扁平上皮癌の診断用キット及び判定方法
【課題】扁平上皮癌の診断に有用なキット並びに判定方法を提供すること。
【解決手段】扁平上皮癌の診断用キットであって、(1)ペロキシレドキシンVI(Peroxiredoxin VI)試薬、及び(2)前記ペロキシレドキシンVI 試薬に反応する自己抗体の測定用試薬を含んでなるキット、並びに、扁平上皮癌の判定方法であって、(1)被験者から採取した試料を、ペロキシレドキシンVI試薬と接触させる工程、(2)ペロキシレドキシンVI試薬に反応する前記試料中の自己抗体の存在又は量を測定する工程、及び
(3)前記測定結果に基づき扁平上皮癌の評価を行う工程を含む方法。
【解決手段】扁平上皮癌の診断用キットであって、(1)ペロキシレドキシンVI(Peroxiredoxin VI)試薬、及び(2)前記ペロキシレドキシンVI 試薬に反応する自己抗体の測定用試薬を含んでなるキット、並びに、扁平上皮癌の判定方法であって、(1)被験者から採取した試料を、ペロキシレドキシンVI試薬と接触させる工程、(2)ペロキシレドキシンVI試薬に反応する前記試料中の自己抗体の存在又は量を測定する工程、及び
(3)前記測定結果に基づき扁平上皮癌の評価を行う工程を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、扁平上皮癌の診断用キット及び判定方法に主に関する。
【背景技術】
【0002】
プロテオミクスの急速な進歩に伴い悪性腫瘍における発現蛋白質の網羅的な解析が行われ、様々なバイオマーカーが同定され診断および治療への応用が期待されている。しかし、膨大な解析結果の臨床への応用に関してはいまだ問題点が多いのが現状である。
【0003】
2001年、SM.Hanashらのグループが2次元電気泳動(2D-PAGE)−ウェスタンブロット法(WB)−質量分析(MALDI-TOF MS/MS)を用い、肺癌患者血清中に抗AnnexinI&II自己抗体を同定し、これら自己抗体が新規診断マーカーとなり得る可能性を示した(非特許文献1参照)。
【0004】
一方、ペロキシレドキシンは近年、注目されている抗酸化酵素のひとつである。ペロキシレドキシンのファミリーのうち、幾つかのペロキシレドキシン について悪性中皮腫、肺癌、乳癌、食道癌などの癌腫における過剰発現が報告されている(非特許文献2〜6参照)。しかし、肺胞上皮細胞などの正常組織においても高発現が見られることより、診断マーカーとしての有用性には疑問がもたれている(非特許文献7参照)。
【0005】
一方、扁平上皮癌は、患者数が多い癌であるが、比較的予後が不良の癌に属する。そのため、早期発見、早期治療が強く望まれるが、これまで有用な診断マーカーはほとんど報告されていない(非特許文献8〜9参照)。
【非特許文献1】Brichory FM,MisekDE,YimAM, et al. An immune responsemanifested by the common occurrence of Annexins I and II autoantibodies and high circulating levels of IL-6 in lung cancer. Proc Natl Acad Sci USA, 2001, 98, pp.9824-9
【非特許文献2】QiY,ChiuJF,Wang L, Kw ongDL, HeQY. Comparative proteomic analysis of esophageal squamous cell carcinoma. Proteomics, 2005, 5, pp.2960-71
【非特許文献3】Kinnula VL, Lehtonen S, Sormunen R, et al. Overexpressionof peroxiredoxins I, II, III, V, and VI in malignant mesothelioma., J Pathol, 2002, 196, pp. 316−23
【非特許文献4】Chang JW, Jeon HB, Lee JH, et al. Augmented expression of peroxiredoxin I in lung cancer, Biochem Biophys Res Commun, 2001, 289, pp. 507-12
【非特許文献5】YanagawaT, Iwasa S, Ishii T, et al. Peroxiredoxin I expression in oral cancer : a potential newt umormarker, Cancer Lett., 2000, 156, pp. 27-35
【非特許文献6】Karihtala P, Mantyniemi A, Kang SW, Kinnula VL, Soini Y. Peroxiredoxins in breast carcinoma. Clin, Cancer Res, 2003, 9, pp.3418-24
【非特許文献7】Manevich Y, Fisher AB. Peroxiredoxin 6, a 1-Cysperoxiredoxin, functions in antioxidant defense and lung phospholipid metabolism. Free Radic Biol Med., 2005, 38, 1422-32
【非特許文献8】Shimada H, NabeyaY, Okazumi S, et al. Prognosticsignificance of CYFRA 21-1in patients with esophageal squamous cell carcinoma., J Am Coll Surg, 2003, 196, pp. 573-8
【非特許文献9】ShimadaH, NabeyaY,Okazumi S, et al. Prediction of survival with squamous cell carcinoma antigen in patients with resectable esophageal squamous cell carcinoma., Surgery, 2003, 133, 486-94.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、扁平上皮癌の診断に有用なキット、並びに扁平上皮癌の判定に適した方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決することを主な目的として、扁平上皮癌患者を対象に鋭意検討を重ねた。その結果、扁平上皮癌患者血清中にペロキシレドキシンVIに特異的に結合する自己抗体が存在することを見出し、更に鋭意検討を重ねて本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、下記のキット及び方法に関する。
【0009】
項1:扁平上皮癌の診断用キットであって、
(1)ペロキシレドキシンVI試薬、及び
(2)前記ペロキシレドキシンVI試薬に反応する自己抗体の測定用試薬
を含んでなるキット。
【0010】
項2:扁平上皮癌の判定方法であって、
(1)被験者から採取した試料を、ペロキシレドキシンVI試薬と接触させる工程
(2)ペロキシレドキシンVI試薬に反応する前記試料中の自己抗体の存在又は量を測定する工程、及び
(3)前記測定結果に基づき扁平上皮癌を評価する工程
を含む方法。
【0011】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
【0012】
1.扁平上皮癌
本発明の対象とする扁平上皮癌(squamous cell carcinoma)は、扁平上皮細胞(ケラチノサイト)に由来する癌を意味し、有棘細胞癌(ゆうきょくさいぼうがん)も含む。
【0013】
扁平上皮癌であれば、各種の癌が含まれ、例えば、消化器扁平上皮癌、下咽頭癌、喉頭癌、子宮頚癌、肺扁平上皮癌などが含まれる。消化器上皮癌としては、例えば、食道扁平上皮癌、肛門管癌などが挙げられる。
【0014】
例えば、本発明は、消化器扁平上皮癌、特に食道扁平上皮癌などの診断、治療に、好適に用いることができる。
【0015】
2.キット
本発明のキットは、(1)ペロキシレドキシンVI試薬、及び、(2)前記ペロキシレドキシンVI試薬に反応する自己抗体の測定用試薬を含んでいる。
【0016】
(1)ペロキシレドキシンVI試薬
本明細書において、ペロキシレドキシンVI試薬とは、ペロキシレドキシンVI又はその断片或いはその誘導体からなる試薬、又は、ペロキシレドキシンVI又はその断片或いはその誘導体を常法により製剤化して得られるものを含む。
【0017】
