説明

抗イヌ歯周病組成物

【課題】イヌの歯周病を予防及び/又は治療するための有効でかつ安全性の高い手段を提供する。
【解決手段】Porphyromonas gingivalisに由来するプロテアーゼで免疫した鳥類が産生した卵及び/又はその処理物を含むイヌの歯周病を予防及び/又は治療するための組成物、並びに該卵又はその処理物の有効量をイヌに投与することを含むイヌの歯周病を予防及び/又は治療する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イヌの歯周病を予防及び/又は治療するための組成物、並びにイヌの歯周病を予防及び/又は治療する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯周病は、歯周縁下プラークの細菌によって惹起される感染症で、現代人においては最も罹患率の高い感染症の一つである。歯周病が、最近、特に注目されている理由の一つは、歯牙喪失の最大の原因となり口腔機能の低下や各種神経機能の破綻を招くだけでなく、口臭や早産及び低体重児出産の原因ともなり、さらには心循環系疾患、糖尿病、心内膜炎、骨粗しょう症などの、全身性疾患のハイリスクファクターになるということである。従って、歯周病の克服は歯科領域ばかりではなく、他の臨床分野においても緊急な対応が迫られている重要課題となっている。しかしながら、これまでの多くの研究にもかかわらず歯周病の病因の解明や予防・治療に向けた対策の確立は十分ではなかった。
【0003】
そこで、発明者らは、本病の分子標的を主要な歯周病原性細菌であるPorphyromonas gingivalis(ジンジバリス菌)が産生する2種類のプロテアーゼに注目して研究を進めてきた。一つはアルギニン残基を特異的に認識してそのC末端側で切断するArg−ジンジパイン(Rgp)、もう一つは、リジン残基を特異的に認識してC末端側で切断するLys−ジンジパイン(Kgp)である。これら二つのプロテアーゼ活性を合わせると、本菌が産生するプロテアーゼ活性全体の85%以上を占める。それらには膜結合型と分泌型の両方が存在している。
【0004】
これらのジンジパインは口腔環境にあるタンパク質を分解してジンジバリス菌の発育増殖に不可欠なアミノ酸を栄養源として供給する一方、ジンジバリス菌の接着や赤血球凝集及びヘム鉄獲得など重要な役割を果たしている。また、宿主に対しては、色々な生体タンパク質を強力に分解して多彩な病原性機能を発揮している。
【0005】
発明者らはこれらの技術情報をもとに、ジンジバリス菌に由来するジンジパインRgp及びKgpを抗原として鶏に免疫して得られた鶏卵から精製した鶏卵抗体が成人の歯周病に対して有効で、かつ安全性が高いことを明らかにした(特許文献1)。
【0006】
最近、Porphyromonas属の菌種が歯周病に罹患したイヌ及びネコのプラークからしばしば分離され、その分離頻度は加齢に伴って増加することが報告されている(非特許文献1)。これらペットの歯周病症状はほとんど同じであり、8歳から10歳で歯牙喪失が起こることは珍しくない。治療は、スケーリング・プランニングした後、ミノサイクリン又はクリンダマイシンなどの抗生物質を投与することが一般的であるが、耐性菌の出現が危惧される(非特許文献2及び3)。
【0007】
J.Hardhamらは、ペットの歯周病ワクチンの研究について報告している(非特許文献4)。彼らはPorphyromonas gulae B43株を用いて不活化ワクチンを作成して、Balb/cCyJマウスに2回皮下注射して免疫した後、ホモ株又はヘテロ株(P.denticanis,B106)で、2回経口チャレンジし、本ワクチンの有効性をマウスの下顎歯槽骨吸収の程度をスコア化することにより評価した。その結果、ホモ株であるP.gulae B43株又はヘテロ株であるP.salivosa B104でチャレンジした時だけ有効性が検証できた。これに対し、ホモ株であるP.gulae B69又はヘテロ株であるP.denticanis B106チャレンジしたところ、有効性は検証できなかった。P.gulae B43株を用いて製造したモノバレント不活化ワクチンは交差防御効果を示さなかったことから、P.gulae、P.salivosa及びP.denticanisからなる3種混合ワクチンの必要性が示唆された。
【0008】
【特許文献1】特開2006−36661
【非特許文献1】H.Isogaiら、J.Vet.Med B 46,467−473(1999)
