説明

微生物用の凍結保護剤

動物性成分を実質的に含まずかつ酵母抽出物とグルタミン酸ナトリウムとを含む微生物のための凍結乾燥用溶液を提供する。その凍結乾燥用溶液は、例えばCorynebacteriumジフテリア菌のような細菌株の凍結保護に使用することができる。その凍結乾燥用溶液を用いて凍結乾燥培養微生物を調製する方法、ならびに微生物の凍結乾燥物も提供する。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物用の凍結保護剤(cryo-protective agent)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ワクチンは、培地中で病原体を増殖させ、その病原体の全体または一部、もしくはその産物を単離し、さらにそれをワクチン調剤のための抗原として使用することにより、しばしば製造される。病原体全体を含むワクチンとしては、全細胞百日咳ワクチンやはしかワクチンが在る。病原体の一部を含むワクチンとしては、無細胞百日咳ワクチンが在る。病原体の産物を含むワクチンとしては、ジフテリアや破傷風のワクチンが在る。病原体、またはその一部、もしくはその産物は、ワクチンとして使用される前に、例えば化学処理等により毒性を排除しなければならない。
【0003】
病原体の産物がワクチン製造に使用される例としては、Corynebasteriumジフテリアがあげられ、使用される産物はジフテリア毒素である。ジフテリアは生命を脅かす病気であり、病原体であるC.ジフテリア菌はグラム陽性の好気性桿菌である。この病気は、毒素産生型株のC.ジフテリア菌が上咽頭組織に局所的に侵入することにより引き起こされる。C.ジフテリア菌は、扁桃腺あるいは上咽頭組織等における、痛みや出血を伴う傷や壊死性患部の、丈夫な線維膜で増殖する。典型的な伝染病であった過去の時代には、この病気は飛沫感染によって広がっていった。ジフテリアから回復した患者でも、抗生物質で完全に治療しない限り、咽喉や上咽頭部に数週間から数ヶ月に亘り、毒性細菌を保持していることがある。
【0004】
ジフテリアの臨床的症状のほとんどは、tox遺伝子を持つcorynebacterioプロファージによって産生された、毒性を持つジフテリア毒素によるものである。C.ジフテリア菌にプロファージが感染し溶菌化が起こると、その系統は毒性を獲得する。非毒性型のジフテリア毒素(トキソイド)を抗原として産生される中和抗体(抗毒性)は、ジフテリアを予防することが可能である。現在の免疫学的戦略では、ホルムアルデヒド処理により、抗原性を残したままジフテリア毒素を非毒性のトキソイドに変換し、これをジフテリアワクチンとして使用している。世界的には、ジフテリアのトキソイドは、混合免疫として他のワクチン成分と様々に組み合わせて使用されている。近年、世界保健機構(WHO)は、幼児の予防接種率の低下、成人におけるジフテリアに対する免疫力の衰退、及びワクチンの供給不足により、世界的におよそ10万人が発症し、年間8千人が死亡していると推定した。
【0005】
Corynebacteriumジフテリア菌のパーク・ウィリアム8(PW8)株の一種は、菌体外毒素を産生するためにしばしば使用され、化学修飾によってトキソイドが調製される。一般的に、アミノ酸と少量のビタミン、無機塩、マルトースのような炭水化物源を含む培地組成は、細菌の増殖を著しく促進する。カゼインの酸分解産物や牛筋肉の酵素(トリプシンまたはパパイン)分解産物などを含む別の培地は、毒物を産生するのに適している。従来の方法では、細菌は、動物由来のタンパク質性物質を含んだ培地で培養する。ジフテリア毒素の産生に通常使われている培地はNZ-アミンA型培地で、これはカゼイン分解産物を含んでいる。最適条件下では、NZ-アミンA型培地を用いて産生される毒物の量は、ライムズ凝集法による測定で180Lf/mLである。
【0006】
例示したジフテリアワクチンのようなワクチンの製造に動物由来のタンパク質性物質を使用すると、そのような培地を用いて産生したジフテリア毒素に望ましくない混入物を導入する可能性がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ほとんどの研究者は、C.ジフテリア菌のような病原体を培養するための培地として、動物性成分を実質的に含まないまたは極力排除した増殖培地の作成に力を注いできた。そしてまた、動物性成分を実質的に含まないまたは極力排除した種培養や凍結保護剤を、C.ジフテリア菌のような病原体のために提供する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、微生物用の凍結保護剤に関するものである。
【0009】
本発明の第一の態様において、動物性成分を実質的に含まずかつ酵母抽出物とグルタミン酸ナトリウムとを含む、微生物の凍結乾燥のための溶液組成を提供している。この凍結乾燥用溶液は、例えば約5%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約10%(w/v)の酵母抽出物といったように、1−10%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約1−10%(w/v)の酵母抽出物を含む。微生物は、Corynebacteriumジフテリア菌を含む細菌株であってよい。
【0010】
本発明の第二の態様において、培養微生物の凍結乾燥法を提供する。この方法は、大量の微生物を提供し、その微生物を、動物性成分を実質的に含まずかつ酵母抽出物とグルタミン酸ナトリウムとを含む凍結乾燥用溶液と混合して混合物を提供し、さらにその混合物を凍結乾燥する工程を含む。凍結乾燥用溶液は、約5%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約10%(w/v)の酵母抽出物といったように、約5%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約10%(w/v)の酵母抽出物を含む。前記混合物の凍結乾燥は、まず前記混合液を約-30℃の第1温度まで冷却して冷却混合物を提供し、さらに冷却混合物が実質的に乾燥して乾燥混合物になるまで真空状態を維持する工程を含む。適切な真空度は約120mTであり、適切な時間は約10から12時間である。冷却混合液が完全に乾燥して乾燥混合物になるまで真空で維持する工程は、約10から12時間真空状態で前記冷却混合物を維持する工程と、前記の約-30℃の温度を第2温度である約+20℃まで上昇させる工程を含む。適切な真空度は約120mTである。微生物は、Corynebacteriumジフテリア菌を含む細菌株であってよい。
【0011】
加えて、微生物細胞、および動物性成分を実質的に含まずかつ酵母抽出物とグルタミン酸ナトリウムとを含む凍結乾燥用溶液を含有する凍結乾燥物を提供する。凍結乾燥用溶液は、例えば約5%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約10%(w/v)の酵母抽出物といったように、1−10%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約1−10%(w/v)の酵母抽出物を含む。微生物としては、Corynebacteriumジフテリア菌を含む細菌株であってよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、以下の記述と共に図を参照することで、より詳しく理解される
C.ジフテリア菌培養物の調製と凍結乾燥の流れを示す模式図を図1に示す。凍結乾燥されたC.ジフテリア菌の1M1514N3S株を、Phytone(商標)ペプトン寒天を含む寒天培地上に植菌し、36℃で43−48時間培養した。「Phytone」ペプトン培地の成分は、以下の表1および2に示されている。
【表1】

