説明

接着耐久性に優れた表面処理ステンレス鋼板

【課題】 ステンレス鋼本来の美麗な表面を損なうことなく、湿潤雰囲気,アルカリ雰囲気,高温環境下でも優れた接着耐久性を示す表面処理ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】 吸着水を含むジルコニウムの酸化物,水酸化物からなる化成皮膜が鋼板表面に設けられた表面処理ステンレス鋼板である。化成皮膜に占める吸着水,ジルコニウム水酸化物の割合が5〜90質量%の範囲に調整されており、沸騰水やアルカリ洗剤に浸漬した後でも接着強度が低下しない。ジルコニウムの酸化物,水酸化物は、オキシ硝酸ジルコニウム等のオキシジルコニウム塩水溶液から生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水廻り,加熱,屋外等の環境下で優れた接着耐久性を維持し、ステンレス鋼本来の意匠性を損なわない表面処理を施したステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼板は、優れた耐食性,清潔感,意匠性を活用し、厨房機器,家電製品,内装材,外装材,表装材等、広汎な分野で使用されている。ステンレス鋼板を用いた製品形状の組立てでは、ステンレス鋼板相互の接合に溶接法が採用されてきた。
溶接接合では溶接痕による外観損傷や溶接時に発生した歪除去に煩雑な板金工程が必要とされるので、外観損傷や歪等の心配がない接着剤を用いた接合方法が検討されている。しかし、ステンレス鋼板は、クロム酸化物を主成分とする不動態皮膜で覆われているので接着性に劣り、脱脂清浄後に接着しても高温高湿雰囲気に曝されると短時間で接着力が低下する。
【0003】
接着性を改善する前処理として、JIS K6828-2にあるように濃硫酸,シュウ酸の混合水溶液中でステンレス鋼板をエッチングする方法がある。しかし、エッチング時にステンレス鋼板からクロムが溶け出し、環境負荷の大きなクロム含有廃水が生じるため、エッチングに代わる方法が望まれている。
たとえば、エポキシ樹脂,有機リン酸化合物,ポリアクリル酸等の有機系プライマを塗布することにより、ステンレス鋼板の接着性が改善される(非特許文献1)。ステンレス鋼板の表面にポリアクリル酸の薄膜を形成し、UV照射後に接着すると高い剪断接着強度で耐湿性に優れた接着部が形成されること(特許文献1),エポキシ基含有シランカップリング剤,活性水素含有シランカップリング剤を特定比で混合した処理液を塗布すると接着耐久性が向上すること(特許文献2)等も知られている。
【非特許文献1】接着の技術Vol.24, No.3 (2004), pp.6-9
【特許文献1】特開平8-311424号公報
【特許文献2】特開平9-241587号公報
【0004】
有機系プライマやシランカップリング剤は、耐湿,耐アルカリ環境下での接着性改善に有効であるが、加熱環境下では接着性向上作用を維持できない。たとえば、150〜200℃以上に長時間加熱される用途では、鋼板表面にある皮膜の有機成分が加熱分解されるため、シリコーン系接着剤等の耐熱接着剤を用いた場合でも良好な接着力を維持できない。紫外線の影響を強く受ける屋外用途にあっても、同様に有機成分の分解が進行して接着力が低下する。更に、十分な接着耐久強度を維持する上で高価なシランカップリング剤の多量消費が余儀なくされ、処理コストが高くなる。
【0005】
これに対し、有機成分を含まないクロメート皮膜を介し耐熱性,耐候性の良好なシリコーン系接着剤で接合すると、湿潤雰囲気,アルカリ雰囲気,高温雰囲気,屋外環境下でも優れた接着耐久性を示す接合部が安価に得られる。しかし、クロメート皮膜のCr6+で黄色味がかった外観になるため、意匠性が要求される用途には適さない。外部から観察されない個所に接着接合面をとる継手設計や意匠性を必要としない用途ではクロメート処理の適用も考えられるが、環境負荷の大きなCr6+含有排液の処理コストが嵩むことからクロムフリーの接着性改善方法が望まれている。