【非特許文献2】M.Hirasawaら、Am.J.Vet.Res,61,1349−1352(2000)
【非特許文献3】中出哲也ら、動物抗菌会報、26,45−51(2004)
【非特許文献4】J.Hardhamら、Vet.Microbiol,106,119−128(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、イヌの歯周病を予防及び/又は治療するための有効でかつ安全性の高い手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、Porphyromonas gingivalis由来のプロテアーゼを抗原として鳥類に免疫して得られる鶏卵抗体が、成人の歯周病に対して有効であるが、ネコの歯周病に対しては効果がないこと、すなわち、上記鶏卵抗体は特定の哺乳動物の歯周病に有効であることを見出した。本発明者らはまた、イヌ及びネコの歯周病症状はほとんど同じであるにもかかわらず、上記鶏卵抗体がイヌの歯周病に対しては有効であることを見出した。さらには、上記鶏卵抗体が、イヌ由来のP.gingivalis、P.gulae、P.denticanis及びP.salivosaに対して交差防御効果を有し、イヌの歯周病を効果的に予防及び/又は治療できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)Porphyromonas gingivalisに由来するプロテアーゼで免疫した鳥類が産生した卵及び/又はその処理物を含む、イヌの歯周病を予防及び/又は治療するための組成物。
(2)プロテアーゼとして、Arg−ジンジパイン、Lys−ジンジパイン又はこれらの組み合わせを用いる、(1)記載の組成物。
(3)Porphyromonas gingivalisに由来するプロテアーゼで免疫した鳥類が産生した卵又はその処理物の有効量をイヌに投与することを含む、イヌの歯周病を予防及び/又は治療する方法。
(4)プロテアーゼとして、Arg−ジンジパイン、Lys−ジンジパイン又はこれらの組み合わせを用いる、(3)記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、イヌの歯周病を誘導する原因因子を制御し、イヌの歯周病の治療と予防を、効果的かつ安全に実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において、Porphyromonas gingivalisに由来するプロテアーゼで免疫する鳥類としては、特に限定されないが、通常、鶏、鶉、アヒル等の家禽が挙げられる。抗体の量産性という観点から、鶏、特に、産卵種を用いるのが好ましい。
【0014】
本発明に用いるP.gingivalisは、哺乳動物から採取されるものであればよく、ヒトから採取されるものでも、イヌから採取されるものでもよく、例えば、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)から購入できる。具体的には、P.gingivalis(ATCC33277)を用いることができる。
【0015】
P.gingivalisに由来するプロテアーゼとしては、例えば、Arg−ジンジパイン(Rgp)及びLys−ジンジパイン(Kgp)が挙げられる。RgpとKgpは、それぞれ単独で用いて鳥類を免疫してもよいし、組み合わせて用いて鳥類を免疫してもよい。これらのプロテアーゼは、例えば、P.gingivalisの培養菌体を超音波処理し、硫酸アンモニウムなどによって塩析することによって精製することができる。望ましくは塩析沈降物をMono−Qアフィニティーカラム等で精製して用いる。
【0016】
鳥類に免疫する方法としては抗原単独又は2種以上を組み合わせて免疫することができ、その際アジュバントと共に皮下、筋肉内、鼻又は目へ免疫する方法、飼料又は水と共に経口的に免疫する方法等、通常の方法が採用できる。鳥類を前記の抗原で免疫する際には、必要に応じてフロイント完全アジュバント(FCA)、フロイント不完全アジュバント(FIA)、オイルアジュバント又はアルミニウムアジュバント等のアジュバントを用いることもできる。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔で、3〜10回の免疫を行う。通常、初回免疫から数週間で投与抗原に対して特異的に反応する抗体が卵、特に卵黄中に得られる。接種する抗原量はタンパク質量で、0.01〜10mgが好適に用いられる。
【0017】