【表2】

【表3】

【0013】
培養された菌を5mLの「Phytone」ペプトン培地に植菌し、内1.5mLを、10倍希釈のリン酸溶液(32%(w/v))0.9mLと2倍希釈の塩化カルシウム溶液(53%(w/v))0.45mLを含む90mLの「Phytone」ペプトン培地を入れた1次培養のフラスコに移して震盪した。培養物を、36℃で200rpmの回転をかけながら24時間インキュベートした。さらにこの培養物の内5mLを、10倍希釈のリン酸溶液(32%(w/v))2.5mLと2倍希釈の塩化カルシウム溶液(53%(w/v))1.25mLを含む250mLの「Phytone」ペプトン培地を入れた2次培養のフラスコに移して震盪した。培養物を、36℃でさらに24−28時間インキュベートした。この2次培養物の内10mLを、滅菌した50mLのねじ蓋付き遠心チューブ5本に分注し、4℃、6000gで10分間遠心した。
【0014】
上精を捨てた各チューブの沈殿物を、以下に示した凍結乾燥用溶液のうちいずれか1つ、各5mLに懸濁した。すなわち:
10%(w/v)スキムミルク(動物性成分のコントロールとして)
a) 10%(w/v)酵母抽出物
b) 10%(w/v) 「Phytone」ペプトン
c) 5%(w/v)グルタミン酸ナトリウム+10%(w/v)酵母抽出物
d) 10%(w/v) 「Phytone」ペプトン+10%(w/v)酵母抽出物+0.25%(w/v)寒天
上記の凍結乾燥用溶液中の培養物を、1mLのガラスバイアル中に0.25mLずつ移し、以下に示す方法で凍結乾燥した。
【0015】
凍結乾燥サイクル
生成物の温度を-30℃まで引き下げ、120mTの真空状態下でこの温度を10−12時間保った。10−12時間後、120mTの真空状態下で、生成物の温度を20℃まで引き上げ、それを維持した。バイアルを、真空状態下で密封し、4℃で保存する。凍結乾燥された培養物の生存能力は、コロンビア血液寒天プレート上でコロニー形成ユニット(CFU/mL)の値を計測することにより分析した。
【0016】
凍結乾燥される前とされた後のC.ジフテリア菌系統のCFU値を、表4から7に示す。
【表4】