【0006】
クロムフリーの化成処理では、チタン系,ジルコニウム系,モリブデン系,リン酸塩系等の薬液が使用されており、塗装密着性,耐水接着性を改善する方法も提案されている(特許文献3〜7)。
【特許文献3】特開2005-120469号公報
【特許文献4】特開2000-234187号公報
【特許文献5】特開2001-89868号公報
【特許文献6】特開平7-197273号公報
【特許文献7】特許第3302684号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者等は、これら塗装前処理剤や金属表面処理用組成物がシリコーン系耐熱接着剤を用いた接着に及ぼす影響を調査・検討した。その結果、有機成分を含む化成皮膜では、150〜200℃に500〜1000時間以上長時間加熱すると、未処理の無垢ステンレス鋼板を同じ条件下で加熱した場合よりも接着強度に劣ることを見出した。有機成分を含まない化成皮膜では、加熱試験後の接着力低下は無垢ステンレス鋼板と同等であったが、耐湿,耐アルカリ接着性に関してはクロメート皮膜レベルの接着耐久性を示すものはなかった。
【0008】
このように、これまで提案されている各種クロムフリー化成皮膜はめっき鋼板への適用を前提とした耐食性を重視し、化成皮膜に自己修復作用を示す多量の可溶性成分を、或いは接着耐久性,塗膜密着性向上成分以外の成分を多く含ませている。これら成分のうち、シランカップリング剤中の硫黄成分,有機窒素化合物,有機金属塩,リン化合物等は、接着剤の種類によっては硬化不良の原因になる。たとえば、耐熱性シリコーン系接着剤を用いた接着では、硬化剤に及ぼす悪影響が顕著になる。
【0009】
他方、ステンレス鋼板はめっき鋼板に比較して素材自体の耐食性が優れており、ステンレス鋼板用とめっき鋼板用ではクロムフリー化成皮膜の要求特性が異なって当然である。しかし、ステンレス鋼板本来の意匠性を損なわずに耐湿,耐アルカリ,耐熱全ての接着耐久性を向上させることに特化したクロムフリー処理は実用化されていない。
【0010】
本発明者等は、ステンレス鋼板本来の意匠性を損なうことなく耐湿,耐アルカリ環境下での接着性を改善し、加熱雰囲気下でも接着力低下を引き起こさない表面処理について鋭意検討を重ねた。その結果、吸着水を含むジルコニウム酸化物又は水酸化物からなる皮膜をステンレス鋼板表面に設けるとき、湿潤雰囲気,アルカリ雰囲気,高温環境下でも優れた接着耐久性を持続できることを見出した。
本発明は、かかる知見をベースに完成されたものであり、吸着水を含むジルコニウム酸化物又は水酸化物からなり有機成分を全く含まない化成皮膜をステンレス鋼板表面に設けることにより、ステンレス鋼本来の美麗な表面を活用しながら、湿潤雰囲気,アルカリ雰囲気,高温環境下で優れた接着耐久性を示す表面処理ステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の表面処理ステンレス鋼板は、吸着水を含むジルコニウムの酸化物,水酸化物からなる化成皮膜が表面に形成されている。化成皮膜は、樹脂,有機成分等を全く含まない無機質であり、吸着水,ジルコニウム水酸化物の合計割合が5〜90質量%の範囲に調整されている。吸着水を含むジルコニウムの酸化物,水酸化物は、オキシ硝酸ジルコニウム等のオキシジルコニウム塩の水溶液から生成される。
化成皮膜は、シリカ,アルミナ等の微粒子を含むことができる。シリカ,アルミナ等の微粒子としては、シリカゾル,アルミナゾル,コロイダルシリカ,フュームドシリカ等がある。
【発明の効果】
【0012】
本発明に従ったステンレス鋼板は、吸着水とジルコニウムの酸化物,水酸化物を含む三次元的なネットワーク構造として化学結合された化成皮膜で覆われている。この化成皮膜は、化学式:ZrOx(OH)y(H2O)z〔ただし、2x+y=4,zは任意数〕として表されるジルコニウムの酸化物,水酸化物を含む三次元的なネットワーク構造をもち、遷移金属であるジルコニウムのサイトに吸着水を結合した非晶質の連続皮膜になっているものと推察される。
