12g)を得た。
【0036】
(2)アピオースの還元糖(アピトール)の調製
まず、上記のようにして得られたアピオース1mgをナス型フラスコに入れ、脱イオン水1mlを加えて充分溶解し、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)100mgを加えた。次いで、フラスコを共栓し、スターラーで撹拌しながら30℃の湯煎で加熱し、3時間反応させた。その後、氷水でナス型フラスコ全体を充分冷却し、陽イオン交換樹脂DW−50を徐々に加えて適度に振ってNaを吸着させることにより水素化ホウ素ナトリウムを分解した。Hの気泡が発生しなくなるまで陽イオン交換樹脂DW−50を加え、桐山式漏斗でろ別した。このようにして得られたろ液は、エバポレーターで白い粉末のホウ酸が析出するまで完全に乾固した。乾固は充分に行ない、アピオースとホウ酸が錯体を形成してしないように留意した。このようにして乾固したサンプルにメタノールを5〜10mL加えてホウ酸を溶かした後、乾固した。この操作を十数回行うことにより、ホウ酸をメタノールとの反応物であるホウ酸トリメチルとして除去することができる。このようにしてアピオースの還元糖(アピトール)を得た(1g)。
【0037】
(3)微生物の生育試験
まず、表1に記載の菌について、表1に併記した最適培地中に加え、小型振とう培養装置(IWASAKI GLASS CO.,LTD.製「SHKU−4」)を用いて30℃で24〜48時間前培養を行なった。
【0038】
一方、上記菌の生育には、表2に示す2種類の液体培地を用いた。上記の液体培地中、M9培地の組成は以下のとおりである。これらの液体培地は、前述した方法で得られたアピオースの10%水溶液を用い、グルコースの濃度が0.5%で、アピオースの濃度が0.1%(グルコース:アピオース=5:1)、またはグルコースの濃度が0.5%で、アピオースの濃度が0.5%(グルコース:アピオース=1:1)となるように、滅菌水を用いて調製したものである。比較のため、アピオースの代わりに同量の滅菌水を加えた培地も用意した。
【0039】
詳細には、表2の液体培地(合計6000μL)中に前述した前培養液30μLを加え、小型振盪培養装置[バイオフォトレコーダー(登録商標)TVS062CA、東洋製作所製]を用いて30℃で振とう培養を行ない、660nmでの吸光度(OD660nm)を30分ごとに測定した。なお、アピオースの還元糖を用いて微生物の生育試験を行うときは、アピオースの代わりにアピトールを添加し、上記と同様にして生育試験を行い、660nmでの吸光度を30分ごとに測定した。
【0040】
なお、微生物の生育試験は、アピオースの効果をより正確に計測するため、微生物の生育に必要最小限の物質のみを備えた培養液を含む下記組成のM9最少培地を用いて行なった。これにより、肉汁やイーストエキスなどに含まれる未知の不特定物質による不測の影響を排除することができる。
【0041】
【表2】

【0042】
(M9最少培地)
10×M9 salts:100mL、1M MgSO:2mL、0.1M CaCl:1mL、25% carbon source、金属塩溶液:1mL、ビタミン混合液:1mLを加え、水を加えて合計1Lとした(pH≒7)。このようにして得られた培地は、大腸菌の生育に用いる場合はそのまま使用することにし、一方、酵母や乳酸菌などの生育に使用する場合には、各微生物の培養に適した培地のpHとなるように、3N HCl水溶液などを用いてpHを調整した。
【0043】
ここで、「10×M9 salts」は、NaHPO・7HO:128g、KHPO:30g、NaCl:5g、NHCl:10g/Lである。金属塩溶液の組成は、NaCl:1g、CaCl・2HO:2g、FeSO・7HO:0.5g、ZnSO・7HO:0.5g、MnSO・5HO:0.5g、CuSO・5HO:0.05g、NaMoO・2HO:0.1g、NaWO・2HO:0.05g、Conc.HCl:10mL/Lである。ビタミン混合液の組成は、パントテン酸カルシウム400mg、イノシトール200mg、ニコチン酸400mg、p−アミノ安息香酸200mg、ピリドキシン塩酸塩400mg、チアミン塩酸塩400mg、ビオチン2mg、ビタミンB120.5mg/Lである。
【0044】
実験1:Pichia fermentansの生育試験
ここでは、酵母の一種であるPichia fermentansを用い、アピオースによる増殖促進作用を調べた。その結果を図1および表3に示す。
【0045】
【表3】

【0046】
上記の図および表より、以下のように考察することができる。
【0047】
まず、誘導期に関し、0.1%アピオース添加群で約19時間、アピオース無添加の対照群では約20時間であり、アピオース添加群の方が増殖開始は早かった。また、世代時間に関し、0.1%アピオース添加群では約140.5分であり、アピオース無添加の対照群(約177.9分)に比べ、世代時間は短くなった。
