説明

探索装置、探索方法、および探索プログラム

【課題】物質の構造を壊さずに安定構造を探索すること。
【解決手段】(A)において、物質101と物質102との相互作用がある場合、安定構造を得るためには有限のエネルギー障壁を超える必要があり、一般のモンテカルロ法や分子動力学法では容易に超えることができない。(A)では、物質101と物質102との相互作用の大きさを0にしておく。相互作用を弱くすると、物質101からは障壁が無いように感じられるために、ポテンシャルの谷に対し構造を緩和させることができる。そして、(B)において物質101と物質102との相互作用の大きさを徐々に大きくしていく。すると、安定構造の付近のポテンシャル谷が低くなり、物質101は自然にその構造にトラップされることになる。さらに、相互作用を現実の大きさに戻していくに従って、結合の微細な構造の安定化が行われることで、安定構造を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報を探索する探索装置、探索方法、および探索プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、二次元面内だけではなく、立体的かつ空間的に規則正しく、また制限なく様々な分子を配列させることができる、らせん状高分子構造体及びその形成方法が開示されている。
【0003】
また、シミュレーション対象の分子または分子の一部をQM空間とMM空間とに分割し、QM空間に対して非経験的分子軌道法を適用し、MM空間に対しては経験的ポテンシャルに基づく方法を適用して分子シミュレーションを行う分子シミュレーション方法が開示されている。この分子シミュレーション方法は、記憶部から、シミュレーション対象の分子または分子の一部を構造データを取り出してQM空間及びMM空間に分割する段階と、QM空間に関する非経験的分子軌道法における全エネルギー表式の一部を経験的ポテンシャルで置き換える段階と、を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−18762号公報
【特許文献2】国際公開第2005/029385号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
凝縮系物質が2種類以上で結合する場合の最安定構造を、一般の溶媒中(真空中なども含む)で決定しないといけないような状況は、非常に多く遭遇する命題のひとつである。しかしながら、マルチカノニカル法では、あらかじめポテンシャル形状を予測できないことから、予備的なシミュレーションを行う必要があった。また、シミュレーテッドアニール法では温度を上げることから、結合構造そのものが破壊されてしまう危険性があった。
【0006】
本発明の一側面では、物質の構造を壊さずに安定構造を探索することができる探索装置、探索方法、および探索プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題を解決し、目的を達成するため、本発明の一側面によれば、第1の物質を構成する第1の原子群の第1のエネルギーと、第2の物質を構成する第2の原子群の第2のエネルギーと、前記第1の物質と前記第2の物質との間の相互作用を変動させるパラメータで前記相互作用を示す第3のエネルギーと、を表現する方程式を記憶し、前記第1の原子群の各原子および前記第2の原子群の各原子の位置情報を記憶しておき、前記パラメータを所定量増加させるごとに、前記方程式と、前記第1の原子群の各原子および前記第2の原子群の各原子の位置情報と、に基づいて、前記第2の物質に対する前記第1の物質の安定位置を探索し、探索された探索結果を出力する探索装置、探索方法、および探索プログラムが提案される。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一側面によれば、物質の構造を壊さずに安定構造を探索することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、物質間の相互作用例を示す説明図である。
【図2】図2は、物質101,102内の原子間の相互作用を示す説明図である。
【図3】図3は、λ増加による物質101の移動を示す説明図である。
【図4】図4は、図3の状態からの移動後の物質101を示す説明図である。
【図5】図5は、ポテンシャル極小領域Pの簡略化を示す説明図である。
【図6】図6は、安定構造例を示す説明図(その1)である。
【図7】図7は、安定構造例を示す説明図(その2)である。
【図8】図8は、実施の形態にかかる探索装置1000のハードウェア構成例を示すブロック図である。
【図9】図9は、探索装置1000内の記憶装置に記憶されている物質DB(データベース)の記憶内容例を示す説明図である。
【図10】図10は、探索装置1000の機能的構成を示すブロック図である。