【0013】
遷移金属であるジルコニウムは、クロム,チタン,バナジウム等と同様に酸化物,水酸化物が三次元的なネットワーク構造の化成皮膜を形成する際のバインダとして作用する。しかも、ジルコニウム酸化物皮膜は、耐水性,耐アルカリ性,耐熱性に優れている。
化成皮膜に占める吸着水,ジルコニウム水酸化物の割合が5〜90質量%の範囲に調整されており、接着剤との接合の際に化学的な結合を促進させる活性サイトとなるOH基及びOH基を供給できる吸着水が高密度で分布されている。吸着水,ジルコニウム水酸化物の量が適正に管理されているので、遷移金属であるジルコニウムのサイトも、接着剤との結合の際に配位結合等の化学結合を促進させる機能を呈するものと推察される。この点、ゾル-ゲル法で形成されたシリケート,アルミナ等の皮膜に比べても高い接着力を期待できる。
【0014】
ジルコニウム酸化物皮膜は、オキシジルコニウム塩水溶液を塗布して150〜1000℃の高温で長時間焼成することにより形成される皮膜であり、撥水・撥油性を示すことからガラス,陶磁器等の表面保護膜として利用されている(特許文献8)。しかし、皮膜に占める吸着水や水酸化物の割合が極端に少ないため、ステンレス鋼板の化成処理に適用しても高い接着耐久性が得られない。
アルカリ金属や吸水性樹脂を分散させたオキシジルコニウム塩水溶液から生成する複合皮膜も、親水性を利用した防曇機能や汚れ除去機能を有する機能薄膜として知られている(特許文献9,10)が、この皮膜では逆に吸着水,水酸化物の割合が極端に多いため、ステンレス鋼板に適用しても良好な接着耐久性が得られない。
【特許文献8】特開2005-68009号公報
【特許文献9】特開2003-310411号公報
【特許文献10】特開2002-355916号公報
【0015】
これに対し、本発明の表面処理ステンレス鋼板では、吸着水,ジルコニウム水酸化物の割合を適正管理した無機質化成皮膜を設けることにより、湿潤雰囲気,アルカリ雰囲気,高温環境下の何れにおいても優れた接着耐久性を付与している。吸着水,ジルコニウム水酸化物が接着耐久性に及ぼす影響は、次のように説明できる。
接着剤自体が有する強度,被着体(ステンレス鋼板)自体の材料強度,接着剤層/被着体の接着界面での強度等にもよるが、接着剤,被着体,接着界面の中で最も弱い部分が破壊の起点となり接着強度を決定する。ステンレス鋼板等の剛性材料を適切な接着強度をもつ接着剤で接合した場合、接着強度を決める最も重要な因子は接着界面の強度である。
【0016】
接着界面の強度は、接着剤と被着体との間に働く水素結合等の化学的結合力の強さと各種結合力の和により定まり、一定の接着面積では高い結合力をもつ個々の分子がミクロ的に高密度で結合されていること、換言すれば接着剤に対する被着体の濡れ性が重要である。この点、ジルコニウム酸化物皮膜は、吸着水,ジルコニウム水酸化物が多い親水性皮膜ほど接着剤に濡れやすく、しかも極性が高いことから接着剤との水素結合に起因する高接着力が期待される。しかし、親水性の高すぎる皮膜が湿潤雰囲気に長期間曝されると、接着部端面の接着界面に水が侵入しやすく、熱,振動等によって界面の接着結合が破壊され接着力が低下する。
【0017】
本発明においてステンレス鋼板の表面に設けられる化成皮膜は、吸着水,ジルコニウム酸化物,ジルコニウム水酸化物を含む三次元的なネットワーク構造を有し、化成皮膜に占める吸着水,ジルコニウム水酸化物の割合を適正管理することにより、接着剤に対する良好な濡れ性を確保し、接着剤を構成する個々の分子がミクロ的にステンレス鋼板表面と高密度で結合している。しかも、化成皮膜の親水性を適度に抑えているので、接着界面に過剰な吸着水,ジルコニウム水酸化物がない。そのため、湿潤環境下でも浸透水による接着力の低下がなく高い接着耐久性が維持される。ジルコニウム酸化物皮膜自体の優れた耐水性,耐アルカリ性,耐熱性も、高い接着耐久性が持続する原因の一つである。
【実施の形態】
【0018】