【0048】
また、菌数に関し、アピオース無添加の対照群では、OD660≒2.2程度しか菌数が増殖していないのに対し、アピオース添加群では、おおむね、OD660≒2.5まで増殖した。
【0049】
上記の実験結果を総合的に勘案すると、アピオースは、Pichia fermentansの増殖促進活性を有することが確認された。
【0050】
実験2:Leuconostoc mesenteroidesの生育試験(1)
ここでは、ヘテロ型乳酸菌Leuconostoc mesenteroidesを用い、アピオースによる増殖促進作用を調べた。その結果を図2および表4に示す。
【0051】
【表4】

【0052】
上記の図および表より、以下のように考察することができる。
【0053】
まず、誘導期に関し、0.1%アピオース添加群とアピオース無添加の対照群では差が見られなかった。一方、世代時間に関しては、0.1%アピオース添加群は、アピオース無添加の対照群に比べ、世代時間は約40分短くなった。
【0054】
菌数に関し、アピオース無添加の対照群では、OD660≒1.1程度しか菌数が増殖していないのに対し、0.1%アピオース添加群では、おおむね、OD660≒1.6まで増殖した。
【0055】
上記の実験結果を総合的に勘案すると、アピオースは、Leuconostoc mesenteroidesの増殖促進活性を有することが確認された。
【0056】
実験3:Leuconostoc mesenteroidesの生育試験(2)
ここでは、上記のLeuconostoc mesenteroidesを用い、アピオースの濃度を0.01〜0.1%の範囲で変化させたときの増殖促進作用を調べた。その結果を図3および表5に示す。
【0057】
【表5】

【0058】
上記の図および表より、以下のように考察することができる。
【0059】
まず、誘導期に関し、アピオース添加群とアピオース無添加の対照群では、アピオースの濃度にかかわらず、差は見られなかった。一方、世代時間に関しては、アピオースの濃度が高くなるほど、世代時間は短くなる傾向が見られた。
【0060】
菌数に関し、アピオース添加群では、おおむね、OD660≒2.8〜3付近まで増殖し、アピオースの濃度が高くなるにつれて吸光度も高くなる傾向が認められた。対数増殖期では、アピオースの濃度が高いほど増殖速度が速くなることが分かる。
【0061】
上記の実験結果を総合的に勘案すると、アピオースによるLeuconostoc mesenteroidesの増殖促進作用は、0.001%以上の濃度でも認められることが確認された。
【0062】
実験4:Leuconostoc mesenteroidesの生育試験(3)
ここでは、上記のLeuconostoc mesenteroidesを用い、アピオースの濃度を実験3に比べて更に低くし、0.001〜0.01%の範囲で変化させたときの増殖促進作用を調べた。その結果を図4に示す。
【0063】
上記の図より、誘導期、対数増殖期、および定常期に移行する時間は、アピオース添加群もアピオース無添加の対照群も、殆ど変わらないが、対数増殖期の増殖速度を比較すると、0.01%アピオース添加群が最も速く、次いで、0.005%アピオース添加群であった。一方、0.001%添加群は、対照群に比べ、誘導期と対数増殖期の間の加速期での増殖速度は若干速いものの、24.5時間経過後付近から増殖速度は全く同じになったため、0.001%添加群では、Leuconostoc mesenteroidesの増殖促進活性はないと判断した。
【0064】
以上より、Leuconostoc mesenteroidesに対するアピオースによる増殖促進活性の限界濃度は、約0.005%であると判定した。このように、アピオースは、極く微量でも上記活性を発揮することが確認された。
【0065】
実験5:Leuconostoc mesenteroidesの生育試験(4)
ここでは、上記のLeuconostoc mesenteroidesを用い、アピオース以外の種々の単糖類(グルコース、リボース、アラビノース)を0.01%添加したときの増殖促進作用を調べた。その結果を図5に示す。
【0066】
上記の図に示すように、本実験に用いた4種類の単糖類のうち、対数増殖期の増殖速度は、他の単糖類に比べてアピオースが最も速い。詳細には、アピオースは、対数増殖期の初期段階(約70分前後まで)はグルコースと殆ど差は見られなかったが、経過時間が長くなるにつれ、増殖速度の差が顕著に見られるようになった。また、アピオースと同じ5炭糖であるリボースは、アピオースに比べて著しく増殖速度が遅かった。従って、アピオースは、単糖類のなかでも微生物の増殖促進活性に極めて優れていることが確認された。