卵中の抗体価は、酵素免疫吸着法(ELISA)、菌体凝集反応、毒素又はウイルス中和試験などで測定することができ、免疫後に2週程度の間隔で鶏卵を採取して抗体価を測定することにより抗体価の推移を追跡できる。通常、約4ヶ月間にわたって高い抗体価を得ることができる。なお、免疫後、抗体価の減少が見られた場合、適当な間隔で適宜追加免疫することにより抗体価を高く維持することができる。
【0018】
本発明において、卵処理物は、鳥類の免疫に使用した免疫原に対する抗体を含むものであれば特に制限されず、例えば、免疫した卵の全卵、卵黄及び卵白、これらの卵液及び溶液、ならびに卵液をプロパノールやクロロホルムを用いて抽出した抽出物等が含まれる。含まれる抗体の量の観点から、卵黄成分を含むことが好ましい。スプレードライ法や凍結乾燥法などにより粉末化したものも含まれる。また、卵黄に水を加えて脂質成分を除去したり、卵黄からヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ポリエチレングリコール、デキストラン硫酸や、プロパノール、エタノール、ヘキサン等の有機溶剤などを用いる方法により卵黄脂質成分を除去した後粉末化したものも含まれる。このような粉末をペースト状又は液状にしたものも含まれる。更に、本発明において卵の処理物には、硫酸アンモニウム塩析、硫酸ナトリウム塩析、低温エタノール沈殿法、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過、アフィニティークロマトグラフィーなどの公知の方法により卵から精製された抗体自体をも包含される。処理物の保存性を高めるためには、殺菌した全卵液卵又は卵黄液卵をスプレードライ又は凍結乾燥して粉末化するのが好ましい。以下、P.gingivalisに由来するプロテアーゼで免疫した鳥類が産生した卵及びその処理物を、本発明の卵及び卵処理物と称する。
【0019】
本発明の卵及び卵処理物は、抗体価が1.2x10倍以上、好ましくは2.5〜5.0x10倍であることを特徴とする。前記の抗体価は、ELISAによって測定することができる。
【0020】
前記のようにして得られる卵及び卵処理物は、イヌの歯周病の予防及び/又は治療に有効である。したがって、本発明の卵及び/又はその処理物を、特定保健用食品等の食品又は医薬組成物に配合することにより、イヌの歯周病を治療又は予防するための組成物を製造することができる。本発明において歯周病とは、歯の周囲の組織、例えば、歯肉や骨における感染症をさし、歯肉炎、歯周炎及び歯槽膿漏を包含する。
【0021】
本発明の組成物の形態は特に制限されず、例えば、飼料、サプリメント及び医薬組成物の形態とすることができる。組成物の剤型としては、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、ドライシロップ剤、液剤、懸濁剤、吸入剤などの経口剤、坐剤などの経腸製剤、軟膏、クリーム剤、ゲル剤、貼付剤などの外用剤、点滴剤、注射剤などが挙げられる。これらのうちでは、経口剤及び外用剤が好ましい。このような剤型の組成物は、本発明の卵及び/又は卵処理物に、慣用の添加剤を剤型に応じて配合し、常法に従って製造することができる。
【0022】
添加剤には、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、抗酸化剤、着色剤、矯味剤などがあり、必要に応じて使用する。口腔内で長時間作用できるように徐放化するためには、既知の遅延剤等でコーティングすることもできる。賦形剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロースナトリウム、寒天、軽質無水ケイ酸、ゼラチン、結晶セルロース、ソルビトール、タルク、デキストリン、デンプン、乳糖、白糖、ブドウ糖、マンニトール、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、リン酸水素カルシウム等が使用できる。結合剤としては、例えば、アラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、エタノール、エチルセルロース、カゼインナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、寒天、精製水、ゼラチン、デンプン、トラガント、乳糖、ヒドロキシセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。