説明

手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム

【課題】 被験者にその時々で必要な手指衛生行動を行わせる。
【解決手段】 手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム100は、PC10および加速度センサ12a〜12dを備える。披験者の体の動きが加速度センサ12a〜12dを通して検出されると、PC10のCPU(22)は、検出結果を行動DB(52)と比較することによって被験者の行動を識別し(S7)、識別結果を状態遷移モデルDB(54)と比較することによって被験者の行動に伴う手指衛生状態の遷移を追跡する(S1,S19)。そして、必要な手指衛生行動が行われていない状況を識別結果および追跡結果に基づいて検知し(S11)、この状況についての警告を主旨とするアドバイスを携帯端末18を介して被験者に提示する(S13)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステムに関し、特にたとえば、看護師などの医療従事者を対象に、手指衛生行動が必要または不必要な状況を検知してアドバイスを行う、手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のこの種のシステムとしては、非特許文献1に記載された看護支援システムが知られている。この背景技術では、看護師が携帯する情報端末に、患者情報の参照,指示の確認,スケジュール作成,実施結果の記録といった看護支援機能を持たせることで、看護業務の効率向上を図っている。
【非特許文献1】「携帯情報端末を用いた看護支援システムの開発と評価」(助田浩子ほか,情報処理学会論文誌,Vol.40,No.10,pp.3782〜3791,1999年10月)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、看護業務では一般に、手洗いや擦式消毒といった手指衛生行動によって手指を清潔に保つことが求められる。そして、求められる清潔さの程度は、看護業務の種類によって異なる。たとえば、カルテ記入といった事務作業の場合、手指が体液や汚物等で汚染されていない限り特に手指衛生行動を行う必要はないが、点滴の場合には、高度な清潔さが求められるため、手指衛生行動として手洗いおよび擦式消毒の両方を行う必要がある。体温や血圧といったバイタル測定の場合であれば、一定の清潔さが求められるものの、その程度は点滴の場合ほど高度でないので、手洗いまたは擦式消毒を行えば足りる。一方、手指の清潔さの程度(手指衛生状態)は通常、看護業務を行うことにより低下する。そして、手指衛生状態がどの程度まで低下するかもまた一様ではないため、看護師は、一連の看護業務(看護タスク)を実行するにあたって、現時点での手指衛生状態と次の看護業務に求められる手指衛生状態とを常に意識しながら、その時々で必要な手指衛生行動(手洗いおよび/または擦式消毒)を実行しなければならない。
【0004】
しかし、必要な手指衛生行動を漏れなく実行することは看護師にとって容易でないため、手指衛生行動状況を検知してアドバイスを行うシステムが望まれる。この点、前述した従来の看護支援システムは、看護業務それ自体の実行を支援するに過ぎず、看護業務に必要な手指衛生行動を支援するものではなかった。
【0005】
それゆえに、この発明の主たる目的は、新規な、手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステムを提供することである。
【0006】
この発明の他の目的は、看護師などの被験者にその時々で必要な手指衛生行動を行わせることができる、手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の課題を解決するために、以下の構成を採用した。なお、括弧内の参照符号および補足説明などは、本発明の理解を助けるために後述する実施の形態との対応関係を示したものであって、本発明を何ら限定するものではない。
【0008】
第1の発明は、被験者によって実行されるべき各行動について動きの特徴を示す動き特徴情報を記憶した第1記憶手段、被験者が各行動を実行する時に必要な手指衛生状態と実行した後の手指衛生状態とを示す状態遷移モデル情報を記憶した第2記憶手段、被験者の体の動きを検出する動き検出手段、動き検出手段の検出結果を動き特徴情報と比較することによって被験者の行動を識別する行動識別手段、行動識別手段の識別結果を状態遷移モデル情報と比較することによって被験者の行動に伴う手指衛生状態の遷移を追跡する追跡手段、必要な手指衛生行動が行われていない第1状況を行動識別手段の識別結果および追跡手段の追跡結果に基づいて検知する第1状況検知手段、および第1状況検知手段の検知に応答して第1状況についての警告を主旨とする第1アドバイスを被験者に提示する第1アドバイス提示手段を備える、手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステムである。
【0009】
第1の発明では、手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム(100)は、第1記憶手段(52)、第2記憶手段(54)、動き検出手段(12a〜12d)、行動識別手段(S7)、追跡手段(S1,S19)、第1状況検知手段(S11)、および第1アドバイス提示手段(S13,20,18)を備える。
【0010】
第1記憶手段には被験者によって実行されるべき各行動について動きの特徴を示す動き特徴情報が、第2記憶手段には被験者が各行動を実行する時に必要な手指衛生状態と実行した後の手指衛生状態とを示す状態遷移モデル情報が、それぞれ記憶されている。動き検出手段は被験者の体の動きを検出し、行動識別手段は動き検出手段の検出結果を動き特徴情報と比較することによって被験者の行動を識別する。追跡手段は、行動識別手段の識別結果を状態遷移モデル情報と比較することによって、被験者の行動に伴う手指衛生状態の遷移を追跡する。第1状況検知手段は必要な手指衛生行動が行われていない第1状況を行動識別手段の識別結果および追跡手段の追跡結果に基づいて検知し、第1アドバイス提示手段は第1状況検知手段の検知に応答して第1状況についての警告を主旨とする第1アドバイスを被験者に提示する。
【0011】
第1の発明によれば、必要な手指衛生行動が行われていない第1状況を検知して、第1状況に関する警告を主旨とする第1アドバイスを被験者に提示するので、被験者は、第1状況を認識して必要な手指衛生行動を行うことができる。
【0012】
