説明

抗甲状腺剤による肝障害の検出方法

【課題】
甲状腺中毒症による一過的な肝機能検査異常と、抗甲状腺剤による薬剤性肝障害とを、血液検査などにより、簡便にかつ特異的に区別して検出する方法を提供する。
【解決手段】
抗甲状腺剤によるバセドウ病の治療において、患者由来のサンプルにおけるOCT濃度を観察すれば、甲状腺ホルモンによる一過性の肝機能検査異常と、抗甲状腺剤による薬剤性肝障害とを判別し、薬剤性肝障害を特異的に検出することができる。すなわち、サンプル中のOCTの血中濃度が、抗甲状腺剤投与前と比較して、または健常者のOCT血中濃度と比較して高くなっていれば、薬剤性肝障害が生じているものと判断できる。一方、サンプル中のトランスアミナーゼ濃度が上昇していても、OCT濃度に変動がなければ、肝機能検査異常は代謝による一過性のものであり、薬剤性の肝障害ではないと判断することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、患者由来のサンプル液におけるオルニチンカルバミルトランスフェラーゼ(OCT)濃度を測定することにより、甲状腺ホルモン中毒による一過性の肝機能検査異常と、抗甲状腺剤による薬剤性肝障害とを判別する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
バセドウ病、無痛性甲状腺炎、亜急性甲状腺炎などの甲状腺疾患に罹患した患者には、血中のアスパラギン酸トランスアミナーゼ(AST)濃度やアラニントランスアミナーゼ(ALT)濃度が上昇するなどの肝機能検査異常が高頻度に観察される。その原因としては、従来、血中の甲状腺ホルモンの濃度が過剰に高くなることによる甲状腺ホルモン中毒症が考えられてきた。また一方で、バセドウ病の患者に対して投与される抗甲状腺剤は、副作用として肝障害を起こすことが知られており、これも甲状腺疾患における肝機能検査異常の原因との候補と考えられている(非特許文献1)。
【0003】
このように、抗甲状腺剤を用いた治療を開始した患者に一過性の肝機能検査異常が観察されたとき、この異常は、抗甲状腺剤の副作用あるいは甲状腺ホルモンによる中毒のいずれかによって引き起こされるものと考えられてきた。また双方の原因うち、とくに抗甲状腺剤の副作用による薬剤性肝障害は比較的高頻度に生じ、最悪の場合には患者が死に至ることも有り得ることから、トランスアミナーゼの上昇の程度が高い場合には、副作用を避けるべく薬剤投与を中止するのが従来の常識であった。
【0004】
近年、抗甲状腺剤治療後に起こる肝機能検査異常の一部は、代謝変動による一過性の現象であるとする報告がなされた(非特許文献2)。該報告では、抗甲状腺剤治療によって何らかの代謝変動が生ずることでAST、ALTなどの酵素が誘導され、それに伴って血中の酵素濃度が上昇するものと推測している。しかしながら、この報告では、血中の甲状腺ホルモンの濃度上昇に伴って肝障害が起きているのか、またAST、ALTなどの酵素が実際に肝臓で誘導されているかどうかについては全く確認されていない。
【0005】
このため、従来の報告は、抗甲状腺剤を用いた治療中に血中ALT濃度の上昇がみられたときでも、その濃度が150IU/L以下であれば、治療を継続して様子を注意深く観察するとしている(非特許文献3)だけであり、ALTの上昇などの肝機能検査異常の原因が、ホルモン中毒による一過性のものか、薬剤性肝障害によるものかを見分けることのできる有用な肝障害マーカーについては、具体的な根拠に基づいて説明していない。
【0006】
また従来の報告では、肝機能検査異常が薬剤性肝障害に由来するものであるを検出するためには、ALTなどのトランスアミナーゼの動態に加えて、黄疸を確認すること、または血中のビリルビン濃度を測定することを推奨している(非特許文献3)。しかし、ALTと比較して、ビリルビンが薬剤性肝障害をより鋭敏に検出し得るかについては、具体的に評価されていない。