ペロキシレドキシンVIは、当分野で一般的に知られている標準のタンパク質精製技術を用いて単離して得ることができる。たとえば、アフィニティクロマトグラフィーや免疫学的に特異的な抗体(または抗体断片)を用いて、細胞から抽出したタンパク質から分離精製することができる。
【0018】
また、ペロキシレドキシンVIの配列は、例えばアクセッション番号NM 004905として公知である。従ってそのような配列から、遺伝子工学的手法及び/又は化学合成により得ることもできる。例えば、遺伝子工学的手法であれば、公知の配列に基づき得られたcDNAを大腸菌に組み込ませ大量培養し、可溶化しタンパク質を抽出し、親和性カラム等を用いて分離精製することにより、得ることができる。
【0019】
具体的には、Tag、例えばGST(グルタチオンS-転移酵素)付加ベクターに全長遺伝子を挿入後、大腸菌内で誘導・発現させ、大量培養することができる。更に培養した大腸菌をクローニングした後、破砕し、Tag付加タンパク質を抽出し、更にGST親和性カラムにて精製分離することにより取得することができる。
【0020】
また化学合成においては、プロテイン・シークエンサー等を用いて、公知の配列に基づき、ペプチドの部分又は全合成を行うことにより得ることができる。
【0021】
本明細書において、ペロキシレドキシンVIの断片とは、自己抗体との結合部位を含むペロキシレドキシンVIの一部分からなる断片であり、ペロキシレドキシンVIを化学的又は酵素的に切断して得られたものを含む。
【0022】
また、本明細書において、ペロキシレドキシンVIの誘導体とは、ペロキシレドキシンVI又はその断片を他の分子と結合させたもの又はアミノ酸配列の一部が欠失、置換乃至付加されたものであって、かつ自己抗体と結合する性質を有するものである。他の分子としては、例えば、蛍光標識や重金属などが挙げられる。
【0023】
キットにペロキシレドキシンVI試薬を備える方法は公知の方法に従って行うことができる。例えば、ビーズまたはウェルなどの固体担体上に、ペロキシレドキシンVI試薬を共有結合や架橋手段などで固定化することにより備えることができる。
【0024】
(2)自己抗体の測定用試薬
本明細書において、自己抗体の測定用試薬とは、ペロキシレドキシンVI試薬に結合する自己抗体又はその存在乃至量を測定するための試薬である。測定用試薬は、ペロキシレドキシンVI試薬に結合する自己抗体自体を測定するものでもよく、ペロキシレドキシンVI試薬と自己抗体が結合して形成される複合体を測定するものであってもよい。
【0025】
尚、本明細書において、「自己抗体」とは、抗原が実際には個体に由来するものであるにもかかわらずその個体の免疫系が外来性であると認識する抗原に対して反応乃至結合する抗体であって、天然に存在する抗体を意味する。
【0026】
ペロキシレドキシンVI試薬に結合する自己抗体は、患者が扁平上皮癌に罹患している場合、正常人又は健常者と比較して存在量が増加している。
【0027】
従って、当該自己抗体は、扁平上皮癌の腫瘍マーカーとして用いることができ、当該ペロキシレドキシンVI試薬に結合する自己抗体の有無や量等について測定を行うことにより、扁平上皮癌の評価乃至判定を行うことができる。例えば、自己抗体の検出において陽性反応がみられた場合、または自己抗体の定量により高い値が示される場合、扁平上皮癌に罹患又罹患している可能性が高いと判定乃至評価することができる。
【0028】
自己抗体の測定用試薬としては、ペロキシレドキシンVI試薬に結合する自己抗体或いはペロキシレドキシンVI試薬と自己抗体との複合体を測定し得るものであれば特に限定されないが、好ましくは免疫学的試薬が用いられる。免疫学的試薬としては、例えば、当該自己抗体或いはペロキシレドキシンVI試薬と自己抗体との複合体に結合する二次抗体などが挙げられる。
【0029】
二次抗体としては、例えば、抗IgG抗体または抗IgM抗体が挙げられる。
【0030】
二次抗体は、検出可能なマーカーで標識したものであってもよく、例えばペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼなどの酵素マーカーで標識したものでもよい。
【0031】
具体的な二次抗体としては、例えば、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(以下「HRP」ともいう)標識抗ヒトIgG抗体などを挙げることができる。
【0032】
(3)他の成分
本発明のキットには、必要に応じて他の成分を含めることができる。例えば、抗体を定量するために必要な酵素又は基質、バッファー、反応試薬等を含めることができる。また検量線の作成に必要な標準試料などを含めることもできる。例えば、P-ニトロフェニルリン酸、或いは、NADH/ジアホラーゼ/ADHリサイクル系を備えることができる。
【0033】
(4)作成方法
本発明のキットは、常法に従い、上記成分を備えさせることにより、作成することができる。キットには、検出手段、定量手段及び/又は試料の導入手段等を適宜備えることができる。また定量に備えて、自己抗体と類似の特異性を有する既知の濃度の抗体を含む一連の標準試料を測定し、検量線を備えておくこともできる。
【0034】
(5)使用方法
本発明のキットは、被験者から採取した試料中の自己抗体の存在乃至量を試験するために用いることができ、当該試験結果に基づき、扁平上皮癌の診断、治療等に使用することができる。
【0035】
試料としては、体液、或いは、組織又は細胞抽出液等が挙げられる。より具体的には、血清、胸水、腹水等が挙げられる。
【0036】
対象となる被験者は目的に応じて設定され、例えば、扁平上皮癌患者などを対象とすることができる。また危険性が高い対象者の同定などを目的として、健常者も対象とすることができる。
【0037】
実施形態の一例においては、扁平上皮癌瘍患者から採取した血清又はその調製物からなる試料を、キット中のペロキシレドキシンVI試薬と接触させる。試料中に自己抗体が存在していると、自己抗体はペロキシレドキシンVI試薬と免疫学的に反応して複合体が形成される。当該複合体を二次抗体を用いて検出又は定量し、陽性反応がみられるか、又は、正常個体と比較して自己抗体のレベルが向上しているかどうかを評価する。これにより、扁平上皮癌であるか無いか又はどのような状態かなどの診断乃至判定を行うことができる。
【0038】
特に、測定対象とする自己抗体は、癌の早期の段階であっても癌細胞内にペロキシレドキシンVIの発現が認められれば、生体内(免疫系)の増幅機構(biological amplification)により発現が増加すると考えられる。そのため、扁平上皮癌の初期段階における診断のためにも好適に使用できる。
【0039】
尚、本発明のキットには、免疫学的試薬乃至キットに関する公知の技術を必要に応じて付加し得るものである。
【0040】
3.判定方法
本発明は、扁平上皮癌の判定に有用な方法を提供する。
【0041】
本発明の判定方法は、
(1)被験者から採取した試料をペロキシレドキシンVI試薬と接触させる工程
(2)ペロキシレドキシンVI試薬と反応する前記試料中の自己抗体の存在又は量を測定する工程、及び
(3)前記測定結果に基づき扁平上皮癌の評価を行う工程
を有する。
【0042】
被験者から採取した試料をペロキシレドキシンVI試薬と接触させる方法は特に限定されない。例えば、上記キットを用い、固定化されたペロキシレドキシンVI試薬を備えたキットに被験者から採取した試料を導入させて実施することができる。
【0043】
ペロキシレドキシンVI試薬と反応する自己抗体の存在又は量を測定する手法も特に限定されず、公知の手法を用いることができる。
【0044】
例えば、エンザイムイムノアッセイ(EIA)やラジオイムノアッセイ(RIA)を用いることができる。中でも、固相酵素免疫検定法(ELISA)が好ましく用いられる。
【0045】
ELISAは、常法に従って実施することができる。例えば、「サンドイッチ」ELISAであれば、固体表面上に固定したペロキシレドキシンVI試薬と、被験者から採取した試料とを接触させる。自己抗体が存在すると、自己抗体とペロキシレドキシンVI試薬との複合体が形成される。当該抗体に特異的に結合する二次抗体を用いて、複合体の測定を行うことにより、自己抗体の検出乃至定量を行うことができる。
【0046】
扁平上皮癌の評価は、例えば、被験者の測定結果を正常人の測定結果又はそれに統計学的処理を加えて算出した基準値等と照らし合せることによって行うことができる。照らし合わせた結果、陽性反応が高頻度で見られる場合、又は自己抗体の量が高い値となる場合は、扁平上皮癌に罹患または罹患している可能性が高いと評価できる。
【0047】