崩壊剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、結晶セルロース、デンプン、ヒドロキシプロピルスターチ等が挙げられる。滑沢剤としては、例えば、ステアリン酸、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、タルク、硬化油、ショ糖脂肪酸エステル、ロウ類等が挙げられる。抗酸化剤としては、トコフェロール、没食子酸エステル、ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)、ブチルヒドロキシアニソール(BHA)、アスコルビン酸等が挙げられる。
【0023】
本発明の組成物には、さらに、各種油脂、生薬、アミノ酸、多価アルコール、天然高分子、ビタミン、ミネラル、食物繊維、界面活性剤、安定剤、pH調製剤、酸化防止剤、甘味料、呈味成分、酸味料及び香料などを配合してもよい。その他の有効成分、例えば、抗生剤、抗TNF−α抗体などを配合してもよい。
【0024】
本発明の組成物において、有効成分である卵及び/又は卵処理物は、抗体の質量を基準として、乾燥質量に基づいて、飼料では通常0.01〜1質量%、サプリメントでは通常0.1〜1.0質量%、医薬組成物では通常0.5〜10重量%配合することが好ましいが、目的によって前記の範囲よりも少なく又は多く配合することもできる。
【0025】
本発明の卵及び/又はその処理物の有効量をイヌに投与することにより、イヌの歯周病を予防及び/又は治療することができる。本発明の卵及び/又はその処理物は、そのまま、あるいは上記のような組成物の形態で投与することができる。有効量とは、例えば、医師によって探索される、動物の生理学的または医学的応答を引き出すのに十分な量を意味し、より具体的には、そのような量の投与を受けなかった対応する被験体と比較したときに、疾患、障害、もしくは副作用の、治療、治癒、予防の向上、もしくは改善をもたらすような量、または疾患もしくは障害の進行速度の低減をもたらすような量を意味する。
【0026】
本発明の卵及び/又はその処理物の投与量は、特に制限されないが、1日当たり、体重1kgあたり、抗体の質量を基準として、乾燥質量に基づいて、通常25〜45mg、好ましくは90〜180mgである。
【0027】
本発明の卵及び/又はその処理物を投与する対象となるイヌは、特に制限されないが、好ましくは歯周病に罹患したイヌ、歯周病に罹患する可能性のあるイヌ、例えば、3歳以上のイヌである。
【0028】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【実施例】
【0029】
実施例1:抗P.gingivalisジンジパイン鶏卵抗体の交差反応性
(1)プロテアーゼ(ジンジパイン)の調製
P.gingivalis(ATCC33277)は、10%無菌ウマ脱繊血加ブルセラHK寒天培地(極東製薬)を用いて嫌気性培養を行った。発育したコロニーを釣菌して、イーストエキストラクト、ヘミン、L−システイン及びメナジオンを添加したトリプチケース・ソイ・ブロース液体培地(BD)に移植した。同培地に炭酸ガスを吹き込みながら37℃で48時間振とう培養(50rpm)を行った。
【0030】
培養菌体は10,000rpmで30分間遠心して集菌し、その後、PBSで3回洗浄し、ペレットはトリス緩衝液(0.05M Tris−1M CaCl、pH7.5)に浮遊させた。ジンジパインを抽出するため超音波処理を行い(150ワットで1分、これを6回繰り返した)、精製は硫酸アンモニウムで塩析することにより粗精製し、さらに、Mono−Qアフィニティーカラム(ファルマシア)で精製した。溶出緩衝液としては、上記の緩衝液に1M NaClを加えたものを使用した。回収した主要ピークは、全プロテアーゼ活性の80%以上を占めるものであった。本調製方法によって、イヌ由来P.gingivalis、P.gulae、P.denticanis及びP.salivosa菌体からも効率よくジンジパインを回収できた。
【0031】
(2)抗P.gingivalisジンジパイン鶏卵抗体の調製