【図11】図11は、探索装置による探索処理手順例を示すフローチャートである。
【図12】図12は、図11に示した第1の物質移動処理(ステップS1106)の詳細な処理手順例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に添付図面を参照して、この発明にかかる探索装置、探索方法、および探索プログラムの実施の形態を詳細に説明する。
【0011】
図1は、物質間の相互作用例を示す説明図である。図1では、物質101と物質102との相互作用を示している。物質101,102内の丸図形は原子を示している。(A)において、物質101(たとえば、ある凝縮系物質)と物質102(たとえば、他の凝縮系物質)との相互作用がある場合、安定構造を得るためには有限のエネルギー障壁を超える必要があり、一般のモンテカルロ法や分子動力学法では容易に超えることができない。(A)では、物質101と物質102との相互作用の大きさを0にしておく。相互作用を弱くすると、物質101からは障壁が無いように感じられるために、ポテンシャルの谷に対し構造を緩和させることができる。
【0012】
そして、(B)において物質101と物質102との相互作用の大きさを徐々に大きくしていく。すると、安定構造の付近のポテンシャル谷が低くなり、物質101は自然にその構造にトラップされることになる。さらに、相互作用を現実の大きさに戻していくに従って、結合の微細な構造の安定化が行われることで、安定構造を得ることができる。一般に、相互作用を大きくしていく場合、最初に見つけられたポテンシャル谷が、最も安定な構造を与えることが多い。従って、最初に見つかったポテンシャル谷の近傍でモンテカルロ法あるいは分子動力学法で安定構造を探索することが可能である。
【0013】
温度を上げるシミュレーテッドアニール法の場合、十分にポテンシャルの谷を探索しようとすると、タンパク質などの緩和時間の大きな系では、その構造が壊れてしまうことが多かった。これに対し、図1の例では、物質101,102の構造には何らストレスを加えずに、かつポテンシャル障壁を感じないで構造安定化を行うことができる。したがって、探索時間が短縮され、安定化構造の高精度化を図ることができる。
【0014】
図2は、物質101,102内の原子間の相互作用を示す説明図である。物質101,102は多数の原子で構成されているが、図2では便宜上、A〜Cを物質101を構成する原子、a〜dを物質102を構成する原子とする。また、太矢印は、同一物質内の原子間の相互作用であり、細矢印は、異なる物質の原子間の相互作用である。図2の例の場合、後者の相互作用は12通りあるが、図2では、便宜上、原子Aと原子a〜dとの間の4通りの相互作用IAa〜IAdを示している。本実施の形態では、原子Aに着目すると相互作用IAa〜IAdを徐々に大きくしていくこととなる。
【0015】
ここで、物質101,102を含む全系のエネルギー方程式を示す。
【0016】
【数1】

【0017】
式(1)において、左辺のU(λ)は、全系のエネルギーである。λは、物質間の相互作用Unbを変動させるパラメータであり、0≦λ≦1となる。λの初期値は、たとえば、λ=0とする。右辺において、Ubは、物質内の原子間の相互作用のエネルギーを示している。たとえば、Ub(A,B,C)は、原子A〜C間の相互作用のエネルギー(図2の太矢印)を示している。Unbは、異なる物質の原子間の相互作用のエネルギーを示している。たとえば、Unb(A,a)は、原子Aと原子aとの相互作用IAaのエネルギーを示している。また、α,β,γは、物質101,102が存在する溶媒の原子とする。実際には多数存在するが便宜上、α,β,γの3個とする。Ubは、原子の位置座標を変数とするため、原子の位置座標を与えることで求めることができる。
【0018】
nbを展開すると下記式(2)となる。ここでは、Unb(A,a)を例に挙げる。
【0019】
【数2】

【0020】
式(2)において、UCは静電相互作用のエネルギーを示しており、ULJはファンデルワールス相互作用のエネルギーを示している。また、qはクーロン力を示す。たとえば、qAは原子Aのクーロン力である。rは原子間距離である。たとえば、rAaは原子Aと原子aとの距離である。C1,C2は平衡原子間距離に依存するパラメータであり、予め設定されている。rAaは、原子Aの位置座標と原子aの位置座標との差の二乗和の平方根で求められる。
【0021】
本実施の形態では、式(1)のλを初期値(たとえば、λ=0)から増加させて物質間の相互作用を徐々に大きくしていくことで、結合の微細な構造の安定化が行われ、安定構造を得ることができる。
【0022】