特に、本発明で測定対象とする自己抗体は、きわめて早期の癌であっても癌細胞内にペロキシレドキシンVIの発現が認められれば、生体内の免疫系の増幅機構(biological amplification)により発現が増加すると考えられる。初期段階の癌の場合、組織学的判定が困難な場合や、発現タンパクが少なく発現タンパク自体の測定が困難な場合があるが、本発明の評価方法を用いれば、早期段階の扁平上皮癌の判定乃至評価も高い精度で行うことが可能になる。
また、例えば、被験者における自己抗体の測定結果に基づき、扁平上皮癌の進行度についての評価乃至判定を行うこともできる。例えば、被験者の測定結果を、被験者の過去の測定履歴と照らし合わせることにより、扁平上皮癌の病状や進行度についての評価を行うこともできる。
【0048】
また、治療前と治療後の測定結果を比較して評価することにより、扁平上皮癌に対する抗ガン治療の効果や治療に対する患者の応答性を分析することもできる。
【0049】
また扁平上皮癌を対象とする薬剤又は治療法のスクリーニングや研究開発に利用することができる。例えば、癌治療薬候補化合物の有用性を調べたりするために用いることもできる。
【0050】
また、当該評価は、数値化した指標を用いて行うことができる。例えば、測定した自己抗体の量の変動を数値化して、当該基準に基づき、扁平上皮癌であるか無いかを判定したり、扁平上皮癌の進行度の評価を行ったりすることもできる。その際、種々の統計学的処理や画像解析処理を行うこともできる。
【0051】
本発明の判定方法には、腫瘍又は癌の判定方法における公知技術を必要に応じて付加し得るものである。
【発明の効果】
【0052】
本発明のキット及び判定方法によれば、患者または被験者から採取した試料中の自己抗体の検出乃至定量を行うことにより、扁平上皮癌であるか無いか、又は扁平上皮癌の状態等を、簡便に、かつ高い精度で、診断乃至判定することが可能となる。
【0053】
このような手段乃至方法は、非侵襲性であり、患者又は被験者の負担を軽減させることができる。
【0054】
更に、病理組織学的な解析では判別が困難な場合でも、本発明を用いれば客観的な診断乃至評価を行うことが可能になる。また組織学的解析ではわかりにくい初期段階の癌であっても、本発明により適切に評価乃至診断を行うことが可能になる。
【0055】
また種々の臨床形態で使用することができる。例えば、扁平上皮癌患者のスクリーニングに用いたり、或いは扁平上皮癌の発症リスクを調べたりするために用いることができる。また、扁平上皮癌の進行度の判定や、治療後の評価などに利用することができる。
【0056】
このように、本発明は、扁平上皮癌の診断、治療、さらには当該疾患の機序解明や治療法の開発手段として有用な技術を提供するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0057】
以下、本発明を、実施例等を用いてより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されることはない。
【0058】
尚、以下の実施例では、食道扁平上皮癌を「ESCC」、ペロキシレドキシンを「Prx」とも称する。
【実施例1】
【0059】
1.対象及び材料
血清及び癌組織は、大阪医科大学学内倫理委員会規定に則って、対象者の同意を確認後に採取した。
【0060】
食道扁平上皮癌患者血清30例、対照群として他の癌患者血清30例(胃癌患者血清15例、大腸癌患者血清15例)、正常人血清30例を用いた。
【0061】
食道扁平上皮癌患者30例のうち、ステージIは7例、ステージIIは8例、ステージIIIは11例、ステージIVは4例であった。ステージ分類は食道癌取り扱い規約(第9版)に準じた。
【0062】
抗原提示には食道扁平上皮癌細胞株(TE-2)を用い、蛋白質解析は飛行時間型質量分析計(MALDI-TOF MS/MS,ブルカーダルトロニクス社)を用いた。
【0063】
食道扁平上皮癌細胞株(TE-2)を、10% ウシ胎児血清 (Nikken Cell Media, Kyoto, Japan)を添加したRPMI 1640で培養した。細胞株を、300μLの溶解バッファー(9mol/L尿素、2% NP40、2% β-メルカプトエタノール、10 mmol/L フェニルメチルスルホニルフルオリド)に、cell scraperを使用して回収し、−80℃で使用時まで保存した。
【0064】
食道扁平上皮癌(ESCC)組織及び同一切除標本上の正常食道上皮組織は、採取後、すぐに冷凍し、−80℃で使用時まで保存した。
【0065】
2.方法
2−1.2次元PAGE及びウェスタンブロッティング
癌患者血清に存在する腫瘍抗原に対する自己抗体を検出するため、Brichory et al.(Proc Natl Acad Sci USA 2001;98:9824-9)により確立された方法に従い、以下の解析を行った。
【0066】
細胞株から溶出したタンパク50μgを、1次元等電点電気泳動及びSDS-PAGEにかけた。1次元等電点電気泳動(Isoelectric focusing)は、固定化pH勾配ゲル(pH3-10、非直線勾配)(Amersham Biosciences, Pittsburgh, PA) で500 V で1時間行い、次いでマルチフォアII電気泳動ユニット(Multiphor II Electrophoresis Unit、Amersham Biosciences)を使用して、3,500 Vで更に3時間行った。
【0067】
等電点電気泳動の後、等電点電気泳動ゲル切片を、10%グリセロール、2% SDS、1% DTT、及びブロモフェノールブルーを含む50 mmol/L のトリス緩衝液(pH6.8)で平衡化した。次いで、処理したゲル切片を、二次元ゲルの上に載せた。
【0068】
分離したタンパクは、ハイボンドP (Hybond P)ポリビニリデンフルオリド(PVDF)膜(Amersham Biosciences)に1時間20Vの一定圧力でMini Trans-Blot system (Bio-Rad,
Hercules, CA)を使用して転写するか、または銀染色(silver staining)によって視覚化した。
【0069】
転写の後、PVDF膜を、PBSと5% ノンファットドライミルクからなるブロッキングバッファーを用いて4℃で一晩インキュベートし、次いで、洗浄バッファー(PBS/0.05% Tween 20)で洗浄し、ESCC患者又は正常人血清を1:250希釈した希釈血清と1時間室温でインキュベートした。4回の洗浄後、PVDF膜を、10,000倍希釈HRP標識抗ヒトIgG抗体(Amersham Biosciences)と1時間室温で反応させて洗浄した。
【0070】
免疫検出は、高感度化学発光プラスシステム(enhanced chemiluminescence plus system (Amersham Biosciences))を使用し、次いで、ハイパーフィルムMP(Hyperfilm MP(Amersham Biosciences))でオートラジオグラフィーにかけることにより行った。
【0071】
2−2.ゲル内酵素消化及びタンパク質の質量分析
二次元ゲルを、銀染色し、ウェスタンブロットの陽性スポットに対応するゲル切片を切り出した。
【0072】
タンパクの同定は、文献JChromatogr B AnalytTechnol Biomed Life Sci 2002, 776, pp.89-100に記載の方法に従って、次のように行った。
【0073】
ゲル切片を、50 mmol/L 重炭酸アンモニウム (pH 8.5)及びアセトニトリルを用いて交互に洗浄し、最後にアセトニトリルで脱水した。これらの切片を、スピードバック装置(Speedvac device)中30℃で完全に脱水し、次いで、0.02 mg/mLのL-(トシルアミド-2フェニル)エチルクロロメチルケトン修飾トリプシン(Promega, Madison, WI)含有NH4HCO3緩衝液(40 mmol/L, pH 8.5) 25 μLでカバーし、37℃で一晩放置した。酵素反応後、得られたペプチドを0.5% (v/v)蟻酸100μLで抽出し、次いで、アセトニトリル/H2O + 1% (v/v) 蟻酸 (50:50) 100μLで抽出した。抽出は、各回、超音波槽で15分行った。
【0074】
抽出物を濃縮し、ZipTip C18 マイクロカラム (Millipore, Bedford, MT)で脱塩した。
【0075】
抽出ペプチドをマトリックス支援型レーザー脱離イオン化質量分析計(MALDI)のターゲットプレートに1μLの各溶液を同じ体積のマトリックス液と混合して載せた。マトリックス液は、0.3 g/mLのシアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(Wako Purified Reagent, Kyoto, Japan)をアセトニトリル/エタノール(1:1, v/v)溶媒に溶解して用時調製して用意した。