第2の発明は、第1の発明に従属する手指衛生行動状況検出およびアドバイスシステムであって、被験者の現在位置を計測する位置計測手段をさらに備え、行動識別手段は位置計測手段の計測結果も考慮して識別を行う。
【0013】
第2の発明では、手指衛生行動状況検出およびアドバイスシステムは位置計測手段(16,50,S5)をさらに備える。位置計測手段は被験者の現在位置を計測し、行動識別手段は位置計測手段の計測結果も考慮して識別を行う。
【0014】
第2の発明によれば、行動識別の精度を高めることができる。
【0015】
第3の発明は、第1または第2の発明に従属する手指衛生行動状況検出およびアドバイスシステムであって、不必要な手指衛生行動が行われている第2状況を行動識別手段の識別結果および追跡手段の追跡結果に基づいて検知する第2状況検知手段、および第2状況検知手段の検知に応答して第2状況の通知を主旨とする第2アドバイスを被験者に提示する第2アドバイス提示手段をさらに備える。
【0016】
第3の発明では、手指衛生行動状況検出およびアドバイスシステムは第2状況検知手段(S15)および第2アドバイス提示手段(S17,20,18)をさらに備える。第2状況検知手段は、不必要な手指衛生行動が行われている第2状況を行動識別手段の識別結果および追跡手段の追跡結果に基づいて検知し、第2アドバイス提示手段は第2状況検知手段の検知に応答して第2状況の通知を主旨とする第2アドバイスを被験者に提示する。
【0017】
第3の発明によれば、不必要な手指衛生行動が行われている第2状況を検知して、第2状況に関する通知を主旨とする第2アドバイスを被験者に提示するので、被験者は、不必要な手指衛生行動を削減することができる。
【0018】
第4の発明は、第3の発明に従属する手指衛生行動状況検出およびアドバイスシステムであって、状態遷移モデル情報は、各行動が可能,不可能,および可能だが不必要のいずれに該当するかを手指衛生状態毎に登録した行動可否テーブル、および各行動を実行した後の手指衛生状態を実行前の手指衛生状態毎に登録した次状態テーブルで表現され、追跡手段は、行動識別手段の前回の識別結果で次状態テーブルを検索することによって当該行動後の手指衛生状態を推定して推定結果をメモリに保持し、そして行動識別手段の今回の識別結果とメモリに保持されている推定結果とで行動可否テーブルを検索することによって追跡を行う。
【0019】
第4の発明では、状態遷移モデル情報は行動可否テーブル(54a)および次状態テーブル(54b)で表現される。行動可否テーブルには各行動が可能(○),不可能(×),および可能だが不必要(△)のいずれに該当するかが手指衛生状態毎に登録され、次状態テーブルには各行動を実行した後の手指衛生状態が実行前の手指衛生状態毎に登録されている。追跡手段は、行動識別手段の前回の識別結果で次状態テーブルを検索することによって当該行動後の手指衛生状態を推定して推定結果をメモリ(68)に保持し、そして行動識別手段の今回の識別結果とメモリに保持されている推定結果とで行動可否テーブルを検索することによって追跡を行う。
【0020】
第4の発明によれば、行動可否テーブルおよび次状態テーブルを利用することで、複雑な状態遷移も容易に追跡することができる。
【0021】
第5の発明は、第4の発明に従属する手指衛生行動状況検出およびアドバイスシステムであって、第1アドバイスはどの手指衛生行動が必要かについての通知(M1)を含む。
【0022】
第5の発明によれば、第1アドバイスにあたって、どの手指衛生行動が必要かを通知するので、被験者は、必要な手指衛生行動を確実に行うことができる。
【0023】
第6の発明は、第5の発明に従属する手指衛生行動状況検出およびアドバイスシステムであって、第1アドバイスは現時点での手指衛生状態についての通知(M2)をさらに含む。
【0024】
第6の発明によれば、必要な手指衛生行動を通知する際に、現時点の手指衛生状態をも通知することで、被験者は、なぜその手指衛生行動が必要かを理解することができ、理解の結果として学習効果が高まる。
【0025】
第7の発明は、第4ないし第6のいずれかの発明に従属する手指衛生行動状況検出およびアドバイスシステムであって、第2アドバイスはどの手指衛生行動が不必要かについての通知(M4)を含む。
【0026】
第7の発明によれば、第2アドバイスにあたって、どの手指衛生行動が不必要かを通知するので、被験者は、不必要な手指衛生行動を確実に削減することができる。
【0027】
第8の発明は、第7の発明に従属する手指衛生行動状況検出およびアドバイスシステムであって、第2アドバイスは現時点での手指衛生状態についての通知(M5)をさらに含む。
【0028】
第8の発明によれば、不必要な手指衛生行動を通知する際に、現時点の手指衛生状態をも通知することで、被験者は、なぜその手指衛生行動が不必要かを理解することができ、理解の結果として学習効果が高まる。
【0029】
第9の発明は、第6または第8の発明に従属する手指衛生行動状況検出およびアドバイスシステムであって、行動識別手段の識別結果に基づく行動履歴を保持する保持手段(72)をさらに備え、第1アドバイスおよび第2アドバイスの各々は保持手段によって保持されている行動履歴についての通知(M3,M6)をさらに含む。
【0030】
第9の発明によれば、各アドバイスにあたってさらに行動履歴も通知することで、被験者は、現在の手指衛生状態に至った経緯を確認することができ、確認の結果として学習効果がいっそう高まる。
【0031】
なお、上記第2の発明のように、手指衛生行動状況検出およびアドバイスシステムが位置計測手段をさらに備える場合、保持手段には行動履歴に加えて位置計測手段の計測結果に基づく位置履歴が保持され、各アドバイスにあたっては行動履歴に加えて位置履歴をも通知することが好ましい。
【発明の効果】
【0032】
この発明によれば、被験者にその時々で必要な手指衛生行動を行わせることができる、手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステムが実現される。また、不必要な手指衛生行動の削減による業務の効率化も可能となる。
【0033】
この発明の上述の目的,その他の目的,特徴および利点は、図面を参照して行う以下の実施例の詳細な説明から一層明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】この発明の一実施例であるシステムの構成を示すブロック図である。
【図2】図1のシステムに含まれるPCの構成例を示すブロック図である。
【図3】図1のシステムの医療業務への適用例を示す図解図である。
【図4】状態遷移モデルの概要を示す図解図である。
【図5】状態遷移モデルDBの一例を示す図解図である。