免疫鶏は約5ヶ月齢の白色レグホン種(ハイラインW36、株式会社ゲン・コーポレーション)を用いた。免疫原は精製したジンジパインにオイルアジュバントを加えて乳化させたものを用いた。初回免疫は鶏の左右の胸筋部位に各0.5ml(タンパク質量は1mg)を注射することによって行った。初回免疫後8週目に同じ方法でブスター免疫注射を実施し、その2週間後から免疫卵を回収した。免疫卵は卵白と卵黄を分離し、卵黄脂質成分を除去するため、卵黄重量と等量のPBS(pH7.5)を加えて攪拌した後、さらに等量のクロロホルムを添加してよく攪拌し、遠心して水溶性画分を得た。抗体の精製は硫酸アンモニウムを用いる塩析によって行った。脱塩した後、凍結乾燥によって約10kgの精製抗体粉末を得た(以下、抗ジンジパイン鶏卵抗体と称する)。以下の実施例はこのサンプルを用いて実施した。なお、対照として、P.gingivalis由来のジンジパインに対して特異性を示さないことが確認された抗ピロリ菌ウレアーゼ精製抗体(以下、陰性鶏卵抗体と称する)を使用した。
【0032】
(3)ELISA
(2)で調製した抗ジンジパイン鶏卵抗体のイヌ由来各種ジンジパインに対する特異性をELISAによって検証した。
【0033】
各種ジンジパインは0.05M炭酸緩衝液(pH9.6)に溶解した抗原(5μg/ml)を96穴マイクロプレートの各ウエルに100μl加えた後、固相化するため4℃で18時間静置した。各ウエルの抗原液を除去し、非特異反応をブロックするため3%ウシ血清アルブミン添加PBS(pH7.5)を各ウエルに150μl加えて37℃で60分静置した。各ウエルのブロッキング液を除去した後、0.02% Tween 20−PBSを用いて3回洗浄した。次に、抗ジンジパイン鶏卵抗体及び陰性鶏卵抗体を上記洗浄液に溶解し、各ウエルに100μlずつ加えプレートを37℃で60分反応させた。各ウエルを3回洗浄した後、2次抗体としてホースラデッシュ・パーオキシダーゼ標識抗鶏IgY抗体を上記洗浄液で1:8,000に希釈して、各々のウエルに加えた後、25℃で30分間反応させた。その後、発色剤としてo−フェニレンジアミン及びジヒドロクロリドを加え、20分後に反応を止めるため、3N硫酸を加えた。490nmでの吸光度を計測してデータを得た。
【0034】
その結果、抗ジンジパイン鶏卵抗体は、P.gingivalis、P.gulae、P.salivosa及びP.denticanisから精製したジンジパインに対して各々、100%、94%、90%及び86%の交差反応性を示した。一方、陰性鶏卵抗体は交差反応性を示さなかった。
【0035】
(4)酵素阻害試験
(2)で調製した抗ジンジパイン鶏卵抗体による各種イヌ由来ジンジパインのプロテアーゼ活性阻害効果を検証した。
【0036】
P.gingivalis、P.gulae、P.salivosa及びP.denticanisから精製したジンジパインからそれぞれ精製したジンジパインと100mM Tris−HCl緩衝液(pH7.5)に溶解した抗ジンジパイン鶏卵抗体又は陰性鶏卵抗体(各々750、375、188、99及び47μg/ml)を混合し、4℃で60分間感作した。酵素反応物50μlを5mM ジチオスレイトール、5mM L−システイン及び1mM N−α−ベンゾイル−L−アルギニン−p−ニトロアニリド(BapNA)を含むTris−HCl緩衝液からなる反応混合物150μlに加えた。この混合物を37℃で25分感作した後、20%酢酸を加えて酵素反応を停止させた。P−ニトロアニリンの放出を405nmの吸光度によって測定した。ジンジパインのプロテアーゼ活性1ユニットは反応混合物1分あたりのp−ニトロアニリン1μmolを放出する酵素量とし、U/mlで測定した。
【0037】
抗ジンジパイン鶏卵抗体は、P.gingivalis、P.gulae、P.salivosa及びP.denticanisから精製したジンジパインに対して、各々、100%、90%、84%及び80%の酵素阻害効果を認めた。これに対し、陰性鶏卵抗体は酵素阻害効果は示さなかった。
【0038】
(5)細胞障害性抑制試験
ヒト咽頭上皮細胞(FaDu)を10%FBS及び抗生物質加イーグル・ミニマムエッセンシャル培地(EMEM)で18時間培養して、単層細胞になった段階で、抗ジンジパイン鶏卵抗体又は陰性鶏卵抗体と各種ジンジパイン抗原とを加え、37℃で60分間感作した。各ウエルの細胞を剥がしてEMEMに浮遊させてからトリパンブルーで染色した。鏡検して付着細胞数を算定した。
【0039】
本発明の抗ジンジパイン鶏卵抗体は、P.gingivalis、P.gulae、P.salivosa及びP.denticanisから精製したジンジパインによる細胞障害を、各々、88%、78%、75%及び70%抑制した。これに対し、陰性鶏卵抗体は細胞障害抑制効果を示さなかった。
【0040】
以上の試験結果から、本発明の抗ジンジパイン鶏卵抗体は、イヌ由来P.gingivalis、P.gulae、P.salivosa及びP.denticanisのジンジパインに対して、顕著な交差反応性を示すことが確認された。