【0076】
測定は、Ultraflex MALDI-TOF/TOF質量スペクトロメトリー(Brucker Daltonics, Bremen, Germany) を用い、加速圧力20 kVで行った。レーザー波長は337nm、レーザーパルス周波数は25Hz(ヘルツ)とした。
【0077】
ペプチド質量フィンガープリントを使用して、マスコットサーチエンジンによりNCBIn 及びSwissProtのプロテインデータベースを検索し、トリプシン分解フラグメントの質量から蛋白同定を行った。
【0078】
2−3.ウェスタンブロットによるPrx VI 検出
1,000倍希釈ウサギ抗ヒト非セレングルタチオンペルオキシダーゼ(1-Cys Prx)ポリクローナル 抗体(AB9248;Chemicon International, Temecula, CA)を用いてウェスタンブロッティングを行い、患者血清とのインキュベーション処理に使用した。PVDF膜を血清とインキュベート処理し、二次抗体とインキュベートさせて、化学発光により視覚化した。二次抗体として、ロバ抗ヒツジ/ヤギ免疫HRP標識二次抗体(AB324P;Chemicon International)を用いた。
【0079】
2−4.患者血清中のPrx I、Prx II、Prx III及びPrx VIに対する自己抗体の検出
組換えPrx I (LF-P0002;LabFrontier, Seoul, Korea), Prx II (LF-P0007), Prx III (LF-P0023), 又はPrx VI (LF-P0004) を PVDF膜にドットブロットし、ESCC患者血清、他の癌患者血清、正常人血清の1:5,000倍希釈血清と1時間室温でインキュベートした。3回の洗浄後、PVDF膜と二次抗体である25,000倍希釈HRP標識抗ヒトIgG抗体(Amersham-Pharmacia Biosciences)とを、1時間室温で反応させた。
【0080】
3.解析結果
3−1.ESCC患者血清中のタンパクに対する自己抗体
食道扁平上皮癌細胞株(TE-2)を用い、上記2−1の方法に従い、癌患者血清に存在する腫瘍抗原に対する自己抗体の検出を行った。
【0081】
TE-2細胞株由来蛋白を二次元PAGEにより分離し、銀染色により視覚化した。結果を図1Aに示す。
【0082】
次いで、二次元PAGEにより分離したタンパク質をPVDF膜に転写し、TE-2由来蛋白に対する自己抗体を検出するため、1次抗体を血清、二次抗体をHRP標識抗ヒトIgG抗体とし、膜をESCC患者血清10例及び正常人血清10例(コントロール)とインキュベートした。その結果、ESCC血清では複数の箇所で反応スポットが見られた。結果を図1Bに示す。
【0083】
正常人血清でも幾つかの反応スポットが観察されたため、非特異的な反応も含むと考えられた。しかし、反応スポットのうち、およそ等電点6.0及び分子量約27kDaのスポットは、ESCC患者10例中3例に認められたが、正常人血清では10例中一例もみられなかった。当該反応スポットの拡大図面を図1Cに示す。また正常人血清における対応スポットの拡大図面を図1Dに示す。
【0084】
3−2.反応蛋白の同定
図1BでESCC患者に特異的と考えられた陽性スポットを同定するため、上記2−2の方法に従い、以下のように解析を行った。
【0085】
反応スポットを銀染色ゲルから切り取り、切り出したゲルに対しゲル内酵素消化反応を行い、ペプチドを溶出した。次いで、Ultraflex MALDI-TOF/TOFマススペクトロメトリーを用い、得られたスペクトルを解析処理して、全NCBIn及びSwissProtプロテインデータベースに基づくマスコットサーチエンジンにより検索した。
【0086】
図2Aに、Ultraflex MALDI-TOF/TOFマススペクトロメトリーを用いて得られたスペクトルの結果を示す。また図2Aの下部にマスコットサーチエンジンによる検索結果を示す。その結果、反応スポットはPrx VIと同定された。
【0087】
またトリプシン分解により得られたペプチドについてタンデム質量分析を行った。図2Bにタンデム質量分析(MALDI-TOF/TOF)のスペクトルの結果を示す。その結果、MH+ = 2,097.824のスペクトルが得られ、Prx VIとして信頼できる同定結果が示された。
【0088】
これらの結果から、図1Bで特異的な反応スポットを示したタンパクが、アミノ酸数224、推定分子量26.8 kDa、理論的等電点6.0であり、PrxVIと同定された。
【0089】
更に、上記2−3に従い、ウサギ抗ヒト非セレングルタチオンペルオキシダーゼ(1-Cys Prx)ポリクローナル 抗体を用いウェスタンブロットを行い、陽性スポットのタンパクについて、確かにPrx VIであることを確認した(図1E)。
【0090】
3−3.ESCC患者、他の癌患者及び正常人血清中のPrx VIに対する自己抗体の確認
ESCC患者血清、他の癌患者血清及び正常人血清中のPrx VIに対する自己抗体をスクリーニングするために、ESCC患者30例、他の癌患者30例(胃癌患者15例、大腸癌患者血清15例)、正常人血清30例に対し、上記2−4の方法に従い、組換えPrx VI (100 ng)を用いて、ウェスタンブロットにより解析を行った。
【0091】
結果を表1に示す。
【0092】
【表1】
【0093】
その結果、Prx VIに対し陽性反応が示されたのは、ESCC患者血清では30例のうち15例(50%)であった。一方、正常人血清では、30例のうち2例(6.6%)であった。他の癌患者では、30例中1例で(3.3%)で、大腸癌患者で1例示されたのみであった。図3AにESCC患者血清の解析例、図3Bに正常人血清の解析例を示す。
【0094】
更に、ESCC癌患者血清に対し、他のペロキシレドキシンPrx I、Prx II、Prx IIIに対する反応性を上記2−4の方法に従い同様に解析したが、陽性反応はみられなかった。
【0095】
このように、扁平上皮癌患者血清においてPrx VIに対する自己抗体の存在が高頻度で検出されたのに対し、対照群では陽性率が低値であったことから、抗Prx VI自己抗体が扁平上皮癌診断マーカーとして有用であることが示唆された。
【0096】
また、陽性反応の反応性は、ステージが進行した患者に限らず、ステージI及びIIの初期段階の患者血清においても15例中8例(53.3%)という高値が示された。このことから、抗Prx VI自己抗体が、扁平上皮癌の早期診断乃至判定のためのマーカーとしても有用であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】PrxVI自己抗体の解析結果を示した図面である。Aは、TE-2細胞株から抽出した全蛋白を2次元PAGEによって分離し、銀染色により視覚化した図面である。矢印で示したスポットは、質量分析によってPrxVIと同定されたスポットを示す。Bは、TE-2細胞溶解蛋白を2次元PAGEで分離し、PVDF膜に転写し、ESCC患者の希釈血清(1:250倍)とインキュベートした結果を示す図面である。□で示したスポットは、PrxVIと同定されたスポットを示す。CはESCC患者血清におけるPrxVIと同定されたスポットの拡大図面である。Dは正常人血清における対応するスポットの拡大図面である。Eは抗PrxVI抗体(1:2,000倍希釈)血清とインキュベートした対応スポットの拡大図面である。
【図2】Aは、ゲル内酵素消化後に切り出したゲルから溶出したペプチドのUltraflex MALDI-TOF/TOF質量スペクトル、及び、マスコットサーチエンジンによるNCBIn 及びSwissProtのプロテインデータベースの検索結果を示す図面である。Bは、トリプシン分解により得られたペプチドのタンデム質量分析(MALDI-TOF/TOF)スペクトルを示す図面である。
【図3】Aは組換えPrxVIを用いたESCC患者血清に対するウェスタンブロットの解析例を示す。Bは組換えPrxVI を用いた正常人血清に対するウェスタンブロットの解析例を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、扁平上皮癌の診断用キット及び判定方法に主に関する。
【背景技術】
【0002】
プロテオミクスの急速な進歩に伴い悪性腫瘍における発現蛋白質の網羅的な解析が行われ、様々なバイオマーカーが同定され診断および治療への応用が期待されている。しかし、膨大な解析結果の臨床への応用に関してはいまだ問題点が多いのが現状である。
【0003】
2001年、SM.Hanashらのグループが2次元電気泳動(2D-PAGE)−ウェスタンブロット法(WB)−質量分析(MALDI-TOF MS/MS)を用い、肺癌患者血清中に抗AnnexinI&II自己抗体を同定し、これら自己抗体が新規診断マーカーとなり得る可能性を示した(非特許文献1参照)。