図3は、λ増加による物質101の移動を示す説明図である。図3中、Pはポテンシャル極小領域である。原子ごとに、式(1)を対象とする原子の位置座標を変数とし、他の原子の位置座標を式(1)に代入して偏微分することで、ポテンシャル領域群が求められる。このとき、ポテンシャル領域群のうち偏微分で得られたポテンシャルが最も小さいポテンシャル領域がポテンシャル極小領域Pとなる。また、物質を構成する原子に生じる力は、式(1)を対象とする原子の位置座標で偏微分することで得られる。
【0023】
【数3】

【0024】
式(3)において、xは原子の位置座標である。式(3)を、物質101を構成する原子A〜Cに適用することで、原子A〜Cに生じる力FA〜FCが得られる。また、図3において、Wは、物質101内の代表点である。たとえば、物質101を構成する原子A〜Cの重心をWとする。そして、原子A〜Cに生じる力FA〜FCは、ポテンシャル極小領域Pと重心Wとを結ぶ線分LPW(の平行線)に射影され、線分LPW方向の成分の力fA〜fCに変換される。原子A〜Cは、力fA〜fCの量だけ力fA〜fCの方向へ移動する。
【0025】
図4は、図3の状態からの移動後の物質101を示す説明図である。なお、物質102を構成する原子a〜dや溶媒となる原子α〜γ(不図示)については、分子動力学にしたがって、式(3)で求まる力の量だけその力の方向に移動することとなる。図3および図4に示した動作は時間ステップごとに実行される。すなわち、移動後の状態で、図3に示したように、再度ポテンシャル極小領域Pが求められ、原子A〜Cや原子a〜dや溶媒となる原子α〜γ(不図示)の移動が繰り返しおこなわれる。
【0026】
図5は、ポテンシャル極小領域Pの簡略化を示す説明図である。時間ステップごとにポテンシャル極小領域Pを求めると、式(1)の偏微分を実行することとなり、計算量が増加する。このため、物質101がポテンシャル極小領域Pから所定距離R1以内に位置する場合、ポテンシャル極小領域Pの簡略化をおこなう。
【0027】
具体的には、たとえば、ポテンシャル極小領域Pを中心とする半径R2の球S2内に存在する物質102の原子e,g,hの重心をあらたなポテンシャル極小領域pとする。以降、時間ステップごとにポテンシャル極小領域pを中心とする半径R2の球S2内に存在する物質102の原子の重心を求めて、次のポテンシャル極小領域pとする。これにより、式(1)の偏微分を実行するよりも計算量が少なくなるため、計算負荷の低減化を図ることができる。
【0028】
図6は、安定構造例を示す説明図(その1)である。図6において、物質101は、物質102のポケット600にトラップされている。具体的には、たとえば、ポテンシャル極小領域P(図5を適用した場合はp)から半径R3の球S3内に、物質101の原子が所定数包含されていれば、ポケット600にトラップされたとみなす。図6では、原子Aが包含されている。所定数が1であれば、図6の状態でトラップされたことになる。
【0029】
また、ポケット600を閉塞する面sよりも内側、すなわち、ポケット600内の物質101の原子が所定数包含されていれば、ポケット600にトラップされたとみなしてもよい。図6の場合、原子B,Cが包含されている。所定数が2であれば、図6の状態でトラップされたことになる。
【0030】
図7は、安定構造例を示す説明図(その2)である。図7において、物質101の原子Bが球S3内に包含されているが、原子Aが物質102と重複する。このように、物質102と重複する場合は、物質101はポケット600にトラップされないため、安定構造にはならないことになる。
【0031】
(探索装置1000のハードウェア構成例)
図8は、実施の形態にかかる探索装置のハードウェア構成例を示すブロック図である。図8において、探索装置は、CPU(Central Processing Unit)801と、ROM(Read Only Memory)802と、RAM(Random Access Memory)803と、磁気ディスクドライブ804と、磁気ディスク805と、光ディスクドライブ806と、光ディスク807と、ディスプレイ808と、I/F(Interface)809と、キーボード810と、マウス811と、スキャナ812と、プリンタ813と、を備えている。また、各構成部はバス800によってそれぞれ接続されている。
【0032】
ここで、CPU801は、探索装置1000の全体の制御を司る。ROM802は、ブートプログラムなどのプログラムを記憶している。RAM803は、CPU801のワークエリアとして使用される。磁気ディスクドライブ804は、CPU801の制御にしたがって磁気ディスク805に対するデータのリード/ライトを制御する。磁気ディスク805は、磁気ディスクドライブ804の制御で書き込まれたデータを記憶する。
【0033】
光ディスクドライブ806は、CPU801の制御にしたがって光ディスク807に対するデータのリード/ライトを制御する。光ディスク807は、光ディスクドライブ806の制御で書き込まれたデータを記憶したり、光ディスク807に記憶されたデータをコンピュータに読み取らせたりする。