【0007】
さらに、薬剤性肝障害には胆汁うっ滞型、肝細胞障害型、両者の混合型などのタイプが知られている。これらのうち、抗甲状腺剤プロピルチオウラシル(PTU)の副作用として報告されている薬剤性肝障害には、肝細胞障害型もしくは両者の混合型が多い。しかしながら、ビリルビンの測定は、主に胆汁うっ滞型もしくは両者の混合型肝障害の検出に有用であるとされており、PTUの副作用としてよくみられる肝細胞障害型の検出には有用でない。したがって、ビリルビンを用いた検出法は、PTUの副作用による薬剤性肝障害を検出することが難しく、必ずしも臨床での抗甲状腺剤副作用による肝障害の診断に適切であるとは言えなかった。
【0008】
これらの状況から、従来、抗甲状腺剤治療において血中のALT濃度が150IU/Lを超えるような肝機能検査異常が観察された場合、その原因が、薬剤性肝障害によるものか、甲状腺ホルモン中毒に起因した代謝変動による一過性の現象かどうかを確認する手段がないまま、投薬を中止せざるを得なかった。また、従来の診断基準を適用した場合、仮に抗甲状腺剤の投与時にALT濃度の上昇がみられたとしても、その上昇の程度が低いために、抗甲状腺剤による副作用としての肝障害と診断されず、薬剤投与の中止や適切な処置などがなされないまま患者を生命の危険にさらしてしまう可能性すらあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】WO2007/122799
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Ann Intern Med 118(6):424−428,1993
【非特許文献2】Thyroid 18(3):283−287,2008
【非特許文献3】第51回日本甲状腺学会専門医教育セミナーII
【非特許文献4】Clinica Chimica Acta 375:63−68,2007
【非特許文献5】Clinica Chimica Acta 391:31−35,2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来の知見では、甲状腺ホルモン中毒によってALT、ASTの血中濃度が上昇することは確認されているものの、そのとき実際に肝障害が生じているのかは明らかにされていない(非特許文献2、3)。
【0012】
また、ASTやALTの血中濃度上昇が確認されたとき、仮にホルモン中毒によって障害が生じていたとしても、抗甲状腺剤の投与を継続し、血中ホルモンの値を下げることによって、当該障害は治癒すると考えられる。一方、抗甲状腺剤の副作用によって薬剤性肝障害が生じていた場合、抗甲状腺剤の投与を継続することによって患者に重篤な障害を与える可能性があるため、抗甲状腺剤を投与し続けることは危険を伴う。
【0013】
したがって、抗甲状腺剤投与による治療において、患者に肝機能検査異常が観察されたとき、
1)肝機能検査異常が一過性の甲状腺ホルモン中毒であることを判定し、肝障害の有無にかかわらず、抗甲状腺剤を継続投与することで血中のホルモン値を低下させる、
または、
2)抗甲状腺剤の副作用によって薬剤性肝障害が生じていることを判定し、速やかに薬剤の投与を中止する、
のいずれの処置を採用すべきかを、的確に判定することが必要となる。
【0014】
このように、抗甲状腺剤による治療を行う過程において、甲状腺中毒症に起因した一過的なトランスアミナーゼ等の上昇、すなわち一過性の肝機能検査異常と、抗甲状腺剤による薬剤性肝障害とを見分けることは、臨床上きわめて重要である。それにもかかわらず、従来、血液検査や尿検査などにより、抗甲状腺剤の副作用による肝障害を簡便にかつ特異的に区別して検出する方法は存在しなかった。
【0015】