【0004】
一方、ペロキシレドキシンは近年、注目されている抗酸化酵素のひとつである。ペロキシレドキシンのファミリーのうち、幾つかのペロキシレドキシン について悪性中皮腫、肺癌、乳癌、食道癌などの癌腫における過剰発現が報告されている(非特許文献2〜6参照)。しかし、肺胞上皮細胞などの正常組織においても高発現が見られることより、診断マーカーとしての有用性には疑問がもたれている(非特許文献7参照)。
【0005】
一方、扁平上皮癌は、患者数が多い癌であるが、比較的予後が不良の癌に属する。そのため、早期発見、早期治療が強く望まれるが、これまで有用な診断マーカーはほとんど報告されていない(非特許文献8〜9参照)。
【非特許文献1】Brichory FM,MisekDE,YimAM, et al. An immune responsemanifested by the common occurrence of Annexins I and II autoantibodies and high circulating levels of IL-6 in lung cancer. Proc Natl Acad Sci USA, 2001, 98, pp.9824-9
【非特許文献2】QiY,ChiuJF,Wang L, Kw ongDL, HeQY. Comparative proteomic analysis of esophageal squamous cell carcinoma. Proteomics, 2005, 5, pp.2960-71
【非特許文献3】Kinnula VL, Lehtonen S, Sormunen R, et al. Overexpressionof peroxiredoxins I, II, III, V, and VI in malignant mesothelioma., J Pathol, 2002, 196, pp. 316−23
【非特許文献4】Chang JW, Jeon HB, Lee JH, et al. Augmented expression of peroxiredoxin I in lung cancer, Biochem Biophys Res Commun, 2001, 289, pp. 507-12
【非特許文献5】YanagawaT, Iwasa S, Ishii T, et al. Peroxiredoxin I expression in oral cancer : a potential newt umormarker, Cancer Lett., 2000, 156, pp. 27-35
【非特許文献6】Karihtala P, Mantyniemi A, Kang SW, Kinnula VL, Soini Y. Peroxiredoxins in breast carcinoma. Clin, Cancer Res, 2003, 9, pp.3418-24
【非特許文献7】Manevich Y, Fisher AB. Peroxiredoxin 6, a 1-Cysperoxiredoxin, functions in antioxidant defense and lung phospholipid metabolism. Free Radic Biol Med., 2005, 38, 1422-32
【非特許文献8】Shimada H, NabeyaY, Okazumi S, et al. Prognosticsignificance of CYFRA 21-1in patients with esophageal squamous cell carcinoma., J Am Coll Surg, 2003, 196, pp. 573-8
【非特許文献9】ShimadaH, NabeyaY,Okazumi S, et al. Prediction of survival with squamous cell carcinoma antigen in patients with resectable esophageal squamous cell carcinoma., Surgery, 2003, 133, 486-94.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、扁平上皮癌の診断に有用なキット、並びに扁平上皮癌の判定に適した方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決することを主な目的として、扁平上皮癌患者を対象に鋭意検討を重ねた。その結果、扁平上皮癌患者血清中にペロキシレドキシンVIに特異的に結合する自己抗体が存在することを見出し、更に鋭意検討を重ねて本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、下記のキット及び方法に関する。
【0009】
項1:扁平上皮癌の診断用キットであって、
(1)ペロキシレドキシンVI試薬、及び
(2)前記ペロキシレドキシンVI試薬に反応する自己抗体の測定用試薬
を含んでなるキット。
【0010】
項2:扁平上皮癌の判定方法であって、
(1)被験者から採取した試料を、ペロキシレドキシンVI試薬と接触させる工程
(2)ペロキシレドキシンVI試薬に反応する前記試料中の自己抗体の存在又は量を測定する工程、及び
(3)前記測定結果に基づき扁平上皮癌を評価する工程
を含む方法。
【0011】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
【0012】
1.扁平上皮癌
本発明の対象とする扁平上皮癌(squamous cell carcinoma)は、扁平上皮細胞(ケラチノサイト)に由来する癌を意味し、有棘細胞癌(ゆうきょくさいぼうがん)も含む。
【0013】
扁平上皮癌であれば、各種の癌が含まれ、例えば、消化器扁平上皮癌、下咽頭癌、喉頭癌、子宮頚癌、肺扁平上皮癌などが含まれる。消化器上皮癌としては、例えば、食道扁平上皮癌、肛門管癌などが挙げられる。
【0014】
例えば、本発明は、消化器扁平上皮癌、特に食道扁平上皮癌などの診断、治療に、好適に用いることができる。
【0015】
2.キット
本発明のキットは、(1)ペロキシレドキシンVI試薬、及び、(2)前記ペロキシレドキシンVI試薬に反応する自己抗体の測定用試薬を含んでいる。
【0016】
(1)ペロキシレドキシンVI試薬
本明細書において、ペロキシレドキシンVI試薬とは、ペロキシレドキシンVI又はその断片或いはその誘導体からなる試薬、又は、ペロキシレドキシンVI又はその断片或いはその誘導体を常法により製剤化して得られるものを含む。
【0017】
ペロキシレドキシンVIは、当分野で一般的に知られている標準のタンパク質精製技術を用いて単離して得ることができる。たとえば、アフィニティクロマトグラフィーや免疫学的に特異的な抗体(または抗体断片)を用いて、細胞から抽出したタンパク質から分離精製することができる。
【0018】
また、ペロキシレドキシンVIの配列は、例えばアクセッション番号NM 004905として公知である。従ってそのような配列から、遺伝子工学的手法及び/又は化学合成により得ることもできる。例えば、遺伝子工学的手法であれば、公知の配列に基づき得られたcDNAを大腸菌に組み込ませ大量培養し、可溶化しタンパク質を抽出し、親和性カラム等を用いて分離精製することにより、得ることができる。
【0019】
具体的には、Tag、例えばGST(グルタチオンS-転移酵素)付加ベクターに全長遺伝子を挿入後、大腸菌内で誘導・発現させ、大量培養することができる。更に培養した大腸菌をクローニングした後、破砕し、Tag付加タンパク質を抽出し、更にGST親和性カラムにて精製分離することにより取得することができる。
【0020】
また化学合成においては、プロテイン・シークエンサー等を用いて、公知の配列に基づき、ペプチドの部分又は全合成を行うことにより得ることができる。
【0021】
本明細書において、ペロキシレドキシンVIの断片とは、自己抗体との結合部位を含むペロキシレドキシンVIの一部分からなる断片であり、ペロキシレドキシンVIを化学的又は酵素的に切断して得られたものを含む。
【0022】
また、本明細書において、ペロキシレドキシンVIの誘導体とは、ペロキシレドキシンVI又はその断片を他の分子と結合させたもの又はアミノ酸配列の一部が欠失、置換乃至付加されたものであって、かつ自己抗体と結合する性質を有するものである。他の分子としては、例えば、蛍光標識や重金属などが挙げられる。
【0023】