【図6】病棟内の間取りならびに赤外線受光器および消毒薬の配置例を示す図解図である。
【図7】病棟内で行われる看護タスクの一例を示す図解図である。
【図8】PCのRAMに適用されるメモリマップを示す図解図である。
【図9】行動DBの一例を示す図解図である。
【図10】図5の状態遷移モデルDBを2つのテーブルで表現した例であり、(A)が行動可否テーブルを示し、(B)が次状態テーブルを示す。
【図11】メッセージDBの一例を示す図解図である。
【図12】PCのCPU動作の一部を示すフロー図である。
【図13】PCのCPU動作の他の一部を示すフロー図である。
【図14】PCのCPU動作のその他の一部を示すフロー図である。
【図15】携帯端末に表示される手指衛生行動必要状況警告画面の一例を示す図解図である。
【図16】携帯端末に表示される手指衛生行動不必要状況通知画面の一例を示す図解図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
図1を参照して、この実施例の手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム100は、近距離無線通信機能を各々が有するPC10,4つの加速度センサ12a〜12d,および通過センサシステム16を備える。近距離無線通信方式としては、たとえば“ZigBee”(登録商標)もしくは“IEEE 802.11”等を用いることができる。
【0036】
各加速度センサ12a〜12dは、3軸の加速度を繰り返し(たとえば1/100秒周期で)検知し、検知結果を示す加速度データをPC10に送信する。送信される加速度データには、各加速度センサ12a〜12dの内蔵時計(図示せず)に基づくタイムスタンプが付加される。
【0037】
通過センサシステム16は、赤外線発光器16aおよび赤外線受光器16bを含む。赤外線発光器16aは赤外線発光器16a自身のIDで変調された赤外線を発光し、赤外線受光器16bはこの赤外線を受光および復調してIDを抽出する。赤外線受光器16bには近距離無線部(図示せず)が設けられており、抽出されたID(つまり赤外線発光器16aのID)と赤外線受光器16b自身のIDとの一対のIDを示すIDデータが、この近距離無線部を通じてPC10に送信される。送信されるIDデータにもまた、通過センサシステム16内蔵時計(図示せず)に基づくタイムスタンプが付加される。
【0038】
PC10は、図2に示すように、近距離無線部20,CPU22,ROM24,RAM26,LCDモニタ28およびキー入力装置30を含む。近距離無線部20にはアンテナ20aが、CPU22には時計22Tが、それぞれ設けられる。近距離無線部20は、アンテナ20aを通じて加速度センサ12a〜12dおよび通過センサシステム16の各々と近距離無線通信を行う。
【0039】
ROM24には、CPU22によって実行されるプログラム(メインプログラム,位置計測プログラム,行動認識プログラム,表示制御プログラムなど:後述)、およびプログラムによって参照されるデータベース(位置DB,行動DB,状態遷移モデルDB,メッセージDBなど:後述)などが格納されている。RAM26は、CPU22がプログラムを実行するための記憶領域を提供する。時計22Tは、加速度センサ12a〜12dおよび通過センサシステム16の各々の内蔵時計と同期しており、プログラムの実行に必要な時間情報を生成する。キー入力装置30は、オペレータのキー操作に応じたコマンドをCPU22に入力する。
【0040】
手指衛生励行システム100の医療業務への適用例を図3に示す。図3を参照して、加速度センサ12a〜12dは、被験者たとえば看護師の両上腕,胸および腰に装着される。赤外線発光器16aは看護師の頭部に装着され、赤外線受光器16bは病棟内の各部屋の入り口(ENT)に設置される。PC10は、加速度センサ12a〜12dおよび赤外線受光器16bの各々と近距離無線通信を行える範囲内で、任意の位置に設置することができる。
【0041】
PC10は、赤外線受光器16bの位置を記憶しており、赤外線受光器16bからIDデータを受信することによって、そのIDデータに対応する赤外線発光器16aつまり看護師の現在位置を計測する。なお、具体的な位置計測手法としては、本出願人による特願2007−311016号「行動識別システム、行動識別方法、最適センサ集合決定方法および最適パラメータ決定方法」や特願2008−136704号「手衛生励行システム」に記載のものを用いることができる。
【0042】
また、PC10は、看護師の行動を加速度センサ12a〜12dからの加速度データに基づいて識別する。なお、具体的な行動識別手法もまた、上記の特願2007−311016号や特願2008−136704号に記載のものを用いることができる。前者の先行技術では、看護師等の体の動きを無線加速度センサ等の運動計測センサで計測し、波形処理に基づく特徴量を用いて看護師の行動を識別する手法が提案されている。後者の先行技術ではさらに、手指衛生行動に含まれている摩擦動作などの周期性を持つ各行動を効率的に検知するべく、音声処理でよく用いられる線形予測符号化に基づくパワースペクトル推定を行い、このパワースペクトルから求められるケプストラム係数を新たな認識特徴量とする手法が提案されている。
【0043】
さらに、PC10は、識別結果を示す行動データおよび計測結果を示す現在位置データを状態遷移モデルと比較することで、必要な手指衛生が行われていない状況を検知し、携帯端末18を通して看護師に『「手洗い」をしてください』といったアドバイス(警告)を行う。また、不必要な手指衛生が行われている状況を検知して、『いまの「手洗い」は必要ありません』といったアドバイス(通知)を行う。そして、警告または通知の際に、その根拠として、現時点での手指衛生状態、およびこの手指衛生状態に至った経緯(行動履歴および位置履歴)も併せて提示する。
【0044】
以上がこの実施例の概要であり、次に、その主要な要素について詳しく説明する。まず、状態遷移モデルについて図4および図5により説明する。状態遷移モデルは、どのような状況で看護師の手指衛生状態が変化し手指衛生行動が必要になるかについて、「病院における隔離予防策のためのCDCガイドライン」(1996年。2007年改訂)等を参考にしつつ、看護師経験者の意見に基づいて作成したモデルであり、看護師の行動によってその手指衛生状態がどのように遷移するかを機械的に判断可能にするものである。
【0045】
図4を参照して、状態遷移モデルでは、手指衛生行動として「手洗い」および「擦式消毒」の2種類が、手指衛生状態として「汚」,「普」,「清1a」,「清1b」および「清2」の5つの状態が定義される。