【0034】
ディスプレイ808は、カーソル、アイコンあるいはツールボックスをはじめ、文書、画像、機能情報などのデータを表示する。このディスプレイ808は、たとえば、CRT、TFT液晶ディスプレイ、プラズマディスプレイなどを採用することができる。
【0035】
インターフェース(以下、「I/F」と略する。)809は、通信回線を通じてLAN(Local Area Network)、WAN(Wide Area Network)、インターネットなどのネットワーク814に接続され、このネットワーク814を介して他の装置に接続される。そして、I/F809は、ネットワーク814と内部のインターフェースを司り、外部装置からのデータの入出力を制御する。I/F809には、たとえばモデムやLANアダプタなどを採用することができる。
【0036】
キーボード810は、文字、数字、各種指示などの入力のためのキーを備え、データの入力をおこなう。また、タッチパネル式の入力パッドやテンキーなどであってもよい。マウス811は、カーソルの移動や範囲選択、あるいはウィンドウの移動やサイズの変更などをおこなう。ポインティングデバイスとして同様に機能を備えるものであれば、トラックボールやジョイスティックなどであってもよい。
【0037】
スキャナ812は、画像を光学的に読み取り、探索装置1000内に画像データを取り込む。なお、スキャナ812は、OCR(Optical Character Reader)機能を持たせてもよい。また、プリンタ813は、画像データや文書データを印刷する。プリンタ813には、たとえば、レーザプリンタやインクジェットプリンタを採用することができる。
【0038】
図9は、探索装置内の記憶装置に記憶されている物質DB(データベース)の記憶内容例を示す説明図である。記憶装置としては、具体的には、たとえば、図8に示したRAM803、磁気ディスク805、光ディスク807などが用いられる。物質DB900は、物質ごとに物質IDと原子情報とを記憶している。物質IDは、物質を一意に特定する識別情報である。原子情報は、物質内の原子を特定する情報である。具体的には、原子の名称、原子の位置座標、原子の電荷量を記憶する。
【0039】
図9では、物質Miの原子情報Ai内には、原子Ai1,Ai2,…が含まれており、原子Ai1,Ai2,…の位置座標がpi1,pi2,…であり、原子Ai1,Ai2,…の電荷量がqi1,qi2,…であることを示している。
【0040】
(探索装置の機能的構成例)
図10は、探索装置の機能的構成を示すブロック図である。探索装置1000は、記憶部1001と、探索部1002と、出力部1003と、を有する。記憶部1001は、具体的には、たとえば、図8に示したRAM803、磁気ディスク805、光ディスク807などにより、その機能を実現する。探索部1002と出力部1003は、具体的には、たとえば、図8に示したROM802、RAM803、磁気ディスク805、光ディスク807などの記憶装置に記憶されたプログラムをCPU801に実行させることにより、その機能を実現する。
【0041】
まず、記憶部1001は、第1の物質を構成する第1の原子群の第1のエネルギーと、第2の物質を構成する第2の原子群の第2のエネルギーと、第1の物質と第2の物質との間の相互作用を変動させるパラメータで相互作用を示す第3のエネルギーと、を表現する方程式を記憶する。具体的には、たとえば、上述した式(1)を記憶する。また、記憶部1001は、式(2)や式(3)も記憶する。また、記憶部1001は、図9に示した物質DB900も記憶する。
【0042】
探索部1002は、パラメータの設定値を所定量増加させるごとに、方程式と、第1の原子群の各原子および第2の原子群の各原子の位置情報と、に基づいて、第2の物質に対する第1の物質の安定位置を探索する。探索部1002は、たとえば、式(1)のパラメータλの設定値を、初期値(たとえば、λ=0)から所定量Δλずつ増加させるごとに、物質102に対する物質101の安定位置を探索する。
【0043】
出力部1003は、探索部1002によって探索された探索結果を出力する。たとえば、出力部1003は、探索結果をディスプレイに表示したり、プリンタに印刷出力したり、外部装置に送信したり、記憶装置に格納したりする。
【0044】
ここで、探索部1002の詳細構成について説明する。探索部1002は、判断部1021と、更新部1022と、特定部1023と、算出部1024と、変換部1025と、移動部1026と、判定部1027と、設定部1028と、制御部1029と、を有する。探索部1002〜制御部1029も、具体的には、たとえば、図8に示したROM802、RAM803、磁気ディスク805、光ディスク807などの記憶装置に記憶されたプログラムをCPU801に実行させることにより、その機能を実現する。
【0045】