基材のステンレス鋼板は鋼種に特段の制約が加わるのもでなく、オーステナイト系,フェライト系,マルテンサイト系、何れのステンレス鋼板も使用可能である。また、BA,2B,2D,HL,No.4等、何れの表面仕上げを施したステンレス鋼板でも同様に適用できる。
皮膜形成に先立ち、化成処理の均質性を上げるため研磨,脱脂,酸洗等の前処理が施される。場合によっては、ステンレス鋼板の濡れ性を一次的に改善する表面調整を施しても良い。何れの前処理にあっても、耐熱接着性の低下原因となる有機成分を含まない系の処理液が望まれる。ただし、化成処理前の乾燥過程で全量が蒸発するアルコール等の有機溶剤や水洗過程で完全に除去される界面活性剤等の水溶性成分は、有機物であっても前処理の添加剤として使用できる。
【0019】
前処理したステンレス鋼板に化成処理液を塗布し焼成することにより、接着耐久性に優れた化成皮膜が形成される。化成処理液は、ジルコニウムの酸化物又は水酸化物となる原料を水溶液に溶解又は分散させることにより用意される。原料には、オキシ水酸化ジルコニウム〔ZrO(OH)2・nH2O〕,オキシ塩化ジルコニウム〔ZrOCl・8H2O〕,オキシ塩化水酸化ジルコニウム〔ZrO(OH)Cl・H2O〕,オキシ硫酸ジルコニウム〔ZrOSO4・nH2O〕,オキシ硝酸ジルコニウム〔ZrO(NO3)2・nH2O〕,オキシ炭酸ジルコニウムアンモニウム塩〔(NH4)2ZrO(CO3)2〕,オキシリン酸ジルコニウム〔ZrO(H2PO4)2〕等のオキシジルコニウム塩や酸化ジルコニウム〔ZrO2〕,ケイ酸ジルコニウム〔ZrSiO4〕等のジルコニウム酸化物,複合酸化物等があり、単独で又は複合して水に溶かし或いはゾルとして分散させる。
【0020】
オキシジルコニウム塩の溶解を促進させるため、必要に応じ硝酸,塩酸,硫酸,リン酸等で化成処理液をpH調整しても良い。オキシジルコニウム塩を含む溶液又は分散液の中で、安定性に優れた化成処理液がステンレス鋼板の表面改質に使用される。しかし、pH調整のために過剰量の酸を添加すると、ステンレス鋼板が必要以上にエッチングされ美麗な外観が損傷され、更にはステンレス鋼板から微量でもクロムの溶出が懸念される。
【0021】
原料として用いた塩や酸の種類等に応じ硫酸根,塩酸根,硝酸根,リン酸根等が化成処理液に含まれるが、化成処理液をステンレス鋼板に塗布して化成皮膜を形成する際に酸根がステンレス鋼板の外観や接着性に悪影響を及ぼすことがある。硫酸,塩酸等の非酸化性酸がステンレス鋼板と接触し或いは化成皮膜に残存すると、不動態皮膜を破壊して耐食性低下,外観損傷を引き起こすことがある。リン酸成分が化成皮膜に残存すると、接着剤の種類によっては接着剤の硬化不足に起因した接着不良の原因になることがある。
【0022】
他方、酸化性酸である硝酸はステンレス鋼板の不動態化処理にも用いられているように腐食の影響が少ないので、ステンレス鋼板本来の意匠性を損なうことなく接着耐久性に優れた無機質の化成皮膜が生成する。このようなことから、オキシ硝酸ジルコニウムを溶解又は分散させた化成処理液から生成した化成皮膜が最適である。オキシ硝酸ジルコニウム水溶液は、酸化ジルコニウムを硝酸に溶解した水溶液と同種であり、商品名:ジルコゾールZN(第一希元素化学工業製)等として容易に入手できるので、適宜、水で希釈しpH調整することによって化成処理液を用意できる。
【0023】
化成皮膜にシリカ、アルミナ等が含まれると接着耐久性が更に向上するので、シリカ、アルミナ等の微粒子を化成処理液に添加しても良い。シリカ、アルミナ等は、接着反応に寄与するOH基を有することや皮膜に複合分散することによって皮膜強度を向上させ更には比表面積を増大させ、結果として接着耐久性の向上に働くものと考えられる。シリカ,アルミナの微粒子にはシリカゾル,アルミナゾル,コロイダルシリカ,フュームドシリカ等があり、化成処理液に対する分散性が良好で安定なものほど好ましい。
【0024】