【0046】
手指衛生状態は、手指衛生行動によって次のように変化する。「普」状態で擦式消毒を行えば「清1a」状態に変化する一方、「普」状態で手洗いを行えば「清1b」状態に変化する。また、「汚」状態で手洗いを行えば「清1b」状態に変化するが、「汚」状態で擦式消毒を行っても何ら変化しない。そして、「清1a」状態で手洗いを行えば「清2」状態に変化し、「清1b」状態で擦式消毒を行えば「清2」に変化する。したがって、「普」状態から「清2」状態に移行するには、手洗いおよび擦式消毒の両方を行う必要があるが、手洗いおよび擦式消毒はどちらが先でもよい。一方、「汚」状態から「清2」状態に移行するには、手洗いおよび擦式消毒をこの順序で行う必要がある。
【0047】
そして、各手指衛生状態では次のような行動を行うことができる。「汚」状態では汚物処理のみが可能であり、「普」状態ではこれに加えてカルテ記入など事務作業やトイレ介助も行うことができる。「清1a」または「清1b」状態ではさらにバイタル測定など通常の患者ケアも行うことができ、そして「清2」状態ではさらに点滴など高度な清潔さの必要な作業が可能となる。
【0048】
一方、手指衛生状態は、看護行動の結果、次のように変化する。「汚」状態で可能な看護行動(汚物処理)を行っても、「汚」状態のまま維持される。一方、「普」,「清1a」,「清1b」および「清2」の各状態で可能な看護行動(「普」の場合は事務作業。「清1a」「清1b」の場合は事務作業または通常の患者ケア。そして「清2」の場合は事務作業,通常の患者ケア,または高度な清潔さの必要な看護作業。)を行えば、「普」および「汚」のいずれかの状態に変化する。原則的には、汚物処理またはトイレ介助を行えば「汚」状態となり、これ以外の看護行動を行えば「普」状態となるが、点滴やバイタル計測などでも体液や汚物等への接触があれば「汚」状態となる。
【0049】
このような状態遷移モデルは、たとえば図5に示すようにDB化することができる。図5の状態遷移モデルDBには、「バイタル測定」,「手洗い」といった各種行動について、行動時に必要な手指衛生状態(行動時必要状態)と、行動後の手指衛生状態(行動後状態)とが記述される。この状態遷移モデルDBには、「nop(何もしない),移動」,「点滴準備」,「点滴実施」,「バイタル測定」,「手洗い」,「擦式消毒」,「トイレ介助」および「汚物処理」の8種類の行動(行動分類)が登録される。なお、各行動分類に属する具体的な行動(行動ラベル)は、図9(後述)に例示されている。
【0050】
これら8個の行動分類のうち、「nop,移動」は、どの状態でも実行可能であり、何の状態変化も起こさない。「トイレ介助」は、「汚」以外の各状態で実行可能であり、行動後の状態は「汚」となる。他の行動分類については前に説明した。
【0051】
次に、看護師が病棟内で行う看護タスクの一例を、図6および図7により説明する。図6には病棟内の間取りが、図7には看護タスクに対応するシナリオ(実行すべき行動を実行すべき順序にならべたもの)が、それぞれ示される。図6を参照して、病棟内には2つの病室(201病室および202病室),トイレ,ナースステーションおよび与薬準備室の計5室が設けられている。201病室の1つの壁面が廊下と接しており、この壁面に出入り口ENT1が設けられ、ENT1付近に赤外線受光器16bが配置される。同様に、202病室,トイレ,ナースステーションおよび与薬準備室の廊下と接する各壁面に出入り口ENT2〜ENT5が設けられ、ENT2〜ENT5付近に赤外線受光器16b,16b,…が配置される。ナースステーションおよび与薬準備室は1つの壁面を共有しており、この壁面に出入り口ENT6が設けられ、ENT6付近に赤外線受光器16bが配置される。ナースステーションには手洗い用のシンクが設置されており、シンクの近傍にも赤外線受光器16bが配置される。
【0052】
また、病棟内には、所定位置ここでは廊下の、201病室および202病室の境界付近に、消毒薬Antが配置される。与薬準備室には与薬準備台が設置されており、与薬準備台の上にも消毒薬Antが置かれる。
【0053】
なお、図6の例では、出入り口ENT1〜6およびシンクにそれぞれ1個の赤外線受光器16bが配置されているが、赤外線受光器16bの個数を増やすことで検出精度を高めてもよい。たとえば出入り口1箇所につき2個の赤外線受光器16bを設置すれば、看護師の移動方向(入室したのか退室したのか)を区別できる。
【0054】
このような病棟内で、看護師は、たとえば2回のバイタル測定,1回の点滴(点滴準備および点滴実施)および点滴前のトイレ介助を主要な看護行動として含む看護タスクを、図7のシナリオに沿って実行する。図7のシナリオは、一連の看護行動と、その合間で実行されるべき手指衛生行動とを含む。
【0055】
具体的には、看護タスクは7つの看護行動A1〜A13で構成されており、行動A1〜A13のうち、A1,A5〜A11が上記の主要な看護行動に該当する。行動A3およびA13は、主要な看護行動に付随する看護行動(ここでは準備および片付け)として位置付けられる。一方、手指衛生行動は、看護タスクの開始前後および実行中に計5回が予定される。各回の手指衛生行動には、手洗いおよび/または擦式消毒が含まれる。
【0056】
図7のシナリオに従えば、看護タスクは、次のように実行される。図4〜図6も併せて参照して、看護タスクが開始されると、看護師は最初、ナースステーション内のシンクで手洗いを行い、出入り口ENT6を通って与薬準備室へと移動する。そして、与薬準備台の上に置かれた消毒薬Antで擦式消毒を実行した後、点滴準備ここでは点滴用の薬液混注を行う(A1)。看護師は、手指衛生状態がたとえ当初「汚」状態であったとしても、このような手順で手洗いおよび擦式消毒を行うことで「清2」状態となるので、高度な清潔さの要求される薬液混注を行うことができる。薬液混注を行うと、手指衛生状態は「清2」状態から「普」状態に変化する。混注して得られた薬液は、与薬準備台上の所定位置に置かれる。
【0057】
看護師は次に、バイタル測定のための準備(バイタル準備)を行う(A3)。バイタル準備を行っても、手指衛生状態は「普」状態のまま維持される。
【0058】
看護師は次に、出入り口ENT5を通って廊下に出た後、201病室の出入り口ENT1付近に配置された消毒薬Antで擦式消毒を行う。この擦式消毒によって、手指衛生状態は「普」状態から「清1a」状態へと変化するので、バイタル測定など通常の患者ケアが可能となる。看護師はその後、出入り口ENT1を通って201病室に入り、バイタル測定を行う(A5)。この201病室でのバイタル測定によって、手指衛生状態は「清1a」状態から「普」状態へと変化する。
【0059】