【0067】
実験6:E.coli MG1655の生育試験
実験4において、Leuconostoc mesenteroidesの代わりにE.coli MG1655を用い、アピオース以外の単糖類(グルコース、リボース、アラビノース)を0.01%添加したときの増殖促進作用を調べた。その結果を図6に示す。
【0068】
上記の図に示すように、本実験に用いた4種類の単糖類のうち、アピオースは、他の単糖類に比べ、対数増殖期の増殖速度は最も速いことから、アピオースは、単糖類のなかでも微生物の増殖促進活性に極めて優れていることが確認された。
【0069】
実験7:アピオースの還元糖を用いた微生物の生育試験
前述した実験5において、アピオースによる増殖促進活性が認められたLeuconostoc mesenteroidesを用い、アピオースの代わりにアピオースの還元糖(アピトール)を用いて生育試験を行なった。ここでは、ホウ酸の影響を考慮し、アピトールの代わりにホウ酸のみを含むサンプルを用意し、上記と同様に実験行った。これらの結果を図7に示す。
【0070】
Leuconostoc mesenteroidesの結果は図7に示すとおりであり、アピトール添加群は、グルコースのみを含む対照群やホウ酸のみを含む対照群と殆ど差は見られず、アピオースを還元すると、増殖促進活性は消失することが判明した。
【0071】
このように、アピオースとアピオースの還元糖であるアピトールとは、微生物に対する作用が全く異なっているが、これは、両者の構造の違いに起因していると考えられる。すなわち、アピオース中のアルデヒド基(−CHO)は、微生物に対して資化と無関係の過程で増殖促進活性を有していると考えられるのに対し、アルデヒド基が還元されたメチノール(−CHOH)は上記活性を有していないと考えられる。
【0072】
実験8:Schizosaccharomyces pombeの生育試験
ここでは、酵母菌の一種であるSchizosaccharomyces pombe を用い、以下の二種類の培地を用いてアピオースによる増殖促進活性を調べた。その結果を図8に示す。
(1)No.1:M9最少培地にグルコースを0.5%+アピオースを0.5%添加
(グルコース:アピオース=1:1)
(2)No.2:M9最少培地にグルコースを0.5%のみ添加した培地(対照群)
【0073】
上記の図に示すように、アピオース無添加の対照群では、OD660≒3程度しか菌数が増殖していないのに対し、0.5%アピオース添加群では、おおむね、OD660≒3.5まで増殖したことから、アピオースは、Schizosaccharomyces pombeの増殖促進活性を有することが確認された。
【0074】
実験9:Saccharomyces cerevisiaeの生育試験
ここでは、酵母菌の一種であるSaccharomyces cerevisiaeを用い、前述した実施例8と同じ組成の二種類の培地を用いてアピオースによる増殖促進活性を調べた。その結果を図9に示す。
【0075】
上記の図に示すように、アピオース無添加の対照群では、OD660≒3.7程度しか菌数が増殖していないのに対し、0.5%アピオース添加群では、おおむね、OD660≒4まで増殖したことから、アピオースは、Saccharomyces cerevisiaeの増殖促進活性を有することが確認された。
【0076】
実験10:Enterococcus faecalisの生育試験
ここでは、腸内細菌の一種であるEnterococcus faecalisを用い、前述した実施例8と同じ組成の二種類の培地を用いてアピオースによる増殖促進作用を調べた。その結果を図10に示す。
【0077】
上記の図に示すように、アピオース無添加の対照群では、OD660≒1.2程度しか菌数が増殖していないのに対し、0.5%アピオース添加群では、おおむね、OD660≒1.8まで増殖したことから、アピオースは、Enterococcus faecalisの増殖促進活性を有することが確認された。
【0078】
実験11:Cryptococcus neoformansの生育試験(その1)
ここでは、酵母菌の一種であるCryptococcus neoformansを用い、以下の三種類の培地を用いてアピオースによる増殖促進作用を調べた。その結果を図11に示す。
(1)No.1:M9最少培地にグルコースを0.4%+アピオースを0.1%添加
(グルコース:アピオース=1:0.25)
(2)No.2:M9最少培地にグルコースを0.4%+アピオースを0.5%添加
(グルコース:アピオース=1:1.25)
(3)No.3:M9最少培地にグルコースを0.4%のみ添加した培地(対照群)
【0079】