【表5】

【表6】

【表7】

【0017】
要約すると本開示では、動物性成分を実質的に含まずかつ酵母抽出物とグルタミン酸ナトリウムとを含む微生物のための凍結乾燥用溶液、ならびにその使用法を提供する。本発明の範囲内で修正・変更は可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、C.ジフテリア菌の培養物の調製および凍結乾燥の流れを示した模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物性成分を実質的に含まずかつ酵母抽出物とグルタミン酸ナトリウムとを含む微生物のための凍結乾燥用溶液。
【請求項2】
約1−10%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約1−10%(w/v)の酵母抽出物とを含むことを特徴とする請求項1記載の凍結乾燥用溶液。
【請求項3】
約5%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約10%(w/v)の酵母抽出物とを含むことを特徴とする請求項2記載の凍結乾燥用溶液。
【請求項4】
前記微生物が細菌株であることを特徴とする請求項1から3いずれか1項記載の凍結乾燥用溶液。
【請求項5】
前記細菌株がCorynebacteriumジフテリア菌であることを特徴とする請求項4記載の凍結乾燥用溶液。
【請求項6】
凍結乾燥した培養微生物を調製する方法であって、
多量の微生物を準備し;
前記微生物を、動物性成分を実質的に含まずかつ酵母抽出物とグルタミン酸ナトリウムとを含む凍結乾燥用溶液と混合して混合物を提供し;
前記混合物を凍結乾燥する;工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項7】
前記凍結乾燥用溶液が、約5%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約10%(w/v)の酵母抽出物とを含むことを特徴とする請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記凍結乾燥用溶液が、約1−10%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約1−10%(w/v)の酵母抽出物とを含むことを特徴とする請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記混合物を凍結乾燥する工程が:
(a)前記混合物を第1温度である約-30℃まで冷却して冷却混合物を調製し;
(b)前記冷却混合物が実質的に乾燥して乾燥混合物を提供するまでの時間、前記冷却混合物を真空状態で維持する;工程を含むことを特徴とする請求項6から8いずれか1項記載の方法。
【請求項10】
真空度が、約120mTであることを特徴とする請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記時間が、約10から12時間であることを特徴とする請求項10記載の方法。
【請求項12】
前記冷却混合物が実質的に乾燥して乾燥混合物を提供するまでの時間、前記冷却混合物を真空状態で維持する工程が:
(a)約10から12時間、真空状態で前記冷却混合物を維持し;
(b)-30℃の前記温度を+20℃の第2温度まで上昇させる;工程を含むことを特徴とする請求項9記載の方法。
【請求項13】
真空度が、約120mTであることを特徴とする請求項12記載の方法。
【請求項14】
微生物が細菌株であることを特徴とする請求項6から8いずれか1項記載の方法。
【請求項15】
前記細菌株がCorynebacteriumジフテリア菌であることを特徴とする請求項14記載の方法。
【請求項16】
微生物細胞、および実質的に動物性成分を含まずかつ酵母抽出物とグルタミン酸ナトリウムとを含む凍結乾燥用溶液を含有することを特徴とする凍結乾燥物。
【請求項17】
前記溶液が、約1−10%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約1−10%(w/v)の酵母抽出物とを含むことを特徴とする請求項16記載の凍結乾燥物。
【請求項18】
前記溶液が、約5%(w/v)のグルタミン酸ナトリウムと約10%(w/v)の酵母抽出物とを含むことを特徴とする請求項17記載の凍結乾燥物。
【請求項19】
微生物が細菌株であることを特徴とする請求項16から18いずれか1項記載の凍結乾燥物。
【請求項20】
前記細菌株がCorynebacteriumジフテリア菌であることを特徴とする請求項19記載の凍結乾燥物。

【図1】
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【公表番号】特表2007−512815(P2007−512815A)
【公表日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−541767(P2006−541767)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【国際出願番号】PCT/CA2004/002025
【国際公開番号】WO2005/054443
【国際公開日】平成17年6月16日(2005.6.16)
【出願人】(506076695)サノフィ パストゥール リミテッド (12)
【氏名又は名称原語表記】SANOFI PASTEUR LIMITED
【Fターム(参考)】