看護師は次に、出入り口ENT1を通って廊下に出た後、消毒薬Antでもう一度擦式消毒を行う。この擦式消毒によって、手指衛生状態は「普」状態から「清1a」状態へと変化する。看護師はその後、出入り口ENT2を通って202病室に入り、バイタル測定を行う(A7)。この202病室でのバイタル測定によって、手指衛生状態は「清1a」状態から「普」状態へと変化する。
【0060】
看護師は次に、202病室の患者を出入り口ENT2から廊下に連れ出す。そして、出入り口ENT3を通ってトイレ内に入り、この患者に対して点滴前のトイレ介助を行う(A9)。これによって、手指衛生状態は「普」状態から「汚」状態へと変化する。看護師はその後、再び出入り口ENT3およびENT2を通って202病室内へと患者を連れ戻す。
【0061】
看護師は次に、出入り口ENT2およびENT4を通ってナースステーションに戻り、手洗いを行う。そして出入り口ENT6を通って与薬準備室に入り、擦式消毒を行う。これにより、手指衛生状態は「汚」状態から「清1b」状態を経て「清2」状態へと変化する。その後、与薬準備台上の薬液を手に取って、出入り口ENT5およびENT2を経て202病室内に入り、点滴を実施する(A11)。この202病室患者への点滴実施によって、手指衛生状態は「清2」状態から「普」状態へと変化する。
【0062】
看護師は次に、バイタル測定や点滴に用いた機器の片付けを行う(A13)。このバイタル等の片付け作業は、事務作業と同様に「普」状態で行うことができる。そして、バイタル等の片付け作業を行っても、手指衛生状態は「普」状態のまま維持される。
【0063】
看護師は最後に、出入り口ENT2およびENT4を通ってナースステーションに戻り、手洗いを行う。これによって、手指衛生状態は「普」状態から「清1b」状態へと変化し、以上で看護タスクは終了となる。
【0064】
このように、看護師が事前にシナリオを学習してその通りに行動すれば、看護タスクは安全かつ効率的に遂行される。しかし、看護師の行動は、常にシナリオ通りに進行するとは限らない。たとえば、2つの行動A3およびA5の間で擦式消毒が必要なのに手洗いで済ませてしまったり、2つの行動A5およびA7の間でもう一度擦式消毒が必要なのにうっかり忘れてしまったり、といったミスの発生を想定する必要がある。また、2つの行動A7およびA9の間で手指衛生行動は不必要なのに手洗いを行う、といった無駄も予想される。
【0065】
そこで、この実施例では、看護師が概ねシナリオ通りに行動することを前提に、手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム100は、必要な手指衛生行動が行われていない状況を検知して看護師に警告を行い、また不必要な手指衛生行動が行われている状況を検知して看護師に通知を行うことで、安全性および効率の向上を図っている。
【0066】
さらには、警告または通知の際に、根拠として現時点の手指衛生状態およびこの手指衛生状態に至った経緯(位置履歴および行動履歴)も併せて示して、受け手の理解ないし納得を得ることで、警告または通知が記憶に残るようにしている。この学習効果によって、安全性および効率のさらなる向上が期待できる。
【0067】
このような手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム100の動作は、PC10において、CPU22が図12〜図14に示す制御処理を実行することにより実現される。RAM26には、図8に示すようにプログラム記憶領域26a,DB記憶領域26bおよびデータ記憶領域26cが形成されており、動作開始にあたって必要なプログラムやDBがROM24からRAM26内の該当領域に転送される。この結果として、動作時、プログラム記憶領域26aには、メインプログラム42,位置計測プログラム44,行動識別プログラム46および表示制御プログラム48などが格納され、DB記憶領域26bには、位置DB50,行動DB52,状態遷移モデルDB54およびメッセージDB56などが格納されている。
【0068】
メインプログラム42は、手指衛生行動が必要または不必要な状況を検知して警告または通知を行うためのプログラムであって、図12〜図14に示された制御処理の全体に対応する。位置計測プログラム44は、看護師の現在位置を計測するためのプログラムであって、メインプログラム42によって利用される(S5)。行動識別プログラム46は、看護師の行動を識別するためのプログラムであって、メインプログラム42によって利用される(S7)。表示制御プログラム48は、警告や通知のためのメッセージを含む画面を携帯端末18に表示させるためのプログラムであって、メインプログラム42によって利用される(S13,S17)。
【0069】
データ記憶領域26cは、通過センサシステム16からのIDデータを一時記憶するためのID領域60,加速度センサ12a〜12dからの加速度データを一時記憶するための加速度領域62,位置計測プログラム44による計測結果(現在位置データ)が一時記憶される現在位置領域64,行動識別プログラム46による識別結果(行動データ)が一時記憶される行動領域66,メインプログラム42によって特定された手指衛生状態を示す値(「汚」/「普」/「清1a」/「清1b」/「清2」)が一時記憶される「手指衛生状態」領域68,メインプログラム42による行動可否に関する判別結果(「○」/「△1」〜「△2」/「×1」〜「×6」)が一時記憶される「行動可否」領域70,ならびに現在位置領域64および現在位置領域64に関する更新履歴(位置履歴データおよび行動履歴データ)が記憶される履歴領域72などを含む。
【0070】
位置DB50には、病棟内に配置された各室の位置、赤外線受光器16b,16b,…の位置、シンクの位置および消毒液(Ant)の位置などが記述される。
【0071】
行動DB52は、行動識別プログラム46による行動識別処理の対象となる各種行動の特徴を示す情報(これを「行動ラベル」と呼ぶ)が登録されたDBである。ここで行動識別は、加速度センサ12a〜12dからの加速度データおよび/または通過センサシステム16からのIDデータに基づいて行われる。行動DB52の一例を図9に示す。
【0072】
図9の行動DB52には、「歩行」,「ワゴン押し歩行」,「手洗い」,「擦式消毒」,「nop(何もしない)」…といった、主として加速度センサ12a〜12dからの加速度データに基づいて識別される計14個の行動ラベルが、「移動」,「手指衛生」,…,「その他」といった計6種類の行動分類別に登録されている。各行動ラベルは、その行動に対応する加速度波形データで記述される。行動によっては、その行動が行われる場所に設置された赤外線受光器16bのIDも付記される。