判断部1021は、第1の原子群の各原子および第2の原子群の各原子の位置情報に基づいて、第1の物質と第2の物質とが結合されたか否かを判断する。判断部1021は、具体的には、たとえば、物質101の原子A〜Cの位置座標と物質102の原子a〜dの位置座標とに基づいて、第1の物質と第2の物質とが結合されたか否かを判断する。たとえば、図6や図7で示したように、物質101が物質102のポケット600にトラップされたか否かを判断する。
【0046】
更新部1022は、判断部1021によって結合されたと判断されるまで、パラメータの設定値を所定量増加させることでパラメータを更新する。具体的には、たとえば、更新部1022は、時間ステップごとにパラメータλの設定値を所定量Δλ増加して、λを最新の設定値に更新する。
【0047】
特定部1023は、更新部1022によるパラメータの最新の設定値および最新の各原子の位置情報と、方程式と、に基づいて、ポテンシャル極小領域を特定する。具体的には、たとえば、特定部1023は、式(1)に、更新部1022によるパラメータλの最新の設定値と、最新の各原子の位置座標と、を与える。そして、特定部1023は、原子ごとに、対象原子の位置座標を変数として、式(1)を偏微分する。特定部1023は、偏微分された方程式に対象原子の位置座標を代入することで、ポテンシャルを得る。このあと、特定部1023は、原子ごとに得られたポテンシャルの中で最小ポテンシャルとなる対象原子の位置座標を、ポテンシャル極小領域Pに決定する。
【0048】
算出部1024は、更新部1022によるパラメータの最新の設定値と、方程式と、に基づいて、第1の原子群の原子ごとに働く力を算出する。具体的には、たとえば、算出部1024は、図3で説明したように、物質101の原子A〜Cについて、原子ごとに働く力FA〜FCを算出する。また、算出部1024は、物質102を構成する原子a〜e,g,hや溶媒となる原子α〜γについても、同様に、各原子に働く力を算出する。
【0049】
変換部1025は、第1の物質の重心と特定部1023によって特定されたポテンシャル極小領域とを通る線に対し、算出部1024によって第1の原子群の原子ごとに算出された力を射影変換する。具体的には、たとえば、変換部1025は、物質101の重心Wを原子A〜Cの位置座標から算出する。そして、変換部1025は、図3に示したように、重心Wとポテンシャル極小領域Pとを通る線分LPWの平行線(各原子A〜Cを通る)に射影変換する。これにより、射影変換後の力fA〜fCが求まる。
【0050】
移動部1026は、第1の原子群の原子ごとに変換部1025による射影変換後の力に基づいて、第1の原子群の各原子を移動させる。具体的には、たとえば、物質101の原子A〜Cを、射影変換後の力fA〜fCの方向に力fA〜fCの分だけ移動させる。
【0051】
具体的には、たとえば、物質101が図3および図4に示したように移動させられた場合、物質101の原子A〜Cの位置座標を移動後の位置座標に更新する。更新された位置座標は記憶装置に記憶される。また、移動部1026は、物質102や溶媒内の原子α〜γが分子動力学により移動させられた場合も、算出部1024で算出された力により、物質102の原子a〜e,g,hの位置座標や溶媒内の原子α〜γの位置座標を移動後の位置座標に更新する。更新された位置座標は記憶装置に記憶される。
【0052】
判定部1027は、第1の物質の重心とポテンシャル極小領域との距離が所定距離以内であるか否かを判定する。具体的には、たとえば、判定部1027は、図5に示したように、物質101の重心Wとポテンシャル極小領域Pとの距離が所定距離R1以内であるか否かを判断する。所定距離R1は、任意に設定可能である。
【0053】
設定部1028は、ポテンシャル極小領域を、第2の原子群のうちポテンシャル極小領域の近傍原子群の重心に設定する。具体的には、たとえば、設定部1028は、図5に示したように、物質102の原子a〜e,g,hのうち、ポテンシャル極小領域の近傍原子e,g,hを特定する。たとえば、ポテンシャル極小領域Pを中心とする半径R2の球S2に包含される原子e,g,hを近傍原子とする。そして、設定部1028は、近傍原子e,g,hの重心を、次の時間ステップでのポテンシャル極小領域pに設定する。これにより、式(1)の偏微分を実行するよりも計算量が少なくなるため、計算負荷の低減化を図ることができる。
【0054】
制御部1029は、判定部1027によって所定距離以内であると判定された場合、特定部1023から設定部1028に切り替えることでポテンシャル極小領域を求める。具体的には、たとえば、制御部1029は、判定部1027の判定処理において所定距離R1以内と判定されるまで、特定部1023によりポテンシャル極小領域Pを特定する。すなわち、式(1)の偏微分を実行することで、時間ステップごとに(λが更新されるごとに)ポテンシャル極小領域を求める。
【0055】