ロールコート法,スピンコート法,スプレー法,浸漬法等でステンレス鋼板に化成処理液を塗布し、水洗せずに焼成することによって化成皮膜が形成される。焼成温度が低すぎ或いは焼成時間が短すぎると、過度に吸着水を含む親水性皮膜になって耐湿,耐アルカリ接着性が低下する。逆に高すぎる焼成温度や長時間焼成では、化成皮膜に含まれている吸着水,ジルコニウム水酸化物が著しく減少し、接着剤との結合力不足と推察される原因により耐湿,耐アルカリ試験後の接着力が著しく低下する。
【0025】
化成皮膜に含まれる吸着水,ジルコニウム水酸化物は、ESCAによる酸素O1SのXPSスペクトルをジルコニウム酸化物:ZrO2(530eV),ジルコニウム水酸化物:Zr(OH)4(531eV),吸着水:H2O(532eV)に波形分離することにより定量化できる。化成皮膜に占める吸着水,ジルコニウム水酸化物の合計割合を5〜90質量%(好ましくは、20〜80質量%)の範囲に調整することにより、湿潤雰囲気,アルカリ雰囲気,高温環境下での優れた接着耐久性が得られる。
【0026】
吸着水,ジルコニウム水酸化物の量は焼成温度,焼成時間により調整でき、焼成時間:1〜2分,焼成温度(到達板温):150〜200℃の範囲で焼成条件を設定することが好ましい。化成処理液の塗布量は、十分な接着性を確保するためジルコニウム換算付着量:1mg/m2以上(好ましくは、5mg/m2以上)の化成皮膜が形成される量が好適である。塗布量が多すぎると、接着耐久性が飽和してしまい化成皮膜の厚膜化に伴い光の屈折・干渉作用が強くなり、白みがかった外観を呈しステンレス鋼板本来の美麗な表面が損なわれる。そのため、ステンレス鋼本来の意匠性が低下しないように、塗布量の上限を好ましくは200mg/m2(より好ましくは、100mg/m2)とする。
【0027】
特定割合で吸着水,ジルコニウム水酸化物を含む化成皮膜により接着耐久性を向上させた表面処理ステンレス鋼板は、目標形状の器物,部材等に加工された後、接着剤が塗布され常温又は加熱硬化によって接合される。加工の際には、化成皮膜や鋼板表面の損傷を防止するため必要に応じプレス油又は保護フィルムを使用する。プレス油成分,保護フィルムの粘着成分等が化成皮膜に付着し接着不良の原因になる虞がある場合、加工後のステンレス鋼板を脱脂,洗浄することが好ましい。低温焼成された化成皮膜は、水洗で皮膜成分が溶出し必要な接着強度を得るための付着量が減少する傾向にあるので、皮膜焼成温度と洗浄による皮膜溶出量との関係を予め把握した上で洗浄することが好ましい。水洗後に化成皮膜を加熱・乾燥する場合、化成皮膜に含まれている吸着水,ジルコニウム水酸化物が減少して接着強度が低下しないように高すぎる乾燥温度を避けることが望まれる。
【0028】
ジルコニウムの酸化物,水酸化物を主成分とする化成皮膜が形成されたステンレス鋼板は、ステンレス鋼本来の意匠性を損なうことなく湿潤雰囲気,アルカリ雰囲気,高温環境下においても優れた接着耐久性を示す。
接着剤には、一般工業用としてエマルジョン型接着剤,クロロプレンゴム等のゴム系接着剤,ホットメルト接着剤,シアノアクリレート系接着剤,シリコーンゴム系接着剤等があり、構造用接着剤としてエポキシ樹脂系接着剤,第二世代アクリル樹脂系接着剤(SGA),紫外線硬化型接着剤(UVA)等があり、耐熱接着剤としてポリベンゾイミダゾール系接着剤,ポリイミド系接着剤,シリコーン系接着剤,変性シリコーン系接着剤,耐熱シリコーンゴム系接着剤等がある。
【0029】
必要強度,用途,作業性,使用環境等を考慮して接着剤が選定されるが、接着剤自体の特性が維持される限り何れの接着剤も使用可能である。特に、湿潤雰囲気,アルカリ雰囲気,加熱雰囲気,屋外用途等で使用される接着剤が適用される用途、たとえば耐熱シリコーン系、ポリイミド系等の耐熱接着剤やシーラントと使用されるシリコーンゴム系接着剤を使用する用途では、優れた接着耐久性に起因する効果がいかんなく発揮される。
【実施例1】
【0030】