【0073】
行動DB52にはまた、「トイレ介助」,「汚物処理」といった、通過センサシステム16からのIDデータ(つまり看護師の現在位置)のみに基づいて識別される行動ラベルも登録されている。この場合の行動ラベルは、たとえば「トイレ」,「汚物処理室」など特定の場所に配置された赤外線受光器16bのIDで記述される。
【0074】
状態遷移モデルDB54は、図4に示した状態遷移モデルを示すDBであって、図5に示した状態遷移モデルDBと同様の内容を、図10(A)および図10(B)に示す2つのテーブルの態様で記述したものである。図10(A)の行動可否テーブルには、「汚」〜「清2」の5種類の手指衛生状態の各々で、「汚物処理」,「トイレ介助」,…,「手洗い」の7種類の行動分類のうち、どれが可能(○)であり、どれが不可能(×)であり、そしてどれが不必要(△)であるかが記述されている。
【0075】
また、不可能を示す「×」には添え字1〜6が、不必要を示す「△」には添え字1〜2がそれぞれ付されている。「×」の添え字は必要な手指衛生行動を、「△」の添え字は不必要な手指衛生行動をそれぞれ示す。一方、後述するメッセージDB56のメッセージデータには「×1」〜「×6」および「△1」〜「△2」がインデックスとして付されており(図11参照)、これによって、状況に応じた警告メッセージまたは通知メッセージをメッセージDB56から読み出すことができる。
【0076】
行動可否テーブル54aによれば、「汚物処理」はどの状態でも可能(○)であることがわかる。同様に、「トイレ介助」または「事務作業」は、「汚」状態では不可能(×)であり、「汚」以外の各状態では可能(○)であることがわかる。バイタル測定といった「通常の患者ケア」は、「清1a」,「清1b」および「清2」の各状態では可能(○)であり、「汚」および「普」の各状態では不可能(×)であることがわかる。点滴等の「高度な清潔さが必要な作業」は、「清2」状態でのみ可能(○)であり、「清2」以外の各状態では不可能(×)であることがわかる。「擦式消毒」は、「普」および「清1b」の各状態では可能(○)であり、「汚」状態では不可能(×)であり、そして「清1a」および「清2」の各状態では不必要(△)であることがわかる。そして「手洗い」は、「汚」,「普」および「清1a」の各状態では可能(○)であり、「清1a」および「清2」の各状態では不必要(△)であることがわかる。
【0077】
一方、図10(B)の次状態テーブルには、上記と同様の7種類の行動の各々について、行動前の状態が上記と同様の5種類の手指衛生状態の各々であった場合に、行動後の状態がこれら5種類の手指衛生状態のうちどれに変化するかが記述されている。なお、ここでの「×」も、その状態でその行動が不可能であることを示す。
【0078】
次状態テーブルによれば、「汚物処理」は、実行前の状態がどれであれ実行可能で、実行後の状態は必ず「汚」となることがわかる。同様に、「トイレ介助」は、実行前の状態が「汚」以外であれば実行可能で、実行後の状態は必ず「汚」となることがわかる。「事務作業」は、実行前の状態が「汚」以外であれば実行可能で、実行後の状態は必ず「普」となることがわかる。「通常の患者ケア」は、実行前の状態が「清1a」,「清1b」または「清2」であれば実行可能で、実行後の状態は必ず「普」となることがわかる。「高度な清潔さが必要な作業」は、実行前の状態が「清2」のときだけ実行可能で、実行後の状態は「普」となることがわかる。「擦式消毒」は、実行前の状態が「汚」以外であれば実行可能で、実行前の状態が「普」または「清1a」であれば実行後の状態は「普」となり、実行前の状態が「清1b」または「清2」であれば実行後の状態は「清2」となることがわかる。そして「手洗い」は、実行前の状態がどれであれ実行可能で、実行前の状態が「汚」,「普」または「清1b」であれば実行後の状態は「清1b」となり、実行前の状態が「清1a」または「清2」であれば実行後の状態は「清2」となることがわかる。
【0079】
メッセージDB56は、必要な手指衛生行動が行われていない状況で出力すべき警告メッセージおよび不必要な手指衛生行動が行われている状況で出力すべき通知メッセージを示すテキストデータを登録したDBである。メッセージDB56の一例を図11に示す。図11のメッセージDB56には、『まず「手洗い」をしてください』,『まず「手洗い」をし、次に「擦式消毒」をしてください』といった6個の警告メッセージと、『いまの「擦式消毒」は必要ありません』といった2個の通知メッセージとが登録されている。これら6個の警告メッセージおよび2個の通知メッセージには、図10(A)に示した行動可否テーブル54aの「×1」〜「×6」および「△1」〜「△2」がインデックスとして付されている。
【0080】
キー入力装置30によって開始操作が行われると、CPU22は、図12〜図14の制御処理を開始する。CPU22はまた、通過センサシステム16および加速度センサ12a〜12dに対して動作開始を命令する。通過センサシステム16はID検出およびIDデータ送信を開始し、加速度センサ12a〜12dは加速度検出および加速度データ送信を開始する。CPU22はさらに、通過センサシステム16からのIDデータおよび加速度センサ12a〜12dからの加速度データをアンテナ20aおよび近距離無線部20を通して受信し、受信したIDデータおよび加速度データをID領域60および加速度領域62にそれぞれ書き込む、取得処理(図示せず)を開始する。以降、CPU22は、制御処理および取得処理を並列的に実行する。
【0081】
CPU22は、制御処理が開始されると、まずステップS1で、RAM26の「手衛生状態」領域68(図8参照)に、初期値として「汚」状態を示す値を書き込む。なお、以下では、この種の書き込み処理を、「手指衛生状態」に「汚」をセットする、のように記す場合がある。次にステップS3で、制御処理を終了するか否かを判別し、NOであればステップS5に進む。動作終了命令が入力されると、ステップ3でYESと判別し、制御処理を終了する。
【0082】
ステップS5では、通過センサシステム16の検知結果つまりID領域60に一時記憶されているIDデータおよび位置DB50に基づいて看護師の現在位置を計測し、計測結果を示す現在位置データを現在位置領域64に書き込む。次のステップS7では、加速度センサ12a〜12dの検知結果つまり加速領域62に一時記憶されている加速度データ(加速度波形)および行動DB52に主として基づいて、看護師の行動を識別し、識別結果を示す行動データを行動領域66に書き込む。
【0083】