上記の図に示すように、アピオース無添加の対照群では、OD660≒1.7程度しか菌数が増殖していないのに対し、0.1%アピオース添加群(No.1)では、OD660≒2.6まで、0.5%アピオース添加群(No.2)では、OD660≒2.8まで増殖し、アピオースの濃度が増加するにつれ、菌数も増加する傾向にあることが分かった。従って、アピオースは、Cryptococcus neoformansの増殖促進活性を有することが確認された。
【0080】
実験12:Cryptococcus neoformansの生育試験(その2)
ここでは、上記のCryptococcus neoformansを用い、以下の二種類の培地を用いてアピオースによる増殖促進作用を調べた。アピオース単独の培地を用いて実験を行なったのは、アピオースが資化されるか(すなわち、炭素源/エネルギー源となるか)どうかを確認するためである。
(1)No.1:M9最少培地にグルコースを0.5%のみ添加した培地(対照群)
(2)No.2:M9最少培地にアピオースを0.5%のみ添加した培地(参考群)
【0081】
その結果を図12に示す。上記の図に示すように、グルコースのみを添加した対照群に比べて、アピオースのみを添加した参考群では菌数の増加がほとんど見られず、OD660≒0.6程度しか菌数が増殖しなかった。この結果より、アピオースは炭素源として用いられるのではないことが分かった。アピオースは、グルコースと併用することによって微生物の増殖促進活性が発揮されることから、アピオースは触媒のような働きをするのではないかと推察される。
【0082】
実験13:Serratia marcescensの生育試験(1)
ここでは、生育が容易であり、世代時間が比較的短い腸内細菌の一種であるSerratia marcescensを用い、以下の三種類の培地を用いてアピオースによる増殖促進活性を調べた。
(1)No.1:M9最少培地にグルコースを0.5%+アピオースを0.1%添加
(グルコース:アピオース=1:0.2)
(2)No.2:M9最少培地にグルコースを0.5%+アピオースを0.5%添加
(グルコース:アピオース=1:1)
(3)No.3:M9最少培地にグルコースを0.5%のみ添加した培地(対照群)
【0083】
その結果を図13に示す。上記の図に示すように、アピオース無添加の対照群では、OD660≒2.2程度しか菌数が増殖していないのに対し、0.1%アピオース添加群(No.1)および0.5%アピオース添加群(No.2)では、OD660≒3.2〜3.3付近まで増殖し、アピオースの濃度が増加するにつれ、おおむね、菌数も増加する傾向が見られた。従って、アピオースは、Serratia marcescensの増殖促進活性を有することが確認された。
【0084】
実験14:Serratia marcescensの生育試験(その2)
ここでは、上記のSerratia marcescenを用い、前述した実験12と同じ組成の二種類の培地を用いてアピオースによる増殖促進作用を調べた。その結果を図14に示す。
【0085】
上記の図に示すように、グルコースのみを添加した対照群に比べて、アピオースのみを添加した参考群では菌数の増加がほとんど見られず、OD660≒0.3程度しか菌数が増殖しなかった。この結果より、アピオースは炭素源として用いられるのではないことが分かった。アピオースは、グルコースと併用することによって微生物の増殖促進活性が発揮されることから、アピオースは触媒のような働きをするのではないかと推察される。
【0086】
実験15:Kluyveromyces lactisの生育試験(1)
ここでは、乳製品から分離した酵母菌の一種であるKluyveromyces lactisを用い、前述した実験11と同じ組成の三種類の培地を用いてアピオースによる増殖促進活性を調べた。その結果を図15に示す。
【0087】
上記の図に示すように、アピオース無添加の対照群では、OD660≒0.2程度しか菌数が増殖していないのに対し、0.1%アピオース添加群ではOD660≒0.7まで増加し、0.5%アピオース添加群ではOD660≒2付近まで著しく増殖し、アピオースの濃度が増加するにつれ、菌数も増加する傾向が見られた。従って、アピオースは、Kluyveromyces lactisの増殖促進活性を有することが確認された。
【0088】
実験16:Kluyveromyces lactisの生育試験(その2)
ここでは、上記のKluyveromyces lactisを用い、前述した実験12と同じ組成の二種類の培地を用いてアピオースによる増殖促進作用を調べた。その結果を図16に示す。
【0089】