一方、これまで発明者らは、動物を用いた薬剤性肝障害モデルにおいて、OCTがAST、ALTなどのトランスアミナーゼより早期に逸脱してくる現象を発見してきた。たとえば発明者らは、ラットにチオアセトアミドを投与して肝臓に障害を与えた場合(非特許文献4、特許文献1)や、四塩化炭素、アリルアルコール、D−ガラクトサミン、リポ多糖体、コンカナバリンAなどの各種物質を投与して肝障害を誘導した場合(非特許文献5)、血中のOCTがALT、ASTに比べて早期に逸脱することを報告している。
【0016】
甲状腺ホルモン中毒や、抗甲状腺剤による薬剤性肝障害において、同様に血中OCT値が上昇するのかどうかについては、従来知られていない。しかしながら、上記のように、OCTはきわめて多様な肝障害モデルにおいて血中に逸脱する、鋭敏な肝障害マーカーであることが知られてきたものである。したがって、本発明のような場合でも、肝障害の原因がホルモン中毒であるのか、抗甲状腺剤の副作用であるのかにかかわらず、肝障害患者における血中のOCT濃度は上昇するのであり、すなわちOCTは肝障害の原因を判別するマーカーとはならないものと予測することが、当業者にとって常識であった。また、甲状腺ホルモン中毒によって肝障害が生じていなかったとしても、ホルモン中毒の患者における血中OCT濃度の動態は明らかになっていないため、OCTが甲状腺ホルモン中毒と抗甲状腺剤の副作用による肝障害の判別マーカーとなり得るかは全く予想できなかった。
【0017】
こののように、抗甲状腺剤による治療の過程で血中OCTの濃度を測定したとしても、甲状腺ホルモン中毒による一過性の肝機能検査異常と、抗甲状腺剤による薬剤性肝障害とを有効に判別することは困難であるものと予想され、従来OCTを薬剤性肝障害のマーカーとして使用することは全く検討されてこなかった。
【課題を解決するための手段】
【0018】
発明者らは、上述の問題点を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ラット初代培養肝細胞に対して高濃度の抗甲状腺剤を与えたときは、従来と同様にOCTの逸脱がトランスアミナーゼより優位になるにもかかわらず、ラット甲状腺ホルモン中毒症モデルにおいては、従来の知見による予想とは全く異なって、ALTの血中濃度上昇がみられる時点でOCTの血中濃度は変動しないことを新たに発見し、本発明を完成させたものである。
【0019】
したがって、抗甲状腺剤によるバセドウ病の治療において、患者由来の血液等のサンプルにおけるOCT濃度を観察すれば、甲状腺ホルモンによる一過性の肝機能検査異常と、抗甲状腺剤による薬剤性肝障害とを判別し、薬剤性肝障害を特異的に検出することができる。すなわち、サンプル中のOCTの血中濃度が、抗甲状腺剤投与前と比較して、または健常者のOCT血中濃度と比較して高くなっていれば、薬剤性肝障害が生じているものと判断することができる。一方、血中トランスアミナーゼ濃度の上昇がみられた場合でも、OCT濃度に変動がなければ、肝機能検査異常は代謝による一過性のものであり、薬剤性の肝障害ではないものと判断することができることから、薬剤投与を無意味に中止することなく、治療を継続することができる。
【0020】
したがって、本発明は以下のようなものである。
(1)OCT濃度が、抗甲状腺剤投与前と比較して投与後に高くなっていることを以って、抗甲状腺剤による肝障害を診断する方法。
(2)抗甲状腺剤による治療中の患者から採取したサンプル中OCT濃度が、健常者のサンプル中OCT濃度と比較して高くなっていることを以って、抗甲状腺剤による肝障害を診断する方法。