キットにペロキシレドキシンVI試薬を備える方法は公知の方法に従って行うことができる。例えば、ビーズまたはウェルなどの固体担体上に、ペロキシレドキシンVI試薬を共有結合や架橋手段などで固定化することにより備えることができる。
【0024】
(2)自己抗体の測定用試薬
本明細書において、自己抗体の測定用試薬とは、ペロキシレドキシンVI試薬に結合する自己抗体又はその存在乃至量を測定するための試薬である。測定用試薬は、ペロキシレドキシンVI試薬に結合する自己抗体自体を測定するものでもよく、ペロキシレドキシンVI試薬と自己抗体が結合して形成される複合体を測定するものであってもよい。
【0025】
尚、本明細書において、「自己抗体」とは、抗原が実際には個体に由来するものであるにもかかわらずその個体の免疫系が外来性であると認識する抗原に対して反応乃至結合する抗体であって、天然に存在する抗体を意味する。
【0026】
ペロキシレドキシンVI試薬に結合する自己抗体は、患者が扁平上皮癌に罹患している場合、正常人又は健常者と比較して存在量が増加している。
【0027】
従って、当該自己抗体は、扁平上皮癌の腫瘍マーカーとして用いることができ、当該ペロキシレドキシンVI試薬に結合する自己抗体の有無や量等について測定を行うことにより、扁平上皮癌の評価乃至判定を行うことができる。例えば、自己抗体の検出において陽性反応がみられた場合、または自己抗体の定量により高い値が示される場合、扁平上皮癌に罹患又罹患している可能性が高いと判定乃至評価することができる。
【0028】
自己抗体の測定用試薬としては、ペロキシレドキシンVI試薬に結合する自己抗体或いはペロキシレドキシンVI試薬と自己抗体との複合体を測定し得るものであれば特に限定されないが、好ましくは免疫学的試薬が用いられる。免疫学的試薬としては、例えば、当該自己抗体或いはペロキシレドキシンVI試薬と自己抗体との複合体に結合する二次抗体などが挙げられる。
【0029】
二次抗体としては、例えば、抗IgG抗体または抗IgM抗体が挙げられる。
【0030】
二次抗体は、検出可能なマーカーで標識したものであってもよく、例えばペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼなどの酵素マーカーで標識したものでもよい。
【0031】
具体的な二次抗体としては、例えば、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(以下「HRP」ともいう)標識抗ヒトIgG抗体などを挙げることができる。
【0032】
(3)他の成分
本発明のキットには、必要に応じて他の成分を含めることができる。例えば、抗体を定量するために必要な酵素又は基質、バッファー、反応試薬等を含めることができる。また検量線の作成に必要な標準試料などを含めることもできる。例えば、P-ニトロフェニルリン酸、或いは、NADH/ジアホラーゼ/ADHリサイクル系を備えることができる。
【0033】
(4)作成方法
本発明のキットは、常法に従い、上記成分を備えさせることにより、作成することができる。キットには、検出手段、定量手段及び/又は試料の導入手段等を適宜備えることができる。また定量に備えて、自己抗体と類似の特異性を有する既知の濃度の抗体を含む一連の標準試料を測定し、検量線を備えておくこともできる。
【0034】
(5)使用方法
本発明のキットは、被験者から採取した試料中の自己抗体の存在乃至量を試験するために用いることができ、当該試験結果に基づき、扁平上皮癌の診断、治療等に使用することができる。
【0035】
試料としては、体液、或いは、組織又は細胞抽出液等が挙げられる。より具体的には、血清、胸水、腹水等が挙げられる。
【0036】
対象となる被験者は目的に応じて設定され、例えば、扁平上皮癌患者などを対象とすることができる。また危険性が高い対象者の同定などを目的として、健常者も対象とすることができる。
【0037】
実施形態の一例においては、扁平上皮癌瘍患者から採取した血清又はその調製物からなる試料を、キット中のペロキシレドキシンVI試薬と接触させる。試料中に自己抗体が存在していると、自己抗体はペロキシレドキシンVI試薬と免疫学的に反応して複合体が形成される。当該複合体を二次抗体を用いて検出又は定量し、陽性反応がみられるか、又は、正常個体と比較して自己抗体のレベルが向上しているかどうかを評価する。これにより、扁平上皮癌であるか無いか又はどのような状態かなどの診断乃至判定を行うことができる。
【0038】
特に、測定対象とする自己抗体は、癌の早期の段階であっても癌細胞内にペロキシレドキシンVIの発現が認められれば、生体内(免疫系)の増幅機構(biological amplification)により発現が増加すると考えられる。そのため、扁平上皮癌の初期段階における診断のためにも好適に使用できる。
【0039】
尚、本発明のキットには、免疫学的試薬乃至キットに関する公知の技術を必要に応じて付加し得るものである。
【0040】
3.判定方法
本発明は、扁平上皮癌の判定に有用な方法を提供する。
【0041】
本発明の判定方法は、
(1)被験者から採取した試料をペロキシレドキシンVI試薬と接触させる工程
(2)ペロキシレドキシンVI試薬と反応する前記試料中の自己抗体の存在又は量を測定する工程、及び
(3)前記測定結果に基づき扁平上皮癌の評価を行う工程
を有する。
【0042】
被験者から採取した試料をペロキシレドキシンVI試薬と接触させる方法は特に限定されない。例えば、上記キットを用い、固定化されたペロキシレドキシンVI試薬を備えたキットに被験者から採取した試料を導入させて実施することができる。
【0043】
ペロキシレドキシンVI試薬と反応する自己抗体の存在又は量を測定する手法も特に限定されず、公知の手法を用いることができる。
【0044】
例えば、エンザイムイムノアッセイ(EIA)やラジオイムノアッセイ(RIA)を用いることができる。中でも、固相酵素免疫検定法(ELISA)が好ましく用いられる。
【0045】
ELISAは、常法に従って実施することができる。例えば、「サンドイッチ」ELISAであれば、固体表面上に固定したペロキシレドキシンVI試薬と、被験者から採取した試料とを接触させる。自己抗体が存在すると、自己抗体とペロキシレドキシンVI試薬との複合体が形成される。当該抗体に特異的に結合する二次抗体を用いて、複合体の測定を行うことにより、自己抗体の検出乃至定量を行うことができる。
【0046】
扁平上皮癌の評価は、例えば、被験者の測定結果を正常人の測定結果又はそれに統計学的処理を加えて算出した基準値等と照らし合せることによって行うことができる。照らし合わせた結果、陽性反応が高頻度で見られる場合、又は自己抗体の量が高い値となる場合は、扁平上皮癌に罹患または罹患している可能性が高いと評価できる。
【0047】
特に、本発明で測定対象とする自己抗体は、きわめて早期の癌であっても癌細胞内にペロキシレドキシンVIの発現が認められれば、生体内の免疫系の増幅機構(biological amplification)により発現が増加すると考えられる。初期段階の癌の場合、組織学的判定が困難な場合や、発現タンパクが少なく発現タンパク自体の測定が困難な場合があるが、本発明の評価方法を用いれば、早期段階の扁平上皮癌の判定乃至評価も高い精度で行うことが可能になる。
また、例えば、被験者における自己抗体の測定結果に基づき、扁平上皮癌の進行度についての評価乃至判定を行うこともできる。例えば、被験者の測定結果を、被験者の過去の測定履歴と照らし合わせることにより、扁平上皮癌の病状や進行度についての評価を行うこともできる。
【0048】
また、治療前と治療後の測定結果を比較して評価することにより、扁平上皮癌に対する抗ガン治療の効果や治療に対する患者の応答性を分析することもできる。
【0049】
また扁平上皮癌を対象とする薬剤又は治療法のスクリーニングや研究開発に利用することができる。例えば、癌治療薬候補化合物の有用性を調べたりするために用いることもできる。
【0050】
また、当該評価は、数値化した指標を用いて行うことができる。例えば、測定した自己抗体の量の変動を数値化して、当該基準に基づき、扁平上皮癌であるか無いかを判定したり、扁平上皮癌の進行度の評価を行ったりすることもできる。その際、種々の統計学的処理や画像解析処理を行うこともできる。
【0051】
本発明の判定方法には、腫瘍又は癌の判定方法における公知技術を必要に応じて付加し得るものである。
【発明の効果】
【0052】
本発明のキット及び判定方法によれば、患者または被験者から採取した試料中の自己抗体の検出乃至定量を行うことにより、扁平上皮癌であるか無いか、又は扁平上皮癌の状態等を、簡便に、かつ高い精度で、診断乃至判定することが可能となる。
【0053】
このような手段乃至方法は、非侵襲性であり、患者又は被験者の負担を軽減させることができる。
【0054】