上記の図に示すように、グルコースのみを添加した対照群も、アピオースのみを添加した参考群も、いずれも菌数の増加がほとんど見られず、OD660≒0.3程度しか菌数が増殖しなかった。この結果より、アピオースは炭素源として用いられるのではないことが分かった。アピオースは、グルコースと併用することによって微生物の増殖促進活性が発揮されることから、アピオースは触媒のような働きをするのではないかと推察される。
【0090】
実験17:Bacillus Cereusの生育試験
ここでは、セレウス菌Bacillus cereusを用い、前述した実験13と同じ組成の三種類の培地を用いてアピオースによる増殖促進活性を調べた。その結果を図17に示す。
【0091】
上記の図に示すように、アピオース無添加の対照群では、OD660≒0.6程度しか菌数が増殖していないのに対し、0.5%アピオース添加群では、OD660≒2.5まで増殖し、0.1%アピオース添加群では、OD660≒3.2まで更に増殖し、アピオース添加群では、いずれの濃度においても菌数が増加した。従って、アピオースは、Bacillus cereusの増殖促進活性を有することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】図1は、実験1におけるPichia fermentansの生育試験の結果を示すグラフである。
【図2】図2は、実験2におけるLeuconostoc mesenteroidesの生育試験(1)の結果を示すグラフである。
【図3】図3は、実験3におけるLeuconostoc mesenteroidesの生育試験(2)の結果を示すグラフである。
【図4】図4は、実験4におけるLeuconostoc mesenteroidesの生育試験(3)の結果を示すグラフである。
【図5】図5は、実験5におけるLeuconostoc mesenteroidesの生育試験(4)の結果を示すグラフである。
【図6】図6は、実験6におけるE.coli MG1655の生育試験の結果を示すグラフである。
【図7】図7は、実験7において、アピオースの還元糖(アピトール)を用いたLeuconostoc mesenteroidesの生育試験の結果を示すグラフである。
【図8】図8は、実験8におけるSchizosaccharomyces pombeの生育試験の結果を示すグラフである。
【図9】図9は、実験9におけるSaccharomyces cerevisiaeの生育試験の結果を示すグラフである。
【図10】図10は、実験10におけるEnterococcus faecalisの生育試験の結果を示すグラフである。
【図11】図11は、実験11におけるCryptococcus neoformansの生育試験の結果を示すグラフである。
【図12】図12は、実験12におけるCryptococcus neoformansの生育試験(2)の結果を示すグラフである。
【図13】図13は、実験13におけるSerratia marcescensの生育試験(1)の結果を示すグラフである。
【図14】図14は、実験14におけるSerratia marcescensの生育試験(2)の結果を示すグラフである。
【図15】図15は、実験15におけるKluyveromyces lactisの生育試験(1)の結果を示すグラフである。
【図16】図16は、実験16におけるKluyveromyces lactisの生育試験(2)の結果を示すグラフである。
【図17】図17は、実験17におけるBacillus cereusの生育試験の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコース供給源およびアピオースを含有する微生物増殖促進組成物であり、グルコース100質量部に対し、アピオースを1質量部以上含有することを特徴とする微生物増殖促進組成物。
【請求項2】
前記微生物は細菌または真菌である請求項1に記載の微生物増殖促進組成物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の微生物増殖促進組成物を含む培地を用いて微生物を培養することを特徴とする微生物の培養方法。

【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−245602(P2008−245602A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−93000(P2007−93000)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年2月13日〜14日 国立大学法人 高知大学主催の「高知大学農学部生物資源学科卒業論文発表会」に文書をもって発表
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【Fターム(参考)】