なお、識別にあたっては、現在位置領域64の現在位置データおよび位置DBも適宜参照される。具体的には、「手洗い」および「擦式消毒」は加速度波形が互いに類似するため、加速度データだけで両者を識別するのは容易でないが、現在位置データを参照することで両者を精度よく識別できるようになる。たとえば、加速度データからは「手洗い」が最も確からしいと判断される場合でも、現在位置データが出入り口ENT1(図6参照)の位置を示す場合には、付近にシンクは存在せず消毒液Antが配置されていることから、看護師の行動は「擦式消毒」であると判断することができる。
【0084】
次のステップS9では、行動識別の結果つまり行動領域66に一時記憶されている行動データと、「手指衛生状態」領域68に一時記憶されている状態値とをキーに、状態遷移モデルDB54に含まれる行動可否テーブル(図10(A)参照)を検索して、検索結果を示す値(「○」,「△1」〜「△2」および「×1」〜「×6」のいずれか)を「行動可否」領域70に書き込む。そしてステップS11で、「行動可否」の値が「×」(すなわち「×1」〜「×6」のいずれか)であるか否かを判別し、ここでYESであればステップS13に移って、「手指衛生行動必要状況」を携帯端末18の画面を通じて警告する(図13,図15参照)。そしてステップS3に戻り、同様の処理を繰り返す。
【0085】
ステップS11でNOであれば、ステップS15に進んで「行動可否」の値が「△」(すなわち「△1」〜「△2」のいずれか)であるか否かをさらに判別し、ここでYESであればステップS17に移って「手指衛生行動不必要状況」を携帯端末18の画面を通じて通知する(図14,図16参照)。そしてステップS3に戻り、同様の処理を繰り返す。
【0086】
ステップS15でNOであれば、「行動可否」の値を「○」とみなし、ステップS19に進む。ステップS19では、行動領域66に一時記憶されている行動データと、「手指衛生状態」領域68に一時記憶されている状態値とをキーに、状態遷移モデルDB54に含まれる次状態テーブル(図10(B)参照)を検索し、検索結果を示す値(「汚」,「普」,「清1a」,「清1b」および「清2」のいずれか)を「手指衛生状態」領域68に書き込む。そしてステップS3に戻り、同様の処理を繰り返す。
【0087】
上記ステップS13の警告処理は、詳しくは図13のサブルーチンに従って実行される。CPU22は、まずステップS31で、「行動可否」領域70に記憶されている値(「×1」〜「×6」のいずれか)に対応するメッセージデータをメッセージDB56から取得する。次のステップS33では、「手指衛生状態」領域68の記憶値を示すメッセージデータを作成する。その次のステップS35では、履歴領域68の記憶値つまり「位置履歴」および「行動履歴」を示すメッセージデータを作成する。そしてステップS37で、取得または作成した3種類のメッセージデータを近距離無線部20を通して携帯端末10に送信することで、図15に示すような3つのメッセージM1〜M3を含む手指衛生行動必要状況警告画面(以下単に「警告画面」と呼ぶ)を携帯端末10のディスプレイに表示する。その後、上位層のルーチンに復帰する。
【0088】
図15の警告画面には、メッセージM1,M2およびM3として『擦式消毒をしてください』,『現在の手指衛生状態は「普」です』および『「普」状態となったのは3分前にナースステーションでバイタル準備を行ったからです』が含まれている。
【0089】
上記ステップS17の通知処理は、詳しくは図14のサブルーチンに従って実行される。CPU22は、まずステップS41で、「行動可否」領域70に記憶されている値(「△1」〜「△2」のいずれか)に対応するメッセージデータをメッセージDB56から取得する。次のステップS43では、「手指衛生状態」領域68の記憶値を示すメッセージデータを作成する。その次のステップS45では、履歴領域68の記憶値つまり「位置履歴」および「行動履歴」を示すメッセージデータを作成する。そしてステップS47で、取得または作成した3種類のメッセージデータを近距離無線部20を通して携帯端末10に送信することで、図16に示すような3つのメッセージM4〜M6を含む手指衛生行動不必要状況通知画面(以下単に「通知画面」と呼ぶ)を携帯端末10のディスプレイに表示する。その後、上位層のルーチンに復帰する。
【0090】
図16の通知画面には、メッセージM4,M5およびM6として『いまの擦式消毒は必要ありません』,『現在の手指衛生状態は「普」です』および『「普」状態となったのは5分前に与薬準備室で薬液混注を行ったからです』が含まれている。
【0091】
なお、以上の制御処理では、ステップS15でNOすなわち「行動可否」の値が「○」の場合、ステップS19で「手指衛生状態」の値を更新しただけでステップS3に戻っており、特に画面表示は行っていないが、ステップS15とステップS19の間もしくはステップS19とステップS3の間で、単に「手指衛生状態」のみを通知する通知画面(たとえばメッセージM1〜M3のうちM2だけを含む通知画面)、または単に「手指衛生状態」および「履歴」のみを通知する通知画面(たとえばメッセージM4〜M6のうちM5およびM6だけを含む通知画面)を表示してもよい。言い換えれば、「手指衛生状態」や「履歴」を常時表示しておき、状況に応じて、必要または不必要な手指衛生行動を一時表示するようにしてもよい。
【0092】
以上から明らかなように、この実施例の手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム100では、披験者の体の動きが加速度センサ12a〜12dによって検出されると、PC10のCPU22は、検出結果を行動DB52と比較することによって被験者の行動を識別し(S7)、識別結果を状態遷移モデルDB54と比較することによって被験者の行動に伴う手指衛生状態の遷移を追跡する(S1,S19)。そして、必要な手指衛生行動が行われていない第1状況を識別結果および追跡結果に基づいて検知して(S11)、第1状況についての警告を主旨とする第1アドバイスを携帯端末18を介して被験者に提示する(S13)。これにより、被験者は、第1状況を認識して、必要な手指衛生行動を行うことができる。
【0093】
CPU22はまた、不必要な手指衛生行動が行われている第2状況を識別結果および追跡結果に基づいて検知して(S15)、第2状況の通知を主旨とする第2アドバイスを携帯端末18を介して被験者に提示する(S17)。これにより、被験者は、第2状況を認識して、不必要な手指衛生行動を削減することができる。
【0094】