更に、病理組織学的な解析では判別が困難な場合でも、本発明を用いれば客観的な診断乃至評価を行うことが可能になる。また組織学的解析ではわかりにくい初期段階の癌であっても、本発明により適切に評価乃至診断を行うことが可能になる。
【0055】
また種々の臨床形態で使用することができる。例えば、扁平上皮癌患者のスクリーニングに用いたり、或いは扁平上皮癌の発症リスクを調べたりするために用いることができる。また、扁平上皮癌の進行度の判定や、治療後の評価などに利用することができる。
【0056】
このように、本発明は、扁平上皮癌の診断、治療、さらには当該疾患の機序解明や治療法の開発手段として有用な技術を提供するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0057】
以下、本発明を、実施例等を用いてより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されることはない。
【0058】
尚、以下の実施例では、食道扁平上皮癌を「ESCC」、ペロキシレドキシンを「Prx」とも称する。
【実施例1】
【0059】
1.対象及び材料
血清及び癌組織は、大阪医科大学学内倫理委員会規定に則って、対象者の同意を確認後に採取した。
【0060】
食道扁平上皮癌患者血清30例、対照群として他の癌患者血清30例(胃癌患者血清15例、大腸癌患者血清15例)、正常人血清30例を用いた。
【0061】
食道扁平上皮癌患者30例のうち、ステージIは7例、ステージIIは8例、ステージIIIは11例、ステージIVは4例であった。ステージ分類は食道癌取り扱い規約(第9版)に準じた。
【0062】
抗原提示には食道扁平上皮癌細胞株(TE-2)を用い、蛋白質解析は飛行時間型質量分析計(MALDI-TOF MS/MS,ブルカーダルトロニクス社)を用いた。
【0063】
食道扁平上皮癌細胞株(TE-2)を、10% ウシ胎児血清 (Nikken Cell Media, Kyoto, Japan)を添加したRPMI 1640で培養した。細胞株を、300μLの溶解バッファー(9mol/L尿素、2% NP40、2% β-メルカプトエタノール、10 mmol/L フェニルメチルスルホニルフルオリド)に、cell scraperを使用して回収し、−80℃で使用時まで保存した。
【0064】
食道扁平上皮癌(ESCC)組織及び同一切除標本上の正常食道上皮組織は、採取後、すぐに冷凍し、−80℃で使用時まで保存した。
【0065】
2.方法
2−1.2次元PAGE及びウェスタンブロッティング
癌患者血清に存在する腫瘍抗原に対する自己抗体を検出するため、Brichory et al.(Proc Natl Acad Sci USA 2001;98:9824-9)により確立された方法に従い、以下の解析を行った。
【0066】
細胞株から溶出したタンパク50μgを、1次元等電点電気泳動及びSDS-PAGEにかけた。1次元等電点電気泳動(Isoelectric focusing)は、固定化pH勾配ゲル(pH3-10、非直線勾配)(Amersham Biosciences, Pittsburgh, PA) で500 V で1時間行い、次いでマルチフォアII電気泳動ユニット(Multiphor II Electrophoresis Unit、Amersham Biosciences)を使用して、3,500 Vで更に3時間行った。
【0067】
等電点電気泳動の後、等電点電気泳動ゲル切片を、10%グリセロール、2% SDS、1% DTT、及びブロモフェノールブルーを含む50 mmol/L のトリス緩衝液(pH6.8)で平衡化した。次いで、処理したゲル切片を、二次元ゲルの上に載せた。
【0068】
分離したタンパクは、ハイボンドP (Hybond P)ポリビニリデンフルオリド(PVDF)膜(Amersham Biosciences)に1時間20Vの一定圧力でMini Trans-Blot system (Bio-Rad,
Hercules, CA)を使用して転写するか、または銀染色(silver staining)によって視覚化した。
【0069】
転写の後、PVDF膜を、PBSと5% ノンファットドライミルクからなるブロッキングバッファーを用いて4℃で一晩インキュベートし、次いで、洗浄バッファー(PBS/0.05% Tween 20)で洗浄し、ESCC患者又は正常人血清を1:250希釈した希釈血清と1時間室温でインキュベートした。4回の洗浄後、PVDF膜を、10,000倍希釈HRP標識抗ヒトIgG抗体(Amersham Biosciences)と1時間室温で反応させて洗浄した。
【0070】
免疫検出は、高感度化学発光プラスシステム(enhanced chemiluminescence plus system (Amersham Biosciences))を使用し、次いで、ハイパーフィルムMP(Hyperfilm MP(Amersham Biosciences))でオートラジオグラフィーにかけることにより行った。
【0071】
2−2.ゲル内酵素消化及びタンパク質の質量分析
二次元ゲルを、銀染色し、ウェスタンブロットの陽性スポットに対応するゲル切片を切り出した。
【0072】
タンパクの同定は、文献JChromatogr B AnalytTechnol Biomed Life Sci 2002, 776, pp.89-100に記載の方法に従って、次のように行った。
【0073】
ゲル切片を、50 mmol/L 重炭酸アンモニウム (pH 8.5)及びアセトニトリルを用いて交互に洗浄し、最後にアセトニトリルで脱水した。これらの切片を、スピードバック装置(Speedvac device)中30℃で完全に脱水し、次いで、0.02 mg/mLのL-(トシルアミド-2フェニル)エチルクロロメチルケトン修飾トリプシン(Promega, Madison, WI)含有NH4HCO3緩衝液(40 mmol/L, pH 8.5) 25 μLでカバーし、37℃で一晩放置した。酵素反応後、得られたペプチドを0.5% (v/v)蟻酸100μLで抽出し、次いで、アセトニトリル/H2O + 1% (v/v) 蟻酸 (50:50) 100μLで抽出した。抽出は、各回、超音波槽で15分行った。
【0074】
抽出物を濃縮し、ZipTip C18 マイクロカラム (Millipore, Bedford, MT)で脱塩した。
【0075】
抽出ペプチドをマトリックス支援型レーザー脱離イオン化質量分析計(MALDI)のターゲットプレートに1μLの各溶液を同じ体積のマトリックス液と混合して載せた。マトリックス液は、0.3 g/mLのシアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(Wako Purified Reagent, Kyoto, Japan)をアセトニトリル/エタノール(1:1, v/v)溶媒に溶解して用時調製して用意した。
【0076】
測定は、Ultraflex MALDI-TOF/TOF質量スペクトロメトリー(Brucker Daltonics, Bremen, Germany) を用い、加速圧力20 kVで行った。レーザー波長は337nm、レーザーパルス周波数は25Hz(ヘルツ)とした。
【0077】
ペプチド質量フィンガープリントを使用して、マスコットサーチエンジンによりNCBIn 及びSwissProtのプロテインデータベースを検索し、トリプシン分解フラグメントの質量から蛋白同定を行った。
【0078】
2−3.ウェスタンブロットによるPrx VI 検出
1,000倍希釈ウサギ抗ヒト非セレングルタチオンペルオキシダーゼ(1-Cys Prx)ポリクローナル 抗体(AB9248;Chemicon International, Temecula, CA)を用いてウェスタンブロッティングを行い、患者血清とのインキュベーション処理に使用した。PVDF膜を血清とインキュベート処理し、二次抗体とインキュベートさせて、化学発光により視覚化した。二次抗体として、ロバ抗ヒツジ/ヤギ免疫HRP標識二次抗体(AB324P;Chemicon International)を用いた。
【0079】
2−4.患者血清中のPrx I、Prx II、Prx III及びPrx VIに対する自己抗体の検出
組換えPrx I (LF-P0002;LabFrontier, Seoul, Korea), Prx II (LF-P0007), Prx III (LF-P0023), 又はPrx VI (LF-P0004) を PVDF膜にドットブロットし、ESCC患者血清、他の癌患者血清、正常人血清の1:5,000倍希釈血清と1時間室温でインキュベートした。3回の洗浄後、PVDF膜と二次抗体である25,000倍希釈HRP標識抗ヒトIgG抗体(Amersham-Pharmacia Biosciences)とを、1時間室温で反応させた。