【0041】
実施例2:抗ジンジパイン鶏卵抗体のイヌ歯周病に対する有効性及び安全性
実施例1の(2)で調製した抗ジンジパイン鶏卵抗体について、有効性及び安全性を検証した。抗ジンジパイン鶏卵抗体粉末を飼料(ドライペットフード)に添加して犬に8週間連続投与する試験(飼料添加試験)と1週間間隔で1日1回、計4回、歯周溝ポケットに充満するまで直接塗布投与する試験(直接塗布試験)で、それぞれ歯周病に対する効果及びイヌに対する安全性を検討した。
【0042】
供試動物:
品種:ビーグル、ミニチュアダックスフンド、柴、キャバリア、パグ
年齢:5歳6ヶ月〜7歳5ヶ月齢及び飼育歴5年以上の年齢不詳のイヌ
供試頭数:18頭
選定基準:左右口腔内歯肉溝にポケットが確認され、口臭が中度(明らかに匂う)以上であるイヌ
【0043】
飼育条件:
飼育環境:開放系畜舎のケージ内〔565×795×635(H)mm〕で個体別に飼育
飼料の種類:市販イヌ用固形飼料
飼料の給与量及び給与方法:体重から算出された1日当たりの所用量を朝、1回給与
飲水:自家水道を自動給水器で自由摂取
【0044】
投与方法:
抗ジンジパイン鶏卵抗体粉末を0.1%添加した飼料を8週間投与した。試験群は体重の0.1%の抗ジンジパイン鶏卵抗体添加飼料を1日あたり1回投与する群(以下、投与群)及び抗体無添加飼料を投与した対照群の2群とし、投与前の口腔内観察スコアがほぼ同程度となるように割り付け、8週間連続投与して観察を行った。また、飼料添加試験終了後、対照群の5頭中症状の重い2頭及び他の重度歯周病罹患イヌに対してルートキャナルシリンジを用いて抗ジンジパイン鶏卵抗体20%含有ぺリオフィールゲル(昭和薬品化工株式会社)の直接塗布投与を行った。投与は1週間間隔で1日1回、歯肉溝ポケットに充満するまで投与し、初回投与後4週間の観察を行った。観察事項は以下のとおりである。
【0045】
観察事項
1)一般状態の観察:元気、食欲、糞便性状等について毎日観察した。
2)口腔内の観察:口腔内の観察は飼料添加試験では4週毎に3回、直接投与試験では各投与前及び最終投与終了1週後の5回行った。なお、口腔内の状態は下記表1のスコアに従い、左右別々に評価を行った。また、歯周ポケットの深さを測定し記録した。その他、投与部位に著変があればその詳細を記録することとした。
3)口腔内細菌検査:サンプルは特定の歯周溝ポケットからペーパーポイントを用いて採取し、測定時まで−30℃で保存した。細菌の検出はPCRインベーダー法を用いて行い、細菌の16SrRNAを測定対象とし、総嫌気性細菌及びPorphyromonas属の菌数を測定した。検査は株式会社ビー・エム・エルに委託して実施した。
4)体重測定:飼料添加試験では投与開始直前、投与開始後4,8週に、直接投与試験では第1回投与直前及び4週後に測定した。
5)飼料摂取量:定量給与のため残飼料を確認した。
6)写真撮影:飼料添加試験では投与直前及び投与開始後4週及び8週に、直接投与試験では各投与前及び最終投与終了1週後に歯肉溝(左右)の写真撮影を行った。
【0046】
【表1】

【0047】
また、試験日程を以下の表2及び3にまとめ、試験区分を以下の表4にまとめる。
【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
【表4】

【0051】
結果
飼料添加試験では投与群において、口腔内スコアが投与前及び対照群と比較し有意に減少しており、抗ジンジパイン鶏卵抗体の8週連続投与によって口腔内炎症及び歯周ポケットの症状が改善することが確認された(図1及び図2)。8週目の投与群及び対照群の歯周溝ポケットにおける総嫌気性菌数に有意な変動は認められなかったが、歯周病起因菌とされるPorphyromonas属の菌数は、投与群において、対照群と比較した有意な低下がみられた(図3)。また直接塗布試験では投与群が、口腔内スコア及び歯周ポケットの深さの推移で、対照群と比較し有意に減少しており、抗ジンジパイン鶏卵抗体の直接塗布による効果が確認された(図4及び図5)。一方、4週目における抗体投与群のPorpyromonas菌数は、対照群のそれと比較したところ、有意に低下していた。一方、両群の歯周溝ポケットにおける総嫌気性菌数に有意な差は認められなかった(図6)。また試験期間中、供試動物の一般状態に異常を認めなかったことから抗ジンジパイン鶏卵抗体の安全性が確認された。
【0052】