板厚:0.5mmのSUS304ステンレス鋼板を原板に用いた。鋼板の外観が劣化しない程度にアルカリ脱脂,酸洗した後、オキシ硝酸ジルコニウム:20g/lを添加した化成処理液を塗布し、水洗せずに雰囲気温度:260℃のオーブンに装入し、板温:80〜300℃の範囲で変化させた焼成温度で焼成した。焼成後に得られた化成皮膜を蛍光X線法で分析した結果、ジルコニウム換算付着量が約70mg/m2であった。
【0031】
化成処理されたステンレス鋼板から直系8mmの試験片を切り出し、化成皮膜に含まれているジルコニウムと酸素との結合状態をXPS観察した。
図1の観察結果にみられるように、Zrの3d軌道の結合状態では、ジルコニウムの酸化物(ZrO2)は通常ピーク(182eV)を中心とする対称ピークを示すが、焼成温度が低くなるほど高エネルギー側にシフトしている。
【0032】
他方、酸素の1sの結合状態では、ジルコニウム酸化物(ZrO2)は530eVに、ジルコニウム水酸化物〔Zr(OH)4〕は531eVに、吸着水(H2O)は532eVにピークを示すが、Zrの結合状態の観察結果から得られた結論と同様に焼成温度が低くなるほど吸着水,ジルコニウム水酸化物の割合が高エネルギー側で多くなっている。
波形分離したところ、焼成温度:80℃で生成した化成皮膜では吸着水,ジルコニウム水酸化物の割合が約95質量%,焼成温度:300℃で生成した化成皮膜では吸着水,ジルコニウム水酸化物の割合が約30質量%であった。
【0033】
次いで、化成処理後のステンレス鋼板を25mm×100mmサイズの試験片に切り出した。ランプ長さ:25mmで加熱硬化型シリコーン系接着剤を塗布し、接着剤の層厚が800μmになるようにスペーサを配置して二枚の試験片を貼り合わせ、クリップで固定した後、150℃×1時間で加熱硬化させることにより、JIS K6850に準拠した剪断引張試験片を作製した。
【0034】
剪断引張試験片を常温放置:24時間で養生した後、沸騰水に72時間浸漬した。次いで、島津製作所製オートグラフを用い接着試験片の接着強度(剪断引張強度)を測定した。接着強度の測定結果を、表面処理ステンレス鋼板のXPS分析結果から求められた吸着水,ジルコニウム水酸化物の割合との関連で図2に示す。図2から明らかなように、焼成温度が高くなると化成皮膜に含まれる吸着水,ジルコニウム水酸化物の割合が減少し、接着強度が低下することが判る。そして、必要な接着強度の確保には化成皮膜に占める吸着水,ジルコニウム水酸化物の割合:5〜90質量%が必要であり、焼成温度:100℃以上で当該割合の化成皮膜が生成することが図2の結果から読み取れる。
【実施例2】
【0035】
実施例1と同じステンレス鋼板をアルカリ脱脂,酸洗した後、表1の化成処理液を塗布し、水洗せずにオーブンに装入し、板温:150〜200℃で焼成した。比較のため、同様に脱脂,洗浄したステンレス鋼板に表2の化成処理液を塗布し、同じ条件下で焼成した。
【0036】

【0037】

【0038】
化成処理されたステンレス鋼板について、化成皮膜に含まれる金属の付着量を蛍光X線法で測定した。なお、化成皮膜に占める吸着水,ジルコニウム水酸化物の割合をESCAによる酸素O1sのXPSスペクトルをジルコニウム酸化物:ZrO2 (530eV),ジルコニウム水酸化物:Zr(OH)4 (531eV),吸着水:H2 (532eV)に波形分離して求めたところ、本発明例(No.1〜15)の化成皮膜では何れも5〜90質量%の範囲にあった。
【0039】
表面処理ステンレス鋼板から実施例1と同様に剪断引張試験片を作製した。剪断引張試験片を常温放置:24時間で養生した後、以下の接着耐久性試験にかけると共に、表面処理ステンレス鋼板の観察結果から外観の損傷如何を判定した。
〔初期剪断引張試験〕
島津製作所製オートグラフを用いて接着試験片の剪断引張強度を測定し、剪断引張強度の測定値で初期接着強度を評価した。
【0040】
〔沸騰水浸漬後の剪断引張試験〕
接着試験片を沸騰水に72時間浸漬した後、初期剪断引張試験と同様に測定した剪断引張強度から耐湿性を評価した。
〔アルカリ洗浄剤浸漬後の剪断引張試験〕
市販の台所用アルカリ洗剤(60℃)に接着試験片を500時間浸漬した後、初期剪断引張試験と同様に測定した剪断引張強度から耐アルカリ性を評価した。