【0080】
3.解析結果
3−1.ESCC患者血清中のタンパクに対する自己抗体
食道扁平上皮癌細胞株(TE-2)を用い、上記2−1の方法に従い、癌患者血清に存在する腫瘍抗原に対する自己抗体の検出を行った。
【0081】
TE-2細胞株由来蛋白を二次元PAGEにより分離し、銀染色により視覚化した。結果を図1Aに示す。
【0082】
次いで、二次元PAGEにより分離したタンパク質をPVDF膜に転写し、TE-2由来蛋白に対する自己抗体を検出するため、1次抗体を血清、二次抗体をHRP標識抗ヒトIgG抗体とし、膜をESCC患者血清10例及び正常人血清10例(コントロール)とインキュベートした。その結果、ESCC血清では複数の箇所で反応スポットが見られた。結果を図1Bに示す。
【0083】
正常人血清でも幾つかの反応スポットが観察されたため、非特異的な反応も含むと考えられた。しかし、反応スポットのうち、およそ等電点6.0及び分子量約27kDaのスポットは、ESCC患者10例中3例に認められたが、正常人血清では10例中一例もみられなかった。当該反応スポットの拡大図面を図1Cに示す。また正常人血清における対応スポットの拡大図面を図1Dに示す。
【0084】
3−2.反応蛋白の同定
図1BでESCC患者に特異的と考えられた陽性スポットを同定するため、上記2−2の方法に従い、以下のように解析を行った。
【0085】
反応スポットを銀染色ゲルから切り取り、切り出したゲルに対しゲル内酵素消化反応を行い、ペプチドを溶出した。次いで、Ultraflex MALDI-TOF/TOFマススペクトロメトリーを用い、得られたスペクトルを解析処理して、全NCBIn及びSwissProtプロテインデータベースに基づくマスコットサーチエンジンにより検索した。
【0086】
図2Aに、Ultraflex MALDI-TOF/TOFマススペクトロメトリーを用いて得られたスペクトルの結果を示す。また図2Aの下部にマスコットサーチエンジンによる検索結果を示す。その結果、反応スポットはPrx VIと同定された。
【0087】
またトリプシン分解により得られたペプチドについてタンデム質量分析を行った。図2Bにタンデム質量分析(MALDI-TOF/TOF)のスペクトルの結果を示す。その結果、MH+ = 2,097.824のスペクトルが得られ、Prx VIとして信頼できる同定結果が示された。
【0088】
これらの結果から、図1Bで特異的な反応スポットを示したタンパクが、アミノ酸数224、推定分子量26.8 kDa、理論的等電点6.0であり、PrxVIと同定された。
【0089】
更に、上記2−3に従い、ウサギ抗ヒト非セレングルタチオンペルオキシダーゼ(1-Cys Prx)ポリクローナル 抗体を用いウェスタンブロットを行い、陽性スポットのタンパクについて、確かにPrx VIであることを確認した(図1E)。
【0090】
3−3.ESCC患者、他の癌患者及び正常人血清中のPrx VIに対する自己抗体の確認
ESCC患者血清、他の癌患者血清及び正常人血清中のPrx VIに対する自己抗体をスクリーニングするために、ESCC患者30例、他の癌患者30例(胃癌患者15例、大腸癌患者血清15例)、正常人血清30例に対し、上記2−4の方法に従い、組換えPrx VI (100 ng)を用いて、ウェスタンブロットにより解析を行った。
【0091】
結果を表1に示す。
【0092】
【表1】
【0093】
その結果、Prx VIに対し陽性反応が示されたのは、ESCC患者血清では30例のうち15例(50%)であった。一方、正常人血清では、30例のうち2例(6.6%)であった。他の癌患者では、30例中1例で(3.3%)で、大腸癌患者で1例示されたのみであった。図3AにESCC患者血清の解析例、図3Bに正常人血清の解析例を示す。
【0094】
更に、ESCC癌患者血清に対し、他のペロキシレドキシンPrx I、Prx II、Prx IIIに対する反応性を上記2−4の方法に従い同様に解析したが、陽性反応はみられなかった。
【0095】
このように、扁平上皮癌患者血清においてPrx VIに対する自己抗体の存在が高頻度で検出されたのに対し、対照群では陽性率が低値であったことから、抗Prx VI自己抗体が扁平上皮癌診断マーカーとして有用であることが示唆された。
【0096】
また、陽性反応の反応性は、ステージが進行した患者に限らず、ステージI及びIIの初期段階の患者血清においても15例中8例(53.3%)という高値が示された。このことから、抗Prx VI自己抗体が、扁平上皮癌の早期診断乃至判定のためのマーカーとしても有用であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】PrxVI自己抗体の解析結果を示した図面である。Aは、TE-2細胞株から抽出した全蛋白を2次元PAGEによって分離し、銀染色により視覚化した図面である。矢印で示したスポットは、質量分析によってPrxVIと同定されたスポットを示す。Bは、TE-2細胞溶解蛋白を2次元PAGEで分離し、PVDF膜に転写し、ESCC患者の希釈血清(1:250倍)とインキュベートした結果を示す図面である。□で示したスポットは、PrxVIと同定されたスポットを示す。CはESCC患者血清におけるPrxVIと同定されたスポットの拡大図面である。Dは正常人血清における対応するスポットの拡大図面である。Eは抗PrxVI抗体(1:2,000倍希釈)血清とインキュベートした対応スポットの拡大図面である。
【図2】Aは、ゲル内酵素消化後に切り出したゲルから溶出したペプチドのUltraflex MALDI-TOF/TOF質量スペクトル、及び、マスコットサーチエンジンによるNCBIn 及びSwissProtのプロテインデータベースの検索結果を示す図面である。Bは、トリプシン分解により得られたペプチドのタンデム質量分析(MALDI-TOF/TOF)スペクトルを示す図面である。
【図3】Aは組換えPrxVIを用いたESCC患者血清に対するウェスタンブロットの解析例を示す。Bは組換えPrxVI を用いた正常人血清に対するウェスタンブロットの解析例を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
扁平上皮癌の診断用キットであって、
(1)ペロキシレドキシンVI(Peroxiredoxin VI)試薬、及び
(2)前記ペロキシレドキシンVI 試薬に反応する自己抗体の測定用試薬
を含んでなるキット。
【請求項2】
扁平上皮癌の判定方法であって、
(1)被験者から採取した試料を、ペロキシレドキシンVI試薬と接触させる工程、
(2)ペロキシレドキシンVI試薬に反応する前記試料中の自己抗体の存在又は量を測定する工程、及び
(3)前記測定結果に基づき扁平上皮癌の評価を行う工程
を含む方法。
【請求項1】
扁平上皮癌の診断用キットであって、
(1)ペロキシレドキシンVI(Peroxiredoxin VI)試薬、及び
(2)前記ペロキシレドキシンVI 試薬に反応する自己抗体の測定用試薬
を含んでなるキット。
【請求項2】
扁平上皮癌の判定方法であって、
(1)被験者から採取した試料を、ペロキシレドキシンVI試薬と接触させる工程、
(2)ペロキシレドキシンVI試薬に反応する前記試料中の自己抗体の存在又は量を測定する工程、及び
(3)前記測定結果に基づき扁平上皮癌の評価を行う工程
を含む方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図2】
【図3】
【公開番号】特開2008−275413(P2008−275413A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−118582(P2007−118582)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 American Association for Cancer Research,Inc.(AACR) 刊行物名 Clin Cancer Res 2006;12(21) 発行年月日 平成18年11月1日
【出願人】(801000061)財団法人大阪産業振興機構 (168)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 American Association for Cancer Research,Inc.(AACR) 刊行物名 Clin Cancer Res 2006;12(21) 発行年月日 平成18年11月1日
【出願人】(801000061)財団法人大阪産業振興機構 (168)
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