(3)抗甲状腺剤による治療中の患者から採取したサンプル中のトランスアミナーゼ濃度とOCT濃度を測定し、両者の濃度が抗甲状腺剤による治療前の値と比較して上昇している場合には薬剤性肝障害と判定し、トランスアミナーゼ濃度は上昇しているのに対し、OCT濃度は変化していない場合には、甲状腺ホルモン中毒症と判定する方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明の方法を用いることで、抗甲状腺剤治療中の血中トランスアミナーゼ濃度の上昇等の肝機能検査異常が、甲状腺ホルモン中毒による一過性のものか、抗甲状腺剤の副作用による薬剤性肝障害によるものかを容易に判別することができる。すなわち、患者由来サンプル液中のOCT濃度が、抗甲状腺剤投与前と比較して、または健常者サンプルのOCT濃度と比較して高くなっていれば、薬剤性肝障害が生じているものと判断することができる。一方、サンプル中のトランスアミナーゼ濃度上昇がみられた場合でも、OCT濃度に変動がなければ、肝機能検査異常は代謝による一過性のものであり、薬剤性の肝障害ではないものと判断することができることから、薬剤投与を無意味に中止することなく、治療を継続することができる。
【0022】
このように、抗甲状腺剤治療中の患者由来のサンプル中OCT濃度を経時的に測定することで、抗甲状腺剤による薬剤性肝障害を早期に、かつ特異的に診断することができ、また、サンプル中のトランスアミナーゼ濃度を測定しなくとも、OCT濃度を測定するだけで薬剤性肝障害を検出できることから、本発明は臨床上有用である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、初代培養肝細胞にPTU処理を行ったときの、OCT、ALT、ASTそれぞれの、細胞からの逸脱の割合を示したものである。横軸はPTU処理後の時間、縦軸はそれぞれの物質の逸脱割合を示している。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本明細書における「抗甲状腺剤」としては、一般的に用いられているものであればとくに限定されず、たとえば、チアマゾール(メルカゾール(MMI))、プロパジール(プロピルチオウラシル(PTU))などを挙げることができる。
【0025】
測定対象の被検サンプルとしては、血液、血清、血漿などの血液由来サンプルであれば特に限定されない。これらのサンプルは、抗甲状腺剤によるバセドウ病の治療を受けている患者から採取したものである。
【0026】
サンプル中のOCT濃度の測定は公知の方法を用いることができ、たとえば酵素法、ELISA法、RIA法、化学発光法、ラテックス凝集法などが一般的であるが、その他の測定法であってもよい。それぞれの測定法については、公知の方法・条件を採用すればよい。
【0027】
甲状腺ホルモン中毒による一過性の肝機能検査異常と抗甲状腺剤による薬剤性肝障害との判別は、以下のように行う。すなわち、抗甲状腺剤投与前と投与後のサンプル中のOCT濃度を比較し、投与後においてOCT濃度が上昇していれば、薬剤性肝障害が生じている可能性が高いと判定するか、被検サンプル中のOCT濃度と健常者サンプル中のOCT濃度を比較し、健常者サンプルのOCT濃度よりも被検サンプル中のOCT濃度の方が高ければ、抗甲状腺剤による肝障害が起こっている可能性が高いと判定する、いずれかの方法を採用すればよい。
【0028】
上記判断により薬剤性肝障害の発生が疑われる場合には、抗甲状腺剤の投与を中止することを検討することが好ましい。
【0029】
さらに判定の際には、ALTやASTなどの他の肝障害マーカーの数値も参照することも可能である。すなわち、抗甲状腺剤投与前と比較して、サンプル中ALT濃度が上昇していたとしても、OCT濃度に変化が生じていなければ、肝機能検査異常は甲状腺ホルモン中毒による一過性のものであると判断でき、抗甲状腺剤の投与を引き続き行うことが可能である。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例をあげて具体的に説明するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
(実施例1)ラット甲状腺ホルモン中毒症モデルによる検討