一方、所定距離R1以内であると判定された場合、制御部1029は、特定部1023による特定処理から設定部1028による設定処理に切り替えて、設定部1028によるポテンシャル極小領域pの設定を実行させる。これにより、変換部1025では、設定部1028に切り替わったあとは、物質101の重心Wとポテンシャル極小領域pとを通る線分LPWに対し、原子A〜Cに働く力FA〜FCを射影変換することになる。
【0056】
最終的に、出力部1003では、判断部1021によって結合されたと判断されたときの第1の物質の位置情報と第2の物質の位置情報とを出力することとなる。具体的には、たとえば、図6に示したような物質101,102の各原子の位置座標を出力することになる。
【0057】
(探索処理手順例)
図11は、探索装置1000による探索処理手順例を示すフローチャートである。まず、探索装置1000は、パラメータλの設定値をλ=0とし(ステップS1101)、物質DB900から第1の物質と第2の物質とを指定する(ステップS1102)。つぎに、探索装置1000は、指定された第1の物質を構成する原子群と第2の物質を構成する原子群に応じたエネルギーの方程式を生成する(ステップS1103)。第1の物質が物質101、第2の物質が物質102とすると、上述した式(1)が生成されることになる。
【0058】
つぎに、探索装置1000は、特定部1023により、ポテンシャル極小領域特定処理を実行する(ステップS1104)。これにより、図3に示したようにポテンシャル極小領域Pが特定されることになる。そして、探索装置1000は、第1の物質の重心を計算する(ステップS1105)。たとえば、図3に示したように、探索装置1000は、物質101の重心Wを算出する。
【0059】
このあと、探索装置1000は、移動部1026により、ポテンシャル極小領域Pと重心Wとエネルギーの方程式U(λ)を用いて、第1の物質移動処理を実行する(ステップS1106)。これにより、図3および図4に示したように物質101が移動させられることになる。第1の物質移動処理(ステップS1106)の詳細については後述する。
【0060】
また、探索装置1000は、エネルギーの方程式U(λ)を用いて、第2の物質移動処理を実行する(ステップS1107)。これにより、物質102や溶媒内の原子α〜γが分子動力学にしたがって移動させられることになる。
【0061】
このあと、探索装置1000は、判定部1027により、第1の物質がポテンシャル極小領域から所定距離以内であるか否かを判定する(ステップS1108)。たとえば、図5に示したように、物質101の重心Wとポテンシャル極小領域Pとの距離が所定距離R1以内であるか否かを判定する。所定距離以内でない場合(ステップS1108:No)、第1の物質はまだ十分に近づいていないこととなり、探索装置1000は、λの設定値を所定量Δλ増加させる(ステップS1109)。これにより、第1の物質と第2の物質との間の相互作用のエネルギーが増加する。
【0062】
このあと、探索装置1000はλ>1であるか否かを判断し(ステップS1110)、λ>1でない場合(ステップS1110:No)、探索装置1000は、ステップS1109で更新されたλの設定値でエネルギーの方程式U(λ)を更新する(ステップS1111)。そして、ステップS1104に戻る。ステップS1104〜ステップS1111のループを繰り返し実行することで、物質101が徐々に物質102に接近することになる。
【0063】
また、ステップS1108において、所定距離以内であると判定された場合(ステップS1108:Yes)、探索装置1000は、判断部1021により、第1の物質と第2の物質とが結合したか否かを判断する(ステップS1112)。たとえば、図6に示したような場合は結合したと判断される。
【0064】
結合されていないと判断された場合(ステップS1112:No)、探索装置1000は、設定部1028により、ポテンシャル極小領域pを設定して(ステップS1113)、ステップS1105に戻る。これ以降は、ステップS1105〜ステップS1108:Yes、ステップS1112:No、ステップS1113のループを繰り返すことになる。したがって、ポテンシャル極小領域特定処理(ステップS1104)のような偏微分を実行する必要がなくなり、計算負荷の低減を図ることができ、探索処理の高速化を実現することができる。
【0065】
また、ステップS1112において、図7に示したような重複が発生したことにより結合されていないと判断された場合(ステップS1112:No)、エラーであるとしてステップS1113に移行せずに探索を打ち切ることとしてもよい。
【0066】
また、ステップS1112において、結合されたと判断された場合(ステップS1112:Yes)、第1の物質の位置座標と第2の物質の位置座標とを安定構造として記憶装置に保持する(ステップS1114)。なお、安定構造は、出力部1003により、ディスプレイに出力したり、プリンタに印刷出力したり、外部装置に送信したりしてもよい。