なお、第1アドバイスは、この実施例では図15のような警告画面の態様を有し、メッセージM1〜M3を含む。第1アドバイスの提示は、警告画面を携帯端末18のディスプレイに表示することにより行われる。他の実施例では、メッセージM1だけを含む警告画面(図示せず)を表示してもよく、メッセージM1およびM2だけを含む警告画面(図示せず)を表示してもよい。メッセージM1〜M3に代えて、またはこれらに加えて、たとえば「必要な手指衛生行動が行われていません」のような、どの手指衛生行動が必要かを特定することなく単に第1状況にあることを示すメッセージを第1アドバイスに含めてもよい。
【0095】
また、第2アドバイスは、この実施例では図16のような通知画面の態様を有し、メッセージM4〜M6を含む。第2アドバイスの提示は、通知画面を携帯端末18のディスプレイに表示することにより行われる。他の実施例では、メッセージM4だけを含む通知画面(図示せず)を表示してもよく、メッセージM4およびM5だけを含む通知画面(図示せず)を表示してもよい。メッセージM4〜M6に代えて、またはこれらに加えて、たとえば「不必要な手指衛生行動が行われています」のような、どの手指衛生行動が不必要かを特定することなく単に第2状況にあることを示すメッセージを表示してもよい。
【0096】
上述したいずれのメッセージも、画像の態様とは限らず、携帯端末18のスピーカを通して音声の態様で提示されてもよい。単に第1状況または第2状況にあることを示すメッセージについては、言語に限らず、記号や図形,光の色や点滅,音色(ブザー音やベル音)などで表現することも可能である。
【0097】
以上では、看護業務への適用例について説明したが、この発明は、手指衛生を要する他の業務たとえば食品製造業務などにも適用できる。
【符号の説明】
【0098】
10 …PC
12a〜12d …加速度センサ
16 …通過センサシステム
16a …赤外線発光器
16b …赤外線受光器
18 …携帯端末
20 …近距離無線部
22 …CPU
26 …RAM
28 …LCDモニタ
100 …手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者によって実行されるべき各行動について動きの特徴を示す動き特徴情報を記憶した第1記憶手段、
前記被験者が前記各行動を実行する時に必要な手指衛生状態と実行した後の手指衛生状態とを示す状態遷移モデル情報を記憶した第2記憶手段、
前記被験者の体の動きを検出する動き検出手段、
前記動き検出手段の検出結果を前記動き特徴情報と比較することによって前記被験者の行動を識別する行動識別手段、
前記行動識別手段の識別結果を前記状態遷移モデル情報と比較することによって前記被験者の行動に伴う手指衛生状態の遷移を追跡する追跡手段、
必要な手指衛生行動が行われていない第1状況を前記行動識別手段の識別結果および前記追跡手段の追跡結果に基づいて検知する第1状況検知手段、および
前記第1状況検知手段の検知に応答して前記第1状況についての警告を主旨とする第1アドバイスを前記被験者に提示する第1アドバイス提示手段を備える、手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム。
【請求項2】
前記被験者の現在位置を計測する位置計測手段をさらに備え、
前記行動識別手段は位置計測手段の計測結果も考慮して識別を行う、請求項1記載の手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム。
【請求項3】
不必要な手指衛生行動が行われている第2状況を前記行動識別手段の識別結果および前記追跡手段の追跡結果に基づいて検知する第2状況検知手段、および
前記第2状況検知手段の検知に応答して前記第2状況の通知を主旨とする第2アドバイスを前記被験者に提示する第2アドバイス提示手段をさらに備える、請求項1または2記載の手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム。
【請求項4】
前記状態遷移モデル情報は、前記各行動が可能,不可能,および可能だが不必要のいずれに該当するかを手指衛生状態毎に登録した行動可否テーブル、および前記各行動を実行した後の手指衛生状態を実行前の手指衛生状態毎に登録した次状態テーブルで表現され、
前記追跡手段は、前記行動識別手段の前回の識別結果で前記次状態テーブルを検索することによって当該行動後の手指衛生状態を推定して推定結果をメモリに保持し、そして前記行動識別手段の今回の識別結果と前記メモリに保持されている推定結果とで前記行動可否テーブルを検索することによって追跡を行う、請求項3記載の手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム。
【請求項5】
前記第1アドバイスはどの手指衛生行動が必要かについての通知を含む、請求項4記載の手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム。
【請求項6】
前記第1アドバイスは現時点での手指衛生状態についての通知をさらに含む、請求項5記載の手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム。
【請求項7】
前記第2アドバイスはどの手指衛生行動が不必要かについての通知を含む、請求項4ないし6のいずれかに記載の手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム。
【請求項8】
前記第2アドバイスは現時点での手指衛生状態についての通知をさらに含む、請求項7記載の手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム。
【請求項9】
前記行動識別手段の識別結果に基づく行動履歴を保持する保持手段をさらに備え、
前記第1アドバイスおよび前記第2アドバイスの各々は前記保持手段によって保持されている行動履歴についての通知をさらに含む、請求項6または8記載の手指衛生行動状況検知およびアドバイスシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−205192(P2010−205192A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−52780(P2009−52780)
【出願日】平成21年3月6日(2009.3.6)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人情報通信研究機構「民間基盤技術研究促進制度/日常行動・状況理解に基づく知識共有システムの研究開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(393031586)株式会社国際電気通信基礎技術研究所 (905)