雄性Wistarラット10匹を、「T3投与群」と「コントロール群」の2群に分けた。T3投与群には0.1mg/kgの甲状腺ホルモン(T3)を、コントロール群には生理食塩水を10日間皮下投与し、投与前と10日間投与後の血中OCT、AST及びALTの濃度を測定した。また、肝臓を摘出し、リン酸緩衝液によりホモジネートしたサンプルを用いて、肝臓組織中の各酵素濃度を測定した。OCT濃度はELISA法(非特許文献4)、ALTとAST濃度は市販のキット(トランスアミナーゼC−IIテストワコー、和光純薬工業)を用いて測定した。
【0031】
ラットの体重はコントロール群で増加していたが、T3投与群では減少しており、投与開始10日間後の体重はT3投与群で有意に低かった(T3投与群・・・266.7±5.8gに対し、コントロール群・・・303.3±15.9g)。甲状腺ホルモンが過剰である場合、代謝が亢進されて体重が減少することが知られていることから、T3投与群において投与した甲状腺ホルモンT3が機能していることが確認された。
【0032】
また、T3投与群ではコントロール群と比較して血中ALT濃度(T3投与群・・・11.2±0.6IU/Lに対し、コントロール群・・・8.2±0.8IU/L)及びAST濃度(T3投与群・・・40.0±6.5IU/Lに対し、コントロール群・・・29.0±5.1IU/L)の有意な上昇が見られた。一方で、OCT濃度には有意な変動は見られなかった(T3投与群・・・11.9±2.5ng/mLに対し、コントロール群・・・14.0±1.6ng/mL)。
【0033】
血中濃度と同様にして、肝臓組織中の各酵素濃度を測定した。T3投与群ではALT、ASTの肝臓組織中含量が有意に上昇していたが、肝臓組織中OCT含量には変動がみられなかった。ALT、ASTの肝臓組織中含量と血清中濃度には相関がみられ、肝臓組織中含量が高いほど血清中濃度が高くなっていた。一方、肝臓組織中OCT含量と血清中OCT濃度の間にはこのような関係はみられなかった。すなわち、T3投与による代謝変動によりAST、ALTの肝臓組織中含量が影響を受け、これに伴って血中濃度が変動していることが示唆された。
【0034】
(実施例2)ラット抗甲状腺剤(PTUまたはMMI)投与モデルによる検討
雄性Wistarラット18匹を、「PTU投与群」「MMI投与群」と「コントロール群」の3群に分けた。PTU投与群には250mg/kgのPTUを、MMI群には200mg/kgのMMIを、コントロール群には生理食塩水を7日間経口投与し、7日間投与後の血中OCT、AST及びALTの濃度を測定した。また、肝臓を摘出し、リン酸緩衝液によりホモジネートしたサンプルを用いて肝臓組織中の各酵素濃度を測定した。OCT濃度はELISA法(非特許文献4)、ALTとAST濃度は市販のキット(トランスアミナーゼC−IIテストワコー、和光純薬工業)を用いて測定した。
【0035】
PTU投与群ではコントロール群と比較して血中ALT濃度の有意な上昇が見られたが、一方でMMI群では逆に低下していた(PTU投与群・・・9.5±0.5IU/L、MMI投与群・・・6.2±1.7IU/Lに対し、コントロール群・・・7.2±0.6IU/L)。ASTの濃度も、PTU投与群ではコントロール群に比べて有意な上昇がみられたが、MMI投与群では有意に低下した(PTU投与群・・・31.9±6.0IU/L、MMI投与群・・・9.8±2.4IU/Lに対し、コントロール群・・・24.7±0.8IU/L)。一方、OCT濃度はPTU投与群、MMI投与群の双方において、コントロール群と比較して有意な上昇がみられ(PTU投与群・・・37.5±4.4ng/mL、MMI群・・・40.0±14.2ng/mL、コントロール群・・・16.2±1.4ng/mL)、その上昇の程度は2.3〜2.5倍であり、PTU群におけるALT、ASTの上昇の程度(約1.3倍)と比較して上昇の程度は大きかった。
【0036】