【0067】
(第1の物質移動処理)
図12は、図11に示した第1の物質移動処理(ステップS1106)の詳細な処理手順例を示すフローチャートである。まず、探索装置1000は、第1の物質の重心からポテンシャル極小領域までの線分を特定する。(ステップS1201)たとえば、探索装置1000は、図3に示した物質101の重心Wとポテンシャル極小領域Pとを結ぶ線分LPWを特定する。
【0068】
つぎに、探索装置1000は、第1の物質の原子ごとに当該原子に働く力Fを算出する(ステップS1202)。たとえば、探索装置1000は、図3に示した原子A〜Cに働く力FA〜FCを算出する。
【0069】
そして、探索装置1000は、力FごとにステップS1201で特定された線分に射影変換をおこなう(ステップS1203)。たとえば、探索装置1000は、図3に示したように、線分LPWを各原子A〜C上に平行移動し、原子A〜Cごとに力FA〜FCを、平行移動した線分LPWに射影する。これにより、線分LPW方向の力FA〜FCの成分となるfA〜fCが求められる。
【0070】
このあと、探索装置1000は、射影変換後の力の方向へ射影変換後の力分、第1の物質の各原子を移動させる(ステップS1204)。たとえば、図3において、原子A〜Cは、射影変換後の力fA〜fCの終端位置(図3中、太矢印の先)に移動させられる。そして、探索装置1000は、移動後の原子の位置座標を記憶装置に保存して(ステップS1205)、ステップS1107に移行する。このように、第1の物質の原子は、当該原子に働く力の方向に移動させられるのではなく、ポテンシャル極小領域に向かって移動させられる。したがって、探索装置1000は、ポテンシャルの谷(ポテンシャル極小領域)に入り込むように接近することができる。
【0071】
従来の安定構造探索においては、第1の物質と第2の物質とのエネルギー障壁を低くして計算する必要があるが、この場合、温度を上げるなどして全原子間の相互作用を弱くしていた。このように、全原子間の相互作用を弱くすると、第1の物質と第2の物質の構造が壊れてしまうため、本実施の形態では、全原子間の相互作用ではなく、第1の物質の原子と第2の物質の原子との間の相互作用のみ弱くして徐々に強くするようにした。これにより、物質の構造を壊さずに安定構造を探索することができる。
【0072】
また、相互作用のエネルギーを増加させながら第2の物質が作り出すポテンシャル極小領域に向かうように第1の物質を移動させることにより、第1の物質はポテンシャルの谷を感じるようになる。これにより、エネルギー障壁を低くしたまま、物質の構造を壊さずに第1の物質をトラップすることができる。
【0073】
また、λが更新される都度ポテンシャル極小領域の計算をおこなうと、偏微分による計算量が多くなる。したがって、計算量を削減したい場合は、所定距離以内に第1の物質が接近した場合には、ポテンシャル極小領域近傍の第2の物質の原子で代替的なポテンシャル極小領域を設定することで、計算負荷の低減化を図ることができる。
【0074】
なお、計算量の削減が不要な場合は、通常どおりλが更新される都度、エネルギーの方程式U(λ)を偏微分することでポテンシャル極小領域Pを求めることとしてもよい。また、本実施の形態では、ポテンシャル極小領域を1つにして説明したが、ポテンシャル極小領域は複数個特定してもよい。たとえは、しきい値を設定しておき、ポテンシャルがしきい値以下となるものをすべてポテンシャル極小領域としてもよい。ポテンシャル極小領域が複数存在する場合は、ポテンシャル極小領域ごとに安定位置の探索をおこなえばよい。
【0075】
なお、本実施の形態で説明した探索方法は、予め用意されたプログラムをパーソナル・コンピュータやワークステーション等のコンピュータで実行することにより実現することができる。探索プログラムは、ハードディスク、フレキシブルディスク、CD−ROM、MO、DVD等のコンピュータで読み取り可能な記録媒体に記録され、コンピュータによって記録媒体から読み出されることによって実行される。また探索プログラムは、インターネット等のネットワークを介して配布してもよい。
【符号の説明】
【0076】
101,102 物質
600 ポケット
1000 探索装置
1001 記憶部
1002 探索部
1003 出力部
1021 判断部
1022 更新部
1023 特定部
1024 算出部
1025 変換部
1026 移動部
1027 判定部
1028 設定部
1029 制御部
900 物質DB
P ポテンシャル極小領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の物質を構成する第1の原子群の第1のエネルギーと、第2の物質を構成する第2の原子群の第2のエネルギーと、前記第1の物質と前記第2の物質との間の相互作用を変動させるパラメータで前記相互作用を示す第3のエネルギーと、を表現する方程式を記憶し、前記第1の原子群の各原子および前記第2の原子群の各原子の位置情報を記憶する記憶手段と、