以上のことから、歯周病に罹患したイヌに抗P.gingivalisジンジパイン鶏卵抗を飼料添加投与及び/又は直接塗布投与することで歯周病に対する改善効果が得られることが確認された。また、試験期間中の供試動物の一般状態に異常が認められなかったことから、ペット・オーラル・ケアとして用いる場合のイヌに対する安全性が確認された。
【0053】
比較例:抗ジンジパイン鶏卵抗体のネコ歯周病に対する有効性及び安全性
実施例1の(2)で調製した抗ジンジパイン鶏卵抗体粉末を飼料(ドライペットフード)に添加してネコに8週間連続投与する試験で、ネコ歯周病に対する効果及びネコに対する安全性を検討した。
【0054】
供試動物:
動物種:ネコ
品種:雑種
年齢:飼育歴5年以上の年齢不詳ネコ
供試頭数:10頭
選定基準:歯周病罹患ネコで左右口腔内歯肉溝にポケットが観察され、口臭が中度(明らかに匂う)以上であるネコ
【0055】
飼育条件:
飼育環境:開放系畜舎のケージ内で個体別に飼育した。
飼料:市販のネコ用固形飼料を使用し、給与量は体重から算出した1日当たりの所用量を朝、1回給与した。
飲水:自家水道水を自動給水器で自由摂取させた。
【0056】
投与方法:
抗ジンジパイン鶏卵抗体粉末を0.1%添加した飼料を8週間給与した。試験群は体重の0.1%の抗ジンジパイン鶏卵抗体添加飼料を1日当たり1回投与する投与群と抗体無添加飼料を投与する対照群を設定し、投与前の口腔内診査で臨床スコアレベルが同程度となるように、5頭ずつ割付けた。
【0057】
観察事項:
1)一般状態の観察:元気、食欲、糞便性状等を観察した。
2)口腔内診査は各群で投与前、投与後4週及び8週目に実施した。なお、口腔内の臨床スコアはイヌで用いた判定基準に準拠した。
【0058】
結果:
投与群において、投与前と投与4週目及び8週目のデータを比較すると、有意差は認められなかった。さらに、群間においても有意差は認められなかった。また、試験期間中、供試動物の一般状態に臨床的異常を認めなかった。以上から、歯周病に罹患したイヌ及びネコのプラークからは共にPorphylomonas属の菌種が分離され、その歯周病症状もほとんど同じであるにもかかわらず、抗P.gingivalisジンジパイン鶏卵抗体は、ネコには有効ではなくイヌには有効であることが確認された。すなわち当該抗体は、特定の哺乳動物に対して有効であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】飼料添加試験における、抗ジンジパイン鶏卵抗体投与群及び対照群の口腔内炎症の変動を示す。
【図2】飼料添加試験における、抗ジンジパイン鶏卵抗体投与群及び対照群の歯周ポケットの深さの変動を示す。
【図3】飼料添加試験における、抗ジンジパイン鶏卵抗体投与群及び対照群の歯周溝ポケットにおける総嫌気性菌数及びPorphylomonas属菌数を示す。
【図4】直接塗布試験における、抗ジンジパイン鶏卵抗体投与群及び対照群の口腔内炎症の変動を示す。
【図5】直接塗布試験における、抗ジンジパイン鶏卵抗体投与群及び対照群の歯周ポケットの深さの減少を示す。
【図6】直接塗布試験における、抗ジンジパイン鶏卵抗体投与群及び対照群の歯周溝ポケットにおける総嫌気性菌数及びPorphylomonas属菌数を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Porphyromonas gingivalisに由来するプロテアーゼで免疫した鳥類が産生した卵及び/又はその処理物を含む、イヌの歯周病を予防及び/又は治療するための組成物。
【請求項2】
プロテアーゼとして、Arg−ジンジパイン、Lys−ジンジパイン又はこれらの組み合わせを用いる、請求項1記載の組成物。
【請求項3】
Porphyromonas gingivalisに由来するプロテアーゼで免疫した鳥類が産生した卵又はその処理物の有効量をイヌに投与することを含む、イヌの歯周病を予防及び/又は治療する方法。
【請求項4】
プロテアーゼとして、Arg−ジンジパイン、Lys−ジンジパイン又はこれらの組み合わせを用いる、請求項3記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−173558(P2009−173558A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−11753(P2008−11753)
【出願日】平成20年1月22日(2008.1.22)
【出願人】(000129976)株式会社ゲン・コーポレーション (11)
【Fターム(参考)】