以上のように、MMI投与群の肝臓組織中ALT含量は、コントロール群と比べ有意に減少していた。また、PTU、MMI投与群の肝臓組織中AST含量は、コントロール群と比べ有意に減少していた。肝臓組織中OCT含量にはいずれの群においても変動はみられなかった。
【0037】
実際に抗甲状腺剤の投与によって肝障害が誘発されているかを確認するため、各群のラットの肝臓を摘出し、病理組織検査を行った。その結果、PTU投与群では、90%以上の細胞で軽度から中等度の脂肪滴変性がみられた。MMI投与群においては、脂肪滴変性に加えて軽度から中等度の混濁腫脹及び一部に細胞壊死を起こしている部分が確認された。病理検査の結果から、抗甲状腺剤の投与により肝細胞に少なくとも何らかのダメージがあったことは明らかであり、抗甲状腺剤投与モデルが薬剤誘発肝障害モデルとして妥当であると考えられた。
【0038】
以上のことから、抗甲状腺剤による肝障害においては、OCTの濃度は大きく上昇するのに対し、ALTあるいはASTの上昇の程度は少ないか、全く上昇しない、あるいは逆に減少することが明らかとなった。
【0039】
(実施例3)初代培養肝細胞を用いた障害モデルにおける培養液中へのOCTの逸脱
コラゲナーゼ環流法により調製したラット肝細胞を、コラーゲンコートした24穴プレートに10万細胞/ウェルとなるように置き、4時間培養した。接着しなかった細胞を除いた後、PTUを10mMとなるように添加し、PTU添加直前、および添加1時間後、3時間後の培養液をそれぞれサンプリングした。また、培養終了時に0.5%Triton−X100を添加して細胞を破壊し、その懸濁液を得た。
【0040】
サンプリングした培養液、および細胞破壊後の懸濁液について、OCT、ALT、ASTの濃度をそれぞれ測定した。OCT濃度はELISA法を、ALT、AST濃度は市販のキットを用いて測定を行った。懸濁液の活性を100%として、それぞれのサンプリングした培養液中におけるOCT及びAST、ALTの逸脱割合を算出した。
【0041】
その結果、肝臓中の蛋白質であるAST、ALT、OCTの濃度はいずれもPTUを添加することによって上昇していた(図1)。一方、薬剤添加1時間後、及び3時間後におけるOCTの逸脱割合はALTより高くなっていることから、PTUによる細胞障害の早期の検出に、ASTやALTなどのトランスアミナーゼと比較して、OCTが有用であることが示された。
【0042】
上記実施例1ないし3より、肝臓組織中のAST、ALT含量は甲状腺ホルモンあるいは抗甲状腺剤の影響を受けて変動し、血中濃度は肝臓組織中濃度の変動の影響を受けることが明らかとなった。一方で、肝臓組織中OCT含量は甲状腺ホルモンあるいは抗甲状腺剤による影響を全く受けなかった。これらの結果から、抗甲状腺剤による肝障害を検出するには血中OCT濃度が優れており、血中AST、ALT濃度を用いるのは適切ではないことが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗甲状腺剤による治療中の患者から採取したサンプル中のOCT濃度を測定し、抗甲状腺剤投与後のサンプル中OCT濃度が、投与前のサンプル中OCT濃度に比較して高くなっていることを以って、抗甲状腺剤による肝障害を診断する方法。
【請求項2】
抗甲状腺剤による治療中の患者から採取したサンプル中OCT濃度が、健常者のサンプル中OCT濃度と比較して高くなっていることを以って、抗甲状腺剤による肝障害を診断する方法。
【請求項3】
抗甲状腺剤による治療中の患者から採取したサンプル中のトランスアミナーゼ濃度とOCT濃度を測定し、両者の濃度が抗甲状腺剤による治療前の値と比較して上昇している場合には薬剤性肝障害と判定し、トランスアミナーゼ濃度は上昇しているのに対し、OCT濃度は変化していない場合には、甲状腺ホルモン中毒症と判定する方法。

【図1】
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