前記パラメータを所定量増加させるごとに、前記方程式と、前記第1の原子群の各原子および前記第2の原子群の各原子の位置情報と、に基づいて、前記第2の物質に対する前記第1の物質の安定位置を探索する探索手段と、
前記探索手段によって探索された探索結果を出力する出力手段と、
を備えることを特徴とする探索装置。
【請求項2】
前記探索手段は、
前記第1の原子群の各原子および前記第2の原子群の各原子の位置情報に基づいて、前記第1の物質と前記第2の物質とが結合されたか否かを判断する判断手段と、
前記判断手段によって結合されたと判断されるまで、前記パラメータの設定値を所定量増加させることで前記パラメータを更新する更新手段と、
前記更新手段による前記パラメータの最新の設定値および最新の前記各原子の位置情報と、前記方程式と、に基づいて、ポテンシャル極小領域を特定する特定手段と、
前記更新手段による前記パラメータの最新の設定値と、前記方程式と、に基づいて、前記第1の原子群の原子ごとに働く力を算出する算出手段と、
前記第1の物質の重心と前記特定手段によって特定されたポテンシャル極小領域とを通る線に対し、前記算出手段によって前記第1の原子群の原子ごとに算出された力を射影変換する変換手段と、
前記第1の原子群の原子ごとに前記変換手段による射影変換後の力に基づいて、前記第1の原子群の各原子を移動させて、最新の前記各原子の位置情報に更新する移動手段と、を備え、
前記出力手段は、
前記判断手段によって結合されたと判断されたときの前記第1の物質の位置情報と前記第2の物質の位置情報とを出力することを特徴とする請求項1に記載の探索装置。
【請求項3】
前記算出手段は、
前記更新手段による前記パラメータの最新の設定値と、前記方程式と、に基づいて、前記第2の原子群の原子ごとに働く力を算出し、
前記移動手段は、
前記算出手段によって前記第2の原子群の原子ごとに算出された力に基づいて、前記第2の原子群の各原子を移動させることを特徴とする請求項2に記載の探索装置。
【請求項4】
前記探索手段は、
前記第1の物質の重心と前記ポテンシャル極小領域との距離が所定距離以内であるか否かを判定する判定手段と、
前記ポテンシャル極小領域を、前記第2の原子群のうち前記ポテンシャル極小領域の近傍原子群の重心に設定する設定手段と、
前記判定手段によって前記所定距離以内であると判定された場合、前記特定手段から前記設定手段に切り替えることで前記ポテンシャル極小領域を求める制御手段と、を備え、
前記変換手段は、
前記第1の物質の重心と前記設定手段によって設定されたポテンシャル極小領域とを通る線に対し、前記算出手段によって前記第1の原子群の原子ごとに算出された力を射影変換することを特徴とする請求項2または3に記載の探索装置。
【請求項5】
第1の物質を構成する第1の原子群の第1のエネルギーと、第2の物質を構成する第2の原子群の第2のエネルギーと、前記第1の物質と前記第2の物質との間の相互作用を変動させるパラメータで前記相互作用を示す第3のエネルギーと、を表現する方程式を記憶し、前記第1の原子群の各原子および前記第2の原子群の各原子の位置情報を記憶する記憶手段にアクセスするコンピュータが、
前記パラメータを所定量増加させるごとに、前記方程式と、前記第1の原子群の各原子および前記第2の原子群の各原子の位置情報と、に基づいて、前記第2の物質に対する前記第1の物質の安定位置を探索し、
探索された探索結果を出力する、
処理を実行することを特徴とする探索方法。
【請求項6】
第1の物質を構成する第1の原子群の第1のエネルギーと、第2の物質を構成する第2の原子群の第2のエネルギーと、前記第1の物質と前記第2の物質との間の相互作用を変動させるパラメータで前記相互作用を示す第3のエネルギーと、を表現する方程式を記憶し、前記第1の原子群の各原子および前記第2の原子群の各原子の位置情報を記憶する記憶手段にアクセスするコンピュータに、
前記パラメータを所定量増加させるごとに、前記方程式と、前記第1の原子群の各原子および前記第2の原子群の各原子の位置情報と、に基づいて、前記第2の物質に対する前記第1の物質の安定位置を探索し、
探索された探索結果を出力する、
処理を実行させることを特徴とする探索プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2013−77087(P2013−77087A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−215693(P2011−215693)
【出願日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)