【0041】
〔高温放置後の剪断引張試験〕
雰囲気温度:180℃のオーブンに接着試験片を500時間放置した後、初期剪断引張試験と同様に測定した剪断引張強度から耐熱性を評価した。
〔表面処理ステンレス鋼板の目視観察〕
表面処理ステンレス鋼板を目視観察し、化成処理前のステンレス鋼板とほぼ同様な外観を呈している試験片を○,僅かにエッチング痕近や化成皮膜の処理ムラが検出される試験片を△,化成皮膜により着色や処理ムラが顕著に観察される試験片を×としてステンレス鋼板の意匠性を評価した。
【0042】
表3の調査結果にみられるように、試験No.1〜15(本発明例)の表面処理ステンレス鋼板は、沸騰水浸漬後,アルカリ洗剤浸漬後でも高い接着力を示し、初期値と比較して接着強度がほとんど低下しておらず、逆に接着強度が上昇した例もあった。高温放置後に接着強度が若干低下したが、この場合でも実用に耐える接着強度であった。意匠性に関しても、一部にエッチング痕や僅かな処理ムラが検出されたが、何れも原板とほぼ同様な外観を維持していた。
【0043】
これに対し、チタン系のクロムフリー化成処理を施した比較例16,シリカゾルのみを塗布した比較例19は、初期接着強度こそ高いが、沸騰水やアルカリ洗剤に浸漬した後では初期値の半分以下に接着強度が低下していた。
有機樹脂や多量の有機成分を含む化成皮膜を設けた比較例17,18では、沸騰水やアルカリ洗剤に浸漬した後の接着強度は十分であったが、高温放置後の接着強度が大幅に低下していた。接着強度の大幅な低下は有機成分の分解が原因と考えられ、未処理ステンレス鋼板を接着した比較例21よりも低い接着強度であった。比較例17,18は、皮膜が着色しているため外観も劣っていた。
クロメート皮膜を設けた比較例20は、接着耐久性に優れているものの環境に有害なCr6+が検出された。Cr6+に起因する黄色味を帯びた表面が観察され、意匠性にも劣っていた。
【0044】

【産業上の利用可能性】
【0045】
以上に説明したように、本発明の表面処理ステンレス鋼板は、ステンレス鋼本来の意匠性を損なうことなく、接着部を湿潤雰囲気,アルカリ雰囲気,高温雰囲気に曝しても接着力の低下が少ない。しかも、シリコーン系等の耐熱接着剤を使用する水廻り,加熱器具,屋外等の環境下においても優れた接着耐久性が維持され、環境負荷の大きなクロムを含まないことから厨房機器,家電製品,内装材,外装材,表装材等、広汎な分野で重宝される素材となる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】ジルコニウムと酸素の結合状態の判定に用いた化成皮膜のXPS回折結果を示すグラフ
【図2】化成皮膜の焼成温度が吸着水,ジルコニウム水酸化物の合計比率及び接着強度に及ぼす影響を示したグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸着水を含むジルコニウムの酸化物,水酸化物からなる無機質化成皮膜が鋼板表面に形成されており、化成皮膜に占める吸着水,ジルコニウム水酸化物の合計割合が5〜90質量%の範囲に調整されていることを特徴とする接着耐久性に優れた表面処理ステンレス鋼板。
【請求項2】
吸着水を含むジルコニウムの酸化物,水酸化物がオキシジルコニウム塩の水溶液から生成されたものである請求項1記載の表面処理ステンレス鋼板。
【請求項3】
オキシジルコニウム塩がオキシ硝酸ジルコニウムである請求項2記載の表面処理ステンレス鋼板。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−46097(P2007−46097A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−230596(P2005−230596)
【出願日】平成17年8月9日(2005.8.9)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】